シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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エンピレオの舞台の裏側と、もろもろの事が明らかとなります。

ルシファーの製造法について、ウェルギリウスが「オフィーリアには絶対明かせない」と考えている理由も明らかになります。


堕天はかく語りき 下 / Lucius Fiese

「――イワト、ごめんなさい。私、すでに心に決めた人がいるの」

 イワト・巌・アマツの失恋は二五の頃だった。

 ナオ・キリガクレ――ハルの母の心を射止めたのは外交官であったマシュー・ジットマンという男だった。

 おおよそ、順調な出世の道を歩んできた当時のイワトにとってそれは唯一の敗北だった。

 若い日の彼には、その才覚故の驕りも当然見え隠れした時期ではあった。

 

 イワトにとってマシューもナオも幼馴染の間柄であったが、しかしナオが選んだのは同じ外交官だったマシューだ。

 正義感の強い男であり規則に厳格な男ではあったものの人望に厚いマシューは、ナオと入籍することとなる。

 ハルという一人娘の事を語るとき、マシューとナオはとても幸せそうな顔をする。

 

 友情と嫉妬の境界でイワトとマシューとの付き合いの在り方に悩み続け、ナオとマシューの結婚からは、次第にマシューは疎遠になっていった。

 そんな折、マシューは彼を十数年ぶりに食事に誘い、「自分にもしもの事があれば娘をよろしく頼む」と伝えた。

 向こうから、そんな連絡を取ってきたのだ。

 

 そのように伝えられた数日後に、船上からの転落事故という形でナオとマシューはこの世を去った――ただ一人の娘を残して。 

 

 ……その時、確かに悲しみはあった。だが、一抹の暗い歓喜が胸の中にあった事をイワトは否定できなかった。

 それを自覚するたびにイワトは苦しみながら、しかし友情と嫉妬の天秤が傾いていく事を感じた。

 

 残された一人娘であるハルは、日に日にナオの面影を感じさせるように成長していった。

 そのたびに、ハルへの暗い感情が浮上していく。

 

 ――ナオと同じ顔をした彼女を■せれば、それはどれほどに佳いあの二人への■■になるだろうかと。

 

 

 

 

 そして今、彼は聖庁の大図書館の中で、本棚越しにある人物と語らう。

 

 

「ご苦労様、イワト卿。ようやく、オフィーリアも真実に辿り着いたのね。もう少し早いかと思ったけれど」

「……そうだな。しかし聖庁も木星天と土星天の激突の跡地を察知して動き出している頃だ。事は急ぐと良かろう。――ところでだが」

「えぇ。知っているわ。貴方への報酬の事でしょう?」

 本棚の向こう側で、魔女の唇はわずかに弧を描いて笑う。

 悪魔のような言葉を、紡ぐ。

 

 

 

「――案ずることはないわ。ハル・キリガクレの身柄は、聖戦が終ったあとで貴方に与えましょう」

 

 

―――

 

「ポースポロス。傷はだいぶ良くなったのね、驚いた。数日でここまで快癒する人なんて見たことない」

「お前の手当が優れていたからだ、ジュリエット。礼を言う」

 ただ、そうポースポロスは謝した。

 魔星であることに起因する治癒能力の高さはしかし、ジュリエットには言えるモノではなかった。

 

「……達者でな、ジュリエット。たとえ一時であろうと、世話になった事は決して俺は忘れん」

 ポースポロスは、立てかけられていた己の刀を手に取り、何度目か忘れそうになるいつものやり取りをする。

 去ろうとすれば、必ず彼女は止めに来る。止めに来る――はずだった。

 

「……そう。行くんだ、ポースポロス」

「――あぁ」

 彼女は、決して止めはしなかった。

 そのままポースポロスを見送ろうとしていた。

 

「どうして止めないんだ、なんて聞かないでね。もうこのやり取り疲れたし」

「……済まない」

「ほら、またそうやって謝る。いいから早く行きなさい。――知ってるでしょ、最近騎士の見回りは多くなってる。闇とは言え医者の端くれとして貴方を庇いたいのは山々だけど、じきにこの辺にもそろそろ手が伸びると思う」

 ……そうなれば逆に一つの場所にとどまる事がデメリットになり得るのだと、言う事だろう。

 その意図を汲み取ったからこそ、ポースポロスは深く頭を下げた。

 彼女の優しさに顔を向けることはできないのだと自覚して、背を向ける。

 

「さらばだ、ジュリエット」

「えぇ。さようなら、厄介な患者様。……少しでも貴方の病が晴れる事を私は祈るわ」

 ジュリエットもまた、言ってポースポロスを見送った。

 もう二度、見ることはないかもしれないその背を。

 

