次回は土星天の登場です。
端的にそれは男女関係における一つの形態であると言えるだろう。
破滅と運命を等しく齎す。
自覚なく悪女性を発揮し破滅にいざなったかそうではないかという違いはあるだろうがエリスも、間違いなく部類には入るだろう。
淑女と悪女は矛盾なく同居する。彼女と逢うことが無ければ恐らく俺はただの一般人として、何の運命も持ち合わせていない人間として死ぬ道が在っただろう。
至高天の階と関わる事も無かったはずだ。
客観視すれば、彼女はそもそも俺と姉さんに厄介事を持ち込んできた人物ということになる。
けれど、それだけではない。
例え自分が招いたモノだとしても、エリスは確かに俺を救ってくれた。逢いに来てくれた。
「おはようございます」
「……おはようございます、ロダン様。昨晩は、その……」
同じベッドの上で、彼女は少しだけ体を手繰ったシーツで隠しながら顔を隠して俺にそう言う。
そうしたいのは俺の方も同じではあるのだが、エリス相手になんとも男として恰好がつかない様なのだから。
「ロダン様。私達は、その。恋人となった、でいいのですよね」
「……改めて言わせてほしい。俺はエリスの事が好きだ、一緒に居たい」
「是非、お受けします。ロダン様」
彼女と契りを交わしたことに後悔はしていない。
エリスはやはり顔を合わせるのが少しだけ避けている。
「お受けする、のはいいのですがロダン様。御姉様の事はいいのですか?」
「……相も変わらずハル姉さんが好きだな、エリスは」
「御姉様は敬愛していますがそれとこれとでは話は別です。何より御姉様は私がロダン様と知り合うより前からずっと傍にいたのですから、何かその。御姉様に対して想うところはあったのですか?」
嫉妬、だろうか。エリスのこういう表情は初めて見た。
姉さんがどう言う人かは知っているだろうが、俺が昔どう思っていたかという事もエリスは知らないのだから無理もない。
至極当然な考え方でもあるし、もし俺が仮にハル姉さんに昔恋人がいたと聞いたら複雑な気分になっただろう。
「一度しか言わないからよく聞いてくれエリス。……白状すると俺は姉さんの事が好きだった。姉さんには釣り合わないだろうけど、本当に俺の初恋だった」
「釣り合わない、と想っているのはロダン様だけでは。ロダン様は昨日私に言ったことはお忘れですか?」
「……だって、そんな事を姉さんに聞けるわけがないじゃないか」
姉さんに馬鹿正直に「俺は姉さんが好きだけど俺は姉さんに釣り合う男なのか?」と聞いたらその日から見る目が変わってもおかしくはない。
俺にはそれが怖い。
「私には、自分が私にとってどういう男なのか聞かせてくれ、などと情熱的に口説いてくださったのに。御姉様にはそのようにできないのですね」
「……ダメだ、返す言葉が見つからない」
「ロダン様はどうにも御姉様には頭が上がらないのですね」
エリスは勝ち誇ったように茶化してくる。俺自身の言葉を借りて彼女は俺をやり込めるという事が時折ある。
その時は彼女はとても悪女らしい、楽しそうな顔をする。
「エリスはその……嫌じゃないのか。俺の初恋という奴がエリスじゃないのは」
「嫌――ではありません。その相手が御姉様なら納得します。でも少しだけ御姉様に嫉妬してしまうのです。私が出会うより前のロダン様を知っている事、昔ロダン様に想いを寄せられていた事が」
「……今はそうじゃない。別に姉さんは俺に幼馴染より上の想いなんて抱いていないし、何度か実際姉さんは親が亡くなってからも何度か縁談の話が舞い込んできたとは聞いてる」
カンタベリー聖教皇国は血統主義的な文化を多分に持つ。家格という奴はそれなりに縁談について回る話でもあり、理想的かつ端的な例ではあるがリナ様とシュウ様の関係は教科書的で、万人のあこがれの的となっている。
仲睦まじく、共に同じ日系の血を引いている事はある程度の血統の均衡を証明している。
だからこそ親を失った姉さんは敢えて露悪的な言い方をすれば、非常に優良物件であったと言える。
親の守護を失った身寄りのない日系の血統とくれば、引く手数多どころか合法的かつ強権的に連れ去る事だって出来ただろうし、もしそうなったら俺の手もう姉さんに届かなくなる可能性だってあった。
……俺はカンタベリーの歴史の裏側を計らずして知った形にはなるものの、縁談でこそはないがザンブレイブ卿――より正しくは神祖イザナの家に引き取られる話もあったらしい。そうならなかったのはある意味で本当に良かったと思う。
