#6 SwEEt dREAM
ルルがボーダーに入隊した次の日。
彼女は朝早くから学校に登校すると、コートとマフラーを脱がないまま席につき膝にブランケットをかける。そして自身のノートパソコンを開くと、キーボードとマウスを忙しなく動かし始めた。
しばらくカタカタカチカチと音を鳴らす彼女のもとに一人の女生徒が近付き、ルルは顔を上げてへらりと口角を上げた。
「あ〜〜
「ルル、おは……って、何その顔⁉︎」
「え〜? いつものかわいいルルちゃんでしょ〜〜?」
「自分で言う?」と、
防衛任務に就くボーダー隊員同様、ルルは早退するか遅刻するなどして芸能活動に向かうことが多い。そのためメイクや髪型は普段ならバッチリ決めている。
が、今日のルルはいつもより薄化粧で髪もゆるふわじゃなかったり、やたら間延びした口調をしていたりとどこか抜けていた。目の下にうっすらとクマが浮かび目は開かずまつげで隠れそうになっているあたり、彼女が徹夜をしたのは明白だった。
驚きはしたものの何かを察した結花は、腕組みして首を傾けた。
「……もしかしてライブの準備?」
「そだよ〜今ちゃんもう知ってるんだねえ」
自分の席に着きながら、結花は「昨日の夜通達があったのよ」と答えた。
ボーダーでは上層部などからの連絡事項は基本的に、各隊に配られているタブレットに通知がいく。
ルルがメディア対策室室員としてボーダーに入隊したこと、2月1日にライブをすることなどが昨日の通達内容だったと彼女は加えた。
「……にしても、まさか本当に入隊するとはね」
驚きと呆れの混じった顔をしている結花に、ルルは返事する代わりに歯を見せてにかっと笑った。
「
「今日は朝から防衛任務だからって、わたしが起こしてあげたんだよ〜〜」と、ルルは昨日の
頬杖をつき結花はふうんと相槌を打ったあと、はたと何かに気付いた様子を見せた。
「ん? 柚宇がライブを手伝うって言っても、他にもスタッフはちゃんといるのよね?」
「もちろんいないよ?」
「……は?」と、今度は怪訝な表情を浮かべる結花。
「今回のライブは"
「……つまり運営側はボランティアじゃないといけないってこと?」
「そう〜。うちの事務所でやると人件費発生しちゃうから、ボーダーの誰かにお願いする方が都合がいいんだよね〜〜」
両手だけは相変わらずキーボードとマウスを動かし続けているが、どこか余裕のあるルルの言葉に、「だからってライブまであと二日しかじゃない、どうするのよ」と結花はまくしたてた。
口調は一見キツめだが彼女はやや心配性なところがあり、自分にほとんど関係のない事柄でも親身になって話を聞いてくれたりアドバイスをくれたりもする。
ルルはサイドエフェクトのおかげで学校の成績は良い感じに保てている。だが芸能活動で授業に顔を出せない日が続いたときには、決まって結花がノートやプリントをまとめてくれていた。(余談だが
依頼を即答でOKしてくれた国近を含め、恵まれてるなあ、と思いながら、ルルは期待を込めた目で結花をじっと見つめる。
「……悪いけど私は手伝えないからね」
「だよね〜知ってた。今ちゃんランク戦で忙しいし、本部所属じゃないもんね」
結花はその通りだと頷く。
彼女がオペレーターとして所属しているのは
またランク戦はB級同士で対戦した後、A級ランク戦を行う。
来馬隊は前シーズンB級8位で終わりを迎えている。ランク戦を間近に控えた彼ら含め、B級部隊にライブの手伝いをお願いするなど、よほど余裕のある隊員でないと引き受けてはくれないだろう。
さらに結花は普段、鈴鳴支部で任務をこなす。片道およそ2kmほど離れた本部に、ライブの練習をしたいからと気軽に呼びつけるには遠い距離だ。
「まあでも今日は
玉狛? と首をかしげる結花に、ルルは言葉を続けた。
「
「なるほどね。あの子なら引き受けてくれそうだわ」
「やっぱり? A級
