シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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火星天の正体はまぁ何となく察した人はいるかもしれません。


天に届け、火星の剣 下 / Nameless Sword

「じゃあな、ガンドルフ卿。世話になった」

「……お前の言う聖戦、か?」

「あぁ。……ほかの連中がどうかは知らんが、少なくとも俺はお前に恩義がある、迷惑はかけない」

 聖戦開幕のその日、火星天はそうガンドルフに告げた。

 鉄塊のような大剣を背負いながら、その居を出ていく。

 

「……達者でな()()。アンタは筋はそんな良くなかったと思うが、それでも毎日俺に剣を握らせてくれたことは感謝してる。聖戦が終る頃にはもう二度、会う事も無いだろう」

 

 

「詩人。お前が堕天を討つというのなら、俺はお前を討たねばならん。アレは俺が先に討つ、故にお前の手出しは許さん」

「ふざけろ火星天。それを譲れと言われてはいそうですかとなると思っているのか?」

「お前の是非など俺は聞いていない。できればどうか苦しまずに死んでくれ、……そうだな、淑女を殺させてくれるのならお前を見逃さんこともない」

 火星天は顎をさすりながら、そうロダンに言う。

 エリスは少しだけ、ロダンの袖に寄り添いながら火星天を睨む。

 

 彼らには、文字通り何も縁が無い。間接的にはあるとはいえるのだろう。

 ロダンはかつての自分の剣を構えて、エリスの前に出る。その様子を火星天は少しだけ訝しむ。

 

「……なんのつもりだ詩人。ソレは恐らくお前の本来の発動体――そしてそれは神鉄ではない。そんな鈍らを構えて俺と戦うと?」

「……お前程度にエリスの力はもったいない、というだけだよ」

 その光景は、少なくとも常軌を逸しているように火星天は思えた。

 詩人と淑女は二人で一つだ。そんな男が今、淑女の力は不要だと言っている。魔星と人間の格差は絶対的だ。

 それを覆せるのは、一握りの命知らずの破綻者だけだ。

 

「なるほど。大体の事情は察した。淑女と仲たがいでもしたか――あるいは、淑女の力を頼ることができなくなったか。そんなところだろう。……下らん騎士願望だ、そんなモノで一人で俺を討つと? 堕天を討つと? 笑わせるな文筆家風情が」

「――勝手にそちらで文脈を察しているところ悪いが、誰が一人でといった?」

 火星天の言葉に、ロダンの者ではない声が投げられる。

 宙を舞いながら、碧い剣を一閃するランスロットの姿がそこに在った。

 

 それとほぼ同時に、ロダンも駆け出す。ただ一度の踏み込みで音速に肉薄しながらその剣の質量を叩きつける

 

「……貴様」

「悪いな、赤いの。お前の顔は趣味じゃない」

 ただ二度、剣を振り払う

 一閃の元にランスロットの剣の軌道を逸らしその横腹に蹴りを叩き込み、同時に二閃目でロダンの剣を迎え撃つ。

 そして、世界は荒野に染まる。

 エリスを排斥しながら、ランスロットとロダン、火星天はただその荒野の中に放り出される。

 

「ふざけた冗談だ、これもこの歪んだ因果という奴か。……まさかその面を見せられるとはな」

「何に感心しているのかは知らんが、俺の顔に見惚れたか。いいことだな」

「……その軽口は誰に対して詐術か、或いは欺瞞かは知らんが鬱陶しいな――死ね」 

 次の瞬間には剣は放たれて、十字に斬撃が放たれる。

 

 それを真っ向からロダンは迎え撃つ。

 射程無限大の剣。世界そのものを刃にする、遠近感を投げ捨てたかのような星にロダンは何度も何度も、打ち合う。

 

 火星天の星に対応できたのは一重に、マリアンナの戦いを目の当たりにしていたからでもあった。

 

 一閃、放つたびにそれをロダンが受け、ランスロットがただひた走りながら追い詰めていく。

 幾度となく重ねた訓練は、かつての師弟の連携をよみがえらせる。

 

 互いの息を読むような連携に、しかし火星天もまた引き等しなかった。

 奇しくも三人、剣を得手とする者同士であり、剣戟において彼は二人に遅れは取らなかった。

 

 同時に、ロダンは少しだけ火星天の剣に、彼の在り方を垣間見る。

 その刹那に、在りし日のある男の夢を見た。

 

