ロックマンエグゼ:実績『見損なったぞカーネル!』『負けないアイ』開放ルートRTA 作:ヌオー来訪者
どこかで見たことのある顔だった。
暗がりで頭が、「彼」だと理解するのに少しばかり時間がかかったが間違いない。
西古レイ、だ。
黒井みゆきがそんな結論に至った理由は至ってシンプルだった。
これを語るには1年ほど前に遡る必要がある。
デンサンタウンに構えているみゆきの骨董品屋そのものは元々家族から受け継いだものだ。
この店は明らかに呪物ではないかと思えるほどのおどろおどろしい物体から、壺の形をした除湿器という現代的で妙ちきりんな物体まで。
時には売り、時には買い取っている。
そんな中でやり取りする客はよくいるようなその手の壺やら何やらが好きな老人から、家族が死んだので身辺整理のためと遺品を売り飛ばしたり、よくわからない蔵から使い道が無くて引っ張り出してきた大人たち、インテリアマニアと変化球ばかり。
そのおまけ程度に占いもやっているぐらいだ。
そんなものだから基本的にはこの店は基本的に閑散としている。そのせいで居座る
無遠慮に開かれる引き戸から今度はどっちの客だといつもの平静を保ちながら来客の顔を見据える。
店に入って来たのは作業着を身に纏い、帽子を被った男だった。
髪の毛は側頭部の飾りから伸びるものだけでそれ以外は完全に剃っている。そんな特徴的な姿にみゆきは目を細めた。
この男は、平静を装っているように見えるが所在なさげに目が泳いでいる。
この目をみゆきは知っている。
占いでも頼みに来たか。
まったく何処から聞いてくるのか。
表立って宣伝していない占いの広まりどころに思いを馳せながらみゆきは彼が口を開くのを待った。
「あの、すみません。ここで占いができると聞いてきたのですが」
間もなくして案の定の言葉にみゆきはいつもの通りに占いの準備をした。
まぁ、別段何もなくても視ることは出来るのだがこれは自分への願掛けのようなものだ。
黒井みゆきの占いというものは未来が視えるタイプのものではない。
風水だとかそんなものでもない。
……視えるのだ。まとわりつくナニカが。そして魂が。
元々そう言う家系なのもある。
本来「そういう稼業」をするのが筋というものだろう。だがみゆきにはその手の仕事に興味があまりなかった。
だからこうして自分の特異体質を活かした仕事は刺身のつま程度の立ち位置でしかないし今後も目立つつもりもない。
そういうのはガラではない、そうみゆきは思っていた。
みゆきは彼をカウンター前の椅子に腰掛けるよう促すと、男は促されるまま腰掛けた。
「こうしてこの街に来て数年、ワタシは車の整備士をやっている者なのだが──果たして本当にこれでいいのか、と思っている時が多々あってね。こうして助言を貰いたかったのだ」
占い師に助言を貰った所で何か変わるかと言われたらそうではない。結局のところ最後に決めるのはその人次第なのだ。
「転職屋と相談すればいいだろう。など、そう言う者もいるがアレは営業成績がかかっているのだから信用ならん」
その結果占い師を信用するのも危うい気もするが、と喉から言葉が出かけたが飲み込んだ。
彼なりに悩むものがあったのだろう。
取り敢えず、お代は貰う。
ただではやらん。そんなことをすれば変なのが寄りつくからだ。……少しばかり手遅れだが。
「昔はこう見えても催眠術師をやっていてね。まぁ、短い間でしたが。少し昔話をしようか」
男は西古レイと名乗った。
そういえば短い間ながらも催眠術師としてメディアで名を馳せていた、あの男のようだ。
……とみゆきは回顧した。
◆◆◆◆◆
元々彼に特異体質などなく技術屋として車の整備をしていた。
そんな、どこにでもいるただの1人の人間だった。
彼はその仕事に対して抱いている感情は屈折していた。
滅茶苦茶な上司にどやされ、迫る納期に怯えながら油に塗れる。
別段車が好きだった、という訳ではない。
ただ単に進んでいたレールの上に車について学ぶ機会があったというだけのことだ。
楽ではあったが面白く感じたことはない。
車の整備というものは、パーツの取り替えやら内装の清掃など物理的な修理だけにとどまらない。
最近の車は国から搭載を義務付けられたオートドライブシステムというものが標準搭載されている。
これにウイルスが湧いたりしてバグが起きて事故が起ころうなら大惨事だ。それゆえデバッグの為にネットナビを使う必要がある。
そのため彼は整備する車にネットナビ、シャインマンを送り込む。
ただ、そのシャインマンはお世辞にも仕事のできるナビではなかった。
──何をしているんだシャインマン! キャノーダムごときに手間取っている場合じゃあない!
──しっ、しかし四方八方からの攻撃を避けるのは難しくて……
オペレーターとナビの関係が1:1であることを理想とするのなら。
オペレーターが良くてもナビが駄目では意味がないし、その逆ナビが良くてもオペレーターが駄目では意味がない。今回の場合その上噛み合わせも最悪としか言いようがなかった。
──シャインマン! D-4区画のバグを何故処理しなかった! 俺たちが整備した車のオートドライブシステムがバグって事故を起こしたぞ!
