A、ケルベロスやヘリオス君に正体としては近いです。多分エリスからしてみれば彼らはお兄様とでもいうべき存在にあたります。
そしてヴェティはさしずめ「お母様」です。
エリスと二人で帰るのは初めてだと思った。
夜、空に浮かぶ月はエリスの髪を銀色に照らしている。見れば見るほど、エリスは人間離れした美貌に思える。大和の昔話に謳われる月から訪れた姫の話がぴったり似合う。
「かぐや姫、か。多分、ニュアンスは違うが良く似合う」
「私がかぐや姫ならば、ロダン様は帝という事になってしまいますし私は月に還らなければならなくなります」
「亡き教皇スメラギへの不敬になる、その例えはやめておこう」
エリスは、そうくすりと笑う。
こうして笑う時の彼女は年相応な姿に見える。人間離れした雰囲気は、今の彼女は纏っていない。彼女に少しだけ心を惹かれそうになる自分を自覚する。
今抱いている想いはきっと、ベアトリーチェではなくちゃんとエリスに対して抱いている想いなのだろう。
「……ロダン様、顔が赤いですね。体調に御変わりは――まさか、水星天の影響が?」
「いいや、別にそれは特に問題じゃない」
自分で言うのは少し恥ずかしい。自分の想いだけが空廻っているようで滑稽だ。
けれどエリスの笑顔は俺も好きだった。
考えている事がよくわからない人間で、天才肌で、少しだけ人とずれている。俺は思えばエリスの事をまるで知らないし、知ろうとさえしなかった。故にエリスの事情など知りはしないが、それでも彼女は俺の心配を稽古が手につかなくなるほどにしてくれていたのだという事だけは知っている。
「お前の事を俺は何も知らないんだ、お前の事について何も知ろうとしなかった。俺が倒れていた時、エリスは稽古をまともにしてられなかったというらしい。……エリスが心配していたのにな」
「……やはり、人のうわさに戸は立てられませんか。あのような情けない姿は、できればロダン様の御耳に入れたくはなかったのですが」
はずかしそうにエリスは顔を背けた。エリスにも恥ずかしがることはあるのだろうと思うと、とてもかわいらしく思えた。
片頬に手を当て彼女は目線を合わせようとしていない。
「ロダン様、もしやと邪推致しますがとても失礼な事を考えておいででしょうか?」
「いいや。とても可愛らしいと思ったんだ。エリスにもそんな風に恥ずかしがることがあるんだなって」
「……意地が汚い詩人は嫌われるかと。ロダン様」
エリスの憎まれ口もあまり嫌味が籠っていない。からかわれるのは慣れていないらしい。ある種、
「古今、卓越した芸術家は往々にして人格に難があると聞くよ」
「まるで私が人格に難があるとでも言いたげなのですね」
「被害妄想が過ぎるんじゃないのか、それとも自覚は出来てたのか」
「貴方が言ったのでしょう!」
頬を少しだけ膨らませながら、エリスは俺を睨んでいる。
そう言う顔もできたのか、と少し思う。彼女は本気で誰かに負の感情を抱いたことはなく、また抱きやすい類の人間ではない。
エリスの事を、少しだけ分かった気がする。
屋敷が見えてくると、ハル姉さんが俺達の帰りを待ってくれていた。手を振ってくれる姉さん、少し小走りで俺の元を離れて姉さんへ駆けていくエリス。
そういう日常が、きっとあってもいいのだろうと思えた。
……それから足早に俺も屋敷に戻ると、姉さんには早速明日の出頭の旨を伝えた。
「……姉さん、驚かないで聞いてくれ。俺は明日、エリスと一緒に聖庁に行かなきゃならなくなった」
「ロダン。……何をやらかしたの?」
「おい姉さん。なんで俺が何かをやった扱いなんだ」
テーブルについて、エリスと一緒に俺はハル姉さんに向き合ってる。明日の正午に聖庁へ行かなければならない事、エリスも同伴でなければならない事を喋ったことに対する姉さんの言葉がそれだった。
けれど、それはエリスも否定する。
「御姉様。ロダン様は決して邪なる事は致しておりません」
「なら、……もしかして騎士に復帰するの?」
「俺は騎士に戻るつもりはない」
一瞬だけ、姉さんの目が輝いた気がしたがすぐに水を掛けられたかのように意気消沈してしまう。
……そう言えば姉さんは俺が騎士に復帰する事をそれなり程度に望んでいたなと思い返す。あらぬ期待を掛けさせてしまった事は大変申し訳なく思ってしまう。
「昨日、通り魔にエリスが襲われかけてな。俺もその場にいたから、その聴取で出頭を求められた、というわけさ」
「それは……その。大変な目にあったのね。でも、無傷ってことはロダンがちゃんとエリスさんを護ってくれたんでしょう」
「……」
通り魔の正体は水星天だ。とても申し訳がない事に、姉さんの想像とは真相は逆だ。
とても骨身に染みるほど情けない話だが。
「姉さん。……その、通り魔は星辰奏者だったんだ。そして――」
「隠していて申し訳ありませんでした、御姉様。私もまた、星辰奏者なのです。ロダン様共々巻き込まれかけたのを私がお守りいたしました」
「……ロダン。どういう、こと? えぇと、つまりエリスさんは星辰奏者と言う事は聖騎士って事? 役者なのに?」
ハル姉さんは見事なまでに混乱している。
……星辰奏者であるという事は、ほぼカンタベリー聖教皇国では聖騎士である事と同義だ。だがエリスは聖騎士ではないしおそらくこの国の出身でもない。
