シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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多分これで全体の3分の1ぐらい終わったかなぐらいです
なんとなく察しの人もいそうですが、各話のタイトルは「神曲」を題材にした某グロゲーの影響を少なからず受けています。


神前婚 / Asgard Marriage

 ヴェラチュール卿の下で学んだ日々を、今でも私は覚えている。

 

「ふむ、槍が得意か。であればそちらの流儀に俺も合わせよう。生憎槍は剣と比べればそれなり(達人級)、という程度だがそれでいいなら教示しよう」

 養護施設で、よく私はヴェラチュール卿と打ち合った。

 ある日はカン、と小気味よい槍の柄を蹴る音共に、数回宙を翻る槍をつかみ取って軽やかに構えて見せた。

 またある日はくるくると手の甲や腰で槍を独楽のように回転させながら最後は爪先で宙を舞う槍を掬って手に取って見せた。 

 つまらん大道芸さ、などとそんな所作を披露してみせながらいつも鮮やかに訓練の前に芸を披露して見せる。これの何がそれなり、だというのだろうと思う。

 

 武神の生まれ変わりと称される通り、やはりその武錬は卓越していた。

 手合わせをする度に、まるで別人と戦っているかのように流派が変わる。あるいは定まったモノがない。

 いくつ引き出しが在るのだろう、ひきだしの限りがあったとして何年費やせばその総てを私は見ることができるのだろうか想像が到底つきそうもない。

 彼の業を覚えることは、人が手で土を掬って頑張って山を削るようなものだとさえ思えてくる。

 

「どうした、マリアンナ。息が上がっているが休憩をはさむか?」

「いいえ。そのまま続行します。ヴェラチュール卿」

 汗を何度も何度も拭いながら、幼い頃の私はヴェラチュール卿へと挑んだ。

 力を学びたかった。業を学びたかった。その一身でヴェラチュール卿の槍に食らいついている。

 騎士になって力を得ればもう二度とあのような光景を誰かに見せることはないのだと――見ることになるのは私だけなのだと信じ続けて打ち合った。

 

 孤児院に神祖が千年を生きる超越者である事など、神祖と聖教皇国の()()()()はその時に私は知った。

 知らなかったのは、まさしく裏面だけだった。

 

「いい具合に仕上がってきているとも、斬空真剣と打ち合わせてもそろそろいい頃だろう。共にいい勉強になるだろうしな」

 時折、ヴェラチュール卿は私の鍛錬の相手にベルグシュラインを充てることが在った。

 ……ヴェラチュール卿をして千年に一度の才と賞賛を以って讃えられる最高の剣士。最初に見た時私が感じたモノは、本当に徹頭徹尾剣と言うべきものだった。

 苛烈にして怜悧、緻密にして無欠。端的に述べて怪物的だった。事実、私は手も足も出ずに完敗した。

 このような完敗を喫するのはヴェラチュール卿以外には初めてだった。

 

 ヴェラチュール卿を山脈と例えるならベルグシュラインはまさしく鉱山だ。

 そもそも手で掬って取れるような柔らかさを持っていない。初めから完成されている。

 槍の間合いに慣れていないはずだろうに、槍と体の掠る紙一重を見切り間合いに飛び込んでくる。長柄を得手とする人間が最も接近を嫌がられるタイミングを見計らう徹頭徹尾合理的な剣術だ。

 合理的すぎて、嫉妬すら湧かなかった。

 どのような日々を過ごせばそのようになれるというのか、私には皆目見当のつかない異次元の怪物だったと思っている

 

「マリアンナ、と言ったか。……なるほど、豪胆にして苛烈。聞きしに勝るまさしく剛毅の槍だ。打ち合う腕の痺れが証明している、加えて槍の間合いというモノも新鮮だった。勉強になったとも、感謝している」

「だが同時に算段の無い猪突は控えるべきだろう、貴殿の場合は特にその傾向が強いと見える。それによって虚を生み出すこともあるだろうが、命はいつだとて一つだ。命を賭してまで得るべき価値を創出できる捨身かをよく鑑みる事を薦める」

