英雄に敗れた俺は失意の中で、流離った。
国も富も、民も何もかもを、英雄に奪われた。
いくつかの国を流離って、そしてやがて知らぬうちに帝国アドラーの土を踏んだ。
かつて、俺の国であった領土と民はアドラーのモノとなっていた。
見知らぬ広場に俺は気が付いたら立っていた。そこには子と母がいた。
かつて、俺の国に住んでいた者たちだった。
彼女達は、笑っていた。俺の治世と変わらないその笑顔を、今帝国の治世で彼らは浮かべていた。
……柔らかな笑顔。俺の心を安らがせた、その笑顔が帝国に在る――英雄によって奪われた。
気が付いた時。俺の足元には物言わぬ屍が二つあった。
血の海があった。
俺が護りたかったモノを、俺が摺りつぶした時、俺は堕天した。
そうして俺は帝国を逃げ――皇国へと流れ着いた。
絶え間なく蝕む、絶滅光の後遺症が正気を削り取っていく。やせ衰えた皮と骨に残るモノは英雄への妄執のみ。
俺が、俺でなくなっていく。
その最果てに俺は魔女と邂逅した。
「貴方の狂奔こそ土星の名を冠するに相応しい。
/
「いいえ。だれがさせると思いますか――!!」
マリアンナは即断する。全霊を翔けてその焔を以って飛翔し、龍体の喉元を目掛けてその槍を突き立てる。
もはや土星天の星辰光は確かに肉としての密度さえ有している。
尽絶な、熱量を散らしながら、彼女の槍は彼女の叫びに応える。もはや今この場において、彼女の肉体は人智の限界を逸していた。
内臓のいくつかは機能喪失に陥り、加えて次第に毒光の影響が回り出している。
それでもなお繰り出される彼女の星辰がついに、龍体の顎をわずかに逸らす。
龍の吐息はわずかに聖教皇国から軌道が逸れ、遠く彼方の海へと着弾し水のクレーターを創り上げる。
痛みに悶えるように土星天の龍体は躯体を捩らせ、空に何度か光の吐息を吐き散らす。
龍体の背に木星天とマリアンナは飛び乗れば、龍体を斬り裂きながら競うような速度で頭頂部まで一気に駆け上がる。
「断つ――!!」
「斬り伏せる――!!」
ほぼ同時にその龍体の首が撥ねられ――次の瞬間にはまた、腫瘍にように斬り裂かれた部分からは星辰が漏れだし、さらに躯体が肥大化した。
斬り裂けば斬り裂くほどに、狂奔していく。
狂奔すれば、さらに星は増幅される。
唯一弱点があるとすれば神鉄だが、それでさえこの龍体の前では穿つことは困難を極める。
「ヴァる……ゼ……ライドオォオォオオオ!!!」
もはや、一刻の猶予もない。
今龍体の吐息の矛先は、ついに彼女を捕らえた。
もう一度放たれたならば次こそは絶体絶命だ。
夥しい量の血を吐き出しながら、マリアンナはその光輝に臨む。
無謀なる断崖への飛翔、焔を纏いながら彼女は矢となり飛翔する。
どこまでも、音速を超えて天を目指して。
「滅べよ英雄、粒子の塵に還るがいい!!!」
そうして撃鉄は振り下ろされ、破滅の光芒は再来する。
海を剣では断てないように、光の洪水は彼女の焔を容易く攫って行く。
彼女の決意を一蹴するようにソレは呆気なく押し流されていく。
台風や地震を殴りつけることなどできないように――龍に人が抗えないように。それは当然の道理だった。
光に総身を飲まれていく彼女の発動体も、彼女同様に限界を迎えていた。
ぴしりと、音を立てて槍は砕けようとしていた。
「……あぁ、これが走馬灯というモノでしたか。これがあの時死ねなかった私の応報、ですか」
走馬灯のようにソレまでの記憶がながれていく。
初めて、槍を手にした時の事。村の皆。
それからリチャード、或いは師。エリスとリヒター。
絶命に至る刹那に、最後に浮かんだのは。
「……そう、でしたねロダン。ここで死ねば、泣き虫な貴方は泣いてしまいますね」
少しだけ、苦笑いする。
切れ切れになる声を振り絞りながら、限界を迎える自分の槍をさらに光の渦中へと押し込んだ。
体の感覚さえ絶えそうになる光の中で、踏み出した。
いつか、私が聖女ではなくなる時が私の救いになると言われた。
