シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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次回タイトルは「晃星大戦 上」です。
第二太陽ん中の皆さんがどういう顔しながら地上を見てるかはもう、タイトルの文字の羅列で察してください。


慟哭は渚のように / Rain again

 いつかの日。俺は長い、夢を見ていた。

 俺の中に――あるいは、揺れぬ水面に、もう一人の俺を見る。

 

「――お前は?」

「僕は、■■■■。そして僕は君だ」

「■■■■? おかしなことを。そんな男の名は自我と共に戸籍諸共に死んだ。消えろ残影(ゴミ)が、俺の中に貴様は存在してはならない。俺は俺だ」

 俺と同じ声と顔で、俺を糾弾するつもりなのだろうか。

 ウェルギリウスの自我洗浄が不完全であったか。あるいは自己改造を重ね過ぎたが故の俺の中の不具合(バグ)か。いずれにせよ、不確定な要素は潰すに限る。

 

「言われなくてもいずれ消えるさ。もとより君がいる以上、僕は消えるしかない。……けど、そうだな。願いがある。聞いてもらえるかな?」

「……」

 男は言葉を続ける。

 俺を意に介していないわけではない。

 不愉快な残像だが、気が付けばその男は姿も形も消えて声だけを残していった。

 初めからそこにいなかったかのように。

 

「……二度と、君の前に姿を現さないと僕は誓おう。だから()()()がもし苦しんでいたら。その時はどうか、君が救ってほしい。それが■■■■(ぼく)の、たった一つの願いだ。」

 

 

 

 

 

 

 

 堕天と魔女は、地上を睥睨する。

 その背には人知を逸した巨大な尖塔が立っていた。

 

 それはルシファーとウェルギリウスの延伸された手足とも言うべき者であり、それそのものが巨大無比な神鉄だった。

 惑星のように、いくつかの円環がその塔を取り巻くように浮遊し軌道を描く。

 

 その様はさながら、神話に謳われる神に臨んだ塔のように。

 

「……これが()()()()となるだろう、ウェルギリウス。お前は至高の星を手にし、その願いは成就する」

「ええ、知ってる。私の最高傑作だからこそ私は信じている。もう未来なんて読むまでもない」

 もう、彼らの中でソレは確定した運命だったのだろう。

 

「淑女と詩人、恒星天(ステラート)。とても面白い組み合わせだと思わないかしら」

「詩人は一人、そして淑女は二人。詩人の傍らは一人しかいられない。であれば、詩人はどちらを選ぶ、か」

「えぇ。願わくば、どちらを選ぶことになろうと、私達に最高の試練を与えられる存在へと飛翔する事を願っている。決して嘘偽りのない私の願いよ。そのために、ハル・キリガクレに翼を与えたのだから」

 無邪気な、或いは単純にどうなるのだろうという、邪悪なる興味の元にmお彼女はそう言った。 

 

「古くからの知己であり、そして最新世代の魔星。少なくとも、相関係数(きずな)は淑女と何ら遜色はないもの」

 ハルの胸に神鉄を埋めたその手をさすりながら、ウェルギリウスは微笑を浮かべる。

 そんな様を、ルシファーは少しだけ目を細める。

 

「……なるほど、太陽天は敗北したか。そして木星天が勝利したらしい」

「想定通りと言えば、想定通りかしら。……紆余曲折はあったけれど、心変わりかしら。太陽天も私達と戦うつもりらしいわね」

 地上から天を臨む木星天、その傍らには手を翳す太陽天の姿があった。

 

 

「……ジュリエットは私達に帰順を誓っていたはずだけれど。――木星天にでも絆されたかしら」

「好都合だ。もとより、好きに生きて好きに死ねと言った。そして今、自由意志の元に俺達への叛逆を選んだ、故に太陽天は俺を裏切って等いない。何より俺の性能を極限まで引き出すには最高の教材だ」

 ルシファーの頬には、笑いが浮かんでいた。

 太陽天と木星天。光の双極を前にしてさえ、彼は微塵も怯んでいなかった。

 

 

