シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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次話名は「晃星神譚・星界戦線」となる予定です。


Q、エンピレオ世界ではミツバのババァはどうしていますか?
A、木星天の話を人づてに聞いた瞬間に真顔になりました。ご愁傷様です。


星の断章 下 / Break the shell

「秘蹟省副長官、オフィーリア・ディートリンデ・アインシュタインです。本日はよろしくお願いいたします」

「シズル・潮・アマツと申します、こちらこそどうぞよろしくお願いします」

「ジェイス・ザ・オーバードライブ。堅苦しいのは無しにして本題に入ろうや」

 かつては蝋翼と煌翼の誕生に関わり今は司法取引によって再び研究者の道を歩んでいるというシズル・潮・アマツ。

 そしてかつて神祖滅殺を担った一員であった第三世代型人造惑星でもあるジェイス・ザ・オーバードライブ。

 

 仮にも私もまた聖教皇国を代表している者としての自覚はあるつもりだけれども、いざ対面するとその巨躯に気圧される。

 まさしく名にたがわぬ巨人ぶりといった所だろう。凜烈とした意志力を宿した目も、彼の在り方を雄弁に語っている。奇縁あって聖人認定され、そしてシュウ様とは良く分からない男の友情という奴を育んでいるとも、リナ様からは伺っている。

 

「ではまず。一昨日聖教皇国内で存在が確認された木星天(ジオーヴェ)を名乗る人造惑星についてね」

()()()()()()()()()だとかなんだとかで天秤は騒然、しかもただのパチモンかと思ったら俺と同じ事をやらかしたと聞いたらコールレインの旦那は卒倒しかけてたな、ありゃご愁傷様だ。――で、そちらの言いたい事はなんだ。包み隠さず言ってみな」

「では、お言葉に甘えて貴方の胸を借りるとしましょう。……光の魔星、あの光輝の特徴は英雄や煌翼に非常に傾向が酷似している。その上でのあの魔星の完成度は常軌を逸している。失礼を承知で単刀直入に聞くけれど、貴方達軍事帝国アドラーの差し金かしら?」

 ……私としては、当然可能性としてはそれが一番大きかった。

 ロダンさんも言っていたように、アドラーの仕事としてはあまりにも雑だが同時に技術的にアレだけの完成品を創り上げるノウハウは何をどうしてもアドラー以外の候補が挙がらない。

 私自身、この推理は正しいとは思っていない事は百も承知だ。

 

「英雄亡き帝国において、その後継を渇望されて生み出された者こそ木星天。英雄の後継にして天頂神(ゼウス)と同じ属性を持つ木星の眷星神(ユピテル)。魔星群の試験運転として大虐殺よろしく神祖亡き後の弱体化したカンタベリーを征圧するために試験投入された――といった所だと私は推論しているわ」

「……なるほど、道理は通っちゃいるな。アンタの立場ならいの一番に考える線だ。……で、どう思う?」

 ジェイス氏は決して一笑に伏しなどせずに、少し思案で頭を傾けながらシズル氏にそう意見を仰ぐ。

 ……私がハナから見当はずれの推論を述べて反応を探ろうとしていることなど、あちらはお見通しなのだろうか。シズル氏は白々しいと言外に含ませながら私を見据えている。

 

「帝国がカンタベリーを討つのだと考えるとまずは後顧の憂いを絶つことが先決でしょう。第一に神祖無き後のカンタベリーであっても私達は決して軽視はしていない。下手に戦力の配分を傾けて背後から刺されるような事があっては笑い話にならないもの」

「……かつて、彼らと相対した事があるからこそ、かしら」

「そうとも言えるし、……何より下手に事を構えた場合今度は調停者(スフィアブリンガー)がどう動くかが分からないもの」

 曲がりなりにも、公式の記録ではシズル氏はかつて豪槌磊落を相手にしていたはずだし、同時に超人大戦の渦中では烈震灼槍もいたはずだ

 彼らの姿を見てそれでもカンタベリー恐るるに足らず、などとは決して言えない。

 加えて、三国の均衡を下手に崩そうとした場合星辰界奏者がどう動くかを考えなければならないだろう。

 現存する極晃奏者は滅奏、界奏――それに加えて烈奏。彼らの動向を考えた場合、例えアドラーであろうとも下手に事を成すべきではない事は明白だ。

 

「そう言う事だ、ウチはまぁシロではあるんだがそれでも諸々の疑惑って奴はどうしても拭えないのは事実さ。例えば――お宅らからの話だとなんとその木星天って奴は閣下と接続したんだったか?」

「その通りね。私も最初は聞いたときは信じがたかったけど。だからこそ私は報告を聞いたとき最初は貴方達の差し金かと疑ったのよ」

「……無理もねぇな。俺がアンタの立場なら真っ先に疑って当然だわ」

 閃奏との接続機能は第三世代人造惑星――他ならぬ眼前の限界突破が第一号だ。

 そもそもとして魔星製造のノウハウ自体、アドラーが長じているのは道理だ。

 それに準ずるとすればかつて神祖と呼ばれる者達がアメノクラトの量産に成功しているカンタベリーをおいて他にはない。……だが技術部門を統括する立場にある私が把握する限りではそのような企みは今のカンタベリーには存在しない。

