「ウェルギリウス」
「何かしら、ルシファー」
地下秘匿研究区画、その大型フラスコの中でルシファーはウェルギリウスに問いかけた。
安楽椅子に腰かけながら、さきほどまで読んでいた本を棚に納め、ウェルギリウスはルシファーの投げる疑義を聞き届ける。
フラスコに繋がっているいくつかの計器の指示値を眺めながら、ウェルギリウスはコーヒーの入ったマグカップを片手に応える。
「お前の手で最初期に創られた魔星――それが
「えぇ、そうね。始まりと終わりの魔星、ある意味における兄妹機。それが貴方達ね」
「――ならば真なる銀月天は未だに覚醒を果たしていない。それもあっているか?」
ルシファーのその問いかけに意味を、ウェルギリウスは目を閉じながら反芻する。
銀月天。ウェルギリウスの最初期に手掛けた作品、その内の始まりの天の名を冠する魔星、銀月天。
真なる銀月天――今は隔離区画にて眠る一人の少女。第四世代魔星として改修された最新の月の機神に他ならない。
「銀想淑女――
「まだ全容は掴めきれてはいないけど、そうでしょうね。アレは常時発動値を維持し続けているにも関わらず自我の覚醒に至っていない。極めて特殊な魔星よ」
こともなげに、特大の真実をウェルギリウスは認めた。
銀想淑女の正体、それはウェルギリウスの創り上げた原初の魔星の一つである銀月天の星辰光なのだと語る。
「少女の祈りによって形を与えられた、疑似的な自立活動型星辰光生命体――それが銀想淑女。恐らくそういう存在なのだろうと私は推論を立てているわ。……元々私が設計しようとしていたモノは死想恋歌の再現だけれど、顕現した星辰光は全くの別種――むしろ私の当初の設計思想を体現しているのは銀想淑女ね」
「……銀月天の素体となった者と、銀想淑女とでは性格に特に大きな差異がある。単純な触覚、あるいは操縦性による制御のようにも思えん。その星の根源を離れて自我を体得した星辰光など、イレギュラーにもほどがある」
「それも含めて、とても興味深いのよアレは。強いて前例を挙げるとするなら煌翼や冥狼に近いかしら。自我の確立された自分の写し身を形成する躯体複製能力――それはそれで非常に貴重な星辰光よ。前例皆無だもの」
躯体複製能力、それが魔星の少女が宿した真なる星だった。
生前に成りたかったモノに成れなかった事への後悔、自由な体を欲した衝動が生み出した特異な星だった。
だがその上でルシファーは銀想淑女について解せない事があった。
「だがそれでも時系列として説明がつかない。お前が第四世代人造惑星の構想を立てたのも、第四世代として銀月天を設計しなおしたのも神祖共の亡き後だ。銀想淑女が生を得た時期は――地上に現れた時期はそれより以前だ。銀月天の生得的な性質が銀想淑女に引き継がれたのだとしても、疑似発動体型接続機能の実装時期はそれより後だ。共有している理由が知れん」
「恐らく理屈としては素戔王に対する邪竜のようなモノでしょう。太源が機能を追加されているのだから、連座で機能を
「……」
ルシファーはひとしきり、思案するように内容を反芻する。
「納得はできたかしら、ルシファー」
「俺の知性の水準を設計主のお前が見くびったわけではあるまい、ウェルギリウス。不確定な要素は多いが現状の解釈は俺とお前の間に差異はない」
「そう、なら調整を続けましょう。――貴方が其の窮屈なフラスコを出してあげられるまで後少しよ」
光輝の堕天使の名を冠する存在は、今だ
天昇するその時を待ち焦がれ、至高の天を臨みながら、来たるべき
銀月にあろうと、木星にあろうと、誰でもいい。
すべてはルシファーの為に在った。そのための至高天の階だった。
至高の天を戴く者に相応しいのは誰かを、決めるその時をこそ二人は待ち望んでいる。
―――
鉄血の聖女は、焼け落ちる焔の中で生まれ堕ちた。
もう、相当昔の話だった。
行って来なさい、行ってきます。
そんなありふれた挨拶と共に私は村を出て、その日買い物に出かけていた。お母さんとお父さんに頼まれた買い物をしに村を出て遠くへ出掛けていた。
