「……誰?」
クラウディアという一人の少女――より正しくは、彼女を素体とした魔星・銀月天と出会った。
彼女と初めて出会ったのは、彼女の内界だった。
一面銀白色の、寒々しさすら感じる白一色の地平。そこに私と彼女は居た。
塩とガラスと、氷で出来た世界に彼女は立っていた。
「……私は、貴女の
「
きょとんとした顔で彼女は私に問いを投げる。貴女の星光が私なのだと言っても、あまり彼女は理解ができていないようだった。
……無理もない。今の私は煌翼と似た存在であり、どうしても彼女の内界にか存在を許されていない。
今しがた私は生まれたばかりであり、事情を上手く呑み込めていないのはお互い同じなのだろう。
「あぁ、なるほど。先生はそのようにしたのね。ならこれはむしろ当然の結果かしら。……随分に、人を好き勝手に
「……何か、私について気になる事でも?」
「いいえ。こちらの話」
彼女は私を眺めながら少し思案していた。
率直に言って、なんというかがさつな人だと思った。彼女の祈りによって生まれたのが私なのは、他ならない私が一番理解しているけれど彼女は半信半疑だった。
「名前はなんていうの、貴女」
「名前? それは私に必要なモノですか?」
「
彼女はおかしなことを言う。
私は彼女の星光であり、名前という概念は存在しない。まるで彼女は私を人間のように扱う。
「好きに名付けて構いません。私の機能は変わりませんから」
「……なんか、マシーンみたい。全然人間っぽくないし人間を相手にしてる気分じゃない」
「否定は致しませんしそもそも私は人間ではありません。貴女の入力する命令こそ私には総てです。ご命じくださいクラウディア、私は何をすれば佳いですか」
入力された命令と保有するリソースを以て成果を出力する。
そうした意味では私は演算機のようなものだろう。彼女の最大利益のために私は星を演算する。それだけが私の意義だ。
……ただ、どうも私の理解と彼女の理解では少し乖離があるようにも見える。
「……じゃあ、今日からあなたの名前はエリス。エリス・ルナハイム」
「……エリス、ですか。クラウディア」
「良い名前でしょう、
エリス。ルナハイム。響きに特に何も感じるものはない。
私は彼女の為に生まれただけだ。少しだけ、彼女は嬉しそうに私へと語り掛けている。
「……命令をください、銀月天」
「命令? なんで私がそんな事しないといけないの?」
「命令がなければ私はどうすればよいのですか?」
私としては至極当然の疑問を投げかけたのに、彼女はなんでそんな質問をしているのかと問う。
……私をどのような存在だと定義しているのか、私と彼女の間で大きな齟齬がある事は納得できたと思う。
「クラウディア。貴女は私を何だと思っているのですか?」
「……私の星から生まれた、よく知らない人。ただ、顔はすごく綺麗」
「私は私を貴女の演算機であり被造物であると思っています。モデルは恐らくヒトなのでしょうが、生物学的に私は人間ではありません」
根幹の部分に、大きな乖離があったのだろう。
彼女は私を人、と形容した。私に人間性を見出している、と言ったところだろうか。
確かに私は外観や思考形態は彼女をモデルとした疑似魔星であり、人と認識することに無理はないだろう。
故に幾分か彼女の記憶や趣向といったものを私は継いでいる。
だが、私の意義は彼女のためにある。それを疑問視されては私はどうすればよいのだろう
「……別に好きにすればいいと思うけど。私、別にああしろこうしろと首輪をつける様な事は言う気はないもの」
「好きにする、とはどのような行為でしょうか」
「ああ、もう! 本当にああいえばこう言う――」
彼女を呆れさせることを私は言ったつもりはないしそのような機能は私には備わっていない。
至極当然が疑義を挙げただけなのだけれど、彼女は私の両肩に手を置く。