……今なら師の言葉が分かる、きっと今こそその時なのだと。
砕けていく槍はしかし、星辰を喪失させはしなかった。
槍の総身が砕けるその刹那、その中に黄金の輝きを放つ新たな槍を彼女は握っていた。
……砕けていくその槍は単なる本命を隠匿するための外装であり、彼女の握ったその一振りこそ本命だった。
それこそ、オフィーリアの協力によって生まれた
同時に彼女が
彼女の肉体は限界を超えて今こそ再起する。
閃奏によって刻み付けられた傷が輝いたその瞬間に、全ての契約は完了した。
彼女のその傷からひび割れるように、ぴしりと音を立てて彼女の死は覆された。
ガラスの割れるような音と共に、彼女は焔と――そして天霆を纏い龍の吐息を貫いていく。
その光景に刮目したのは、木星天だった。
この瞬間、間違いなく彼女は第三世代人造惑星の域に達していた。
それを成立させたのは一重に、過去に閃奏と接続された木星天の一撃を受けていた事。その傷口に残った星辰反応を逆解析し、
傷に臨した彼女は、さらにその死に近づく試みをした。
逆解析された星辰情報を元にした神鉄の組み込み改修。
改修された発動体との感応による閃奏との対話。
その総てを彼女は乗り越えて、
『――一言、狂気よグランドベル卿。確かに理論上は不可能なことではない。そして、何より困ったことに――閃奏は本来皇国民には最も縁遠い特異点であるにもかかわらず、恐らく貴女は眷属としては神奏を除けば
『それでも、必要です。私の何を犠牲にしても至高天の階は討たなければならない』
彼女の発動体もまた、それに合わせる形で改造を施された。
発動体に神星鉄を組み込むことによる高位次元との接続、極限まで高められた出力――そして最後に、閃奏の眷属に
それが今ここに、槍に走る雷霆と共に結実する。
『……理論は私が保証する。でも、使った結果の安否までは保証できない。それでも貴女はやるのね』
『はい。迷惑を掛けます、オフィーリア副長官。……それでも私はこの国を、この国に生きる人々を護るために戦いたいのです』
逡巡はあった。
本来これは、
だが、土星天はここで止めなければならない。こんなモノを放置しては恐らく聖教皇国は破滅する。
『いと高き御身に願い奉る――ただこの一度だけでいい。私の命を代償としてもいい。だから、どうか私に星を授けてください』
『――』
けれど、選択に後悔はなかった。
例え、自分の何を犠牲にしても止めなければならなかったから。
『落暉が、迷惑をかけた』
『はい』
『――往け。討つべき邪悪が定まっているのならば』
『――はい』
猛毒と絶滅の光芒に中に、一筋光が走る。
彼女の瞳が黄金色の軌跡を描く。決意の輝きを宿して、眼前の光の海を映す。
『もう、苦しまないで。誰も、最初から貴女を責めてなんかいないのマリアンナ』
『いつまでも、こんな場所に還ろうとしないで。まだ、マリアンナにはやることがあるんだから』
『だから往って、マリアンナ。今をどうか生きて。貴女はもう十分苦しんだ。だから、自分を許してあげて』
たとえ脳裏に聞こえたそれが、末期が生み出した幼いころの走馬灯だとしても。
「えぇ。ありがとう、みんな。少しだけ、そちらに行くのが遅れる事をどうか許してください。師よ――そして、お母さん、お父さん。行ってきます」
家の玄関から出るような穏やかさで宙を踏み出し、槍をただ一閃する。
「
その光の一閃は土星天の総身を貫いた。
どこまでも、どこまでも、果てなくその輝きは貫いていく。
成層圏も大気圏も突き破って。
この日、聖教皇国の全ての人々は蒼穹に一筋の星を見た。
それは神なる詩篇に謳われる、天に架けられた火焔の階段のように。
―――
空からマリアンナは堕ちていく。
星も、何もかもが喪失していく。
体が冷えていく。閃奏を振るうその代償を感じた。
「……師よ。私は、この国を護ることが出来ましたか?」
