シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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大体今のところほぼほぼ結末までは構想はできました。
できましたが、真面目にウェルギリウスの処遇については悩みました。


天に届け、火星の剣 上 / Marte

 かつて、一人無名の剣士がいた。

 天稟の才はされど日の目を見ることもなく、病を以ってソレはただ歴史という土の中に埋葬された――埋葬された、そのはずだった。

 

「さぁ起きなさい。■■■■■■・■■■■。星剣一体たる貴方の求道、私に見せて」

 かくのごとくに土は暴かれ、望まぬ転生を遂げた。それは、皮肉にも火星の魔神として。

 魔女の掌。科学技術の輪廻転生が彼の抱いたたった一つの矜持さえ、塗りつぶす。

 

 故に火星の剣は激する。

 

 

「何が星剣一体だ、ふざけるな。こんなモノは、俺の求めた剣ではない」

 

 

 

 

 時は遡り、金星天――ユダはファウストと相対していた。

 一瞬だけ息を吸うと、タクトを振るうようにユダは両手を広げ星を顕現する

 

「創生せよ、天に描いた遊星を――我等は彼岸の流れ星」

 ユダの言霊が、朗々と紡がれていく。

 それと共に、だんだんと殺戮領域の荒野の風景はまるで別の天体の光景かのように侵食されていく。

 

「此処は宵の星、第二の天体。朽ちぬ黄金の輝きこそ、美なりしモノの象徴なれば。明けぬ極夜を焼き尽くすが星の輝き。旅人よ、淑女よ、どうか星を導に抱いて往きなさい」

 少しだけ、ユダの口の端は笑っていた。

 ……彼は概ね悟っていた。火星天には恐らく――そもそもとして、己は他のどの至高天の眷属たちにも勝てる魔星ではないことを。

 死ぬかもしれないが、死期を引き延ばすことぐらいはできるだろう。元から、こうなることは魔女との契約の一部だった。その決断に決して後悔はしていない。

 

「天往く星々こそ我が歌劇、淑女と詩人の度人こそ我がつづる脚本。皆々様方、その前座をご覧あれ。美なる星の名にかけて飽きはさせぬと宣しよう――此処に綴れよ絢爛美星(ベネレ)

 きっと、それは魔星にならなければ淑女の事など知ることはなかったから。

 保護者面か、とロダンに問われた時の事を思い出す。今この場に至っても不思議なモノで、意外なほどに火星天を金星天は気にしていなかった。

 

「超新星――虚実綾成す幻想演目(Cielo di Venere)顕現するは金星天(Terraforming)!!!」

 

 

 

 

 地面が腐るように崩れていく。

 液状化現象のように足が飲まれていく。強い粘性と硬さという相容れぬ二性質を両立させたはしかし、ファウストには通じなかった。

 一息の元に数条の剣閃が放たれると、泥は足場ごと粉微塵に切り刻まれていく。

 

 ただそれだけであれば驚愕するには値しない。恐るべきは彼のその剣技の精度だろう。

 少しでもズレれば自分の足ごと肉を抉っていたはずの精度で、彼は泥を散らしていく。

 

「何の星は知らんがその程度で、俺を捕らえたつもりか色男」

「無論」

 この殺戮領域においてファウストに断てぬ領域はない。だがその次の瞬間には、眼前の光景は大きく変わる。

 

 眼界を覆うがごとき波濤。

 今立つ場所が海底に挿げ替えられたかのような大量の水が天から降ってくる。

 まるで海と空の上下が入れ替わったかのような、三半規管を狂わせるような構図ですらあった。

 