 レディ・アクトレイテにも調査を依頼中ではあるものの、私に極秘裏でそのような研究を行っている部門等存在しているとは聞いたことがない。

 

「道理として、残る可能性は貴女達カンタベリー聖教皇国自身という事になるわ。けれど、閃奏と接続できる理由が私には分からないわ。カンタベリー発の魔星に、英雄が極晃を授けるなんて原理からしておかしいもの」

「だが裏を返せば逆にこうも考えられるんじゃねえのか? ……接続した原理はともかく、総統閣下が接続を許す理由があった、てな」

 英雄の神話を肉眼で見てきた人間だからこその説得力でもある。

 原理を考えるよりも、英雄の動機から探っていくことが近道になるのではないか、とジェイス氏は言っているのだろう。

 そこでシズル氏は、ふと思いついたように口を開いた。

 

「魔星の素体となった人間がアドラーにゆかりのある人物であり、かつその木星天という名前の魔星がアドラーの国益となるように動いている場合はどうかしら。……認めるのは複雑な気分だけれどそれでも英雄は並大抵の特異点ではないもの、少なくとも帝国の利益にならない場合や社会通念的に悪と言える存在に星を許す存在ではない事は明らかよ」

「悪か善か、と言うと間違いなく後者に属する人物、という事なのね木星天は。……閃奏の視点から木星天の目的や正体、人間性を逆算する――確かに盲点だったわ」

「とは言っても、あの閃奏よ。英雄が実際は何を考えてその木星天という名前の魔星に接続を許したかだなんて、それこそ英雄しか知り得ないわ。……私は今でも英雄の考えなんて分からないし、分かりたいとは思わないもの」

 ……言葉尻に辟易の色が見える。彼女の過去からしてみれば無理もない事だろう。

 英雄の視点など只人が共有できるはずもなければ模倣できるはずもない。ジェイス氏もそれは仕方のない事だろうよと、腕を組みながら目を閉じる。

 てっきりシズル氏の言葉はジェイス氏の逆鱗にふれそうだと思ったが、そういうわけでもなかった。

 

「……ありがとう、とても参考になったわ。とりあえず、一旦は木星天については貴方達の疑いは晴れた、と言っておきましょう」

「どういたしまして――と言いたいところだが、本題はここからなんだろ。副長官さんよ」

「そうね。第二の議題――銀想。ジェイスさんの言う――品の無い言い方になるけど模造品(パチモン)よ。貴方達アドラーが創り上げた原初の魔星、月乙女の星辰波長と非常に酷似した性質を持つ魔星の事についてね」

 ……英雄に対する木星天、月乙女に対する淑女。その二つを考察するにおいて、アドラーの技術の潮流とは切り離せないだろう。

 光と闇の二つの模倣が今カンタベリーにおいては存在することになるのだから。

 

「こっちも、結論から言えばウチはシロだ。俺も月乙女の量産計画なんてモノは聞いたことがねえ」

「でしょうね、干渉性特化型はそもそもそちらには干渉性の完成形たる冥王がいるもの。わざわざその劣化品を作る動機が薄い」

 これに関しては私は最初から帝国は黒幕ではないと考えていた。

 エリスさん――より正しくはエリスさんの創造主は、恐らくアドラーへの帰属意識は持っていない。

 アドラーへの帰属意識を持つのならエリスさんの人格形成にも影響を齎しているはずだ。

 実際、エリスさんの分析に関してアドラーに関する話題を時折振った時も、さして彼女は関心を示す態度をとらなかった。

 

「それと、そういや発動体にもなる魔星、なんてよくわからん話もあったな。そっちはどうなんだよ」

「それに関してはそちらに話を聞くのが恐らくは適任でしょう。――単刀直入に、一人の研究者として意見を仰ぎたいのシズルさん。他者の発動体でありながら自らも星を振るえる魔星というモノは製造可能かしら?」

 この会談に際し、私がシズル氏へ出席を求めたのはこのためでもあった。

 第二次創星計画に携わった、魔星の技術領域に極めて近しい技術者だからこそ私は意見を仰ぎたかったのだから。

 

「……可能、とは言えるでしょうね。ただし飽くまでも試作品レベルでの話よ。星とは祈るモノでしょうに、自分の祈りに他者の祈りが混じればそれだけ著しく()()が下がるわ。もしそんな試作品を十全の性能で扱えるペアがいたとすれば、まさしく運命の二人と言えるでしょうね」

 ロダンさんの星の変質を促しながら、同時に自分自身も突出した魔星へと変貌を遂げていた。

 ……アレですら、エリスさんが主体となっていることからも分かる通り、アレですら恐らく()()()()()()()()()。同時にだからこそ、その齟齬を真に埋めきった時ロダンさんとエリスさんはどうなってしまうのか、それが私にはわからなかった。