少しだけ、空に手を翳して虚空に問う。答えが返ってくることなど期待していなかった。
瞬間的で、甚大な星辰体感応の代償は、何より彼女が一番よく感じていた。
もう、自分の体に星が通わない――
もとより彼女は帝国民ではない。故に閃奏との貸し借りは、
因果律の破壊、超極小時間中での集束性の天元突破――そしてそれは恐らく彼女の生涯で一度しか用いることができず、今彼女は
あまりにも彼女が捧げるモノにあまりにも見合っていないからこそ許された、ただ一度だけの神槍だった。
「……護ったとも、聖女。お前は間違いなく決着をつけた。……ここから先は、俺の決着だ」
その体を木星天が抱き留め、慈しむように、ゆっくりと下した。
そして、眼前に残った男を睨む。
天の覆うほどの巨躯を誇っていた土星天の肉は全て蒸発し、神鉄も微塵に砕かれていた。それでもなお、執念だけが辛うじてヒトガタとして彼をこの世にとどめていた。
「――ヴァルゼライドおぉぉぉぉ!!!」
「――俺を視ろ、摩天震龍」
ただ一撃、木星天は自らの全霊を載せて土星天の顔面を殴りつけた。
「ごァ……!?」
「後一度しか言わん、俺を視ろ。土星天!!」
二刀を収め、拳でもう二度殴りつける。
彗星の如く降り注ぐ二打目にもんどりうって倒れ伏す土星天は、焼けただれた土を握りしめながらその顔を上げ再起しようとする。
だが彼の顔は次の瞬間には、困惑に変わっていた。
「……き、さま。ヴァる、ぜらい、ど? いいや、違ウ。……否、そこノ女も、違……ウ?」
「聖女も俺も、ずっとそう言っている。……目を見開け、土星天。今なら貴様の眼に真実が映っているはずだ」
第三者から見れば特に困惑に値する光景ではなかったはずであり――そして今木星天の眼前には、ただ真実のみが広がっていた。
「……そうか。これは――全ては、魔女の盤面か」
「そうだ。……お前の矜持も、妄執も、総てを奪ったのは全て魔女と堕天だ」
ただ、冷厳と事実を告げる。
今の土星天はその言葉を解す知能を取り戻していた。その胸にもう、光は灯らない。
「……ふふ、ふははは。そうか。俺は――、道化であったのか。俺も、お前も」
顔に手を覆い、そして土星天は声も笑うくつくつと笑う。
それはやり切れない、哀しみからか。正気を取り戻したが故か。
「……俺と英雄は、何が違った。アレは壊すことしかできん者だ。俺と同じ裁き、殺し、壊すことしかできん破綻者――そういうモノだったはずだ。なぜだ、なぜアレの治世で、俺の民は笑う事が出来た?」
そして、よれよれと、老人のように。
あるいは救いを求めるかのように、物乞いかのように、彼は木星天へと駆け寄る。
「あの男が、俺から全てを奪った。国も、民も――そして、その笑顔さえも!!!」
「……」
泣訴にも似た、あまりにも哀切の窮まる絶叫。
「ボロクズ同然の俺が放浪しながら帝国の土を踏みしめた時、かつての俺の国の民は笑顔だった。あぁ、その時、気づいていたら。気づいたときには――俺の足元に、死体が転がっていたよ」
「……」
「その時の哀しみが、怒りが、絶望が、貴様に分かるかァ!!!」
その時、土星天の狂気は彼の正気を凌駕したのだろう。
だが、木星天は以前のように知るかと切り捨てはしなかった。
「思い出せ。お前は何を奪われたことに激怒した。それはお前の手にした身分か、人か? それとも富か? ……違うだろう。お前の怒りの根源はなんだ。」
「――そ、れは」
頭の裡で、ちりつく思念。嗚咽にも似た、喉の奥がちりつく感覚。その中に確かにあった。
戦いの中に生きてきた彼が真に安息を得たのは、いつだったか。
それは、何という事もない平穏を生きる人々の笑顔を見たときではなかったか。
それは、暴力以外を知らなかった彼が初めて知った平穏の象徴ではなかったのか。
答えは、彼の頬に流れる一筋の涙が告げていた。
「あぁ――そうだ。民の笑顔は、俺が初めて掴んだモノだった。それは、初めて知る暖かさだった」
「――」