 

 その男は、ある名家の生まれだった。

 容姿も教養も、おおよそ人として望まれるあらゆるものを天から授かった彼はしかし、そのいずれにも興味を示さなかった。

 

 彼が唯一心を奪われたのは一重に剣だった。

 

 剣、それは騎士の証。物言わぬ鋭利な鋼にこそ彼は魅せられた。

 

 

「――兄上、また貴方は剣の稽古ですか。付き合わされる身にもなってくださいよ。何より、持病の具合が悪くなれば父上とて案じましょう」

 あらゆるモノに恵まれながらしかしその男はただ一つ、体に恵まれなかった。

 持病による薄命を彼は悟っていた。

 

 どうしようとできる事でもない、生まれたころからそうであり。

 だからこそ、そんな彼にとっての安らぎは家族ではなく剣にあった。

 

 己を非才と卑下する弟の事も、過保護になる親の事も、彼にとっては興味の薄い事物であった。

 

 強くなりたい、剣を巧くなりたい。

 そう願ってただひたすらに彼は病身を押して剣を振り続けた。

 

 だがその剣を継承する者はおらず、それでいいと彼は思った。

 延命のためには、いかがわしい民間療法や薬に手を出しながらも、その気力だけで骨と肉を削りながら彼は生き続けてきた。

 

 肉が削げ、骨が削げ、命が削げる――ならば、剣もまたどうして、不滅であると言えようか。

 そう彼が病床で悟った時にはもう、幾何の命の猶予もなかった。

 

 彼は、その時初めて喪失を恐怖した。生涯と熱量を賭した己の剣が、名を残すことさえも許されずに歴史の土に埋葬されるという事だった。

 命が潰える事以上に恐怖した。

 

 意味を求めて剣を握ったわけでもなければ、代えの効かない何かになりたくて剣を握ったわけでもない。

 剣才は有れど、それも卓越しているわけでもない。

 けれど、ただ愚直に剣を振り続けたその軌跡が失われる事が彼は――()は何より耐えられなかった。思考しているこの一分一秒でさえ、俺の剣はどこにも残らず失われていく。

 

 ただ愚直に剣を振り続けてきた日々が末期の走馬灯のように駆け巡りながら、俺は病床で天を仰ぐ。

 ただ一度だけでいい。剣を握らせてくれと。

 

 そうしてそこでまた、光景は霞む。

 見知らぬ誰かの掌が、翳される。悪魔のようなささやきで。

 

 

 

「ならいいでしょう。その願い、確かに聞き届けたわ。■ーシ■ァル・■ヒ■ー。貴方の夢の続き、第二の生を存分に楽しみなさい」

 

 

――

 

「――、っ」

「ぼさっとするなロダンっ!!!」

 何かが頭の中を掠めた気がした。 

 誰かの夢のような何かが。その次の瞬間には火星天の殺戮剣が迫り――そして俺を庇おうとして、リヒターは俺を突き飛ばし身を挺した。

 その背に突き立てられた不可視の剣が肉を抉り、俺の眼前でリヒターが崩れ落ちた。

 

 

 

「……おい、リヒター!! 聞こえるか!!」

「……騒ぐなよロダン、ちゃんと聞こえてる」

 リヒターの肩を持てば、その力がまともに入っていない事がうかがえた。致命傷に他ならない、眼前でかつての師が自分を庇った事に、俺は歯ぎしりを禁じえなかった。

 

「リヒター……済まない……!! 俺の所為で……!」

「……そんなことはいいんだよ、ロダン。……全く、よそ見はするなと何度も何度も、飽きるぐらい昔教えたろうが馬鹿弟子」

 肺でやりくりできる少ない空気を吐き出しながら、リヒターはただそう言葉を紡ぐ。

 喋れば喋るほどに苦痛は増すはずだが、それでもなおも何かを、俺に伝えようとしていた。

 

「ロダン。……悪いが俺はこの通りだ、だがまぁ頑張ってあの野郎を倒してくれ。手当が早ければ俺は生存するしお前の所為ではなくなる。……今更になって実体験したからこそ思うが、やっぱりどうかしているぞグランドベル卿。なんで死にかけの息絶え絶えで喋れるんだか」