もし姉さんが其のいくつかの縁談の内一つを引き受けていれば。
その当時に俺がよく姉さんに出していた不味い食事や拙い介護は早々にお役御免となっていただろうしそれが姉さんにとっても幸せとなったはずだ。
けれどそのいずれも姉さんは総て強く固辞している。
その動機は計れないけれど、俺には一貫して「だって、私が居てあげないとロダンの友達は本だけになっちゃうでしょ」とよく言っていた。
今は姉さんは聖庁大書院で旧暦日本の資料の保存や継承に携わる仕事をしていると。手先が器用で博学な姉さんらしいことだと思う。
元々の真面目な気質もあるのだろう、ハル姉さんは遺産に手を付ける事も血筋で優遇される事もあまり好まず、自分で働いて得る金銭で生活している。彼女の両親であったナオさんとマシューさんがいた頃に比べれば、少し生活に陰りは見られるだろうけれど。
少し堅物が過ぎる側面はあるけれどそんな所を俺は姉さんに対して佳いと思う。
「いつか御姉様に聞いてみてくださいませ。……私も一緒にいてあげますから」
「その時が来たらよろしく頼むよ、エリス。……俺達の事も打ち明けないと何れはいけなくなるし」
そして、エリスも俺も服を着替える。
青白い不健康そうな色合いの病衣を身に着ける。
「ロダン様。もう一点、聞き忘れていました。……マリアンナ様の事についてはどうお思いですか?」
「ハル姉さんならまだしも、どうしてそこでグランドベル卿の名前が出てくる」
「お忘れですか、ロダン様。貴方は誰の為に一番初めに私に星を求めたのか」
……俺が女性と知り合うという事はあまりなかった。エリスと知り合う前に俺を知っている女性はグランドベル卿ぐらいだ。
少し、エリスの顔には不服の色があらわれている。
「グランドベル卿をそういう目で見たことはない。あの人は、誰にだって優しくしてくれる人だ。俺は命を救われた恩はある」
「私はマリアンナ様に優しくされた事はありませんし命を狙われかけましたが?」
「……エリス、不機嫌にならないでくれ。グランドベル卿は確かにエリスを奪おうとした。それは俺も認められないと思っている。けどそれでもあの人は憎まれることも、自分が傷つくことも――一番泥を被る事も総て承知の上で選ぶ人だ」
戦士として彼女は諸人には高潔に映る。それは俺も例外ではないが、彼女がかつてのヴェラチュール卿の墓前でしていた表情を俺は忘れられない。
憎悪と愛情は矛盾なく成立する。けれど、それを成し得たのはグランドベル卿やリチャード卿しか見たことない。
どれほど辛くて、苦しい事なのか、分かったつもりでいる事は彼女らに対する侮辱になってしまうのだろうが、それでも俺はだからこそグランドベル卿に敬意を持つ。
「……ロダン様は御姉様の事を語る時は喜ばしそうにして、マリアンナ様の事を語る時はマリアンナ様の肩を持つのですね」
「そうだな。ハル姉さんとは血筋は違うが姉弟同然で、グランドベル卿は戦士として俺に大事にな事を教えた人だ」
「では私はロダン様にとってどういう人なのですか? ……貴方は私に求めるばかりで、自分の事を云いません」
エリスは姉弟じゃないし、戦士でもないから当然彼らと近しい立ち位置にはなれない。
姉弟である事も、戦士としての共感と憧憬も、別にソレは人間関係の一形態というだけであってそれ単体が人間関係の貴賎を代弁しているようなものではない。
エリスは人間関係としての彼女らに対する優越性をどこか求めているのだろうとも思うし、拗ねている動機がそれなら猶可愛らしいと思うのだ。
「……エリスは淑女だ。俺は詩人だ」
「抽象的な言い方ですね、もっと詩人なら固有名詞を使ってください」
「……エリスは男女の仲として、好きだし例え何があっても俺を見放さず導いてくれる。だから、エリスは詩人にとっての淑女だと言っているんだ」
……火焔天を上り、銀月天を飛び立ち至高の天に導いてくれる存在。そうしたモノがエリスだと俺は思う。
「人間関係は優越性がある方が尊いモノのように見えるだろう。けれど人は誰にとっても特別で、普遍的に無二性があるんだよ。だからエリスだって、俺には替え様なんかあるはずがない存在だ」
「……なら、そう言う事にしておきます、ロダン様」
いまいち、あまり納得している様子ではない。けれど、エリスの手を握れば彼女の表情は柔らかくなった。