「いいえ、御姉様。私は聖騎士ではありません、……私はこの国の生まれではないのです。聴取を受けるのは、正しくはその通り魔と――私の事情についてです」
「……そう。エリスさん、何か事情があってロダンが助けたのだと思っていたけど、そういうご出身だったのね」
姉さんは少し呆れるようにエリスに顔を向けている。
エリスはそれでも、姉さんをしっかりと見据えている。隠していたのは事実で、言い訳はこれ以上したくないからと。
そんなエリスの在り様に姉さんも落ち着きを取り戻しながら、話を続ける。
「ロダンはいつからエリスさんが星辰奏者だと気づいていたの?」
「……エリスと出会ってその時からだよ」
「……そう。私、蚊帳の外だったのね。あんなに姉さん、御姉様と言われていたのに少し傷つくわ」
よよとハル姉さんは泣くようなわざとらしいジェスチャーをしている。
エリスは負い目がある分、本当に気に病んでいるようである。
「……御姉様。今まで、黙っていた事をお許しください。私は確かにこの国の出身ではありません。証を立てられるものはありませんが、それでもこの国に仇成すつもりはございません」
「ロダンは複雑な事情を汲んで、貴女を助けようとしたのね。……今更許すも許さないもないわ、嫌なら初めて出会った夜に貴女を追い出しているもの」
姉さんは重要な部分でやはり勘違いをしているようではあるしエリスもそれを正そうとはしないが、それをわざわざ指摘するのもどうかとは思ったので口はつぐんだ。
エリスと姉さんの仲がこじれるのは、俺も望むところではなかったからだ。
「私はエリスさんが大好きだし、それに経緯はともあれロダンを護ってくれたんでしょう。なら私はエリスさんの味方で、エリスさんも私の身内よ。……身内が居なくなるなんて、私は嫌だもの。そんなのは絶対に嫌なの」
「……御姉様」
ハル姉さんの両親は、アンタルヤへの仕事の途中で船上で足を踏み外し事故死となった。
唐突に、一人の環境に投げ出された姉さんはもう、見ていられないほどに憔悴していた。
それゆえに誰かを失う事への恐怖は人一倍どころか二倍も三倍も大きい。……だからこそ、エリスへの感謝もそれを反映するように大きくなる。
「それで、その星辰奏者の通り魔からエリスさんはロダンを護った、と。それはいいわ、分かったわ。……でもその星辰奏者って、どういう人だったの?」
「あまり、思い出したくありません。端的に言って、気味の悪い人でした」
「……ごめんなさい、エリスさんは被害者なのに、わざわざ聞く事ではなかったわね」
気味の悪い人、と言う点に関しては全くの同感だった。エリスに対する極端な関心――どころか恐らく性的なニュアンスも少なからず混じっているのだろう。
俺がエリスの立場なら例えスカートがめくれあがろうとわき目もふらず逃げるだろう。
女性と男性で感性が違うという話もある。
「でも、エリスさんがどこの誰でどういう経緯でこの国にいるのかは私にはよくわからないけれど、それでも私はエリスさんが大事な客人で私の友人だという事に変わりは無いわ」
「ありがとうございます。このような不義理を致した私を受け容れてくださって」
「エリスさん。謙虚なのは貴女の美徳だけど、あまり頭を下げ過ぎてはだめよ。もう少し堂々となさい、こういう事は素直に受け取るものよ」
姉さんに頭を撫でられているエリスは、とても幸せそうな顔をしていた。
けれど俺と少しでも視線が合えば、途端に恥ずかしそうに顔を背ける。……多分エリスは自分が喜んでいる姿を他人――特に俺に見せる事を好んでいないのだろう。
どことなく、ユダの言う俺に対するエリスの態度の違いというものが分かる気がした。
「私も、御姉様がとても大好きです。私を受け容れてくださった、初めての人で、大切な友人ですから」
「……エリス、俺の事は?」
「ロダン様の事は知りませんっ」
エリスにそっぽを向かれ、ハル姉さんはくすくすと笑っている。
足を踏まれて家に転がり込まれて、口裏まで合わせたというのにこの仕打ちは抗議をしても許されるだろう。
「……とにかく、災難だったわねエリスさん、ロダン。明日の備えてゆっくりなさい」
ハル姉さんはそう言って、自室に戻っていった。
「ロダン様、それではまた。明日」
「あぁ」
夜ももう遅いだろう。エリスと別れ部屋に戻る。
一人だけの部屋は少しだけ肌寒く感じた。
―――
翌日、俺達は聖庁に向かった。
屋敷を出る前に姉さんに挨拶をかわして、エリスと共に歩いていく。
いくつか街を抜ければ次第に周囲の風景は変わっていく。
人々の声は段々と堪えていき、場の空気も厳かなモノへと変わっていく。大聖庁への出頭の要請はこの国の人間であっても異例な事だ。
人づてに聞いた話だが、アンタルヤのさる異名持ちの傭兵が招かれたという。
「……大聖庁とは、このような場所なのですね」
「そうだな、聖騎士でもない限り滅多に訪れる事のない場所さ。俺も何度かここに来たことはある」
聖書の一文節も覚えていないほどには聖書嫌いだった俺としてはこのような場は息がつまる。
踏みしめる度、騎士時代を思い出させられる。とても苦さが七割だろうが、それでも決してそれだけではなかった。
一方のエリスはいつもと大して様子が変わっていないようだった。
泰然、あるいは超然、というべきなのだろう。
大聖庁を進んだ先には――
