心臓だけが私の意に反して動く続けるような不快感、全身を焼きつくすような激痛。
自分の中身が自分のモノではない何かに置き換わっていくような感覚。
一秒毎に、私は死んでいる。
「あぁあぁぁぁ……!!!」
聖戦――神星、強制的に星辰体と感応させられながら私の脳内に情報が焼き付けられた。
焼け果てた都、屍兵と化しながら進軍を続ける悪夢の軍勢。
見たことのない光景と共に、頭が割れそうなほどにそれらは流し込まれる。
神天地も、極晃も、――私がこれから何になろうとしているのかさえも、脳内に焼き付いた。
……極晃も、神祖も、ありとあらゆる真実が頭の中に流れ込んでくる。
やめて、もう流し込まないで。私の中にはもう入らないから。そう叫んでも、ただ無情のまま現象は継続していく。
痛みを感じないようにするためなのだろうか、段々と意識が希薄になっていく。
意識を手放したくないと思っていても、水のように私の手から私の意識はいともたやすくすり抜けて逝ってしまう。
膨大に極まる情報量が恐怖さえも押し流していく。
大破壊――聖戦、数多の犠牲。
貴種を騙り、その傲岸が故に吊るされた女がいた。善性を騙り、その愉悦が故に処された男がいた。
慟哭と共に千年を生きた絶対神がいた。使命と共に千年を生きた眷星神がいた。
大義という運命の車輪に摺りつぶされた少女がいた。彼女は逆襲となり神なる星討つ闇の月となった。
男の子のために嘆いた少女がいた。彼女は境界を描き太陽と邂逅する海の月となった。
全てを奪われた少女がいた。彼女は希望を成就し神世と訣別を告げる光の月となった。
歴史の裏側、その真実が余すことなく私の中へとなだれ込んでくる。自分の喪失を前にして、私がすがったのは彼だった。
「いやだ、忘れたくない……、私から取っていかないで……! 助けて、ロダン――」
希薄になる意識の中で、そこである四人の女の子の夢を見た。
一人は、少し背の低い女の子だった。
一人は、背が私と同じぐらいの黒い天衣を纏った女の子だった、
一人は、紅い花弁を纏う女の子だった。
そして、最後の一人は
銀色の輝きを纏いながら、彼女たちはどこかへと飛び去って行ってしまった。
私の体には、黒い霧のような何かがまとわりついて私の身動きを妨げていた。
「待って――待ってよエリスさん……!! 貴女は本当は、本当の貴女は……!!」
また次の瞬間には景色は遠ざかっていく。どこまでも、墜落していくように私の体は彼女たちから遠ざかっていく。
彼女たちが天に上っていくように、私は暗い地の底に引きずられていく。
天地上下も定かではないこの光景の中で、わた彼女たちが昇っていく方向だけが天上というモノを定義していた。
深く暗い音のしない世界。
深海のように澄んだ黒一面の中で、そこにいたのはロダンだった。
彼は、私に何も言わずに背を向けている。何も彼は言わない。問いかけに応えてはくれない。
ただ無言で、彼はこの世界の天上を向く。
エリスさんたちの飛び去って行った、白銀の星へと彼もまた。
彼は一度も私に振り向いてくれることはなかった。
思い出したかのように一人、天からロダンを迎えるように訪れる女の子がいた。
エリスさん。私にできた、数少ない友人。
「連れて、行かないで。私の大事な人なの、私のたった一人の弟なの。だから連れて行かないで――私を置いていかないで!!!」
手を翳して、ロダンとエリスさんにそう希う。
どれだけ叫んでも、彼もエリスさんも一切振り返ることはなかった。私の声が聞いていないかのように、その光景だけが一方的に見せつけられる。
二人は共に手を携えて昇天していく。光輝く空の果てに。
暗くて冷たい、お父さんもお母さんも、誰も居ないこの地平で私はついに、ただ一人取り残された。
お父さんとお母さんは、あの人――ウェルギリウスに奪われて。
私にとっては一番気を許せる人を、ウェルギリウスの創り上げた魔星に奪われた。
エリスさんは、本当は人間じゃなかった――それは驚きはしたけれどどうでもいいことだった。