「――木星天、お前達の決断を俺は尊重しよう。俺達の神塔の礎となるがいい――終末晃星大戦(アーマゲドン)の開幕だ」

「神の塔、ではなく破滅(ハノイ)の塔の間違いだろう。貴様らを滅ぼすのが貴様らが俺に与えた役目だ。望み通り、骨の一片さえ残さずこの地上から消し去ってやる」

「完成すれば世界は破滅するという塔の話だったか。それも悪くない、世界を破壊し創り直す。そのための聖戦だ」

 もはや木星天の肉体は限界を超えている。

 ところどころから、亀裂のようにひびが入りながら、その隙間から光が覗いている。

 それでもなお、勝利すると彼の瞳が雄弁に語る。死への片道切符を、それだけあれば十分だとこの男は言った。

 

「……太陽天、いつか貴女は言っていたかしら。死の無い地平を欲すると。その成就は私達が責任を以て遂行してあげる。だから全力で来なさい」

「言われなくてもその通りよ。ドクター・ウェルギリウス、狂った哀れなプロメテウス、或いはザラスシュトラ。……貴女は末期よ、木星天より救いようがない」

「鏡というモノがないのかしら、貴女に言われると格別ね。死体の保全加工や心理学の手ほどきをはじめ、私もまた貴女に教えを受けた。例え路を違えても、貴女の献身だけは私は忘れないようにしてあげるわ」

 ウェルギリウスは自らの胸の真中を指先でなぞりながら、その輝きを見せつける。

 もはや、戦局は最終局面。

 

 激突は秒読みだった。

 

 

「ルシファー。……貴方は以前、ヒトではないから願うものは無いと言っていた。今は、どうなの?」

「――俺の願いは」

 ……ウェルギリウスの言葉に、ルシファーは目を閉じる。

 語る言葉を選ぶように。

 

 それは、以前の彼にはない変化だった。

 抽象的な質問であるという事もあるのだろうが、それだけではなかった。

 

 

 世界が悲鳴を上げるその数秒前、彼は意を決したように言った。 

 

「世界がお前を排斥し、お前が世界に配慮しなければならないというのなら。そんなモノは地獄(インフェルノ)と変わらん、何の価値がある。お前の願いの成就こそ俺の願いだ。……俺の拓く地平にお前を孤独にする者はいない。決してな」

 

 

 

 

「天墜せよ、我が守護星――鋼の地獄(ならく)で終滅させろ」

 その祝詞は、エリスのそれと全く同じだった。

 深い、深い、月に吠える憎悪の詩が彼女を偽りの月乙女へと変貌させていく。

 エリスはその姿に、言葉をただ呑み込むことしかできなかった。

 

「ここは死の星、第九の天体。悲哀の涙は頬を濡らし、闇夜は奪ったモノを返しはしない。涙の渚は水面となりて煌めく月を写し取る。熾天を鎖せよ、月と闇の衣を纏い我が手に冥星(ならく)を遣わしたまえ」

 之成るは偽りの月天女。

 涙の水面に映る冥界の月が、彼女の闇となり纏う。

 

「なれば詩人よ、神聖なりし我が幽冥(エレボス)。貴方と共に私は星を見たい。十天の彼方、恩讐の彼岸に我が請願よ成就せよ。悲劇(なみだ)を照らせ月光よ、名も無き神歌を奏でておくれ」

 詩人を導く、もう一人の淑女として彼女は新生する。

 かくして、月の殻は破られる。闇の翼を得て、虚空へ彼女は飛び立つ。

 

「超新星――月の残照、恩讐担えよ夜想幽天。(Cielo di Stellato)顕現するは恒星天(ChaosNyx)

 

 

 

 

月の残照、恩讐担えよ夜想幽天。顕現するは恒星天

AVERAGE: A

発動値DRIVE: AA

集束性:D

拡散性:AAA

操縦性:A

付属性:C

維持性:E

干渉性:AA

 

 

 

 

「……水星天。癪だと思うが助けてくれ。今のエリスと俺には、お前が必要だ」

「貴方に必要とされると考えると心底からやる気が起きませんが、まぁしかし私も間接的には無関係ではありませんから。……何よりお姉さまが必要としているのなら是非もありません」