お父さんは少し多めにお金を渡したから好きなモノを買いなさいと言っていた。好きなモノと言ってもいまいち思いつかなかった。
でもそれなら何か、お母さんとお父さんに贈れるものを考えよう。何を贈れば喜んでくれるのだろうか、そう思案すれば自然と私の頬は緩んでいた。
村にはよく、私のスカートをめくろうとする悪童の子供達がいた。私とよく話をしてくれる女の子達もいた。
機関車の一つもない、木々と昔ながらの木造の建物しかない寂れた場所だったけど、それでも私は大好きだった。
例え不便であったとしても優しくて、暖かな暮らしは確かにそこにあった――私がその日、買い物から帰るまでは。
私が買い物から戻ってきたとき、そこに在ったのは地獄だった。
火に包まれ、朽ち果て廃墟と化していた。数人、野ざらしで倒れている人々がいた。
叫喚すらない。この上無く熱いはずなのに、命の気配がまるで存在しなかった。
マリスは、アンジェは、ジャックは何処だろう。お父さんは、お母さんは何処だろう。
あまりにも非現実的な光景を前にして、私は夢遊病者のようにただ村を彷徨った。嘘だ、嘘だと、同じ事を呟きながら彷徨する。
焔も、村の人々も、何も語らなかった。
自分の知っている人々は――村人全員は、息もなく死に絶えていた。
そして、私は私の家に辿り着く。お父さんは、お母さんは。そう半狂乱になって家を探せば、姿はすぐに見つかった。
……変わり果ててなどいない。ただ、その傷口には不気味なほど綺麗な、
もう、母も父も私の言葉の問いかけに答えは返さなかった。
極限の地獄。命の息吹の無いその光景を前にして、少女であった私は慟哭と共に殺された。
どうして、私は彼らを護る事が出来なかったのだろう。
何が彼らの身に起こったのだろう。
もし、これが避けられない運命だとしたのなら、どうして私は彼らと一緒に死ぬことができなかったのだろう。
私は幸運にも生き残ってしまった。私も一緒に死ねばよかったのにと思いながら。
物言わぬ父と母を前にして私の心はついに折れた。
そこから流れ者として皇都に浮浪者として住み着くまでの事はあまり、覚えてはいない。
家族も村の皆も失い、それでもなお死にたくないから生きているという自分の有様にしばしば私は涙を流した。みんなと一緒に死にたかったのに、生き残ってしまった幸運を少しでも私は嬉しいと思ってしまった。
思ってしまってはいけないというのに。
そうしているうちに路銀も尽きた。
道端に倒れる私に、道行く人々は誰も見向き等しない。
当たり前と言えばまあ当たり前だった。ぼろきれ同然の服を着ながら、決して心地よいとは言えないだろう体臭を振りまき髪を伸び放題にしている私など、誰も近づきたくはないだろうから。
朝も昼も夜も、彼らは私を見向きさえしなかった。
「――おや、大丈夫かい。お嬢さん」
けれど人通りのぱたりと絶えた深夜。そんな私に、手を差し伸べる人がいた。
捨てる神が在れば、拾う神もまた在り、とは確か大和の言葉だっただろうか。
金髪の美丈夫で、何処かの貴族や騎士を思わせる様な出で立ちだったその人物は後に私の師となるグレンファルト・フォン・ヴェラチュールその人だった。
「――っ、……!」
「……なるほど、極度の栄養失調か。加えてその様子だと恐らく失声の疑いもある。……そうだ、ならばお嬢さん。俺についてくるといい」
月を背にして、彼は私を抱きとめると悠然と歩きだした。声の出し方さえ忘れた私を、後に師になるその男は連れ去っていった。
私は何処に連れていかれるのだろう。身分も素性もかくしてこの地に来たのだから、きっと然るべき場所に出されるのだろうか。あるいは身売りか。
煌びやかな雰囲気を纏う騎士。学識のなかった私でも聞いたことがあった、カンタベリーには騎士団というものがあるのだと。
かくして、私はヴェラチュールの家の営む孤児院に入る事となった。
道端で行き倒れた、名も知らぬ少女に心を痛め慈悲を与えたヴェラチュール卿。
