シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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多分これからは投稿ペースかなり落ちるかもです


月の裏側 / Beatrice

 ベアトリーチェ。ダンテ・アリギエーリが愛し恋焦がれた人。ヒトの身のベアトリーチェは若くして亡くなったという。

 ついぞ、同じくヒトであったダンテの心を受け取る事はなく。

 

 かくして神の詩は生まれ、神曲の中で淑女は新生する。神聖詩人の導き手として――神聖の象徴たる永遠の淑女として。

 

「だから、どうかあの騎士様に、会いに行ってあげて。私の代わりに、どうか一度でもいいの。顔を見てきてあげて。身勝手な願いだと、自覚しているけれど貴方にしか託せないの」

「――定命の小女(わたし)よ。貴方の想いを私は受け取れません。けれど貴方が想う人をこそ、永遠の淑女(わたし)は導きたいのですから。ですから今はどうか安心してお眠りください」

「うん、約束。だから、お願いね。ベアトリーチェ」

 それは、いつかの日に二人の少女が交わした約束だった。

 借り物の、思い出。けれど、何より少女が大切にした思い出を抱いて、永遠の淑女は新生した。

 

―――

 

「……それが、貴方の騎士としての経歴なのですね」

「リヒターはまだ確か団長をしているがとガンドルフ卿はもう、騎士団にはいないと聞いている。当時の俺の知り合いがいるかは知らないが、もしいたら聞いてみるといい」

 第六軍団のことも、今は何も分からない。俺が騎士団を辞めて、ほどなくしてガンドルフ卿もまた第六を去ったとは当時は聞いている。

 結局のところ、騎士団の威信にかかわる部分もあり第六軍団の俺に起因する騒ぎは表沙汰にはならなかった。

 ……俺が辞め、剣を交える事もなくなったことが理由なのだろう。団員たちのイップスは快方に向かっていると聞いている。

 

「率直に述べて、貴方の経歴に不審な点はなかったと言えます。……ですから猶の事、貴方があの夜振るった星辰光が不可解なのです。何より、貴方は干渉性には秀でていなかったはずです」

 すっと、グランドベル卿は一枚の資料を差し出す。

 ……星辰光の評定値、通信簿のようなモノだ。そこには俺の星辰光のことについて書かれている。

 ――書かれている、はずだった。

 

AVERAGE: B

発動値DRIVE: AA

集束性:C

拡散性:D

操縦性:AAA

付属性:E

維持性:D

干渉性:A

 

 

「……熱量強制操縦能力? なんだこれは」

「正真正銘、あの夜貴方が振るった星です。概ね、書かれていることは真実ですが」

 其処には、信じがたい事実が羅列されていた。評定値がどこからどう見ても、俺には心当たりがない。……発動値、操縦性においては確かに俺は秀でていた記憶はある。

 総合して、非常に強力な星辰光であると言って差し支えはないだろう。……それこそ、ファウストと拮抗していたと言われてもおかしくないほどに。出鱈目に過ぎる六資質もそうだが、どことなく以前の自分の星の面影も持っている。

 極めて高い操縦性。

 だが、干渉性については不自然だ。何をどう考えてもそうなるはずがない。別人の星辰光を見ている気分にさせられる。

 

 ……発動体も無しに、一体何をどのようにして全く別の星を運用したのか。そもそもそんな事が可能なのか。尽きない疑問はある。あるが、他方で聞きたいことはこちらもあった。

 

「……グランドベル卿。俺からも一つ、聞かせてもらっていいか」

「どうぞ」

 言葉短く、そうグランドベル卿は返す。

 ……俺が聞きたいことは概ね理解しているのだろう。目を閉じてその言葉を待っている。

 

「なぜ、あの時グランドベル卿は俺を助けにこられたんだ。どう考えても、騎士団の兵舎から距離的には間に合うはずもない。……その上、第一軍団の第Ⅲ位階が単身でだ。ファウストが正体不明だとしても、咎無い市民を護るためだとしても、いきなり市中のはずれで投入するべき戦力じゃない」

