シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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ある程度、諸々の事実が明らかとなります。


七冠序篇 / Purgatrio

 エリスを俺は結局自由にはしてやれなかった。

 結果としては俺達がしたことは単なる暴走で、その上正体不明の星辰奏者であったエリスを庇い立てし騎士団に盾突いたのだ。

 牢に入れられるには罪状は十分だ。

 

 

「ごめんな、エリス。どうにもならなかったらしい」

「いいえ、ロダン様。貴方は私の為に尽くしてくださいました。その結果なら私は受け容れます」

 エリスは当面地上に帰ることはないのも事実だろう。

 エリスと俺は更なる監獄の下層へ。それが第一軍団と秘蹟庁の下した決断だった。

 言うまでもなく特級の魔星であり、星殺しの性質も含めて妥当な処置だったとしか言いようがない。そうでなければグランドベル卿は無駄骨だったということになってしまうのだから。

 名目としては逮捕や収容、などではなく飽くまででも()()()()()()()()()()、及び保護、ということらしい。

 リヒターから聞いた限りの話では、そのように劇団や姉さんにも話は行っているらしい。……劇団に関してはハナからエリスが星辰奏者だと知っていた上で皆黙っていたのだから、場合によっては法に抵触しかねない部分はあったろう。

 とは言えそれを取り締まる事で徒にエリスを刺激するのも、魔星相手にやる手じゃないと理解はしているのだろう。加えて口裏さえ合わせれば故意性について問う事は難しい。

 

 副長官とリヒターから言い渡された処遇は大きく分けて三つ。

 外出の自由は基本的には認められていない。

 監視役を一人つけた上でエリスか俺のどちらかしか外出が出来ず、俺達の本当の処遇については他言は出来ない。要は片方が出払っている間はもう片方が人質となれ、と言う事である。聖庁内であればエリスと入れ替わりでなくともある程度の移動の自由は認められている。

 エリスが元々は劇団員であるという事に関する配慮もあるのだろう。

 最後に、エリスの躯体の技術解析に対する協力。これは当たり前に魔星としてのエリスの特性の解析だ。誰がどのような目的でエリス――ひいてはエリスの創造主を創り上げたのかという問いにもつながるのだから。

 エリスもまたそれを拒絶はしなかった。当然ながら乗り気なわけではないものの、彼女も自分自身を通して創造主について知りたいと願っている。

 

 俺達の収容場所にあたるアダマンタイトの壁材の無機質な部屋には、それなりに上質なベッドや椅子や机があった。

 決して粗末ではないが、そこには温かさというモノが欠如していた。囚人と言うよりはまるで実験室のようであり、実際副長官のエリスの検証作業に関する協力も俺達の義務に含まれていた。

 エリスを悪し様には扱わないと副長官は述べていたがそれもどこまで信用できるかが分かったモノではない。

 

 

 ……わずかに青みを帯びた白色の灯に照らされた収容室に、俺達は腰を預けることになった。

 

「済まないな、特にお嬢さんには迷惑をかける」

「私とロダン様を拉致同然に収容していながら迷惑の一言で済ませるのですねリヒター様は。私が出自を伏せていた事を棚に上げるつもりはございませんが、それでも私は決して進んで貴方方に危害を及ぼすつもりなどありませんでした」

「……責めは受けよう、許してくれ等しなくてもいい。何を言われたとてお嬢さんの存在は聖教皇国にとって決して無視はできない。それだけは分かってくれ、その上で言い訳にならない事は重々承知だが可能な限りの最大限に自由は保障している」

「そうですか」

 リヒターに向けたエリスの語気は刺々しかった。

 ともすれば早く出ていけとでも言っているかのように、眦は鋭かった。どことなくエリスの気分を察したのだろう、リヒターは足早に踵を返す。

 木星天、水星天ほどではないにしろ刺々しさは感じる。

 

「リヒター。グランドベル卿はどうしている」

「……療護院の話では、とりあえず急場は脱したらしい。安心するといい、じきに回復はするだろうさ」

「……なら、よかったよ」

 少しだけ、ほっとした。グランドベル卿の無事は俺も強く願っていた。

 

 

「……ロダン、それから嬢さん。ここは狭苦しいだろうが元気にしていてくれ。こんなことをしてどの口が、と思われるだろうがそれでも聖教皇国は今現時点ではお嬢さんとロダンの味方だ。それは信じてほしい」