「お待ちしていた。アレクシス・ロダン、そしてエリス・ルナハイム嬢」
「……お久しぶりです、イワト様」
お出迎えは石膏のように不愛想だった顔が印象的だったイワト・巌・アマツだった。
腰に日本刀型の発動体を帯刀していながら俺達を見ている。大和に謳われるサムライ、という奴だったかと思う。
「……出頭に応じて頂き、深く感謝致す」
「こちらこそ、お出迎え頂き感謝致します。イワト様」
エリスも優雅に一礼を返す。
騎士と姫、と言えば確かに聞こえはいいだろうが、それ以前に星辰奏者と星辰奏者だ。決してそのやり取りは穏便なモノではない。
以前、俺はイワトに対し「エリスは役者で、付き合っている」と言った事がある。……星辰奏者であるという事は意図的に伏せて。
俺に時折投げられる鋭い刀のような視線から察するに、その真意をイワトは図ろうともしているのだろう。
「詳しい議は、秘跡省にて。ご案内致そう」
「待ってくれ、イワト様。秘跡省は事件に関して管轄外では?」
「この国に非ざる星辰奏者の通り魔の存在――加えてエリス嬢の存在に関する故だ」
そう体を翻し、イワトは秘跡省へと歩を進めていく。その背を粛々と俺達は進んでいく。
……その傍らで、エリスの表情が陰っているのが見えた。
秘跡省はこの国における星辰体研究の最先端を往く組織だ。であったならば、エリスのあの常識を超えた星辰光についても何か分かるのでは。
それを暴かれる事を、エリスは好んでいないのだと推察できる。
「……ロダン様?」
「離れるな、エリス」
そんなエリスの手を、俺は握った。エリスは不安がっているのなら、それを少しでも和らげてやりたいと思う。
手を握られると人は幾分気が楽になれる。それはハル姉さんから子供の頃に教わったことだったから。
「ありがとう、ございます」
「……なるほど、貴公ら二人はとてもよく、お似合いだ。仲睦まじい事で羨ましい。……今は亡い友人二人を思い出す」
何を感じ入っているのだろう、イワトはふむふむと言いながらそう納得している。
景色は変化していき――秘跡省の敷地に立ち入った。
それから庁内へと立ち入っていく。いくつかの部屋を抜けると――宗教的意匠が施された応接の間に俺達は辿り着いた。
第一軍団第Ⅲ位階、マリアンナ・グランドベル卿――第六軍団第一位階、ランスロット・リヒター。そして。
応接の間――その最奥の机に腰かける一人の女性がいた。眼鏡をかける、物憂げな光を宿した女性だった。
柔和な笑みが、俺達の緊張を解そうとしている。けれど傍らにはグランドベル卿のリヒターが坐している。気が休まるわけなどない。
「お初にお目にかかります、大和典礼秘跡省副長官。オフィーリア・ディートリンデ・アインシュタインと申します」
オフィーリア・アインシュタイン。
かつて聖教皇国の研究部門において星辰奏者の研究に携わって大天才、ウェルギリウス・フィーゼ氏が唯一認めた右腕。
研究部門をウェルギリウス氏が去ってよりは、オフィーリア氏は才能は及ばずながらも精神的な支柱となって研究部門を率いてきたという。
……神天地事件以後は、大規模な抜本的人事整理により副長官へと抜擢されたという。未だ、長官の座については鳳卿に比肩し得る功績を持つ人間が現れないという事で空位となっている。
「……元、第六軍団所属。第Ⅲ位階のアレクシス・ロダンと申します」
「ユダ座の女優をしております、エリス・ルナハイムと申します、よろしくお願いいたします」
「昨日の事案、心中をお察しいたします。本来貴方方を護るべき騎士の務めを果たせなかった事を深くお詫びいたします」
……そう、オフィーリア氏は粛々と挨拶を済ませる。
要はするにこれはつまりは儀式なのだ。ひとまず、互いにこれで
「では、これから昨日の襲撃事件についての聴取を始めます。……昨晩、あの協会にいたのはエリスさんとロダンさん。それと星辰奏者の通り魔。この事実に相違は?」
「ないですね、オフィーリア様。概ねそれで合っています」
「その星辰奏者の素性と使った星については?」
「ラプンツェル。そう名乗っていました。星は……恐らく、合金の形成能力かと。維持性、操縦性においては突出して優れており、加えてそれに準ずるレベルで拡散性にも秀でています」
特にその問いについては俺は疑義を挟むことはない。
淡々と、ラプンツェルについて俺は話す。
AVERAGE: C
発動値DRIVE: A
集束性:E
拡散性:A
操縦性:AA
付属性:D
維持性:AAA
干渉性:E
俺の記憶する限りでの六資質はこういう風なモノだった。それを聞くと、ふむとオフィーリアは何か考えている。
それからぶつぶつと、思案するようにつぶやいている。
「……過去の文献を遡る限りでは、拡散性と付属性以外は
「何か、オフィーリア様が分かったことなどは?」
「分かったこと、かしら。そうね……例えば魔星、という言葉についてロダンさんとエリスさんは何かご存じでしょうか?」
魔星。……その言葉に、心臓を掴まれる気分になった。
死肉を材料にした人倫冒涜の極点たる星辰体運用兵器、エリスが語った水星天の正体だ。だが、それを知っている、と言ってはならないという反射と共に俺は自分でも不意にそれを言った。
「……知りません、私もロダン様も」
「そう、でしたか。なら
オフィーリア副長官はそう言った。
