A、織奏です。
Q、某神祖は生前、ウェルギリウスについてはどう思っていたの?
A、「顔と体はいいのに反応が薄くて機械を抱いてるような気分にさせられた」とのことです。
ウェルギリウスの余罪は多分あと2個ぐらいです。
まだ、俺の騎士であった頃、グランドベル卿のカウンセリングを受けていたころの話だ。
彼女はいつも、俺に対して心を砕いていた。茶を用意してまで自分の執務室に招き俺と言葉を交わしてくれていた。
そんな有様は衆目も気が付くだろう、あらぬ噂を立てられることもあった。
曰く、不良騎士に聖女は誑かされている。曰く、聖女の温情に不良騎士は甘んじている。
思い起こすと、いくつかそういう話が耳に入ったことはあった。そのたびにグランドベル卿に申し訳なくなり、何度もグランドベル卿のカウンセリングを辞そうとはしたがそこでグランドベル卿は退くほど素直ではなかった。
そんな程度の人間はそんな程度の人間だ、とだけ彼女は言うのみだった。
「グランドベル卿。その、あまり俺と顔は合わせない方がいいだろう。第二軍団の第Ⅳ位ともあろう人の時間の使い方じゃない」
「私の時間の使い方を裁断するのは私です。……貴方と手合わせした者として、貴方の苦悩と才の喪失を見過ごす事は出来ませんでした。随って、これは私の意志ですしランスロット卿にも許可は得ています」
……堀はしっかり埋めているらしい。リヒターも把握しているのだというのだから。
俺は、ある意味グランドベル卿の真面目一徹具合を見くびっていたのかもしれないと思い知らされたものだ。
「俺に騎士に戻ってほしい、というのはそれは善処はしたい。けど、騎士に戻ってそれでどうするんだ。俺には騎士になって成したいことはない。結局俺が騎士になる事を強く断れなかったから、こんなことになってるんだろう」
「……それでも、幼馴染のために剣を執った事は尊い動機だと言えるでしょう。もとより、動機よりも星辰奏者としての資質が認められて騎士になるケースが今では一般的なのですから、それをさして特別卑下する事ではありません」
星辰奏者としての資質があるという事はそれだけでも騎士階級への道となる事を意味し、だからこそ俺は家族に背中を押された。
最終的に、ハル姉さんに騎士姿が似合っていると言われたことが騎士になる事を決めた動機でもあった。
それは、グランドベル卿が騎士になる事を決めた動機に比べたらきっと、ちっぽけなほどに軽い。幼馴染に少しばかり褒められていい気になっただけのガキでしかなかったのだと思う。
「……グランドベル卿はかつて、故郷の人々を山火事で失ったと聞いている。貴女が騎士をしているのは、失われるはずの命を救うため、そういうものじゃないのか。それに比べたら俺の動機なんて不純もいいところだろう」
「少し違います。それだけであったなら、私は従軍医の道を選んでいたでしょう」
「似合っているんじゃないかなグランドベル卿なら。世話をされるならグランドベル卿がいいと思う」
「……誉め言葉、と取っておきましょう。私が騎士を務める理由は、貴方が考えているような大層な理由ではありません」
……大層な理由ではない、というその言葉の意味をこの時の俺は理解できていなかった事だろう。
贖罪でさえもない。亡くなった者の痛みを忘れないために、自分は苦しむべきだと思っているからこそ彼女は槍を執っている。
もう、声の届かない人々に詫びるために。その人々が彼女の苦痛を求めていなくても。
「私にはもう、知己はいません。ですから誰かのために強くなろうとする在り方が私には羨ましく、そして眩しい。その在り方を私は損なってほしくはない」
「……」
「力とは信念を伴わなければ暴力であり、信念もまた力を伴わなければ夢想です。決して貴方に不足はなかった。だからこそランスロット卿はⅢ位を認めていたのでしょう。何より貴方自身がその動機を蔑むのは、貴方の幼馴染の心をも蔑む事になるのではないですか」