 言って、リヒターは地下室から去っていった。

 それから、気まずい沈黙がエリスと俺の間で流れる。きっと、聞いてみたいことも、かけたい言葉も、山ほどある。

 あるけれどもどうしても最初の一言を言えない。

 エリスももじもじとしながら太ももに拳を置いて視線を下に向けている。

 俺の出方をうかがってるようで言葉のフェンシングでもしているかのような気分になる。これを恐らく人は駆け引きや交渉術などと言うのだろう。

 

「あの」

「あの」

 ……考える事も一緒だったか、声が被ってしまった。

 また、気恥ずかしい気分になる。……俺はこういう気分になったことは、子供の頃にハル姉さんと遊んでいた時以来だった。

 喉の奥に形の無いなにかがつかえてもどかしい。

 

「……エリス」

「はい、何でしょう。ロダン様」

 やっと、エリスに最初の第一声をかけてやれた。

 

「エリスは、確か人間じゃないんだよな?」

「その通りです。……ロダン様だけには、知られたくはありませんでした」

 膝抱えて、顔をそこに埋めるエリスの表情はどこか陰りが在った。

 意志し行動する星辰光がエリスだと言われても、俺にはいまいちピンとは来なかった。

 星辰光が人それぞれが定義する星の光なのだとすれば、彼女の体はきっと月の残照と優しい願いで出来ているのだろう。そうでなければきっと、エリスがこれほどに美しいはずがない。

 

「俺は平凡な生まれだからエリスの気持ちはきっとわかりはしない。けれど、エリスは自分の生まれを恥じているんじゃないんだろう。少なくとも、エリスが自分の創造主という奴を語る時にしていた表情はそういう類のものじゃなかった」

「……えぇ。私は、彼女を誇りに想っています。何より彼女は私に意志と自由を与えてくださいました」

 窓のない、青白い灯下での彼女はその憂い顔も相俟って冷たくて神秘的だった。

 けれどもその上で、やっぱり憂い顔に由来する美しさは肯定されるべきではないと思う。美しく見えるのはいつだって第三者で、当人にとっては何一つとして快いものなどではない。

 一人でいる孤独とは物理な孤独だろう。だが開放された世界の中での彼女は、人の社会の中に在って人ではない者としての――社会的な孤独だ。

 何をどうしても彼女は結局人間にはなれないのだから。

 

「……きっと、私の創造主の理想像が私なのでしょう。人格形成にまでは影響しなかったにせよ、根底にある趣味や嗜好は彼女のモノを引き継いでいます」

「生後にして凡そ一年もない、と言う事か。道理で」

 ……彼女の創造主がどういう人物なのかなど計りようはない。

 彼女が純粋なのだと評した俺とユダの見識は間違いなく正しかった。なぜなら彼女は生まれたばかりの赤子も同然なのだ。ヒトの情緒や機微への若干の疎さはそこに由来するのだろう。 

 

「月の殻を破り出でた先は空虚で冷たい、真っ暗闇。けれど、そんな折に貴方と私は出会った」

 神なる地平――神天地。

 そこで、俺達は共に星を見た。

 

「……殻を破ったばかりの私を、貴方が見出してくださった。けれど――」

「俺が、手を離してしまったから」

「いいえ、神天地は破綻しました。さすればどの道神前婚も何もあったモノではないでしょう。けれど、それでも貴方は私に手を伸ばそうとしてくれた。夢幻であったはずの私と共に星を描き、私に夢の続きを見せてくれた。……私こそ、貴方の手をずっと握り返したかったのです」

 意志する星辰光という、陽炎のような命を俺は共に星を描く事でつなぎとめた。

 その瞬間に彼女は一つの命としてこの地上に生まれ出でた。……銀月天の殻から真に羽を得て飛び立った。

 

「共に描いた時に得た星の縁(星辰情報)から貴方の固有の星辰波長を解析、創造主から与えられた機能を元に貴方に星を授けました。……火星天の時も、マリアンナ様の時も」

 エリスは、俺の手へと手を添える。

 鋼などではない暖かい、人の熱を確かに掌に感じる。少し、胸の奥が疼くような、そんな気分になる。

 けれどもその熱は俺が勝ち取ったものなのではない。 

 

「……膳立てされて俺はお前に出会っただけだ。俺は何の運命も持ち合わせてはいなかった。騎士を辞めた、ただの売れない物書きでしかなかった。俺よりも、きっとお前の手を握るに相応しい誰かはいたんじゃないのか」