その慈悲を一心に受けた、後に聖女と謳われるほどに優しくそして強い騎士となった元浮浪児。そんなエピソードは民衆の心を非常に強くとらえた。
あの村の惨劇も含め、神祖亡き後に
どうということはなく、私の村は今は亡きオウカ氏の環境改変実験によって滅んだ。
オウカ氏の遺している研究データからは、そんな味気の無い十数文字によって私の惨劇はまとめられていた。
「実に痛ましい過去だ、……その年で随分に過酷に過ぎる人生を歩んできたと見える。だからこそ、他者に優しく、
私の住んでいた村は山火事で消え去った、そんな話をした時にヴェラチュール卿は心を痛めたように沈鬱な顔をしていた事を覚えている。
果たしてどんな顔をして、その時ヴェラチュール卿は私を眺めそんな台詞を吐いていたのか。
なるほど、真実を知ることなく義務に邁進する様は絵に描いたような
あの村の惨劇の生き残りだった私を、せせら笑っていたのだろうか。どのような気分で私を師弟にしたのだろうか。今はもう、それは知るすべなどない。
私は仇敵であった者達の一人を師と仰ぎ、聖女などともてはやされていた。そんな有様はさぞ滑稽だったはずだ。
神祖亡き後、リチャード卿とシュウ様が中心となり騎士団の再建と再編が行われた。
その際に私は第一軍団へと転籍となった。……リチャード卿とシュウ様からそれらの真実は開示された。
私の力が必要だと、リチャード卿は言った。
同時にそのためには神祖の真実を知る必要があるとも。この国の再建の力と成れるのならば私はそれでよかった。
私の村を奪った所業を許すつもりは毛頭なかった。それでも、神祖の治世が無辜の人々の安寧に繋がっている事。それもまた否定のしようのない事実だった。
神祖の所業に赫怒の念は抱いても、その憎悪を神祖の治世を享受していた咎無い人々に向ける事は本末転倒であっただろう。
そうなるよう、神祖は抜け目なく結果を残している。奪った以上の利益を人々に還元している。自分たちを恨んでも、恨み返しをしてもどうしようもないような構図を創り上げている。
その上、ヴェラチュール卿に拾われた時の腕の暖かさは、私は嘘には出来なかった。私に誰かを救える力と知恵を授けてくれた事、人並みの生活させてくれた事、騎士の心得を与えてくれた事を、私は決してなかった事には出来なかった。
神祖とその治世を憎いと思うのなら助力はしなくてもいいとリチャード卿は言ってくれた。
それだけの事を、この国は私の村に為したのだと言った。
神祖を許すことはできない。私の在るはずだった幸せを奪った彼らを許すことなどできはしない。篭手が軋むほどに、私は拳に握りしめた。逡巡だってした。
消せない怒りは歯ぎしりとなったし、今でも当人らがもし生きていたのならぐちゃぐちゃに引き裂いて肉片の一片まで薪にくべて殺してしまいたいとさえも思っている。
けれど、私の答えは決まっていた。
憎悪を向けるべき相手はもうこの世にはいない。けれど、護るべき民がそこには在る。
私の手の届く範囲であっても誰も奪わせはしない。
焼け落ちるのは、私だけでいいのだから。私が――あるいはリチャード卿から聞く限りでのヴェラチュール卿がそうであったように、人の担える限界を超えた悲しみはいともたやすく人間を変えてしまう。
私のような人間を、私は生み出したくなどない。
総ての悲しみを焼き尽すためにこそ、私は贖罪の焔を手にしたのだ。
―――
「往くぞグランドベル卿!!」
「来なさい、ロダン」
ロダンの銀剣とマリアンナの槍が正面から衝突する。マリアンナの膂力は今ですら、ロダンを圧している。
ちりちりと音を立てながら、銀光に焔が塗りつぶされる事を一顧だにせず鍔競り合う。
マリアンナの膂力はエリスを発動体とすることで疑似的な魔星と化しているロダンですら気を抜けば圧されるほどだった。
ファウストの焦燥も、なるほど今なら理解はできるとロダンは思う。本当に同じ人間だと思えない
「相も変わらず佳い剣ですね、ランスロット卿。とてもロダンは記憶力がいい」