摩擦を感じさせない、すべすべとした彼女の手。少しだけ冷たいけれど。
今日は俺とエリスは研究協力――名目上は――であり、俺達の間にある星辰光の解析で副長官に呼ばれていたはずだ。
―――
「ルシファー。貴方は人として、何をしてみたい?」
「俺は人ではない、故に為したいことはないが」
ウェルギリウスとルシファーは、口元をかくしながら聖教皇国を白昼闊歩する。
本来であればウェルギリウスは行方不明者として捜索されている人物であり、当然顔を隠すのは当然だった。
「これもまたお前にとっては必要な工程なのだろう。理解しているとも、始まりの極晃を描いた死想恋歌も神星も、二値の地平を超えたる人間性と定義される性質を以ってその頂に到達している。だからこそ俺もまたその人間性という奴を身に着ける必要があるという事だろう」
「そうね――と言っても、人間性ばかりはさすがに数値に変換は出来ない。貴方自身が見出さなければならないし、私という人間の性質上貴方に教える事が出来ない」
ウェルギリウスの視座は人間のそれとはズレが在る事はルシファーもまた同様に理解していた。
人の為すあらゆる事象を粒子や物質の挙動による現象としてしかとらえられない人間であるために、一般的な人間の感性というモノに理解が示せない。
「お前の知性の水準でも、不可能な事はあるのか」
「そうね、旧暦日本においても人間の心を電子的に設計するという事は一大研究テーマであったとはオウカ様も言っていたわね。人は人と関わる事で己を定義していく、人生はその作業と私は考えているわ」
「他者と関わる事で? 絶対値ではなく相対値の集積で? おかしなことを。俺に限らずは命とは命として生まれた時点で個として立脚している。他者との相対視で揺らぐ在り方に何の価値がある、不変の輝きとはそうあるべきモノだろう。輝きに変化が生じ得るとすればそれはリソースの問題であるべきで、相対評価によるモノではない」
ルシファーはそう宣言する。
自己というモノの定義においては極楽浄土の担い手とある種趣を同じくする見解だった。
「この世界においてただ"在る"という事実のみが個人の実在を肯定する。であるというのになんだという、銀想淑女の在り様は。まるで惰弱だろう、お前の設計への侮辱も良い所だ」
「元々銀想淑女は想定外の生命だもの。彼女の生得的性質のいくつかは銀月天を継承しているけれど、私が本来関知できる部分ではないし性格はその最たるものね。だから銀月天を介して観測できているのは幸いよ」
己が己であるという一点においてはルシファーは譲らない。その意志の強固さは光の属性を帯びる者に共通しているモノでもある。
実体があり、意志をしているというならそこに己の実在を疑う余地があるのか――否、そもそも相対視によって変わる在り方に価値はなく、絶対不変こそが真に価値あるモノであると悪魔は謳う。
「……今現時点で、貴方にとっての一番の好敵手は? これでも技術実証以外にも
「
「総合評価としては現状、貴方を除けば太陽天が最強と言っていいでしょうね。天元突破の出力と優れた諸資質を基盤とした極めて高い汎用性は天之闇戸や迦具土命壱型と同様のコンセプトでもあるし」
ふむとウェルギリウスは頷く。
ルシファーにとって必要なのは窮地であり、機能停止に追い込めるだけの実力を持つ魔星を設計する必要があった。
ウェルギリウスはルシファーの性能を熟知している故に決して設計において容赦はしない。至高天の階は十柱各々が凡百の星辰奏者と隔絶された性質と性能を帯びている。
「至高天の階、その十柱により聖戦。それを勝ち抜いた最後の一柱にこそ私は自由を与える。至高天の階という運命から解放されて自由に生きる、と云う権利を」
「勝者には戦利品が必要なのだろうが、悪いがその景品とやらは俺が没収することになるだろう。――勝つのは俺以外に居ないのだから」
至高天の階は、生まれながらにして聖戦という悪魔の窯に投じられる運命にある。
其処を生き延びた者にこそ、自由と栄誉は与えられるとウェルギリウスは言う。彼女にとっては、それすらルシファーを成長させる糧でしかないのだから。
「その点、太陽天は実につまらん。よりにもよって奴は早々に俺達に
「とは言え、太陽天と貴方が至高天の階の創造に大きく寄与したのも事実ね。結局貴方は自分たちの味方をしてもかまわないし、その後に好きに生きて好きに死ねと言ったけど」