「もう、喋るなよリヒター、傷に障――」

「だから今から一度しか言わない。よく聞けいいか、ロダン」

 そう、リヒターは改まって言う。

 歯を食いしばりながら、それでも言葉をひねり出して続ける。

 

「……お前が()()()()のかは知らないしアイツが何者なのかも知らない。だが分かったはずだ。お前の剣は打ち合う人間の技巧のその奥に、野郎の生涯を見たはずだ。……今のお前の剣は()()()()()()()じゃない、だから向き合うんだ――火星天の絶望に」

 ……火星天と向き合え、とリヒターは言う。

 あの打ち合った時に垣間見た光景に彼の妄執を視る。

 俺の経験憑依は、恐らく急激に星辰奏者としての実践経験を積みだしたことによって成長したモノだろう。

 

「麗しい師弟の絆と言うヤツか。さて、別れの挨拶とやらが済んだところ悪いがじきにそこの詩人も送ってやる。……安心しろ、煉獄か天国には行けるよう念仏ぐらいは捧げてやろう」

「宗派と教派が違うんだよ、お前も元がこの国の生まれなら聖書と経典ぐらい暗記してから出直してこい」

 今火星天に抱いている感情は、師を討ったことに対する怒りでも憎悪――だけではない。

 それは少なからずあるが、主成分じゃなかった。……恐らくは憐憫、或いは悲しさなのだろう。

 

 ゆっくり、リヒターを地面に下す。そして再び剣を構える。

 

「……お前も、金星天と同じ目で俺を見るのか」

「誰の事を言ってるのかは知らないが、俺にはお前を戦わなきゃいけない理由が今出来た」

 奴の本当の願い求めるモノが今の俺には分かる。

 それは恐らく勝ち負けの土俵で決着をつけていいモノではない。

 

「決意を改めたところ悪いが、御覧の通りと言うヤツだ。――そら、俺の星から逃れてみろ」

 水平に一薙ぎ、或いは垂直に。無限の間合いの殺戮剣から逃げ場はない。

 だからこそ、真正面から打ち合うしかない。ただ、剣を打ち合わせる。

 

 それは何の目的があるモノでもない。距離も詰められなければ、何の致命ももたらすことはできない。

 俺にできることはただ、迎撃するだけだ。

 

 火星天の剣の軌道を視て、それを寸分違わず学習してオウムのように返す。

 何度も何度も、執拗に、偏執的に。

 

 脳がチリついて、走馬灯にも似たセピア色の何かが映る。

 火星天の経験が憑依していくとともに、また俺の脳裏の意識は寸断されかける。

 

 恐らくは、俺の星も成長を続けているのだろう。

 なまじエリスから切り離された分、自分の剣の再現性がより研ぎ澄まされていくのを感じる。

 星光に依拠しない、純然たる剣技。

 

 それが今俺達が競っているものだったのだから。

 

「……なるほど、お前の星光は経験の模倣か」

「あぁそうだ。そして、これらはお前がウェルギリウスに奪われたモノだ」

「――そんなモノで、俺を討つ? 俺が捨てたモノが俺を討つと?」

 冷静で飄々とした火星天の眦に、初めていらだちが混じる。

 

 防戦一方に押し込まれながらもなお、俺はその剣を振るい続ける。

 魔星と人という基盤の違いはしかし、今ここに至ってさほどに機能していなかった。

 仮初であっても俺がエリスの眷星神としてあり続けた事による、超高濃度の星辰体被爆への順応が挙げられるだろう。

 だからこそかつての魔剣もまた限界を超えて感応し続ける。俺の求めに応じてどこまでも駆動する。

 

 今この場に至り、初めてその異変を火星天は感じ取ったのだろう。

 

「聖人面で俺を諭したつもりか神聖詩人。俺の剣を真似て、それで何ができる? お前の星では、俺には届かない事など自明だろう」

「いいや。諭さないさ、火星天。……ここは一つ、お前も剣士なら剣で語るとしようじゃないか」

 何も特殊なことなどしていない。俺はただ剣を振っていただけだ。

 打ち合う角度も、振りぬく早さも、何もかもを()()()()()()()()()()()()()()()()()()、火星天の剣閃を模倣し打ち返しているというただそれだけだった。

 

 そんなことを実現できるのは、火星天の剣を徐々に体得しているからに他ならない。

 習得の深度も速度も精度も密度も、常軌を逸している。ガンドルフ卿やリヒターの剣を学んだときでさえ、こうなど成らなかった。

 