「かも、しれません。貴方より知性と品性に秀でた人はこの世のどこかにいたでしょう」

 ……俺よりももっと素晴らしい人間はきっといたのかもしれない。

 極晃を創星する極晃。総代騎士ヴェラチュール卿――絶対神、グレンファルト・フォン・ヴェラチュールの辿り着いた答え。

 絶対神の導きで彼女は俺を選び、俺は彼女の手を一番最初に取った。……それは本当に、俺が勝ち取った運命であったと言えるのか。

 彼女の手を取る結果に釣り合うだけの何かを俺は本当に持ち合わせてなど、いなかった。

 

「ロダン様は聡明なのですから、対価と成果が見合っていないと思っているのでしょう。ロマンチストとしての貴方は事象は認めている。けれど絶対神のお膳立てで昇った――自分の労力を費やさずに得た高みを、リアリストとしての貴方は認められない」

「別に対価と成果を不可分だなんて言うつもりはないよ、何事も疲れたり苦しんだりしない方がいいに決まってる。……だけど成果を得る過程の決断や苦労があるからこそ、人は成果に対して愛着や責任を持つんだろう。過程があるからこそ手放したくないと思うし、それを誇りに思うんだろう。何の労力もなく、ただ投げて渡された答えの何に重さが宿るというんだ」

 俺がエリスと逢った事。それはとても大事なことなのだと思う。

 けれどもそこに至るまでの葛藤や決断というモノが根本的に欠落している。出された書類にサインをすれば降ってくるような幸福を俺は素直に喜ぶ事が出来ない人間なのだろう。

 何よりそれは、エリスに対し無責任ではないのか。

 

「……ロマンチストですね、そしてとても真摯です」

「俺の心を読んだのか、悪趣味だな」

「考えている事は概ね分かります。それに貴方と私は一身同体ですから。貴方との経路を介して感じる星辰体の揺らぎから、貴方の考えている事の概ねは感じ取れます」

 胸のあたりに彼女は手を置いて、暗に私の心臓は貴方と繋がっていると示唆する。

 俺にはそういうしたものは感じ取れない。……エリスが俺よりも生命体として上位の存在だからと言う事もあるのだろう。

 

「幾度か貴方へと語り掛けた事はご存じでしょう。ファウストと戦った時も、そこから貴方が倒れた時も、貴方に語り掛けられたのは私の機能によるものです」

「アレは俺の夢でもなんでもなくて、お前の力だったんだな。……人知れず、ずっとお前は俺を護ってくれていたんだな」

「私が貴方と出会わなければ、そのような事をする必要もなかった。私の都合に貴方を巻き込んでしまった事をお許しください。……詰る資格はロダン様にはあるでしょう。それでも、私は貴方に逢いたかった」

 極晃を共に描いたのだから、彼女を他人なのだと思えないのは当然の事だ。

 だから理由が分からなくても――あるいは欠落していても、彼女と初めて劇場で出会った際に強い衝動を覚えたのだろう。

 

「初めからそう言ってくれればと思ったが、それならそれで俺はお前の言葉を信じることはなかったろう。よく出来たおとぎ話、と思うだけだろうしな」

「……私の真実を知る事で、貴方も至高天の階と関わる事になる。彼らの目的は知り得はしませんが、それでも彼らは私をつけ狙っている。その道連れに恐らく貴方も選ばれてしまった」

 木星天や火星天、水星天。

 天動説における十の遊星天の名を冠する魔星たち。彼らについても、俺は何一つとして知りはしなかった。

 けれど、火星天と水星天はエリスを突け狙っているのに対し、木星天は少し毛色が違った。

 

「火星天や水星天はともかく、木星天は何かこう……違う感じじゃなかったか」

「認めるのは業腹ですが木星天の目的は私と同じく徹頭徹尾、至高天の階全機の抹殺です。そのように創造主からは伺っていますし、実際彼自身過去にそうだと私に言っています」

「……エリスも、やっぱり至高天の階を全員倒す事が目的なんだな。だったら――」

 木星天と協力できるのでは、と言おうとしたのを読んでいたのだろう、エリスは珍しく嫌悪を隠さず眉を歪めて拒絶する。

 単なる個人としての好悪、だけではないのだろう。

 

「無理です。言った通り、彼の最終目的は私を含めての皆殺し。創造主から与えられた命の尊さを理解しているからこそ私は生きたいのです。何より見たでしょう、彼はまともに手を取り合える手合いに見えますか?」