「……」

「何かきっと隠している事があるんだろう、グランドベル卿」

 沈黙は、そのまま答えだった。

 考えてみれば、この状況に至るまでの流れは明らかに騎士団の対処としてはおかしい点があった。

 星辰体の反応を何かしら検知しようにも、ファウストはあの時点では星を使って等いなかった。

 従って、襲撃など分かるはずがないし、分かったとしても指揮命令系統として考えてればグランドベル卿がいきなり投入される道理はない。聖教皇国の騎士団は規律に厳格である以上、そこがどうにも腑に落ちない。

 

「それについて、これから貴方には話をしなければならない。そう私は思っています」

 がたがたと音を立てながら戸が開く。

 一人、騎士が訪れる。……けれど、見覚えがない顔だ。枯れた、と言える少し生気のない肌の色をした騎士だった。

 率直に言って、少し健康状態がよろしくないのでは、と感じさせられる風貌だった。

 

「ご紹介します。彼は――」

「第一軍団がⅣ位――イワト・(いわお)・アマツだ。貴殿が、アレクシス・ロダンか」

 ちらり、と俺を一瞥すると男――改めてイワトはそう言う。不愛想さが特徴的、アマツと言う名前を聞くにやんごとなき出なのだろう、と言う事も理解が出来た。

 

「第一軍団のⅢ位とⅣ位がそろい踏みとは、よっぽどの事か」

「えぇ。貴方の問いに関わりがある立場としては、イワト殿も同じです故、招きました。神天地創造事件の後遺症についての聖教皇国国民の一斉検査は貴方も知っていますね、ロダン」

「あぁ、そうだな。概ね全国民に何ら問題はなかった、という話らしいが」

「はい。アレは秘跡庁と第一軍団が主導した事業の一環です。神天地事件の後遺症についての調査、それそのものが大きな目的ですが聖教皇国の全国民の中でただ一人。特異な傾向の見られる被検者がいました。無論、その被験者には伏せましたが極秘に追跡調査を行っていたのです」

 話がおぼろげながら、繋がってくる。

 ただ一人、その特異な傾向という奴が見える人間。神天地創造事件の余波を調査するのなら、決して見逃すことはできないだろう。

 

「……つまり、それが俺だとでも?」

「――然り、なれば貴殿も察しはつこう。その通り、ただ一人の特例だった。それ故に新天地事件よりずっと、極秘の追跡調査を行っていた」

「追跡調査は今も続いていて、その結果として速報の入ったグランドベル卿は俺を助けに来た、と」

「概ね、その解釈で間違いはない。グランドベル殿はいかに?」

 イワトが代わりに抑揚なくそう答え、グランドベル卿も頷く。概ね確かに話の筋は通る、と言いたいがそれでもまだ不可解な点はある。

 根も葉も、どこまでも堀りどころがありすぎるのだ。事態の全貌はまだ輪郭がぼやけている。

 

「それでも、グランドベル卿をいきなり派遣する理由にはならない。神天地事件が端緒になったとして、それでもたかだか一人、()()()()()()()()()()()というだけの話にグランドベル卿を突き合わせる道理がない」

「いい洞察だ、ロダン。……その通り、しかし神天地創造事件は特級の星辰現象であり影響は未だ未知数だ。その重要参考人とも言える貴殿を護る故だ。どうかグランドベル卿に在らぬ疑いはかけられぬよう」

 ……それは心得ているつもりだったが、知らず知らずのうちに糾弾しているような語気になってしまった事は否定ができなかった。

 彼女が関わらなければならないほどの事象と事情があるのだと、イワトは告げている。

 

「疑う意図があったのは事実だ。すまなかった、グランドベル卿」

「いいえ、ロダン。貴方には真実を知る権利があったというだけです。神天地創造事件の影響調査を任ぜられたのが私達第一軍団です、それゆえ悪いのですが貴方に明かせない事も無論あります」

