ルルが
快くOKしてくれた国近にぎゅっと抱きつき、ルルはもう一度礼を言った。だが、彼女はうーんと小難しい顔をしている。
「でも訓練室はー……どうだろう?」
そう言って彼女は
訓練室とは、各部隊の作戦室全てに設置されている部屋のことで、文字通りトリガーの訓練ができる場所である。
ルルは「もしかしてだめかな」と、不安気に首をかしげた。
「だめじゃないと思うけど〜」
「そこは一応、太刀川さんに聞いた方がいっすね」
「そうそう」
太刀川隊の共有施設なのだから、隊長である彼に話を通す必要があるのは当然だ。二人の言葉に、まあそうだよね、とルルは納得した。
本当なら国近と太刀川の二人がそろった状態で、ルルは話をするつもりでいた。だがまずは人材を確保したかったこともあり(もし断られればここの訓練室も借りづらくなるため)、先に国近に聞くことにしたのだった。
作戦室に来る前に彼女に連絡をした際、ルルは「太刀川さん? 今はいないんだ〜でもしばらくしたら戻って来ると思うよ」と聞いたのを思い出した。
「そういえば太刀川先輩、まだ帰って来ないね」
「まだラウンジか食堂でレポートやってるのかな〜」
「あ、それでなんだ」
どうしようかな、と彼女は目線を天井に向けると、よし、とソファから勢いよく立ち上がる。
「わたし先輩探しに行ってくるよ」
「そんなことしなくても、わたし太刀川さんに電話するよ〜?」
国近の提案をルルは「いいよ大丈夫〜」とやんわりと断った。
太刀川のやっているレポートというのは、おそらく大学の課題か、隊長の毎月の義務である、
そんなことを考えつつ、彼女は床に点在する漫画やゲームにつまづかないようにしながらドアへと向かう。
「先輩に会うの久しぶりだし、直接会ってお願いしようかなって。レポート中ならなおさらだし。
あとお腹もすいたからついでに——」
言いながらドアの開閉ボタンを押そうとしたルルだったが、そこに触れる前にプシューッとひとりでにドアが開いていく。
ルルと向かいに立っていた彼は同時に声を発した。
「あっ」
「ん? おまえは…………」
そう言って彼はルルを見下ろすと無言になる。
緑がかった、暗く鈍い青色のもっさりとした髪。同じような色をしたアゴヒゲのあたりに手を当て、格子状の特徴ある瞳でじっと見つめられ、彼女は思った。
この人私のこと覚えてないな……まあ高校で1年かぶったくらいじゃ仕方ないか、と。
気を取り直して、ルルは目の前の彼——太刀川
「お久しぶりです太刀川先輩! お邪魔してます」
「お? おお、久しぶりだな」
「あの時はお世話になりました!」
「……? ああ、別に気にするな」
太刀川はアゴに手を当てたまま得意げに口の端をあげる。
ルルが彼に世話になったことは一度もない。内心笑いながら彼女は話題を変えた。
「ところで太刀川先輩にちょっとお願いがあって——」
「ほう? けどおまえもう帰るんじゃないのか」
「実は今から先輩を探しに行こうとしてて。ちょうどよかったです」
「そうか。で、なんだ? ランク戦か?」
その言葉になかば呆れながらも、ルルは苦笑いで首を横に振る。すると彼は明らかにがっかりした顔で「そうか……」とこぼし、出水の横に腰をおろした。
ルルより二つ年上の太刀川は、見た目こそ年相応の成人であるものの、内面に関しては大分抜けている。だが、こと戦闘においては人が変わったかのように凄まじい力を発揮する。いわゆる戦闘狂である。
部隊のA級1位に加え、彼は
「太刀川さん露骨すぎでしょ」
「いや俺に頼みっていったら普通ランク戦だろ」
「がるるちゃんは戦闘員じゃないよ、太刀川さん」
「なに? そうなのか」
彼が出水と国近にいさめられている様を見て、ルルは思わずくすりとしてしまった。誤解させたことを謝ると、太刀川は「全くだ」と威厳ある態度に戻ったため、さらに笑みを浮かべた。
「訓練室を借りたい? なんだ、やっぱバトりたいのか」
「太刀川さん一回戦闘から離れて〜」
国近の一言で微笑んだあと、ルルは自己紹介も兼ねて説明を始めた。
「わたし2月1日にランク戦会場借りてライブを開くんですけど、」
「ライブ……? っていうかその日ってランク戦初日だろ」
「はい! 隊員のみんなにも見てもらえると思って! もちろんランク戦してない時にやります!」
ランク戦の場所は個人と部隊で変わる。ルルの話す会場とは部隊用のもので、最大4人の3〜4チームが余裕で走り回れる広さと、それを観覧できるスペースがある。つまりライブにもうってつけの場所なのだ。
熱意のこもった瞳で話すルルに、国近はあ〜! と合点のいった顔を見せた。
「それでわたしに頼んだのか〜。あそこなら観覧の解説席からランク戦のとこいじれるもんね」
「そういうこと!
