シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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ここから先が全体の三分の二から先になります。
多分日常回は少なくなります。


聖戦前夜 下 / After Eden

 ロダン様のお役に立つことができない。

 それはつまり、ロダン様が常人となる事であり――詩人ではなくなってしまう事だった。

 ルシファーの襲来によって焼け果てた聖庁で、私の足音だけが寂しく響く。

 

 私の加護を失っても尚、ロダン様は戦う決断を下したという。

 忌むべき魔剣に力を求めて。無茶だと思うし、無謀だと思った。魔星と星辰奏者では規格が違う。

 

 ……違う。ロダン様を心配していることは本当だ。でも、だからこそ私は自覚してしまう。

 私は頼られていると思えば私は私の存在意義を見出せた。頼られることが嬉しかった。

 

「何か、お悩みですか。御姉様」

「……何もありません。特に、貴女に話すような事についてなど」

 横から、水星天が現れた。相も変わらず、気色の悪く体をゆすりながら私に視線を向けている。

 ……いい意味でも、悪い意味でも、彼女は印象に深いところはある。

 

 常軌を逸しているとしか思えない私への執念。

 水星天と言えば何者か、と問われた時おおよそその答えに窮することはないだろう。

 

「……私には、それが無い。ですか」

「無い、と言われましても御姉様に欠けているモノなど、それこそ私に向ける愛ぐらいでしょうに」

「貴女には言っていません水星天」

 

 木星天は何者だろうか。

 あるいは至高天は何者だろうか。

 そう問われた時、その二人については特に考える必要もないだろう。

 

 では翻って私はどうだろう。役者、つかみどころのない人、或いは銀月天の残照。その程度だ。

 私について、それと同義となり得る言葉が無い。……いわゆる個性と言えるものが無い、文字通りの役者だ。

 どうしようもなく、私はロダン様にその存在の定義を依存している。彼がいるから、私は彼を導く者――淑女で在れる。

 

 お前は何者だと私の中の私が問う。

 助けられたから尽くしたいことは事実だけれど、私は銀月天の残滓を受け継いでいる。

 自信をもって自分の裡に養えたと言える、所謂人間的な厚みと呼ぶモノがない。

 

「あぁ、悩ましげなその御顔も美しい……」

「では、私の顔を完全に真似て鏡を眺めているのが佳いのでは?」

「御姉様のその悩み、激し、睨む御顔も御姉様にしかできないでしょうに。真似ることはできるでしょうが、それは御姉様の裡から漏れたモノではありません。そんなモノに価値を見出せとは……あぁ、これもまた御姉様の課す試練でしょうか」

「――」

 少しだけ、私は頭を殴られた気分だった。

 ……私から漏れ出たモノ。私にしかできない顔。

 認めるのは癪ではあるけれど、水星天にそれを教えられるとは思っていなかった。

 私の感情によって歪む顔でなければ水星天は満足を得られない、というのも認めるのは心底から嫌だけれど私の無二性なのだろう。

 

 ……少しだけ、蒼穹を仰ぐ。

 

 今、クラウディアはどうしているのだろう。

 どうすれば、私はもう一度ロダン様の力になれるだろう。

 

 考えても、どうしても答えは見つからなかった。

 

 

 

 

 

「それでは、行ってきます。師よ」

 亡きかつての主へ向けて、聖庁の中で私はそう一言だけ告げた。

 予感はある。聖教皇国を襲うであろう国難――聖戦の再演。

 アスクレピオスの大虐殺に並ぶ光景を私は幻視する。罪無き人々が逃げまどいながら巻き込まれ息絶える様を。

 

 ウェルギリウスが何を成そうとしているのか、私には分からなかった。

 けれどただ一つ分かることがある。最高教義に対するそれのような、異常なまでの科学への信仰。

 

 その象徴としてルシファーという魔星を創り上げ、極晃を得ようとしている事だ。

 

 師は神天地を以って世界に挑み、変革を成し遂げようとした。

 ならば、ルシファーの目指す先は至高天とでも言うべきなのだろうか。

 

 犠牲の山で築かれた神の塔、その頂に君臨する堕天の王。

 