「そうだろうとも。鉄血聖女にそのように賞賛頂けるとは――ロダンの師匠の冥利に尽きるという奴だ」
同時に、ロダンの死角からリヒターは剣を構える。
ちりつく大気は次の瞬間には反応を開始していた。
「加減はできん、見切れよロダン。
瞬時に窒素、炭素、酸素、水素から爆発物を化合させ、同時にそれを推進剤にして爆発的な加速を得る。それがリヒターの十八番だとロダンは覚えている。
マリアンナから剣戟を解いても、リヒターに虚を突かれておしまいだ。だが、彼らが二人であるようにエリスもまたロダンの背を預かっていた。
「ロダン様にこの私が指を触れさせるとお思いなら考えが浅慮と呼ぶほかないでしょう」
「お嬢さん。……ひょっとして生前は鬼ごっこが得意だったかい? 振り切ったつもりだったんだが」
エリスの手から生まれる銀光がリヒターの一直線上の急加速を阻むように放たれるが、それすらもリヒターは読んでいたのだろう。
自分の側面に推進剤を化合、速度を維持したままほぼ直角に進行方向を曲げた。
まずい、そうエリスは予感する。完全に抜かれた、銀光を展開しても遅すぎる。加速速度を落とし切る前に剣はエリスかリヒターに到達する。
続けて耳を裂くような爆発音とともに、二度目の飛翔を遂げるリヒター。
同時に全身には過酸化物、窒素酸化物による極めて毒性・腐食性の高いガスを纏いながら突貫している。
通った後の足元は白化と脆化をしていた。
リヒターを目に移した瞬間に、ロダンは全力で体に力を籠めマリアンナの槍をほんの一瞬だけ押し退かせた。
同時に、リヒターへ銀光の剣閃を放てば劇物の鎧は剥げていた。
次いで、入れ替わるようにエリスはマリアンナと対峙しロダンはリヒターと剣を交える。
「こうして剣を交えるのは久々だなロダン。まさかこんな機会になるとは」
「そうだな。……もう、イップスは治ったのか?」
「御覧の通りだよ、お前の腕が良かったせいでわりと時間はかかった。おかげで団長の面目は丸つぶれだ」
苦々しく感じながらもロダンは瘴気の破れたリヒターと打ち合う。
銀の光が風を掻き消しながら、だが剣の土俵では譲らないとリヒターもまた剣を軋ませる。リヒターの星もロダンを相手にしては純粋な剣の腕でさばききるしかなくなるが、その程度であわてるようではそもそも第Ⅰ位は務まらない。
リヒターの星はロダンの星の糧となり、地形すら変えかねない膂力となってリヒター自身にその脅威を叩きつける。
「お前は物書きをしていると聞いたが、今で体が俺やガンドルフの剣を覚えているという事だろう。元上官としてはそれはもう、嬉しい限りだ。だが切り返しが甘いな、誰がお前の剣を鍛えたと思っている?」
山のような圧の剣をリヒターは子供をあやすように手慣れた剣捌きでいなし、見切っていく。
その淀みの無い在り方に確かにリヒターは自分の師匠であったのだという実感をロダンは得る。
「さぁ打ち込んでこい。お前の気がすむまで俺は付き合ってやる」
「気がすむまで、はエリスに肩入れする事を諦めるまでという意味か?」
「そうだな、アレは野放しにするには危険すぎる。ただの無害な美男美女なら俺はむしろ愛でたいし元部下の恋を応援してやりたい気分だが。……残念だろうが、お前のデートの相手は俺だ。お嬢さんの身柄は渡せない」
「そいつは素敵だなっ……!!」
変質したロダンの星からは元の経験憑依能力が失われていた。その根幹にあった突出した操縦性を基盤とし、全く別種の星に生まれ変わっていた。
それ故、皮肉な事にかつてのように他者の経験や業を奪うなどと言う事は起こっていない。
エリスを発動体とした星辰光の発動とはすなわち、エリスの情動を内包した形での星の発現となる。
エリスの星の性質に引き摺られた結果であるにせよ、その人知を逸した出力と星辰体熱量の操縦性は確かにここでロダンを疑似的な魔星へとその存在の位階を引き上げていた。
これは設計思想からして、何もおかしい事ではない。
