オフィーリア副長官の招集で俺とエリスは装甲監獄の更にそのまた地下の最下層へと訪れた。
ごうんごうんと響く駆動音と共に地下には広大な空間が広がっていた。
青白いアーク灯に照らされた、訓練場のような何か。確かこの装甲監獄は一応カンタベリーの血税で創られたモノらしいが、よくもまぁと感心せざるを得ない。
其処にはグランドベル卿とオフィーリア副長官が待っていた。
「おはようございます、エリスさん。ロダンさん。今日は少し、実地の星辰光行使について検証したい事があるの。協力して頂けるかしら?」
「協力しなきゃここから出られないし、なんならここで俺達が星を使って暴れたところで最悪地下室空間ごと倒壊させればいいわけだから拒否権ないんだろ」
「この地下をそこまでもう全容を把握しているのロダンさん。探偵になったらいかが?」
「なんとなく、オフィーリア副長官ならやりそうだと思っただけだよ。星辰体運用兵器なんて使わなくてもこの施設内の全質量を叩きつければ、例え魔星でも無事では済まないのは大体分かる」
エリスは、ぎゅっと俺の袖を掴んでいる。
概ね、恐らくエリスもこの地下室の構造については理解が出来ているのだろう。堅牢な作りを見ればそれは明らかだ。声が果てなく反響するあたり、相当に容積が大きいのも理解がいった。
「……そうね。決していい感情を持たれていないのは理解している。それでも、私達もまた貴方達を害そうとする気はない。それはどうか信じてほしい」
「いがみ合っても仕方がないのは分かるさ、元々は俺にも責任はある。……やろう、必要な事をさっさと終わらせて俺はエリスを自由にしてやりたい」
深く、オフィーリア副長官は頭を垂れる。
オフィーリア副長官はエリスは少なくとも、エリスが分析協力に対し悪感情を持たなかったという一点においては倫理観は真っ当だし信頼はしてもいい。
創作伝奇もののマッドサイエンティストでは決してない事は信じてもいいのだろう。
「……それじゃあ、まず初めの検証はロダンさんの星辰光についてね。試しに一回だけでいいからロダンさん、星を使ってみて?」
エリスは深く息を吸う。
それから同調が開始される。往還する星辰体、エリスとの間に感じる星の共振が俺に加護を齎す。
今までエリスとの感応は唐突な形でやってきた。恐らく今が初めて意識的に彼女を発動体として同調した事になるが、それでも驚くほど違和感なくエリスの中に入り込めた。
AVERAGE: B
発動値DRIVE: AA
集束性:D
拡散性:C
操縦性:AAA
付属性:E
維持性:C
干渉性:AA
そこで、グランドベル卿は少し怪訝な顔をする。
「……評定が更新されている。特に干渉性について、ロダンは元々資質は持ち合わせていなかったのに」
確かに、俺の星の資質は依然と比べると一回り上がっている――どころか性能評価で言った場合、間違いなくこれは魔星そのものだ。
「エリスさんの資質は干渉性。ロダンさんの資質は操縦性。……ならエリスさんも星を使ってみて」
「分かりました、オフィーリア様」
エリスはこくりと頷き自分の胸に手を当てて、それから起動詠唱を紡ぐ。
銀月をその身に宿しながら、月乙女の天衣を身にまとい彼女は女神へと新生する
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AAA
集束性:E
拡散性:A
操縦性:A
付属性:C
維持性:E
干渉性:AAA
「……こちらは変化はない。ロダンさんだけは補完するように資質が更新されている。エリスさんとロダンさんの相互関係の変化かしら」
「些細なことで構いませんが、ロダンとエリスは何か変わりはありましたか?」
グランドベル卿は俺達に向けてそう問う。