 顔色一つ変えず、私を打ち伏せても特に達成感もなく淡々と賛辞を述べる有様に私は何も言い返しようがなかった。

 私が彼に勝てなかった理由等、純然にして絶対なる実力ただ一つだった。私が持っているモノよりあちらが持っているモノの方が絶対的に多いのだから、絶対に私は勝てないのだ。

 ベルグシュラインはそれからも時折私と手合わせをする事はあったが、しかしついぞ一本を取る事はなかった。

 

 そのような出会いもありながら、私はついに聖騎士になる日を迎えた。

 養護施設からの門出を、ヴェラチュール卿は祝ってくれていた。それはとても身に余る光栄であり――だからこそ今にして思えば私はとんだ愚か者だったのだと理解ができる。

 

「おめでとう、騎士マリアンナ。未だ秩序の定まらぬ新西暦(いま)においてお前の手を欲する者は多く居るだろう。今こそマリアンナ・グランドベルの本当の旅立ちの日だとも。……総代騎士として必誅神槍(グングニル)の名を贈ろう。誇るがいい、まごうことなくお前は俺が観てきた中で最高の槍だった」

「……今まで浮浪児であった私を拾い育ててくださったこと。騎士としての矜持を教示いただいた事。私の身には余る栄誉でした。貴方の祝辞を私は決して忘れないでしょう。……ですから、私にはその名は相応しくありません」

「……と、言うと?」

 ふむ、とヴェラチュール卿は珍しくきょとんとした顔をしていた。

 まるで本当に予想外だった、とでも言いたげに。おそらく私が生涯で唯一見た、ヴェラチュール卿の呆け顔だった。

 けれども答えは決まっていた。

 

「神の槍等、この私のような下賤が担うには相応しくない名です。……審神聖女(ロンギヌス)の名をお贈り下さい。その名を抱いて、私は貴方の下より旅立ちます」

「聖者を裁いた者、か。――なるほど、佳い名だ。ならば果て無く往くといい、暗夜を払う輝ける焔と成れるよう祈っている」

 それが、ヴェラチュール卿との別れだった。

 例え私の村を焼き尽くした者達であろうとも、ヴェラチュール卿は私の師だった。

 師であり、兄であり、親だった。腕に抱かれたあの日の暖かさ。それだけは私は嘘にはできなかった。それだけは間違いではなかった。 

 

 終末と審判の日、焔と槍で裁かれるのは私だけでいい。それが私という女の正しい末路なのだ。あの日死ぬはずだった運命が、()()()()()()()()だけなのだから。

 

 

「最後に餞別代りに神託という奴でも送ろう、至らぬ師からのせめてもの心と思ってくれ。マリアンナ・グランドベル――いつか()()()()()()()()()が、きっとお前の救いとなる」 

 

 

―――

 

 

 蘇るのは、エリスと初めて同調してファウストと戦った夜だった。

 あの時に俺が星を希った相手はエリスだった、それは間違いなく。

 

 足を踏み出すたびに記憶は蘇る。

 原理は分からない、けれどエリスの星の鼓動を俺は知っている。やさしい凪のような、無限に続く湖畔。

 

 無我夢中であったはずなのに、同時に驚くほどに覚めていた。

 エリスと共に戦う事が、俺にはとても嬉しい事のように感じられた。

 不謹慎だとは理解していても、剣を執って久方ぶりに俺は救われた心地を感じた。

 

 けれども――その最中にグランドベル卿はポースポロスの光刃を直撃させられた。

 傷口を焼いて肉を繋ぎとめてポースポロスへ二度目の致命打を叩きこんだ執念は驚嘆すべきだが、それでもそんなモノは奇跡でもなんでもない。

 地に横たわるグランドベル卿に俺は駆け寄った。

 

 

「グランドベル卿!!」

「ロダン……」

 腹から流れる血は空気に触れて赤黒くなっていく。グランドベル卿は裂かれた腹を抱えながら空を仰ぐ。

 文字通り血の気が遠ざかっていく感覚を味わっているにも関わらず、未だ体を起こそうとしている。

 