リヒターやハル姐さんに申し訳が立たないとは思わないのか、そう言われている気分になる。……彼女自身がそれを意図したわけではないにせよ、重くのしかかる言葉でもあった。
誰かのために強く在ろうとする在り方をここで失っていいのかと問われればそれもまた、いいわけがない。
グランドベル卿も何となく、空気の重さを察したのだろう。少し話題を変えることにしたようだった。
「貴方は少なくともⅢ位を得るまでは至って模範的な騎士であったと聞いています。聖教皇国の聖書に親しまない事以外は教養に不足もなかった、と」
「……時代は聖書よりシェイクスピアとダンテだ。聖書の内容なんて一文字も読んだことはない」
「その芸術家達も、作品を創り上げる教養の一端として聖書を学んでいたでしょうに」
「ぐ……だが異議ありだ、グランドベル卿。そもそも今の聖教皇国の聖書は神国大和の賛美と正当化による極東黄金教の伝搬が目的だろう。旧暦の聖書とは趣を少し異にする。したがって俺が聖書を好まない事とそれとは別問――」
「聖書を嫌い
……二度もグランドベル卿に言い返された。それも、中々に痛いところを。
そんな俺の顔にグランドベル卿は少しだけくすりと笑った。思えば、これが彼女の初めて笑った顔かもしれなかった。
「ガラハッド卿には、くれぐれも内緒にしておきましょう。私も彼にはよくして頂いた恩は有りますが、こればかりは」
「……そうだな。さすがにアレでぶん殴られたら槌に染みが残るかどうかさえ怪しい」
その境遇故、ガラハッド卿とも交流はあったなと記憶している。
あの人はグランドベル卿とはまた違った意味で騎士らしい騎士だと思うし、その暑苦しさを除けば騎士として見習うべき人だと思う。
「……不思議だな。グランドベル卿の騎士をやってる理由は信心故、というわけでもなさそうに見える。公人としてはともかく、私人としての言動からはあまりそこまで大和の残せし御心がままに、なんて聞いたことが無い」
「教養として一通り覚えているのみで私は信仰に対しては中立です。……教えを佳いと思う者もいれば、息苦しさや偽善さ、欺瞞や政治的意図を感じる者もいるでしょう。それらも含めての信仰の自由であるべきだと私は思います」
「グランドベル卿は懐が実に広い、聖女なんて言われるぐらいだ、俺みたいな不信心者が嫌いなものかと思っていた」
よく言われます、とグランドベル卿は謙遜する。
そんなグランドベル卿との語らいとカウンセリングは俺を救ってくれていたと思う。
しばしばそれからもグランドベル卿と顔を合わせることはあった。彼女の仕事の手伝いを少ししたりすることもあった。
彼女はそれには及ばないと言ってくれていたけれど、それでも少しでも彼女に恩は返したいと思っていたから。
彼女の人となりも、それらを通じて知ることができた。
例えば酒もたばこもあまり好まない事や、師譲りでショウギと呼ばれる盤上遊戯が得意である事。
私生活は至って質素である事や、背が高い事を若干コンプレックスとしている事。
聖女、という言葉のイメージだけでは分からない、彼女のいろいろな事を俺は知った。
「ふふ、いっそ私の秘書になりませんかロダン」
「……グランドベル卿が初めて冗談を言ったぞ、少し驚いた」
「融通が利かない気質である自覚はありますが、そんなに私は冗談が似合わないですか……」
「冗談は似合わないかもしれないけど、グランドベル卿の秘書なら競争率が高そうだよ」
グランドベル卿が初めてジョークを言ってくれた時、俺は少し楽しかった。
その時はグランドベル卿が珍しく落ち込んでいたりもした。彼女は本当に、親身になってくれた。自然とそのころから俺もよく笑うようになった。
もしあの子との出会いがもう少し後だったら俺はもう一度、騎士になろうと思えていたのかもしれない。
