つい先日Lightからマガツバライの情報が公開、とても楽しみですね
ちなみに現状僕は斑鳩翼推しです
水星天の言葉に俺は呆気にとられた。
エリスも、困惑しているようだった。
ルシファーから受けた傷は少しずつだが癒えている。恐らく一時的にでも星辰光に肉体が置き換わった影響なのだろう。
エリスもまた、その胸に受けた傷は傷跡と血痕こそは生々しく残っているもののふさがってはいる。
水星天の笑い顔はあいもかわらず怖気が走るが、それでもエリスの面影をどこか感じる。その齟齬がまた、俺にとっては気分が悪かった。
「……俺達の味方? なんのつもりだ、水星天」
「詩人。少なくとも、堕天を疎んじているという意味合いでは私達は一致するのでは?」
「エリスを攫いたい、などと言った事を忘れていたとは言わせない。今すぐにここで証を立てろというのはそれほど不当な要求じゃないと思うが?」
今のエリスを戦わせることはできない。エリスを庇いながらも水星天と何とか俺は口を聞くが、水星天は少しだけ考える。そこで名案を思い付いたばかりに顔に笑みを作った。
「そうですね。詩人の嗜好は知りませんが例えば――
「……貴女と私に、何の関係も真実もあるはずはない。私の姿を真似ただけでしょう」
「いいえ。あるのですよ、御姉様。少なくとも
どうしようもなく、その言葉は嫌な予感がした。
間接的にはある、とは火星天も使った言い回しだ。間接的に、とはエリスと水星天の関係を中継する存在があるという事であり、それはつまり。
「あぁ。そう言えば私としたことが、すっかり忘れていました。御姉様は、元々誰からその姿を授かったのでしたっけ?」
「……聞かせなさい、水星天。貴女の素体は、あの子に関わる事ですか?」
「それを語るには、いささかここでは風情に欠けるでしょう。御姉様がエスコートしてくださるなら私めも、口が柔らかくなるというものですが」
俺達にとっては無視のできない言い回しだ。銀月天――あの子に関わる事において、俺とエリスは無視するという選択肢は持てない。
まして、それが至高天の階の一人の言葉ならば。
それから、ルシファーの去った事を確認したが故なのだろう。小走りで副長官とグランドベル卿、リヒターが駆け付けた。
……俺達とルシファーでどれだけ壮絶な応酬が行われたのかは、周囲の荒廃している有様からも明らかだ。
手で副長官を庇いながら、グランドベル卿は水星天へと視線を移す。不味い事態、である事にかわりはない。
今この場に、エリスを除いて魔星が一体存在する事の意味は何より分かっていたからだ。
「……お嬢さん、もしやとは思うが。ラプンツェル、というのは」
「えぇ、私の事です。若き碧騎士様。いつかの折りは、御姉様と私の婚姻の儀に水を差した事、よくよく存じています」
「それは大変に失礼した。聖教皇国に実害がないのであれば、それは存分に進めてもらって構わなかったが――味方、と捉えていいかな? こちらも騎士なもので、野蛮な真似はしたくないんだが」
リヒターは飄々と、しかし飽くまでも騎士としての厳然さを以て水星天に構えている。
「味方、とは誰にとってのですか?」
「無論、聖教皇国だ。より正しくは誰、というわけではなく聖教皇国の国益にとっての、だが」
「なら味方ではないですね。ご期待に添えないようで申し訳ありませんわ」
平平と、水星天は言葉を返す。
持って回ったような言い方の真意を計るのは、俺には難しいが、他方でエリスの味方だと言った事は否定できない。
……至高天の階という内実はおおむねルシファーとの問答で理解はできた。
ルシファーにその成果のみを収穫されるためにだけ運命を養う、熾天の虜囚。故にそもそもとして彼、或いは彼女らは互いに仲間意識というモノは根本からない。
木星天であれば至高天の階の皆殺し。だが、火星天と水星天は目的というモノが見えない。
「私は御姉様の味方です、御姉様を頂くその時まで。ですから、私が御姉様に与した結果として聖教皇国に利しても、仇成してもそれは私の関知するところではありません。聖教皇国の味方ではないというのはそういう事です」
「……一応聞きたいがお嬢さん。頂く、とは?」
「無論、婚姻の儀ですが?」
本気か、冗談か、それさえも意図が計りかねる。だが一貫しているのはエリスへの執着だろう。