「リチャード卿の発案か?」

「リチャード卿及び秘蹟庁のシュウ様の発案です」

「……」

 ……恐らく、今語る以外にも裏があるのだろう。

 神天地創造事件――カンタベリーの歴史に類を見ない事象だ。公式の発表では総代騎士ヴェラチュール卿、秘跡庁長官オウカ、教皇スメラギと他一名が中心となって起こした、星辰体運用兵器の運用実験の結果として起こった出来事とされている。

 同時にその実験は成就せず、その四名は地上を去ったとも。たしかグランドベル卿は今は亡きベルグシュライン卿と同門の出であったと聞いたことがある。ヴェラチュール卿に師事していたとも聞いている。

 

「……それで、重要参考人らしい俺はどうなるんだこの後。手当をしてくれた事、それそのものには感謝している。だがここまで話しておいて、俺に何もしないという事は有り得ないはずだ」

「そうですね。任意の体をとった強制は第一軍団としても望むところではありません。ここでのことは他言無用の事、それを護って頂けるのなら干渉はしないと約しましょう」

「そちらの事情に関して、一切他言するな、か。別にそれならいい。……これ以上突っ込んで聞いたら、おそらく今度こそ俺はここから帰してもらえなくなるんだろう」

「……えぇ」

 答えに窮するような何かを、聖庁もグランドベル卿もイワトも抱えている。

 それからこほんとイワトは咳払いをする。それ以上の勘繰りは不要、と暗に言っているのだろう。

 続けてイワトは問いを投げる。

 

「時にロダン。貴殿は今、ハル嬢の屋敷に住まっているのだったか」 

「……ハル? アマツということならハル姉さんの知り合いか親戚か?」 

「失礼。……ハル嬢の亡き父君の知り合いだったものでな。気分を害したのなら謝ろう」

 それは、予想外だった。「そうだったのですか」とグランドベル卿も目を丸くしている。

 予想のしていないところでまさかそういう縁者と会うとはと思う。気分は別に害していないが、わりと驚くべき事実だった。

 

「それとエリス・ルナハイムという人物について、何か存じているか。数日以前より貴殿は交際をし、今はハル嬢の屋敷に住んでいるようだが」

「……一点、突っ込みたいところはあるが、まぁそちらは盗み見が得意な事で。そうだよ、縁があって御付き合いをさせてもらってる。さる劇団の舞姫だと聞いている」

 たしか聖教皇国には隠密を専門とする暗部組織なるものがある、などという与太話も聞いたことはある。

 俺の私生活まで筒抜けとなると若干息がつまるというものだが。エリスはそれは確かに銀髪という、明確に目立つ外見的特徴があるのだ。

 ……俺は、意図してエリスへの言及は避けた。向こうが付き合っていると解釈するのならそれでいい。下手に誤解を解こうとしてエリスを無用に巻き込みたくなかったのも事実だ。

 

「……時に、ハル嬢は御変わりないだろうか。あの子は幼い頃に両親を亡くしたきり、ずっとふさぎ込んでいたと聞いている」

「今は元気にしてる。そちらが興味があるのは俺についてだ、俺以外の誰かについて聞くのは……それは調査としての質問なのか?」

「無用な詮索をして悪かった。御変わりがないのならそれでよい。質問は以上だ」

 ハル姉さんの親との知り合い、という事は覚えておこう。

 ハル姉さんは両親を亡くしている。たしかハル姉さんの親は母方がキリガクレの姓だった。

 両親揃って外交官なら、なるほど恐らくアマツの方々と面識があるのはそう珍しい事でもないだろう。

 

「……ロダン。貴方はじき、退院は出来るでしょう。追跡調査も、現状は一旦打ち切りとさせて頂きます。ですから、プライバシーについてはご安心を頂ければ幸いかと」

「一旦、か」

「ファウストの動向は看過できないのは事実です。以降は市中全体の警戒をより強める形となります、あの場で討てなかった上に助けられてしまった事、お詫び申し上げます」

「いやいい。グランドベル卿が無事になら俺は嬉しい、それに元々殺されかけたのは俺の方だ、こちこそ礼を言わせてくれ」

 ファウストの行方が知れない事、それは呑み込むしかないのだろう。

 あの男は恐らく俺を狙っていた、エリスの事も知っていた。

 ファウストという星辰奏者と俺の接点になると考えると、単なる劇団員であるエリスの立ち位置は明らかに不自然だ。……ファウストという男がエリスを知っていたというのなら、恐らくそれは劇団員としてではなく、星辰奏者としてだと考えていい。