「だから、やめてくれ。国も、富も、何もかもを捧げてもいい。かつての俺の民を恨む気ももとよりない。だから俺から、
その狂奔の真髄に在るのは、決して邪悪なモノではなかった。
鉄火の熱しか知らなかった男が手にした、柔らかな熱。
恐らく壊し、殺し、裁く事しかできない者、という点において、英雄とこの男は――そして木星天も同じだったろう。
そして、性質の違いこそあれ己が国を生きる者を愛した事もまた然り。
「恐らくは、お前は英雄と変わらん、その愛故にお前は堕ちた。だが、命を無くしては笑顔も何もあった者ではない。お前が居なければかつての民たちは、お前が好きだった笑顔を繋ぐことさえできなかった――違うか?」
「――」
「確かに、お前は英雄に奪われたろう。民に幸せを齎すことも、お前以外にできる者がいただろう。だがな――その民が健やかに生きられるように命を繋げ、落命の雨から護る傘となることは英雄ではなく、他ならぬお前だけにしかできなかったはずだ」
そう断じるとともに、木星天は左腕の骨を鳴らし雷鳴を纏いながらその鳩尾を殴りつけた。
苦痛を訴えながら、胸を抑え込み土星天は後ずさる。
それでもなお、立ちあがる。何のために戦っているかさえ、今の彼には判然としていない。
けれどその叫びにもう、慟哭はなかった。
強き者が、いずれ弱者が羽ばたくその時まで守る事――それを自分は確かに実践していた。そのことを彼は思い出した。
「貴様がまだ立ち上がれるというのなら、己が名を言ってみろ。魔女の生贄でも、歪んだ輪廻の虜囚でもない、己が真実を」
「あぁ――あぁ……!!」
その時、一筋の輝きが土星天の瞳に宿る。
だがそれは決して、狂気を意味するものではなかった。
もはや核を砕かれた彼には幾何も命数は残されていない――人として挑み、そして人として死ぬ唯一の機会を木星天は与えたのだと、土星天は理解した。
刃の毀れた斧を握りしめ、全霊をかけて踏み出す。
「我が名はエイリーク――聞くがいい、そして畏れるがいい、誰でもなき者よ――
/
木星天の一刀と共に、土星天の命は絶たれた。
肉体の収斂は解れ、星辰体に還っていく。
元より彼の全身は肉の八割を喪失していた以上。文字通り跡形も残らず霧散していく。
「……これが、結末か。これで解放される。ありが……とう」
憎悪と、妄執からの解放。
英雄への執着からの解放。
今度こそ、この世界から彼は還っていく。
「さらばだ――そしてお前に誓おう。堕天と魔女は、必ず討つと」
新西暦に空に、一人の王は星と成って還っていく。
彼の星は、最初から何もなかったかのように掻き消えていく。
もう、まるでこの地上に妄執など残していないとでも言うように。
AVERAGE: B
発動値DRIVE: A
集束性:EX
拡散性:A
操縦性:C
付属性:D
維持性:D
干渉性:E
特異点接続能力・閃奏接続型
特異点との接続時でのみ使用できる星辰光。この発動形態を彼女は
閃奏との接続による瞬間的な集束性の天元突破による因果律崩壊、及び使用者の星辰光の集束性の極限増幅機能。
本来であればこれは木星天に対し用いる兵装であり、木星天を特異点接続まで追い込んだ上での因果律突破を同じく因果律突破をぶつけることにより相殺し、死に至らしめる事が本来の想定された用途であった。
マリアンナは特例でこそはあったが、本来聖教皇国に住む人間にとって閃奏は容易に接続を許す特異点ではない。
極晃奏者には非ざる身による限定的な極晃行使の代償は非常に深く、稼働時間も極めて短い。
極晃を魔星ならざるその身で受け容れたが故にマリアンナ・グランドベルは星辰奏者の資格を永久に喪失することとなった。
本来、マリアンナが最もその適正を示すのは他ならぬ師の極晃である神奏であるが、その精神性と生い立ち故に閃奏、次いで次点において滅奏に適正を示す。
彼女は、師の予言を完遂した。聖女である事を失ってでも、彼女はこの国を護りぬいたのだ。