「ロダン……それにエリス、といいましたか。なぜ貴方達が私を案ずるのです」

「そんなことは今はどうでもいい、早く手当を――!!」

「まったくロダンは優しい。……そんな事だから貴方達は見誤るのです」

 グランドベル卿の腹は真一文字に裂かれている。それを強引に自分の星辰光で焼き繋げて肉と肉を溶接したのだ、見た目は肉が繋がっているように見えているだけでこんなモノはその場を誤魔化すだけだ。

 グランドベル卿はうっすらと呆れたように笑うとともに、俺は首に冷たい感触を感じた。

 

 

「悪いがロダン、そう言う事だ。――グランドベル卿、約束は果たしたとも。これでいいんだろう?」

「……えぇ。迷惑を掛けます、ランスロット卿」

 冷たさの正体はリヒターの剣だった。至って平静なリヒターの声、グランドベル卿の言葉に俺ははたと気が付いた。

 この混乱の中でさえ最終的な目標をグランドベル卿は見失わずにリヒターに託したのだ。

 ……ポースポロス――木星天との戦いにおいてまず俺達が意識をさせられたのはグランドベル卿とポースポロスであり、リヒターは黒子に徹しながら行く末を見計らっていた。

 だから自然とリヒターの事も意識から抜け落ちた。グランドベル卿は自分が相打った時の事まで考えて、そうリヒターに託したのだと思う。

 

「お嬢さんも下手に動かない方がいい、ロダンの首がつながるかは嬢さん次第だ。無理を通してもいいだろうがその前にロダンの首が落ちる」

「リヒター様、貴方は……」

 エリスは眉を歪ませながらもしかし同時に星を振るえない状況に陥っていた。

 状況から見れば騎士たちに盾突き在ろうことか大聖庁の中で甚大な被害をもたらした当事者だ、そう考えると今ここで俺の首が繋がっている事の方が不思議なぐらいなのだ。

 

 それからほどなくして、グランドベル卿はぐったりと肩の力が抜けた。

 眠るように目を閉じてそれから一言も問いかけに反応しなくなった。……嘘だ、と嫌な予感が総身を奔る。

 こんなことは在ってはならないはずなのに。

 

「グランドベル卿っ! ダメだ目を開けてくれ!! 貴女はここで死ぬべき人じゃないだろうがっ!!」

 グランドベル卿。

 俺の知る中で誰よりも優しく、誰よりも強かった騎士。無辜の人々を護るために戦ってくれた人の最期がこうであってはならない。あっていいはずがない。

 だというのに今の彼女の熱の感じられない体が彼女の末路を暗喩しているかのようだった。

 

「お前達が俺達を受け容れるというのならグランドベル卿は速やかに手当をさせるとも。だからロダン、お嬢さん。もし真にグランドベル卿を慮るというのなら今すぐここで矛を収める事だ。事態を最も早く収拾するのならそれが最善である事ぐらいは察してくれ」

「……」

 拳を握って、力の限りたたきつけた。

 グランドベル卿は決して進んで俺達を害そうとしたいわけではなかったのだろう。

 けれどエリスに女優を続けさせたいと、姉さんの傍に居させてやりたいと無理を通そうとごねればごねるだけ事態は先延ばしになる。

 

 

「……グランドベル卿のたっての願いでな。ポースポロスとかいう野郎との戦いの最中に結んだ。渋ったり結論を引き延ばそうとするようなら例え誰であろうと()()()()()()()()()()()とまで言ったんだ。そちらがこちらの要求を呑まない限りはグランドベル卿は死ぬ、呑むようならグランドベル卿は生き延びるだろう」

 呆れた事に自分の生死さえグランドベル卿は交渉材料にして俺達を確保しようとしていた。

 その十重二十重の抜け目の無さに呆れさえ浮かんでくる。……確かに俺は俺の倫理観故にグランドベル卿を見捨てる事が出来ない。

 それはエリスの自由とグランドベル卿の命を天秤にかけるようなモノであったからだ。

 それでいいのなら存分に苦悩して結論を先延ばしにしろと、お前に第三の選択肢等もはや降ってこないのだとリヒターは言っている。

 