「いい、エリス!! 貴女にはやりたいことはないの!?」
「やりたい事、ですか。……考えた事がありませんでした、そういう設計をされていません」
「当たり前でしょう、
ふむと、少し考えた。
なぜこうも創造主である彼女が必死なのか、何に対して焦り苛立っているのかはよくわからない。
けれど、私に自律的な思考を求めている事はよくわかった。彼女の考える自律と自由を私は果たして彼女の考える通りの定義で理解できているかは怪しいけれど、それが彼女の命令だというのなら遂行するべきだと判断した。
まずは人間の真似事から始めてみろと彼女は言う。
彼女はまず主観記憶から、ある程度都合のいい様に情報を削除して私に仮想の人間社会を体験させた。
加工された彼女の人生の追体験から、私は人間とはどのようなモノかを学び私はある程度、感情というモノを理解ができた。
凡そ、人間というモノを知る教材としては彼女の半生はいい教訓となった。
「……創造主。どうして貴女は私を気にかけてくださるのですか?」
「気にかけたつもりはないけど?」
「気にかけていないのなら、私の人間性を認めはしないかと」
凡そ人間と言われる存在が持つ性質の平均値と鑑みた場合、創造主はやはり少し思考が独特だと私は結論せざるを得なかった。
生前の特徴といくつか性格上一致しない点があるのも魔星として造られたためだろうか。
「……別に、貴女を奴隷にしたいとか下僕にしたいとかそんな事考えたって仕方ないでしょう」
「そのいずれでも、貴女が望むなら私は構いません」
「自由になる体と心があるのに自分の意志をないがしろにする態度が嫌いなの。……生きるってそんな空虚なモノじゃないし、そんなものであっていいはずもないでしょう」
……彼女から与えられた体験の片鱗からは彼女が自由にならない体であった事がうかがえる。
だからこそ生前の彼女にとっては自由になる体は喉から手が出るほどに欲しく、加えてそんな想いがあったからこそ彼女の星は私という形をとったのだろう。
「多分、エリスには私の願望が混じってる。認めるのは癪だけれど、その綺麗な顔とか育ちが中途半端にいい喋り方は私のなりたかった理想の役者像の具現なのかもしれないわ」
「つまり、貴女の設計がとても良かったのですね」
「設計とか機能とか命令とか、自分の所作を機械みたいに例えるのをやめなさい!! あと自画自賛じみてて恥ずかしくなるから設計が良かったとか言わないで!!」
まくしたてるような言い方に、少しだけ私は気圧された。
気圧される、などという感情が私の中にあるのだなと思うと少しずつ私は変質しているのかもしれない。
はぁと心底からうんざりするような彼女のため息に私の頬は少しだけ緩んでいた。
「……ふぅん、笑ってるじゃない。エリス」
「今、私は笑っていましたか。創造主の在り様が、少しなんというかその……」
「いい、エリス。それが面白いっていう感情よ。忘れないで」
この白一色の世界で、彼女と私は少しだけ意思疎通というモノに成功した気がした。
それから、創造主は正直なところ俗物的だなと思った。神経質な気質を有しているけれど、ただ私の失態にちゃんと指摘をしてくれるし、見捨てることもない。
このような性質を人は面倒見がいいというのだろう。
それから創造主の主観記憶を元に私は幾度か人生の追体験をするうちに、何度も見るその主観記憶の終盤において必ず
何度か試行すればそのたびに微妙に細かいシチュエーションに揺らぎは生じるものの、それでも一貫して彼女の主観記憶の最後にはその騎士が現れて彼女の主観記憶は終了する。
「……クラウディア。この騎士様は?」
「……勝手に騎士を辞めて、勝手に何か納得して物書きになった人。今どうしてるかは分からない」
投げやりで、抽象的な言い方だ。
けれど主観記憶の中でその青年の騎士を相手にするとき、私の中にある創造主の記憶が少しだけ救われたような気分になっているのを私は感じる。