一瞬間があった後、結花は静かに否定した。
「ルル。
「あれ〜? そうだった〜」
彼女は何でそんなこと知ってるのと言いたげだ。その目線から逃れるように、ルルは目を瞬かせて眠いアピールをした。
5秒くらい戻るか? と考えたが、ついさっきまでトリオンを増やすためだけに数百回と時間を繰り返している。
彼女のサイドエフェクトは浅い眠り、つまりレム睡眠時でのみ発動する。いつもなら深い眠りであるノンレム睡眠との使い分けが自在なのだが、昨日は最低限の睡眠しか取っていないため不安定である。
うっかりすると5秒以上戻ってしまい、今パソコンで編集しているライブ用の音源が消えるか、下手をすればトリオンを増やす前に戻ってしまう可能性もある。
ルルは"ボーダーの広報活動するのに隊員の名前を覚えるのは最優先だけど、昔の話も聞いちゃったからこんがらがるよね"という体で誤魔化した。結花も"昨日の夜入隊して1日も経ってないんだからごっちゃになっても仕方ない"と納得してくれた。
「風間隊は本部所属だったね。びっくりした〜」
「びっくりしたのはこっちの方よ。前からボーダーにいたみたいな言い方するんだもの」
「あははまさか〜〜」
また怪しまれないようルルは笑いながら否定した。
だが彼女の言ったことは実際当たっている。ただしこの時間軸
ルルがボーダーに所属するのはかれこれ数十回目になる。今現在と最初の世界線をのぞき、彼女は常に高校入学と同時にボーダーへ入隊し、そして去年の5月から先を進めずに時を戻っていた。
宇佐美栞が風間隊に所属していたのは2年近くの期間だが、それは約1年前までの話である。ルルにとっては"風間隊オペレーター"としての認識が強かったために間違えたのだった。
結花が一旦カバンの整理を始めた為、ルルは音源の編集に集中しようとスクリーンに目を向ける。
B級以上の隊員なら大体みんな覚えてると思ってたけど、3年くらい前になると意外と忘れちゃうんだなあ……知ってるのも去年の5月までだし、そのあと入ってきた隊員は覚え直さないとだし……。
あれ、結構大変じゃない? と、自問自答してルルは首をひねる。
その内バレるのは確定っていっても今はちょっと困るし、かといって何か間違えてめっちゃ戻るのもしんどいなあ……トリオン増やすのと多分人員確保にも戻んないといけないから——
「今度はどうしたのよ?」
整理を終えた結花と目が合う。ルルは無意識にう〜んとうなっていたらしい。パソコンの画面も先ほどと何も変わっていない。
「いや〜〜……わたし実は玉狛支部行くの初めてで〜〜……敬遠してたわけじゃないけどいやしてたかもしれないけどちょっと緊張してるっていうか〜〜……」
「あんたやっぱり元々ボーダーと繋がりあったの?」
「いっけね」
結局彼女は学校を出るまで、眠気のせいでうっかり口を滑らすというのを4回ほど繰り返してしまった。
「Gimme a sweet dream right away
ふたりを隔てるチョコレートの壁
ゆっくり崩してフォークとナイフで
ねえ鍵をかけて秘密の箱」
ヘッドホンを耳当て代わりにして、流れる曲に合わせて口ずさむ。以前ルルがCMに出演した時にタイアップされたものだ。
何十もの音を掛け合わせた重厚感あるサウンドが冬の寒さを紛らわす。かに思えたが、ルルはぎゅっと目をつむり嘆いた。
「ああ〜ダメだ〜〜っやっぱり寒い〜〜……‼︎」
彼女は今本部基地の南側に流れる川沿いを一人歩いていた。川の上をすべる冷たい風がその髪を激しく揺らす。頬と鼻につきささるような感覚を覚え、マフラーに顔をうずめた。
「ううう〜、でも玉狛行くにはこの道しかないからなあ……」
ちらりと前方に目をやると、橋を渡った先、川のど真ん中に、何本もの柱に支えられた大きな建物が見える。三門市で唯一の施設であり、本部から半独立した組織とされているボーダー玉狛支部だ。
