シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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ウェルギリウスにも少女時代はあります。
ありますが、純粋が故にろくでなしになりました。


許すべからざる女 / Vergilius

 人間らしい感情とは、何だろう。

 私は私の人間らしさに従って行動しているつもりだった。客観視して、私――ウェルギリウスは欲がない人間なのだと自覚している。

 もっとシンプルに言い換えれば、私は思考形態が他者と大きく異なっていたのだろう。

 

 私が私の歪みに気づいたのは七歳の頃だった。庭で火遊びをして、怒られて。あぁ、普通の人間はこのような事に対して怒るのだなという感慨しか浮かばなかった。

 火を、美しい科学の象徴を、どうして私から奪うのだろう。彼らはこれを美しいと思わないのだろうか、まるで理解が出来なかった。

 ヒトの成す事も考える事も、何もかもが私の目には現象としてしか映らなかった。

 私は親をモデルケースにして人間の凡その性質について学んだ。それから聖教皇国の研究部門に若くして配属され、その中で人づきあいの過程で私は段々一般人として振舞えるようになった。

 

 ウェルギリウスという女は、実に変奇な人間だった。

 そのような私にも友人、と言う言葉に近い人間はいた。

 師がオウカ様だとすれば、友人――という言葉に最も近いヒトは彼女だった。

 

 私がオウカ様に師事する前――まだ暗部に属していなかった頃の同期の研究者だった。客観的に見て、彼女の才覚は平凡であったと思う。けれど仕事に間違いは少なく、努力家で、信頼できる人間だった。

 それから、何かと私に気をかけてくれていたと思う。

 

「ヴェル。そろそろ食事にしないかしら?」

「コーヒーで足りてるわ。それより見て、オフィーリア。最近のアドラーの技術開発についてなのだれど」

「……普通はコーヒーを食事と呼ばないと思うわ」

 ヴェル、そう私を呼んでくるのはオフィーリア。彼女は端的に言って私に比べて知識の量はさほど優れているわけではなかった。

 けれど私が話をする度に、それをちゃんと理解しようと勉強をする。理解できるようになったらまた聞きに行く。言葉にすればそれは簡単ではあろうが、出来る者はそう多くない。

 私の話の次元についていける人間は、少なくとも研究部門にはいなかった。国家への貢献度という純然たる事実としてそうだったのだから。

 それでもオフィーリアは少し毛色が違った。私の話に食らいついていこうと必死だった。才が凡俗だろうに何がそこまで彼女を駆り立てるのだろうと真面目に疑問に思った事もある。

 

「オフィーリア、貴女暇なのかしら? 私の食習慣に指摘するエネルギーをもう少し有意義な脳内活動に費やすべきだわ」

「研究に費やす以外のエネルギーの使い方を知らないから孤立するんでしょ」

「研究者ならそれが当たり前でしょう」

 私にとって唯一心が躍るのは研究だけだった。誰も知れない知の未踏領域を開拓していく楽しさを、悲しいかな私は誰とも共有できない。

 結果、私は孤立する。数字と現象しか愛せない女などと揶揄されたこともあるけれど、それでもオフィーリアは私にお節介を焼き続ける。

 それが少しだけ意外だった。

 

「……比較対象を自分にする癖、やめた方がいいと思うけどヴェル。別に深刻な理由なんてないわ、少しズレてると思うところはあるけれどそれでも間違いなくヴェルは天才だもの。尊敬してる友人だから理解できるようになりたいと思うのはおかしい事?」

「オフィーリアでは千年かかっても無理ね、まずはシュウ様の話の六割でも理解できるように努力なさい」

 私を尊敬する、とオフィーリアは言う。……そして友人だとも。

 友人、そう私は思ったことはない。彼女と私は特別何か、変わった関係があるとは私は思っていなかったけれど彼女からしてみればそうらしい。

 強いて挙げるならば、顔を突き合わせる時間という点においては突出していただろう。その程度だ。

 