……少しだけ、胸の荷が下りた。けれど、それだけではない。彼女もリヒターも、大事な事について言及していないのだから。
オフィーリアの視線は直後、エリスに写る。
「……エリス様。昨日、あの教会の座標で確認された星辰奏者の反応は、二人分だったのです。お判りでしょうか。ロダンさんは星辰奏者ではない――ならあとは単純な引き算。つまり、エリスさん。貴女もまた星辰奏者――この国の出身ではない、星辰奏者でしょう」
「……」
突かれたくない急所であり、真の本題だった。
オフィーリア副長官は、眼鏡をはずして眉間を揉みながら改めて視線をエリスへぶつける。
「エリス・ルナハイムさん。……カンタベリー聖教皇国において、そのような名前の星辰奏者は存在しません。照合した結果エリス・ルナハイムという人間は、戸籍上ですら存在しないのです。他国からの来訪者としても調査は無論しましたが、そのような人物の渡航の記録は一切存在しない」
「――」
エリスの手は力なく、だらりと下がっている。項垂れるように、顔を背けている。
……エリス・ルナハイムは戸籍上からして、この国には存在しない。それはいい、恐らく想定していた事実だからだ。
「あの地点で観測された出力は、二つとも明らかに星辰奏者の規格を遥かに超えていた。……そのうちの一つが貴女よエリスさん」
煉獄篇
AVERAGE: B
発動値DRIVE: AAA
集束性:E
拡散性:A
操縦性:A
付属性:C
維持性:E
干渉性:AAA
副長官から提示されたデータ。そこに書いてあったのは、確かなエリスの人外たる証明だった。
「……エリスさん。貴女は一体
「――っ」
オフィーリア副長官はそう言う。
「貴女に極めて酷似した星辰光を持つさる
淡々と、オフィーリア副長官は続けていく。事実を羅列しエリスの弁明の余地を奪い去っていく。
「断言してもいいわ、普通は常人がこんな星辰光を扱うことなどできない。発動値だけで問うならばあの英雄や強欲竜にすら並んでいる。それらですら、其の領域に至るまでは再強化手術を要した。……それを生身の、しかも一劇団員の女優が扱うなど道理が明らかに通っていないでしょう。よくて植物人間、発動した瞬間に生死の境をさまよっているのが普通よ」
「……」
無意識に、俺が彼女から目を背けていた事実がそこにあった。エリス・ルナハイムは普通の星辰奏者ではない事は、俺にも想像がついていた。
だが、彼女は自分を
「エリスさん。今から言う言葉は私の独り言と聞き流していただいて構わないわ。――
「……知り、ません」
飽くまでも温和な態度を崩さない一方でオフィーリア副長官は鋭く問う。
エリスは、拒絶するようにそうか細く言葉を返す。
「……
「――知らないと、言っているでしょうっ!!!」
叫びながら、エリスは副長官を睨んでいる。
緋色の目に涙を浮かべながら、彼女はそう叫んでいる。まるで、追い詰められたウサギのようだった。
尋常ではない彼女の取り乱しように、副長官の言葉に彼女は何か心当たりがあるのだという事が理解できた。それも、取り乱してしまうほどに。
「……グランドベル卿」
「はい」
そう静かに副長官が告げると、グランドベル卿は発動体を構える。それもあろうことか、エリスにその切っ先を向けている。
「まて、グランドベル。何を、しているんだ貴方は」
「ロダン。貴方はエリス嬢について、初めから星辰奏者であると知っていましたね。……知っていた上であの時イワト様に対して、意図的に伏せていましたね?」
言い訳を許さないとばかりに、その槍の切っ先をグランドベル卿はエリスと俺に向けている。
冗談でやっているのではない。グランドベル卿は決して冗談を言わない人だという信頼があるからこそ、本気なのだと分かってしまう。
決意の焔を宿した目で、グランドベル卿は一顧だにせずにエリスへ槍を向けている。
「……結論から述べましょう、ロダン。――貴女が今、エリスと呼んでいるその御方は
「どうしてだ、グランドベル卿。……エリスは何も、罪を犯してなどいない。それを騎士たる貴方が武威で脅して一人の少女に槍を向けている。騎士として恥じ入るモノは何もないのか」
「国防の問題と個人の問題をすり替えているのは貴方でしょう、ロダン。……この国で騎士ではない特級の星辰奏者。それがどのような意味合いを持つのか、例え一時であっても騎士であった貴方が理解していないはずはないでしょうに」
例え個人として罪を犯していなくても、この復興しかけのカンタベリー聖教皇国において彼女はどのような存在なのかなど言うまでもない。
他国からの訪問者でも、その場合においても然るべき手続きは要求される。やんごとなき家のボディガードだろうと、テロリストだろうとそれは平等だ。
エリスが他国からの来訪者だとするならば、その審査を受けた記録すらもないのだから。
「……
オフィーリアは判決を読み上げるように、そんな事実を叩きつけた。
エリスがあの至高天の階と同じ魔星であるという事――名の知らぬ誰かの死肉を材料とした兵器であるという事実がそこにある。
それを、エリスは項垂れたまま否定しない。
「そういうわけだ、ロダン。お前が意図して彼女の事を伏せた事は不問としよう。だが……悪いがそちらのお嬢さんは見逃せない。グランドベル卿も言ったろう、これは国防の問題なんだよ。どことも知れない特級の星辰奏者で、加えて原初の魔星にして月の運命を司る魔星、死想恋歌と極めてその性質が酷似している」