なぜならば、淑女とは詩人を天へ導く者なのだから。
「エリス。貴女は私をファウストから生かして後悔していますか?」
「いいえ。ロダン様の求めに応じて私は星を授けたのみです。そして貴女もまた、ロダン様にとっては大事な人なのでしょう。だからこそ私は貴女を討ちたくない」
「なるほど。……可憐で、美しく、無垢。ロダンの感性は恐らくそういう点を佳いと思ったのでしょう」
マリアンナを飽くまでもロダンには近づけさせないように、干渉に次ぐ干渉を以てマリアンナの星を凌いでいる。
出力にしてこちらが勝っている。であるにもかかわらず隙があればマリアンナは食い破ろうとしてくる。
どちらが魔星かまるで分からなくなるほどだった。
「一つ忠告をしておきましょう、エリス。聖教皇国騎士団の中でもごく限られた上位位階の騎士たちは教皇崩御以降、過去の教訓から対魔星のカリキュラムが課されています。ランスロット卿も、私も、その例外ではありません」
「……魔星と知って私と相対せるのはそのような理由でしたか」
「いいえ。そのような訓練が在ろうとなかろうと、私は貴女の前に立ちはだかっていたでしょう」
今も尚、全身を焔で纏いながら、それを爆薬としてマリアンナは加速する。
聖教皇国の対魔星用特殊訓練においては、
対魔星としては万能型のアメノクラトはまさに最高の教科書であるのだから。
だがそれだけではない。
それだけであったのなら、マリアンナは実に凡庸で模範的な戦士に留まっていただろう。マリアンナの骨肉を真に鉄血たらしめているのは、ひとえに精神性に他ならない。
「死想恋歌の残照、あるいはその
「ありません。私には帰らなければならない場所が、舞台があります」
「でしょうね、そのように言うと思っていました。魔星とは極めて情動的に在るモノですから」
「――さながら、まるで今の貴方のようですね。マリアンナ様」
盤上をひっくり返すように、再び戦況は変わる。ロダンとエリスはほんの一瞬すれ違えば、今度はマリアンナとリヒターの相手はそれぞれ入れ替わった。
今日初めて組んだとは思えないほど巧みにロダンとエリスはその立ち位置を入れ替える。
「……干渉性特化型、と言っても死想冥月や冥狼のように星辰体の性質に介入するモノではない、か。星辰光は掻き消せても、発動値の維持は俺もグランドベル卿も出来ている」
エリスからの纏う銀光を、飽くまでも冷静に剣で受け、あるいは見切りながらリヒターは分析していた。
干渉性という資質の究極系は冥王に代表されるように、星辰光の根源たる星辰体そのものへの干渉だ。
魔星としてのエリスは、星辰体の挙動の制御によって星殺しを再現している。
要はするに星辰体の本質にまでは肉薄しきれていないのだ。だからこそ発動値とそれに伴う身体能力の向上をリヒターとマリアンナは喪失していない。
「お嬢さん。グランドベル卿の話の続きだが、そういうわけで俺達は対魔星の訓練カリキュラムを受けている。お嬢さんとの戦闘もそもそも想定出来ていたというだけさ。だがその上で、例えお嬢さんが特級の魔星であってもグランドベル卿とは相性もそうだが相手が悪すぎる」
「貴女方が魔星を相手にする事に慣れているのは分かりました。ですが相手が悪い、とは?」
「何。簡単な事さ。大前提として、そも魔星とは星辰奏者単体ではとてもとても相対せるモノではない。複数人で当たるのが定石だ。その上で――グランドベル卿はその訓練とは言え、団長格を除けば魔星を唯一単身で撃破しているんだよ」
そう、こともなげにリヒターは言って見せる。
訓練用にデチューンされているとはいえ、魔星の単身撃破をマリアンナは成し遂げている。
当人はそれを謙遜するけどなとリヒターは語尾につける。星辰奏者単体での魔星の撃破という偉業は、数える程度にしか例が無いと言っていい。
その事実にエリスは面くらいながらも、それでもなお引けないとばかりに星を高めていく。