「世間では、このような関係を友人と呼ぶのかしら?」

「そう、私は思っているけど?」

「世間一般で言う友人の定義を満たすなら、私はそれでいいわ、オフィーリア。私に付き合えるのは貴女ぐらいだもの」

 けれど、気が付けば彼女は唯一、私と議論を出来る人間になっていた。彼女だけが、私の研究の真意を理解していたと、今も昔もそう思っている。

 それに、

 彼女は、自然と私と付き合いが長くなっていた。両親を除けば最も長い時間、顔を合わせた人間となっていた。

 彼女への評価を私は改めた。私に追い付こうと、理解しようとする姿勢は私にはなかったものだった。それは私より彼女は間違いなく優れている。

 

 彼女と一緒に過ごしていても、私の生活は何も変わらなかった。けれど、彼女はそれでも私とよく話をしてくれた。

 公私ともに私を支え続けてくれた。

 私の食生活を見咎めてくれたし、私の偏屈さに彼女は決して辟易しなかった。

 私に理解者と呼べる人間がいたとしたら、それはオウカ様とオフィーリアだけだったと今も心の底から断言できる。

 彼女が時折私に薦めてくれる小説や、音楽も、それを通して彼女が何を好むのかが分かるような気がした。特に彼女は旧暦の作家ダンテの著した「神曲」が好きだったと記憶している。

 一人の恋敗れた男が霊的な世界で地獄、煉獄、天国をめぐり最後に淑女に導かれながら天国の果てに至る、などという話だった。

 

 紛れもなく、彼女は私の人間性だった。それを証明し続けてくれたと思っている。

 それを結局、私は受け取ろうと努力をしても現象としてしか理解ができなかった。彼女の優しさに、私はきっと甘えてしまっていたのだろうとも思う。

 そんな折に、私には転機が訪れた。

 

「ウェルギリウス・フィーゼ。貴方に、神祖(カミ)に仕える栄誉を与えましょう。――来なさい、ウェルギリウス。同じ一人の研究者として、貴女の力を私は欲しているわ」

「是非もございません、オウカ様。卑小の身とは自覚していますが貴女様のお傍で学ばせていただきとうございます」

 

 オウカ様に選ばれた事は、今でも私の中の輝かしい思い出だと思っている。私にとっての神と呼べる人間が仮にいるとしたら、それはオウカ様が最も近いだろう。

 オウカ様からの招聘を、私は断る事はなかった。

 

「オフィーリア。私、異動になったの。オウカ様の下で、働くことになったのよ」

「佳かったじゃない、ヴェル。オウカ様の下でだなんて最高の栄誉よ。とても、今嬉しそうな顔をしてるわ」

「なのかも、しれないわね」

 オフィーリアにそう告げると、彼女は少しだけ寂しそうな顔を浮かべながら私を祝福してくれた。

 

「もう、ここに来ることはないでしょうね。……今まで迷惑をかけたわ、オフィーリア」

「いいえ、ヴェル。私の方こそ貴女と一緒に居られて、勉強になったし楽しかったもの」

 ヴェルは、涙もろい人間だったと思う。送別の言葉を告げれば彼女は私の手を握った。

 

「コーヒーを食事だって言い張ってはダメよ、研究もいいけれどもう少し寝なさい。あぁ、もう他にも言いたいことはあるんだから」

「……えぇ。忘れないようにするわ。貴女の忠告が無駄になったことなんて、今まで無かったもの」

 それが、私が生涯で友とカテゴライズした人間との別れだった。

 誰よりも平凡で、努力家で、私をずっと尊敬し続けてくれた人だった。

 彼女の顔は、今でも私は忘れていない。覚えることは得意だったから。そうして、オフィーリアとの縁はここで終わった。

 

 まもなくして、私はオウカ様に師事する事となった。

 旧暦の真実、極晃、魔星――神祖。開示された真実の山は、まさしく汲めども汲めども尽きぬ無限の泉だった。

 研究の材料も、見識も、何もかもが私には輝いて見えた。オウカ様の口から語られる言葉の総てを委細聞き漏らさなかった。

 聞き逃せるものか、その言葉の一つ一つが千年の知啓の欠片なのだと思えばこそ。

 