「……わけのわからない、そちらにしか分からない固有名詞をつらつら並べて勝手に納得しやがって。……リヒター、お前もかよ」
「ブルータス、お前もか。とはよくお前が口にしてたな。……全く懐かしい」
リヒターはそう軽口を叩きながら、発動体を抜いている。
リヒターもまた、グランドベル卿と同じく俺に剣を向けている。
「市井とするにはロダンは問題はないとして、お嬢さんはあまりにも危険が過ぎる。それ故、拘束させて頂こう。無礼、お許しを」
「リヒター、グランドベル卿。……俺はアンタらの事を本気で尊敬していたよ。かっこいいと思ったさ。途中で騎士を逃げるようにやめた俺なんかよりずっと、ちゃんと騎士をやってるんだって思ってたさ」
「国を護る事が騎士の本分だ。個人的な感傷に浸るのは結構だが、浸れるのはお前が騎士を辞めたからだ。立場の違いを理解しろとは言わん、恨んでくれてもいいしそれだけの事をしている自覚はある。だがそれでも、そのお嬢さんを看過することは絶対にできない」
グランドベル卿とは対照的に、飽くまでも飄々とした態度を崩さないリヒターに、俺はキレそうになった。
事実上の強制で出頭させられ、その上でエリスを拘束しようとする有様だ。……だが、リヒターとグランドベル卿の言う事に理があるのもまた、理解している。
ようは俺がガキなだけなのだから。
「……同時に、その疑問を挟まない様子では魔星という言葉を知らないと先ほど述べた事も嘘のようですね。貴方が彼女の事を知っていて黙っていたのなら、改めて言いましょう。エリス・ルナハイムは恐らく人間ではない。……それでも貴方は庇うというのですか」
もはや猶予はないだろう。グランドベル卿は
加えて、リヒターも相手だ。
エリスを連れて逃げることなどできはしない。
「――ロダン様っ」
けれど。その一瞬、エリスは俺の手を掴み次の瞬間には、窓ガラスをぶち破って応接の間を飛び出した。騒然とする守衛の騎士たちは、ぎょっとした顔をしながら俺達を追い回す。
エリスに手をひかれながら、俺は逃亡劇に否応なしに身を投じることになった。守衛の騎士たちは騒然としながらも俺達を追いかけている。
「エリス……どうして……」
「ロダン様。お願いします、今は何も、語らないでください」
エリスは、決して俺に顔を向けなかった。
ごめんなさい、と小さく呟きながら、大聖庁中を駆けずり回る。
退路は既に塞がれている。
騎士たちは縦横に迫っている。ならばと裏道を抜けると、さらに追手は増える。
砂糖に群がるアリのように。
逃げて、逃げて、また逃げて。
「ロダン様。……私は、オフィーリア様の指摘の通り。人間ではありません」
「……」
「確かに、私は
エリスはそう、後悔するように言う。
エリスは、自分の生まれを言いたくないと言っていた。……その真実は、エリス自身が至高天の階と同じ魔星だったからなのだ。
言えるわけがない、言っていいわけがない。今のこの状況が、言ったらどうなるかを端的にたたきつけているのだから。
「私は化け物なのです。月の殻から生まれた、人の皮を被った異形が私なのです」
「それでも、エリスが怪物だったとしても、俺はエリスと一緒に居たい。姉さんもエリスもいる、あの屋敷が好きなんだ」
「……はい。私も、そう思っています」
エリスの頬を滑り、涙は散っていく。
エリスが今、どんな顔をしているのかは俺は知り得ることはないだろう。
ついに最後の追手を振り切った。
背には誰もいない。ならばと、逃げたその先は――星辰奏者専用の訓練場だった。
まずい、そう思った頃には答え合わせは済んでいた。自分たちは逃げきれたのではない、その場所に誘導されるように追手を仕向けられていたのだと理解したころには遅かった。
ただただ広い、四方を壁で囲まれた天井の無い訓練場。
其処で待ち受けていたのは――グランドベル卿とリヒターだった。
「逃避行は、これで仕舞いかロダン。退路を潰す、潰せなければ誘導しろ――俺が教えた初歩だと思ったんだが」
「……そうらしいな、リヒター」
歯噛みする。退路を誘導するのは兵法の基礎だとリヒターから教わったことはあったというに、こんな初歩に引っかかったことに頭が痛くなる。恐らくハナからそういう風に読んでいたのだろう。抜け目のない事で結構だ。
同時に、エリスもまたグランドベル卿と向き合っている。
「
「無論です。……私は成すべき運命があります。貴女などではないのです、鉄血聖女」
言葉と共に交えられる視線。
エリスは飽くまでも俺の盾に成るようにグランドベル卿とリヒターの前に立ちはだかる。
音もなく、虚空にグランドベル卿の槍は一閃する。その瞬間に周囲は焔に包まれる。
ぱちぱちと、石材や無機物すら薪にしながら、星の焔は燃え上る。
「ではいざ、尋常に」
「負けません、決して――!!」
エリスも次の瞬間には、月の衣を纏って相対していた。
また、あの時と同じ星辰光だ。銀月の白と、鉄血の緋が声も上げずに激突した。
影すら残さない疾走と共に奔ったグランドベル卿の槍を、エリスは片手で銀光の波動と共に受けとめる。
俺を護るように、撫でるように手を翳せばグランドベル卿の焔は霧散していく。