「だから別に恥じることはないさお嬢さん。グランドベル卿は強い。彼女の星ならなんとかするのだろうが、俺の星では相性が悪い。集束性による一点突破が出来ない上、干渉性で勝負など当然出来ようがない、か。ならば――」
リヒターは静かにそう言うと、手を宙に翳す。
しゅうしゅうと、大気が集まっていく。化学反応の材料を取り寄せているのだろうと言う事はエリスにも理解が出来た。
「
リヒターの創り上げたモノに、エリスは血の気が引いた。
……アレはどうしようもないモノだと理解が出来てしまったのだから。
純粋な窒素のみが化合してできた、最悪の兵器だ。現存する人類が作り得る爆薬に比してそのエネルギーは凡そ五倍。核というジャンルを含めなければ凡そ理論上の頂点に位置している。
新西暦でも旧暦でも、大気の組成は窒素が主体で材料はいくらでも転がっている。加えて問題となるのは純粋な窒素爆弾とはそもそも化学的に不安定であるということだ。
元々常識的な条件下では起こり得ないはずの化学反応をリヒターは星辰光を利用して促進させている。レあれば、もしここでリヒターの星辰光に対しエリスが星を行使すればどうなるか等言うまでもない。
星辰光によって辛うじて結合を保っていた窒素爆弾は星が解かれれば即座に分解し、それに伴い甚大な爆発を齎すだろう。
星を殺す事も、殺さない事も等しく悪手。故にこれこそリヒターの出した最適解だった。
「ロダンを護りたいというのは俺も等しく同じだ。だからこそ、お嬢さんはここで退いてもらえるか。お嬢さんが無理を通そうとすればするほどに、我々も強硬策をとらざるを得なくなるんだが」
「その程度で勝ったつもりになるのは尚早でしょう――!!」
直後に、エリスはその星の煌めきを強めた。
星辰体の強制的な制御操縦は何も星殺しだけの用途には限らない。その逆、星辰体の熱量を増大させての純粋な力としての投射もまた等しく可能とする。
だが、それにはエリスの操縦性がまだ届いていない。
――そしてだからこその第四世代人造惑星だ。
「だから、俺がエリスの穴を埋めればいい――!!」
ロダンとエリスの深め合う同調が、即座に互いの立ち位置を入れ替えさせる。
エリスの銀光を纏いながら飛び出すロダンは、マリアンナの追跡を振り切り窒素の爆級と酸素の瘴気へと身を投じた。
エリスの操縦性では熱量操縦に限界がある。
同時にロダンの干渉性では星辰体の掌握がエリスほど長けない。
元々、この星光は干渉性により星辰体そのものの挙動を掌握、次いで操縦性により運動量を操作するというプロセスにより星殺しを達成している。
エリスの銀光にロダンのそれが重ねられ、ロダンの剣には身の丈を倍は超えるほどに銀光が立ち上っていた。
二人で一つ、比翼にして連理。足りない穴を補いながら高みに登りつめていく。
立ち上る銀月の極光剣は純粋なエネルギーとしてリヒターの星と睨み合う。
「ロダン――貴方という人は」
「マリアンナ様、どうかしばし私にお付き合いくださいますよう」
同時に、ロダンの妨害を成そうとするマリアンナをエリスが阻む。
この状況に至るまで、何もかもロダンとエリスは噛み合っていた。
エリスとロダンは反射と反射で戦いを演出していく。立ち位置を目まぐるしく変えながら、同時に紙一重で互いの意図を読み取りながら、合わせていく。
対してマリアンナとリヒターも決してそれには劣らない。むしろ正規の訓練を積んでいる彼らの方が動きの精彩と合理性においては勝っていただろう。
だが、エリスとロダンの動きはまるで読めない。自分たちには見えない何かを彼らは感じ取っているのだろうかとマリアンナは訝しむ。
陣形や立ち位置の入れ替えを彼らは合理と経験で、ロダンとエリスは反射で対応している。連携の巧みさはマリアンナ達に軍配は上がるだろうが、稚拙であっても単純に一歩連携で先んじているのはロダン達の方であった。
ロダンの剣が降り抜かれた瞬間に、膨大な星辰体のエネルギーを伴った爆光はリヒターの星をかち合い爆散する。
ロダンの周囲の星辰体は静まりを見せ、リヒターは身を翻してロダンと剣を再度交える