彼女の生涯において、そのように感情を左右されるような存在はこの青年以外には存在しなかった。
「それならば、逢いに行けば宜しいでしょう」
「無理。……今の私の有様を見せるのは、絶対に」
逢いに行きたいくてもいけない理由が彼女にはある。
それがどういった理由なのかは私には図りようがない。
「けれど、そうね。もし逢いに行けるときが来たら、その時は貴女が彼に逢いに行ってほしいのエリス。……貴女がかつて笑わせた少女は元気だと、伝えてほしい」
―――
晃星神譚はここに成った。
新たなる秩序を制定すべく開闢された神天地が、正邪も貴賎も区別なくあらゆる諸人を救いあげていく。
そう。たった一人の、ただの一人の例外もなく。
――たとえそれが、
翠色の燐光と共に、私達もまたその輝きに祝福された。
私の創造主が月を旅立つが思いがけずして来たのだと、私は思う。
初めて彼女と出会った日から、色々と彼女には迷惑をかけたけれど。
ただ翠色の光に包まれながらも彼女は旅立とうとはしなかった。
どうしてなんだろう、それが少しだけ不思議になるけれど次の瞬間には――私は幽体離脱のように彼女の内界を飛び出し、外界――正真正銘の現実の世界へと降り立っていた。
「創造主。どうして――」
「多分、貴女も一つの命として絶対神から認められたからでしょう。……
創造主はそう言うと、私の胸に指を添えて、少しだけ目を閉じる。
それから翠色の結晶へと、私の体は変性していく。
「……これは、私の最後の命令をするわ、エリス」
「はい、なんなりと」
彼女は少しだけ、暖かな顔をして笑う。
「どうかあの騎士様に、会いに行ってあげて。私の代わりに、どうか一度でもいいの。顔を見てきてあげて。身勝手な願いだと、自覚しているけれど貴方にしか託せないの」
身勝手な命令だ。
本当に、身勝手。逢いに行きたいなら自分で逢いにいけばいいと思うのだけれど。
「――
「うん、約束。だから、お願いね。ベアトリーチェ」
借り物の、思い出。けれど、何より少女が大切にした思い出を抱いて、永遠の淑女は新生した。
「君が、俺と共に戦ってくれるのか。ありがとう」
「そのように、彼女に託されましたから」
神天地で出会ったのは、彼女の記憶の中にあった騎士――ロダンという人物だった。
記憶と寸分たがわない彼と共に私は一つの極晃を紡ぎ出す。
彼の胸に手を翳して、少しだけ深呼吸をしてその名を告げる。
「超新星――
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AA
集束性:B
拡散性:B
操縦性:EX
付属性:B
維持性:C
干渉性:D
彼は腕に収まるように、私は抱かれながらその特異点を見据える。
討つべき敵は紅き星光を纏う禍津の極晃――
彼と私の描いた星は星辰光創造能力――人奏が
星とは祈るモノであり、祈りとはその人間の足跡から生まれるモノだ。
であるからこそ私達は物語を紡いでいく。
雲霞の如きアメノクラトの大軍へと、私達は共に飛翔する。
「
「ええ、私の為すべきは理解しています、神聖詩人。貴方は存分に紡いでください」
人の身では人類史を理解しきるのは無理がある。その情報の密度に耐えきれるのは私のように魔星しかありえない。
新西暦から続く人類史の解析と神聖詩人への還元は私が担い、星辰光の
「憑星、完了。同調、完了。――
冥王讃歌が一から紡がれていく。
綾を織る様に、命を籠めるように紡がれていく物語が収斂を遂げて滅びの闇を招来する。
同時に闇という属性は私にとっても非常に相性が良かった。
干渉性特化型人造惑星たる銀月天の特性を私は継承している以上、それは当然のことでもあった。
溢れる闇が、アメノクラトの大軍を討ち払っていく。
