「サポーターかボーダー隊員、ですか?」
「所属されている事務所にご確認したところ、
一応個人事業主だとルルが頷くと、唐沢も同じように頷いて話を進める。
「アイドル以外にも、子ども向け番組への出演やご自身で動画の配信、最近ではブランドも立ち上げてましたよね——」
彼は用意していた資料をテーブルに広げながらルルにプレゼンしていった。
要約すれば、サポーターならボーダーの宣伝も兼ねて自身の行う活動をバックアップしてもらい、隊員としてなら、3年ほど前からメディア向けの広報も担っている
どっちを選んでもやることはほとんど変わらないが、いわば株主か従業員になるかでは、ボーダーとの関係は大きく変わる。
彼女としては(商談は)いけて何かのタイアップ、ぐらいに考えていたため、継続的に仕事が入るならどちらも魅力的な話である。しかしここで即決しては立場が逆転しかねない。
一通り説明を受けた後、ルルは恐縮そうにかしこまった。
「全世界から注目を浴びるボーダーの方々にお誘いいただけるなんてとっても光栄です。
きっと、他にもたくさんのお話を頂いてるのでしょうね……?」
現にSNSや掲示板は
そんな中で私に声をかけるメリットはなんだろう、とルルは疑問に感じていた。
アイドル戦国時代と言われる中、ソロでトップ層に食い込める実力があると自負してはいるが、それはあくまでアイドル界隈での話。他の芸能活動や動画配信、自身のアパレルブランドに関しても同じことが言えるのは、彼女もよく分かっていた。手広くやっていても(寧ろそのせいもあるかもしれないが)、知らん人は知らんのが現状なのだ。
私じゃなくてもいいのでは? という思いを伏せてルルは言ったが、唐沢と
「だからこそだよ。今はサポーターや隊員の申し込み以上に、更なる情報を求める声が非常に多くてねえ……我々としても逐一情報を公開していきたいのはやまやまだが、この一大プロジェクトに集中する必要もある——。
そこでどの層にも一定の知名度があり、且つセルフプロデュースにも慣れている人材ならば、我々とその声をうまく繋いでくれるのではないか、とね」
そこまで言って、根付は先ほど室員が持って来た紅茶に手を付けた。
根付は会見では下手に出つつも、記者たちをコントロールしているような雰囲気があった。
簡単には人を褒めなそうな彼に能力を買われているのは、彼女にとって正直意外ではあったが嬉しい誤算である。同時に、はっきりと"私でなきゃいけない"と言わないあたりは流石だよなあ、と感心してしまうほどだった。
彼女はテーブルに広がったプレゼン資料を見つめ、考える素振りを見せた。
ボーダーは、特にその上層部は、少数でまとまる歴史の浅い組織だ。メディア向けにTV出演しているとはいえ、情報は小出しでまだまだ謎が多い。そのため、
そこで、市民側の立場からボーダー怖くないよ大丈夫だよ〜と堂々と言えるような人間がいれば——要は娯楽職業であるアイドルならば——、それを崩すのは容易である。
ということは。と、ルルは何かを察したような笑みを浮かべて顔を上げる。
「つまり、嵐山隊とはまた違った、マスコット的役割を求めている、ということですね」
「かなり飛躍してはいるが……まあ、君ならば妥当な立ち位置だね」
遠回しな言い方だが、間違ってはいないようだ。ルルが小さくふふ、と笑っていると、唐沢がやんわりと話を戻した。
「もちろんお返事はすぐでなくて構いませんよ」
「いえ、今この場で決めれると思います。ただ、条件と言いますか、一つ心配していることがありまして——」
ルルは唐沢がテーブルの端に置いた、近界被災者生活再建支援概要という、長いタイトルの小冊子を一瞥した。
「お住まいですね?」
「……はい」
これも事務所の誰かから聞いていたのだろう、懸念していたことを唐沢に言い当てられ、ルルはおもむろに頷く。
ライブを開催する数日前。
彼女の部屋は何者かに不法侵入されていた。心当たりはあって、以前動画の配信中に
「近々引越しを予定していたそうですね」
「はい。荷造りを手伝ってもらっているところでした。できれば、あの部屋にはもう入りたくなかったので……」