俺達としては質問の意図がいまいち読解できない。それをなんとなくオフィーリア副長官は察したのだろう、補足で説明を付け加える。
「魔星エリス――貴女の発動体であり同時に魔星でもあるという在り方を私は仮に第四世代人造惑星と呼ぶ。そこで、ここからが私の推論になるわ」
「……聞かせてください、オフィーリア様」
エリスも、恐らくそこまで自分の事を知り得はしていない。
あの子を元に生まれたのがエリスだ。自身の機能に関してはエリスも把握したいということだろう。
「……貴方の創造主が同様の機能を持っていて、それを貴方は共有しているという事だったわね」
「はい」
「間接的に神星鉄を発動体としている以上はロダンさんは発動値の大幅な引き上げは当然あるけれど、同時に貴女の干渉性も性質の一部として引き継いでいる。対してエリスさん自身は魔星ではあるけれどロダンさんは決して第四世代型人造惑星ではない――つまりエリスさんは
俺が持ち得ない干渉性の資質はエリスを発動体としたことで俺が後天的に身に着けたモノだ。
だがその逆にエリスは元々俺の性質に引き摺られたりはしていない。俺が
「……今までのロダンさんの星の発動形態は計らずもエリスさんの星と自分の星との正面衝突のような形になっていた。どこまで行っても、星に祈るという行為においては他者の祈りは
「けれど、今のロダン様と私はそうではない。それから訂正してください、オフィーリア様。――ロダン様の想いは決して私にとっては異物ではありません」
「ごめんなさい、言い方というモノが在ったわね。恐らくエリスさん自身がロダンさんの祈りを許容する事が出来るようになった、と云うよりも同じ指向を向いたからというべきでしょう。だからこそ相互理解がそのままロダンさんの力になる」
エリスとの相互関係、理解。
それがそのまま力になっているのだとしたら、――思い当たる節は一つしかなかった。
エリスもそこに思い当たったのだろう、共々俺達は赤面する羽目になる。
「……エリス。それは言い出せないような事なのですか? 些細と斬って捨てられるような事ではないと?」
「――それは……その。ロダン様との事は何を一つとっても、私にとって些細なモノではありません」
口を噤むのは無理もない。エリスは元々誤魔化す事をあまり知らない。
純粋で、正直だ。だから昨日の夜の事は中々言い出せない。加えてエリスはグランドベル卿の畏怖すべき部分しか知らないのだから当たり前だ。
「グランドベル卿、エリスは女優だ。女優とくれば、キ
「……そうでしたか。二人の事についてはあまり特に言及するつもりはありませんしロダンに限りそのような事はないでしょう、聖庁の下では節度はどうか守って慎んでください」
「聖庁の下では、なんて言ってもそもそも今は俺達は聖庁以外に出られないからそこは安心してくれ」
グランドベル卿はひとまず納得したようで何よりだった。
ただ、節度を護れと言ったグランドベル卿の信頼を既に裏切っていることは申し訳なく思うのも事実だ。
……事実なのだが、あからさまにエリスは不機嫌になっている。
グランドベル卿の肩を持ったつもりはないし、エリスにとってもこの言い訳はそれなりに道理は通っているはずだ。
「……ロダン様。貴方があの夜のかけてくださった言葉の数々は演技だったのですか?」
「ちょっと待てエリス、その言葉は誤解を色々招く」
「――というのは冗談です、マリアンナ様。この通り、私達は演技の練習をしていました。心を許せる男性はロダン様以外私にはいなかったので」
……エリスは俺が狼狽する姿を見るとすぐに機嫌がよくなった。
なんというか、以前よりもエリスは表情が分かりやすくなったと思うが、それはそれとしてなんだか弄ばれているような気がする。
淑女然とした楚々とした微笑みで、彼女は俺をからかって見せる。