「随分に迷いなく元上司に剣を振るえるんだな、お前は。そう言えばお前は自分の星を大層に嫌っていたな、どういう原理かは知らないが星が変わったからか?」
「答える気は、ないな……!」
「……お前は、そうか。まだ後悔しているんだな」
リヒターは痛ましいモノを見る様な目で、ロダンと視線をかわし合う。
リヒターの視線が、ロダンには辛かった。
「物書きに成りたいというのはそれはいい夢だ。すばらしい事だと思うが、それだけではないんだろう。……お前は俺達第六軍団に負い目を感じて去ったんだ、俺はもうお前を追いはしない。許せロダン、お前を監督してやれなかった俺の責だ」
「……物書きに成りたかったさ、決して嘘じゃないし夢は十分今叶ってる。だが何より俺は何人もの剣を奪った人間だ。その中には俺よりもずっと騎士になりたがっていた人間も、聖書を熱心に読んでる人間もいた。俺はそいつらに顔向けができなかったからあの時逃げたんだ」
剣も言葉も、もう今となっては総て遅い。
袂を別ったのは他ならぬロダン自身だったから。それでも今更になって自分の醜態を思い知らされている。
リヒターは団長を続け、ロダンはⅢの座から逃げ出した。
「逃げている人間ならずっと気に病んでなどいるものかよロダン。お前が苦しんでいるようで、不謹慎であるとは自覚はしているがそれでも俺は安心したさ。お前は、それほどにまだ騎士団を大事だと思っているという証左でもあるからな」
「そっちこそ、相応に苦しんできただろうさ。俺が辞めた後のⅢ位の空席、事態を予見していたろうに解決を先送りにしてきた事への訴追。……俺なら想像したくない」
「まぁなんだ。昔、俺がそうだったからな。騎士姿が似合っていると言った自分の幼馴染の為に、なんて言うお前を応援したくなったのさ。結果がこのザマさ、全く俺は団長に向いていない。……大概甘いのは自覚しているんだがな」
困ったように、どうしてこうなってしまったんだろうなとリヒターもロダンも苦笑いをかわし合う。
「大事だった、それにアンタ以上に団長に相応しい奴なんていなかったさ、今でもそう思ってる。けど、もう俺はそちらには戻る資格はないし、戻る気もない。悪いなリヒター……いいや、ランスロット卿。それでも貴方は――貴方とガンドルフ卿は、俺にとっては今でも最高の師匠だ」
決して、それは過去形ではない。
そしてロダンは自覚する。一度として奪って剣を忘れたことなどない、奪った者がソレを忘れることなど許されないだろうから。
振り放たれる剣戟は火花と銀の軌跡を描き、音を置き去りにしていく。打ち合う間隔はもはや音速へと到達しようとしている。
「ついてこい、ロダン。これでもまだ、お前の師匠を気取ってるつもりなんでな、負ける気は毛頭ない」
「今はもう弟子じゃない。――それについていくも何も、既に先約がいるんだよ。俺を導く女神がいる」
「生まれてこの方、振られた事はそう多くはないんだがお前に振られるのは中々堪えたぞ。色男というのは惚れっぽい分繊細なんだよ」
エリスとの連携を断つことを今度はリヒターは主眼に置く。エリスの援護に回ろうとすると、その度に先回りしてリヒターは抜かせないようにポジショニングをとる。
一瞬の隙を見出して駆けだそうと、爆燃推進によって容易に追いつかれる。
足の運びを巧みに、リヒターはロダンの進路を妨げる。だが。
「――ランスロット卿!!」
耳を裂くような、鋭いマリアンナの声と共にエリスはマリアンナの追撃を脱し、空を舞うようにリヒターの頭上から手を翳していた。
マリアンナの執拗な猛追を振り切り、ついにエリスはリヒターを射程に捉える。
まずい、それでは間に合わないとリヒターは予感した。退こうと爆燃推進でできなくはないだろう、だが地上のロダンの攻撃の方向からして、逃げる方向は決まってしまう。そうなれば空から飛来するエリスの星光が照準を合わせてくる。
「局地的な数的有利を形成する事、それはお前が教えてくれた事だ」
