至高の天に至る傲慢 / Paradise Lost
汝■■■、嘆きの河を渡る者。
汝■■■、裁きの焔に焼かれる者。
汝■■■、――三界を駆け抜けて至高の天に至りし者。
そう、私の名前は――
―――
「■■■■■■■――!!」
今にして思えば、アレは夢だったのだろう。
カンタベリー聖教皇国の一大事件と呼ばれる神天地創造――そしてその破綻。
俺もまたその渦中に間違いなく巻き込まれた人間だった。
翠色の結晶に変わっていく体と共に、意識はここに非ざるどこかに連れていかれた。
その世界の中で、俺は愛しい――とても忘れてはならない誰かと出会えた気がした。
互いに手が伸びかけ――そして交わらず虚空を切った。
待ってくれ、待ってほしい、ただそう叫んでも虚しく気概は空に解けるばかり。神天地破綻とともに訪れたのは、カンタベリー聖教皇国教皇スメラギと総代騎士ヴェラチュール卿の逝去だった。
……突如として、国内全域で人々は謎の翠色の結晶に変わり世界が超高次化したという大事件だ。
公式に公表された話によるとそれは教皇スメラギ、秘跡庁長官オウカ、総代騎士ヴェラチュール卿と他一名が起こした大規模な実験であったとされている。
首謀者がそうそうたる面々であった事に当初カンタベリーの国民の多くはすさまじいショックを受けたという。
なにせ、首謀者は自分たちを護り国を司ってきたはずの者達であり、加えて一人残らず例外なくこの世を去ったのだから。内は崩壊寸前の大混乱だったが、それを収めたのは大司祭シュウ・欅・アマツ、その伴侶リナ・キリガクレの両名だった。
彼らの指揮によって、カンタベリーが明朝崩壊するとまで言われた神天地創造事件の余波はなんとか集束した。
結晶化した人達の後遺症の有無についての検査もそれ以後に大々的に行われ、俺はまぁ問題はないと言われた。気になる話があるとすれば、結晶化した人々の大半は皆一様に「なんかとても大事な人に出会えたような夢を見た」と言っていたらしい。
俺――アレクシス・ロダンという、売れない小説家をやっている男はこうして、間抜けにも夢から現実に引き戻されたのだ。
「……また、あの夢かよ」
何度か、あの日の夢を見る。
重い体をベッドから起こすと、窓からはまぶしい太陽の光が差し込んでいた。全身は汗がびっしょりで、姿見には最低な面構えの男がいた。
……アレクシス・ロダン。元は星辰奏者の適正があったことから聖教皇国騎士団で働き、しばらくの後に元々成りたかった小説家、脚本家になるという夢をかなえるために騎士団を辞めた男だ。
元の所属は第六軍団・碧玉騎士団、位階はⅢ、
今となってはそれももう、遠い昔の話だった。
元々剣を握る事も決して嫌いではなかったが、それよりも俺はペンを握りたい人間であったのは確かだ。
適性があると発覚してからは家族を挙げて俺を騎士にしてくれはしたものの、……御覧の通りという奴で、売れない小説家に転身してからは半ば絶縁を喰らっている有様だ。
当然と言えば当然で、騎士という名誉ある職を辞めたという事は世間一般では考えられない暴挙なのだから。
それでどうしたかと言えば。
「――ロダン、朝よ」
……幼馴染の家に、お世話になっているという有様だ。
「……ハル姉さん、ありがとう。助かる」
「誰が姉さんですか、まったく調子のいい。さっさと起きて、顔洗いなさい」
――ハル・キリガクレ。幼い頃に家の縁があって顔なじみになった、俺にとっては姉のような人物だ。
それ故、色々と子供のころに手を焼いてもらった記憶がある。
今の彼女は不幸によって家族を亡くしている。そのために今は名門の中途半端に広い屋敷を一人で持て余しているという有様で在り、そこに騎士を辞めた俺が頼み込んで転がり込んだというのが今の経緯だ。
無論、騎士時代の貯金を切り崩しながら生活はしているのでハル姉さんに負担は極力かけないつもりでいる。
ハル姉さん。キリガクレと言えば、カンタベリーに限らずアマツに次ぐ名家として知られている。それがどのような血筋かと言えば、かのリナ・キリガクレと同じ血筋と言えば分かりやすい話だろう。
俺の家族は親の縁があったらしく、それで時々どの屋敷に遊びに来ることはあったのだが当然にして本来であればそれは成立しない友情でもあった。
……その点については、親に感謝はしている。
ハル姉さんに言われた通りに洗面台で顔を洗って、目を覚ましてから下の階に降りる。
それから食卓に赴けば、そこには既に朝食が並んでいた。
焼いたパンと、スクランブルエッグ。それからマグカップ一杯のミルク。それが二人分卓の上に置かれている。
既に姉さんは椅子に座って、「まだ?」とでも言いたげに視線を送って待っていた。
……見慣れた光景ではある。
「悪い、今座るよ姉さん」
「宜しい。さっさとなさい」
椅子に座って、それから食事をとる。
静かに食事をとりながら、姉さんは「時に」と話を切り出す
「ロダン、貴方そう言えば最新作、売れてるらしいわね」
「新説・神曲の事か。……正直驚いてる、アレ売れたんだな」
「自分の事でしょう、何を言っているのか」
……「新説・神曲」、それは俺がつい最近執筆して出版にこぎつけた小説だった。
内容としては幼い頃に出会った男女が、ある転機を迎えて夢の中で再会を遂げる、という他愛もない話であるのだが――これはあの神天地創造事件の実体験が元になっている。