短くはあったが、グランドベル卿との日々は俺にはかけがえのないものだったと思う。本当に、そう思っている。
聖教皇国は魔星の対処に際し、早急な対応に追われることとなった。
その一環として聖庁のあるはずれにある森の惨状もまた調査がなされていた。
「酷い、ですね。これは。規模からみても恐らくは魔星の関与と考えて妥当でしょう」
「ああ。……ここが魔星の激突した場所の一つで間違いないだろう、グランドベル卿。それに、あの切断面の木は木星天で間違いない」
視界に映る一面は、隕石の墜落のような様相を呈していた。
グランドベル卿と俺はそこに立っている。
……魔星の関与していると思しき場所であるだけに、その調査を第一軍団団長より要請された結果今ここに彼女も俺もいる。
その現第一軍団団長の事はあまりよく知らないが、俺とエリスの処遇に対して当初から寛大な対応を求めた人物であった、とはリヒターからは聞いている。
その処遇に関して、グランドベル卿と一悶着あったとも。伝え聞く限りではエリスの処遇を巡ってはその時だけはグランドベル卿は第一軍団団長と一戦交えるかのような雰囲気だったとも聞いている。
「ロダンの見立てはあっているでしょう。木星天、あの男の仕業とみて間違いはない。けれどそれだけではない。もう一人いたと考えるのが妥当かと」
「だな。明らかにあの木星天の星だけでは説明のつかない状況もある」
木星天は確かに破壊の極致とも言うべき星の担い手だった。だがそれだけでは不自然な光景も散見された。
枯れた草木、特に灼けた様子のない息絶えた小動物たち。それは木星天の星が齎したモノではないことは明白だ。
加えて切断面の荒い木々と、そうではない木々が混在している。
「集束や拡散のような破壊に優れた資質というよりは外傷をあまり与えない付属や干渉によるモノでしょうか」
「……性質としてはリヒターの星に似ている、といったところだろう。何かの物質なり現象なりを発生させる類と見るべきだ。恐らく、木星天と相対していた奴は相応に手強い。木星天でさえ暫く手こずったはずだ」
「その口ぶりから察するに木星天の勝利を疑っていないようですが、アレが勝者とはまだ限らないのでは?」
「いや、多分勝者は木星天だ。確証はない、けれどグランドベル卿も……いや、グランドベル卿だからこそ分かるはずだ。阿呆のようにまだだと叫ぶあの男が、聖戦を前にしてこんなところで終わるはずがない」
グランドベルもまた、納得はしているようだった。
……アレが英雄の系譜を継ぐ魔星であるとするならば、こんなところで終わるはずがない。
「切り上げよう、グランドベル卿。傷は癒えたか?」
「心配は無用です、貴方はエリスを慮るといいでしょう。私と共にいれば彼女の不興を買うのでは?」
「エリスは今は安静にはしているだろうさ。それに貴女の事を勘違いしたままではいたくない、とも言っていた。嫉妬することはあるだろうが、不興を買いはしないだろう」
「そのようにある事を祈ります」
副長官の下で今はエリスは治療を受けている。
だが、それはそうとグランドベル卿に対してはどうしてもエリスは少しだけ経緯が経緯であるだけに態度が硬くなる。
……それからまた、今のこの地の惨状を目の当たりにして、改めて俺は思う。
グランドベル卿は至高天の階とやはり本気で戦うつもりでいるのだろう。どうしようもなく、彼女の安息は、己を苛む焔の中にしかないのだから。
「……グランドベル卿は、やはり至高天の階と戦うのか」
「魔星との闘いにおいて、私は恐らく無事で帰ることはできないでしょう。結局私は死んでほしくないと言った貴方の願いを無碍にします」
「……」
「だからもう一度だけ言って頂けませんか。私に死んでほしくはないと、私が死ねば悲しむと。――その言葉があれば、たとえ幾何かであっても私への戒めになるでしょう」
……それは少し、困った。