「……見えないな。表層が取り繕えてるように見えても、結局はやる事は変わらない。平静そうに見えても四六時中恐らく憤激している」

 あの苛烈極まる戦いぶりは覚えている。グランドベル卿でさえ守勢に回らざるを得ない、圧倒的な暴力。

 集束性と操縦性に特化した荷電粒子の光刃の威力はズタズタにされた訓練場の壁が物語っているだろう。

 加えて、グランドベル卿が致命の一打を加えた際に見せたあの狂気としか思えない光景も。アレらの根幹をなしているのは強靭極まる精神力だろう。

 どういう原理で成し遂げたかはともかく、気概だけで事象を砕く等尋常な真似ではない。

 

「エリスの言う、創造主からは何か聞いてるのか」

「火星天、水星天――彼らは至高天の階と呼ばれる魔星群である事。創造主自身も至高天の階であるという事しか聞かされていません。彼らの目的については、何も。彼女は今も、私に何も真実を明かしてはくれません」

「……ちょうど、エリスが今まで俺に対しそうであったようにという奴だろう。それに創造主という奴はお前にあんな化け物連中なんかと関わり合いにならないでほしいと思っていたんじゃないのか」

 エリスの話題に時折出てくる創造主の人物像については、どことなくエリスの態度から察することができる。

 創造主の話題を出す時に過度に彼女は畏まることはなく少し表情が柔らかになる。厳密な上下関係というモノはない、友人同士のような気楽さを感じる。だとすれば、恐らくその創造主の意図するところは俺に対するエリスの今までの態度と同じようなモノだろう。

 エリスがそうであるというのなら、逆説的にエリスの創造主もエリスと似ている部分はあるはずなのだから。

 

「何より、エリスがそうなんだからきっとエリスの創造主もエリスを大事にしているはずだ」

「……モノは言い様、ですかロダン様」

「自分の事を棚上げにするのは佳くないぞエリス。何より淑女らしくないじゃないか」

 ……頬を膨らませて露骨にエリスは不機嫌になった。

 その態度に関してはとてもかわいらしいと思う。

 

「創造主が決して私を信用していないわけではない事は分かっています。けれど、それでもやはり私もまた、貴方と同じように真実を知りたい。……分ったでしょう、私は至高天の階についても自分の出自についても、それほど把握はできていないのです」

「かと言って、騎士団に助力を請う事もまた今の状況がそうなっているわけだから出来ない、と。……当たり前だな、多分至高天の階と同類のお前と創造主がどういう目と扱いを受けるかなんて言うまでもない」

「……私の創造主を除く至高天の階を私は滅ぼしたい。――そしてその果てに私もまた、真実を知りたい。なぜ、誰に、創造主が創られたのか。至高天の階の目的とは何かを知りたいのです」

 創造主の口から語られないというのなら、自分で知るために動くしかない。

 ……火星天も水星天も、敵対者だ。孤立無援、と言うべき状態で頼れる存在は自分だけしかいない。その孤独は、人の身には理解が及ばない。

 

「ロダン様。私は、貴方に対して秘密を今まで抱えてきました。貴方様に迷惑をかけてきました。知られたくない事も、一杯知られてしまいました。それでも貴方は明日から私と何も変わらずに接していただけますか?」

「無理だよ、エリス」

 エリスの言葉には、俺は頷きかねる。

 少しだけ傷ついた顔をしている。だけどそういう意味ではない。決してエリスを恐れているわけではないいし嫌いなわけでは猶更ない。

 

「……変わらないままじゃダメだろう。それじゃああの夢から――神天地から何一つとして俺達は進んじゃない。例え始まりが誰か(絶対神)にお膳立てされたものだったとしても、これから少しずつでもいいからお前を知って、時間を重ねていきたいんだ。知らないまま、変わらないままよりは、そうしていたい」

 

――― 

 

 次の日の事だ。匂いのしない、収容室で俺は目を覚ます。

 エリスは俺の場所とは離れたベッドですうすうと寝息を立てながら寝ている。機械式時計の示す秒針は午前の六時を示している。

 

 気持ちよさそうに寝ているエリスを起こすのもあまり気が進まないと思っていたのだが、彼女も少し遅れて目を覚ました。

 

「おはようございます、ロダン様」

「あぁ、おはよう。エリス」

 エリスは小さく口を開けてあくびをしているが、俺の視線に気が付くとすぐに口を閉じてあくびを呑み込んだ。

 ……どうやら、女性としての隙を見せるのが許せない性質らしい。少しだけ恥ずかしそうにしている。

 