──しかしあの時そんな命令はされていませんが……ウイルスを処理しろ、D区画を見てこいとは言いましたが
──バグくらい放置したら事故が起きるのは当然だろう! 見るだけで仕事が成立すると思ってるのか! なんなんだお前は!
彼は苛立った。
シャインマンの意識の低さに対してではない。これから待ち受けるであろう膨大な始末書と怖い上司や営業のヒアリングが待っているからだ。
そんなことを延々と続けているうちにクビが言い渡されるかされないかの瀬戸際に立たされていた。
シャインマンをどうにかしなくてはならない。
窮した彼はシャインマンを改造してくれる技術屋を探すことにした。
最初から手放して新しいナビを買えと言うかもしれない。だがこのシャインマンそのものが、借金してまで手に入れた存外高額なナビであった。
そのため手放すに手放せなかった事情があったのだという。
しかし残念ながら改造という発想は前々からあった上にことごとく失敗していた。
多少改造したところでシャインマンの判断力の低さを補うには足りず。
ナビをオーバーホールしようにもシャインマンを製造した企業はとっくの昔に潰れていた。
そこで行き着いたのがウラインターネットである。
ウラは危険なウイルスが飛び交い、犯罪者やら、はぐれナビやら、命を狙う無法者までが肩で風を切る世界だ。
そこでようやく出会ったのは老人タイプの人格を持つナビだった。
その老人タイプのナビは非常に高い技術力を持ち、ディーラーが消し飛び補償もないナビをオーバーホールして作り直してみせた。
結果、シャインマンは生まれ変わった。
フラッシュマン。光を操ることができるナビへと。
フラッシュマンの性能は段違いに高かった。シャインマン時代で手こずっていたウイルスどころか、ウラに潜むウイルスすら簡単に倒してみせた。
催眠術に触れたのもその頃からだ。
フラッシュマンという強大な力を手に入れたとしても満たされないし結局、上層部は無茶な仕事量を彼に押し付けるだけだった。
いい加減こいつらを自分の意思でどうにかならんものか。
そんな苛立ちが全ての始まりだった。
ただその頃は半分おふざけ程度に調べていた。特に本気だったと言うわけでもない。
そう簡単に催眠術というものは手に入るようなものではない。ただいたずらに5円玉を紐で吊るしてふらふらしておけばいいと言うものでもないのだ。
催眠術にも種類がある。
あの5円玉云々も下準備をちゃんとしておけば効果はない訳ではない。
馬鹿馬鹿しい。5円玉をぷらぷらしている己を幻視した彼は一度放り投げた。催眠術でどうにかなるのなら苦労はしないのだ。
西古レイが目をつけたのはそんな手垢のついたアナログなやり方ではなかった。
光だ。
光の力がどれだけのものなのかに気付いたのは、それから1ヶ月後。オートドライブシステムのコアにウイルスが住み着いており本来ならば取っ替えレベルのものを処理していた事からだった。
周囲の同僚が、上司が、固唾を飲んで見守る中西古レイはいつものようにフラッシュマンを操る。
その時に発生した光のパターンがほぼ偶然にも催眠術に相当する光であった。
下手すれば西古レイ自身も巻き添えを食らっていただろうが偶然にも、PETの画面と睨めっこしていたので難を逃れていた。
モニターとPETはどうも、画面の質が違うらしくPETのものは催眠術が催眠術として成立しないものだったようだ。
モニターから発せられる光を見ていた者たちは次第に全身から力が抜け、糸の切れた人形のように動かなくなった。
それに気づいたのが最初だった。
催眠術は自分にでも使えるのではないか。その疑念は試していくうちに確信へと変わった。
上司に踊れと言えばタコ踊りをするし、3回回ってワンと言えばその通りに動く。
得てはいけない力を得てしまった。
そんな後ろめたさは最初だけだった。これで何かが出来るのならこれで飯を食えるのではないか。
安月給でコキ使われるくらいならば、そっちの方が圧倒的に割りに合うと言うものだ。
それからと言うもの、西古レイはありとあらゆる手を使って催眠術のためのノウハウを学んだ。
きっと学生時代には得られなかった熱意だ。やらなくてはいけないという思いが今、やりたいという思いへと変わっている。
その為にはプログラミングも学んだし、ナビのカスタマイズの基礎も、取り入れられるものはとことん取り入れた。
彼の知る限りではネットナビを使ったいわゆるサイバー催眠術師はまだいない。
自分が最初になるんだ。
その時の彼はきっと、人生で一番満たされていたに違いない。
それが芽吹いたのはそれから1年、いや2年経ってからだ。
ゲリラでサイバー催眠術の披露を行なっていた所、テンガロンハットを被った軽薄そうな男が彼の前に現れた。
砂山ノボル。後にDNNの名物ディレクターだそうだ。
──キミぃ、テレビって興味あるかい?