加えてやはりエリスと姿が似ているというわけではない、エリスとよく似た「何を言っているんだろうこの人は?」とでも言いたげな問いに問いを返す癖も垣間見える。
そこから察するに、恐らく婚姻が云々というのは少なくとも水星天の中では本気なのだろう。
元が非常に生真面目な気質であるグランドベル卿はそもそも何をしゃべっているのか要領を得ないといった困惑した態度で、副長官は少しだけ気色と気分が悪いという顔色をしている。
俺も水星天に抱いた感想はそうだったのだから無理はない。
……そして、意を決したようにグランドベル卿はグランドベル卿に会釈をしながら前に出る。
「……水星天、と言いましたか。聖教皇国秘跡省の長として、貴女に至高天の階に関連する事態の解決への協力を申し入れたいと思います」
―――
秘蹟庁の建築物は幸運な事にエリスの尽力があったために倒壊は免れていた。
水星天と俺達はテーブルにつくと、水星天の言葉を静かに待った。
至高天の階に関連した事態の終息、それは間違いなく聖教皇国が第一に優先すべき問題でもあったからだ。
神祖の培ってきた情報統制のノウハウにも限度がある。時が過ぎればだんだんと事の真相は断片的にでも民衆に伝搬するだろう。
故に今求められるのは、迅速な解決に他ならないのだ。
「先に言いましたが、はき違えないでください。私が御姉様に与した結果、聖教皇国の利益となる可能性も、損失となる可能性もあるだけです」
「つまり、協力はして頂けると?」
「私が協力するのでは聖教皇国ではなく、御姉様です。それの上で私と手を結ぶというのなら、いいでしょう。あとで悪魔と契約した、などと後悔されても困りますから」
水星天は感情の見えない笑いを浮かべている。受け流すような物言いはやはり疲れる。
抽象的な言葉から察するにしても、限界というものは当然あるし副長官も理解しようと務めてはいるようだが頭に手を当てている。
「エリスと俺はお前に襲われたし、それ以前からもエリスはお前に襲われていた。その上で今になって、エリスに与するのはなぜだ」
「半分は私の趣味ですが、もう半分はあの女――ウェルギリウスの指図故、とでも言ったところでしょうか」
「……待った。ウェルギリウスの単語を出したという事は、俺達がウェルギリウスの事を知っている前提で話を進めているのは?」
「ずいぶん前から――それこそ御姉様が囚われの身となったその日から聖庁に私がいたからですが? 多少、骨格を弄れば鍵穴からでも扉の隙間からでも私は侵入できます」
もう少し警備は考えた方がいいのではなくて、と水星天は優雅に己の犯罪行為を言い放つ。
……聖教皇国の法に照らせば不法侵入だが、彼女の星の性質から考えたらまぁ無理がある話ではない。リヒターはどうすべきか若干悩んでいるようだが。
「……その前にまず、自己紹介位したらどうだ水星天。エリスの事はおおむね、俺達は知っている。でもお前の事は何も知らない。お前がなんでエリスとよく似た顔をしているのかもな」
「詩人に教える義理はないのですが、致し方はないでしょう。何より御姉様にせがまれていますから」
……エリス以外の事に関してはまるきりドライだ。
感情と俺が解釈でき得るモノを示すのはエリスについて夢心地で語る時と、ルシファーに対して憎悪を向ける時だけだった。
「ですが、えぇそうです。御姉様は私の事を知りたいと欲していますが……それが貴女を幸せにはしない決断になるかもしれないことは、理解と覚悟ができていますか? 一度
「……つまり、私を不幸にする話。そしてあの子に関する話でもあるという事ですね。覚悟はできています。私に、もう聞かないという選択肢はありません。――私はずっと、目を背け続けていました。聞かない方があの子を慮る事なのだろうと、そう言い訳をし続けてあの子の真実と向き合う事を本心では避けていたのかもしれません」
「……」
水星天は、少しだけ黙る。
エリスの言葉を、いつものように弄ぶように受け流すことはしなかった。シンと、場は静寂に包まれる。
「多くの人間は、真実ではなく真実という言葉の響きを愛するものです。……ですが、今の御姉様であればよいでしょう。少しだけ、話は長くなります」
水星天はふと普段の様子からは似つかない、観念したような笑いを浮かべて。