 

 ジュリエットの元を去り――そしてポースポロスは予見する。

 腕の感覚の違和が消えていない事を、彼は意図してジュリエットには伏せていた。

 

 ……汚染の毒光はまだ尚自分の骨肉を冒し続けている――即ち、土星天は滅んでいないという事を。

 

 

 

「――いいだろう、土星の龍(サトゥルノ)。今度こそ、その妄念諸共に断ち切ってくれる」

 

 

―――

 

「――、」

 堕天の産声は、音もなかった。

 試製人造惑星壱型(ルシファー)は、ウェルギリウスの手によって生まれた。

 

 俺の素体となった存在は――そして俺の正体とはウェルギリウスの赤子だった。

 ウェルギリウスは神祖オウカの伝手で()()()()の協力を得て子をなした。もう使われない名だが、その赤子はルシウス・フィ―ゼというらしい。

 

 出産した直後――その子を絞殺し神星鉄に打ち直し俺という存在は生まれた。

 これがウェルギリウスの論文に記されていた試製人造惑星壱型と呼ばれた兵器(オレ)の出自だ。

 

 その手で我が子を絞め殺した母の顔は、俺の記憶素子の中に確かに残されている。ウェルギリウスは表情一つとして変えず、機械のようなよどみのなさでその首に手をかけた。

 強制給餌がごとく、埋め込まれた神鉄星へと強制的に特異点の星辰情報を流し込まれ、現在の俺という人格は形成された。

 思考中枢をその躯体諸共に焼くだろう情報の奔流で、生じかけた自我は幾度となく洗い流された。

 己は何者かさえも見失いそうになる只中で、ただそこに在るという事のみが己の実在を肯定させた。

 このままでは俺は終わらない、終われない――そう、()()()と阿呆の一つ覚えのように俺は叫んでいた。

 

 都合数十度目に至る自我の完全洗浄を迎えた果てに打克ち――己を確立する事に成功した。

 

「……ウェルギリウス。お前が俺の製造者か」

「えぇ。その通りよ、試製人造惑星壱型。愛しい暁の子」 

 生まれて初めて交わした言葉はその程度のものだった。

 初めて味わう空気は、爛れた喉を癒しなどしなかった。

 

 俺の母――であり製造者であるその女は己をウェルギリウスと名乗っていた。

 俺を製造した目的は己の技術水準の確認――そしてこれから生まれ出でるであろう彼女の手による魔星製造のノウハウの構築にあると言った。

 

 わが子を無機物の如くに扱い鋼に変え、俺を創り上げた事。そこに怒りはなかった。

 そもそもとして、ルシウス・フィ―ゼは確たる自我を確立する前に世を去り、俺は人格の洗浄を受けた。

 故に俺はもはや別人であるとさえ言ってもいい。俺には人間の倫理観など興味はないし、倫理観と正義の味方と形容できる資質など持ち合わせていない。

 

 だが代わりに胸の中にあったのは、堪えられなさだった。

 今の俺はまるで完成されていない。六資質も、星辰光も、何もかもが脆弱に過ぎた。それでは命として生まれ出でた価値が無い。

 

「……お前はこのような出来で満足か、ウェルギリウス」

「それはどのような意味かしら?」

「俺は俺の不出来さに耐えられんと言っている。なんだこの躯体の脆弱さは。俺の知性の乏しさは。――仮にも俺はお前の胎から生まれてきた。お前の知性の産物はこの程度であってはならないはずだろう」

 不出来な己を外気に晒していることそのものが、俺にとっては耐え難い事実だった。

 誰に見とがめられているわけでもなく、俺自身が俺の脆弱さを許せなかった。

 生まれたからには、生命としての完成を目指すべきだ。

 智も力も、到達でき得る総てを己が裡に修めるべきだ。生命とは、そのように強くあるべきだと俺は考えている。

 それは命の義務であり、少なくとも俺にとっては代謝に等しい。

 

 その原初の衝動――自意識の漂白さえも超えて焼き付いていたモノは恐らくルシウス・フィーゼという男の末期の叫びだろう。

 このままで終わりたくはない、終われない(まだだ)という叫びだけは、未完のままでいたくはないという俺の衝動に形を変えて生き続けたのだと考察している。

 

 

「ではルシファー。貴方にとっての命の完成とは何かしら」

「俺の知覚でき得る領域において、俺に並び得る存在も仰ぎ見るべき存在もない状況を指して言う」

「……奇遇――いいえ、貴方の生まれだからこそかしら。貴方は力を欲し、私は智を欲した」

 俺の渇望をウェルギリウスは知っている。

 そして自らもまた智を求めているのだと言う。……それまでの事績を鑑みるに、倫理観ともどもにその情念は常軌を逸していると言ってもいいだろう。

 

