霧雨魔理沙の来たる森 作:ドリズリング・アズライト
ライターを使ってタバコに火をつける。フー、と息を吐くと煙が視界を包み込み、そして空いた窓から車外へと飛び出ていった。
「まったく、彼も迷惑していると何度も言っているのになぁ......」
ため息混じりの愚痴を吐くその警官だが、その声色や目付きに怒りの感情は見られず、それどころかその存在に対して微笑ましいとすら思っているようにすら見える。
「とりあえず、須賀くんも中で佐久間を抑えてるだろうし、待機かな」
結局二本目を吸い終えるまで警官が資料館の管理人に呼ばれることは無かった。
─────佐久間美夜子は、本当に困った来客だった。学校が終わる17時ごろ、突如この資料館にやってきては、二階の展示室や、酷い時は立ち入り禁止の警告を無視して三階に入り込み、貯蔵された古い資料や、本当にやめて欲しいのだが、神崎家のアルバムなどを読み漁る。
「......げ、管理人...!」
今日もまた、もう夜になるというのに。しかも中学生がこの時間まで外出しているのは危険だ。既に警察に届けており、玄関先にパトカーが止まっている。佐久間は嫌がるだろうが、外で望月巡査が待機してくれている以上、詰みである。
しかし、困った事に小柄な彼女は隠れるのが本当に上手い。隠れんぼをするような、活発な性格ではなかったはずであるが、こと隠れることに関してはさすがに勝てない。だから鍵を閉めるのだ。
どこかに隠れていても、こうして炙り出せる。
──なのに、今日に限って不運が重なってしまった。
◆❖◇◇❖◆
ドアを開け、右左、また右と見、部屋を出てゆっくりと扉を閉め、三階の方を見る。さっきの男の人が昇っていった先なのだが、不穏な予感がする。さっきの女学生はどこに行ってしまったのだろう?
「いやあッ!」......そう思っていると、甲高い悲鳴が聞こえた。
「......っ!?」
さっきの子の声だ!シオリが振り向いた先は、三階だ。上の階から悲鳴が聞こえてきたのだ。カンテラを向け、急いで走る。廊下を抜け階段を昇った先に、彼は居た。黒い見た目に青く輝く日本刀を持った彼は、誰かを追い詰めている様子だった。
「っ...!!」
彼女の呻き声のようなものが聞こえたかと思うと、短い廊下を駆けていく短い感覚の足音。それに続くように、追いかけていくように、更に短い感覚の足音が彼女を追いやっていく。
「いや!やめて!触らないで!!」
あの子の悲鳴、何かを強く縛り付ける音。そして、ドアが閉まる。音を立てないように駆け寄ってドアを調べてみるが、鍵がかかっていて開かない。中で物音がしているが、音がくぐもってよく聞こえなかった。
そして、こちらに足音が向かってきている事に気付いた。
「......ど、どうしよう...!」
廊下を見渡す。扉が3つ、うち奥のものは開かない。下に行っても魔理沙ちゃんがいるからどうしようもない。ともすれば、部屋に逃げ込むしかなかった。
すこし迷って真ん中の部屋に鍵のかかっていない窓がある事を思い出し、その部屋に逃げ込む。ドアが開く音と同時に中に隠れる事が出来たが、その姿を見られたか或いはドアの閉まる音でも聞かれたか、走ってこちらに向かってきていた。
「......!そうだ、ロープ!」
拾っていたロープをドアノブに括り、ドアの枠からはみ出ている突起に縛り付ける。しばらくしてドアノブが回るが、開かないとわかったのだろう、荒々しくノブを回したり、ドアを開けようとしている。
「......どうしよう、このままじゃ」
窓から飛び降りることはできない。三階から飛び降りれば、間違いなく重傷を負うだろう。かといって、このまま待っていてもいつかロープがちぎれ、ドアも破られて捕まってしまうだろう。
どうしよう...........と、そこまで考えて「...そうだ......!」と、ひとつの考えが脳裏をよぎった。向かうは部屋に置かれている古びたタンス。二段目を開き、中から沢山ある『壊れたランプ』を手に取る。
「(これを窓から落とせば......!)」
急いで窓に駆け寄り、勢いよく開く。強い風がシオリを吹き付けた。壊れたランプを両手で持ち、地面に投げつける。『ガッシャン!』と、ガラスが割れて高い音が辺りに響いた。ドアを開こうとする動きが止まり、シオリの呼吸も潜み、周囲を一瞬の静寂が包み込む。
