霧雨魔理沙の来たる森   作:ドリズリング・アズライト

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 阿座河村の資料館という名を出せば、近隣住民でその場所を知らない人間はいない。ましてその住民が亡くなっていると言えば、気味悪がって資料館に近付く輩はかなり絞れると言ってもいい。

 資料館の過去を知る人間の殆どは近付かない。資料館…もとい神崎邸の元の持ち主である神崎ケンジさんが亡くなって久しい今、ここに近付くのは肝試し気分で来る村外の若者か、好き好んで資料館に立ち寄る常連ぐらいのものである。一部を除いてだが、その若者たちも僕や周囲の雰囲気を恐れて資料館に近付こうとはしない。

 そのはずだったのに。



三話『資料館・裏』

 屋敷の中でめぼしい物を物色…ではなく管理人の捜索を行っていた魔理沙は、風呂場、トイレに続く台所がある部屋を見つける。台所のタイルの一部は焼け焦げており、テーブルの上にあった作り置きと思われる料理は、その全てが炭のように真っ黒だった。

 

「うげぇ……これ、全部食材からできてるのか?」

 

 ありえない、そんな顔をしながら表情をしかめる。見た目は炭、匂いも炭。なら味も炭なのだろう。食べた事こそないが、炭の味を想像して吐き気を催す。

 

 手袋を着けて肉と思しき炭の破片を指先で摘む。指に力を込めると瞬く間に砕け、バラバラになって更に残りが落ちた。ここまで炭だと、もはや関心すら覚える。

 本来炭というものは密閉され酸素と有機物が結合できない状態で火にかける事で、水蒸気とガスだけが飛んで密閉空間に炭素だけが残る。その状態が焼肉などに使われるあの()である。だが、目の前のキッチンにはどう見てもフライパンと油しかない。そんな密閉することの出来る装置など存在しない。

 もはや錬金の領域である。

 

「しかし、これを料理として捉えると最底辺以下の点数だな。まずこれは料理じゃない」

 

 炭を潰した指先を見る。黒い粉塵がゴム手袋にくっついており、摘むような形で指先同士を擦り合わせると、黒い粉がパラパラと散って行く。こんなものを食べるやつが資料館にいるのか?

 そう思っていると、上の階から物音が聞こえてくる。何か重たいものを動かして床に置いたような、鈍い音である。二度、三度と鈍い音が聞こえ、続いて意識しなければ聞こえない程の小さな音で、微かに聞こえる足音。

 

「なんだ…?」

 

 女性の出す軽い足音ではない。男性のような体重のある人間の足音だった。それは真っ直ぐ下、つまりこの階に来ているという事になる。というより、こっちに近付いて…?

 

「やば…!」

 

 焦る。隠れる場所もない、戻ることも出来ない。いや落ち着け、と自らを冷静にさせるよう務める。足音を聞いて、本当に迫っているかを冷静に判断して…。

 

 ギシ……ギシ……。

 

 近づいてきてる…!!

 

 外見こそ平静を保っているようには見えるが内心では狂乱の如く焦り、どうにか出来ないかと解決方法を模索していた。

 

 魔理沙が魔法を使えない今となっては、身体能力とて平均的な、ただの少女に過ぎない。暴漢に対する抵抗策など、持ち合わせてはいない。走って逃げる、隠れるくらいはできるが、それだけだった。

 

 焦る合間にも、足音は近付いてきている。

 

(こうなったら…仕方ない!)

 

 身を翻してキッチンテーブルの裏に隠れた。幸い大きなサイズのテーブルだったので、隠れるに不足しなかった。八卦炉の灯りを消し、息を潜める。

 

 ギシ、ギシ、と木材の床を踏む音から、カツン、カツンというようなタイルを踏む小気味よい音が魔理沙の耳に届いた。台所に入ってきたのだ。いくら隠れているとはいえ、物音を立てることなく背後を取るような器用な真似はできない。だからこうやって身を伏せて姿を伺うしかできる事は無い。

 

(入ってきたな………どんな格好してやがる…?)