 

 

「私見にはなるけれどその銀月天の製造者は、極晃を創星したかったんじゃないのかしら」

「聞かせて頂戴、シズルさん」

「奏鋼や第二次創星計画に携わっていた身だから推測できるけれど、発動体はある意味で星辰奏者と最も身近と言える存在よ。それが意志と実体を持つ存在であったなら、当然相互理解の速度や深度も高くなる。魔星に単なる暴力装置としての機能を求めるならアプローチとしてはそもそも第一世代人造惑星で完成されているもの、魔星を作る人間が今更昔の通過点を目指しているわけがないでしょう」

 ……ロダンさんとエリスさんは確かにグランドベル卿の話では魔星ですらない何かならんとしているように見えたと言っていた。

 二人で一つの星を共有する在り方、相互に意志を通わせる事で高みを目指す事。……確かに、シズル氏の話は理があると言えた。

  

「少なくとも魔星であるという時点で天元突破の資質についてはクリアしている。発動体としての神鉄の所有者がどういう扱いになるかは別として、それでも高位次元接触用触媒もクリアしている。――そして最後の関門たる勝利を共有する他者。これも当然それなりにハードルが低くなる。第二世代が極晃奏者の雛型、第三世代が極晃の汎用化であるのなら……」

「――さしずめ銀想淑女は第四世代型人造惑星。そのコンセプトは極晃の養殖場、あるいは極晃への案内人、といった所かしら」

「そう、でも所詮は推測よ。どういう目的でそんな魔星を作ったのか、作った人間は魔星製造のノウハウをどこで学んだのか。肝心な部分は未だに不明よ」

 話の筋は、確かに通っている。

 極晃という星辰奏者の最高到達点が明らかになって以来、つまりは第二世代以降からは極晃と魔星はきっても切り離せない関係にあると言ってもいい。

 だからこそ、エリスさんのあの機能はあるのだろう。エリスさんの根源たる銀月天が誰に創られた存在なのかは今はまだ計りようはないけれど。

 

「魔星がいるという事は、魔星を作った人間もいるという事よ。……魔星設計の手腕といい、所謂私達が定義するところによる第四世代型人造惑星の着眼点といい、それだけの知を何を為すために養ったのか私には計り知れない。きっと、貴女たちの言う木星天と銀月天の創造主の思惑は人知の及ぶところではないでしょうね」

 かつて第二次創星計画に携わっていた身である事からも、思うところはあったのだろう。

 彼女はそう言って、眼鏡の位置を直しながら続ける。

 

「人が秩序や倫理に挑む時――それは例え挑んででも成し遂げたい望みがある時よ。そうしたモノが木星天や銀月天と言われる存在の創造主にはある――あるいは、()()()()()()と私は考えているわ。魔星の本来の製造方法は本来、死体を材料とすることだから」

「ま、あんま考えなさんな。今の俺達には手がかり皆無なんだ、脳内労働が苦手な俺に比べりゃむしろアンタらは良く考えてる方だ」

「ごめんなさい、限界突破(オーバードライブ)。それもそうね」

 堕ちたアマツの才媛とかつて呼ばれた彼女の慧眼は今でも健在だった。彼女はこの曖昧な情報の断片から確かに創造主の輪郭をおぼろげながらも捉えている。

 銀月天や木星天を設計した人物、恐らくすべての黒幕。

 そんな人物は、私の知り得る限り消去法では一人しかいなかった。

 

「魔星を創造出来得るだけの卓越した頭脳を持ち、倫理観に乏しく、今も尚かつ行方の知れない人物――それらに当てはまる人物、貴女には見当はつくかしら。オフィーリア副長官」

 

 

―――

 

 私はイワト様を伴って、外出した。

 今日は劇団の皆さんに挨拶をしたい――けどその前に私は御姉様の屋敷に立ち寄りたいとイワト様にそう告げた。

 そう言えばたしか、彼は御姉様と面識があったというけれど

 

「……ハル嬢の屋敷か。良いだろう、私としてもハル嬢の顔は見ておきたいからな」

「ありがとうございます、イワト様。……時にお聞きしますが、イワト様は御姉様の御知り合いなのですか?」

「かつての友人の忘れ形見という奴だ、親を亡くして以来時折私はハル嬢の面倒を見ることが在った。……おじさま、などと言われるたびに複雑な気分になる。ナオに随分に年々似てくるのでな」

 お姉様は確か親を幼い頃に亡くしていると聞いたことがある。

 そんな彼女を支えたのがロダン様だったとも。

 

「只今帰りました、ハル御姉様」

「エリスさん――!」

 

 御姉様の屋敷の前につくと、そこには箒で庭を掃いている御姉様がいた。

 私の姿に築くと彼女は箒を置いて駆け寄って、私の手を握ってくれた。……案じてくれている人がいるのだという事の尊さを、私は強く噛みしめた。

 