「アレもそれで本望だと言った。俺達の共犯者であり利益を提供した人物でもある、帰順するというのならその褒美という奴は必要だろう。そもそもアレは俺と敵対したとて何処にも至れん……特に、
真実、残念だとルシファーはそう言う。
彼は決して根拠なく傲慢なわけではない。事物事象を数値として価値を換算し、その上で裁断しているだけの事である。
その上でルシファーは太陽天と木星天を己に準ずると認めていた。
「……となれば本命はやはり木星天か」
「貴方にとっては天敵の一つでしょう。アレは太陽天とは全くの真逆――
「俺が神星とすれば、さしずめ木星天は英雄か。なるほど、確かに性質としては道理だろうよ。それが俺が極晃に至るプランの一つ――光と光の
ルシファーが極晃を描くプランとしてはウェルギリウスは当然にしていくつかの案を考えていた。
一つは本命たる疑似発動体型接続機能を用いた、文字通り第四世代型人造惑星のアプローチ。
第二案としては、光と光の決戦による
「閃奏の横槍は当然考えるべきだけど、むしろ貴方は望むところ、というのでしょうね」
「俺の性能を実証出来得る強度を持ち得るのは木星天以外はいない」
「では
ウェルギリウスの述べる第三案――それは光の対極たる闇との決戦だった。
「土星天か。太陽天と土星天の次点といったが悲しい事に
「手厳しい、では銀月天は?」
「アレは未知数だ。未知数故に俺の最大の敵となり得る可能性も有している。数値を定義できる域にはない、いわば代数ですらない虚数だ。俺達の計画におけるイレギュラーとして認めよう」
ウェルギリウスもルシファーも、数値評価に対しては極めて真摯で公正だ。
故に侮らない。勝利に因する要素をかき集め、それをリソースとして計画成就への道筋を演算する。
だからこそ彼らは銀想淑女と神聖詩人を検証している。
「奴らは評価を日々更新し続けている。同調係数も、神聖詩人の出力も今や純正の魔星の影を追うほどに。――だが、なんだ。一昨日の数値のブレは。奴らの同調係数の桁が一つ上がり、しかもそれが継続している。これが誤差であるわけが有り得ない。有り得ないが、俺の理論体系では説明がつかない」
「星辰特性の同調係数は互いの理解度や精神の傾向によって左右される。負ではなく正の方向での相関関係の異常上昇。……考えられるとしたら、それは
「……ウェルギリウス」
「私の知性も理性も真面目にそう結論付けたわ、そんな顔をされても私は困るのだけれど」
ウェルギリウスの言葉に対してルシファーは一瞬だけ真顔になる。
それから元の表情に戻り、ウェルギリウスの言葉の意図を問う。
「愛、か。人類種における人間関係の一形態をそう呼ぶこと――それが神星を断頭台に追い込み、太陽神を鎮め、絶対神を打ち砕いた要因となったことは知っている」
「そう。宿敵であれ、同志であれ、愛であれ、想いを同じくする他者がいるからこそ極晃は至る。……ルシファー。貴方にとっては私はどういう存在かしら?」
ウェルギリウスは水平の天秤の如く、決して揺れない。
他者の命も、あらゆるリソースもルシファーの高機能化のための材料として使う。社会通念的には間違いなく悪と呼ばれる性質の持ち主であった。
最も人々が思い描く普遍的なマッドサイエンティスト像の体現者である。ルシファーもまた、自分の高機能化の過程で生じる犠牲など斟酌しない。
ルシファーという至高の作品を創り上げるためなら、彼女は何処までも永遠に――それこそ千年を超えてでも果て無い完成を目指して挑んで見せるだろう。
ウェルギリウスの知とルシファーの力は互いが互いに最大の利益を生み出す。その一点に関して、彼らは確かに運命の二人だった。
「――共犯者。俺達の関係はそれ以上でも、それ以下でもない。堕天と魔女の盟に相応しきはそれ以外に有り得ない」
―――
顔を隠すポースポロス――改め偽名ケネス・ブライトはその帰路をジュリエットと共に辿る
道行く過程で、ポースポロスと云われた男の人相書きが出回っている事にジュリエットは何が愉快なのか、茶化すような笑いを浮かべていた。
「ポース……ケネス。見て、貴方の人相書き、そっくりだね」
「腕がいい、俺の顔の特徴を非常によくとらえている。」
「といいつつ、お隣の国の英雄さんの髪型少し変えたらそっくりになりそうだし、そんな手間はかからなさそう」
「人相書きには困らん顔だと自覚している」