剣に纏った闇が一閃されればその軌道の延長線上の魔星群は諸共に息絶えて星晶鋼の結合を維持できず自己崩壊に至る――が、その中に数体、生き残ったアメノクラトは自己を砕き星晶鋼片に変えてから再び己の形を再構築して私達に追いすがる。
航行速度は第一宇宙速度を超えて、魔星群と星をぶつけ合い続ける。
光の軌跡を描きながら彼らの星を、私達は完全には相殺しきれていなかった。
どうしても性質上、私達の星は原典には絶対的に劣り――そして界奏のように異種の星光を共存させることもできない。
何処までも様になることなく模造品らしく薄っぺらさを晒していくのが、私達の限界でもあった。
二十を超える魔星群は私達を追尾しながら対次元兵装、地層切断兵装を駆使して多段に畳みかけるように追い詰めていく。
相性差を覆し常に進化していく未来兵器たちを相手取るならば――考える事も、連携も一瞬だった。
極晃を生み出す絶対神の極晃に決して誤りはないと痛感する。
確かに、私達の連携と判断に齟齬はなかったのだから。
「創生の火よ舞い降りろ――最古原初にして最新最強の魔星よ。産火の神威を此処に顕現しろ!!!」
次いで、顕現するは無限進化の天奏の焔。
闇を脱ぎ捨て輝ける雷焔を纏い、更なる飛翔を遂げる。私達の軌跡は第二宇宙速度を超えて第三宇宙速度へと到達していく。
天元突破の核焔を推進剤にして何処までも加速していきながら、無尽の焔を以て視界に映るアメノクラト達を焼き払う。
だが、それすら彼らは予想済みだったか、さらに自己改修と学習を繰り返しながら私を取り囲み先回りする。
行動パターンの変容も、当然恐らく人奏の組み込んだ人工知能によるモノだろう。徹底的に数量での圧殺を目論んでいる。
四方から十重に飛翔する殺人光線をかいくぐりながら、さらに速度を上げていく。
けれど――それでも
ひび割れのように光が彼の肌から漏れていて、苦悶を上げながらも尚も破滅へと向かって速度を上げていく。
「気にするな、ベアトリーチェ。今はあのガラクタを倒す事だけに集中したい」
「分かっています、ですが貴方もどうか、無理をしないで」
一瞬でも進化を止めたらその瞬間に、私達は討たれるだろう。
だからこそ、私達はどうしようもない袋小路に追い詰められていく。
所詮、これが極晃によって生まれた極晃による限界なのか――そう思案するうちにアメノクラトの内の一機がその兵装をこちらに向けていた。
不味い。そう直感する。
――
人知の極限が辿り着いた、撃ち抜かれた対象の時間を逆行させ消滅させる悪魔の兵器。
その銃口は無情にも弾丸を放った。
神聖詩人の体の真芯を撃ち抜いた時間逆行弾は彼を内から食い破り、遡行消滅をしようとしていた。
だがしかし。
「炎熱の象徴とは不死なれば――地獄の底より輝け光の翼、万象救世の
彼の撃ち抜かれた胸からは蜘蛛の巣を張る様に、ひび割れるように軋みを上げながら事象が砕かれ――そして彼は約束された死を破却し不死鳥のように舞い戻った。
纏う星辰光は今度は不滅を謳う輝きの焔だった。
けれど事ここに至るまで、彼は間違いなく無理をしている。本来、光は彼の属性ではない。
属性の齟齬を半ば無理矢理すり合わせながらその選択肢を彼は取った。取らなければ、彼は死んでいた。
その代償は彼の心臓に克明に刻まれていたのだから。
冥王――滅奏は彼以上に私の性質に合致していたために確かに無上の加護を齎していたが、出力の土俵においては追いすがれない。
神星――天奏は確かに魔星群の進化速度に対抗するためにはあの場での最適解だったが、それでも私と彼の気質との齟齬が尽絶な摩擦となり彼に降りかかっている。
煌翼――烈奏は死を打ち砕くにはそれしかなかった。
依然、侮りを一部も見せずにアメノクラトは増産されていく。雲霞の如く、天上を埋め尽くしていく。
その場限りの軌跡を齎し、私達に宿っていた烈奏の残滓は掻き消えていく。
肩で息をしながら、神聖詩人も私も眼前の光景を睨んでいる。