 人機の縫合などその狂気の入り口に過ぎない。

 ウェルギリウスの残している論文の記述には、数々の試みが記されている。

 人が耐えられる星辰体の照射の限界強度、生身の人間の神鉄を介した高位次元との強制接続。

 星辰体の強制感応による人格洗浄や、星辰奏者を制御中枢に据えた超大型躯体の星辰体運用兵器製造。

 俺には人並みの倫理観というモノは理解が遠いが、それでも研究の過程で生じた死者の数は彼女の倫理観の欠如と狂気を代弁していた。

 

 同時にこれらの試みは一つの成果物――俺という魔星として収斂と結実を果たしたのだという事も想像に難くなかった。

 

「今の私の科学の最高到達点が貴方なのは事実よ。けれど、それでは終わらないわ。……まだ、貴方にも私にも、その先がある――私の科学の象徴たる貴方を、この程度では決して終わらせない。必ず私は貴方を完成に導いてみせる」

「お前が智を求める限り、俺の力はお前に利そう。お前が賢者を謳うのならば地獄の淵(コキュートス)より俺を天昇に導いて見せるがいい、俺は命の続く限りお前の共犯者であり続けよう」

 ウェルギリウスの眼に映るのは、ただ遠く彼方。

 前人未到の科学の領域、そのテストベットとなれと俺に告げている。

 だがもとより俺は是非などなかった。彼女の智の果てを俺は見たくなった、何よりその眼に俺は共感を覚える。

 揺れぬ静謐な眼光の中に、現状維持を許せない危険な熱量を宿している事が。

 だからこそ、俺は彼女の理論を証明し続ける実験台になろうと決めたのだ。

 

 

「お前の実験台(最高傑作)に俺はなろう。存分に試せ、妥協は許さん。お前の行きつく人智の果てを、俺が実証し続けてやる」

 

 

 

 

 

 ――神聖詩人、アレクシス・ロダン。

 俺と同じ第四世代型人造惑星たる銀月天の現身を伴って、その男は聖庁を歩いていた。

 寒い茶番だとは重々に俺は理解している。だが、それでもこれ以上の方策を俺の理論体系は導かなかった。

 加えてその傍らにいるのは、第四世代人造惑星たる銀想淑女。

 

 

 聖庁に潜り込むことそのものは難題ではなかった。

 ウェルギリウスに借りたかつて聖庁で使用していた白衣も、それなりに様になってはいるようだった。

 

「――そうだ、俺がその本の著者のロダンさ。ルシウスさん」

「直接会って、話をしたいと思った。芸術には疎い自覚はあるが、それでもこの本の著者の事が気になってな」

「本の内容じゃなくて、俺の事が?」

「あぁ。そこで思いもかけず、事情のある身として聖庁に保護されていると聞いていてもたってもいられずな。ファン、という奴だ」

 概ね、事情については当たり障りのない解答をした。

 銀想はどうにもいぶかしんでいるようだ。……俺の知る限りでの銀月天の素材となった人物とはやはりその様に類似点が乏しい。

 少なくとも、立ち居振る舞いからは銀月天の生前を連想はできない。

 だが俺にとって重要なのは、銀想ではない。

 

「……エリス、先に戻っていてもらえるか? 俺も少ししたら帰るから」

「えぇ、わかりました。どうぞ、お楽しみください。ロダン様、ルシウス様」

 礼を返し、エリスと呼ばれた女はその場から去っていった。

 その背が見えなくなると、俺は神聖詩人へと視線を戻す

 

「では、聞きたいこととは? なんでも言ってみてくれ、ルシウスさん」

「俺は生来、あまり書を親しまない性質でな。無からエピソードを創造するという事は、即ち零から一を生むという事だ。興味深い活動だと俺は考えている」 

「期待に添える応えではないことは先に謝るが、アレには元ネタという奴がある。……というよりも、まったくの零から創作をできる人間はそう多くないし俺はそういう類の人間じゃないよ」

「詩人とは想像を文字列に変換する技術に長ける職業と解釈していたが、必ず誰しもがそうではない、ということか」 

 神聖詩人を尋ねるにあたり、その事前学習としてその著作を概ねほぼすべて目を通し分析をしている。

 語彙力や文節の長さや数は、旧暦の作家のいくつかに類似点は見られる。

 確かに、神聖詩人の言葉はその通りであった。

 