 当然だ、俺には出来るわけがない。そこで即断できるほど俺はエリスとグランドベル卿に優劣をつけることも割り切ることもできない。

 言い方を変えるならばグランドベル卿は「エリスを渡さないなら私は自害を選ぶ」と言っているのと同等なのだ。俺がどうこたえるか等、ハナから分かり切っているだろうに。

 

「ロダン様、貴方の答えに私は従います。ですからどうか、迷われませぬよう」 

 エリスはそう言って、俺に答えを委ねた。

 ……エリスも同じくどうしようもなく、俺の言葉が予想できてしまったからなのだろう。

 何度逡巡しても堂々巡り。答えはやはりどうしようもなくて俺は震える声でこう答えた。

 

 

「……リヒター。分かったよ従う。エリスも、今は従うしかない」

「済まない。その決断に敬意を表すよ騎士ロダン。決して悪いようには扱わない、それだけは騎士として約束させてくれ」

 項垂れながら俺達は騎士団に従うしかなかった。

 続々とリヒターの合図とともに伏せられていた騎士たちが現場に駆けつけていく。

 エリスも、俺も、手枷を嵌められ、グランドベル卿も救護の騎士たちが運んでいく。

 

 

「済まない、エリス」

「いいえ、ロダン様。……それもまた、星のなりいきでしょう。誰を選ぶことも、きっとこの場で正解ではなかったのでしょうから」

 二度も、俺はグランドベル卿に負けたのだ。

 一度目はグランドベル卿の力と心に。

 二度目はグランドベル卿の覚悟に。

 

 心技体総てにおいて完全なる敗北だった。

 

 

 エリスと俺は捕らえられた。

 リヒターに連れられた先は応接の間より厳重な、要塞じみた地下施設だった。

 壁材はおそらくはアダマンタイトだろうか。俺の首元にはやはりリヒターの剣は依然突き付けられたままだ。

 同時にそのエリスはイワトが観ている。腰にかけた刀に手をかけながら、俺達の一挙手一投足を観察している。

 イワトについては、特に俺はエリスの事を伏せたこともあり不信の目で見られている自覚はある。

 

 ……グランドベル卿はすぐさまに治療に回されたと聞いている。

 

「……リヒター。俺とエリスは何処に連れていかれるんだ」

「何、聴取の続きだ。ただし前みたいに窓ガラスを蹴破られても困るからな。対星辰奏者用の特殊施設でな、副長官が建てたモノだ。……ちなみにここを使うのはお前達で初めてだ」

「それは聞きたくなかったな……」 

 アーク灯だけがただ無機質に鋼の監獄を照らしている。

 ……分かってはいる。仮にも俺は騎士団に喧嘩を売ってしまった人間だ、こうしてまだ口を利く自由を認められているだけでも恩情深い措置なのも分かっている。

 

「……対星辰奏者・星辰体運用兵器用特殊装甲収容所。正式名称を機鋼氷牢(ニヴルヘイム)という。千基以上に及ぶ星辰体運用兵器を内蔵した特殊監獄だ、例えお前やお嬢さんでも逃げられるような作りはしていないと副長官からは聞いている」

「じゃあ最初からこっちに連れてくればよかったんじゃないのか」

「無論それも考えたが監禁しますと言わんばかりだろう、こんな場所は。そうなれば誰とて逃げる。それに当初から俺達は平和的な解決をこそ望んではいたさ」

 殺風景な地下牢の終点。そこには、あの応接の間の時のように、オフィーリア副長官が佇んでいた。

 ……言うまでもなく、もはや初対面などではない。

 あの時とはまた違う距離感があった。そこからはリヒターもまた傍で控える。

 

 鋼の机で依然資料を読みながら、オフィーリア副長官は俺達に目を向ける

 

