死の底で   作:死神


オリジナル現代/ノンジャンル
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寒さに凍える中で見た夢。
冷たい刃が首を切る。

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死の間際に見る夢は、どんなものだろうか。
それは死んだ人にしかわからない。


死の底で

しんしんと雪が降ります。

手のひらに残るわずかな熱が逃げないように、私はかじかむ手をぎゅっと握りしめました。

もしもこの世界がどんなところかと聞かれたならば、私は地獄と言うのでしょう。

 

 

私にはお金がありません。

生まれついてから酷く貧しくて、その貧しさは私一人の力ではどうにもできないことのようでした。

私一人の力ではどうにもならないこととは言えども、我が家は私一人の力も惜しいほどに困窮していましたので、私は幼稚園に通う年になると内職をすることを覚えさせられました。

義務教育ですから、小中学校まではなんとかして通っていたのですが、高校に入れるようなお金が無かったため、死ぬような思いをして高校に入るくらいならば入らない方がいいということで、とうとう学生のレールから外れ、中卒労働者の肩書と共に社会へと出ることとなりました。

 

学歴も無い社会人として最底辺の私では就労する場所がほとんど無く、何とか就職した雀の涙ほどの給料の職場で、毎日同じことを繰り返しなんとか食い繋いでいるだけ、といった有様でした。

 

私を育ててくれた母は、いつも毅然とした態度でした。

いつだって『生きているだけで勝ち』と言って、私たちを襲う貧困に立ち向かっていました。

ですが、そんな母も私が中学を卒業する折に何処かへと失踪してしまいました。

幸いにも就労してからだったのでなんとか生活基盤を失わずにすみましたが、肉親の喪失に深い悲しみに包まれたことを覚えています。

 

結局私は、淡々とただ生きているだけの、替えのきく歯車のような人間として、この地獄を生きていたのです。

 

そんな私にも転機が訪れます。

訪れてほしく無い、悪夢のような転機が。

 

就労していた職場が、不況により倒産したのです。

そういうことで、私は職なしとなりました。

中卒ということで就労が難しく、何度も落ちた中でなんとか採用してもらった職場だったので、そこが倒産したとなると私にはもうどうしていいのかわかりませんでした。

先行きの無い真っ暗な道を歩いていたら突然落ちてしまって、五体がぐちゃぐちゃになり死んでしまったような。

そんな無力感が私を包みました。

 

寒さに震えながら、幽霊のように茫洋と街を歩きます。

今時、こんな訳有り中卒労働者を雇ってくれる場所はありません。

加えてこの不況は世界的なもので、いつ正常化するかも不透明であるとのことでした。

不況が続く限り、私よりも能力の高い人が無職になるというのに彼らよりも酷く能力の劣る私が就職できるはずもありません。

私はこれまで以上に先の見えない闇の中を進まなければならなくなりました。

 

しかし、そんなことよりももっと恐ろしかったのは、私が薄給の中なんとか貯めた貯蓄は、これから一週間生きられるかどうかといった金額である、ということでした。

これでも人並みには努力した気はしていましたし、努力に相応の報いがあると信じるほど純粋だったわけではありませんが、それでも一抹の希望を捨てることはできなかったのでしょう。

私はこの事実を認識した時、私には未来というものが無いのだということを理解しました。

生まれた時からこのような生き方で、周りの人たちは当たり前のように持っていたものだったから気が付きませんでしたが、私は未来というものを持たずに生まれてきてしまったようでした。

よくよく考えれば、母が持っていなかったものを私が持って生まれてくることなんてできるわけがないのです。

 

交通の便も悪く、築60年ほども経っているのでボロボロで、でもそれ故に家賃が安い我が家へ帰ると、大家の人が掲示板に貼り紙をしていました。

この賃貸を取り壊してビルにするため、今住んでいる人には雀の涙ほどのお金を渡して出て行ってもらう、ということが書いてありました。

もはや、何も感じませんでした。

布団と鍋と、数枚の衣類を千円ほどのバッグになんとか詰め込んで、お金を受け取って私は家を去りました。

 

自由も無く、未来も無く、肉親も失い、家も失い、母の言葉だけを胸に生きてきました。

なんの報いだというのでしょうか。

私が何をしたというのでしょうか。

 

高架下で、捨てられていた段ボールと土を寄せ集めてなんとか風除けになるようなものを作りました。

その中で布団に入ります。

私は逃げたかったのです。

この過酷な生活から逃げ出したかったのです。

だから夢へと逃げるようにして、布団に潜り込んだのでした。

 