「そんな天国を私は認めない」

 なぜなら、彼らの天国は彼らで閉じている。大義も正義もなく、そしてその極点でさえ彼らにとっては通過点でしかない

 この世の全ての人間も、事物も、彼にとっては燃料でしかない。

 いかにその燃料を効率よく燃やし、収率よく成果物を得るかという事にしか興味が無い。まさしく学者の鑑であり、人間性の負の極点に他ならない。

 

 人は誰かの燃料ではないし、燃料であってはならない。

 その悲劇もまた、強さの原動力であってはならない。

 

 幾多の犠牲の上に築かれた地獄のような天国など、到底認められるものではない。

 

 討つべき邪悪は定まっている。ただ静かに今は自分の槍を見遣る。

 

 神祖の加護を失った聖教皇国は今、最大の国難を迎えている。

 彼らという最大の庇護者を失ったこの国が真に彼らの手から飛び立てるかが問われている。

 

 だから私は師に示さなければならない。貴方達の創り上げたこの国に黄昏は決して訪れない事を。

 そして私はロダンにこれから示すと誓った。貴方が私の喪失を悲しむ者であり限り、私に黄昏は訪れないという事を。

 

 ぎしり、と篭手はきしむ。

 握る槍に私は少しだけ想いを馳せる。

 

 

『……グランドベル卿。いいの、ソレは?』

『心配には及びません。これの使うべき時は心得ています。……無理を言って申し訳ありませんでした』

 私が木星天との戦闘で負傷した折に、オフィーリア副長官に託したものだ。

 魔星との戦闘は苛烈を極めることになるだろう。帝国であればかつての結晶核、或いは第三世代人造惑星であるように。

 私に許されたただ一度、只一振りの切り札がそこにはある。

 

『重ね重ね言った通り、原理も性能も理論段階のモノよ。……原理からしてそもそも魔星よりも先に貴方が耐えられない可能性がある』

『すべて承知の上です。オフィーリア副長官、もとより要求をしたのは私である以上貴方の責任にはしません』

『……分かったわ。約束通り、リチャード卿には黙っておいてるから持って行きなさい。……それから、絶対に帰ってきて。貴方はこの国に必要な人だから』

 リチャード卿には、黙秘したままだ。恐らくあの方は反対するだろう。

 

 全てが終ったあと、等と夢想するのは楽観が過ぎる。

 けれどもしそれがかなうなら幾何かの皮肉も込めて、顛末を告げるために師の墓前に訪れようと思った。

 

 それから叶う事があるとすれば、ロダンへと帰還を告げよう。私が帰還しなければ、彼は泣いてしまうだろうから。  

 

 その直後――少しだけ違和を覚えた。

 星辰体の大気濃度の上昇。恐らく気配はそう近くはない。

 

 西の空には、一条の光の柱が昇っていた。

 毒々しい、鮮烈な光輝。

 

 それは決して木星天のそれではない。けれどわずかに少しずつ、それは皇都まで近づいている。

 

 

 そう考えた直後には、考えるよりも先に私の足は聖庁を去っていた。

 一直線に、私は走る。

 

 聖庁を抜け、街も抜け、やがて鬱蒼とした森の中へと私は駆けていく。

 

 次第に近づいていく、星の気配と共に嫌な胸騒ぎがする。

 焔を纏いながら、私は全霊を翔けて疾駆する。

 

 その森の最果てに、男はいた。

 まるで虫食いだらけのように、その男の体はどころどころ実体を欠いていた。星光が、その穴埋めをして辛うじてヒトガタを保っている。

 もはや原形など計り知れようがない。

 

 その目に宿るは妄執の輝き。

 光の吐息を吐きながら進軍するその有様はまさしく怪異、化外と呼ぶほかない。

 

 怪物の進行方向の果てには罪なき人々がいる。

 この怪物を、決して到達させてはならないと予感する。

 

 

「――来なさい、魔なる星よ。皇都の土を踏みたいというのなら、私を倒していきなさい」

 

 

 

 

 空は高く、どこまでも澄む。

 燦然たる第二太陽、その玉座を睨む。

 

「第二太陽、お前達を俺は越えていく。高天原でも、神天地でも――あるいは至高天でもなく。俺の望んだ地平を見出すために」

 至高の御座にこれからウェルギリウスとルシファーは挑む。

 

 彼らは今かつての居城である、聖庁へと臨んでいる。

 その正門に、オフィーリアは佇んでいた。

 

 魔女と堕天が。そしてかつての友が、一堂に会していた。

 