「グランドベル卿共々、随分とイレギュラーがあったようね。まずは謝りましょう、手荒な真似をして済まなかったわ」

「頭一つ下げて償った気分になるとは、エリスにした所業を随分安く見積もってくれたな」

「えぇ、……返す言葉はないわ。グランドベル卿に確保を命じたのは私よ、和平的な解決を望んだのも事実だけれど。それでもやはり、結局はこうなるのでしょう」

「……エリスをなぜそこまで目の仇にする。エリスがお前達に何をしたんだ」

 エリスはあの時ひどくおびえていた。

 死想恋歌(エウリュディケ)死想冥月(ペルセフォネ)葬想月華(ツクヨミ)。そんな単語だったと記憶しているし、恐らくそれらはエリスにとって何より大きな意味を持つ言葉なのだとも思う。

 

「その前にまず認識のすり合わせをしましょう。……ロダンさん――そしてエリスさん。改めて聞くけれど魔星という言葉について何か知っていて?」

「……エリスから聞いた以上の事は知らない。死人を材料にして作った人造の機神、常軌を逸した資質と戦闘力。そんな所だ」

「概ね正しい解釈でしょう。……そしてその技術はアドラーが元々基礎理論を完成させた。アスクレピオスの大虐殺、第二太陽の異常接近は知っているでしょう。アレを起こしたのがアドラー産の魔星だという事ははっきりしているわ」

「前例が示されている、というわけか。だからアスクレピオスの大虐殺の再演が起こるとリヒターも言っていたんだな」

 魔星がアドラー発の技術なのだという事は、俺は初めて知った。

 アスクレピオスの大虐殺には魔星が関わっているのだということについても。恐らく眼前の副長官はこの場にいる誰よりも知識があり、事の真相に近い人物なのだろう。

 

「エリスさん。貴女はなぜ魔星の真実を知っていたのかしら。……普通、魔星について知る人間は相当限られるはずよ。まさかそれでも、ただの舞台の女優と言い張るつもりかしら」

 エリスに向けられた懐疑の視線に、エリスは苦々しい顔をしながらも首を縦に振って首肯を返した。

 

「……賢察の通りです、オフィーリア様。銀月天(ルナ)――あるいは銀想淑女(ベアトリーチェ)。それが魔星としての私の名です。魔星や聖戦、大戦、神祖滅殺(ラグナロク)。それにまつわる真実も、総ては私の創造主から与えられています」

「……貴女の創造主、というのは?」

「断じて言えません。……特に、ロダン様には」

「それは設計上の機能ではなく、自由意志による選択としてと捉えたわ」

 エリス。火星天(マルテ)水星天(メルクリオ)木星天(ジオーヴェ)――そして銀月天(ルナ)。それら総てと関わりのある、事態の渦中に坐す人物。

 彼女は今も尚、真実を明かす事は無かった。

 

「……死と運命を司る銀の月乙女達。貴女の躯体はそれらを参考にしているのでしょう。……星の死を齎す死想恋歌、星に希った死想冥月、星を授ける葬想月華。月を映す銀の髪に他の追随の一切を許さない干渉性。貴女の正体は()かしら?」

「私もまた木星天、水星天、火星天と同じ至高天の階(エンピレオシリーズ)の一人――故に銀月天。彼らを滅ぼすためにこそ、私は月の運命を授かりました」

 至高天の階。その一人であるのだと、エリスは言った。

 ……それはそれで驚きではあったが、しかし同時に疑問も生じる。

 火星天と同類――つまりは製造元が同じであるというのならなぜ火星天や水星天と相争っていたのかという事にもつながる。

 

「至高天の階――なるほど、彼らはそういう一団なのね。エリスさんは、火星天や水星天とは元々仲間だったのかしら?」

「……正しくは私の創造主が、彼らと同じ者から創造された魔星でした。煌翼、あるいは冥狼。それらと私は在り方としては近いと言えるでしょう。銀月の天たる創造主の星辰光によって生み出された者。月の繭を破り出でた者――それが銀想淑女、エリス・ルナハイムです」

 彼女の言う創造主の星辰光から生まれた存在。

 意志を持つ星辰光など、俺は前例を全く知らないがふむふむとオフィーリア副長官は頷いている。どこか見覚えがあるとでも言うかのような様子で。

 煌翼、冥狼。その言葉は恐らくは俺以外のこの場にいる全員には何かしら意味を持つ言葉なのだろう。

 

 