 

私の夢の中は、暗闇だけがありました。

まるで私の行く末を暗示しているようで、間近に迫った死の恐怖に震えました。

死神の鎌が喉に吸い付いて、首と胴体が離れた私が死ぬ情景が夢に何度も現れました。

その度に目が覚めては首をさすり、隙間風に震える身体を抱いて薄い布団にもぐるのでした。

 

 

薄く朝日が差し込み、ふと目が覚めました。

身体を起こそうとすると、ぎこちない動きしかできませんでした。

手足の感覚がなく、体がひどく冷え切っていたようでした。

 

誰も私を助けてはくれません。

ですから、私は自分で助かるしかないのです。

しかし、私には自分を掬い上げる程の力がありません。

 

私は手元に残った小銭を数え、震える体を押さえつけるようにして何とか立ち上がりました。

ダンボール小屋から出て、土臭い身体を何とかしようと銭湯へと向かうことにします。

 

早朝、ふらつきながら街を歩きます。

まだ雪が積もっており、刺すような冷気が首元をすり抜けて行きました。

悪夢を思い出して身震いすると、銭湯への道を急ぎました。

 

 

しっかり体を洗った後、誰もいない湯船に体を沈めます。

ほっ、とため息をつきました。

冷えた体を溶かすように、湯船の熱が私をゆっくりと体の芯から温めました。

 

お風呂から上がり、銭湯から出ます。

高架下のダンボール小屋へ帰り着くと、布団の上に寝転びます。

 

体を温め、人心地つくと余裕が生まれました。

そしてその余裕は私に私の悲観的な未来について思い出させ、私の心を絶望へと追いやりました。

 

どうすれば良いのでしょう。

どうすればよかったのでしょう。

 

ただ日々を無為に過ごす中で、なんとか抜け出そうと思ったこともあります。

しかしそれは思っただけで、結局実行に移すことはできませんでした。

何故なら、世の中やりたい事、なりたい物全てに先立つ物…つまりはお金が要るからです。

例えばパティシエであれば、一番実現性の高い方法は製菓学校へ通うことですし、花屋であっても、フラワーアレンジメントの資格取得や多種多様な知識を収める必要があり、そのためにはやはりお金が要るでしょう。

したがってお金がない私では、何を始めることもできず、どうしようもなかったのです。

 

では、昔夢見たものはなかったのか、あるいはそれを希望として生きてみては、と言われますと、これもありません。

貧しい、というのは大勢の人の考える以上に人から余裕を削ぎ取り、人間性を失わせます。

大人の母ですらそうなのですから、子供の時分から貧しく絵本もなくゲームもなかった私が、うまく夢を見ることのできない人間になるのも致し方無いと言えるでしょう。

加えて、将来の展望の全く見えない暮らしなものですから、先を見通すよりも今の状況をなんとかするように成長してしまいました。目先のことしか考えられず、計画性を持てないとも言います。

目先のことしか考えられないので、生きるだけで精一杯で、つまりやりたい事、なりたい物が見つけられないような育ち方をしたのです。

よって、私は夢を持つことができません。

 

ただ、社会に出てから色々な職種を知って、私が今の困窮した状況から抜け出して、それらの職で活躍している様を想像したこともありました。

しかし、大抵は現実と照らし合わせてしまい、悲しくなるのでやめてしまいます。

こんなみじめな私では、どうあがいても想像の中のような、絵に描いたような素晴らしい姿へと飛躍している情景が思い浮かばないのです。

 

どうしようもなかったのでしょう。

私はお金に嫌われていて、私は貧しさに殺されるのです。

どうして私がこんな目に遭わなければいけないのでしょうか。

 

将来の展望が思い浮かびません。

私には、私の未来が見えません。

 

誰か私を助けてくれないでしょうか。

私にはどうしようもないのです。

私ではどうにもできないのです。

助けてください。

助けてください。

誰か。

誰か。

どうか。

私を、助けて。

 

隙間風が、温まったはずの私の体を冷たく変えていきます。

冷たい隙間風が、私の首を切りつけていきました。

 

 

酷く寒い。

意識が薄れ、暗闇へと堕ちて行きます。

 

ああ…寒いよ…。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

『では、次のニュースです。

S県X市の◇◇川に架かる〇〇橋の下で、女性が亡くなっているのが発見されました。

身元を証明するものを持っておらず、検死の結果、急な温度変化による『ヒートショック』による死亡と見られています。

警察は身元を捜索する方向で捜査を進めています』

『では!次はこのコーナー!………』




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