「……ロダンと同じ――いいえ、全く同じなど有り得ない」
グランドベル卿の顔はいくばくかの驚愕を浮かべながら、しかし焔は深部を削るには至らず徐々エリスの銀光の障壁を抉り砕いていく。
拮抗しているように見えて。しかしそうとは言い切れない。エリスの集束性は彼女の気質を反映するかのように極めて劣悪だ。
グランドベル卿の焔の集束性を、エリスの星辰光がはがし切れていない理由もそこにあった。
「エリス・ルナハイム。なぜ、貴方があの時のロダンと同じ星を使っているのですか」
「そのような疑問を投げかける暇があるならば、体をご自愛くださいませ」
エリスは距離を離せば虚空に手を翳す。
「
極小の銀光を纏った天体を創造し、翳した手を握りつぶす。天体は亀裂を容れながら爆ぜ、滅星の光条となって大地に降り注ぐ。
だが、――それを事も無げにグランドベル卿はかわして見せる。その過程でグランドベル卿の焔が剥がれても、燃え盛る大地が彼女の体に灯る焔が絶える事を許さない。
幾条にも及ぶ光の矢を、たった一瞥しただけで槍で弾き、あるいはかわして見せる。常軌を逸した見切りの精度にさしものエリスもその顔に焦りが浮かんでいる。
全身火だるまのようになりながら、常時暴走しているも同然の星光を纏って平然と「死ぬ前に殺す」を実践しているグランドベル卿に戦慄している。
加えて同時に、敵は一人ではなく。
「……お嬢さん。悪いが、こういうことだ。あいにくと、そういう腹積もりでね」
「ランスロット様……!!」
エリスの背後からは、リヒターが迫っていた。
「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」
抜かれるは、ランスロット・リヒターの星。
第六軍団団長、その座に相応しき煌めきが顕現する。慌てて振るったエリスの星の綻びを正確にリヒターは剣で断つ。
「剣に写すは在りし日の蒼き湖面、幾重に重ねた鉄も血も何故我が剣を砕けよう。愛馬の嘶きも友も、総ては輝く過去のままに」
碧の淡い光を纏いながら、にわかにリヒターの星は風を帯びた。
鎌鼬のような鋭さを伴いながら、空は絶叫を奏でていく。
「愚かなるかな湖の騎士。剣の誉と誓いに背くとは何たる蒙昧、なれば許しておけぬ。友も王も弑したその手に掴める栄光は在りなどしない、なれば贖え――
おおよそ付け入るべき穴と言えるものはない、第Ⅰ位階に相応しい第六軍団最優の星辰光。
俺が、結局は勝てなかった星だ。
「超新星――
AVERAGE: B
発動値DRIVE: A
集束性:C
拡散性:C
操縦性:B
付属性:AA
維持性:D
干渉性:A
碧色の星の輝きと共に訪れるのは、風の剣だ。
リヒターの星、それは単純な風という自然現象の操作――などではない。
リヒターの剣閃と共に巻き起こる風は、爆発的にグランドベル卿の星を増幅させる。
一気に燃え上る焔は、ついに安全圏を奪いにかかった。エリスの銀光の領域に俺はいるからこそ守られているのだが――
「この程度で、私を捕らえたつもりですか!!」
「だろうな嬢さん。だが、そろそろ息苦しくなってきたろう」
背後から放たれるリヒターの星をかき消そうと、銀光を纏いぶつけようとする。
何閃も宙に剣を舞わせエリスに風撃をぶつけるが、エリスの星の前ではそれも無意味に霧散していく。
しかし同時にエリスは異変に気付く。
それはグランドベル卿の焔のせいだけではない。
……リヒターの星を、俺は一度味わったことがある。
気相化学反応促進能力。
気体の形をとる、あらゆる化学物質の化学反応を強制的に促進する力に他ならない。風を操る事はなんらリヒターの本質ではないのだ。
グランドベル卿の星が爆発的に燃え上ったのは、その化学反応をリヒターの星が促進させたからだ。
エリスが物理的に息苦しさを訴えたのも、化学反応を利用し大気の組成を大きく崩したからだ。
かつ、リヒターは自分とグランドベル卿にその影響をうけないように体に新鮮な大気を付属させている。
……控えめに言って、相性は最悪なぐらいに最高だと言っていい。
エリスの星も勢いを増すグランドベル卿の集束性に、段々と塗りつぶされていく。
「まだです、ロダン様。貴方と、貴方の御姉様の下に、ユダ様の下に、絶対帰って見せますから」
「……っ、エリス」
グランドベル卿の猛撃は未だに止まない。焔を幾度となくかき消されようと、そのたびに燃え上る。馬鹿げている。
火が止んでしまったのならもう一度火をつければいいのだと本気でグランドベル卿は実践している。
大地から剣山にように幾条も突き出る星の焔の槍をグランドベル卿は手繰りながら、押し寄せる銀光を一本一本、炎の槍を手に掴んでは使い捨て、手に掴んでは使い捨てて凌いでいる。
凌いでいるどころか、魔星であるはずのエリスを圧倒しかけている。これを果たして、誰が人間業だと言えるのだろう。彼女のソレを俺は真似しようなどとは絶対に思えない。
身を削りながらもしかし、それでも俺に精いっぱい微笑みかけてくれている。
同時にリヒターもエリスを狙う。
いくらエリスであろうとも、騎士団の団長格と第Ⅲ位の二対一を捌くなどとてもできる芸当ではない。
加えてエリスは近接戦を極端に嫌っている。単純に、彼女には膂力はあってもそれを扱う心得というモノがないだろう。グランドベル卿が踏み込むたびにエリスの顔は明らかに焦りを帯びていた。