 天之闇戸の調整も――手製の魔星もどきを作ることも、それほど難しい事ではなかった。改めて、神祖という存在の出鱈目さ、千年の研鑽の成果を私は目の当たりにした。

 国家運営、帝国からの技術流出、人心の掌握に至るまで、何もかもが彼らは隔絶していた。

 人体実験もまた、そんな彼らの活動の一環だったと言えるだろう。何人を犠牲にしても、彼らはそれを次に、利益につなげて見せている。

 そんな彼らの非人道的な活動に私は関与し、同時に従事もしていた。率直に述べて、天職であったと思っている。思う様、人間の体を弄り回す事が出来た。

 恐らく、こんな私の有様を、きっとオフィーリアは決して許しはしないだろう。そう思うと、彼女と袂を別ったのは正解だっただろう。

 鏡を見るたびにそう思う。メスを持つ手はまるで震えていない。好奇心の高鳴るままに遺体を、被検者を切り刻み鋼を埋め込み縫合する。血で濡れる自分の手に特に何も感じるものはなかった。

 私は確かに、自覚した通り人でなしだった。外付けの人間性というものが無ければさもあらんという奴だ。

 

 私が主たるテーマとしていたのは魔星や機械兵に端を発する、機兵化手術だった。手足を失った人間へ鋼の四肢や臓器を移植する新西暦版の再生医療であり、人の肉を捨て更なる高みを目指すというものだ。

 倫理を無視できる理想の環境において、私の視界は極彩色に彩られていた。

 

 実験、考察、改良、執筆。そしてまた実験に戻る。

 寝食は忘れないようにした。そんなものは研究と比していかに些末なことだろうかとさえ私は思っていたけれど、オフィーリアの小言を思い出すたびに控えようと思った。

 神祖や私の実験が表に発覚しかけたことが一度あった。今にして思えば、アレは綱渡りのような出来事だったと思うし自省している。

 私は証拠をつかみかけた二人を()()()()()()()()殺した。思えばこれが私の初めての殺人だった。

 血に濡れた自分の手を見て思った事と言えば、人の血は暖かいのだな、と言う事ぐらいだった。罪悪感はあまり感じ入らなかったと思う。世間一般では殺人はタブーだというモノだけれども。神祖の治世は絶対で、それを失ってしまえば私はこの最高の研究環境を失ってしまう――その恐怖の方が勝っていたと言えるだろう。

 馬鹿な人達なのだなと、私はつくづく思った。アンタルヤに渡って果たして何をしようとしたかったのかは知らないけれど、そんな乱痴気で私の愛した箱庭を壊される事だけはたまらなく不快だった。

 黙って神祖の治世を享受していれば彼らは無事に暮らせたろうに。これでは、彼らに取り残された()()()があまりにも報われないというものだろう。

 

 

 そんなつまらない出来事もありつつ、私は片手間で人造惑星という奴を作ってみようと思い立った。別に、特に深い意味のある試みではない。自分の技術水準の確認や腕試しという側面は強かったろう。

 オウカ様も好きになさいと言ってくれた以上は存分に試そうと思った。

 

 素体の選定はどうしようか。人体実験の残骸では理想と言い難いだろう。

 アドラーから流出した魔星製造のノウハウにも一通り目を通した。そして私は()()()()しかないだろうと確信し――成果は結実した。

 

 神星鉄の骨格に不格好な肉の塊を、培養するように段々と貼り付けていく。できれば、美しい方がいい。光輝の堕天使の名を冠するのだからそうあるべきだ。

 殺塵鬼がそうであるように、別に素体とそっくりそのままである必要などないのだから。できれば改良の余地も残した方がいいだろう。

 ルシファーはそのようにして完成した。

 