「お久しぶり、ね。オフィーリア。とても、とても。この日を私は心待ちにしていたわ」

「そう。私はこの日が来てほしくはないと思っていたわ」

 彼女の背後には数十機のアメノクラトが控えている。

 オフィーリアの腕には、アメノクラト制御のための外部機構が取り付けられている。

 

「制御理論は恐らく教皇スメラギのソレの模倣かしら。それから逆算してある程度挙動をパターン化し組み合わせを貴女の頭脳で扱える限界まで増やす、という手法かしら。統率に歪みが見えない、とてもいいアプローチね」

「……」

 どこまでも、オフィーリアはその距離を痛感する。

 たった十数メートルが、天国と地獄を結ぶ絶望的な距離にさえ思えた。何も自分はオフィーリアの事を理解できていなかった。

 その聡明さが見出しているものを共有できなかった事が、オフィーリアにとっての智の限界だった。

 そのことウェルギリウスはあざ笑いさえしなかった。徹底して、彼女はオフィーリアを数値として評価していた。

 

「ずいぶんなお出迎えね。かつての貴女の友人に、対する礼儀なのかしら」

「……何が、友人よ。一人でどこかに行ってしまったくせに」

「送り出してくれたのは貴女よ。――えぇ、それだけは感謝しているの。嘘ではないわ」

 もうそこにはかつての友誼などありはしない。

 ウェルギリウスの傍らにいるのは、自分ではなく堕天の主だった。

 ウェルギリウスの非道における最大の利益供与者にして成果物。六翼の輝きを携えるルシファーの完成度にオフィーリアは恐ろしささえ湧かなかった。

 

 おおよそ星辰体運用兵器として、欠点と言うべきモノが見当たらない。

 その目に意志力を、その資質に合理の極限を見る。あればあるだけ欲する(強欲である)――という意味合いにおいて、()()()()()()()()()という言葉をこれほどの体現している者はいなかっただろう。

 そうまで至るために、どれだけの命を摺りつぶしてきたのか。そう考えるほどに、悍ましさを感じた。

 まさしくこれこそは犠牲者の死肉と嘆きの山で築かれた、科学技術における極点を目指す神の塔(バベル)

 

 きちきちと、無機質に軋らせながら光の翼はその切っ先をオフィーリアへ向けていた。

 その翼の一枚から羽毛の一片に至るまで、その完成度は常軌を逸している

 

 端的に悪魔、天使――或いは(カミ)。そうとしか形容のしようがないし、言葉を尽くせば尽くすほど形容は陳腐に堕すだろう。

 地獄の淵より堕天を覆し飛翔する、輝ける者。その墜落を担える者はもはやいない。

 

 

「……来るがいい、オフィーリア・ディートリンデ・アインシュタイン。俺は祈る、お前が魔女を超える賢者である事を」

「もう議論の時間はとうの昔に過ぎたわ。……ここで貴方達を、私は討つ。それが人間としての貴女たちに与える救済よ」

 数刻の静寂。

 その後に、決戦の火蓋は落とされた。

 

 聖教皇国に、十色の星光が輝く。

 神祖亡き地平に天国への道を照らすように、際限なく輝いていく。

 

 

「始めるぞ、ウェルギリウス」

「えぇ――仮初の日常も、学び舎の時間(モラトリアム)も、これにて仕舞いよ」

 今日、この瞬間のために全てはあった。

 そのために至高天の階たちを育て、その運命を収穫してきた。

 

 全ての至高天の階達の聖戦禁止期間(モラトリアム)は今この瞬間に破り捨てられた。

 

『貴女の名前が、貴女の旅路の終着駅となる』

 それはかつて、己が師に言われた神託だった。

 その言葉の意味は未だ以って計り知れはしない。

 

 けれどその今、自分たちは至高の天に至ろうとしている。

 星を得ようとしている。だからこそその神託を超えなければならない。

 ルシファーとならそれが成せる。

 地獄も煉獄も越えて、十天の彼方に臨む事を以って亡き師に報いようと、ウェルギリウスは思った。

 

 

「さぁ、始めましょうルシファー。私達の聖戦(アーマゲドン)を――」

 

 

 