そこからは砂山並びにDNNのとある天才演出家(自称)の手もあり西古レイの名は広く挙がることとなる。
事実サイバー催眠術なるものは物珍しさから一躍時の人となるのは必然だったとも言える。
雑誌のインタビュー、番組出演、広告のイメージキャラクターとあらゆるメディアに引っ張り凧。
整備士時代とは比べ物にはならないほどの金が彼の口座に入っていく。
が、そう長くは続かなかった。
この彼の行為は同業者からすれば腹立たしいことこの上ないものだった。
サイバー催眠術は既存の催眠術とは異なるものであり彼の力ではない。
つまり、邪道であり催眠術の名前を借りたナニカだ……と言うのが同業者たちの主張だった。
その主張はどういうわけか伝言ゲームが重なり、最初こそ『邪道』の催眠術師から始まった伝言が悪意を吸い取りインチキ野郎、催眠術師ではなくペテン師だ、と言った具合に変容していく。
その執拗なまでの誹謗中傷はある種正義感から来るものであった。テレビの視聴者を騙して金を稼いだ卑怯者。人でなし、嘘つき。
テレビからすればそんなイメージをボロカスにされた人間など雇いたくもないのだろう。
最初こそにこやかに握手してきたスポンサーたちは離れ、時の人から一転して犯罪者とまるで変わりはしないものとなった。
こんなことで催眠術師を続けようにも客がつかないのでは商売上がったりだ。
催眠術師としての彼は死んだも同然であった。
結局、元鞘に戻る形で整備士をやっている。催眠術抜きで彼に残されたものは整備士時代に培った知識だけだった。
一時期はマネージャーを顎で使い、高級レストランで食事をする日々だったのに、今となっては安酒を呷り、コンビニ弁当をかっ喰らう。かつての自分自身そのものとなっていた。
そこには売れっ子催眠術師の姿は最早どこにもなかった。
◆◆◆◆◆◆
「笑える話でしょう?」
存外凄惨で、返す言葉もなかった。
みゆきは己の感情表現が苦手であることを初めて感謝した。
かの催眠術師は行方不明を眩ませ、今や細々と整備士をやっている。
西古レイは自嘲気味に笑ってはいたが目は笑ってはいない。魂が黒い炎を放っているのが見えたみゆきは眉を顰めた。
誰も味方しなかったが故の孤独、これまでの苦労を水泡に帰された絶望、名も知らぬ者たちの悪意に対する憎悪。
「──何が見えました?」
だがこれも仕事だ。
そして復讐やら何やらに付き合ってやる道理もない。
西古レイの言葉にみゆきは口を開いた。
「成功するとは言わないわ。ただ、あなたが間違ったことをやったという訳ではない。必ずあなたのことを見てくれている人はきっといるはずよ。だからその絶望にも怒り、魂から出る黒い炎を今は飲み込んで、あなたはあなたのままで」
その催眠術にかけた情熱はきっと間違いではない。そのまっすぐさを見てくれている人はきっといるのだ。その時の魂の輝きはきっと綺麗なものだったはずだ。
人間という生き物は何億もいるのだから、きっと。
それがまさか悪い意味で作用するとは思いもしなかったが。
「……ありがとうございます。少し気が楽になりました」
その時の西古レイの表情は先程よりは晴れたものだった。
◆◆◆◆◆◆◆
あれから1年、いろんなことが起こった。
西古レイが逮捕されたことは即座にマスコミの餌となり、やはりペテン師はペテン師であったと彼を追い詰めるような言説が飛び交っていた。
骨董品屋でみゆきはかつての記憶を辿るように、指でカウンターテーブルの隅に指をなぞる。
あの秋原小学校の事件から店まで送った時には0:00。既に日付けは変わっていた。
「わたしの責任でもあった。結局、あなたたちに任せることになったのだけれども」
あの時点でどうにかしていれば。そんな後悔がみゆきにはあった。
そしてそれに九十九のナビ、ゼロは──
そこでみゆきが出してくれたお茶を飲んでいた九十九はみゆきの話を聞いたところで手をヒラヒラさせた。
「ん? アレは別にお前のせいってわけじゃねーだろ。1年後催眠術悪用してなんかやってたなんて誰が想像出来るんだ。そもそもオフィシャルに魂が黒い炎を出していたからマークしてくれとかあまりにも理由がお粗末だ。どうしろというんだ、そんなこと」
確かにオフィシャルがそんなオカルトな理由に乗っかる訳がない。理屈としては分かる、けれども。
「未来のことなんて誰もわかりゃしないんだ。ほんの一つの気まぐれで人生ぶっ壊れるなんてこと日常茶飯事なんだし……よっと」
お茶を飲み切ったところで九十九は立ち上がる。
「じゃー帰るわ。戸締まりしとけよー。お茶ありがとね」
すっと、湯呑みを机に置いて九十九は店を出ていく。これ以上言わせんぞと言わんばかりの勢いで。
1人残されていたみゆきはぽつんと座敷に座ったまま閉じられた戸を茫然と見てから。
「……まったく」
大きくため息をついた。
明らかに気を遣っていることがばればれだった。変なところで厚かましくて変なところで気を使う。そんな男に呆れながらも不思議とみゆきの顔は晴れていた。