そう言ってルルはわずかに顔を曇らせる。
第一次近界侵攻により、暴落とも言えるほどに不動産が安くなった三門市。ルルが越してきた最大の理由はそこにある。初めの侵攻は経験していないが、ある程度のリスクは避けられると彼女は思っていた。
不法侵入はともかく、さすがにライブ中家がなくなるのは回避できない。
ある程度倉庫に運べただけいいか……と、ルルは気を取り直して口角を上げる。
「ですがその部屋も今は……危険はなくなっただけいいかもしれませんね」
不幸中の幸いだったと明るく振る舞うルルに何とも言えず、唐沢と根付は哀れむような目で彼女を見つめた。
「こちらで紹介しているのは三門市と共に設営した仮設住居、市が買い取ったマンションの一室または持ち家でして、それから——」
唐沢が言いながら冊子に載っている写真を指し示していき、根付がその言葉を引き継ぐように「ここにある宿舎区画だね」と加える。
なるほど、とルルは頷いて二人の説明を聞いていった。
冊子内の物件の方が部屋は広いが、本部基地内の方がセキュリティは高い。だが隊員か職員でなければならない。
どっちにしようかと悩んでいたルルに、ふと疑問が浮かんだ。そもそもサポーターかボーダー隊員のどちらかしか選べないのだろうか? と。
彼女は今しがた浮かんだもう一つの選択肢がありなのか二人に尋ねた。
「あの、ちなみになんですけど——」
「はい! 本日からボーダーサポーター兼メディア対策室コミュニケーションマネージャーとして活動することになりました、雑賀ルルです!」
メディア対策室を後にして、根付と共に嵐山隊の作戦室に入るなり、ルルが元気よく言った。作業中だった嵐山隊の面々が目をぱちくりさせる中、根付がゴホンと咳払いをして詳しい説明を入れる。
「雑賀くんは我々が新しく雇い、提携した室員でね。君たち嵐山隊の負担を減らすため、同じく広報活動をしてもらうことになった——いわば君たちの後輩にあたるわけだ」
「よろしくお願いします!」
ルルのアイドルポーズのち、一拍置いて最初に反応を示したのは、彼女と同じ高校に通う1年生の二人だった。
「マジかがるる先輩が⁉︎ えっでもアイドルとかはどーするんですか?」
「並行して活動するよ〜」
「こちらこそよろしくお願いします、雑賀先輩」
「ありがとう、よろしくね!」
無造作に髪をセットしたチャラそうな雰囲気の少年——
三門市立第一高校内には、各学年一クラスに一人以上はボーダー隊員が在籍している。彼女がクラスメイトの
「わ、TVで見るより小さいかわいい〜」
「や、
「ありがとうございます〜」
正義を体現したような真っ赤なジャージタイプのジャケットを着用する4人の隊員たちの中、
綾辻は三門市屈指の進学校、
「久しぶりだな雑賀さん!」
「!」
人気が凄まじい人はもう一人いたんだった、と、ルルは爽やかな声がした方へ顔を向ける。
「お久しぶりです! 先輩が卒業して以来ですね」
「そうだな。元気そうで何よりだよ」
「ありがとうございます!」
ルルがぺこりと頭を下げると、嵐山
「……アイドル……先輩……?」
明るい水色の奇抜な髪色、先輩と呼ばれるには顔が幼く身長が低い。そんな特殊な外見をしたルルを見て、そう呟いたのは
嵐山隊最年少で、
目鼻立ちがはっきりしている大人びた顔をしかめた後、木虎は根付に話しかけた。
「広報活動なら室員より隊員の方が向いていると思うのですが……」
「ああ、初めはそのつもりだったよ」
根付が木虎に説明を始めたのに気付き、他の5人も彼に注目する。
「だが雑賀くんは本業もあるから、隊員になれたとしてもランク戦はおろか、防衛任務にさえ当たれない可能性が出てきてねえ。何より一番の理由が——」
と、根付が残念そうな顔でルルをちらりと見た為、彼女は申し訳なさそうに肩をすくめた。
「その……わたし、戦闘員の素質がなかったみたいで……」
「素質?」と首をひねった佐鳥に、時枝がすかさず「トリオンですね」と答え、根付とルルが頷く。
「数値はいくつだったんですか?」