「……ごめんなさい、御姉様。少しだけ、ここを留守にする事になります」

「いいの、エリスさん。貴女の顔が見られただけでも、私は嬉しいんだから」

 ただそこに在るだけで嬉しいのだと彼女は言う。何をするでもなく、ただ詫びる私に御姉様はそう言ってくれた。

 無償の愛という言葉は、それはきっとこの光景を形容するためにこそあるのだろうと思えた。

 それから、御姉様はイワト様に目を向けた。

 少しだけ、畏怖が籠っているような声色で、それから私を庇うようにそっと肩を抱き寄せて。

 

「……イワトおじさまも、お久しぶりです」

「そうだな、ハル嬢。……随分、元気になったな。エリス嬢の事はもう聞いているし知っているとも思うが済まなかった」

 申し訳なさそうに深々とイワト様は頭を下げている。

 

「エリスさんは確かに、この国の星辰奏者ではないのかもしれません。それを意図して伏せていたのは良くない事だとは私もエリスさんも分かっています。けれどエリスさんは何も悪い事なんかしていません。私はずっとエリスさんと一緒に居ましたから、だからエリスさんにおかしな疑いをかけないでください、おじさま」

「……存じている。決して、エリス嬢に悪しき行いはしないと約束しよう。彼女もまた、ロダンと同じくハル嬢の大事な友人なのだから」

「もししたらおじさまとは絶交です」

 困ったような、少しだけ昔を懐かしむような笑いをイワト様は浮かべている。

 何が面白かったのだろうかと御姉様は怪訝な顔をしている

 

 

「……性格も、その顔も、やはりナオに似てきている。やはりハル嬢は彼女の娘なのだな」

「ありがとう……ございます。イワトおじさま」

 彼女、というのも以前に語った「昔の知り合い」というのももう亡くなったという御姉様の実の母の事なのだろう。その人物の事を例に挙げるとき、イワト様の石膏のような顔は少しだけ柔和さを帯びる。

 

「私は門前にて待つ。ハル嬢とエリス嬢は何か話したい事があればそうするといい、私は干渉しない」

「そうですか。……ありがとうございます、イワト様。お手数はおかけしません」

 イワト様は粛々と、そう告げて門前に背中を預けてそう促した。

 ……意外と、この人は優しいのかもしれないと思う。けれどあまり長居は出来ない、劇団に顔を出す用事も当然ある。

 けれども、少しだけ私は嬉しい。

 それから御姉様は私の方へ向く。少しだけ、ちょっといい淀んで、慎重に言葉を選びながら私に問う。

 

「……今はロダンも、一緒なのよね。エリスさん」

「はい」

「エリスさんにとって、ロダンはどんな人?」

 ……私にとって、ロダン様はどのような人なのか。

 その答えを私は知りたかったはずなのに、上手く私は言えない。

 ロダン様への気持ちも、少しずつ変わっていっていることは自覚出来ていてもそれを言葉で説明できるだけの語彙力が私にはなかった

 

「……分かりません、分からないのです。けれどロダン様と顔を合わせるのが少しだけ難しく感じます。ロダン様を語らう時、私の胸には安息と緊張が同居するのです。どう表現するのが正しいのかは、今はまだ私には分かりません」

「その心はとても大切なモノよエリスさん。今は言葉にできなくても、きっといつかは分かる日がくるわ」

「そのような日が、本当に私に訪れますか御姉様」

「えぇ、約束するわ」

 とても優しい笑顔だった。私の好きな、御姉様の笑顔だった。

 御姉様も、ロダン様の事を語る時嬉しそうな顔をする。

 

「御姉様は、幼い頃に親を亡くされて以来ロダン様が一緒だったと聞いています。……その話を、聞かせてもらってもよろしいですか?」

「エリスさんはロダンの話、好きなんだ。――そうね、いつか話してあげるって言ってたものね。少し、昔の話よ。まだ私が幼い頃の――」

 

―――

 

 私の両親は外交官だった。

 母方の姓であるキリガクレの家に生を受けた私は、母が仕事で知り合ったという家の一人の男の子とよく遊ぶことがあった。

 その男の子はアレクシスといい、私をよく姉さんと呼んでくれていた。

 男の子は一歩離れて恐る恐る私についてくるくせにいつもべったりで、本を読むのが好きで、なんだかおとなしい男の子だった。

 

 母さんと父さんはいつも帰るのが遅くなるから、その代わりにロダンがいつも一緒に居てくれた。

 暇があれば、私に本を読み聞かせたりしてくれた。

 かけっこもあまり足が速くなかったけれど、それでも必死に私についてきてくれる彼がついつい可愛らしくて待ってあげたりした。

 健気な彼の姿を見ると私はつい、捕まってあげたくなってしまう。

 

 ……けれど、そんな日は永遠には続かなかった。

 私の両親はアンタルヤへ向かう船旅の最中に船上から足を滑らせて事故死を遂げたと、私に知らせが入ってきた。

 いきなりの事で、私には何がどうなったのかなど分かりはしなかった。言葉は理解できていても、それが現実なのだと私の理性は受け容れられなかった。

 