解説席の機械操作って基本オペレーターの人たちがやるって聞いたから、
国近は得意げにコクコクと頷き、まかせろと親指を立てている。
「隊員はともかく他の観客とかってどうすんすか? いれませんよね流石に」と、今度は出水が質問した。
「うん。生配信で流して、あとでアーカイブとかからも見れるようにするよ!」
へ〜、と出水が相槌を打ったあと、ルルはあらためて太刀川の方を向いてバッと頭を下げる。
「ライブでトリガーを使用するので練習場所が必要なんです。訓練室の使用許可をください!」
「訓練室はまあ、好きにしたらいい」
特に悩んだ様子もなく太刀川は即答した。
ルルはぱっと笑顔になって礼を言おうとしたが、彼はテーブルに広がるサブレを一つ手に取りながら「けど——」と続ける。
「ライブでトリガーって何するんだ?」
「盛り上げるためのちょっとしたパフォーマンスです。
時々
「えっ、ライブってそっちなの〜? アイドルなのに?」
国近は驚いて目を丸くしている。
彼女の言う、普通アイドルがやるライブも、ルルはもちろん行う予定だ。
ん〜、とルルは口に手を当てた。
「ランク戦って午前と午後の部に分かれてるんでしょ?
ショーを午前の部の前にやって、午後の部の後に歌う、って流れかな」
「午前の部の前って〜……午前だよね……?」
天然めいた発言をする国近はどこか不安そうな顔をしていた。「そうだよ?」と返したあと、それがどうしたのとルルは目でその先を促した。
「わたし朝早いの苦手だから〜きびしいかも〜〜」
「あ、ごめん。柚宇ちゃんにお願いしたいのは午後だけだから大丈夫だよ」
「なんだよかった〜」
国近はほっと胸を撫で下ろしたが、「いやでも俺たち明日の早朝に(防衛任務の)シフト入ってるじゃないすか」と出水に突っ込まれている。
「出水くん。寝る場所と仕事場が一緒なのはでかいのだよ」と、なぜか自慢げに語る彼女をよそに、太刀川が話を戻した。
「にしてもよく上が許可したな。戦闘以外でのトリガーとランク戦会場の使用なんか」
「ああ、それは——」
違うんですよ、と言いかけてルルは思い留まった。
今回のライブは名目上、
集まった資金は全て復興費用にまわるが、継続的に応援してもらえるよう誘導すれば、結果的にサポーターや協力者を増やすことにつながる。
これも目的の一つではあるが、最大の理由は「
先ほどメディア対策室室長の
『ああ、あの遠征の公表は正直完全に誤算でねえ……唐沢さんにしてやられたという感じだよ』
『いやいや、私はお膳立てしたまでですよ。"彼だけが悪かった、会見は終了します"では、後味が悪すぎますからね』と、会話していた。
どこかトゲを含めた唐沢と、やれやれと盛大なため息を吐く根付を見兼ねて、
『彼……? そういえば最初に遠征の話をしてたのは、
腕に包帯を巻いていた——』とルルが入ると、
『そうです。病院から特別に許可を得て、私が会場へ連れて行ったんですよ』
唐沢の説明に、ルルはなるほど、と会見の裏側にあった出来事を少なからず知った。
昨日の会見終了間際は、"誰が原因で侵攻は起きたのか"よりも、"近界遠征はいつどのように行われるのか"で収集がつかなくなっていた。それをボーダーのトップである司令官が遠征への協力を募って上手く会見をまとめたため、事なきを得ていた。
しかし、これまで世間に秘匿していた"遠征"が、あまりに話題になり過ぎることを上層部(特に根付あたり)は望んでいない。
遠征に興味を持った、マスコミの
そこで根付は、ライブでルルにトリガーを使用させるという結論に至った。
『我々メディア対策室では、今後近界民との戦争が終結した後についても、長期的に考えていてねえ。
その一つとして、トリガーには戦闘以外での有用性もあるのだと示すべきだ、とね』
そうして話題をかっさらい近界遠征で盛り上がる世間を一時でも鎮めよう、というのが彼のプランなのだ。