面と向かって言うのはやはり恥ずかしいものがある。けれどグランドベル卿は、俺が騎士として誰よりも尊敬する人だから。
偽らざる言葉を贈りたいと思う。
「貴方は喪失の痛みを誰よりも知っているはずだ。だからどうか貴女に生きてほしいと願う人々から、
「――」
少しだけ、グランドベル卿は驚いた顔をしていた。
それから柔らかな笑みを浮かべて、目を閉じる。その顔は今までグランドベル卿が数度しか見せたことのない顔だった。
……騎士ではない彼女としての笑みだった。
「……ありがとうございます。その言葉さえあれば、私に黄昏は訪れない。誓いましょう、そして示しましょう。貴方にも誰にも、私の喪失は訪れないという事を」
――
「お父さん、お母さん。私は元気よ。家はほんの少しだけ広く感じるようになってしまったけれど」
キリガクレ家の墓前で、ハルはそうつぶやく。
聖教皇国に限る話ではないが、いつも墓地というモノは厳粛でしずかだ。
ただ、花を置く音とハルの足音だけが響く。
「私ね、ロダンとまた一緒に暮らすようになったの。それからね、私友達ができたの。エリスさんっていうんだ。優しくて、礼儀正しくて、私の事を受け入れてくれたの。ロダンもエリスさんもいるんだ。だからね、もう私は寂しくないよ」
自分に言い聞かせるように、彼女はそうつぶやく。
ぎゅっとその手を固く握って。
墓前から去るその合間に、一人の女性に声をかけられた。
「すみません。ハル・キリガクレ様は貴方の事でしょうか?」
その女性は、とてもきれいな人だった。見覚えがあるような、ないような。判然と思い出せるような知り合いはいなかったけれど。
銀――と呼ぶには少しほの暗い、灰色の髪をしていた。
「えぇ、そうです。昔、父と母を亡くしまして」
「存じています。私もマシュー氏とナオ氏の知り合いでしたから。その心中お察しいたします」
「まぁ、父と母をご存じだったのですね」
その女性は少しだけ昔を懐かしむように言っていた。
知り合い、という事は外交に関係する方なのだろう。少しだけその人が気になってしまう。
「差支えなければ聞かせてほしいのですが、生前の父と母とはどのようなご関係で?」
「関係……そうね。いろいろ、というよりは私の方から一方的に意識していただけではあるのですけれど」
少し、不穏な前置きで。
そして彼女は、一瞬理解のできない言葉を言い放った。
「別に、どうという縁でもないわ。マシュー・ジットマンとナオ・キリガクレを殺したのが私――ウェルギリウス・フィーゼであったというだけよ」
「え……?」
私が問いを返す前に、私の後ろにいつの間にかいた背の高い男の人が私の首に拳を放った。
足音一つさえ、しなかった。
神経が揺らぐ感覚に立っている事も、意識を繋ぐことさえもままならなくなる。
意識の途絶する刹那にみたものは、そのウェルギリウスと名乗った人の笑い顔だった。
「――
ウェルギリウスの罪状の告発と共に、次第に活動圏は奪われていった。
少なくとも、聖教皇国の地上での活動できる場所は皇都周辺ではほぼ存在しなくなっていた。
未だ聖教皇国の把握しきれぬ地下に彼女は逃げ場を見出すに至り、そこでルシファーと落ち合った。
であるにもかかわらず、その顔には焦燥の色は微塵もなかった。対処ができるから、ではなく根本的にその事象に対してなんら興味がないのだろう。
ルシファーと共に創り上げた聖教皇国の地下研究区画。ウェルギリウスにとっての天国、ルシファーにとっての地獄の中で彼らは語らった。
「ルシファー。
「詩人と淑女の事か。……アレはやはり相容れん。だが相容れんという事は俺の対極にあるという事だ。学びを得るとは苦薬を口にする事なのだろう、アレはアレで学ぶ価値があった」
ルシファーは、そう語る。
理解できないモノを語るような不服さがその声色にはあった。それを見て、ウェルギリウスはくすくすと笑う。
「……何が面白い、ウェルギリウス?」