「……その話を聞く限りでは、貴女の創造主の原初の衝動は恐らく――自由な体、ないしは理想の自分が欲しい、と言ったところかしら」

「私の創造主は、私を至高天の階とは関わらせないようにしていました。私達のような怪物と関わり合いになることなく、生まれたからには自由に生きなさいとそう彼女は言ってくれました」

「劇団員になることが、貴女の夢?」

「彼女の気質や魔星としての機能、記憶も幾分かは引き継いでいるのでしょう。彼女も大舞台で女優になる事が夢だったと言っていましたから。……それでも、たとえ借り物であったとしても大切な夢です。彼女の夢を彼女に見せたいのですから」

 彼女、とそうエリスは語った。

 演劇が好きな子、そう語る彼女の創造主に少しだけ既視感を覚える。……今はもういない、不治の病の冒された少女の事を連想してしまうから。

 

「……戸籍も渡航歴も、星辰奏者になるための施術歴もない。当たり前でしょうね、貴女の出自はそもそも人ではないでしょうから。複雑怪奇なその正体は今は置いておくとして、貴女の創造主や至高天の階――彼らは何処で創られ、そして何が目的なのかしら」

「申し訳が在りませんが私は知り得はしません。創造主は、それを頑なに秘しています」

「……言えない、というわけではないのね、それは安心したわ。貴女や報告にあった水星天、火星天の完成度、木星天のあの装束を見るに、恐らくはアドラー産と考えるべきかしら。事実、それらを製造し得るノウハウを持っているのは少なくともアドラーを除けば秘蹟庁ぐらいなものでしょうから」

 確かに、それは分かりやすい結論だ。一夜にして経緯不明ながらヴェラチュール卿や教皇スメラギはこの地上を去った。今のカンタベリー聖教皇国は吹けば崩れるとまではいかないまでも、少なくともアドラーに抗し得るだけの力はないだろう。

 確かにこの推論にはリヒターやイワトもふむと納得はしている。

 魔星を送り込み、迅速に制圧。予想外のイレギュラーはエリスの誕生であり、それを始末しなければならないから火星天らはエリスの敵となっている。

 筋書きとしては何ら破綻はないだろう。……だからこそ結論が安直すぎる。そうなるように()()()()()()()としか思えないほどに筋は通っているのだ。

 

「いいや、副長官。だとすればアドラーの仕事が杜撰すぎる。木星天なんかは明らかだろうが、手綱を握れていない星辰体運用兵器を普通放し飼い同然にするか? 違う筈だ、アドラーだからこそこの点においてはむしろ信頼できると言ってもいい。いくらなんでもやってることが雑過ぎる」

「――奇遇ね、ロダンさん。私もそう考えているわ」

 そこで、薄く副長官は笑った。

 全くの同意だと。リヒターとイワトは少し面喰ったような表情をしているが、しかしふと我に返るとそれもそうかと半信半疑ながら頷きを返した。

 

「……ここで重要になるのは、魔星製造のノウハウね。アドラーはたしかに本家本元、けれどその情報は英雄崩御の後にある程度流出している」

「アドラー以外でも作れる可能性はある、と? だが副長官、そのような事を可能とする人物――あるいは組織はあり得るだろうか?」

「そうね。だから今日明日にでもアドラーのさる使者に木星天の事も含めて事の真偽を尋ねるつもりよ。……なんでも、シュウ様やリチャード卿とは()()()()()()だとか」

 イワトのさしはさんだ疑問は尤もだろう。

 実際、俺もそこが分からない。アドラーが飽くまで一番可能性としては高いというだけで事実というわけではない。

 

「……とまぁ、今この場で考えても仕方がないでしょうから話題を変えましょう。どの道この件に関してはシュウ様とリチャード卿に任せるのが筋でしょうから。……至高天の階、とは何か、貴女の生い立ちも含めより詳しく教えてもらえるかしら。エリスさん」

「はい。……私がこの地上に生を受けてユダ様に見出されユダ座で働くことになった折りの事です。至高天の階――その一員たる火星天、水星天の襲撃を一度受けたことが在ります。彼らの目的は……私も未だに分かりません。辛くも逃げ出し皇都周辺に落ち延びましたが」