側から見ればルルは利用されていると思えなくもない。だが注目を浴びれば知名度UPも期待できるし、ファンの獲得にもつながる、win-winの関係である。彼女は十分納得していた。
そしてこういう話をわざわざここで言う必要はない。遠征経験のあるバリバリの戦闘部隊、太刀川隊なら尚更だ。
ルルは親指と人差し指で小さな丸を作るとふふ、と悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「わたし、結構サポートさせていただいたので……」
出水と太刀川はそういうことか、と事情を察した顔をみせる。
それに対し国近は「あ〜〜、がるるちゃん悪い顔してる〜〜」とわざとらしく言い、「悪くないから。いい顔だから」と、ルルは得意のアイドルスマイルで応戦した。
夕食を済ませたあと、ルルはさっそく訓練室を借りた。スマホとスピーカーを用意すると、爆音で曲を流し始める。
本部の建物はトリオンでできており、防音・防振に優れている。どれだけボリュームを上げようが、訓練室の外へは漏れないのだ。
ピアノが走るように流れて始まり、電子音がナチュラルに混じっていく疾走感のあるイントロ。その間約50秒。
ウォーミングアップをしながら片足でリズムを刻む。手にはトリガー。
この武器は起動の意志さえあれば、起動者の思うままその形を変える。ルルは歌うと同時にそれを起動させた。
「するりと腕を抜けてくスケジュール
トリガーはおもちゃのようなキューブ型に変わる。彼女の小さな手のひらに浮かび、白く淡く光っている。続けてそれを小指の先ほどの大きさに割っていく。
「変えられないなんて諦めたりしないでね
無数に走るラインは君を待ってるんだ」
歌詞に合わせて粒を真っ直ぐにつなげラインを作ると、それぞれに絵の具を塗るように色を与えた。
身体の動きに合わせて空間を彩る虹色のトリガー。満足そうに眺め、彼女はBメロに入ろうとした。が、できなかった。
「あちゃあ〜」
バシュンッ、という音と共に、輝く無数のラインは一瞬にして消え去る。ルルのトリオンが切れてしまったのだ。
「まあ、仕方ないか1未満じゃ……」
彼女は残念そうな言い方をしながらもどこか淡々とした表情で、爆音のまま何も知らずに先を行く曲を止めた。
「っていうか効率が悪いのか」と、短剣の
「……先にトリオン増やしてから歌と合わせた方がいいよね……よし、そうしよ」
ルルは一人うなずくと、スピーカーにつなげたスマホの時間を確認する。
現在8時9分。訓練室に入ってから5分も経っていない。
時刻を食い入るように見つめたあと、眠りに落ちるようにゆっくりと目を閉じた。
体感3秒後。ルルはピアノの爆音にハッと目を開ける。
スマホの時間は8時6分。
少し早すぎた、と思ったがトリガーはまだ起動されておらず手に握られたままだ。
問題ない。曲はもう流したままにしよう。
むしろ目印になる。と、彼女はウォーミングアップで頭をぐるりと回しながらぶつぶつと呟く。
「当日はリハも含めると大体8時間……余裕みて10越えしたいけど3日に分けても1年くらいはかかるから…………遊んでちゃダメだな」
ルルはトリガーを起動させて、先ほどとほぼ同じ大きさのキューブを手のひらに浮かばせた。今度はそのまま直線に飛ばすと、自身に当たらない距離でドンッと炸裂させる。
「するりと腕を抜けてくスケジュール——」
そして何事もなかったように、もう一度同じ歌詞を歌い始めた。
目を閉じ、自身を眠りに近い状態にもっていくことで、過去の自分自身へ意識を飛ばす。ルルは時間
ボーダー内には、ルルのような超感覚、超技能、特殊体質、強化五感といった力を持つ人間が何人かいる。そういった能力のことを、組織では総称して「サイドエフェクト」と呼ぶ。
この力は
Transfer/livetune adding 中島愛