「それからもう一つ。姉さんを絶対に殺さないでくれ。俺が悲しむし、何よりエリスが悲しむ」

「……では、せいぜい生き残ってください。今はお姉さまの命令だと思って従ってあげます」

 水星天は告げるとともに躯体を一瞬で液状に変える。

 地下を駆け巡りなら、毛細管のように一瞬で広がっていくと思うと、次の瞬間には地下空間を支える柱のいくつかが一気に脆化し倒壊する。

 

 

 崩落する天井はしかし、次の瞬間には姉さんが宙に翳した手に生じた暗黒天体が呑み込んでいた。

 洞のように渦巻きながら、光も呑み込みながらソレはくるくると回転運動をしている。

 

 そしてぷつりと音を立てながら、建造物の残骸を消し去った。

 出力はもとより、その星の性質も推察できるところとしては極小の疑似暗黒天体の創造だろうか。

 

 

「……エリスさん。これが私の力――ロダンを護って、あの女を殺せる力なの。だからもうエリスさんは戦わなくていいわ。ご苦労様」

「本当にそのように思うのなら、そう思って結構です。私はそれでも命尽きる最期の刻までロダン様と共にいます」

 少しだけ、姉さんの声がいらだちを帯びる。

 やはり何かがおかしい。――あるいは、信じたくはないがそれが姉さんの素なのか。

 

「……ロダン様。ロダン様ロダン様――エリスさんはいつもそればっかり。ロダンが大事で愛している? 違うでしょう、貴女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが気持ちよくて心地よいんでしょう、エリスさんは」

「――っ、私は空虚などでは」

 嘲笑も露わに、姉さんはそう形容する。

 空虚で過去が無く、何もない。……女優になりたいという夢でさえ、あの子から継承したものでしかないと。

 

「人はどうしようもなく誰かに縋りたくなる時がある。……分からない、とは言わないし経験はあるもの。でもね、エリスさんは違うでしょう。……ロダンと一緒に居る、必要とされたい――必要とされれば、()()()()()()()()()()()()と信じたいんでしょう?」

「姉さん。……例え、それが姉さんの真実の言葉であったとしてもエリスをそれ以上傷つけるのなら俺は黙ることはできない」

「ロダンは、私よりエリスさんを選ぶんだ。……誰よりも私を慕ってくれたのに、貴方もあっさり私の前からいなくなるんだ、()()()()()()()()()()()()()

「俺は誰かに奪われるわけじゃない。まして、エリスを大事にすることは姉さんを蔑ろにすることと等価では決してない」

 姉さんの言葉の文脈を俺は理解する必要があるのだろう。

 エリスを選ぶことが、姉さんにとっての俺の喪失と同義であると姉さんは訴えている。

 その喪失とは物質的な喪失ではないことは明白で――姉さんから俺の心が離れる事。それを恐れているのだと、俺は思う。

 

「私は、忘れられないわ。お父さんとお母さんの事も、ロダンの事も、誰よりも私は大好きだった。私は手放したくなかった。私だって、これでも折り合いはつけようと努力はしたわ。ロダンの事をちゃんと祝福できるようになろうって。母さんとお父さんの事は忘れようって」

 姉さんの手が翳されると、そこからは今度は光炎――太陽天のそれと極めて酷似した輝きが生じた。

 

 大質量物体を消し去った。かと思えば今度は()()()()()()()()を撃ち込んできた。性質に検討がつかないのは同じで、エリスもまた怪訝な顔しながら戦っていてた。

 

 姉さんを決して殺してはならない。当たり前にそれはあるし、そもそもエリスの星は沈静化には向いても、誰かを撃滅する事には不向きだからその点に関しては心配はしていない。

 けれどそれでも出力に制限をかけて戦わなければいけないジレンマは当然感じている。

 

 ……そして、姉さんはこう語った。俺を愛していたのだと。

 

「俺は、姉さんは俺に、幼馴染以上の想いは抱いていないと思っていた」

「私はロダンの初恋が私な事ぐらい、知っていたよ。……それが続いてくれるものだと、私は思ってた。ロダンはずっと、ずっと、私を大事にしてくれた。私、知ってるもの。本当は騎士になりたくはなかったけど、私が似合ってるって言ったから私のために騎士を続けることができたんだって」