そんな有様を見て、少しだけグランドベル卿は笑っている。珍しい笑い顔だ。
それから、こほんと咳払いしてオフィーリア副長官は話を戻す。
「……エリスさんにとって、ロダンさんは心を許せる異性である事。それが理由なのでしょうね。第四世代人造惑星という概念は導く者単体ではなく導かれる者も含めての一つのシステムで定義されるべき概念であり、同時に過去のロダンさんの星はアレでさえも完成形ではないと言ってもいい。事実として今貴方は性能を更新している」
俺の星にはまだ見ぬ先が在るのだと、オフィーリア副長官は言う。
まだ、エリスに導かれるその途上に俺は居る。では、エリスに導かれるその最果てに俺は何になるんだろう、そんな思案が頭に浮かぶ。
それからオフィーリア副長官は指を静かにさす。この地下実験場の暗闇の奥に、いくつかの青白い輝点が見える。
数は三機。微かな駆動音と共に、こちらに近づいていくのが分かる。
「これから貴方達には訓練用人造惑星のアメノクラトと戦ってほしいの。もちろん原設計に比べて大幅に訓練用にデチューンはされているし、訓練用だから貴方達を殺傷しないように制御はするわ」
「……人造惑星を三体もか」
「無論これは私の研究への協力や改良のためのフィードバックの意図もあるけれど、実戦闘を通して貴方達の星の傾向を知りたいの」
エリスから見せられた主観記憶に在る、あのアメノクラトと形は一緒だが、それでもアレが大分原典から大きく異なるのは分かる。
というよりも、むしろ星辰人奏者の改良したアレが常軌を逸しているのだろう。
攻性光子放射装置、暗黒物質裁断刃、新説・矛盾量子力学、超高速時間逆行消滅弾――新西暦を置き去りにしたあの超未来兵器群に比べたらまだこれはずっと人道的かつ常識的だ。
「用意した三機は訓練用のアメノクラトを基盤として、更に統合戦闘型、指揮支援型、環境改質型と設計を用途に応じて変更したモノよ」
「……随分豪勢だな、アメノクラトって一応神祖が量産に成功したとは言えそれなりに数に限りが在るんじゃないのか?」
「えぇ。その内一機はグランドベル卿に模擬訓練で単身でスクラップにされたわ。それはもう、酷い有様で再利用を何度か断念しようと思った位よ。あと、恐らく貴方達の星辰光の傾向や性能限界を把握するには恐らく同じ魔星を用意しないと真っ当なデータは取れないと判断したの」
……グランドベル卿は複雑な表情をしている。団長格を除けば唯一単身で訓練用のアメノクラトを倒したという話は相応に有名なのだろう。
かといって、ではこの場でグランドベル卿に俺達の相手をしてもらうのかと言えばそれも不味いだろう。
「……その話はもういいでしょう、副長官。訓練用とは言え魔星です、ロダンも気を付けて」
そう言うと、グランドベル卿は少し後ろに下がり退避する。
「構いません、ロダン様。私は何時でも」
「あぁ、行こうエリス」
俺の手には銀剣が生じ、エリスも手を翳してアメノクラト達に臨む。
一歩、一歩、歩を進めながら速度を上げて俺達は走る。
―――
オフィーリア副長官は手を翳しながら、アメノクラトを操縦する。
その手に嵌められた篭手は、恐らくアメノクラトを操縦・制御するためのデバイスだろうか。
機影は三機。
その三機とも、資質は微妙に異なっていた。
第五次世界大戦用星辰兵器・天之闇戸
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AA
集束性:E
拡散性:B
操縦性:AA
付属性:AA
維持性:C
干渉性:A
第五次世界大戦用星辰兵器・天之闇戸
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AA
集束性:D
拡散性:B
操縦性:AA
付属性:C
維持性:C