それからひとしきり紅茶で唇と舌を湿らせてから、ゆっくりと口を開く。
「銀月天――より正しくは、試製人造惑星弐型。それが御姉様の原形となったある人造惑星であること既知の事でしょう。その製造者もまた、あの女――ウェルギリウス・フィーゼです」
「……弐型? という事は、壱型こそが……」
「明察の通り、堕天たるルシファーの事です。アレこそ、ウェルギリウスの創り上げた原初の人造惑星の成功作。そこに至るまでどれだけの犠牲の山が築かれていたかは言うまでもないでしょう。最悪の場合、クラウディア・ハーシェルもその犠牲の一つになる可能性があった」
言葉こそは平静を装っているものの、副長官は気分が悪そうにしていた。
……エリスの扱いからも倫理観が案外まともだと思ってこそはいたが、やはり副長官は信じてもいいのかもしれない。少なくともその犠牲の数に心を痛める、人として感性があったかなかったが副長官とウェルギリウスの違いだったのだろうから。
「……だが、ルシファーは創り上げられてしまった」
「そこで、次にあの女が着目したのは月天女。かつて冥王と共に聖戦の破綻を担った、アドラーによって生み出された干渉性特化型人造惑星。その技術的再現と模倣だった」
「銀月天を生み出す犠牲として射止められたのが、あの子だったと」
「それは半分正しく、半分間違いです詩人。……知っての通り、魔星とは兵器としてみた場合優れた素体の選定から行わなければならない。だから数をそろえるのが難しい。今後の実験も兼ねて数が欲しかった。そこであの女とルシファーは文字通り悪魔のような計画を練り上げた」
語るのも悍ましいとばかりに水星天は眉をひそめながら語る。
「……もし人道を無制限に無視していいのなら、全く同一の特性を持つ魔星を複数製造したいとするとどのような方法を考えつきますか?」
「どれだけ無視をしたとしても、そんなもの同じ素体が複数でもなきゃ無理だろう」
「そう。同じ素体から作れば、同じ魔星が出来上がります。でも、現実問題として素体は現実として一つだけ。そしてそれをウェルギリウスは成就させた。……ここまで言えば、概ねの察しはつくでしょう」
謎かけ、だろうか。
同じ魔星を複数作りたかったら同じ遺体も複数必要。そして、悪魔のような計画。
その言葉に、一抹の嫌な予感がよぎった。
エリスはそもそも銀月天から生じたモノだった。そのエリスと顔が同じ水星天。恐らく同じ考えに至ったのだろう、エリスも怖気の走ったような顔をしている。
「……あの子の
「その通り。恐らく
誰も幸せにはしない真実と語った理由は明らかだった。
あの子は、ウェルギリウスの知性の下、最大効率で有効活用されたのだろう。その事実に、握りしめた拳に力が入る。歯ぎしりしそうになる。
あの子は、こんな事のために犠牲になったのだろうか。あの子の人生を裁量する権利は誰にもない、けれどその上であの子の人生はなんだったんだとそう思わざるを得なかった。
机の下で力のこもる手に、エリスの手が添えられる。許せない気持ちだけは一緒だった。
「水星天。ウェルギリウスは今どうしているのかしら」
「……貴女は、そう言えばあの魔女のかつての友人、でしたか。あの女の行方など知れないことはいつもの事ですが、実験台の選定でもしているのでは?」
副長官は、食い入り気味にそう聞いた。無理はないだろう、かつての友人の非道を見過ごせる性質では恐らくない人だろう。
対して水星天は心底から興味がないか、或いは嫌悪するような声色で語っている。ウェルギリウスを魔女、或いはあの女と呼ぶ事に関しても、ルシファーに向けるそれと同等の敵意を感じられた。
「仮に知ってどうすると? あの女はその精神も倫理も、人の理解できる領域にはないでしょう。貴女の事情に興味はありませんが、いまさらただの人間の貴女に何かできるとでも? かつての友人を止める義務がある、などと見当違いの義務感に駆られているのならそれはあまりに不毛に過ぎます。魔女は、当にそんな救いなど求めていなかったでしょうから」
「……」
水星天の言葉に、副長官は押し黙った。
もうアレは人ではないし、人としての救いなど求めていないのだと水星天は言った。その言葉の意味を最もかみしめているのは副長官だろう。