「固形物では意味がない、だから流体で攻めると。あぁ道理であり合理だ」

「そうとも、もとより私は戦士ではないのでね」

「さて、たしか演者だったか」

 叩きつけられる大質量の海でさえ、火星の剣は切り開く。

 世界の両断と共に断たれた海と海の間隙を突き抜けると、火星天は殺戮領域を見渡す。だが、どこにも金星天の姿は見当たらない。

 恐らくは、そもそもとして接近戦に向かない星なのだろうと推察する。

 加えて精神体感応の気配もあいまいだ。事象改竄という星は前例はある上に、何より火星天自身の原設計がソレを参考にしたものである以上彼は対処をわきまえていた。

 

「全方位、隙は無し。恐らく星の性質はアメノクラトと同等か。事象改竄に類するモノだろう」

「概ね見立ては合ってはいる。しかし、まぁ分かったところでどうしようとなるものでもないことぐらいもまた、分かっているだろう。無益な殺し合いは避けるべきと私は考えているのだが」

「生憎とそれは聞けない相談だな」

 無限大の射程の剣はしかし、今この場に至ってもなお金星天の実体を断つにはかなわなかった。

 ぱちん、と指が鳴る音が響けば今度は凄まじい磁界と電界の嵐が吹き荒れる。

 足場すら見失うその世界の中で、極小の殺戮領域を纏いながら火星天は舞うように泳ぎ切る。

 

 集束する紫電の槍が鳥籠のように乱舞し串刺しにしようと、その全てを網膜に映しはたき落す。

 

 火星天のその技は、決して星だけによるものではなかった。星と剣の一体たるその在り様は、金星天を間違いなく感嘆させていた。

 

 その極点に密度が集中した次の瞬間には真空に電子の導火線が炸裂し、猛毒の宇宙線が散乱する。

 もはや安全圏など、火星天にはない――だがここは殺戮領域。彼の居城に置いて彼が敗北することなどありえない。

 

「悪いが、ソレもこうすればいいだけの話だろう。そろそろ見飽きてきたぞ」

 剣を一筋上に断てば空間の連続が断ち切られ、そこであらゆる殺戮光線はせき止められるかのように遮蔽され、彼の眼前で散っていく。

 

「アメノクラトの真似事は、その甚大な出力と全方位の資質に起因するモノが大きい。それを高々肉に神鉄を埋め込んだ程度の常人が扱おうとすれば相応の規模にしかならんということだ。概ね見ずとも分かるさ、経緯はともかく貴様は()()()()()()()()()()()()()だろう」

「……なるほど。つまり、君は第一世代の製造方法で生まれた魔星というわけか」

「そうだな。魔女の意図なぞ一切知らんが、俺はそういう生まれだった。……これが。こんなものが、科学の極限が辿り着いた現代における輪廻転生とはな」

 素性はよく聞いておくべきだった、と金星天は少しだけ思った。

 攻め手は文字通り、ある意味において彼は無数にあった。対して、火星天はこの世界と剣以外のモノを持たない。

 火星天への見方は、少しだけ金星天は変わった。

 恐らく思ったよりも彼は生前教養があったのだろうし、剣の道を目指してもいたのだろう。そして何より、月並みな言い方だが――

 

「――月並みな言い方だが、君は()()()()()()()()()なのかもしれない。かつて火星の名で知られていた魔星と同様、無軌道な殺戮者だとばかり思っていたが」

「どのような口舌を垂れようが最終的に殺す。その一点において、俺は殺塵鬼と違いはなかろうさ」

「だろうな。魔女の因果の裡において君は最も模範的であろう。至高天の階、その名を最も忠実に執行する者がまさか君とは思いもしなかったが」

 唐突に今度は空間が真空に変わるが、それでさえ周囲の自分の世界を切り抜いて鎧のように纏い火星天は疑似宇宙を輪切りにする。

 もはや、でもアリだ。

 たとえ殺戮領域を何度塗り替えられようと、そのたびに上から火星天は塗りつぶす。

 

「……思うに、お前は魔星にされた割には魔女に対する悪感情が見えんな。第二世代の例に倣うなら、鋼を心臓に埋め込まれる苦痛は相当のモノのはずだが――信じられんな。自らお前は魔女の話に乗ったとでもいうのか」

