霧雨魔理沙の来たる森   作:ドリズリング・アズライト

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 魔法が使えない私がどれだけ矮小な存在だったか、今更になって実感している。こと、暗い森を目の前にすればそうもなるが、と自身を無理矢理に納得させる。怖いもの知らずな性格ではあるが、それでも怖いものは怖いのだ。

 カーラジオのMCが別れを告げ、締めの音楽も流れ終えたとほぼ同時にその屋敷は見えた。
 遠目に見てもわかるあの大きさ。深く考えずともわかる、あれが資料館で間違いなさそうだった。



二話『資料館・表』

 魔理沙がバタンと車のドアを閉めたところだった。

 

「あの…ありがとうございました」

「ああ、かまわないよ」

 

 全員か車から降りたあたりでシオリが礼を言うと、警官は良いからと言うような、笑ったような表情で答えた。

 

「それより、本当にこんな所に用事があるのかい?」

「はい」

「お嬢ちゃんも?」

「嬢ちゃ………まぁ、私もそうだ」

 

 訝しむ警官がシオリと魔理沙に聞く。二人で肯定すると彼は少しの間頭を垂れて唸る。うーん、と、時間にしてわずか5秒もないだろう。顔を上げて二人を見やったあとに屋敷の方を向く。

 

「………まぁ、時間外だけど管理人はいると思う。……ただそいつは時間に厳しくてなぁ。入れてもらえるかどうか……」

「えぇ…そんなもんなのか、資料館って……」

「普通はそんなものだよ」

 

 魔理沙の独白にシオリが切り込む。わかってらぁ、と魔理沙が返すが、シオリにはもうその言葉は届いていなさそうだった。じっ、と屋敷を見続けているのである。恐らく魔理沙が独白した時あたりから。

 

「……ま、何かあったら、派出所に連絡入れてくれればいいから」

「はい、ありがとうございます」

 

「じゃあ、またな」と言って警官は車に乗って去っていく。太陽はほとんど沈みかけていて、明るい方角の反対側から月が既に雲の間から顔を覗かせている。

 

「……とりあえず、入るか?そうしないと始まらないだろ」

「…………………よし……入ろう」

 

 魔理沙が入ろうと促し、シオリが頷いて資料館のドアに手をかけた。扉を開くとやはりと言うべきか閉館済みであり、館の床や壁を薄らと照らすのは、窓から僅かに差し込む月明かりだけだった。館の中に人工的な光源は全く見られない。

 

「………」

「…………暗いね」

 

 シオリはこの暗さに怯えるほど怖がりではない。なのに(しき)りにに辺りを見渡している。それは、彼女がこの屋敷にどこか懐かしさを覚えているからだった。

 

(………なんだろう。懐かしいこの感じ)

 

 彼女の思考を遮るように魔理沙が呟いた。

 

「しっかし、暗いのはダメだろ。ほれっ」

 

 ポーチからミニ八卦炉を取り出し、発光させる。白い光が周囲をぽう…と照らし、その曖昧な明るさはさながらランタンのようである。

 

「わっ、明るいね、それ」

「一番のお気に入りの道具でさ。これ一つで色々できるんだよ。例えば………ほら」

 

 そう言って光を消し、火を灯す。シオリは目をぱちくりさせていた。

 

「わぁ………万能ナイフみたいなものなのかな」

「万能ナイフ?ナイフじゃないけど……ま、万能だぜ」

 

 この八卦炉には様々な機能を知人に詰め込んで貰っている。ライター、ライト、扇風機……などなどだ。魔法触媒としての八卦炉を除けば、一番の目玉機能はマイナスイオンを放出する何か……細かくは忘れたが、リラックス効果のある物質を内蔵しているのだ。

 

 魔法に比べれば利便性に欠けるが、現代人の目にはどうやら万能に映るようだった。

 

「それってやっぱり高級なお店から買ったもの?」

「うんにゃ、知り合いの………というか、いつも世話になってる人に作ってもらった。あいつ凄い世話焼きだからな〜」

 