 

 ――つまりエリスとファウストには因縁があると考えてもいいのだろう、俺はソレに巻き込まれたという事と推察できる。

 

「……ロダン?」

「考え事をしてた。すまないグランドベル卿」 

 よほど真剣に考えこんでいたように見えたのだろう。俺を心配するような視線を投げている。

 

 

「では、ロダン。お大事になさってください。……それからどうかご自愛なさってください」

「グランドベル卿も、お元気で」

 言うと、グランドベル卿は槍を携えて病室を去った。

 ……石造のように不愛想な顔のイワトを残して。てっきり、グランドベル卿と共に去るものだと思っていただけに少し不思議だった。

 

「……」

「……」 

 気まずい沈黙だった。何を話せばいいのか、分からない。

 

「……イワト様。何か?」

「いや。貴殿がハル嬢が時折語っていたという幼馴染だと知った故。……不躾な質問になると自覚はしているが、ハル嬢とは交際していないのか?」

「自覚してるなら聞かないでくれ。……そういう仲じゃない、姉さんに俺なんかは不釣り合いだ」

「そうか」

 言葉短く、イワトは俺を一瞥する。

 ……そこまでハル姉さんについてしきりに聞く理由は、恐らくハル姉さんの両親と知己だったからということのなのだろう。

 

「では私もこれにて去ろう。ハル嬢の事を、どうか支えてやってほしい」

「……」

 そうしてイワトも去っていく。病室に残されたのは俺一人。 

 少し嘆息する。退院できるのは明日だと聞いている。

 

 

 

 

 

 退院の日。かなり強い鎮痛剤を処方されたせいなのか少しだけ体がだるい。

 病室を出ると、どこかその風景には見覚えがあった。

 

「……あぁ、あの女の子の病室だったのか。ここは」

 しみじみ、そう呟く。病室の間取も、窓の位地も記憶の中のそれと寸分たがわなかった。

 おかしな偶然があったものだと、そう思う。もう、あの子はいないけれど。ひょっとしたらあの子が俺を護ってくれたのかもしれないな、と冗談交じりに笑った。

 

 病室を抜けると、おぼろげながら見覚えのある中庭や木のベンチがある。

 ……俺が、騎士を辞めると決めた日の事が少しだけ、頭に蘇るけれど感傷には浸らないようにした。

 医院の玄関を抜ければ――

 

「――ロダンっ」

 飛び出すように、俺を抱きしめてくれた人がいた。

 ……柔らかな花の匂い、安心できるよく知る人。ハル姉さんだった。

 

「バカっ、ロダンのバカ! 医院から連絡があって、事故に遭ったって。あの夜からずっと寝たきりだったって聞いて……本当に心配したんだから!!」

「……事故? あぁ、そういう事になってるのか」

 事故で、俺は入院したことになっている。

 つまりファウストの存在は、意図して伏せられている。第一軍団によって。

 俺達の在り様を、周囲の看護師も他の患者たちもくすくすと笑いながら見ている。ほほえましい光景、という奴なのだろう、これは。

 

「……また、いなくなったらどうしようって思ったもの。私のお母さんとお父さんが事故で亡くなって、……そして貴方も事故に遭ったって聞いたらいてもたってもいられなくて」

「大丈夫だよ、姉さん。俺はいなくならない。だから、安心してくれ、泣かないでくれ」

 ……事故、という事が期せずしてハル姉さんのトラウマを刺激したのだろう。

 俺を抱きしめる腕は少しだけ振るえている。そんなハル姉さんを肩を離してあげると、ハル姉さんは泣いた顔を晒していた。

 ハル姉さんは事故、というワードに対して強い忌避を覚える傾向があった。それは両親が亡くなってずいぶん経つ今でもなおも変わっておらず、時折精神科医のカウンセリングを受ける事もあるという。