「おはよう、ルシファー。気分はどうかしら」

「脳波と星辰体の反応に特に変化はない。概ねお前の設計は忠実に反映されている」

「そう。ならよかったわ」

 出来上がったそれに沸いた感情は、率直に言って希薄だったと思う。恐らく私がソレに向けている感情は、一番近いモノに例えるならば芸術品を仕上げるそれだった。

 ああ、それなりに良く出来たんだろう。あとは少しずつ改良を施して行こう。神星鉄も、まだ完全に全身に組みこめてはいないけど、それは段階的に行っていこう。

 ルシファーを改良していく度、私の頬は少しずつ緩んでいく。それは別に誰かに見せようとは思わないけれど、きっといつかはオウカ様に見せてみよう。

 

「ウェルギリウス、改造を施せ。今の俺の躯体には集束性が欠けている、加えて計算上俺の躯体では出力に耐えられん」

「えぇ、待っていなさい、ルシファー。貴方を私の最高傑作にして見せる」

 ルシファーは、驚いた事に強さへの衝動が非常に強かった。強くなりたい、というただその一点において天井知らずの衝動を抱えている。

 目に宿るのは、黄金のような輝き。その素体が何なのかを考えればある意味では、なるほどそういう宿業なのだなと思った。

 

「ウェルギリウス、お前の水準はこの程度ではない。従って俺の性能限界もこの程度ではないはずだ」

「当たり前でしょう、ルシファー。まだ改造の計画は在るもの。貴方はまだまだ、強くなれる」

 段階的に改造を施すたびに、ルシファーは強くなっていく。六資質はついに量産型のアメノクラトの影を踏みかけた。

 無論、アメノクラトのデータも参考にしている以上は当たり前な事でもある。ルシファーの強さとは、私の科学の完成度に他ならない。

 

 ……しかしその先駆者たる軍事帝国に一つの究極を私は叩きつけられる。

 第三世代魔星、鋼の限界突破。アレは素晴らしかった、完敗だとさえ言ってもいい。極晃の汎用化ともいうべきアプローチは私には至れなかったものだ。

 極晃という極点に至る事を捨て、強靭な躯体と接続機能を以てその力を御するという考え方は私には出来なかった。

 極晃に至るためのハードルをいかに技術的に下げるかに腐心していた私の浅はかさを思い知った。

 

 そして――ああ。神天地における■奏と■奏の最後の空前たる決戦に自分も参じていた。

 そこで目にした人造極晃創生理論、それにとどまらぬ未知なる兵器群が私の心を捉えて離さなかった。オウカ様ですら及びはしないだろう。

 

 あんな未知がまだこの世にはあったのだと。二度目の敗北を私は叩きつけられた。完敗だった。

 立ち直れないかもしれないと思ったのは、後にも先にもこれが初めてだった。光に全身を焼かれるような敗北感が、歯が欠けかねないほどの歯ぎしりとなった。

 これほどの感情を、私は今まで抱いたことなどなかった。

 

「何を迷うウェルギリウス。俺達は今負けた、それだけだ。ここで立ちあがれば、まだ敗者などではない」

「……そうね、ルシファー。ありがとう、私も今は恐らく貴方と同じ気分よ」

 ……けれど同時に、だからこそ私は思った。まだ、これほどに未踏領域はあるのだと。勝手に自分で、科学の限界を自分の中に定義していた事の愚を恥じた。

 だからこそ誓った。自分の科学の最高傑作を創り上げて見せると、私は改めて誓った。

 

 

 極晃に至る必要はない?