 待っていればお父さんとお母さんは帰ってくると私は信じ続けて、信じ続けて、待ち続けて。

 それはついぞ一度も報われなかった。

 

 父と母を失った私は喉には何も食べ物が通らなかった。私には、何も語れることなどなかった。

 私は、来る日も来る日も、引きこもった。もう、屋敷の外に出る気なんかなかった。

 部屋から出れば、待っているのは父と母がいないという現実だけだったから。

 

 それでも、あの男の子は――ロダンは私の屋敷の前で私が姿を現すのを待ち続けた。

 来る日も、来る日も。雪の日も、雨の日も、彼は暇を見つけては、私のものとなった屋敷の前で私が出るのを待ち続けた。

 

 目障りで、目障りで、仕方がなかった。

 そこまでして、善意で私を外へ連れ出したいのだろうか。親戚の人達と同じくロダンは私に前を向けとでもいうのだろうか。

 これまで彼が私に向けてくれた優しさは、私の中で押しつけがましい善意へと容易に変貌した。

 

 彼は身内を無くした事なんかないから知らないだけなんだと。

 そう思わなければ、彼の視線に私は耐えられなかったから。

 だから、私は耐えられなくなって彼の前に姿を現した。疎ましい日の光に焼かれながら、彼を睨みつけて。

 

「ロダンなんか、大嫌い!! いつもいつも、私の気なんか知りもせずに!!! ――貴方なんか本当の家族じゃない癖に!!!」

 そんな事を、私は言いたかったのではなかったのに。

 本当の家族じゃない、なんて、どれほど酷い言葉を投げつけたのだろう。彼の優しさに甘えて、私は彼に取返しのつかない言葉で当たり散らした。

 少しだけ、ロダンは傷ついた顔をしていた。その顔を見ると、私は過ちを悟った。

 ごめんなさい、ロダンという前に彼は私の言葉を制して言う。

 

「それでも、俺は姉さんの顔をもう一度だけで見たかったんだ。いつも、鬼ごっこだって姉さんは俺を待ってくれていただろう。だからもう一度姉さんが歩けるようになるまで、今度は俺が待つ番なんだから」

 

 ロダンは、ずっと私を待ってくれていた。かつて、私がロダンが付いてくるのを待っていたように。

 そんな彼の心を私は、きっと知りなどしなかった。当然だった、部屋に引きこもれば痛みも――彼の心も知ることはなかったのだから。

 

 

 私は親を亡くして初めて泣いた。大声を上げて、彼に縋りついて、みっともなく彼の胸で泣いた。

 

 辛かった。本当は辛いと言いたかった。父さんも母さんもいない明日なんか、見たくなかった。

 

 太陽の日差しは、母と父のいない明日は、私にはまぶしすぎたから。それでも私が折れないように、焼かれないようにと彼は支え続けてくれた。

 可能な限り、自分の時間を擲って彼は私と一緒に居てくれた。

 

「……ロダンは、私の前からいなくならないでね。私はもう、誰かが居なくなるのは嫌だから」

「居なくなるわけなんかないだろ、姉さん。約束するよ」

 ロダンは、余裕さえあれば私の為に食事を作ってくれた。

 正直、今もあまり彼は料理が上手いわけではない。けれど私の為に何かをしてくれるという事が、私にとってはたまらなく嬉しかった。

 体調が悪い時、彼は付き切りで看病してくれた。

 そんな彼の献身の甲斐もあって、私はどうにか立ち直る事が出来た。

 

 

 そんな彼だからこそ、私は騎士になって欲しいと思った。

 騎士の姿が似合わないなんて思ったことは私は真実一度もない。

 

 

 ……そんな彼も今は昔という有様だし、エリスさんを連れ込んで来た。

 すっかり不良になってしまった、なんて思うけれど、それでも彼は私を一人にはしない。いつも私を案じてくれる。そう言うところは昔から変わってない。

 

 エリスさんも、なんとなく事情があって彼と一緒に過ごしているのだという事は分かる。

 私には事情を話せないとロダンが言った時、私はのけ者にされたようで少しだけ悲しかった。

 けどエリスさんからロダンの話を聞く時、私は心の中でそうでしょう、ロダンにも良い所はあるんだからと、頷いたり同意をしたりしたものだ。

 

 彼の良い所を知っているのは私だけなんだから、なんて少しだけエリスさんに対抗意識も芽生えはした。

 けれどそれ以上に弟分の彼の事を褒めてくれる事は私にとってもわがことのように嬉しかった。

 

 エリスさんがロダンの事を語る時の顔に、私は少しだけ身に覚えがあったから分かる。

 かつてベッドから起き上がろうとして彼に体を支えられた時に、鏡に映る私の表情そのものだったから。

 

――—

 