 

「もう二度と、いなくなったり、しないでね?」

「約束するよ、帰ろう姉さん」

 姉さんは、涙を拭いながら俺にそう約束を求めた。

 是非はないし、姉さんを悲しませたくなどなかった。姉さんが迎えに来てくれた事は間違いなく俺は嬉しかった。

 姉さんと一緒に、屋敷を目指して歩いていく。

 ゆっくりと、俺の体を気遣うように姉さんはゆっくりと歩いている。こうして思うと、子供の頃のようだった。

 

「ロダン、……手、大きくなったのね」

「そりゃ、成長はするからだよ」

「あの時は、いつも頼りなさそうに私についてきてくれたのになぁ。ロダン」

 少しだけ、姉さんは寂しそうに言う。

 確かに、俺はあの時は姉さんの後ろを歩いていたと思う。

 

「……本当に、ごめんな。姉さん。騎士、辞めたり面倒に巻き込まれたりして」

「それで、こんどは女の子を連れ込んでくるものね。見上げた色男になって」

「エリスとは……そういう仲じゃない」

 不意に浮かぶ、エリスの顔。

 姉さんは悪戯っぽくそう言う。けれどこちらとしてはエリスについて全くシャレになっていない実害を被っている。

 姉さんは実害を知らないだけだからそう言えるのだろうけれど。

 

「……私がロダンの昔の話をする度に、エリスさんは凄く目を輝かせるの。楽しそうに聞いているのよ」

「――」

「だから、今度はロダンから話をしてみてあげて。きっとエリスさんは喜ぶはずよ」

 俺の事を聞くたびに、エリスは楽しそうにしていたという。

 その心当たりが、俺には分からない。ハル姉さんが言うのだからきっとそれは事実なのだろうと納得はできる。

 俺が知らない、エリスの顔をハル姉さんは見た事があるのだろう。……あるいは俺が見えていないだけなのかもしれない。

 見つめる相手が俺か、俺以外かで、彼女の目を観察してみろとユダは言っていた。エリスに今一度、俺は向き合う必要があるのだろう。――ファウストの事も含めて。

 

 

―――

 

 

 今にして思えば、アレは意地を張ってでも取りに行くべきだったとウェルギリウスは悔いている。

 カンタベリー地下研究区画の安楽椅子の上で、彼女はそう回想する。

 

 銀月天(ルナ)――第四世代魔星(エンピレオシリーズ)のあるべき理念の結晶。そう、あるべきはずだったモノが、今は研究区画の一角で眠っている。

 ルシファーの居城とも異なる、より厳重に隔離されたある区画にソレはあった。

 

 そこにあるのは、ベッドとベッドの上で静かに寝息を立てる一人の少女の姿だった。

 同時にその体はいくつかのチューブが接続されている。

 今も尚、ソレは目を覚まさずにいる。

 

「……果たして、貴方は何を夢見ているのでしょうね。定命の少女(ベアトリーチェ)

 そう、眠る少女に向かって彼女はそう語り掛ける。

 その顔は、意外にも冷徹なものではなかった。目の前に在るモノの数的情報の処理をする冷淡がありながら、同時に一種の母性とも言い換えられる視線を向けている。

 

「本来であれば、貴方はセカンドプラン――のはずだったの。()()()()()は別にあった。……恨むのなら、貴方のその嘆きの美しさを恨むといいでしょうね。素体としての優秀さを証明しすぎたもの」

 眼前の少女を創り出すその過程でどれだけ体を切り刻まれても尚、失わないその優秀さを何よりもウェルギリウスは評価していた。

 眼前の少女はウェルギリウスの成果であり、同時に最大のイレギュラーでもあった。

 

 けれど――それすらもウェルギリウスは計画に織り込んで歩みを進める。

 総ては、傲慢の体現者に捧げるがために。

 

 至高の天に至るためならば彼女はあらゆる総てを薪とくべるだろう、かつて自分が火焔(バベル)の塔を創り上げたがごとくに――いずれは、自分のその骨肉さえも。

 

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