「……人造惑星(プラネテスシリーズ)に対する至高天の階(エンピレオシリーズ)。天動説における十の遊星天、それに対する地動説における天体。なるほど、名前からして作為的ね。どこまでも星辰天奏者(スフィアライザー)の絵図をなぞっている」

 ……歌劇や文芸作品に詳しい人間ならば恐らく一度は聞いたことがあるだろう。

 火星天、木星天。「神曲」の天国篇における詩人ダンテが淑女ベアトリーチェに導かれる途上に訪れる遊星天の事だ。その旅路の果て、最後に至高天への到達を以ってダンテの旅路は幕を下ろす。

 そのような話だった記憶がある。

 

「茶化すつもりではないけれど、エリスさんはロダンさんの事を何時から知っていたの? その馴れ初めを教えていただけるかしら」

「……」

 エリスはその言葉に対して決して「俺と目が合った日」と即答はしなかった。

 あるいは、それよりもっと以前から俺を知っているような態度で口ごもっている。

 

「エリスさんが一緒にハル・キリガクレ氏の屋敷への出入りを始めたのはつい最近。それ以遠からロダンさんは極秘に追跡調査が行われていたけれど、やはりその時にはエリスさんと知り合ってはいなかった。物理的にそもそも接点はなかったと言ってもいいでしょう」

「……けれど、俺はエリスの星辰光を使っていた」

「えぇ、それがおかしな話なの。グランドベル卿を手当する前にランスロット卿から聞いた話では、彼女は魔星は魔星でも、ロダンさんの発動体としても振舞っていたとか。にわかに信じがたい事ではあるけれど」

 ……無言の肯定をエリスは返している。

 発動体型人造惑星――言ってみれば確かに奇異だが納得できる側面もある。星辰光とは人間の情動が描くモノだ。

 エリスと感応していた俺の星が変質していたのは恐らく人間ではないエリスの方が人間の俺より情動(エゴ)においても性能としても優位になっていたからだとも言える。

 俺が本来ならば持ち得ていなかった干渉性の資質もエリスの属性に引き摺られた結果であるとも考えられる。

 

「……今のロダン様ならお分かりの通り、私はロダン様の発動体であり同時に魔星です。ロダン様に火星天と相対する時に星を授けたのも、その原理によるものです」

「だがおかしいだろう。発動体は元々その人間専用のものであり星辰体のエネルギーが絶えず往還しているというのが常識だ。だが俺はエリスとそれに類する関係を持ったことはない」

「私もランスロット卿の話を聞いたときにはそれがどうしても腑に落ちなかった。……けれどエリスさん、ただ一つこれを合理的に説明できる契機が貴方達には恐らくあった。そしてそれはこの聖教皇国であれば()()()()()()()()()事のはずよ」

 俺達の関係の本当の始まりを合理的に説明できる契機を、副長官は恐らく知っている。エリスもまた知っている。

 ちらりと横目で俺はエリスを見ると、エリスも意を決したようにこくりと首を振る。唯一、俺は物理的にエリスと逢う以前からエリスを知る機会があったのだ。

 けれど、それは。

 いや違う。エリスとよく姿が似通っているだけの夢の中の女のはずで。

 

 

 

神天地(アースガルド)創造事件――星辰神奏者(スフィアブレイバー)、グレンファルト・フォン・ヴェラチュールの極晃によって私はロダン様と出会いました。……ロダン様。貴方の夢で見た少女とは、私の事です」

 

 

―――

 

 明かされたのは極晃、神祖、あるいは魔星。それらの真実だった。

 どれも、字面は記憶が出来ていてもいまいち頭に入ってこない。風のようにすり抜けていくばかりだ。

 オフィーリア副長官とエリスの説明もいまいち理解がおぼつかない

 

 神祖滅殺の真実も、星辰神奏者も、そんなこともどうでもよかった。

 

「……夢が符合したのはそう言う事です。あの時、貴方が私に手を伸ばしてくれたことも、私の名前を叫んでくれた事も、私は覚えています。星辰光で編まれた仮初の肉体は、例え膳立たとしても極晃に一瞬でも私と貴方で至った瞬間に完成されてこの地に焼き付いた」