「ですからリヒター様、これにてチェックメイトです」
エリスをロダンは信じていた。
それは理屈などではなく、彼女と結んだ経路があればこそだった。まるで昔から一緒に居たかのような違和感のない連携にエリスを除いた誰もが懐疑は感じている。
だが、そんな事は今は後回しで佳かった。
直後に炸裂する二重の銀光の波濤は――しかしリヒターを呑むことはなかった。わずかに遅れはしたものの、エリスに抜かれた瞬間に駆けだしたマリアンナはリヒターを腕を掴みその場を脱していたのだから。
星辰奏者の戦いとは、そのスピードのスケールは常人では到底追い付くことなどできない。故にわずかな判断の遅れが致命に繋がり得る。
だがそんな遅れなど
「……仕切り直しか」
「そのようですね、ロダン」
焔に包まれた訓練場で、四者四様に相手に向き合っている。
決着はどこまでも平行線のままにつかない。
本来魔星であるはずのエリス、エリスを発動体として疑似的な魔星に昇華しているはずのロダンをして、未だに彼らを打ち破れていない。
それは主にマリアンナの功績によるものが大きいだろう。
もはや事態はここに至り、言葉で解決できる余地は超えただろう。
月の女神の争奪戦の様相すら呈しながら、なおもマリアンナは挑む。
構えられる得物。エリスはロダンに寄り添いながら、共鳴するように同調を深めていく。銀の光を表出させる。
更なる魔星の階段を、二人は昇っていく。その実感をマリアンナは感じる。
「ロダン様。何があっても、私は貴方をお守りいたします」
「あぁ、離れないでくれ」
ロダンは確かに導かれている。その淑女に。
だが――導かれて至る先は何だ。ロダンは一体何になろうとしているのか、エリスはロダンをどこへ導こうとしているのか。
……あの時、ロダンは確かに自分自身の星の出力に耐えきれていなかった。だが、それが今はどうなのだという。
まるで
そんな覚醒を認めてはならない――ロダンを怪物にさせてはならない。
その意志において、間違いなくマリアンナとリヒターは共有していた。
故に、決意と共に両陣営は激突する。
焔の緋色が、銀月の白が交錯するその刹那――第三の色が突如現出した。
時速凡そ三〇〇キロで疾走する怒り。駆け抜けた後の大地を陥没させながら走り抜けていく光の殺意の存在感に彼らは否応なしに意識を反転させられる。
大聖庁へむけてまっしぐらに光のように突き進むその男は、立ちふさがる壁の数々をその二刀で紙屑のように斬り裂き両断しながら直進する。
明日へ明日へ、ただその
「創生せよ、天に描いた遊星を――我らは彼岸の流れ星」
―――
「此処は木の星、第六の天体。光輝満ちる天上の楽園、不遜なりし絶対神よ。我が両眼に無量の天霆を見るがいい。鳴り響け天上の霹靂よ、雷電の調べよ巨悪の楽土に失楽を齎せ。焼け果てた地平に咲く花こそ並び物なき我が宝なれば」
一歩、一歩踏み込むたびに加速していくその男。ユピテル・フォスフォロス。
体表に弾けんばかりの雷輝を纏いながら疾駆する。
「黙示の喇叭が汝の傲慢を此処に裁く、終末の審判は来たり。光輝よ遍く万象焼き尽くせ。飛翔せよ、
抜かれる二刀は次々と壁や建物を斬り伏せていく。
十字に切り抜かれた聖庁の施設の中を無尽に一直線に駆け抜けるとユピテルはさらにもう一度壁を切り抜き建物への不法侵入と脱出をその職員たちの瞬きの一瞬で成し遂げた。
進む経路は一直線、回り道などという小細工を彼はしない。
そして最後の壁をぶち破るとその男はまさに、エリスとマリアンナの激突の渦中に姿を現した。
光を伴いながら、その男は運命の場に参じた。
「超新星――
AVERAGE: B
発動値DRIVE: AAA
集束性:AAA
拡散性:E
操縦性:AAA
付属性:E
維持性:E
干渉性:E
ウェルギリウスの定義するところにおける数理と合理の敵。
その光刃はあらゆる限界を塵芥のように焼却するだろう。
遍く悪を、不正を、歪んだ光を打ち砕き、そしてその最果てに己自身を焼き尽くすためにこそ、男は猛るのだ。