 第三世代は発想は素晴らしい、私は確かに敗北した。それは認めよう。

 だが、そんなものは負け犬のアプローチでしかない。本物に至れない時点で――ゴールの存在を知ってしていながら限界を定めてしまっている時点でそれまでだと言わざるを得ない。

 

 極晃を描くために必要な要件は大きく分けて三つ。

 天元突破の資質の存在。

 上位次元接触用触媒。

 ――想いを同じくする他者。

 

 資質と触媒は、それは魔星であるという時点で何らハードルになどなっていない。問題は、最後の条件だ。

 第一世代魔星は、純粋に星を扱う基盤としての優秀さを追求している。より優秀な兵器、という意味では私の志す魔星の方向性とは似ているモノがある。文献で知る限りは殺塵鬼、氷河姫はまさしくシンプルに優秀だ。死肉を積み上げる性能という一点に関して述べるならば、加具土神壱型を除けば恐らく彼らに並ぶ者はいない。

 資質も触媒も、この第一世代によってほぼ基礎理論は完成したと言える。第二世代、第三世代と続く基盤を築き上げ、偶発的であれ極晃に到達したのだからその功績は述べるまでもない。

 

 第二世代魔星の蝋翼の産物たる煌翼は天奏に捧げた祈りが原形となっている。原理として、彼らは互いに互いを理解し尊重し合っているのだから、極晃を描くに足る因果を持ち合わせている。

 だが、そこに至る過程で第二世代魔星たる蝋翼は大きく寿命を摺りつぶされている。この理論を考え付いた人間は悪魔的だと言わざるを得ないだろう。

 煌翼を卵の中身とすれば、蝋翼は殻だ。

 蝋翼はその本質が光ではない以上、絶対に意志力というベクトルでは煌翼に敗北する。さすればどうなるか。主体は煌翼となり、蝋翼という殻を破り雛となった煌翼は残骸(蝋翼)を後にして飛び立つのだ。翼、とはよく言ったものだと呆れるしかない。

 心底から感嘆した。徹頭徹尾、星辰奏者を人として扱っていない。飽くまで魔星が極晃を描くための部品(ペア)として使い倒している。もし私が軍事帝国にいたならば、きっと似たアプローチをとっていたかもしれない。

 

 第三世代魔星は、眷属としての極晃への接続機能だ。

 極晃の汎用化。選ばれた者だけではなく、より広く星を共有する事。これが意味するところとはつまり極晃の亜種の軍勢だ。

 まさしく鬼に金棒もいい所だろう。加えてその本家本元たるアドラーは星殺したる星辰滅奏者と万象砕く英雄の光輝たる星辰閃奏者――光と闇の二つの究極を抱えている。

 だが。それは所詮極晃そのものではない。極晃奏者と眷属とでは天と地の差だ。極晃そのものに至れない、負け犬のアプローチでしかない。果物がありながら、手が届かないからと枝葉だけ持ち帰るようなものだ。

 

 では第四世代魔星はどうあるべきか。

 言うまでもない。ゴールは極晃だ、それは譲れない。

 極晃を描く以上、相手が同じ魔星であれ人間であれ、ペアである必要がある。

 ならば設計段階からペアで運用する事を前提とした魔星を作り上げる――それはハードルが極端に高くなる。死体選びの段階から魔星の素体に適し、かつペアとして成立するかという二つの課題を越えなければならない。

 魔星本体ではない、その魔星と共に星を描く相手にこそ私は重きを置くべきだと考えた。どれだけ触媒も資質もあろうが、要は心一つで頓挫するのだから。

 であれば自然、その答えは一つしかありえない。

 ――第四世代魔星のあるべき姿とは、神曲における淑女のように()()()()()()()()魔星だ。

 

 第一世代型の魔星を人造惑星(プラネテスシリーズ)と呼ぶのなら。

 第四世代の系譜に相応しき名は、至高天の階(エンピレオシリーズ)以外に有り得ない。

 銀月天と至高天こそ、私の提唱する魔星理論の姿であり、それ以外の総ては試作に過ぎない。

 

 

 創星(つく)って見せよう。理論に穴はない。作為的ではない、人と人とが織り成す一つの極点を極晃と呼ぶのなら。

 その過程さえ演出すれば、再現は出来るはずだ。必要なのは過程(エピソード)なのだから。

 先駆者たちが示した答えに、私は胸を張って証明して見せよう。第四世代魔星の理論と結晶を。

 