「……そうだよ姉さん。俺の初恋は、間違いなく姉さんだった」

 姉さんに騎士の姿が似合っていると言われたことを、俺は今だって忘れはしていない。

 姉さんが安心できるように――あるいは、姉さんにいつか認められたかったから騎士をしていた。それがうれしかったのだと、姉さんは言う。

 

「結局、私は無理だった。どうしてもお父さんとお母さんのいない日々を耐えるなんて、無理だった。ロダンはずっと私に親身にしてくれた。……その時だけは悲しさを忘れることができたの。それだけは、私は本当なんだから」

「俺は、姉さんに少しでも前を向いてもらいたいと思って……」

「前って、どこのこと? ……お父さんとお母さんの居ない未来を、そう比喩()っているんでしょう?」

 どう、比喩をしようとそれだけは変えられない言葉だった。

 姉さんの叫びと共に、またしても周囲の空間は軋みはじめ、壁材ごとめくれ上がりながら黒い極点へ呑み込まれていく。

 

「ねえ、過去を大事にすることはそんなに悪い事? 死んだ人を引きずらない事って、そんなに美しい事? ……私はそんな美しさなんて要らない。記憶の中だけでも、お父さんとお母さんは生きていてほしいと思う事が間違っている事だなんて、私は思わない」

「……全くその通りだよ。姉さん。悲しいほどにその通りで全く間違っていない。それを忘れることは苦しみを伴い、想い続けることもまた苦しみを伴う。……奪われた側はどうしようもなく心の痛みから逃れることはできない」

「何も失ったことが無いくせに、ロダンに何が分かるの」

「失ったよ。……俺に生きる道を諭した子は失われた。人としての死を得る事さえもできないままに」

 喪失の苦しみなど知っている。

 姉さんのその喪失も、あの子の喪失も、同じ人間の手によってもたらされたのだから。

 

 姉さんは手を翳す。そして次の瞬間にはその手からは黒い蜃気楼のようなものが渦巻き、次いで地下空間を支えていた石柱が飛来する。

 

「……、姉さん!! 止まってくれ、分かってるのか――その力は、ウェルギリウスに与えられたモノなんだぞ!!」

 石柱を剣で絶つが、次の瞬間には幾多もの瓦礫が飛来してくる。

 ……その石材の量や出所。そうしたモノを考えた時、今姉さんの扱う星の性質に概ねの見当はついた。

 一見すれば明らかに姉さんの星ではなかったあの太陽天の焔も、木星天と太陽天の死闘のさなかに掠め取り、それをぶつけたのだろう。

 

 運命の皮肉と言うべきなのだろう。その真実は、死想冥月と呼ばれた貴種の少女のそれと似ていた。

 

「恐らくは遠隔召喚(アポーツ)――ではないのでしょう。現象は似ていますが、決して同一ではない。空間そのものを歪めて物体や現象を削り取り、或いはそれを自在に取り出す能力。空間に始点(入口)終点(出口)を定める空間操作能力。違いますか」 

「……そう、分かったから何なの? エリスさんが星をかき消すことぐらいは私だって知ってる。でも、物量には勝てないよね?」

 そう、くすりと笑った次の瞬間には、姉さんの背にはまるで虫食いのように幾多もの闇の空孔が広がる。

 

「詩人、さっさとどうにかなさってください。私とて殴られ続けるのは中々に身に応えるのですが」

 弾幕を、水銀を糸のように張り巡らせながら水星天は凌ぐ。

 それでも討ち漏らしたカケラは俺の剣やエリスの星で打ち払った。

 

 そこからは大量の砂礫が流星のように降り注ぐが、今度はそれを金網のように水星天が全身を形状変化させるとソレを凌ぐ。

 いくつかはぶつりと破られながらも即座に陣形を組みなおして凌いでいる。

 