「……目ざといな、やはり教養に富む。君みたいなのが俺の劇団の出資者だったなら、さすがに好き放題に脚本は書けなかったろうよ」

 それまでは至って落ち着き払い、ともすれば知性さえも感じられた火星天の声色にわずかに、いらだちがの色が混じる。

 自ら望んで魔星となった事。望まぬ転生を経て魔星となった事の違い、それに対していら立っていることは、言うまでもなく察することが出来た。

 

「魔女に従順かと言えば、決してそうではない。だがかといって魔女に対し憎悪しているかと言えば、それもまた否だ。堕天流に言えば、お前のそれにもっとも近い感情は()()だろう」

「……憐憫、か。一番妥当な形容で、正しいだろうな。アレはそもそも人間性の負の極点と言うべき性根なのは事実だが、思考と秩序が実数軸にない。人が見える世界とアレが見ている世界は恐らくほんの少しだけ角度が違う。だが、その角度の違いが魔女を現世に生み出した。」

 同時に、火星天もまた金星天の星を洞察していく。

 これまでの戦いの中で、確かに無限というべき手数を金星天は行使してきた。

 

 そのいずれも、真っ当な星辰奏者であれば――あるいは魔星であっても決して対処が容易なモノではない。

 

「私は、君の個人的な願いのために殺されてやるわけにはいかないのでね。私にはまだ、やりたいことがある――というよりも、出来てしまった」

「事情を知らんのは俺も同じだ、金星。そして俺は堕天を――」

「いいや、ルシファーを討つのは君ではない。それだけは確かだ」

 金星天は、ただそうとだけ言い捨てる。

 その言葉に、火星天は訝しむ。

 

「……今一度問うが、君はなぜ堕天を討ちたい。その動機は何だ」

「何が言いたい。この場において詐術が意味を成すと思うか」

 超質量の建造物がさかさまになってその尖塔の矛先を火星天に向けて墜落していくが、それでさえ火星天は十字に両断する。

 だが、次の瞬間にはまた、金星天は技を繰り出そうとしていた。

 

 崩れていく殺戮領域。

 

 一点に収斂していく重力分布が、全てを呑み込んでいく。

 砂礫も、大気も剥ぎ取っていく。

 世界そのものを呑み込もうとする重力の奔流にしかし、火星天の脳内に敗北という演算結果は存在しなかった。

 

「言葉は終わりだ、そして讃えよう。……すっかり騙されていたよ、お前の星は()()()()()()()()()()だろう」

 訪れる終焉を前にしてただ、目を閉じる。

 それは決して、敗北を受け容れるためではなく。

 

 

―――

 

 ふつりと、ただ虚空を一閃する大剣。

 だが、事ここに至りその剣閃は、初めて金星天の肉を抉り血を纏った。

 

「うぁ……!!」

「手ごたえあり、か。ようやく視覚と触覚が完全に同期したぞ」

 目を開け、そして火星天の目前に広がっていたのは元の荒涼たる殺戮領域のみ。

 暗黒の中に吹き荒れていた重力の奔流など、影もなかった。

 

 閉じた瞼に震えはなく、振りぬいた剣閃に迷いはなく。ただ、火星天はその一撃で金星天の星を打ち砕いた。

 

「……いつから、私の星が事象改竄ではないと?」

「別に大した理由でもない、俺の五感に感じた僅かな違和だけが手がかりだった。――お前の星は()()()()()()()()()()()()()()()、だろう?」

 火星天のその洞察の成否は結果が物語る通りだろう。

 

 

虚実綾成す幻想演目(Cielo di Venere)顕現するは金星天(Terraforming)

AVERAGE: A

発動値DRIVE: AA

集束性:D

拡散性:C

操縦性:A

付属性:AAA

維持性:A

干渉性:E

 

 