「ロダン様と御姉様にはそのような事があったのですね。……少しだけ、御姉様に妬けてしまいます」

「妬けるほどの経験ではないないわ。ロダンと一緒に居れば、いずれ体験することよ」

「一緒に居れば、ですか」

 ……私は、ロダン様や御姉様とは本質的に違う。

 人間ではないのだ。どうしたって、何をしたって、人間と同じ摂理と時間の下に生きることはできない。

 英雄の生き方を凡人が出来ないように。そもそも、私に限らず人は各々が各々に流れる時間と秩序に従って生きているのだから。

 

 それでも、限られた時の中を誰かと生きるその一瞬の連続を、人は人生というのだろう。

 

 私は、御姉様とどうなりたいのだろう。

 何より、ロダン様とどうなりたいのだろう。

 この形容の難しい感情は果たした私の裡から溢れたモノなのだと、本当に自信を持って言えるのだろうか。

 

「……私にはまだ、ロダン様と自分がどうなりたいのか。分かりません。けれど、ロダン様と一緒に居る事は、私にとっては決して不快な体験ではありません」

「答えなんて、もう言っているじゃない。エリスさん。……あとは貴女が気づくか気づかないかだけよ」

「それはどういう――」

 私の唇に御姉様は人差し指をおいて、それ以上言わせないでと告げていた。

 後は私が気づくか、そうではないかというだけなのだという。

 

「……悪いけど、答えは言ってあげないわ。だからこれは私からの意地の悪い宿題だと思って、エリスさん。――私だって、ちょっとだけ悔しくて、複雑な気分なんだから」

 そう、悪戯っぽく御姉様は言う。本当に少しだけ悔しそうにして、困ったという顔をして。

 その心は、今の私にはまだ理解が遠い気がした。

 

「ほら、行きなさいエリスさん。イワトおじさまを待たせてはダメよ、それに劇団に行くんでしょう?」

「はい、お見送り有難うございます、御姉様。宿題、確かに頂きました」

「よろしい、ではいってらっしゃい」 

 背を柔らかく押されて、それから手を振って御姉様はじゃあと言って私を見送ってくれた。

 イワト様も御姉様の笑顔に絆されたのか、少しだけ表情に柔軟性が戻ったように見えた。

 

 

「顔、にやけていますよ。イワト様」

「そうか。……私は今そのような顔をしていたか」

「ええ。でも、いつもの石膏のような顔よりは今の貴方の顔の方がいいと思います」

 自分自身の顔をぺたぺたと触りつつイワト様は「そうか」と感慨深くそう言う。

 石膏のような表情筋、などとロダン様は形容するけれど、イワト様は自覚自体はあるようだ。

 

「……生来、あまり表情が豊かな部類ではないのでな。加えて私がかつて目標にしていた剣士がいたが、今は亡きあの男のそんなところまで私は見習っていたのかもしれん」

「絶対剣士、ですか。道理で」

 ……私の記憶の中にある絶対剣士と呼ばれるその男は「死んでいる」と言えるほどに表情筋が機能を放棄しているわけではなかったと思う。

 ただ発動体が同じ刀である事や、第一軍団の上位の位階に属する事からもきっとそれなりに親交というものでもあったのだろう。

 

「邪念や雑念といった余分という概念とは無縁の男だった。そういう男に成りたいと私も修練を積んだが、それでもなおそぎ落とすにはかなわなかった。どうしても私という男は俗人的な性分らしい」

「それでいいかと、イワト様。捨てる事でしか至れない高みもきっとあるでしょう。けれどその余分の中にこそ、きっと人を真にその人たらしめる成分は含まれている事もあるでしょうから」

「魔星に説教されるとは、思いがけん事もあるものだ。……いや、すまないエリス嬢。冗談としては悪質だった」

「別に、気にはかけていません。貴方の壊死していない表情筋の本数を数えるのはさぞ楽な事だろうと思っていただけです」

 ……本当は嘘だ。少しだけ私は傷ついた。

 けれど、それでもイワト様は私を人間として見ているだろうか。イワト様は少しだけ驚いた顔をしていた。けれども、少しだけ笑って元の不愛想な顔に戻った。

 それがすこしだけおかしくて、つい私もつられて笑ってしまった。

 

 そうすればイワト様は若干不機嫌な顔になる。けれど不機嫌な顔のままでも稽古場までついてきた。

 ついてこなれば尚嬉しいことに変わりはないけれど、それが決まりだから仕方がなかった。

 

 

 

 

「エリス――よく来てくれた! 皆、エリスが帰ってきたぞ!!」

 稽古場につけば、ユダ様はそう言って私を出迎えてくれた。

 他の皆も、私を囲んで出迎えてくれた。

 

 私が星辰奏者である事を黙っていてくれた人たち。

 芸術の背教者を高らかに自認する、自称反逆者たち。ジュリアさん、ジンさん、ダグラス様は何も変わっていない様子。

 始めは、私が入団した当初彼らは私を怪訝な目で迎えた。ユダ様に連れられて、ユダ座の門戸を潜ったときに向けられたのはなんというか、未知の生物を見る様な目だった。

 実際、それはある意味正しかった。

 