「別に、気にしないよエリス」

「そういう問題ではありません。貴方は昨日言ってくれたでしょう、私を知りたいと。……貴方に知ってほしい私は、このような私などではないというのに」

「知れて良かったと俺は思うよ。いつもエリスにはやり込められてばかりだったしな」

「やはりロダン様は心のどこかで私を馬鹿にしているのですね」

 エリスは激怒した、といったところだろうか。エリスの事をまた知る事が出来た。

 思えば、エリスとプライベートの空間を共有するという事は今の今までほとんどなかったと言ってもいい。

 エリスの素顔というものが少しわかった気がする。

 

「もう、いいでしょう。目はちゃんと覚めました。……外出の許可は私達の内どちらか一人でなければ下りないようですが、今日はどうするのですか?」

「エリスが出たいなら、エリスに任せるよ」

「では、本日はロダン様がどうぞ」

 監視つきだが自由にでられるのだったか。そう言えばそういう制約となっていた。

 エリスを一人にするのは少しだけ、憚られる。

 

「いいのか、エリス」

「私は早々にオフィーリア様の検査と分析があると聞いています。ですからそうですね。もしユダ様とお会いする事があれば明日、不定期とはなりますが劇団に復帰すると伝えてください」

「分かった、もし会えたらそう伝えておくよ」

 劇団に戻りたい、と言う彼女の意志はよく伝わる。少し焦っているようにも感じる。

 それだけ彼女はあの場所が好きだったという事なのだろうか。……姉さんの家にも、劇団にも、ちゃんとエリスの居場所はある。そう思うと少しだけ安堵した。

 

「行ってくる。エリスも元気にしてくれ」

「えぇ。行ってらっしゃいませ、ロダン様。お待ちしています」

 挨拶を交わし、収容室を出ると病室じみた、音のない鋼の廊下が続いている。

 俺の足音だけが、ただ冷たく明瞭に響いている。

 

 階段を昇っていくと、次第に少しずつ空気は暖かさを帯びていく。地上に近いという証拠だろう。

 守衛は特に誰もいないようだが。しかし出口に差し掛かりエントランスに差し掛かるとそこにはグランドベル卿が腕を組みながら俺をまっすぐ見つめていた。

 たしか手当を受けている最中のはずだったがそれはいいのだろうか。

 

「……グランドベル卿、お早いご退院で」

「そうですね。今の情勢を鑑みるに、休んでなどいられないでしょうから。第一軍団団長にも許可は取っています。おかげで今は問題ありません」

 許可はともかく、彼女の体が本当にそうだと言えるのかは怪しい。グランドベル卿の気質を鑑みるに、恐らく相当無理を押して今ここに立っているはずなのだが。

 

「外出ですか。なら今日は私の監視が付きますがそれでよろしいですか?」

「いいよ、異存はない」

 けれど、グランドベル卿は俺を伴って、装甲監獄を出た。

 ……雲一つない、新西暦の晴天。けれど傍らにいるのはエリスではなくグランドベル卿だ。

 

 

「ロダン。監視付きの外出は認める、と言いましたが申し訳ありません。私の私用に付き合って頂けますか?」

「拒否権はないんだろう、そも監視殿がいないと俺は出歩けないんだろうしな。……それで、どこへ?」

 エリスの言伝、という役割も別にそこまで時間の要する事ではない。

 姉さんにも会いたい所ではある。

 

 だから、グランドベル卿の願いについては頷き快諾した。

 けれど、その行先は意外と言えば意外で。そして決して俺にも縁がないわけではない場所だった。

 

「……今は亡き――私の師の営んでいた孤児院の跡地です」

 

―――

 

 

「ここが、グランドベル卿の生まれ育った場所か」

「正確には私が師に引き取られた場所です。元々は過疎地の山村に住んでいましたから」

 寂れた、風化しかけた赤茶けた壁肌が特徴的な建物だった。

 今は無人で、年季を感じさせる建物の壁と、生え放題になった雑草が、ヴェラチュール卿の死から経た時の流れを感じさせる。

 

 けれど、リヒターから話を聞いたことはある。神祖と言われる彼らの実験によって彼女の村は滅んだと。

 そしてそんな彼女を拾ったのその神祖の一人にして絶対神、ヴェラチュール卿であったのだとも。

 

 そんな孤児院の庭に、ぽつんと墓――のようなものが立っていた。

 そこまで豪勢な作りではないが、そこへ向かってグランドベル卿は歩いていく。

 