 私は至高天(ルシファー)を導く魔女(ベアトリーチェ)になって見せるとも。

 

 

―――

 

 

 水星天の去った教会に取り残された俺達は、茫々然としていた。

 嵐のように訪れ、嵐のように去っていった。水星天という女の在り方が、まるで理解ができなかった。エリスに著しい執着を抱いているようだったが、エリスは酷く気持ち悪そうな顔をしている。

 

「エリス。……気分は概ね分かる」

「察してくださりますか、ロダン様。……安心なさってください、私は異変はございません」

 多少、気分が紛れるのならばそれはそれで嬉しい事だった。一難は去った、今はそれで良しとするべきなのかもしれない。

 だが、それはそうとエリスの姿に気が付いた。……解れかけの銀月の衣装は何処へ行ったのか、星は解けて今は元の服装に戻っている。

 どたどた教会に踏み入ろうとする騎士たちの足音がする。扉がガタンと開く。

 

 

「動くな、其処の星辰奏者達!!!」

 怒号のような鋭い声と共に、多数の騎士たちが踏み込む。……無理もないだろう、エリスのあの出力ではどのようにしても欺ききれないのだから。

 騎士たちの先陣に立っている人物に、ほどなくして俺は気づく。

 あちらも俺達の姿を察したようで、呆然とした顔を一瞬した。

 

 

「……お前、ロダンか」

「久しぶりだな。リヒター」

 第六軍団団長、そして俺の元上司だったランスロット・リヒターだった。

 相も変わらず、軽薄そうな笑いが似合いそうな色男だった。それから随伴の騎士たちの数人には顔の知っている人間もいた。

 ……だが、この場で彼らが俺と相対しているのは騎士としてだ。もう、以前のような友誼と呼ぶべきものは存在していない。

 溶けて朽ちた十字架の残骸を観ながら、リヒターは成程、とため息をつく。

 

「無用な疑いを掛けたくはないが、騎士の務めだから一応聞くぞロダン。お前は被害者か、加害者か?」

「被害者だ。星辰奏者の通り魔に襲われた」

「だろうな、恐らく残骸を見る限りでは熱疲労での破壊の過程をたどっているようには見えない。合金形成やそれに類する星辰光だろう。お前ではない。……とすれば」

 リヒターの目は、俺ではなくエリスへと向く。エリスの姿は、ところどころ戦闘の余波で薄汚れてる。あらぬ疑いを掛けられても、おかしい事ではない。

 

 

「違うリヒター。エリスは何もしていない。逆なんだよ、エリスも被害者だ」

「……そう断定するのもおかしな話だ。この教会の座標で確認された反応は凡そ二人分。だがお前はもう発動体を返却しているから除外していいだろう。通り魔だけが星を使ったとすると計算が合わないのさ。となれば自然、消去法でそちらの嬢さんが星を使ったと考えるべきだ。星辰奏者が只の被害者なわけがあるまい」

 ほぼリヒターはエリスが星辰奏者である事を見抜いている。

 加えて、エリスはこの国の星辰奏者ではない。厄介な事になってしまったものだと頭を抱えたくなる。

 

「ロダン。お前はそのエリスというお嬢さんとどういう関係だ」

「縁があって、今は屋敷を貸している」

「念のために聞くが、星辰奏者であることも知っていて?」

 リヒターは頭の回転が速いのは知っていた。だからこそこの場で誰が一番イレギュラーな存在なのかを理解している。

 けれど、エリスは俺を庇うように前に出てリヒターを睨む。

 

「……いいえ、違います騎士様。ロダン様は何も存じておりません、私が今この場で初めて明かしました」

「そうか、すまないなお嬢さん。……詳しい話はお嬢さんの事も含め、聖庁にて改めて聞かせてもらおう」

 エリスは、そんなウソをつく。話を合わせろと爪先を踏まれることはなかったが、エリスは明らかに俺を庇っている。

 ……グランドベル卿の時とまるでこの流れは同じだ。しかも今度はいきなり団長格がこの場に訪れたのだから何の意味もないはずはないのだ。

 