それでも、怯む心はなかった。
「もう一度だけ、戦ってくれるか。銀想淑女」
「貴方の頼みと在れば、どこまでも。神聖詩人」
もう一度、私達は死出の旅路に出ることになるだろう。それでも今は邂逅できたこの一瞬を大切にしたいと思う。
不謹慎ではあったけれど、それでも彼と共に戦うこの時間の連続が楽しいと私は思えた。
―――
けれど、星の戦線は絶対神の敗北によって終わる。
銀月の運命は完遂され、ここに私達の旅路は終わった。
「――ベアトリーチェ!!!」
「――ダンテ!!」
崩れていく世界樹と特異点の中で、それでも彼は私の手を掴もうとその手を伸ばしてくれた。
極晃によって肉を得ていた私は神天地を喪失するとどうなるのだろう。
考えたことはなかった。創造主の内界に再び戻るのだろうか、星辰体へと還元され屑星と散るのだろうか。
いずれにせよ、私は前例に乏しい生命である事は明白だ。もう眼前の彼と会う事は二度とない。
少しだけ、彼を失う事が惜しいと思えた。
けれど彼は、奇跡を起こしてくれた。
星を識り、星を織る極晃。その残滓を以て彼は私自身を紡いだ。
別離の叫びが生み出した最後の奇跡なのだとしても――私の肉体は確かに崩壊せずに、常世に焼き付いた。
――神聖詩人は私を救うために、最後に
彼は、私を救ってくれた。
少女の模倣品でしかなかった私を人として認めてくれた。
総てが終わった後で私が佇んでいたのは、ユダ様と初めて会った時の海岸だった。
そうして、エリス・ルナハイムという女は銀月天の殻より生まれ出でたのだ。
いきなり一人で投げ出されて、私はどうすればいいのか分からなかった。
『……騎士様、エリスを救ったんだ。うん、よかった』
「えぇ、救われました。クラウディア。……今度はもう、命令を請いませんクラウディア」
『へぇ?』
私の胸には、創造主との経路が生きている。
創造主の声色は心無しか、少し弾んでいる。本当に、私の無事を喜んでいるようだった。
「……創造主は、どちらにいるのですか。私は現実の貴女ともお逢いしたいのです。それが私が為したい事です」
『そうね、……今はまだ、エリスとは会えないけど。最も遠くて、そして最も近い場所。地獄のさらにその奥が私の居る場所』
「抽象的すぎて分かりません。もう少し、固有名詞を使ってください」
『ダメ。……会えないと、言ったでしょう』
彼女は、人と会う事を好まない気質は確かに見受けられた。
けれどそれでもここまで念を押すという事は、それだけの理由があるのだろう。彼女を困らせる事を、私は望んでいない。
……だから、私は彼女の言葉に渋々頷いた。きっと、魔星として生まれたからには複雑な理由があるのだろうとは、思う。
『私の事はともかく、それ以外に何かエリスはやりたいことはないの? せっかく、生まれたのに何もしないの?』
「やりたい事――そうですね。貴女と同じように、私も女優になりたい。いつか、つい貴女から見に行きたくなるような劇を御覧に入れて差し上げます」
『――うん、いい夢だと思う。私の分まで、なんて言わないから貴女自身の為にやってみて。評判なら、いつか必ず見に行ってあげるから』
創造主から、私は嗜好を受け継いでいる側面はあるのだろう。
けれど、それでも私は彼女に夢の続きを見せてやりたいと思うのだから。
「それから、あの騎士様にお逢いしとうございます。……神天地にて救って頂いた礼を私はしていませんから」
『……そうね、是非逢いに行ってあげると良いと思う。その後、どうするかはエリスが自分で考えて』
私がやってみたいと思う事の二つ目はそれだった。
私を救ってくれたあの騎士に逢う事。それは、何を置いても私は譲れなかったから。
それから幾月か時が過ぎた。
火星天と水星天と邂逅した時。その際に創造主からは至高天の階の存在について話を受けた。
それから、私はどうにか彼らを追い返した。元より、私の星は星殺しだ。