元々は水質調査などに使用されていた施設だったが使われなくなったため、ボーダーが買い取り新しく基地を建てたらしい。だが外観は以前のままなのか、所々壁が剥がれ中のレンガが剥き出しになっている。屋上には白い鳥が群れ全体的に古ぼけた印象があり、正直ボーダーのロゴがなければ一見無人にも見えてしまう。
悪寒を吹き飛ばすようにふるふると首を振ると、ルルは残り数10mの道のりを急いだ。
「——はっきり言って無理ね」
「えーっ‼︎ どうしてーっ!」
やや高飛車な少女の声に、ルルの声が食い気味にあたりに響きわたる。
彼女が支部への差し入れにチョコレートを渡し、客間へ通されたあと、単刀直入に依頼の内容を伝えた直後のことだった。
「ちょっとちょっと。お願いされてるのアタシだから」
口に含んだ紅茶をあわてて飲み込み、宇佐美栞は隣に座る少女を止めた。そしてショックを受けている向かいのルルに謝る。
「すみませんこなみが勝手に……」と、栞は隣に座る少女を指差した。
その少女——
「これ限定のやつ!」
「そうなの! 今年のコレクションはロゴと一緒のデザインでかわいいよね!」
「でも今年の初めで販売終わったはずじゃ……」
「わたし
「あんたやるわね」と、小南は感心したような顔でさっそくチョコをもぐもぐと頬張り目を細めた。
ルルがふふふ、と得意げに微笑んでいると、栞が「あのねえ、」とやや気まずそうに続ける。
「
「えっ⁉︎ そうなの⁉︎」
小南はびっくりした拍子に2つ目のチョコを取り落とした。二人に比べて目線の低いルルは、両手を振って明るく振る舞う。
「よく間違われるし気にしないで〜。ルルでもがるるでも、好きに呼んでね!」
「さすが人気のアイドルは違うな〜」
栞の言葉に気を良くし、ルルはまた得意げに笑みを浮かべた。しかし小南の言葉を思い出し、途端に肩をすくめる。
「それで話に戻るんだけど……理由聞いてもいいかなあ? 一日に予定があるなら仕方ないけど、もしそうじゃないならやってもらうことは難しくないし、お礼はできることなら何でも——」とルルが言いかけたところで、再び小南が割って入った。
「その当日に予定があるのよ。うさみはランク戦でオペするんだから」
「……ランク戦? 小南ちゃんの
「あたしたちはね」
どういうことだろうとルルが首をかしげると、すぐに栞が補足を加えるように説明を始めた。
「ウチに新しく隊員が入って、その子たちで玉狛第二部隊を結成することになって、アタシがそのオペレーターをつとめることになってるんです」
「なるほどそういうことかー!」
頷くルルと一緒に、小南もそうそうとコクコク頷いている。
その流れはこれまでボーダーに所属していたときには起きなかった。つまり去年の5月以降の話で、彼女の言い方から玉狛第二は最近入った新人たちの部隊で、今シーズンがデビュー戦ということになる。
「それじゃあランク戦に集中しないとだよね〜……。
柚宇ちゃんに相談した時"宇佐美ちゃんが適任、というか宇佐美ちゃんしかいない"って即答してたからすご〜く楽しみだったんだけど……でも仕方ないよね……すご〜〜く残念だけど……」
ルルはがっくりと肩を落とすとこれ見よがしな言い方で遠くの方を見つめる。
「いや〜、できるならお手伝いしたいし楽しそうではあるんですけ」
「ほんと⁉︎
「……!!」
胸元まで伸びたストレートの黒髪にスクエア型の赤いフレームの眼鏡をかけた、知的で穏やかな雰囲気をもつ宇佐美。彼女の黒い瞳は期待と迷いに揺れている。
これはいける、とルルは確信した。
当日の手伝いが無理なら、データだけ貸してもらうのも全然ありだ。というかその方がいい。
小南が宇佐美の肩をゆらして抵抗させようとするのも構わず、ルルはいかに宇佐美が適任であるかを勢いだけで熱弁し、最終的に彼女を口説き落とすことに成功した。
SwEEt dREAM/Tommy february6