 極めて精巧に似せられた偽りの感覚。特定の感覚だけではない、五感全てを複雑に相互作用させて完全に違和を潰していた。

 星を浴びせられた時も、常人では悟れないほどに僅かなズレがあった。

 例えば、皮膚を切りつけられれば痛みを感じるまでの差はあるだろうが、誰とて即座に切られた感触は感じるだろう。

 実際、確かに金星天の星は行使されても何ら違和感はなかった。

 だがほんの僅かに、視覚と触覚にわずかに()()()()()というべきものがあった。

 

「……俺の星に対するお前の星による五感の演出も、全く違和感が無かった。斬れば断てるしその反力も感じる。焼かれれば痛み、輝けば眩しい。五感がそのように感じたのならそれがその者にとっての現実となるし、真が真であり虚が虚である必要さえもない。殺戮の舞台の上で偽りを演出する――なるほど、まったく役者らしい星だ」

「そうだな。元々俺は戦いなんて趣味じゃない、まさか、最後の最後に敢えて視覚を放棄するなどという筋書きは想定しなかった。……感覚を捨て()()()、或いは()()()()などという筋書きも理屈もクソもないモノに君は全てを託したんだ」

 真実、あの時火星天の五感は掌握されていた。星辰体の感覚さえも、金星天の手の上だった。

 そして最後に火星天は目をつぶり全ての感覚を無視し、ただ自分の勘――何よりかつて剣を振り続けた経験に全てを賭けた。

 金星天がどこにいたかさえ、彼には定かではなかった。正真正銘、勘、と言う言葉でしか例えられない境地を以って彼はその神鉄を穿ったのだ。

 ……強大無比たる星の担い手の決め手としたモノが魔星ではなく人であった頃の経験だった。

 

「……完敗だ。といっても俺如きでは倒した実感は無かったろうが」

「いいや、素晴らしかった。……あと少しお前に芸が達者であったか、俺が元から()()()()()()()()なら、お前の討つことは出来なかったろう」

「……なるほど。君の慚愧は、ソレか。魔女に奪われたモノの正体は」

 ごぷ、と血を喉奥から湧く。

 金星天はもはや敗北した身だ。火星天が剣を振り下ろせばその命は終わる。

 

「さぁ、俺を殺すといい。俺の死が君の糧となるかはいささか疑問が残るが、堕天を討てるというのならそれもまた、本望だろう」

「ではその前に一つ聞こう。お前が死ねない理由とはなんだ、お前はそう言っていたが」

「……なんだ、そんな事か。もうすぐ死ぬ人間にする質問にしては意地が悪い」

 息絶え絶えに金星天はそう言って観念したように力なく笑う。

 

 

「……死ぬ前に、淑女のちゃんとした演目を見たかった。それから詩人と彼女について語らいたかった。俺の方が顔はいいし、怪力と爪先を踏む癖には惚れなかったが、その才能に惚れていたからな」

「……」

 金星天の頭の中に浮かぶのは、エリスのことだけだった。

 初めて海岸で彼女を見た日から。初めて彼女がロダンの事を語る時の彼女の顔は、とても晴れ晴れしかった。

 役者になりたい、と言う願いをかなえてやりたかった。それは境遇への同情によるものもあったかもしれない。

 けれど何より、彼女が将来に織り成す演目を見たくなった事が動機だった。

 

「その様子では助からんだろう。首は跳ねん、顔は傷つけん約束は果たした、ならば文句は無かろう、……好きな場所で野垂れ死ね」

「……痛み入るが、あぁ。あと死ぬ前に舌が回るうちに嫌味の一つか二つは言わせてくれ。……君は案外真面目で育ちがいいだと俺は語ったが付け足そう。君の本当の願いという奴は、君が魔星である限りは永劫叶わない。そして最後に」

 それからまた、血が混じった咳をし金星天はただまっすぐ、火星天とは真逆の方角を指さした。

  

 

 

 

 

「――君に堕天の墜落は担えない。なぜなら堕天を討つのは詩人と淑女だからだ」

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