相性と出力の二点において絶対的に彼らに優越しているというのも大きかったし――恐らくあの時彼らも本気で私を相手取るつもりはなかったのだろう。不気味なほどにあっさりと引いたのを覚えている。
……創造主は私に語り掛けることはできるが、私は創造主へと口火を切る事は出来ない。それが上位と下位の関係であり、経路を使って意思疎通を図る時は必ず創造主の許可が無ければ私は口が利けない。
その時から段々と、創造主は私に語り掛けることはなくなっていった。
ユダ様に見出されてユダ座に入団した。
そこで、私は演劇に身を投じる最中――観客の彼に出会った。
やっと出会えた。神なる地平で創造主から託された人、私を救ってくれた人。
嬉しかった、逢いたかった。歓喜が胸に満ちる。
それから創造主が最後に語り掛けたのは、ロダン様に星を授けたあの日だった。
彼を救いたいと、願いを捧げ懇願しそして彼女はあの機能を私に授けてくれた。
遺言じみた言霊と共に。
「お願い、エリス。どうか、騎士様と一緒に居て挙げて。あの人は優しくて、すぐ壊れてしまう人だから」
―――
「……これが、私の主観記憶における彼女の物語です」
「……あの子が、エリスの生みの親だったのか。あの子が、銀月天だったのか」
主観記憶は現実へとシフトし、俺はベッドの上に意識が帰った。
傍には、ちゃんとエリスがいる。……あの少女ではなく。
「そうか、生きてくれていたのか。クラウディアは」
「正しくは本人ではありませんが恐らく、今も彼女は生き続けています。このカンタベリーのどこかで。けれど彼女は恐らく逢おうとはしないでしょう、――今は誰とも」
……エリスの主観記憶における彼女は、俺が知る彼女と相違はあまりなかった。
ただ言えるところがあるとすれば、少し直情的で放任主義的だ。魔星は厳密には素体と同一人物ではない。
その影響もあるのだろう。
クラウディア――あの少女が銀月天であった事は、俺にとっても衝撃に値した。
エリスが過去に語る創造主の特徴に既視感を感じるのは、そもそも道理だったのだ
けれど少しだけ、救われた気分になる。俺はあの子に一度救われていたのだから。
迫る思いで、胸がいっぱいになる。涙さえ、流れそうになる。
「本当に、銀月天はクラウディアなのか」
「本当に、本当ですロダン様。……これが、私が貴方に秘匿していた最後の真実です」
……エリスは、本当に勇気を出して打ち明けた。
俺との関係が決定的に何か変わってしまう事――そしてクラウディアは何者かによって魔星に加工されたのだという事を俺に告げるための勇気が、必要だった。
それは、俺にとっても辛い事実であるから。
「私は、彼女ではありません。今、私は自分の意志で生きて、自分の意志でロダン様と一緒に居るつもりです。……けれど、同時に私の中に彼女も生きています」
「面影は全く感じない。けど、通じるものは感じるよ。それに面影がないと言えばエリス自身もそうだろう」
見れば見るほど、エリスは彼女と似ていない。
言葉遣い等は最たる例で――加えて、過去のエリス自身はなんというか、無機質な印象を受けた。
自分の事にまるで無頓着で言われた事に粛々と従う、透徹とした演算機じみていて、それに手を焼く彼女という印象だった。
けれど同時に彼女の面倒見の良さという側面も感じ取れた。
事実、創造主たる彼女の事を語る時の彼女は感謝の念が感じ取れる。
「……過去の事です、今更気にしてどうなるというものでもないでしょう。私とてそれなりに恥じているのです」
「茶化すつもりはなかった、悪かった」
彼女にとっては、恐らく昔の自分を見せる事はそれなりに羞恥心のある事なのだろう。
少しだけ、顔を伏せている。
「クラウディアが魔星であるという事は、クラウディアを魔星にした人間もいるという事なんだろう」