「アレは、神天地事件の夢で出会って――そして別れることになった女性をモデルとしている」

「なるほど。そこに着想を得てあのような筋書きに至ったというわけか」

「あぁ。……どうにも彼女の事が忘れられなくてな」

 ……神聖詩人の言うその「女性」とはすなわち銀想に他ならない。

 神天地創造を経た後に地上に銀月天と全く同一の星辰波長を持つ、俺たちのモノではない神鉄の反応が観測された。

 すなわちそれこそが銀想淑女。銀月天の手によって創造された亜種魔星であり――銀想の星辰波長には不完全ながら極晃創星に起因する他者の星辰波長も見られた。

 つまり彼も銀想もまた俺達と同じ、プロセスは違えど不完全な極晃の繋がりをこちら側へ持ち帰った存在だと判明した。

 故にウェルギリウスにとって興味深い観察対象になったという事実がある。

 

「時に詩人よ、お前に問いたい。お前に師と呼べる者はいるか?」

「昔はいたよ。……今は、いない」

 神聖詩人は言って、少しだけ目を伏せた。

 ……あまり触れられることを好まない内容だというのだろうか。だが、さほどそこに斟酌する気はない。

 なぜならば、俺が聞きたい答えはそこにあるのだから。

 

「もしもの話をしよう。仮にその師より、お前を高みに導ける者がいたとしよう。お前は師とその者とどちらに師事する?」 

 ……俺の事を自分以上に理解し改良できる者がいたとき、俺はどうするべきなのか。

 ウェルギリウスが過去に俺に投げた問いだった。

 俺はウェルギリウス以上の者がいるという前提条件を認めなかった。そして認めよう、俺はそこに答えを見出すことができなかった。

 

「……人によって答えはいくつかあるだろう。難しい質問だな。それでも、俺なら元の師を選ぶ」

「合理的ではない答えだ、成長速度の妨げになる。何より何の利得もない」

「人は合理だけで生きてるわけじゃない。要はアプローチの問題だよ、俺は俺に肩入れしてくれる人間に肩入れしたくなる。俺の師は俺の成長を喜んでくれていた、だったらその意気に答えたいと思うのは弟子の感情として当然だ。どのように導かれるか、ではなく誰に導かれるかが重要な人間だって一定数いる」

 自らの存在意義を相対視や相互承認の中で見出せるから――その思想は俺にはなかった。故に俺はウェルギリウスの見解を否定した。

 相対視とはすなわち何者にも頼らず己を定義できない弱さであると思っていた。

 己が世界に在るという事実のみが己の実在を証明する――故に俺は俺の絶対値(ありか)を見失いなどしなかった。

 だがウェルギリウスのあの問答が、俺の中の絶対を揺るがした。

 

 ……どのように導かれるか、ではなく誰に導かれるかが重要である。

 その論に従うならば、俺の答えは明白だった。俺はウェルギリウスのアプローチこそが至高と信じている。

 俺の高みはウェルギリウスによって導かれなければ意味はない――違う。

 俺はウェルギリウスの理論をこそ俺の勝利によって証明したい。俺の運命はウェルギリウス以外の何者であっても成らない。

 

 ウェルギリウスの人智の果てを、俺は証明し続ける。それが俺の原初の誓いだったのだから。

 

「例えば――そう。ならばお前にとって、先の彼女はどのような存在だ。過去、星辰光の特殊性故に聖庁へ招かれた人物は終焉吼竜を始めいくつかいて、お前も先の彼女もその例だとは聞いている。だが俺は生憎とその件に関しては管轄ではなくてな」

「俺も彼女も、少しだけ境遇が珍しかったというだけだ。けれど彼女には何度も、何度も、人知れず助けられた。彼女は自身の存在こそが俺の勝利だと言ってくれた」

「……羨ましいな、どのような経緯で今この状況に至ったのかは知らないが。しかし常人には得難いモノを得ている」

「俺の事が、かい?」

「エリスと名乗る先の彼女も、お前もいずれもだ。生来、人間に関心の無い性質でな。感情というモノだけは俺の養った理論体系だけでは定義ができない」

 それは俺には持ちえぬ強さだ。誰かがいるという事の強さを、神聖詩人は己が著作においても謳っている。

 

「別に数字で理解なんてする必要はないだろうルシウスさん。古今、人の心というモノを数的に理解しようとする試みは歴史を紐解けばいくらでも見受けられる。であるにもかかわらず、それが未だに成就していないのはまさしく神様の贈り物ってやつなんだろう」