 あいつ(森近霖之助)。彼は魔法の森と呼ばれる危険地帯のすぐ近くで骨董品店を営む、一風変わった男だった。彼の力のひとつに錬金術的技術があり、その力を借りて、彼の手になるミニ八卦炉は魔理沙の手に渡るまでに幾つか特長を得ていた。この八卦炉は決して錆びない金属を使われていると言ってもいい。何故ならヒヒイロカネという特殊な金属が使われており、そのおかげで錆びないのだ。そもそもヒヒイロカネという希少な貴金属は錆びることなく存在し続けると言い伝えられ、ちょうど香霖(森近霖之助)の在庫を使ってもらった事で、ミニ八卦炉はより発展を遂げている。

 少量ではあるものの魔力を貯めておくこともでき、魔理沙の魔力消費を最低限に抑えつつもこれ単体で廉価版のスペルカードをすら放つ事が可能な優れものなのである。

 

「じゃあ、それで明かりは確保できたね」

「管理人とやらが何処にいるか、探そうか?どの道このままじゃ待ちぼうけだしな」

「そうだね。もうひとつくらい明かりは欲しいけど…」

 

 そう言ってシオリが暗くて見通せない通路の先を見やる。

 

「なら………ここはどうだろう」

 

 そう言って魔理沙が八卦炉を手元に置いて、ひとつの棚に着目する。鍵がかかっていて、一見開きそうにない。が、魔理沙の日常で鍛えたスキルがここで活かされるのだ。ポーチに仕舞った道具のうちひとつ、典型的な細く加工しやすい針金と太く頑丈な針金の二本を取り出す。

 

「ん……?…………何をするの?」

「見てわかるだろ?『ピッキング』だぜ」

 

「ええっ!?」シオリが驚く。至極当然の反応ではある。同行者が急に泥棒紛いのことをするなどと言うのだから、その反応にも納得できる。だが魔理沙はそんな事は気にも止めない。彼女の魔法使いとしての実績の裏に積まれたもうひとつの顔は『泥棒』である。旧型の鍵は尽く破ってきたし、魔法でかけられた強力な錠も打ち倒してきた。なんなら最近幻想入りしたという新型錠すら魔理沙の敵ではなかった。外の魔法使いの小説には鍵を開ける魔法があるらしいが、そこまで万能ではない。すなわちピッキング能力とは、すべからく魔理沙の特権である。

 

「ほれ、開いたぜ」

「………えぇ…?」

 

 魔理沙は5分とかからず棚の鍵を開けた。中には雑多な紙と別にランタンが入っており、経年劣化が目立ちはするもののまだまだ現役そうだった。中に火を灯すと、それをシオリに手渡す。

 

「これで『明かりは』確保できた。じゃ、いこうぜ」

「う…うん………」

 

 手馴れた様子で特に動揺すらしない魔理沙に、シオリは彼女の半生がどういったものだったのか気になって仕方がなかった。……だが、こうして鍵を平然と開ける魔理沙と彼女から聞いた過去を照合すると、もしかして彼女にとって自身の過去はあまり語らいたいものではないのではないか?そう考えてしまってか、聞き出せそうになかった。

 

「私はこっち調べるから、シオリは別の場所調べてくれ。何か…というか、管理人とやらを見つけたら連れてきてここで待つって事でいいか?」

「わ、わかったよ。ここにね」

「そ、ここに。んじゃ、また後でな」

 

 そう言って魔理沙は歩いて廊下の向こうへ行ってしまった。「私も探さないと」呟いて、シオリは正面にあった階段を登っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

 シオリが階段を登り切るとそこには廊下がありふたつに分かれている。曲がり角に当たるまでに部屋があり、その部屋を覗くと古ぼけた時計や劣化したたんすが無造作に置かれている。ふと気になってたんすの一番上の段を開くと、適当に置いたのだろうか、ただ鍵だけがそこにあった。

 

「これはどこの鍵なのかな」

 

 そこまで考えて、シオリはハッと思い直した。

 

「(いやいやいや、それじゃ泥棒みたいじゃ…)」

 