干渉性:AA
第五次世界大戦用星辰兵器・天之闇戸
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AAA
集束性:AA
拡散性:C
操縦性:B
付属性:C
維持性:B
干渉性:B
足を踏みしめて、エリスと共に広大な地下実験場を駆け抜ける。
副長官の指揮の下にアメノクラト達は三機三様に攻め手を分ける。正三角形を描くように俺達二人を取り囲みながら、破壊の神官としてその星を存分に振るう。
環境改質を担う機体は星を振るうと、いきなり地下実験室の環境は戯画のように塗り替わった。
加えて、その先陣を切り開くように統合戦闘型が俺をめがけて駆け抜ける。
「エリス、俺の後ろを頼む」
「貴方は戦闘型を頼みます、ロダン様」
三機のアメノクラトの連携は巧緻の極みだった。支援型が出力を環境改質型に出力を供給すると環境改質は一瞬で進む。
エリスと俺の星で干渉と操縦を成し遂げ環境を塗り替えを阻止し続けながら、同時に統合戦闘型と戦わなければならない。
風景は虫食いだらけのように、雷雨や溶岩と元の実験室とが五分五分で混在している。
統合戦闘型は右腕を振りかざすとそこには電界の剣が生じていた。
剣を打ち合えば、星で編まれたアメノクラトの剣は解れるが、同時に強靭な脚部による蹴撃が走る。
「く――、この程度」
剣で受けても、この重さ。同時に踵落としの構えをアメノクラトは取る。
機械とは思えないほどに滑らかで、その関節の動きにまるで歯車らしさというモノを感じない。星が利かないと判断すると単純な質量での肉弾戦に切り替える。
三機を並列して操縦している副長官も恐らく相当なやり手だ。
エリスとの連携を寸断する絶妙なポジショニングと時間差を生み出しながら、三機それぞれの役割をいかんなく発揮させている。それだけの思考を常に巡らせ続けているのは誰の薫陶によるモノなのだろうか。
だがその程度で負ける気はない。俺は統合戦闘型を、エリスは支援型と環境改質型を相手取っている。
指揮支援型と環境改質型は本質的に直接戦闘に秀でない躯体であり、同時にエリスはその資質の完成度も相俟ってそれらを相手取るのに向いている。
戦力配分としては、それが最適だ。
エリスもまた干渉に次ぐ干渉を以って銀光の絨毯爆撃でアメノクラトの身を削り続ける。最新の魔星として、その月の暴威を十全に振るい続けている。
だからこそ俺は統合戦闘型と後顧の憂いなく戦える側面はある。
エリスが護ってくれるのだから、俺もまたエリスを護らなければならない――そう想えば想うほどに、胸の底から形容のしがたい力が沸いていく。
アメノクラトは演算を、俺は経験を以ってその武芸を叩きつけ合う。
俺の銀剣の一閃をアメノクラトは白刃取りで受け止めるが、その直後に俺は剣から手を離し掌底を構える。エリスの与えてくれた月光がその手には宿っている。
「――獲った!!」
アメノクラトの左腕を掴みその反動で背後に回り込めば、全霊を籠めて掌打を撃ち込む。
星の宿った掌底は根こそぎアメノクラトの星を奪い一時的な機能停止へと追い込む。
アメノクラトの手放した剣を再びその手に取れば、剣を横一文字に構える。
目に光を失っている今だからこそ、アメノクラトの炉心にはこの剣は届く――そう思うが、それを成就させるほどに副長官は甘くはなかった。
「ロダン様!! 離れてください!!!」
エリスの叫ぶ声と共に、構えを済んでの所で解いてかわしてその場を脱した。
エリスの叫んだ理由は指揮支援型にあった。
支援型より外部から星を注ぎ込まれて強制的に再起動した統合戦闘型は、即座にその鋼の拳を振り抜いていた。
後一手、遅くなっていたら俺はその拳で穿たれていた。
「ロダン様、ごめんなさい。遅れました」