「いいえ。いいわ、とても。今の貴方がとても
ウェルギリウスは少しだけ笑い、それから沈黙が訪れる。
研究区画の中央では、青白い光を放ちながら緑色の立方体がくるくると空中を回転している。
「思えば、ここまで長かった。全ては貴方が持ち帰ってきた神天地の
「謝すには及ばん。一時に夢に等しいとは言え、極晃に至った俺の権能を以てすればその一端を記録した記憶媒体を創造する事も不可能な話ではなかった。むしろあの場の全てをこちらに持ち帰れなかった事こそ俺の敗北だ」
宙に舞う、その立方体こそルシファーとウェルギリウスが神天地の記憶と技術を常世に持ち帰ってこれた理由だった。
神天地破綻の直前に情報を極限まで圧縮して収納された、ルシファーが創り上げた神星鉄製の
その解析によってウェルギリウスは魔星製造の技術を会得し――自らもまた神天地の記憶を継承していた。
「ルシファー、恒星天の設計は決まったわ」
「アレが、お前のかつて言っていた本命――真の銀月天に相応しいという素体か」
「えぇ。奪われた過去を持つ者、という意味において当初は女の他にもう一人候補――かつて神祖の実験で村を失ったさる騎士がいたわ。……尤も、
ルシファーとウェルギリウスの視線の先にあったのは両腕を鎖で繋がれたハルの姿だった。
未だ尚、気を失っている彼女の輪郭を指先でなぞりあげ、ウェルギリウスは嗤う。
「月天女に必要なモノはただ一つ――
「論理の帰着としては何も間違いではない。確かに銀月の暴威を担うに相応しいだろう」
それから、小さな呻き声を上げながらハルは眼を覚ます。
視界に映るのは青白い灯火と、ルシファーとウェルギリウス。未だ事態を飲み込めない彼女は、自分の腕が鎖で繋がれている現状に気が付くと恐怖で顔をひきつらせた。
「……何、なの。貴方達。これは、いったい何だっていうの!?」
「あぁ、やっと目を覚ましたのね。お久しぶり、とでも言うべきかしら。ハル・キリガクレ」
特に感情と抑揚を交えることもなく、ウェルギリウスはそう答えた。
対してハルは、予想だにしない事態に恐怖と驚愕が半ばしている。
「改めて、ご紹介させてもらおうかしら。私はウェルギリウス・フィーゼ。事故として処理されたであろう、貴方の御両親を殺した真犯人という奴よ」
「どう、いうこと。私の父も、母も、アンタルヤへ向かう船上で足を滑らせて亡くなったと聞いて……」
「えぇ。それが表向きの、貴方達が知り得る範囲での真実よ。でも真実はそうではなかった」
要領を得ないといった顔でハルは飽くまでもウェルギリウスを睨んで、けれど言葉を理解しようと努めている。
「貴女の両親は聡明で勇気があった。その洞察はこの国の暗部の一端に暴くに至った。けれどそれでは困るの。
「……父さんと母さんは、いつも家を留守にしていた。けれどそれは仕事の話であって――」
「えぇ。けれど正規の仕事ではなくこの国の暗部に触れようとする試みね。実際、それだけの優れた知見を彼らは持っていた。だから、そんな彼らを私があの船上で始末した。それだけよ」
かくもあっさりと、ウェルギリウスは彼女にそう真実を明かした。
そんなウェルギリウスの言葉をようやく呑み込めたのだろう、ハルは糾弾するような眼光で彼女を睨みつけていた。
「
「ふざけないで……!! そのために、私の父さんと母さんは貴女に殺されたとでも言うの……!?」
「えぇ。その当時はそれが必要だったと判断された。私にとっても国にとっても邪魔なモノでしかなかった。優秀なのは佳いことだけれど、優秀過ぎるのも考えものね。もう少し優秀ではなかったら私と肩を並べることもあったでしょうに」
ウェルギリウスは激するハルとは対照的に、少しだけ惜しそうに言った。
聖教皇国の真実の一端を掴んでいた。その知啓の由来は動かぬ正義感によるモノであり、神祖と与し得ない。
だからこそ、その危険性を判断した上で神祖もまた抹殺という決断に行きついた