「任意の同行、というが強制という体と解釈してもいいんだな?」

「言わせないでくれよロダン。俺だって本位じゃないんだ」

「だったら連れていくのは俺だけにしてくれ。エリスは被害者だ、帰してやってほしい。エリスから女優である事を奪ってほしくはない」

「難しい相談だな。この国において、聖教皇国の本土で騎士団の所属ではない星辰奏者がいるという事実が何を意味するか、わからんお前でもないだろう」

 なんともやり辛い、そう思う。リヒターもまた騎士としての役目に徹しているからこそそういう言い方にならざるを得ない。それは苦々しく歪む眦からも窺い知ることが出来た。リヒターを責める事などできはしない。……騎士として、彼は何も間違った事はしていないのだから。

 

「お受けいたします、騎士様。……それよりそのつもりです、貴方の心中もまたお察しいたします」

「佳いお嬢さんだ、騎士ランスロットの名に懸けて、ロダン共々悪い扱いはしないと誓おう」

 恭しくリヒターは頭を下げる。普段が緩い態度だが、そのような一礼もまた様になっているというべきだろう。恰好がいいと思うし、俺の騎士時代の礼法作法はリヒターに教わった側面が強い。

 エリスもまた頭を下げている。……俺が心残りがあるとするならば、そう。

 

「エリスを連れていくというのならその前に、一つだけお願いがある」

「……聞こうか、ロダン」

「ハル姉さんにせめて挨拶をさせてくれ。何も言わずに姉さんをあの屋敷に一人にしたくはない」

 少し、リヒターは思案する。ふむと、頷き、それから随伴の騎士たちを引かせる。ぞろぞろと、引き潮のように騎士たちは去っていく。それからリヒターは向き直る。

 

「いいのか、リヒター。帰らせて」

「いいんだよ。無実の人間に大挙して押し寄せて逃げ場をふさぐような真似だ、戦闘時ならまだしも平時で騎士のやる事ではないだろ」

「そりゃどうも……やっぱり御変わりないようで、第六軍団団長殿」

「照れるな、惚れるぞ?」

 さらっと背筋が寒くなる冗談を言わないでほしい。ラプンツェルはともかく、リヒターは軽口だとは知っているが。

 嫌味の無い涼やかな所作、距離感や軽口はまるで変わっていない。教会に踏み込んだ際の鋭い雰囲気は何処に消えたのだろうと思う。

 

「……ロダン。お前、騎士を辞めてからはどうなんだ」

「何とか、上手い事暮らしてるよ。それなりに苦しんでる」

「そうか。……ならいい、お前が満足しているなら言う事はないさ」

 リヒターは体を翻し背を向け、手を振る。

 からからと笑いながら、教会を後にしていく。

 

「そうだな、お嬢さんもロダンも、明日の正午に聖庁に来るといい。俺からはそう第一軍団に伝えよう。いきなり呼びつけられては不快なのも理解している、心を落ち着ける間も必要だろうよ」

 一昨日に続き、またも取り調べという奴を受けなければならないのか。そう思うと心が沈む。

 加えてエリスをどう、言い訳したものだろうか。エリスは公演を控えている身である以上、あまり身辺を騒がせたくはない。

 それに事と場合によっては出演さえさせてもらえなくなるのかもしれないのだから。

 

 

「ロダン様。……また、迷惑をかけてしまいました」

「エリスが気に病む事じゃない。それに俺は早くこの件は終わりにして、お前に踊って欲しいと思ってる。踊るのが、好きなんだろう」 

「――っ」

 エリスは、少しだけ顔を赤くして背けた

 俺も、そんなエリスを可愛らしいと思った。確かに、俺はエリスのファンではあるのだろう。今日彼女が見せたあの演技が、息遣いと視線の軌跡が、俺には印象に残っていた。

 もし、時間があれば。ハル姉さんと一緒に見に行ってやりたいと強く思った。

 

 

 

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