「十柱の遊星天による聖戦、その過程で皇国が諸共吹き飛ぼうと魔女は斟酌などしないでしょう。そもそも魔女の盤面の主役はルシファーのみ。聖教皇国も、騎士も、或いは私や御姉様ですら端役に過ぎない。率直に言って、もう貴方達にできることはないと断言してもいいでしょう。聖戦は成就するでしょうから」
「……ルシファーを創り、あの子を創ったウェルギリウスの目的はなんだ。ルシファーに極晃を齎すため、それは分かる。だけどその先が分からない」
「目的などないでしょう、あの女は。永遠に改善点を見つけ続け、当人が納得できる出来になるまでそれは何度でも繰り返す。最高傑作、などという幻想を求めて魔女はひたすら果てもなく」
……その実験の一環として銀月天――ひいてはエリスに、第四世代人造惑星という機構は埋め込まれた。
恐らく火星天も、木星天も、何かの実験のために製造されたのだろうと類推はつく。
実験結果を収集しながら、今もなおルシファーの改修作業を続けているのだろう。
「これから、貴方達がどうするのかなど私には微塵も興味はありません。しかし、今日を以て私は至高天の眷属を辞し、御姉様に与します。どうか、よろしくお願いいたします」
―――
事態は、もはや聖教皇国を待ちはしなかった。
聖教皇国の手にも軍事帝国の手にも非ざる魔星の襲来を以て、アドラーへの疑惑は払しょくされることとなった。
同時にウェルギリウスは行方不明者としての捜索から一転、死体損壊や殺人、非人道的な人体実験といった余罪の数々から犯罪者として指名手配をされることとなった。
無論、神祖との関与や魔星製造といった事績は意図的に伏せられた。今は、非常事態宣言という奴の発令の是非を問うている最中であるという。
シュウ氏はこの事態の収拾に際し第一軍団を任命した。
それで俺達がどうなったかと言えば、聖庁に留まる事は変わらないが収容生活の待遇は終わることとなった。
理由としてはやはりエリスが進んで聖教皇国に不利益を齎そうとする存在ではなかった事、ルシファーとの闘いで被害を最小限度に抑えた事が挙げられた。
が、他方でエリスとの過度な感応や、そもそもの消耗はどうしようもなく、加えてエリスと俺は前例のない魔星であったために、しばらくは秘跡省の下で研究協力も兼ねて治療を受けることになった。
グランドベル卿と副長官からは切に謝罪はされたもののエリスはそれを容れた。
……しかし他方で今度は水星天をどう管理するかが焦点となった。
聖教皇国の方針としては魔星の討伐が一にも二にも挙げられた。次いで、ウェルギリウスの捕縛。
それゆえに、水星天の意図は測りかねるものの水星天とエリスもまた、聖教皇国側の対魔星の一つの方策だった。目には目を、魔星には魔星を、となるのは至極わかりやすい帰結だろう。
それを特に水星天はあざ笑うわけでも、憐れむわけでもなく、せいぜい頑張ってくださいと言うのみだった。
水星天は当然、聖教皇国に味方をしているわけではない。万が一にも聖教皇国がエリスを害することがあれば、最もエリスに利する形で皇国と敵対すると公言しているほどだ。だからこそエリスを介する形で聖教皇国側も水星天を手元に今のところは置いている。
当たり前に、魔星を人の目に触れさせるわけにもいかない。
ルシファーの襲来から二日明け俺達は地下の装甲監獄から地上に晴れて出ることができた。……エリスの隣に、水星天付きで。
「ロダン様。水星天、なんとかなりませんか」
「釣れないのですね、御姉様。私達は骨肉を分けた姉妹も同然だというのに」
「だから、どこがですがっ。大体私は貴女の血の繋がった姉ではありませんし気色も悪いし、鬱陶しいのです!」
……水星天は、エリスの手を掴みながら満面の気色悪い笑みを浮かべている。
緊張感にはなんとも欠ける。エリスは至って大真面目に引いているし、俺も引いている。だが、他方で真実を知った今となっては拒むにも拒み切れないといった態度もエリスの中にはあるのかもしれない。
外傷こそ今は癒えたものの、エリスの消耗故に星の行使は現状では不可能であり、それに関して酷く申し訳なさそうにしていた。
本音を言えば、姉さんの家に帰りたいのは山々だけれどエリスに水星天がついてくるのでは話が変わってくる。……さすがにコレを姉さんに会わせたいとは思わないし、傷ついたエリスや俺を見るのも姉さんは心を痛める事だろう。