 その不気味さを理解しているからこそ火星天は怖気が走る。

 他人の経験を自分にそのまま張り付けるという事は即ち、他人そのものに成り代わりかねない行為だ。

 

 今俺は正真正銘、かつての火星天の記憶さえも憑依させている。

 奴の生涯など、ノイズだらけで分からない。

 

 彼我の境界さえ危うくなるほどに彼の内面を俺は覗く。もっと、火星天の剣に近づける。

 限りなく、限りなく、研ぎ澄ませ続ける。

 

 そのたびに、彼の叫喚を俺は目の当たりにする。

 

 

「う、おおおおぉぉぉぉ!!!」

「気色の悪い意趣返しを――!!」

 嫌悪の臨界を振り切ったとばかり火星天は次々と殺戮の剣閃を放つがそれでさえも、真っ向から切り伏せていく。

 何より、嫌悪がその剣を握る手を鈍らせたはずだ。

 

 今火星天が見ている景色は、俺が今まで剣を奪ってきた者達のそれと同じはずなのだから。

 

「お前は俺の十数年を、たかがこの一戦で……俺の剣を踏破してきたとでも言うのか」

「生憎それしか、出来ないんだよ」

 元からそれは特化型の宿命だ。

 相手の土俵で自分の手札を通す事でしか活路は開けない。加えて俺の星は突き詰めても殺傷には直結しない類の性質だ。

 だからこそ尚の事、一意専心以外に戦術はあり得なかった。

 

「何が剣だ。何が星剣一体だ――分かるよ、お前の怒りと絶望が。だってこんなモノ、()()()()()だろうが!!!」

「……分かった口を、利くなッ!!!」

 奴の怒りが、奴の剣を知った俺には分かる。

 星が強ければ、剣を振るう意味などない。

 

「剣の極み――星剣一体という奴さ。俺の行きついた答えこそがコレだ」

「……心にもないことを言うなよ。だったらそもそも剣を振るう必要すらないだろう、お前の星は剣どころじゃない。欠陥品もいいところだ」

 兵器として、それは全くの欠陥品だ。

 剣を振るうという行為を挟まなければ放たれない兵器はある種酔狂にさえ映るだろう。

 

「では詩人。貴様は如何にして覆す? 万象穿つ剣の世界で、お前の剣は何を語る?  ……語れんだろうよ。ならばそれが答えで、それが証明だ」

「剣を振るう腕と星が合わされば確かに強いだろうさ。けど、剣の腕がいかに良かろうと星を代替はできないし、純粋な兵器として追及するなら星が強ければ剣は不要になる。悲しいまでに、それが現実で、……お前はそれを憂いているんだろう。おその星を振るえば振るうほどに、自らの研鑽の意味を見失っていく」

 その考えは、分からないわけではない。

 事実、俺はエリスと繋がっていた時、俺は俺の研鑽がどれだけ生きたかと言えば、そう多くはなかったからだ。

 剣を鍛えていなければ斬り抜けられなかった、という事態は多くはない。

 逆に星が強くなければ斬り抜けられなかった、という事態は腐るほどあった、 

 

 星は剣を代替しても、剣は星を代替できない。だから必然として剣と星は決して対等ではない。その矛盾と無情が火星天を突き動かす原動力なのだ。

 

「見ろ詩人。俺が地金を晒せば晒すほどに俺の剣は無意味に堕していく。射程こそは暴力の優劣の尺度だ、高々数尺の棒切れを振るうためだけの研鑽に何の意味がある?」

 踏みにじられた剣の矜持を彼は取り戻そうとしている。

 火星天――天国を巡る旅路において、自らの教義を守るために戦った者が至る天であるという。

 

 そして今彼は己が志した剣の道を護るために、戦っている。

 

「棒切れを振るい一人殺す間に、星は百人を殺す。であれば剣に何の意味がある。そして俺は星を振るほどに、剣を満足に振るえなくなっていく。俺の手が、剣ではなく星を握る。ならば俺の剣はどこにある」

「それを奪われたからお前は激している。……兵器としての剣ならお前の言葉が正しいさ。けどお前が求めていたのは、兵器としての剣か。それとも求道としての剣なのか。……思い出せよ。お前の研鑽の価値は、実用的かどうかなんてどうでもいい天秤で計れるものだったのかよ」