エリスさんは本当はロダンと初対面じゃなかった。本当は神天地創造の折りに出会っていて、そんなロダンを追いかけてエリスさんは出会った。
運命的な出会いと言うヤツなのだろう。そんなロダンを今、エリスさんは手に入れている。
羨ましい――妬ましいと私は思った。……
居場所のあるエリスさんと違って、私にとっては彼しかいない。
たとえ私と一緒にいる人はどれだけいても私に残された身内は、私の孤独を癒してくれる身内は彼しかいない。
私は彼に支えられて立ち直れた。彼は私のために騎士になると言ってくれた。
だから――だから、私はエリスさんを祝福できなかった。エリスさんを妬む自分が確かに私の中にはいた。
エリスさんの事もまた、私は許せなかった。……友人だと、今でも思っている。それは変わらない。
けれど私の理解のできない世界においてロダンの理解者となっている事そのものが私には羨ましくて、羨ましくて辛かった。
そんなエリスさんが彼をどこかへ連れて行くと言うのなら、私は彼をエリスさんから奪わなければならない。
そして彼と共に、私の父さんと母さんを奪ったあの人に――堕天に、復讐しよう。しなければならない。
「殺す、あの人を私は――償いをさせてやる……!!」
かつてロダンが綺麗だと言ってくれた私の髪は、月を映した銀色に染まった。
憎悪、或いは哀しみ。私の纏う闇は、そうしたモノで出来ているのだと理解できた。
彼らの所為で私はお父さんとお母さんを失った。その償いが未だに彼らには一切として訪れていない事実そのものが、私には許せなかった。それは神の不在の証明に外ならないのだから。
大好きだったあの陽だまりの日々はもう戻りはしない――だからこそ私は闇を手にした。
私の目は何色をしているか、私にはもう分からなかった。
きっと、ロダンなら分かると思う。ロダンなら――私の目を昔のように綺麗だと、言ってくれるはずだから。
「だから、待っててロダン。エリスさんから貴方を取り戻して、一緒に私はあの女へ復讐するの。彼らの何もかもを引き裂いて踏みにじって、ぐちゃぐちゃにして、その報いを受けさせるの。お父さんとお母さんの苦しみをあいつらに遭わせるの。ロダンなら分かってくれるよね? いつかみたいに私を待って、くれるよね?」
―――
「――、ふっ!」
「相変わらずやるなアンタ。騎士を辞めた身とは到底思えない」
皇都郊外のさらにはずれにある鬱蒼とした森の中で、その二人は剣を構え向き合っていた。
そこに在ったのは火星天とガンドルフの姿だった。
なんという事のない、剣の練習と言うヤツでありガンドルフが火星天を匿って以来よくこうして火星天は手合わせを所望する。
「……やれやれ。毎度毎度、やる意味があるのかこれ? お前そもそも、こんな小細工は必要ないだろう」
「必要なくても、なんとなく剣をちゃんと振らないと落ち着かない性質でな。悪く思わんでくれ」
「そうか。まぁお前に手を貸すのは事情を知った今ではやぶさかではないんだが、生憎と俺も年だ。もう少し老体だと思っていたわってくれ」
……ガンドルフが火星天を匿った理由は、どうという事もなかった。
きっかけは時計の修理の依頼を装ってガンドルフの店に火星天が訪れた事だった。
聖教皇国に迫りつつある第二の聖戦、それを止めるために住む軒先について協力してほしい――という事が火星天の要求だった。
無論、そのような荒唐無稽な話を当初ガンドルフは信じる気はハナからなかった上、騎士団に突き出すつもりしかなかった。
だが事の次第が明らかになるとともに、火星天の言葉が真実であった事を彼は理解することとなる。
一度、火星天は木星天に機能停止寸前まで追い詰められたことがある。
その際に命からがらに逃亡し水星天の手を借り――その際に肉体を維持するための処置として水星天の水銀を肉体に埋め込んだ。この時、水星天とは一種の不戦協定を結ぶに至っている。……いずれは決着をつけなければならないが