 

 その男の姿を見た時、魔理沙は『ギョッとした』、そんな表現が本当に似合う程に大きく驚いた。

 

 (……刀!?)男の姿を口頭で伝えるに一番早い特徴は、何と言ってもその左手に携えた『青く輝く居合刀』である。全身を黒衣で覆ったような真っ黒な布地に、青い光が反射している。男の顔は光の影になっていて目が見えない。酷く不気味だった。

 

(なんだ……あいつ……!?)

 

 男は魔理沙のいる場所へ真っ直ぐ向かってきていた。

 

(このままじゃ、いずればれる………いちか、ばちかだ!)

 

「くらえっ!」机の裏から飛び出て、ミニ八卦炉を男に向ける。男は一瞬たじろぎ、次の瞬間には目を抑えてしゃがみこんでいた。

 八卦炉の照明器具から発せられた光を濃縮、最大出力となる光量を、相手に思い切りぶつけた。

 

 攻撃力は皆無、魔力も全く使わない完全なる護身術である。が、暗闇で打ち出される光の波は、暗がりを歩く男の目には効果てきめんだった。

 

(今のうちに…!)

 

 走って台所を後にする。閃光だけでは耳は潰せないので、音を聞かれては困る。どこに行くべきだ、と考える。シオリを置いていく訳にも行かないので玄関から出る事はできない。かと言って階段を登ってしまえば音を立ててシオリの方にこの男を行かせてしまいかねない。

 

(どうしたら…)

 

 逃げ場なく立ち往生だった魔理沙の後ろに、男が立っている。目眩しの効果が終わってしまったらしい。後ろを振り向くと、魔理沙に拳が突き出された。

 

(っ!)

 

 目を閉じて衝撃に備える。

 

(……?)

 

 しかし、殴られた痛みも、衝撃も来ない。恐る恐る目を開けると、魔理沙の眼前には一枚のメモ用紙。そこに万年筆か何かで書いたのだろう、細い線が連なる、短い文が添えられていた。

 

『ここに何をしに来たの?』

 

 一瞬思考が追いつかなかった。なぜこの男は攻撃してこない?なぜこの男は話さないのだろう…。

 そうして、ひとつの答えに思い至った。魔理沙が一方的に、男に対して敵意をまとっていただけなのだ。

 よく見ると、言葉を話さず、黒ずくめで、刀を握っていはするものの、素朴な顔つきで、想像するような悪人面ではなかった。外見的特徴をそうやって述べると相当に怪しくは見えるものの。

 

『ここはもう閉館しています。』

『お母さんはいるの?』

 

 ズボンのポケットから三枚ほど紙を取り出し、一枚を仕舞った後に残った二枚を魔理沙の前に出す。

 

(………話せないのか)

 

 そう考えると、もしかするとこの男は悪い相手では無いのではないか、そう思い始めた。もしかしてこの男はここの管理者だったりするのだろうか。

 

「その……勝手してすみません。友達がここに用があるって言ってて、私も人探しにここに来ただけなんだ」

 

 魔理沙の言葉を聞いた男は少し考え込んだ後にメモを取り出し、万年筆で文を書き、それを魔理沙に見せた。

 

『僕は管理人です。』

『その人は、今どこに?』

 

 ああ、やっぱり管理人だったのか!魔理沙は申し訳ない気持ちで胸が詰まりそうだった。

 

「多分、上だと思う。私はどこにいたらいい?」

 

『とりあえず、ここに。帰る場所は?』

 

 窓の外を見る。時刻は既に8時を回ろうとしており、それに相応しく外の暗闇は空まで広がっている。月を隠すように空を雲が覆っていた。これじゃ他の家にお邪魔するのは無理そうだな。そう考えた。

 

「あー…その、無い」

 

『待ってて。探してくる』

 

 そう言って男は階段を昇っていった。今この時に魔理沙ができることは、何も残っていなかった。

 

 

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