実際、この小説が受けたのは俺と同じ神天地事件の被害者達が主だった。その点である意味必然だったと言えるだろう。神天地事件の後遺症の検査では受診者はかなりの確率で「大事な者と別れた気がする」「はっきりとこれだ、誰だとは断言できない」と答えていたというのだから。
「姉さんには苦労かけてる。本当にすまないと思ってる」
「済まないと思ってるなら普通、騎士辞めないでしょ」
「……返す言葉が微塵も思いつかない」
「そこで言い訳の言葉が思いつくなら、最初から騎士じゃなくて文筆家になれてるでしょ」
呆れ混じりにハル姉さんはそういうものの、けれど騎士を辞めて住む場所を借りたいと頼み込んだ俺を断らなかったのは紛れもないやさしさだ。
そのやさしさにつけこむような形になってしまっていることは重々自覚はしている。
もちろん、自前の有り金が無くなったらすぐにでもここは引き払うと、頼み込んだ最初の頃にそう約束はしている。神曲で入ってきた印税もあり、今は急場を脱してはいるものの。
「……騎士、給与は良かったんだけどなぁ」
「夢を優先するのはそれはいい事だと思う、でもね。私、これでも幼馴染として貴方を追い出したくなんてないもの。言いたいことは察してもらえると貴方の
忠言耳に痛しってのはたしか東方の言葉だったか。……出来得る限りで善処はしてみようと心に誓った瞬間であった。
―――
同刻、カンタベリーの人知れず廃棄されたある研究所の中で、巨大なフラスコを前にして一人の女は佇んでいた。
かつてカンタベリーに君臨していた四人の超越者――神祖が実験場としていたある地下区画だ。
薄暗い灯りの下、ぷかぷかとそのフラスコの中にはヒトガタがいた。
「目覚めなさい、コードネーム・
「――現在時刻を言え、ウェルギリウス。俺に
フラスコの中の男――ルシファーと言われたソレは、女にそう返す。
ウェルギリウス、そう呼ばれる女は眼前の男に対しただ冷然と品定めするように視線を投げる。
まるで機械のような無機質さを伴ったその美貌は、依然何も変わらずルシファーを眺めていた。
「星辰体の同調係数は依然問題なし。神星鉄との躯体のマッチングも齟齬は見られない。……十分ね、術後経過は良好そのもの。危惧していた神星鉄とのアンマッチングの兆候も見られない」
「お前の知性と技術の水準を鑑みるに今の俺の様妥当な結果だと言える。更なる改良を施せ、不良は確認できんが現状維持を肯定できん」
「えぇ。これにて実証実験の第三段階は完遂、第四段階の実証に移行。いいかしら」
無論と、ルシファーは返す。フラスコの中で、男はその目に依然変わらぬ輝きを宿しながら、己の改良を待つ。
……ウェルギリウス。神祖に連なるカンタベリーの暗部に属していた人物であった。
人造惑星、並びに迦具土神壱型、天之闇戸の技術の一端を目の当たりにした一人の女科学者だった。
加えて彼女もまた、あの神天地の下で極晃になった人物であり人奏と神奏の技術開発競争を然りと目の当たりにしていた。
星辰体兵器の完成形と発展形、その総てがあの瞬間には総て詰まっていた。
もはやあの場に、科学の未踏領域など存在していなかった。あの光景を目の当たりにした、その瞬間に彼女の夢は決まった。
……決まって、しまった。
彼女が趣味の範疇で作っていたとある無名の星辰体運用兵器こそが今のルシファーの原型だった。
人奏と神奏の激突を目の当たりにした彼女は悲嘆した。自分のソレの完成度のなんと粗末な事かと。
そしてなればこそ未完のソレを完成に導き、己が科学の極点たる最高傑作を練り上げようと誓った。
彼女のその気質は求道者に似ていた。己の確たる科学観を内界に持ち、果て無く技術を追い求め続ける永遠の研究者。それがウェルギリウスという人物であった。
斬空真剣とはいきさつは異なるものの、卓越した天性と才覚を幼少期から証明し続け見事神祖の目に留まり、暗部へと招かれたという経歴を持っている。
量産型天之闇戸の調整にも携わった身であり――その経験もまた彼女を高みへと押し上げている。
成果物たるルシファーがそれを証明している通りだろう。
「オウカ様、いずれ私は貴方を越える。私の傲慢が貴方達の領域に到達し追い越すその日を、どうか第二太陽の彼方で楽しみにしているといいわ」
その唇の端に傲慢の色を滲ませ、虚空に手を翳して手を握りつぶした。
至って冷静な、明瞭たる意識で、ウェルギリウスはその狂気を口にした。その様をルシファーは眺めながら、共感するように唇を三日月型に歪めた。
それは果たして、感情と呼べるのか。……それは今は彼ですら知らない。
人間のそれに当てはめた場合最も正答に近い答えがソレであるというだけに過ぎないだけかもしれないが、しかし今この瞬間、間違いなくルシファーは笑っていた。
以下、星辰光
アレクシス
■■■■■■■■■■■■
AVERAGE: B
発動値DRIVE: A
集束性:C
拡散性:E
操縦性:AA
付属性:B
維持性:C
干渉性:D
ルシファー
■■■■■■■■■■■■
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AAA
集束性:B
拡散性:A
操縦性:AA
付属性:A
維持性:A
干渉性:A