「水星天、だったかしら。……その星は確かに脅威だけれど――知ってるよね、ソレは私には相性が悪いことも」

「……そういう貴女は詩人の姉、でしたか。詩人と違って貴女となら友人になれると思ったのですが、ここまで話が通じないとは思いもしませんでした」

「その総体は、補填するからこその無限でしょう。だったら、細切れに引きちぎって呑み込んでしまえばいい」

 また、空間は歪み黒い蜃気楼が生まれる。

 渦を巻きながらソレは今度は、地面にめり込みながら半球状に広がっていく。

 

「……不味い、ですね。これでは――」

 水星天の液状の総体は、だんだんと末端がそれに飲み込まれていく。

 寸での判断で水星天は呑み込まれつつあった自分の肉を切り離して退くが、目に見えて彼女はその体躯が縮小していた。

 

「水星天、大丈夫か」

「体の三割ぐらいは今ので持っていかれましたが、これのどこが大丈夫なように見えますか?」

 恨みがましく視線を投げられるが、今はそうも言っていられない。

 姉さんの星は、それほどに強かった。

 

「あの女を私は滅ぼして見せる。そのために、ロダンが必要なの。ロダンだって、復讐したいよね?」

「……否定はできないよ姉さん。けど、姉さんにそんなことをしてほしくない」

「私はしたいわ。だってそうでしょう、奪った側に何の報いも訪れないなんておかしいでしょう。だから私が殺すの。別にお父さんとお母さんに喜んでほしいとは思ってない、でもこれは必要な事。そうしないと――」

「姉さんは、マシューさんとナオさんが殺された()()()から前に進めないからか」

 人は多くの場合、その過去が現在未来の行動原理を成す。別にそれそのものはさほどに奇特な話でもない。

 それは俺も、姉さんも、グランドベル卿も――そしておそらくは魔女でさえも。

 

「……ウェルギリウスの与えた力で、ウェルギリウスを討つことがお姉さま本懐を遂げられることですか?」

「じゃあ、どうしろっていうのよエリスさんは。私はずっと、事故だから仕方なかったって言い聞かせてきた。ずっとずっと、だから忘れようと頑張ってきた。でも、事故じゃなかったなら忘れる事なんかできるはずがないでしょう。それ何より、あの女は殺せるものなら殺してみろって言ったわ。だったら所望の末路を叩きつけないといけないでしょう」

「……貴女の悲劇も、与えた力も何もかも、堕天と魔女は己が飛翔の糧としようとしているのです。そのような形で、姉様も、その悲劇も消費されるのです。……本当にそれがロダン様を道連れにしてまで貴女の成すべきことですか」

「……貴女だって、ロダンを巻き込んだくせに――私からロダンを奪ったくせに!!!」

 空間が歪み、捻じ曲げられる。

 今度は明確に、エリスを標的にした。引きずろうとさせても、エリスの銀光はその星をかき消す。

 エリスの星は星辰光が星辰光である以上これに抗し得るのは同じく星殺しの性質を有するモノ、或いは単純な破壊に特化した星以外にはないのだから。

 

「私は渡さないわ。ロダンの好くものを好いて、嫌うものを嫌う――そんな空虚な貴女なんかに渡さない。えぇそうよ、私は誰よりも先に、誰よりも長くロダンの傍にいた、誰よりも先に――!!」

「誰よりも先に、それほどに。……そう、思いつめざるを得ないほどに異性としても家族としても、ロダン様の事を、愛していたのでしょう」

 ……エリスは、そう言った。

 それほどに、姉さんは俺を愛していてくれたのだと。

 

「だから……、私は。私は、エリスさんが初めて屋敷を尋ねた時、本当は怖かった。ロダン、は……、私みたいにしたみたいに。困って、いる人を見逃せない人だった……、から。だから――」

 直後に、姉さんはまるで苦しむように、自分の体を抱きしめながらその胸に爪を立てた。

 心臓をえぐり出そうとしているかのように見えるほどに、姉さんは呻き苦しんでいた。

 

 そうして、姉さんの眼が紫紺の軌跡を描きながら、口を開く。

 