「魔星――それも恐らくその在り方は冥狼や煌翼に近い。エリス、今の貴方はまるで
エリスの肌は数筋、傷を負っている。その傷から覗くのは銀色の光――彼女の体の内を渦巻く銀月の粒子だ。
血は銀色の光にかわりながら、その傷を埋めていく。
彼女は人間ではない。その言葉の意味がありありと窺える光景だった。……そして同時に彼女はそれだけの怪物性を有していながら距離に慣れていない――本質的に、エリスは戦士ではないのだ。
消耗し続けるエリスを、俺は見たくはなかった。
彼女は彼女のエゴを通すためにきっと戦っているのだろう。彼女はまだ、俺に隠している事があるのだろう。
けれどそれでも、彼女の力になりたいことは真実だった。
護られるだけでは、男として論外だろう。彼女の騎士になりなさいとハル姉さんに言われたのに、俺はそれを一部も実践できていない。
だから、俺はあの日手を握れなかった彼女の――エリスの手を、今度こそ取りたい。例え彼女が怪物であろうとも、彼女が見せてくれた笑顔や拗ねる顔――寂しがる顔を、俺は知っている。彼女に見出すべき人間性はそれだけでも、十分すぎた。彼女は十分すぎるほどに俺に人間性を証明してくれたのだから。
足は動く。体は健在だ。
心に怯えはまだある。
足を一歩踏み出した。二歩、三歩、段々早めていく、走っていく。
グランドベル卿が、何か叫んでいる。
リヒターが、何か叫んでいる。
けれどもはやそれも雑音だ。俺の胸と耳に聞こえるのは、確かに、エリスの言葉だったのだから。
やる事は理解が出来ている――否、理解するまでもなかったのだ。なぜなら、答え等
「エリス、お前が
―――
直後、ロダンの全身は銀の輝きを宿した。
それは、エリスのそれと全く同じで――ファウストに見せた、あの星と同じだった。
振りかぶられるマリアンナの槍も、リヒターの風圧の刃も、どこからも知れぬ虚空から現出した銀剣によって防がれ霧散した。
「――ロダン。まさか、貴方は」
「……ああ、やっと思い出したよグランドベル卿。今なら思い出せる。つまり、あの夜俺が見せたのは
隻眼に奔る銀光に、リヒターは戦慄が走る。
これは何だろうという質問こそ愚問であり、問うまでもなく星辰光だ。だが、ロダンの以前のソレは全く違う。
いやそもそも、今のロダンは発動体を有していないのだから星辰光を扱う事自体が有り得ないのだ。
「……ロダン様。それは」
「エリス、……お前の声が今ならちゃんと聞こえるよ。ありがとう、あの夜、俺に星を
続けて、ロダンはエリスの前に立つように剣を構える。今度はお前を護るのだと、銀色の決意をその目に宿して。
「悪かった、エリス。ずっと礼を言えなくて」
「いいえ……いいえ……! 貴方がこうして、私と共に戦ってくれることこそ、私は何より嬉しいのです――何より愛しい私の神聖詩人。貴方の帰りを私はずっと、お待ちしていました!」
エリスは、万感を湛えてロダンへとそう告げる。同じ銀光を宿しながら、互いに共鳴するように彼女たちは出力を静かに上げていく。
……特級の異常事態。だからこそマリアンナの聡明さはその真実に至る。
発動体を有していないにもかかわらず星を使えるケースには、いくつかの例外がある。
例えば星辰体結晶化能力を持つ神祖が最たる例だろう。
だが――それでも、例外なくそれらは「発動体として振舞うモノ」があったからこそ星を振るえているに他ならない。
逆説的に今ロダンが振るっているあの星は、
ロダン本来の発動体は、騎士団を去る際に返却されている。
マリアンナの目は、そこでエリスに移される。
不気味なほど、瓜二つの星辰光。エリスから検出された神星鉄の励起反応。それらを総合して考えるともっともらしい結論はたった一つだけだ。
「貴女が――貴方自身が、魔星でありながら
――第四世代魔星、■■■■■■■の提唱する理論上の魔星。その結実がここに成る。
発動体型人造惑星。ヒトを導き変革を促す銀月の淑女。発動体でありながら、同時に星辰奏者である――文字通り
伴侶に託すという性質においては葬想月華を彷彿とさせながら、単体での戦闘力では死想冥月を、その星の性質においては死想恋歌の在り方を体現していた。
その裡に三相の銀の女神を内包する、銀月の担い手――最新の月の機神。
第四世代魔星などというモノを知りなどしないが、恐らく発動体型人造惑星というそれだけではないのだろうともマリアンナは考える。
ロダンの星が操縦性の面影を残しながら大きく変質していたのは、発動体たるエリスの性質に大きく引きずられたという要因が大きいだろう。
だが、それでも発動体だと考えるならばなぜ、エリスはロダンとそれまで何の接点も無かったはずなのに、外付けの骨格も同然の感応を果たしているのかが腑に落ちない。まるで
……否、そもそも本当にエリスとロダンは
そのロダンの様がまるで魔星のようではないかとマリアンナは息を呑む。
……あの時のロダンの星は間違いなく魔星たるファウストに肉薄していた。今、ロダンはその星を自分の意志で御している。
であるならば、果たして今のロダンは魔星とどのような差異があるというのだろう。
「エリスは休んでくれ。俺が護る。もう傷つかなくていい」
「いいえ、ロダン様。貴方を導くのは私の役目です。……ですからどうか貴方を照らす月と成らせてください」