「――なるほど、ついに来たるべき時が来た、か」

 少しだけ、ユダ――金星天と呼ばれた男は、嘆息する。

 至高天の階達は、互いにその顔を知らない。

 木星天、水星天、火星天は例外的に星を使ったが為にその顔も星も認知されているに過ぎない。

 白々しくも己はタダの一般人を装って、今の今まで淑女を匿ってきた。

 

 

 聖戦開幕までは、顔の知ることもできない兄弟機たちがいるとだけ魔女からは聞かされている。

 

 だが今は同胞たる至高天の階達の神鉄の気配を感じる。その星の波長を辿ればこそ、自然と彼らは同胞へとたどり着くのもまた道理だろう。

 

 魔女と堕天は反逆も恭順もさほどに興味はないのだろうし、それはそもそも至高天の階達を創り上げた主目的ではないのだから。

 飽くまで「無期限に人として生きる権利」という景品をぶら下げ、のびのびと放し飼いにさせている。

 魔星製造で得られた知見のルシファーへのフィードバックのために。或いは、製造した魔星たちの行動や傾向、特性の解析のために。

 

 栽培、ないしは畜産という概念はそういう意味では間違った表現でもないだろう。農業にしろ何にしろ、はじめは試行錯誤が肝要だ。

 その過程で得られた知見を次に生かすために蓄積し――最後に生産物は消費される。

 魔女の言う聖戦が、この消費に当たると言えるだろう。

 

 ユダの神星鉄は魔星としての彼の名が示すがごとく、金色に輝いている。

 

「……なので、まぁ火星天殿――で良かったか。俺はこれでも平和主義者だし最弱の自覚はある。だから互いに争わずに健全な関係を構築したいと思うのだが、返答はいかに?」

「今俺がここにいる事そのものが返答だと思ってくれ。その代わり悪く思ってくれてもいいぞ金星の」

 

 今ユダが立つ場所は――火星天の星の中だった。

 荒涼たる、赤褐色の荒野。その世界に、いきなりにしてユダは引きずり込まれたのだから。

 互いの神鉄の励起が、至高天の階である事を証明されていたのだから。

 

「なら俺が死ぬ前に一つ聞かせてもらうか火星天。――お前は本気で魔女の景品が欲しいのか?」

「あぁ、欲しいな。二度目の生というヤツに興味はある。その第一歩がお前だ、木星天や今の土星天などという気の触れた奴なんぞに誰がいきなり挑みたいと思う?」

 どこまでも、火星天は取り合わない。

 掲げた大剣の切っ先が、金星天へと向けられている。

 

「君の事など知りはしないし、興味も無ければどうでもいいが。しかし二度目の命、そんなもののために尊厳を魔女にでも売り払ったか」

「違うな、まとめて買い戻すために俺は戦っている」

 ……過程は違うし自分の場合は自分から望んで成ったという違いはある。

 だが理解はできる。望まぬ新生をこの男は魔女によって齎されたのだと。

 魔星とは大前提として、ヒトをベースとして作られる以上、火星天にもその元となった人物はいたはずだ。

 その転生に歓喜を覚える者もいたのかもしれない。

 だが歓喜も悲嘆も、絶望も希望も、歪んだ輪廻も全て魔女の盤上だ。待っているゴールは、堕天の燃料となる事のみだ。

 ルシファーの晩餐のためだけの転生。それを覆そうと火星天は目論んでいる。

 金星天もまた、火星天のその原動力など知りようはなかったが、一種少しだけ哀れさを感じ入る。

 

「木星天ではそうも言ってはいられないが、俺は有情だ。お前ならば祈る暇は与えよう」

「俺は生憎と芸術に魂を売ると決めているし、すでに売ったのでな。祈りも後悔も、とうの昔に済んでいる」

「なるほど、愚問だったか色男」

 友誼なのか、或いは軽口なのか判然付かないまでも、しかし両者の間には明確な殺意があった。

 決して、言葉で解決などする話ではない事など、ユダは理解していた。

 

「あまり褒めてくれるな、顔がいいぐらいしか取り柄が無い魔星でな。殴るならできれば顔以外を頼む」

「では、刎頸を以って俺の誠意として勘弁してくれ。手加減が慣れんのだよ」

 どこまでも、火星天の殺意は変わらない。

 お前を殺すと、剣の切っ先ががりがりと殺戮領域の岩肌を削りながら吠えている。

 

 命無き赤色の荒野にて、神なる曲の序章は開幕した。

 

 

 

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