「なるほど。とすれば納得できることはあるわ。活動する星辰光というモノの前例は煌翼や冥狼――他ならぬ神祖がその代表格。そして冥狼であれば冥月、煌翼であれば蝋翼と言うように、その星を祈った者がいる。……天を巡る詩人と淑女。ロダンさんとエリスさんの関係は形は違えどまさにそれらそのものでしょう」

「私という生命は恐らくそういう存在なのでしょう。少女から願われて生まれて間もない私は幽霊のようなものでした。けれど、ロダン様が私の手を握ろうとしてくれたからあの時私は命として地上に生まれ落ちたのです。その時、私とロダン様の間には星の縁が結ばれたのだと思っています。元々、私の機能は誰彼構わずに発動体となれるわけではないですから」

 ……エリスは、あの夢の中で別離を遂げた少女そのものであった。

 俺の夢などでは、決してなかったのだから。

 

「ロダン。お前はなんて顔をしてるんだ。鏡を見てみろ」

「あ……」

 俺の目は知らないうちに涙を流していた。

 きっとそれはエリスの為に流れた涙だったろう。

 

「……そうか。お前は、だから俺に会いに来てくれたのか。それが、エリスの真実か」

「はい。……あの夢の中で、握ろうとしてくれた貴方の事を私は忘れたくなかった。そして貴女も、私の事をずっと忘れないでいてくれました。……ありがとうございます、それだけでも私は満ち足りています」

 エリスは頬を染めながら、そう笑いかけてくれた。

 それが俺は嬉しくて、こんな状況であっても少しだけ嬉しかった。ただそれを少しだけ呆れたように副長官は見つめている。

 リヒターは苦笑いをしながら顔を背け、イワトは何に感心したのかを知らないが感じ入るように目を閉じている。

 

「貴方達の関係性と星のからくりはよくわかったわ。……エリスさんの人となりも。だからそのお熱いのは控えた方がいいと思うわ。私のような偏屈な人間にはまぶしすぎるのよ、貴方達」

「全くだ、副長官。元部下とは言えこういうノリは俺は苦手なんだよ、自分が年を食ったのを自覚させられる」

 ……そう指摘されると改めて、少しだけエリスと気まずくなる。

 ……エリスは本当は俺とは初対面ではなくて、随分に昔に出会っていて――そこで少し気になる事が在った。

 副長官の言葉では極晃とは星辰光の上位に当たる存在であり、人が生涯の果てに見出す命の答えであると。

 その極晃奏者との激突によって起こったのが英雄崩御であり、同時に神天地の破綻であったのだ。

 

「副長官の話によれば星辰神奏者の星によって生まれた極晃奏者は皆一様に極晃を喪失したんだったか。だけど俺達は恐らくそうじゃないんだな?」

「そうね。貴方とエリスさんの特殊な星辰光の発動形態こそが後遺症検査における貴方に認められた特異な傾向だったのでしょう。……貴方の元々の星はたしか他人の戦闘技術のトレース。であったならそれが極晃となった場合はどのような属性を帯びるのかと考えるの自然でしょう。加えて、ほかの人ならいざ知れず、エリスさんは確かに純正ではないにせよ魔星よ。だから神天地の影響が解けた後でも何等かの形で高位次元との接点が残留している……と考えるのが合理的ね」

 俺達は、決して極晃奏者という奴ではない。けれど、神天地の影響は間違いなく残留している。その縁があればこそ俺達は出会えた。

 ……それが例え、絶対神の掌の上での神前婚であったとしても。

 けれど、問題はまだ解決していない。

 

 エリスの正体、それは納得はいった。けれども、今の俺達の処遇はまだ決まっていない。

 俺の懸念を察したのだろう。ゆっくりと、副長官はそれについて口を開いた。

 

 

 

 

「……エリス・ルナハイム。アレクシス・ロダン。両名の処遇はまだ決めかねている所だけれど、当面はこの大聖庁の監視下に置きます。故、今後の如何については第一軍団及び秘蹟庁の預かりと致します」

 

 

 

 

 

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