ゆめみるボーダーマスコット   作:ほやしろ

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#2 星の界

 本部基地を前にして、ルルは二人のボーダー隊員に出会った。

 出会った、というより待ち構えられていた、の方が正しいかもしれない。彼らとは互いに見知った仲だったため、ルルは挨拶もそこそこに済ませようとしたが、二人がその先——基地内へは行かせないような素振りをわずかに見せたからだ。

 

 回避不可イベっぽいなとルルが思っていると、一人の隊員が口を開いた。

 

「びっくりした〜。トトロの歌うたいながら行進して来るだもん、ゾエさん迷子かと思ったよ」

 

 胸を撫で下ろし、自分の苗字の一部を一人称にして話したのは北添尋(きたぞえひろ)。ルルと同学年で隣のクラスの生徒だ。

 

 額のよく見えるこげ茶色の短髪に、黒いミリタリージャケットとカーキのカーゴパンツ、黒のロングブーツを着用している。そして彼はルルの頭二つ分ほど離れた身長と、横幅は2倍近くあるというガッシリとした体つきをしていた。ちなみにルルは校内の体格小さい順トップ3に入る生徒で、北添はその逆で大きい順トップに君臨する逸材である。

 

 今の口調からしても北添が物腰柔らかい穏やかな性格であるとはいえ、彼の学ラン姿を見慣れていたルルにとっては少し威圧感を覚えさせた。

 口を3の字にしている彼に、ルルはそれを気取られないようくすくすと笑いながら、腕を振って行進する真似をした。

 

「この道ひと気ないから、心細くて歌ってたんだ」

「そりゃそうだよ。普通基地へは通用口から入るんだし……そもそもここ警戒区域内だからね」

 

 関係者以外立ち入り禁止の看板があったでしょ、と注意する北添に、ルルは「あったねー」とへらと笑う。

 

 警戒区域というのは、ボーダー独自の技術により、近界民(ネイバー)を一定の範囲内に誘導させるために設定された地域のことである。本部基地はその中心にあるため、通用口を使用せず向かうには区域内を進まなければならない。

 誤解を解くため、ルルは素直に目的を話した。

 

「わたし今日ここに用があって来たんだ」

「えっそうなの?」

 

 ルルはうん、と頷きながらスマホのメール画面を開いて見せる。北添がその文面をなになに、と覗き込む間、彼女は首をかしげてもう一人の隊員を見上げた。

 

「二人とも同じ格好してるね」

「……」

「ここで何してるの?」

「……」

 

 しかしその隊員はルルの言葉を明らかに無視し、我関せずといった感じでそっぽを向いている。

 全体的にツンツンとしたやや長めの黒髪。つり上がった三白眼気味の猫目。普段は顔半分をマスクで覆っている彼だが、今はギザギザした特徴的な歯が丸見えだ。

 温和な北添とは正反対な態度をとるこの青年の名は影浦雅人(かげうらまさと)。彼もまたルルと同学年だが、3人ともそれぞれ別のクラスである。

 

 誰も寄せ付けないオーラを放つ影浦をものともせず、ルルは尚も笑顔のまま彼に話しかけた。

 

「カゲくん聞いてる?」

「……あー? 一々うっせーなオ」

「えっ、ルルちゃんが住んでたとこ、壊されちゃったんだ⁉︎」

 

 影浦のいら立った声をさえぎるようにして、北添が驚いて声を上げた。

 

「うん。ボーダーって、仮設住居持ってて、格安で部屋も貸してくれたりするんだよね? 色々補償してくれるみたいだから、詳しい話は本部でってことになったんだ」

「なるほどね〜」

 

 北添はスマホから顔を離して納得がいったような表情を見せた。

 これで疑いも晴れたよね。と、ルルは安心してにっこりする。

 

 影浦に無視された質問も聞いていたようで、彼が代わりに答えてくれた。

 

「これはうちの隊服で、(チーム)によって自由にデザイン変えられるんだよね」

「そうなんだ。広報の嵐山隊みたいな?」

「そうそう」

「へ〜、二人の隊服もかっこいいね!」

 

 にこにこと褒めたルルに、北添は「そう?」と満更でもなさそうな顔をしている。

 放っておけばゆるゆるとした雰囲気が続きそうな空気に我慢できなくなったのか、影浦は眉間にシワを寄せた。

 

「オイ、用があんのはここじゃねえだろーが。さっさと行け、仕事のジャマだ」

「仕事って、防衛任務のこと?」

 

 ボーダー隊員の主な仕事はこの防衛任務だ。隊員たちは警戒区域の外縁に位置する他の五つの支部に配置され、近界民を撃退するのだとTVで見たことがある。どうしてここ(本部)にも部隊がいるんだろ、とルルは目線を空にやった。

 

 彼女がまた質問をしたため影浦の眉間にはもう一本シワが増える。が、彼は思い付いたようにハッと薄く笑った。

 