「謝るのは無しだ。エリスが居なきゃ俺はそもそも戦えてない」
俺達の陣容が崩れると同時に三機は正三角形を描くように再び戦闘陣形を取る。
翳される手と共に、周囲の空間が歪んでいく。
無機質なアメノクラトが初めて言葉らしい言葉を話す。
支援型が星の供給を行い、環境改質型がソレを元に極小領域で事象改変を行い、同時にそれを頭語戦闘型が極限の密度に圧縮する。
背筋に悪寒が走る――エリスも同じ事を想っていた。
「擬装――
「――受けて立ちます、オフィーリア様」
極小領域事象改変による重力場変動式超新星爆弾。傍目から見ても、サルでもわかる尽絶たるエネルギーだ、それが解放されたらこの地下室はどうなるか等想像つかない。
もちろん、オフィーリア副長官は恐らく理解しているはずだ。途中でこの魔星連中を機能停止にして検証を中断することもできるだろう。
だからこそ、剣を構えて真正面から受けて立つ。心の通わない鋼の機神に決して俺達が負ける道理はない。
まだだ、まだこれではダメだと叫ぶ。エリスもそれに際限なく、どこまでも応えていく。
同調係数は天井を睨んで何処までも跳ね上がっていく。
体表から立ち上る銀の輝きが剣に集束していく。やっぱり、あぁそうだ。エリスがいるのなら俺は無敵になれる、それが導く者なのだから。
銀月の極光剣と共に駆け抜ければ、超新星に俺達は正面から立ち向かう。放たれる爆縮光にその刃がめり込むと、バターのように柔らかくその刃がめり込んでいく。
時間にして小数点以下の何桁目かもしれない秒数を、俺達は凌ぎ切り断ち切った。
……同時に、相当先ほどの業の代償だろう。アメノクラトは俺達が刃を交えるまでもなく、機能停止に追い込まれていた。相当星を費やしたのは明らかだ。
目の光を失うとともに、環境改変は解かれ元の地下室に世界は戻っていった。
アメノクラトの奥からオフィーリア副長官も素方を現し、機能停止したアメノクラトを労わる様に装甲を撫でる。
「……驚いた。訓練機とは言え、それでもアレを凌がれるなんて」
「オフィーリア様。さすがに冗談にしてはアレは性質が悪いかと」
「最悪の場合の抑止機能は実装しているから安心してほしいわ、言ったでしょう、そんな物騒なことを試す気はないと」
「本気で私達を始末するつもりなのかと一瞬思いましたが」
……三機が最後に見せた、あの星の爆弾の事だろう。
エリスは明らかに不服だが、既に検証は終了した。
髪をエリスは振り乱せば、その瞬間にしゃらんと音を立てて彼女の天衣は星辰体に還り病衣に戻る。
美しい所作で、つい目が奪われる
「検証はこれで終わりか、副長官」
「えぇ。アメノクラトの改修のためのデータ収集も目的の一つではあったけどやはり、貴方達は興味深いデータを提供してくれるわね。――特にロダンさん、戦闘の最中も出力に微少だけど向上の傾向が見られた。恐らくそのいずれもエリスさんと立ち位置を入れ替えるときや呼びかけが在った時」
「……そして最後のアレか」
自分でも驚くほど、状況と出力に順応している。
一片も疑う余地さえなく、自分はあの旧日本の遺産の量産品に立ち向かえると即断して突っ込んだ。
木星天の時でさえ俺は恐怖というモノを全くとは言わないが感じなかった。……それは恐らく、俺の持ち得る力の水準が大きく上がったからなのだろう。
けれど何よりエリスが居れば決して怖くはない、そう思えるほどにエリスと一緒に居る事は心強かった。
「とりあえず、今日の検証は一応はこれで終了よ。ロダンさんもエリスさんも有難う。ロダンさんもかなり疲れてそうだから食事が必要なら準備なら収容室に用意させるけれどいかが?」
「……是非頼む」
元が俺は人間であるせいなのだろう、魔星としての出力との差額はそれなりに大きい。今になってどっと疲労感が出る。