 墓前に到着すれば、そこには碑文が刻まれていた。

 

 ――その剣武においてカンタベリーの天蓋を支えた者。

 ――その叡智においてカンタベリーの未来を見通した者。

 ――そして時を超えて神として在った者、ここに眠る。

 

 刻まれた名前はグレンファルト・フォン・ヴェラチュール。……新西暦の絶対神として君臨するはずであった、そしてエリスと俺を出合わせた男の名前だった。

 

「……これは、ヴェラチュールの家が?」

「いいえ、ヴェラチュールの家は既に断絶しています。ですからこの墓を建てたのは私を含め、かつてヴェラチュールの教えを受けた者達です。……遺体は、当然ながらありませんが」

 墓前を彼女は指さして、そう言う。

 怒りも、喪失の悲しみも、全てが綯交ぜになった表情だった。

 

「……私は神祖オウカの実験で村を失いました。その後、私はヴェラチュール卿に引き取られました」

「宿敵の一味であったはずの者に、知らないうちに引き取られた、と」

「我ながら滑稽なものです。彼らの手ほどきの通り、私はよくできた騎士として成長した。……殺したいほどに憎んでいます。――今も尚、どうしようもなく、私は彼らの流血を望んでいる」

 少しだけ軋む、彼女の拳。

 彼女の顔には涙こそ流れていないが、後悔と怒りが、ただ彼女を肩を震わせていた。

 

「……けれど、それでも私はヴェラチュール卿の子弟です。私は騎士としての、人として力と生き方を彼に教わった。彼に救われた恩を、私は無かった事には出来ない。……何より、悲しむ顔を――悲しみで変わってしまう人を私は見たくはない」

「だから、今も貴方は騎士を続けているのか。神祖の去った、この国津の大地(カンタベリー)で」

「彼らへの憎しみは理屈では消せません。けれど、彼らの護ってきた国と人々に罪はない。……私は聖女であり続けなければならない。それがヴェラチュール卿への、返礼であり抵抗です」

 グランドベル卿にしか分からない感情というモノが在るのだろう。

 憎悪も、尊敬も、等しく捧げている。

 けれどそんなグランドベル卿の姿が、俺にはひどく痛ましいモノに思えた。

 

「グランドベル卿は、どうして進んで自分から苦しもうとするんだ。エリスと戦った時も、木星天、火星天と戦った時も」

「……」

「……いいや、違う。むしろ、貴方は自分が最も苦しむ道しか選べないようにさえ思える」

 以前から彼女より感じた、その歪みが今は分かる。

 彼女はどうあっても、その場において最も危険度の高い選択肢しかとらない。火星天の時も、魔星に対して彼女は単騎で猛然と立ち向かっていった。

 苛烈なまでの決断力――そして自己を省みない進撃は確かに自らを擲ち義務に邁進する高潔な騎士を思わせる。けれど彼女を突き動かす根源はけっしてそれだけではないのだろう。

 

「私の村は、神祖によって滅びました。村の人々の断末魔も痛みも、こんなモノであるはずがない。彼らが死んで、ほんの少しの幸運で私は今こうしてのうのうと生き延びている」

「……」

「あの焔の中に私は還りたかった。彼らと共に、焼かれて死にたかった。だから、私が死ぬのは正しい運命が履行されるだけの事でしかないのです。ですから、貴方に心配される価値のある人間などではありません」

 絶望を籠めた声色に、俺は何も言えなかった。

 彼女が還りたかったモノは平穏な日常ではなく、かつての村の人々の下だ。

 もう声も届けられない彼らに償い続けるために今も彼女は戦い続けている。誰にそう在れと望まれたわけでもなく、ただ痛みだけが彼女の救済となっている。

 

「私が痛みを忘れた時、……それが私には死よりも恐ろしい。だからこそ私は苦しむべき人間なのです」

 彼女はヴェラチュール卿の墓前に花を添えて、背を向ける。

 きっと、彼女はこの先も苦しみ続けるのだろう。

 痛みだけが、彼女と過去を結ぶ。苦しまなければ彼女は生き残った自分を許せないのだろう。

 

 

 

「誰よりも憎んでいます。そして誰よりも敬愛しています。貴方と貴方達の遺したこの国を、私は私の命が続く限り護ります、千年の旅路はその身に堪えた事でしょう。ですから今は安らかにお眠りください、我が師よ。――今でも私は、貴方に育てられた槍ですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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