場合によっては……と小さな声で加えた木虎に、ルルは肩をすくめたまま無言で人差し指を立てた。それが1を示しているのが全員に伝わる。
「まあ正確には1未満、いずれにせよ極めて低いトリオン量だったということだね」
「1未満って、そんなことあるんですね」
根付の言葉で驚く綾辻に、ルルは気恥ずかしさを隠すように声を張り上げる。
「でもっ室員としてなら今すぐ、堂々と活動できるので……!」
「オペレーターの選択肢もあるが、入隊式がしばらく毎月の開催とはいえ、式はまだ3週間も先だからな……とにかく新しい仲間が増えるのは嬉しいことだ。よろしくな雑賀さん!」
フォローを入れてくれた嵐山に笑顔で返すと、ルルは改めて「よろしくお願いします!」と嵐山隊のメンバーに頭を下げた。
だが、木虎はまだ納得のいっていないような顔をしている。
既にアイドル部隊として活躍している自分たちの元に、ボーダーとは関係のないアイドルが突然現れ、「同じ活動をする」などと言われたら不満を持って当然である。これがアイドル界だったなら、木虎のような態度は小さい方で、もっと露骨で殺伐とした空気が漂っていてもおかしくはなかっただろう。
木虎が気にしているのはおそらく、「アイドルにボーダーの広報活動が務まるのか」「活躍を奪われるんじゃないか」あたりだろうか。
そう考えながら、ルルは主に木虎に向かってにこりと話し出した。
「早く皆さんの助けになれるよう、ボーダーについてしっかり勉強していきます!」
「……本業が忙しいのに大丈夫なんですか?」
「アイドルやるために必要なことだから大丈夫!」
自信満々にVサインを向けられ、木虎は呆気に取られながらも「関係ないと思うのですが」と眉をひそめる。ルルはぶんぶんと首を振った。
「わたしは藍ちゃんやみんなと違って戦えないし、コミュニケーションマネージャーって言っても、やることは今までとほとんど変わらないよ。
だから、アイドルにできるのって、やっぱりコレだよね——ライブ!」
それまでへらっと笑っていたルルの瞳に力が入る。
作戦室の片隅で紺色の質素なセーラー服を着た彼女は、そこがまるでステージで、たくさんの観客を目の前にして、きらびやかな衣装をまとっているかのように強い笑顔を振りまき、そして歌った。
「Go Up 大地を割いて
ずーんとそびえるサーバ
キュートもファニーも詰まった宝島
Blow Up 嵐のように
しゅーっと粒子のシャワー
なんだか分かった気になっちゃう相互作用
情動飛ばし足りない そう角度がほしい
もっともっとスーパールミナル!」
「フゥー!」
主に佐鳥の歓声と拍手の後、ルルはビシッとポーズを決める。
「来たる2月1日! メディア対策室新室員がるる、初ライブ開催決定〜!」
「がるる先輩イエーイ!」
「佐鳥くんいえーい!」
ハイタッチして盛り上がる佐鳥とルルをよそに、時枝がふと木虎に小声で話しかけた。
「そういえば、さっき何か言いかけてなかった?」
「……いつですか?」
「雑賀先輩のトリオン量を聞いた時」
ああ、と木虎は思い出したような顔をした。
「大したことじゃありません。"場合によっては、戦闘員になれるかもしれない"と思っただけです」
「トリオンは鍛えれば増やせるしね」
「実際トリオンの低い隊員もいますし」
「
澄ました顔で答える時枝にあえて肯定せず、木虎はでも、と続ける。
「1未満の人にそんなことを言うのは無責任だと思ったのでやめました」
「なるほどね……もし先輩がオペレーターを希望したとしても、どっちみち両立は厳しいみたいだし、今の立ち位置がちょうど良いんだろうね」
木虎は頷きながら、時枝にも聞こえないほどの音量で、
「……戦う意思のない人には、オペレーターも不適任ですから」と、ぽつり呟いた。
二人の会話はもちろんルルには聞こえていなかったものの、木虎の言う通り、その時彼女に近界民と戦う意思はみじんもなかった。だがトリオンは鍛えるつもりでいたし、自分がおそらく誰よりも多くトリオンを増やせることも分かっていた。
彼女はそれができる力を持っていた。
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