走る音が遠ざかっていき、荒く階段を降りていくのを最後に足音は聞こえなくなった。
「た、助かった...のかな」
それより、あの女の子はどうなったんだろう。そう思って静かにドアを開け、先程のドアを開けようと試みる。
だが、無情にも出る際に再度鍵をかけたらしく、ドアはうんともすんとも言わなかった。中からは声も何も聞こえないので、もしかするとここにあの子が閉じ込められた訳ではないのかもしれない。
なら、下に魔理沙ちゃんがいるし、早いうちに合流してしまいたい。あの男の人が彼女に何かをしない保証はないけど、私と違ってあの子のように魔理沙ちゃんも身長は高くない方だったし、ピッキングなんかをしてしまうくらいには器用だから、何かしらの方法で逃げ延びているだろう。
......問題は、私の方だ。足に自信はあるが、彼女達と比べて私は身長が大きいうえ、服装もかなり目立つ。黄色のシャツは、暗闇でも月明かりなどを良く照らし返してしまうだろう。暗がりに隠れるのも難しい。
「とりあえず、下に行けていない場所があったから、そこを調べるほかないかな...」
やる事をまとめ、階段を慎重に降りる。幸運にも一階に着くまでにあの黒服の男の人と鉢合わせ、といった事は無かった。
......だが同時に、魔理沙ちゃんの姿もなかった。隠れているのだろうか。器用に隠れていてくれれば、通りがかった時に声をかけてくれればすぐにわかるのだが。
それよりも、目下のところ玄関の扉は閉まっており、玄関の鍵もない。脱出の目処が立たないままなのだ。となれば、行先はひとつしかない。玄関から見て左方向に、キッチンがあるのを確認した。その先には鍵のかかったドアがあり、そこが開けば何かわかるかもしれないのだ。
あまり時間もない。走ってドアまで辿り着く。ドアの鍵は開いていたようで、ドアノブは静かに回った。
「......」
生唾を飲み込み、扉を開く。そこは先程展示されていた夜光石によって照らされた、静寂を厳かさが包み込んだような空間だった。奥からは何かを動かそうとする音が聞こえてきた。足音を立てず、ランプを消して近付く。
「ふ〜ん、ふ〜ん、ふ〜ん、ふ〜ふふ〜ん...♪」
この声色は......それに、鼻歌......?
陽気さが伝わってくるというか、緊張感がないというか確かにその鼻歌は魔理沙ちゃんのものだった。
走り寄って、彼女の姿を確認すると、後ろを見返して誰もいないことを確認してから話しかけた。
「ねぇ、魔理沙ちゃん......!」
「......ん?...あぁ、シオリか。待ちくたびれたぜ。話したい事があってな、シオリがヤバいって言ってたその管理人の話なんだけど、そいつ実は───」
「......!?待って...!」
「ムガッ!ムグモゴ...」
何かが聞こえてきて、ついつい彼女の口を塞いでしまう。
.....カツン......カツン...........カツン......。
石の床を靴で踏む音。近付いてきている。
「...........!」
曲がり角から、青く光る刀を持った青年がこちらを覗いた。私と目が合うと、その青年は素早く駆け寄って来、シオリの眼前に拳を突き出す。
「きゃ......!」
短い悲鳴を上げて、反射的に目を閉じる。だが、殴られる衝撃などは来なかった。恐る恐る目を開けると、そこには一枚のメモ用紙があった。
『閉館時間を過ぎています。
警察を読んでいます。 ロビーへ』
「は......え、でも...........え、その、刀は......」
困惑に困惑を重ねていると、後ろから魔理沙ちゃんがぽんぽんと肩を叩いてきた。振り向くと、彼女が(わかるよ)とでも言うようなにやけ顔で頷いていた。
『模造刀。
管理人です』
それを知って、一気に脱力してしまったのだった。
佐久間 美夜子
読み方は、さくま みよこ。14歳ながら大人びた思考の持ち主。同年代の子達と関わり合いになるのを嫌い、度々資料館を訪れている。家にも居たくないと言って聞かず、閉館時間を過ぎても資料館に居座る、管理人にとっての頭痛のタネ。
よく阿座河村の駐在、望月巡査に世話になっている。