 私が演技を見せると彼らの半信半疑は賞賛に変わった。

 それから、私は何度も何度も舞姫として舞台に立ち続けた。彼らと稽古を交えつつ、時にはユダ様から演技の指導役を任されることもあった。

 

「エリス、大丈夫だったの? 騎士の人達に何か変な事はされなかった?」

「特にされていませんよ、ジュリア様。私の肌を見てください、何も手出しはされていません」

 ジュリア様。私が入団する前は主演の女優であり、少しだけ私には負い目というものがある。

 けれど、嫌味の無い人でそれはそれでこれはこれと、私人としては私とよく仲良くしていただいた人だった。

 いつかは今私がついている主役の座を取り戻して見せると宣戦布告を私へと突き付けた人だった。その熱意は、私にはなかったものだからこそ私は見習いたいと思う

 

「……今のユダ座はお前が居てくれなきゃ始まらねぇさ。何はともあれ、不定期であれ練習に参加してくれんのは嬉しいけど無理はすんなよ。あの玄関口に突っ立ってる石膏面はお前の監視役って奴なんだろ?」

「石膏面……は少しだけ違うかと思いますが、その通りですよジン様。あまり長居は出来ない事、ご容赦を」

 ジン様。経理も兼任する人で、元は他の劇団でくすぶっていた所をその実力を見出されユダ様にスカウトされた人でもあった。忌憚なく意見をユダ様とぶつけ合う好人物であり、そういう側面も含めてユダ様は買っているのだろうと思える。

 少しだけ怖い見た目の人、だけれど彼の演じる殺陣は迫力と気迫にも溢れる見事なモノだったで、私は未だに彼のソレは真似ができない。

 

「あれ、今日はロダンはどうしたの? というかあのイワトとかって人第一だよね、もしかして……」

「そんな面白い話ではありませんよ、ダグラス様。イワト様は私の付き人ではありません、私の付き人はロダン様だけです、今は一緒にいられないというだけです」

 ダグラス様。噂話が好きな人で、好青年といった人だ。元々、ユダ座結成当初からユダ様に付き従っていたという。

 割と私に似て天才肌な側面はあり、多少通しで練習をしただけで凡その立ち回り方を覚えて脚本に演技をすり合わせる術に長けている。

 彼個人としては、ユダ様と一緒の方が気楽にやれるという理由でこの劇団にいるらしい。無駄話というものが多く、よくユダ様に肩を掴まれる人なのは印象が深い。

 私も、デリカシーの無い発言をされた時は彼の爪先を笑顔で踏んだ記憶はある。 

 

 

 彼らだけではない。ほかにも、私がお世話になった人はたくさんいる。

 

 それからユダ様は練習に戻ろう、と言った。

 今すぐにでも練習に戻ることはできるのかと私に聞くけれど、私は大丈夫だと言うとふと安心したように笑いを浮かべてユダ様は手を叩く。

 

 始まる稽古。

 着替えを済ませて舞台に立てば、私は鬘を身に着けて赤毛のアンナに早変わりだ。

 

 

 アンナ、竜殺しの英雄の伴侶にして、最期に変わり果てた夫の末路を担い自らもまた死を遂げた非業の女性。

 今の私には、きっと彼女の気持ちは分かるのかもしれない。

 

 物語の中にしかその存在を許されない彼女を、私なら形にしてやれる。

 ユダ様の脚本の中でのアンナは、どういう気持ちだったのだろう。

 

 最期に自害によって命を終える彼女の胸には何が満ちていたのだろう。

 なんとなく、彼女が悲しかったのは分かる。それを今までは私は表現していた。彼女の事を知ろうとはしなかった。それは実在しないから。

 

 でも、それでも今はほんの少しだけ、脚本に滲むインクの向こうに彼女の姿が見える気がした。

 その胸に去来したのは身勝手な民衆に対する怒りだったのだろうか。あるいはどうすることもできなかった哀しみか。

  

 例え彼女に成れずとも私だけが、彼女の言葉を伝えられる。

 それが役を演じるという事なのだから。

 

 ユダ様は、目を見開いて私の演じる姿を見ている。きっと、これがユダ様の言う殻を破る事なのかもしれないと思えた。

 殻を破り空をその目に映した時、真に舞台に淑女は現れるのだとユダ様は言った。

 だから私は空を見よう。割れた殻から漏れる月光を導にして真に淑女は新生を果たすのだから。

 

 物語の結末、アンナは自らの胸にナイフを突き立てて命を終えて幕は下りる。

 

 

 満ちる静寂の後、ユダ様は静かに拍手した。

 

「驚いた、エリス。動きに洗練さは以前に比べれば少し見劣りはするが、だが表情の使い方が以前に比べていい意味で不規則になっている。……何より、俺の頭の中にあるアンナのイメージと大分近くなっている」