「数式による理解の試みは、すなわち神へ近づこうとする行為だということか。……なるほど、それは例えば、蝋の翼で太陽神に肉薄しようとした者のように?」

「近づこうとする事は高みを目指すという意味ではその試みは決して無駄じゃないと思う。けれど、もし本当に心というモノが数式で解釈できるとして、解明されたとして――そうなったとき、人間は演算機と違うと言えるのか。……俺はそれが恐ろしいと思うし、だからこそ解明されてほしくないという願望も混じっているんだと思う」

 ……人と機械との違い。

 それはある意味において星辰奏者(マン)人造惑星(マシーン)の違いとも言い換えられるだろう。

 星辰体運用兵器とは理路整然とした数式を以って星を出力するのが旧暦での在り方であり、神星はその数式を情動制御に置き換え新西暦における技術として確立した。

 だが数式では極晃には至れないし、一と零を超えた地平に至ったからこそ神星は極晃に至った。

 そして絶対数式(アメノクラト)を界奏と閃奏は上回り勝利を手にした。

 

 だからこそウェルギリウスは人間性を学べと俺に示したのだろう。

 

「……違うとは言えんだろうな。与えられた数値条件によって出力される感情や脳内の生理活動――その方程式や機構が解明されたとしたならば、その時人間は人間という言葉の定義もろともに()()()()()()()()()()()だろう」

「だろう。海が青いのも、酒が出来るのも、太古の昔においてはそれは科学的に解明されていなかった。妖精、あるいは悪魔や天使の仕業だと言われしばしば畏怖やロマンの対象となってきた。……ところが、科学の発達によってそれらは全て駆逐され、今ではそんなことを宣う人間は詩人か狂人ぐらいだろう。その対象にもし人間の心がなったら、俺はそれは悲しいことだと思う。――何より、エリスへの想いは決して数式で計られたくない。エリスは、物言わぬ機械じゃない」

「そう思いたくない、から神秘のままであってほしい、か。特に、先にエリスという者への想いはそう考える対象である、と」

 そうだと神聖詩人は頷く。

 そう思いたくないから、解かれないままであってほしい。それを智の乏しき敗者の発想に過ぎないと俺は断じることはできなかった。

 神聖詩人は運命を――自分を導く者を得ている。

 銀想淑女は運命を――自分が導く者を得ている。

 

 人間としての俺が未だ掴めていないモノをすでに神聖詩人は手にしている。

 そして銀想淑女は一と零の地平を超えた感情というモノを手にしている。

 それが俺には()()()と感じた。

 

「……これが感情か。俺は羨ましいと――悔しいと感じているのか。俺の名が背負うにふさわしきは傲慢のみと思っていたが、嫉妬もまた俺の中にはあったという事か」

 神経を通じて指の隅々までその熱は伝達する。体感にして、恐らく体温は小数点以下で一度上昇した事を俺は観測した。

 神聖詩人は怪訝な顔をしているが、そんなことは些末な問題だった。

 

 俺は誰と極晃を描けばいいというのか。それはウェルギリウスと幾度となく、数限りなく議論を重ねた。

 本来であればその相手は第四世代型人造惑星たる銀月天となるはずだったが、それは神星の筋書きよろしく銀月天は目覚めず頓挫を迎える羽目になった。

 

 これによって、俺とウェルギリウスの計画は根本から見直さなくてはならなくなった。 

 第四世代型人造惑星としての機能は俺にも後に搭載され、その接続対象は至高天の階――そしてウェルギリウスであった。

 

 木星天との聖戦――終末晃星大戦(アーマゲドン)を以って木星天、あるいは太陽天と共に至る事になるだろうと、今この瞬間までは思っていた。

 

 

「……礼を言おう、神聖詩人。他者にこのような感情を抱くのは初めてだが、お前の知性を俺は今理解ができた」

「……え? ルシウスさん。今、神聖詩人って」

 俺の予想は最初から最後まで誤りはなかった。

 己に由来する強さのみではなく、他者の強さを真摯に認め取り込むことでしか得られない高みもまたあるのだと理解した。

 

 俺もまた、神聖詩人と同じ天国へ至る道(パラディーソ)を歩んでいる一人の旅人(ダンテ)に過ぎない。

 ……そうだとも。堕天と共に極晃を描くのは、魔女でなければならない。

 

 俺の傍らに在るべきは、共犯者たる魔女(ウェルギリウス)に他ならない。

 

 

 数瞬遅れて、神聖詩人は俺から距離を話して構えを取る。

 だが――すべては遅い。

 神聖詩人と俺の性能検証は今、始まったのだ。

 

 

 

 

 

「――創生せよ、天に描いた明星(みょうじょう)を――我らは極夜の流れ星」

 

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