 そこまで考えてからシオリは心の口を結ぶ。「(魔理沙ちゃんは平気そうだったけど…普通はダメ………だよね)」そしてそう考えたあとに、鍵をズボンのポケットに入れた。後で返せばいいか、そう思ったのである。

 他に何も無いことを確認して部屋を出ると、次はこちらに行こうかともう片方の分かれ道へ向かった。無造作に置かれたパイロンがこの先には行くなと言い表しているようで少し薄気味悪かったが、管理人さんを探すためだと割り切ってパイロンを押しのけて先へ進む。行き止まりには扉があり、手をかけても開かない。「(行き止まりかな)」そう思いつつも戻ろうとする。

 

 ガタッ。

 

 物音が聞こえた。この扉の奥から。ネズミか、猫か。はたまた鍵をかけて何かをしている管理人さんか。シオリは扉の先の未知に向かって声をかけた。

 

「………あの〜…………すみません……」

 

「……誰?」

 

 一呼吸置いて扉の先から声が聞こえてきた。それは大人びてはいるものの、まだ幼さの残る声色だった。シオリは返ってきた声の正体を調べるべく質問する。

 

「あの………管理人さん、ですか?」

「私は管理人じゃないよ」

 

 はっきりとそう言い切った。違うのか、とシオリは肩を落とす。今度はこちらが聞く番だとばかりに少女の声はシオリに聞いてきた。

 

「………そう聞くって事は、管理人じゃなさそうね。何をしにこんなところまで来たの?」

「あ、えっと……私は…知りたい事があって、ここに来たものです」

 

 シオリが答えると、しばらく唸るような声が聞こえるが、一瞬唸り声が途切れたかと思うと、少女の声はシオリに切実そうに頼んできた。

 

「お願い、とりあえずここから出して」

「………はい?」

 

 困惑する。少女はここに入って自ら鍵をかけた訳ではないのか。考えを巡らせていると、少女は尚も続けた。

 

「……隠れていたら、鍵をかけられて出られなくなったの」

「え………どうしよう、それこそ管理人さんは?」

「知らない。というか、見つかりたくない」

 

 少女の物言いは、管理人さんを毛嫌いしているようにも聞こえる。

 

「え、どうしよう………派出所に連絡しようか?」

 

 シオリがそう言った途端、部屋の奥から大きな物音が聞こえてきた。予期しないことを聞いて、驚いたかのような感じだった。それが正しかったのだろうか、少女の言葉遣いも荒いものに変化している。

 

「嫌!!派出所って、望月巡査でしょ!?それだけは嫌!呼んだら舌を噛み切って死んでやる!!」

 

「え……じ、じゃあどうしたらいいの?」シオリが更に困惑を重ねていると、壁にできた小さな穴からひとつ、きらりと光る何かが放り出され、床に落ちた。見てみるとそれは光沢のある鍵だった。光を反射する程なのだから、きっとつい最近作られたものかもしれない。

 

「………それで、この部屋の鍵を探してきて」

 

 ───この鍵で?一瞬渡された鍵で開くのでは、内側から開かないだけなのではないか、そう思ったがそんな訳はないだろう。態々(わざわざ)鍵をかけて閉じこもるのか?そもそもそれは出来ないじゃないか、つまりそういうこと(閉じ込められたということ)である。

 

「多分、一階の部屋の鍵だと思う。……お願い、早く」

 

「………わかった。少し待っててね」

 

 シオリは部屋を後にした。

 

 




 神崎シオリ

 赤いリボンカチューシャを着けた、大学一年生の女性。家族を半年ほど前に亡くしており、古い置時計の故障とともに出てきた一枚の写真に写っていた男性が祖父、あるいは血縁の濃い親戚であると確信、阿座河村へと向かう。

 電車に揺られる道中、二人しかいないはずの車両内にいつの間にか一人少女が増え、奇しくも同じ駅で降りる彼女に縁を感じたのか会話を持ち出した。その少女の名は霧雨魔理沙と言い、世に珍しき家名だった。

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