「恐縮です、ユダ様」

 表情の使い方。それは多分意識したのかもしれない。

物語の

「……確かに、エリスの演技は今までは完璧と言ってよかった。指先の動かし方、視線の運び方、それら総ては文句のつけようもないし、百回やれば百回同じようにエリスはできただろう。だが、俺の脚本の中のアンナはエリスと違ってそこまで綺麗に関節を動かすわけではない、むしろ多少動きに余裕がある方がイメージに合う」

「なら、それを私に伝えて頂ければよかったのに」

「登場人物は何処まで行っても紙と舞台の上でしか生きる事を許されない存在だ。俺は普段、登場人物の気持ちになれと言うが、まぁすまん。大前提としてそもそもそんな儚い存在が抱く気持ちを理解して演じろ、などと言っても普通は簡単にできることではないんだよ」

 登場人物の気持ちになる事は重要だと、よくユダ様は言う。

 彼のイメージするアンナのイメージと私の演じるアンナのイメージが噛み合ってきたのは、つまり私が彼の描いたアンナの気持ちをそれなりに理解しているという事でもあるのだろう。

 

 アンナなら、どう考えるか。

 アンナなら、どう思うか。

 紙の上のインクをなぞる以上に事を私はいままでしなかった。例えそれが紙の上の存在なのだとしても、私はアンナの実在性を心のどこかで冷笑的に捉えていた側面はあった。

 けれどそれらはかつての私と同じだった。創造主無しでは本来生まれ出ですらしなかった命だからこそ――それを自覚したからこそ今の私は少しだけ、アンナの実在を信じられるような気がした。

 

「エリスは美しい。それは間違いなく、芸術の反逆者たる俺が認めている。……合格点など、お前の反逆者の資質を認めた時から与えているとも」

「むしろこの程度で認められては私が困ってしまいます。まだ、やらせてください」

「……良いだろう、もう少しだけ付き合ってやる。その感覚をしっかり思い出して、モノにしろ」

 もう少しだけ、やってみたい。試してみたい。

 何せ久々に舞台に立つのだから、この一瞬一時を無駄にしたくない。

 例え、私がヒトと同じ摂理を生きる事は出来なくても、誰かと一緒に居るという事は孤独ではないということだ。

 彼らと一緒に在るこの一瞬を、私の胸に焼き付けよう。

 決して忘れないようにと、私はそう強く想えた。

 

―――

 

 劇団から帰路を辿る過程で、私の体の熱は引いていった。

 それが少しだけ名残惜しくて月空を仰ぐ。

 

「じきにつく。エリス嬢、夜は寒い。気を付けると良いだろう」

「お気遣い痛み入りますが、心配は無用です」

 

 イワト様はただただ無言で、収容室へと私を送り届けた。

 粛々と謝して、私の前から去っていく。

 

 そらから扉を開けると、そこにはいつもと変わらずロダン様がいた。

 

「お帰り、エリス」

「只今、戻りました」

 

 彼は私の口から勝たされるずっと、待っている。

 彼の描く「彼女」は、実物とはよく似ていた。

 皮肉が好きなエウリピトは、空に輝く星を目指して旅をする。

 九つの宇宙を越えて、その最後の旅路――十つ目の天に至り終幕に至る。モチーフは北欧神話と天動説における十の遊星天だろう。

 滅殺神話(ラグナロク)と神曲の交わる、少しだけかわった冒険譚に因果を感じる。

 

 彼にとって、彼女は騎士から詩人へと転生させた始まりの導き手だった。

 そしてあの時、私は確かに彼女から彼を託された。

 

 それは、神曲において至高の賢者(ウェルギリウス)が煉獄の頂において淑女(ベアトリーチェ)へと詩人(ダンテ)の導き手を託したように。

 

「……エリス。いつでもいい、教えてくれ。お前にとっても、俺にとっても、覚悟のいる事なんだろう。真実を明かすという事は」

「はい。ですから、少しだけ今だけはロダン様のお傍に居てよいですか?」

「必要な事なら、そうさせてもらうよ。エリスが嫌じゃないならそれでいい」

 ベッドの上で、私はロダン様の横に並んで腰かける。

 それから、ロダン様の手の上に私の手を添える。

 少しだけ、喉が潰されるような感覚に陥りそうになる。けれど、それでも私は彼に私の真実を明かしたいから、勇気を振り絞る。

 

「以前のように、少しだけ私の主観記憶にお付き合いいただけますか?」

「ああ、何時でもいい。好きな時にやってくれ」

 星辰体の往還が始まり、淡い燐光が私達を包む。

 ロダン様との意識の共有は私にとっての基礎的な機能であり、さすがに二度目となればロダン様も特に驚きはしていないようだった。

 私の主観記憶の映像信号を星辰体の揺らぎへ変換し、彼を追憶の狭間へと私は誘う。

 星辰体の奔流の中で彼の主観が私の内界へと移り変わるその刹那に、私は震える声で彼へと伝えた。

 彼に伝えなければならない、私の創造主の名前を。 

 

 

 

「私の創造主――銀月天の素体となったのは一人の少女。かつて貴方に救われて、そして貴方を救った始まりの淑女(ウェルギリウス)――クラウディアという女の子です」

 


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