その結果が発動値への移行時の髪色の変化でもあり、ところどころ水星天に修繕されたつぎはぎのある肉体と髪の色を目の当たりにしてようやくガンドルフは彼の言葉を信じたという経緯がある。
そして火星天が己の素体の正体を明かした時、ガンドルフもまた気は進まないながらも彼を匿い面倒を見る事に決めたのだ。
火星天もまた、自分の素性に
……火星天は事情については一切与り知らないものの、造物主であるウェルギリウスの命令もある程度は受け付けなければらならない以上、神聖詩人への襲撃は発覚すればガンドルフとの関係の破綻に直結しかねない事象でもあった。これに関しては幸運であったともいえるだろう。
同時にある種、神聖詩人の覚醒と性能検証のための当て馬とされたことに関し火星天は表情は出さずとも深く憤激していた。
「……お前の言う聖戦まで、あとどれぐらいなんだ火星天」
「さてな。造物主殿の腹次第だろうが――、年内には始まるだろう。そういうわけで聖戦阻止って目的のためにもう少し剣の稽古に付き合ってくれよ、なぁ
「その呼び方はやめろというに。……昔受け持った弟子を思い出す。――それにお前、そもそも聖戦阻止もさほど興味があるわけじゃないだろう。至高天の階とやらを全員討った結果、聖戦は阻止されるというだけであって、阻止する事そのものは実は目的じゃないだろうお前」
「あぁ、バレたか?」
悪びれることもなく、火星天はそう返答する。
つかみどころのないところはかつての上司とよく似ている、とガンドルフは顎をさすりながら怪訝な顔をしている。
「だが悪い話じゃないだろう。俺ほど
「……その発言が嘘じゃない保証は?」
「殺塵鬼と一緒にするなよ、殺塵鬼とは。元々魔女が付けた名に愛着などクソの微塵もないが、火星の名を猛烈に返上したくなる」
大概の問答をのらりくらりとかわす火星天にしては珍しく、あまりいい気分ではなさそうだった。
同時に至高天の階全員に勝利しよう、などという気の触れた言葉にガンドルフは呆気に取られる。言葉もそうだが、その難易度は空前絶後と言ってもいい。
堕天、木星天をはじめ、人智を逸した怪物の群れに彼は本気で戦うつもりでいるのだから。
「そんな相手に勝てるのか、如何なる勝算があるか、なんて顔するな。言っておくが嘘でもなく大真面目だぞ?」
「……分かった。そういう事にしておこう。俺も騎士を辞めて長いからな、その手の勝算だ何だという話は現役と現場に任せるさ」
悪かったと謝しながらも、しかしガンドルフはやはりと疑義を呈する。
なぜ、いつも剣の手合わせをせがむのか――それは聖戦を前にするお前の利益になるのか、と。
「なぜ剣の手合わせをせがむのか? 剣を振っていないと俺が剣を得物としていた事をつい忘れそうになるからだが、そういう解答では不満か?」
「不満に決まってんだろう。お前は魔星だろう、なら剣より星を振るえばよかろうに」
「まったく、痛いところを突く。……まぁ、その指摘はある意味正解だと言っておこうか。生憎満点は出せないがこれで勘弁してくれ」
歯切れの悪さを感じさせる言葉に、あまりそこを抉るべきではないのだろうとガンドルフは判断する。
魔星とはもとよりその性質として生前が何かしらの破綻者であったケースがほとんどだという。そうした意味では恐らくその星に相応しい歪みを火星天も背負っているのだろうと思う。
「堕天にとっては、
「他人の血反吐の味が、その堕天ってやつにはそれほど旨いのかね。……理解ができんし、したくもないがな」
「そのたとえに倣って言い方を変えるとすれば、アレはそもそも味覚というヤツが無い。味を感じないから他人の食後の言葉を聞いてそれがどういう味かを自分の中の理論で組み立て理解しようとしてるというわけだ。原理として考えれば実に単純だが
それから辟易するように火星天は言う。
限りなく深い、憎悪を吐き出すように。
「俺はそれでも、剣を以て剣を取り戻さなければならないのさ。矜持も、執着も、魔女と堕天から奪われた全てを利子付きでな」