「……とても、残念だったわ。神祖の治世の存続にその頭脳は生かされるべきであったでしょうに、貴女という一人娘を残して身勝手に逝ったのだもの。貴女もさぞや心細かったでしょう」
「嘘……嘘よ、そんなの。貴女が勝手に言っているだけでしょう!? 父さんも母さんも、事故で死んだ、そうに決まって――」
「
ウェルギリウスはハルの言葉を疎んじるように、その懐からあるモノをハルの下へと放り投げた。
黒く変色し乾ききった血がべったりと付着した、懐中時計。ハルにとってはよく見慣れていたモノだった。
海に転落して両親は死んだと聞いていた。転落して死んだのなら、身に着けていたモノを――父の懐中時計をウェルギリウスが持っているはずがないのだから。
同じ品の別のモノ、等あり得なかった。その懐中時計の裏側には、父の名が刻印されていたのだから。
「その血が貴方の父のモノであるかどうかまでは、さすがに調べられはしないでしょう。けれどそれでもおかしいわね。事故だとするのなら、どうして私は貴方の父の血が付着した懐中時計を持っているのでしょうね? ……私にとっても、貴方の両親の死は悲しいのよ。こんな事を考え出さなければ、貴女という一人娘を孤独にせずに済んだんでしょうに」
「――貴女のせいで、私は……私の父さんと母さんは死んだのでしょう!!! 私から、親がいるという当たり前の幸せを奪ったのが他ならない貴女であったというのなら、どの顔でそんな言葉を吐いているの!? 返してよ、私の……!! 私の家族を……!!」
「返せ、と言われてももう居ないわ。神にさえ、それは不可能よ――
さして罪悪感を感じる様子もなくそうとだけ言うと、唇を歪めて何かの塊を手に取り出す。
……それは心臓のような形状で、黄金色のナニかだった。有機的に、命を持つかのごとく拍動している。
その輝きをハルは悍ましいと思った。ソレを受け容れてはならないと予感する。
「そう言えば。貴方はエリスと云う女の子と一緒に暮らしているのだったかしら」
「……どうして、エリスさんの事を?」
「そんな事はどうでもいいでしょう、どうせ
エリスの名前を出されたことへの当惑など、ウェルギリウスは意にも介さず話を続ける。
そこから先が重要な話なのだとでも言うように。
「知っているわ。貴女の事は誰よりも、私はよく見ていたもの。両親を失って天涯孤独となった貴方を支えてくれたのは、さて誰だったかしらねぇ」
エリスの耳元で、ウェルギリウスはそうささやく。
その先の言葉を聞きたくないとハルは叫ぶ。
「その幼馴染の青年は、最近ある女性とお付き合いをしているそうよ。容姿に恵まれた、貴女とは違う純真無垢を絵にかいたような淑女のような女性と」
言葉を脳に刷り込むように、憎悪を育ませるように、ゆっくりとした言葉でウェルギリウスはさらにハルに語り掛ける。
「貴女を置いていって、その青年は彼女と一緒に居る事を選んだようね。とても残酷な青年ね。――その青年の初恋は、貴女に他ならなかったというのに」
直後、ウェルギリウスはずぶり、とその塊をハルの胸へと埋め込めこんだ。
決して小さくはない悲鳴が、彼女から上がった。けれどウェルギリウスはそれを斟酌する事はなかった。
「貴女は殺さないわ。その憎悪――生来の感情こそ、月の運命にふさわしい。本望でしょう、
ハルの胸にその神鉄の核が納まるとともに、第二の心臓とも言うべきソレは感応を開始した。
生身の人間が神鉄を埋め込まれることの意味も、ハルの苦しみも、言うまでもない。
肉体の組織の再編、魔星と同等の深度での感応による激痛は、彼女の絶叫となってただ地下室に響き渡った。
その叫びは、
―――
凄惨なる恒星天の創星への試みは、その経過と完成を待たなければならない。
ハルの苦悶と叫喚をまるきり意識から遠ざけ、ウェルギリウスはルシファーと語らう。もはや、ハルの叫び声は彼らの環境音の一つでしかなくなった。