二人、同じ星を宿しながらともに手を携える。
その在り方に、マリアンナは聞き覚えがあった。まるで。そう、それはまるで――極晃のようではないかと。
だが、同時にマリアンナもリヒターも動じない。だからそれがどうしたと、改めて発動体を構える。
「グランドベル卿、リヒター。貴方方がエリスを傷つけるというのなら、その先は俺が戦う」
「正気ですか、ロダン。彼女は人間ではないと申し上げた通りです。遥かに人間を上回る、星辰体運用兵器です。……貴方は兵器の為に命をかけるというのですか」
「そのためにエリスから女優である事を、エリスの日常を奪うのか?」
「カンタベリーの安寧に兵器に与えられるべきものではありません。私は、この国を護らなければならないのです。……一人残らず、零れる者無く」
「グランドベル卿――いいや、マリアンナ。貴方のその護らなければならない者の中にエリスはいないと考えていいんだな」
どこまでも、話は平行線だった。
互いに国防を、情を論じている。
「製造元も判然としない、人の皮を被った兵器をそれでも貴方は護るというのですか」
「兵器じゃない、エリスだ。……誰がどう定義しても、エリスの本質は絶対に変わらない」
「えぇ。――兵器こそが彼女の本質です」
理解を拒絶するように、マリアンナはそう切り捨てる。
……その心中を晒すことなどありはせず。
「エリスの本質はそんなモノじゃない。誰よりも、純粋で白く美しい。――人よりすこしだけ純粋で、生きるのが下手なだけなんだよ」
その言葉に、エリスは少しだけ頬を緩ませた。ありがとうございます、と、風に溶けてしまいそうなほどにか細い声を出して。
少しだけ見ているリヒターは恥ずかしくなりながらも、そんなロダンに青いなと苦笑いをする。
まるで俺にもそういう時期があった、とでも言いたげに。
「……夢想家だな、ロダン。元からその傾向はあったが、辞めてからはもっとひどくなった。いいかよく聞け。どれだけそのお嬢さんが人間のように見えても、結局は製造元不明の兵器だ。この国に危害を加えないと仮に口約束をしたとしよう。それで? その確証は何処にある。兵器の有する判断基準は? それが人間のそれと同等だと、なんでお前は信じられる」
「何かあってからでは遅い、と?」
「当たり前だろう。兵器なんだぞ? ただの暴漢などとは全くワケも規模も違う。それこそアスクレピオスの大虐殺の再演が起ころうと何もおかしくない。何より、その子は訳ありだ。俺達としても逃すわけにはいかない」
正論が耳にこの上無くロダンには痛かった。
リヒターにもまた、騎士としての矜持があるからこそ引けないのだと同じくロダンも理解をしている。だが、その上で退くことはできなかった。
エリスの帰りを楽しみにしている人間がいるのだから。何よりユダに、ハル姉さんに託されているのだから。
「罪のない市井の笑顔と営みを護るのが騎士だと、俺はリヒターから教わったよ。今、それを実践しているだけだ」
「昔、お前は確か自分をカッコいいと言ってくれた幼馴染の為に強くなりたいと言ったな。……その幼馴染に恥じない答えだと、お前は胸を張って言えるのか?」
リヒターは、恐らく問いかけを間違えただろう。なぜならば、エリスの笑顔と幸せを願ったのがその他ならぬ幼馴染だったのだから。
迷いはもとよりなかった。奇しくもリヒターと同じ構えを取りながら、ロダンは正眼に構える。
エリスもロダンに寄り添い、リヒターとマリアンナに対峙する。
その様は、さながら神曲に謳われる淑女と詩人が如く。
「ああ、
―――
黒い軍服をはためかせながら、
その目に憤激の色を宿しながら、腰に刺した雌雄一対の二刀を構えている。
怒り――その男は眼前の光景に
銀想淑女――まだ罪無きソレに、今まさに騎士たちは正義の為に刃を向けている。
それを是と出来ぬと、その双眸を輝かせている。無道への怒り、庇護すべき存在への怒りが臨界点に達した時、その男の胸には焔が
投身自殺のように、尖塔を飛び降りると、直後全速力で尖塔の壁面を光の如き速度で駆け抜ける
結わえた金の髪をはためかせながら、その威風を肩にかけた外套に託してその男は涙を、遍く悪を焼き尽くさんと進撃を開始した。
それはまるで――かの英雄を連想させるかのような勇壮さで、次々と壁面を踏み砕きながら疾駆する。その進軍を――エリスも、ロダンも、マリアンナもリヒターも、誰一人として知りなどしない。
「
AVERAGE: B
発動値DRIVE: A
集束性:C
拡散性:C
操縦性:B
付属性:AA
維持性:D
干渉性:A
ガス操作・気相化学反応促進能力。
気相の物質同士の化学反応を強制的に促進させる能力であり、本来であれば常温常圧では不活性であるはずの窒素ですらも容易に化合物を形成させる。
窒素・酸素・炭素・水素の反応による爆発物精製、あるいは酸素の化合による強腐食性ガス、爆発性ガスの生成など、非常に多岐にわたる。
純粋な窒素のみの化合による窒素爆弾、あるいはガス操作による呼吸器不全の誘発等といった変幻自在の戦術を可能とする。
六資質についても概ねこれといって突出した得手不得手も無いが他方、このような星辰光の宿命として使い手の発想力が求められることは言うまでもない。
縦横無尽、天衣無縫、まさにリヒターのように飄々としてつかみどころのない星である。