市中では話題で持ち切りになっていた。
お隣の英雄に顔の非常によく似たテロリスト、機甲巨人化創星録の生き残り――あるいは
いずれも、ポースポロスの真実には肉薄していないが恐慌状態に陥るのも理解ができる。それほどに英雄の名は死して尚恐れられていることでもあるのだから。
公式には、彼は正体不明ながら英雄ヴァルゼライドとは一切関係のない人物とされている。
誰も彼も、いずれは裁かなければならない。
特に銀想淑女は何の罪もない命だ。故に聖戦の時まで彼女は自由を謳歌するべきだと考えている。
彼女を害そうとした故に鉄血聖女と木星天は矛を交えることになった。
怒りに支配されていた己の愚を恥じるように、ポースポロスはその噂話を聞きながら拳を握りしめる。
「……というか驚いた。ポースポロスってなんとなく想像はついてたけど指名手配犯だったんだ。なんかとんでもない人を助けた気分なんだけど」
「一般的に言うテロリストの定義とは趣を異にするが、フードを剥ぎ取り聖庁に突き出すなら今の内だ」
「別に、病気が治るまで突き出すつもりはないけど。言った事には責任持ちたいし、それに貴方はなんとなく分かるもの、無軌道な人殺しじゃない。――むしろ本来それを憎む性質の人物。そもそも大前提として貴方による犠牲者とされてる人はいない」
少しだけ、ポースポロスは彼女の歪みを想う。
血塗れで虫の息であった自分を助け、テロリストと判明しても「想像がついていた」とさらりと流し、治療は続行中だと言い放つ。
ポースポロスは悪と闇を忌む性質がある以上、ジュリエットに対し自分の
「お前は俺の病気が治るまでは突き出さないと言った。なら、一つ言っておこう。俺の重症は恐らく
「だったら貴方がその歩みを止めてもいいと思えるようになるまで診てあげるから」
「お前は良い医者に成れると言ったが、但し書きをつけよう。お前は診る患者を選ぶべきだ」
彼女はまるで、諦めるという事を知らない。
何せ彼女の為そうとすることは光の宿痾が完治するまで付き合うという事と同義であるのだから。
「俺が、今すぐにお前の首を刎ねようとしたらどうするつもりだ」
「だったら跳ねる前に私と約束して。貴方の手による最後の犠牲が私になる事、そして貴方が立ち止まる事を」
「……医者の範疇を越えている。命を助けるために命を投げ出す等本末転倒だ、お前は若くそして聡明なのだから自分の時間を有意義に使うべきだ」
微塵もやはり恐れていない。
無論、ポースポロスも本気で言ったつもりではなかった。つもりではなかったが、それでも彼女は至って本気に止めようとしている。
そんな献身を踏みにじって突き進むのが光の宿痾なのだと、ポースポロスは戒める。
「時折年寄りみたいな事言うねポースポロス」
「俺はケネスではなかったのか」
「はいはい、忘れたわケネス」
無駄口を叩きながら、それからジュリエットの家に戻る。
きぃ、と小さく軋む戸。古ぼけた木の香りは少しだけ気分が落ち着く。己には似合わない、日常の匂いという奴だ。
被ったフードを取りながら、ポースポロスは寝所に腰かける。
「今日はありがとね、ポースポロス。少しだけ楽しかった」
「……楽しかった、か。俺といるのがそれほど愉快だったか?」
「指名手配犯と一緒に市中を歩くって中々スリリングだったし」
……冗談にしてはシャレになっていないとポースポロスは苦笑いをする。
「少しだけ、笑うようになったねポースポロス」
「お前の冗談は突拍子が無さすぎる」
「それじゃあ、今日はもう寝ていいから。明日また傷の具合を診るからそのつもりで、ポースポロス」
「あぁ、世話になる」
彼女は言って、ポースポロスの部屋を去った。
傷の具合は大分マシになっている。体を曲げるときの痛みは元々問題とはしていなかったが、それでも感じないほどに快癒している。
四肢の感覚は明瞭で、為すべき事は理解している。
だが――そこで部屋の中に在るべきはずのモノがない事を知る。
彼の友としているはずだった、あの二刀がそこにはない。
確かに、それはジュリエットによって傍に立てかけられているはずだった。
そして日中、自分はジュリエットと共にいたはずだからジュリエットが隠したわけでもない事は明白だ。
「まさか――」
そこで彼は枕の傍に置かれた置手紙を見る。
……封を切り、その書面に目を通す。
其処には深夜、皇都の外れで待つとのみ書いていた。
――差出人の名は、