「えぇ。恐らくはそうでしょう。けれど誰が何の目的で作ったのかは、未だに分からないままです。そして、一つ言えることがあるとすればその人物を私は許せないと思います」
「……だな。彼女を骨肉を鋼に変えた人間がいるという事だ。俺もそれは同じ気持ちだし、それが誰なのかを知りたいと思う」
握りしめられた拳に、彼女の手が添えられる。
本来の魔星の作り方は人間の遺体を原料とする事だ。そしてそれは、クラウディアの遺体を魔星製造に利用したという事実をも示している。
彼女を弄んだ人間がいたとしたなら――彼女が今も尚その人間の傍に有るというのなら俺はそれを許しは出来ないだろう。
……けれど、同時にエリスがそのように打ち明けてくれた事は嬉しかった。共有する秘密の多さや深度が親交の度合いを決定づけるとまでは言うつもりはないけれど、それでも自惚れでないのなら俺は彼女に信頼されていると捉えてもいいのだろうか。
「……貴方に記憶がなかったのは仕方がないことかと思います。私は貴方に星を施されましたが、その逆に貴方は自分自身には何もしなかったのですから。以前にも言いましたが、私の胸には神鉄が在ります、ですから中途半端に上位次元との接点が残ってしまった事もまた、私が神天地の記憶をこちらに持ち帰ってこれた理由の一つでしょう」
俺には確かに、彼女を救った記憶などなかった。無我夢中で手を伸ばし叫んだ記憶しかない。逆に言えば、そんな想い出の切れ端だけを持ち帰ってこれただけでも幸運だったとは言うべきなのだとは思う。
けれど、それでもエリスとの運命は決して俺が勝ち取ったものではない――そう言おうとして。
「だからロダン様、決してこの運命を自分の手で勝ち取らなかったモノなのだと決して卑下しないでください。私は彼女に託されて貴方と極晃を描きました。ですがそれでも最後に私を救って下さったのは貴方の意志です。だから貴方は既に勝ち取っているのです、ロダン様。――私が救われてる事は貴方の勝利にはなり得ませんか?」
エリスの目が空恐ろしいと、以前の俺は思った。その目の透明さの意味を知らなかったから。
けれど今は違う。彼女は、ただ本質的に純粋なのだ。まっすぐ、ただ何かに目を曇らせることなく、俺だけを映している。
だから彼女の目は美しい。
そっと、エリスの肩を抱き寄せる。
鎖骨のあたりに、エリスも顔を埋める。
体が触れ合う事に、あまり羞恥は感じなかった。今この瞬間だけでもよかった。エリスと一緒に居たいと思えた。
勝利の女神という言葉があったのなら、それは彼女の為に有る言葉だったのだろうと思えた。
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AA
集束性:B
拡散性:B
操縦性:EX
付属性:B
維持性:C
干渉性:D
星辰光創造能力。
天元突破の操縦性により星辰波長を完全に制御し、別種の星辰光を創造する能力。
人奏は技術的に星を再現するが、他方でこちらは一から他者の人生を物語として紡ぎ上げて星を有機的に創造する星光。
創造される星の出力や性質は紡ぎあげる物語の精度やディテールによって変化し、それゆえに星の創造主自身であっても目的の成果物から逆算して制御する事は難しいという欠点が存在する。
原典のある星光を再現する場合においては、特異点からアクセスできる人類史を教科書として物語を再構築しソレを行使するというプロセスを取る以上絶対に原典に勝る星を練り上げる事は出来ず、極晃奏者本来の気質と紡ぎ出す星の乖離は当然無視できない。
総じてこの極晃は晃星神譚によって生まれた存在であり、根幹が非常に脆弱であり敗北は必然であったと言える。
故に特異点にその答えは刻まれることもなく、それ以上でもそれ以下でもない無意味な屑星として散った。
ただ一つ言える事があるとすれば、この極晃を描いた事が大神の箴言との訣別の契機となったことであろう。