「今こそあの装甲監獄の出番じゃないのか? 少なくともエリスを押し込めるよりはずっと正しい血税の使い道だ」
「私の星の前ではあんなモノはむしろ箱庭同然です。――むしろ、あの監獄の中で今まで詩人と御姉様が何を語らい何を致していたのか……あぁ、私が知らないわけはないでしょう。それはもう、お熱い事で何よりでしたわ。多少骨格を弄れば鋼の壁を目にでも耳にでもして――」
「前言撤回だ、副長官の肝いりらしいあの装甲監獄はいつになったら役に立つんだ」
悶えるように体をくねらせながら夢心地で語る水星天だが、さすがにこれは聞きたくなかった新事実だった。
エリスは赤面と嫌悪の混じった、複雑な顔をしている。
……聖庁に不法侵入した事は今更だとして、エリスとのやり取りを全部見られていたという事なら恐らくつまり言葉の通りそういう事なのだろう。壁に耳あり、障子に目ありなどとは大和のことわざだっただろうか。
「……なぜ貴女は、私にそこまで執着するのですか」
「さて。それが私にもよくわからないのです。初めて御姉様を目にした時。それはもう、私は満ち足りた心地になったのです。自分に足りないモノが、まるでパズルのピースのように過不足なく。御姉様の演目なら、何度も何度も足を運びました」
「いわゆる出禁にできれば幸いなのですが」
……夢心地。足りないモノ、という事は恐らくそれはつまり。
「自分に用いられている素体が欠けていることに対する、本能的な飢餓感――エリスもまた言い換えれば銀月天から生まれた存在だ。エリスの中に、自分に欠けたもう一つの根源を無意識に見出していたからじゃないのか」
「否定はしません、解釈は自由ですとも。えぇしかし、今のこの私の胸の水銀の高鳴りだけは私の中の真実なのです」
水星天は、エリスとは違う。無論、あの子とも違う。
けれど、存外に恐らく考え方や思想信条は非常にシンプルなのだろうとは思う。信用できる相手では決してないけれど、ルシファーの敵対者としては信じてもいいのではないかと、俺は思う。
ルシファーやウェルギリウスの事を語る時の嫌悪だけは、エリスと同じモノのように見えたから。
「……じゃあ、あの子についてはどう思っているんだ」
「別にどうとも。確かに骨肉を分けた姉妹機にはあたりますが、素体の記憶や嗜好を継承したのは彼女の方でしょう、私はその失敗作。それ以上の感情などありません」
「どちらかと言えば、エリスの方に境遇は似るから、か」
エリスはあの子から星を、水星天はあの子から肉を受けついでいる。故に水星天はあの子とは対等ではない。
……脳ごと素体を水星天は埋め込まれている。恐らくエリスの主観記憶で微妙に生前とあの子の性格に差異があったのはその特殊極まる製造過程にも起因しているのだろう。
水星天に、あの子の影は感じない。そうした彼女を彼女たらしめるものを継承していたのは銀月天の方であり、水星天はその余りを受け継いでいるのだろう。
自身の完全なる像を知るが故の本能的な飢餓感、だけではエリスへの好意には説明がつかない点もある。
所詮はそれらは俺の推測でしかないけれど、欠けてるモノを追い求める感情が水星天にあったというのならそれは本来銀月天に対して抱くべきモノのはずだ。
だからこそ、銀月天ではなくエリスを佳いと思った感情こそが、銀月天の模倣品としてではない水星天としての感情なのだろうと俺は思った。
―――
右腕の感覚が末梢から喪失していく。
恐らく今のままでも肘までなくなるだろう。そう、ポースポロスは算段していた。
骨も残さず、土星天は焼き尽くしたはずだった。その腕の違和こそが、土星天の健在を証明していた。
あの男の自我はもはや融解寸前だった。
死を撒く土星の龍、その再起の予感がポースポロスにはあった。アレが再起したらならば、もはやその災禍は無辜の人々にさえも及ぶだろう。
「――させん。俺が手ずから殺すと決めている」
それだけは、あってはならない。息の根を止め損ねたのならば――それによって更なる怪物と化したのならば、その清算はしなければならない。
何より、あの男は英雄という名の妄執に囚われている。
過去に何があったかなど、己が知ったことではない。だが、その妄執こそが原動力になっているというのなら、対峙しないという選択肢はなかった。