エリスはそのような事はないものの、生態の違いというモノはやはり埋め難い側面は大きいのだろう。
エリスが俺の肩を支えてくれるけれど、それでも疲労感は強い。少し頭痛がする。
「……多分、一対一だったらグランドベル卿の方がずっと強かった。それこそ訓練用のアメノクラトを団長格を除いで唯一単身でスクラップにしたと聞いても疑いの余地はない」
その光景はありありと思い浮かぶ。辺り一面を焔で焼きながら、アメノクラトを無残な鉄くずに変えて象のように踏みつぶす様はまさに凄絶だ。
「ロダン。褒められても私は貴方に何も返せません」
「貴方はその強さで俺を護ってくれた、グランドベル卿は既に俺に返してる」
「……貸し借りとは前貸と前借が認められているものなのですか?」
「認められてる事にしてくれ。そうじゃないとグランドベル卿は中々賛辞を受け取らない癖がある」
グランドベル卿は粛々と頭を下げる。
……エリスはあまりそれに対して快い視線を向けてはいなかった。そう言えばエリスはグランドベル卿に苦手意識を持っていたなと思う。
俺はグランドベル卿の肩をよく持つとエリスは言っていた。
何処となくエリスの視線を察したのだろう。それでは、とグランドベル卿はその場を辞そうとする。
「待ってくれグランドベル卿」
「なんでしょう、ロダン」
少しだけ、グランドベル卿は驚いた顔をしている。けれど、俺は彼女への誤解を解いてほしいと思うからこそ俺は伝えないといけなかった。
エリスは怪訝な顔をしている。
「エリス、グランドベル卿に付き添ってやってくれ。彼女はこれでもまだ病み上がりなんだ、だからエリスが隣に居てやってほしいし、グランドベル卿の事をもっと知ってほしい」
―――
「火星天。いつもながら貴方の考えていることはわからないわ」
「別に? 何も考えていないぞ水星の。聖戦も、堕天も、俺は心底からどうでもいい。そしてそれはそちらも同じだろう」
火星天――ファウストはそう言って、水星天に語り掛ける。
彼らは大聖庁の屋根の上で佇んでいた。
「いよいよ聖戦の幕は近づいて、最後に残るのは至高天のみ。聖教皇国が諸共吹っ飛ぼうが恐らく魔女は斟酌などするまいよ」
「別に、私からしても滅ぼうがどうでもいい。結局、最期に御姉様さえ生きていればそれでいいもの」
「御姉様、ねぇ」
火星天は水星天の髪に色に目を細める。なぜ彼女がその色をしているのか――そして己もまた、なぜ発動値に至った時にそのような色を呈するのか、その真実を知っている。
知っている故に、火星天と水星天はある意味では同盟関係を結んでいた。
「聖戦は心底からどうでもいい――まったくの同意ね。魔女の脚本の主役は堕天のみ、それ以外の遍く総ては所詮脇役であり付け合わせの野菜でしかない、ということ」
「つまり、付け合わせの野菜らしく俺達はいずれ至高天に戴かれる、とそういうだが生憎と野菜には野菜の意地というものがある」
火星天は文字通り、何も聖戦に意欲を見出してはいなかった。
最後に自分が滅ぼされようが、堕天に討たれようがどうでもいいと思っていた。
なぜなら何を考え行動しようが、その総ては魔女と堕天の盤面でしかないのだから。仲良く彼らは好きに至高天でもなんでも描いていればいいと辟易しながら思っている。
だがたった一つ、胸に残した想いだけが彼に聖戦の傍観者で居る事を許さなかった。このまま、ただの一脇役として流れに何の影響を与えることもなく死ぬことは許されぬと。
水星天もまたその考えは趣自体は異にするが意図する部分は同じだ。銀想淑女以外の事など、ハナから彼女はどうでもよかった。御姉様と愛し合えるのなら聖戦の意義など無いに等しいと、本気で思っている。
「――妄執と狂奔を装いながら、その実至高天の階の誰よりも醒めて盤面を見通している……お前も飛んだ食わせ物だろうに、水星天」