 ……火星天が初めて剣を手に取った時、それをどう思ったのか。

 物を言わずただそこに在る事のみで己を示す鋼の在り方に、美しさを感じたからではないのか。

 それが、今の俺には分かる。

 

「あぁ、だからこそ俺は今一度、狡猾なる詩人(ロッドファーヴニル)に戻ろう。お前から全てを奪うんだ――()()()()()()()()()()()()()()

「――、詩人。お前は」

 だから、俺の剣はきっとこのためにあったのだろうと思う。

 忘れない。今まで奪い続けてきた剣の事を忘れたことなどなかった。

 今から火星天の剣もまた、その一本となるだけだ。一本となって、永遠と成るだけなのだ。

 

「お前がたとえ、お前自身の剣を忘れようと、俺は忘れない」

 少しだけその数拍、火星天の剣は鈍りその息をのむ。

 剣技と経験の完全再現――その果てに齎すモノは精神不全(イップス)

 そして今この瞬間に、火星天の全ての剣を俺は網羅した。常軌を逸した学習速度も、この瞬間のためにあった。

 

「行くぞ、火星天。……俺がお前に、人としての死を与えてやる。お前が天国に行けるように」

 火星天の剣を思い出しながら、ただ水平に構える。

 

 低く腰を落とし、ガンドルフ卿の技を思い出しながらしっかりと土を踏みしめ駆け抜ける。

 

「その技は、あの男の――あぁ、そうか。お前が、あの男の言う弟子という奴だったか」

 

 火星天は嘆息して苦笑いした刹那、自分の星を解いた。

 けれどそれは敗北を受け容れるためではなかった。

 

「……そうだな、俺が間違っていた。星が邪魔なら初めから()()すればよかったんだな。――()()ぞ、魔女。俺にはもう、()()()()()()()()()

 

――

 

 キン、と音を立てて、そしてまた戦いは仕切り直しとなった。

 火星天は、驚くべきことに自分の星を捨てた。ただ一人、剣士となるために。

 殺戮領域の荒野は晴れ、元の聖庁に彼らは立っていた。

 

 エリスも、水星天も、聖庁に還ってきた彼らの光景に息をのむ。

 

 火星天は星を捨てた。それは、常識として考えて気の触れている行為でしかない。

 だがだからこそ、今彼の剣は研ぎ澄まされている。

 

 剣を振るうに当たって介在する邪念も外力もありはしない。星に頼るなどと言う選択肢を自分から捨てたのは愚かであり魔星として本末転倒というほかないだろう。

 だが、それ以上に彼は剣を執る者として詩人に挑みたくなった。

 自分の剣をその目に焼き付け忘れないと豪語したのだから、責任を以て余すことなく見届けろと火星天は内心でつぶやく。

 ありていに言えば、剣士として決着をつけたくなったが故――そして己の剣を伝授したいが故だった。

 

「火星天――いや、名も無い騎士。俺は、お前を何と呼べばいい」

「そうさな。……言わないでおこう、ここは名無しで頼む。なにかと都合の悪い名前でな」

「星は使わないでおいてやろうか」

「舐めるな、要らん気遣いだ詩人」

 ただ正眼に、二人剣は構える。

 

「火星天改め――名無し(ネームレス)、いざ参る」 

「なら、俺もそちらの流儀に倣ってやる。――アレクシス・ロダン、いざ参る!!」

 言葉とともに、彼らは大地を翔けだす。

 それを水星天は止めようとは思わなかったし、エリスは止められなかった。

 

 何度も、何度も、剣を打ち合い、弾きあい、或いはかわす。

 彼らのソレは真剣での果し合いであり――そしてある種稽古のようにさえ映った。

 

 なぜ火星天が星を投げ捨て素のままで戦っているのかなど、エリスには理解に遠すぎた。

 けれど一つ確実なことがあるとすると、火星天の顔にはもはや険はなかったという事だろう。

 

 体を反転させ、蹴りを交えながらもけれど互いに致命には至らない。

 本気で彼らは剣を打ち合い続けているというのに、エリスは彼に()()()()()()()()()気がした。

 

 

 今この場で彼らはもはや勝敗など争っていない。矜持を賭けて、ただ彼らは戦っている。

 同時に火星天の剣にも変化が生じていた。

 