閃奏との契約は、自身の自害を含めての意味での至高天の階の皆殺しだ。だからこそ星を借り受けたに過ぎない。
それ以外の事について詮索するなという契約は交わしてなどいない。そこから先の委細は己の裁量と裁断によるのみだ。
あの男はポースポロスを見てなどいなかった。
その妄執の根源をこそポースポロスは断ち切ると決意を新たに、感覚を喪失しかけている右腕を握りしめた。
ジュリエットからもらった外套で顔を隠しながら、街を歩く。
聖庁の震撼が今しがたあった。恐らく、聖戦までの刻限はそう長くはないとも予感する。
罪なき市井が巻き込まれることを許容してはならない。この宿業を清算するべきは己にあるのだから。
ふと、その罪なき市井の代表格としてジュリエットの顔が頭に浮かぶ。
壊すこと以外に能のない己などよりああいう誰かに救いを施せる人間こそが救われなければならないし、ジュリエットのような人間に己が不始末の尻ぬぐいなどさせてはならないのだから。
ポースポロスを見送ったジュリエットは、少しだけため息をつく。
何もかも、結局ポースポロスは背負って往ってしまった。
「……治したかったし、止めたかった。それだけは本当だったんだけどもなぁ。
あの超人大戦と同様に自分は治す事が出来なかったポースポロスが特殊だったから、などという言い訳は彼女は自分に許しなどできなかった。
許せば、生じる結果は超人大戦のような阿鼻と叫喚だけだ。
従軍医を辞してもなお、闇医者という形で医療に携わるのはその妄執じみた決意が成すモノだった。
人は彼女を太陽のようだという。
穏やかな笑みと、痛みを取り除く確かな技量。そこに人は母のごとき慈しみを見出すのだろう。
医者としての信念。そう言えば聞こえはいいのだろうが、彼女の真実は趣を異にする。
患者の苦しみを取り除きたい――それは一面的な事実でしかない。
ジュリエット・エオスライトは彼女は医者の一家として生を受けた。当然にして彼女も医術の道を歩む事になる。
彼女に転機があったとすれば、幼いころからの友人の死だったろう。当時の医学では不治の病とされた大病を患ったその友人の死は、幼い彼女にはあまりにも残酷に過ぎた。
その時、彼女は己が胸にあるモノを理解した。
死と病への怒りと憎悪――人は病み、人は死ぬという、人にとっての当たり前を彼女は許容できなかった。
新西暦が歩んできた千年の集積知を以てしても、いまだ不治と病は駆逐に至っていない。その現状を彼女は何よりも憂いていた。
けれど、そんな当たり前を否定する力もまた、当たり前に持ち合わせていなかった。
御伽噺のような奇跡は太陽のように万人には降り注がない。
病と死を許容するこの世界は間違っている。有限を美しいとは思う感性からもまた、彼女は遠かった。
超人大戦の従軍医としての経験によって、彼女の狂気は振り切れた。
もはや、誰が味方で誰が敵なのかさえも分かったものではない。けれど、陣営の別なく彼女は手当をし続けた。
何度も、血を拭い、切開をし。
救いを求める手を懸命に握りながらも、一人、また一人と命が潰えていった。
文字通り手が足りなくて救えなかった命があった。救わない事を選んだ命があった。彼女に感謝をしながら息絶えていく人々の姿を前にして彼女の悲憤は極限に達した。
「お前は何も間違っていない。病も死も、それは生命の欠陥と未完の証明だ。間違っているのは不出来なる未完を許容する秩序だ。だからこそ星を超えた星が必要になる。ジュリエット・エオスライト、お前の力が俺達の計画には必要だ」
だからこそ、彼女は堕天と手を結んだ。
間違っているのならそれは是正されなければならない、正当なる怒りを以て天に糾さなければならない。それは、悪魔と手を結んででも為さなければならない。
ことりと、彼女は机に円筒状のガラスの筒を置く。
そこには有機的な鼓動を繰り返す、金色の金属光沢がある心臓状のモノが培養液の中に浮かんでいた。
どくん、どくんと太陽の核は鼓動を繰り返す。駆動すべき時を待ちわびるかのように。
そして彼女は切に願う。どうか、これを使う日が来ないことをと。
太陽というのは、つまりそういう事です。
地の文でも割と今までそれっぽい描写はしていたので多分太陽天にあたる人物は誰かはわりと明らかだったと思います