「そうだ。俺らは忙しんだよ。ここに来る近界民やら、わざわざ道の隙間を抜けてきやがるような、()()()()()()()()()()やらを追い払うのにな」

「ちょっカゲ!」

 

 影浦をたしなめるように言ったあと、北添はルルに弁解した。

 

「ごめんね。ルルちゃんが怪しいとは思ってないんだけど、ここは危ないし念のためで……」

 

 だから気を悪くしないでね、とバツが悪そうにする北添に、ルルは気にしてないよと首を振る。

 影浦が裏表のないある意味素直な性格であること、そして彼の近寄り難い雰囲気には理由があることも彼女は以前から知っていた。何より彼らに余計な仕事を与えてしまったのは事実である。

 

「ううん、わたしこそごめんね。

 本当は他の隊員の人と来るようにメールに書かれてたから、ここで二人に会えてよかったよ」

 

 ルルは大通りの方を見やって、それに、と小声で付け加える。

 

「あっちの道だと近界民に会っちゃうし逃げ場も見つからなかったし——」

「……えっ?」

 

 彼女の言葉に北添が首をひねったその時。

 ウウー、とあたりに警報が響き渡り、影浦と北添の目つきが変わる。続いて空中にバチバチと火花を飛ばしながら、ブラックホールのような球が浮かび上がった。球は風船のようにふくらみ気球ほどの大きさになったかと思うと、中から同等の大きさの機械のような怪獣、通称トリオン兵が現れた。

 

 ルルはすぐさま兵から目をそらして基地に顔を向ける。

 

(ゲート)発生。門発生。座標誘導、誤差13.74。近隣の皆様はご注意ください』

 

 警報後にアナウンスが入り、北添は後ろ手に基地の方を指差しルルに合図した。

 

「ルルちゃん今のうちに!」

「うん、ゾエさんありがとう! 二人ともまたね」

 

 北添は返事の代わりにバイバイと手を振る。彼女が基地内へ入るのを見届けてから、彼はルルに構わずトリオン兵の元へ向かった影浦を追った。

 

 

 大通りに出現した近界民たちを二人が慣れた手付きで殲滅していく最中、北添がふと口にする。

 

「そういえばルルちゃん……さっき近界民が出る位置知ってたみたいな言い方だったような?」

「んだそりゃ。おめーの聞き間違いじゃねーのか」

 

 呆れる影浦に、北添はあっと思い出したように口を尖らせた。

 

「っていうかさ〜カゲ、ルルちゃんに当たり強すぎじゃない? ゾエさんハラハラしたんだけど」

「は? 普通だろ。つかあいつの表情と感情合わねえから気持ち(わり)ーんだよ」

「気持ち悪いって……ルルちゃんのファンに刺されるよ」

「知るか」

 

 くだらねえと顔をしかめる影浦に対し、北添は少し考える素振りをしてからためらいがちに口にした。

 

「それって犬飼(いぬかい)くんみたいな?」

 

 影浦は片目を釣り上げて北添を一瞥する。

 

「ありゃ犬飼の野郎とは別物(べつもん)だ……なんつーか、メカかってくらい感情がねえ。

 あのチビ、俺らをモノかなんかだと思ってやがる」

「ええ〜……?」

 

 話は終わりだとでも言いたげに、影浦はその場から駆け出しトリオン兵に向かって行く。北添は半信半疑な顔をすると、ルルとの会話を思い出すようにして、星座がまたたき始めた夕空を見上げた。

 

 

 

 

 

 ルルがボーダー本部メディア対策室、室長のオフィスを訪れる10分ほど前。中には二人の男性がいた。

 二人は壁に設置されているモニターに映し出された、幼い少女が歌う映像を見ている。

 星の()というタイトルらしく、丁度外の夜空に浮かぶ星たちがきらめくようなステージに一人、天使を思わせる真白い衣装で少女は立っていた。

 

『雲なきみ空に 横とう光

 嗚呼洋々たる 銀河の流れ

 仰ぎて眺むる 万里のあなた

 いざ(さお)させよや 窮理(きゅうり)の船に』

 

 口語では大人もまず使わない古語の混じった歌詞を、少女は情緒豊かに歌い上げる。映像は古いものだが、その歌声は澄みきっていてみずみずしい。

 画面の中で拍手を受け、少女が礼をしたところで映像が終わった。

 

「なんというか、今の彼女からは想像がつかないですね。何年前です? これ——」

「10年は経っているはずだね」

「よく見つけましたねこんな古い映像」

「本人が見つけたものだよ。今の声と比較した動画を最近あげていたのを偶々見かけたのでね」

 

 応接用のソファに座り、外務・営業部長である唐沢克己(からさわかつみ)は相槌を打つ。彼は手元のプリント類をテーブルにトンと落として「それにしても、」と言葉を続ける。