「話を戻そうかしら。貴方の社会科見学の事だけれども、貴方は事象に対する不服を述べるとき、感情ではなく理論を先に挙げる癖がある。けれど今貴方は明確に詩人と淑女を気に入らない、と言ったのよ。
「――」
その言葉に、ルシファーはふと我を失う。
あの時、星を擲った詩人と淑女に感じたモノは不快感だった。
己では辿り着けぬ高みに達しようとしていながらそれを擲った事、合理を捨てた事。理由を注釈するだけならば幾らでも言葉は創れる。
感じたモノを記憶領域から抹消することがルシファーにはできなかった。感じたモノを演算して再現する事がルシファーには出来なかった。
即ち、感情であり人間性をルシファーは既に体得していたのだとウェルギリウスは指摘する。
「アレは……そうか。アレこそが怒り、或いは羨望か。俺は――詩人のようになりたいと思っていたのだな」
ウェルギリウスは少しだけ目を閉じる。
ルシファーの創造と改良の過程に想いを馳せる。聖戦も、至高天の階も、全てはルシファーのために用意し続けた舞台だった。
神塔たる自分の科学の象徴。火焔天より出でて至高天に至る者。
彼は感情をついに己の裡に定義した。それは自分には出来なかった事であり、ルシファーと己を無意識に同一視していた彼女にとってはその相似点の断絶を意味していた。
「オフィーリア。……貴女が何を想って私を送り出したのか、今ならその心に私は迫れるのかもしれないわね」
ルシファーに見出していたモノは果たして何だっただろうか。己の智の外部器官として――それは一面的な事実であって、それが全てではない。
……それは彼女にとっての矛盾だ。ルシファーの成長と覚醒は設計者として好ましい事象であるにもかかわらず、それを寂しいと思う
胸に蟠る感情に彼女は覚えがあった。あるいはそれを気づかないふりをしていたのかもしれない。
「水星天の妄執、金星天の諦観、木星天の赫怒、土星天の狂奔。太陽天の帰順、火星天の焦燥――銀月天の運命。何もかも。舞台は整えたわ。あとは貴方を送り出すだけよ」
「……いいや、足りん。まだ
そう、ルシファーは言葉を遮った。
「……
「――」
呆気にとられたように、ウェルギリウスは言葉を失う。
おおよそ、彼女の人生においてはじめての驚愕だった。お前も至高天の階になれ――そうルシファーは言っているのだから。
それは主導者の入れ替わりであり造物主へのルシファーの造反、聖戦という計画の乗っ取りを意味する言葉でもあった。
「言っている言葉の意味を、そのまま受け取っても?」
「いつか、お前はお前より優れている者がいたとしたら俺はお前を捨てるのかと聞いたな。俺は比喩など言わん、答えはこれだ。――俺の天昇はお前に導かれなければ意味はない。お前の理論をこそ、俺は証明したい」
至高天の階の一人と成れという言葉に、ウェルギリウスは嫌悪も拒絶も示さなかった。
態度はその逆。心底から嬉しそうな笑みを浮かべていた。
なぜならば狂気への解答もまた狂気だったのだから。
「宿敵でも、運命でもない。共犯者、俺達にふさわしい盟はそれ以外にあり得ないと言っただろう。――お前の望む最高傑作の完成を、お前が責任を以て見届けるがいい」
自らの最高傑作の描く極晃を、その傍で見届けろ――その言葉をウェルギリウスは受け容れた。
ルシファーの胸に、鋼の鼓動を確かめるように彼女はそっと手を置く。
そして彼女は納得したかのように、童女のように笑った。
誰がその笑みの悍ましさを知りなどしよう。
知らぬ者から見ればそれは無邪気な子供のそれであり、無上の恍惚に達した薬物中毒者のようでもあり、悟りの地平に辿り着いた者のそれとも形容できたろう。
あるいは真実、彼女は今この瞬間に
純粋培養された狂気と才気は、ついに最後の答えを導き出すに至る。故に堕天と魔女は真に並び立った。
「そうね。私としたことが盲点だったわ。