「――、お前、生前にそんな技使ってなかったろうが……!!」

「あぁ、今考えて今作った。どうだ、驚いたろう?」

 距離を離し天高く飛び上がったかと思えば、その次には自らの大剣の柄を蹴り飛ばし超速で飛翔させた。

 流星のような一撃に、済んでのところでロダンは対応しきり、その軌道を逸らす。

 少しだけ、その口調は()()()()()()()()()なと思った。

 

 同時にその一撃を凌ぐために隙を晒したロダンに火星天は拳を握りその横顔を全霊で撃ち抜いた。

 

 

「……剣士、と言うよりは拳士かお前」

「剣を使う人間が剣だけを使うと誰が決めた? ……全く、貴様は()()()とやらから何を学んだやら」

 剣を拾い――火星天は今度はロダンに向けて水平に打ち投げ――あろうことかその大剣にサーフボードのように乗り上げロダンに肉薄する。

 

「奇想天外な事しやがって、見てて飽きないよ」

「そらさっさとかわせ、俺を轢き逃げ事件の犯人にさせてくれるなよ」

 乗り上げた剣を足で捌きながらその手に持ち替えロダンへと大上段から斬りかかる。

 

 まるで予想もつかない、変幻自在たる剣の扱い。生前でさえ、これほどに芸が達者ではなかったろう。

 ……今、この男は魔星の宿命を超えて再び成長しようとしている。

 

 その成長はロダンの記憶が当然知るわけもなく当たり前に対応などできるはずもない。

 

「……最初から出し惜しみせずにやればいいだろうが、この赤髭が」

「魔星の身だからできないこともあるんだよ、優男が」

 だが、同時にロダンも決して譲りはしなかった。意趣返しと如くに剣の柄を蹴り上げ火星天へと剣を飛翔させる。

 

 今この瞬間も火星天が成長し、そのたびにロダンが追いかけるという構図になっている。

 星を扱わないからこそ剣が洗練されていく。という本末転倒はしかし、火星天は後悔などなかった。

 事実その技は少なくとも殺戮領域で振るう剣などとは比較にならないほどに多芸に、そして練達を遂げていた。

 

 その速度も、ロダンが次第に埋めていく。

 端的に言って星を自ら封印した火星天とロダンとでは、優劣ははっきりとしていた。

 

 いくら技を思いついてもそれをロダンに奪われていく。

 火星天の技を真っ向から見据え、決して忘れないようロダンは刻む。

 

 この男が修めた剣が確かにかつてこの地上に存在していたことを、決して忘れないように――受け継ぐために。

 

 そうして、まもなく決着は順当に、呆気なく訪れる。

 

 ざくり、と鋼の感触を感じながら、詩人の剣は火星天の躯体を袈裟に断った。

 

 

「……なるほど。星を捨てれば、やはりこうなるか。道理だな」

「あぁ。そしてこれが人としてのお前の末路だ」

 倒れそうになる体を、剣を杖代わりに支えて、ロダンは火星天と向き合う。  

 

「勝ったのだろう、詩人。なぜお前は悲しそうな顔をしている?」

「……勝った? こんなのがか。……こんな悲しすぎる結末が、勝利であるはずがあるかよ。こんな悲しすぎる勝利が、あるかよ!!!」

「……まったく、面倒くさい奴だ。文筆家という人種はどいつもこいつもこうなのか。勝ち方にいちいち浪漫を求めるのは立派な悪癖で悪趣味だ」

 勝利の歓喜など、微塵もなかった。

 この結末でさえ、魔女と堕天の盤面でしかないのだろう。そのために火星天の物語(生涯)は魔女に消費されたのだから。

 誰も幸せになどなりはしなかった。

 

「なぁ詩人。……俺の剣は、どうだった?」

()()()()()()()()()、お前みたいな奴の剣は特に。安心しろ、俺は記憶力がいいんだ」

「なら、よかった。存外この結末で、良かったのかもな」

 生涯ただ一度、安息したような顔をして火星天は崩れ落ちる。

 その顔にはもう妄執などなかった。

 彼は人としての正しき死を彼は魔女から取り戻し、その剣を確かに詩人は目に焼き付けたのだから。

 

 

「迷わずに往け、詩人。……託すのは癪だが魔女の盤面を覆せ、そして魔女から全てを奪い返せ。お前にはそれが、できるはずだ」

 

 

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