 

「驚きましたよ。まさか根付さんが彼女の熱烈なファンだったとは」

 

 室長専用のデスクで手を組んでいた根付栄蔵(ねつきえいぞう)は、元々への字である口を更に曲げて心外だという顔をする。

 

「それは些か曲解じゃないかねえ……彼女のここ数年の快進撃は運やタイミングだけが起爆剤となったのではなく幼少からマルチに活躍できる才能があってこそだったと公正明大に評価しているのであって決して熱烈な訳では——」

 

 自身が少々早口だったことに気付いたのか、根付は誤魔化すように咳払いをした後一言加えた。

 

「……まあ、直接会って話をしてみたいのは本音ではあるがね」

「はは、それでこちらを貸してくださったんですね」

 

 唐沢は苦笑し、書類をファイルに戻しテーブルにのせると一呼吸置いた。

 

「——やはり彼女を()()()()おつもりで?」

 

 その言葉にピクリと眉を動かして、根付は彼がテーブルに置いたファイルを見下ろす。中には近界(ネイバーフッド)被災者生活再建支援概要と書かれた小冊子と、一人分の身辺調査票などが入っているのを根付は見逃さなかった。

 

「唐沢さんこそ、部下に頼めば書面で済んでいたことをわざわざ差し向かいで会おうとしていたそうじゃないですか。同様じゃないかね?」

「いやあ、私は引き込むというより頭を下げる側です。

 手札は揃ってますが、ファンという心強い味方もいらっしゃいますし、話もスムーズに進みますよ」

「だから私はファンではないと先ほども——」

 

 根付が冗談めいた唐沢の台詞を否定しようとしたところで、入口の向こう側からノックがあった。ガチャリとドアが開くと、メディア対策室の室員が室長、と中へ呼びかける。

 

雑賀(さいが)ルルさんをお連れしました。お通ししても?」

「構わないよ」

 

 言いながら立ち上がり、根付は唐沢の隣へと向かう。

 室員に促され、ルルは「失礼します」と部屋の中へ足を踏み入れた。

 

 室長室なのだから当然だろうが、大きなデスクに3人掛けのゆったりしたソファが2台と、両側には観葉植物が飾ってあり中は広々としている。

 この部屋の外にも応接用のテーブルはあったが、室長室までわざわざ連れて来られたということは公にはできない話があるのかもしれない。それはそれで好都合だと、ルルは根付と唐沢に向かって笑顔を向けた。

 

「メールを送った唐沢です。こんな時にここまで来させてしまってすみません」

「とんでもないです! 他の被災者の方々への説明会はもう終わっていると聞いたので、むしろ私だけのために申し訳ないです」

「ボーダーとして当然のことですからお気になさらず」

 

「ありがとうございます」と、ルルは唐沢の右手を両手でぎゅっと握り返す。

「ところでここまでは誰と……?」

 

 質問した唐沢の顔を見つめて、ルルは小首をかしげた。

 彼は特に疑うような表情はしていない。ただの質問のようだ。だが本当は一人で来たのがバレるのもよろしくない。

 

 おそらく護衛的な意味で、彼は誰かと来るようにとメールに書いたのだろう。(必要ならこちらで隊員に指示しますともあったが断った)

 高校にはボーダー隊員たちがちらほらいるし誰かしらは捕まえられる。しかし一番親交のあるクラスメイトたちでさえボーダーについてほとんど聞き出せなかったのに、道中を付き添われるなんて正直時間の無駄だ。護衛などなくても、自分の身なら自分で守れる。

 

 ルルは笑顔のままごまかした。

 

「任務中だった影浦くんと北添くんに途中まで送ってもらいました」

「そうでしたか。今は警戒区域の周りだけでなく、念のため本部付近にも部隊を置いているんですよ」

 

 第二次侵攻があってから1週間と少し。完全に安心とはまだ言えないのだろう、警備を強化するのも当然である。門の誤差の数値が微妙に高かったのも、そのせいなのかもしれない。

 そうなんですね、と頷きながら、だから二人はあそこにいたのか、とルルは納得した。

 

 続いて彼女は()()という名前を出した時に何故か苦々しげな顔をした根付にも握手を求めた。

 

「根付さんですよね。昨日の記者会見、拝見しました」

 

 彼は少し驚いた風な顔を見せたが、そうかね、と会釈をして、

「私はこの件に直接関わりはないのだが、同席させてもらっても構わないかね?」と言った。

 

 メディア対策室の室長が絡むということは、案外同じことを考えているのかもしれない。

 ルルは「ええ、もちろんです」と二つ返事でにこりと返した。

 

 

 実際唐沢と根付の二人からは、今回の災害に対する謝罪の他に、彼女が望んでいた以上の申し入れがあった。

 

 




星の界/杉谷代水
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