『でも貴方は淑女を選び、彼女を捨てたのでしょう?』

「――貴様が、姉さんの口で騙るなあああああああ!!!」

 その言葉の主など問うまでもない。敢えて、魔女は俺達の憎悪を煽るようにそう仕向けている。

 そうした方が、堕天の試練になるから。

 

 また、虚空に底なしの孔が開く。

 際限なく周囲を呑み込み引きずり込んでいく。

 

 俺は今はエリスの星を扱うことができない。だからだから足ごとざりざりと、姉さんの方にひかれていく。

 剣を杖代わりにしようと、突き立てた床さえも呑み込まれていくのだから意味が無い。

 

 けれど今のではっきりわかったことがある。

 姉さんは確かに排他的な側面はないわけではなかったし、エリスに対し決して元からいい感情()()を抱いていたわけじゃない。

 そしてそれは、恐らく極端な形で今この場に現れているのだという事も。

 

「……姉さんは、総てが本意なわけじゃない。おそらく、胸に埋め込まれた神鉄の影響だろう。意図的に()()()()の情動が神鉄で増幅されている」

「そして増幅されているという事は――お姉さまが心のどこかで私を疎んでいたことそのものは、事実だったのでしょう。火のないところに、とは大和のことわざでしたでしょうから」

 姉さんはエリスを排斥しようとしている。

 けれど苦しんでいる姉さんの心が俺には分かる。

 優れた星に必要なのは、より純粋で大きな情動――それを姉さんは恐らく本人でさえ望まぬ形で引きずり出されている。

 その核になっているのはウェルギリウスへの憎悪――そしてエリスへの拒絶だ。

 

「……そうやって、いつまでもロダン様に過去を見出しているから。貴女は私にロダン様を奪われたのでしょう」

「この、泥棒兎!!」

 歯ぎしりをしながら、姉さんは身を乗り出した。

 ……姉さんには、白兵戦の経験なんてない。反射的に多分そうしたのだろう、そうしなければ耐えられなかったから。

 

 エリスは、姉さんの星の渦中を渡る。周囲を渦巻く黒点が生じても、それをエリスが羽ばたくように腕を振るえば銀光と共に霧散した。

 

「私は確かに、空虚でした。私が自分の裡に養ったモノは、それほど多くはないでしょう。けれど過去を変えられなくても未来と自分を、自分の意志で創ることはできます。ロダン様と一緒に、そして、何よりお姉さまと共に」

「……そんな、方便なんて聞きたくない」

 エリスはただ、真摯に姉さんと視線を正面から交える。

 エリスは、覚えてくれていた。過去がどうにもならないものだったとしても、神天地の頃のままでは何も進歩が無いのだと。

 だから、これから少しずつでも俺はエリスを知りたいと言ったことも。

 

「……ロダン様との思い出は美しい事でしょう。絶対であり、不可侵であったでしょう。……結局それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけです。ロダン様が、()()()()()()()()()()()()()()()、と」

「ロダンだって、私から離れないって言ってくれたもの。絶対に私を一人にはしないと言ってくれたもの」

「えぇ――私も似たような言葉をロダン様から頂きました」

「あの女は、私から母さんと父さんを奪った。そして今貴女は、私から優しい時間(ロダン)を奪うんだ」

 エリスは、姉さんの前に立つ。

 それから、ただ一度手を振り上げて、姉さんの頬をその手で打った。

 

「……エリス、さん」

「悔しいですか――怖いですか、お姉さま。……ロダン様とお姉さまの日々において、確かに私は端役でしたでしょう。重ねた時間も、想いも、私はお姉さまには遠く及ばなかった。けれど、過去のロダン様しか見ていないから、たかが端役に――貴女の言う、空っぽな女に()()()()()()を奪われたのです」

「貴女が、貴女がいたから私は……!!」

 姉さんの胸に輝く紫紺の光は、その濁っていくばかりだ。

 姉さんは自分の体ごと、暗黒天体に飲み込ませるとまたエリスから退くように距離を開けた。

 自分の頬をなぞる様に撫でながら、それから視線を地に伏してとうとうと語る。

 

「私には、ロダンしかいなかった。お父さんもお母さんも失った。……依存してる自覚はあるわ。でも、ロダンは私を一人にはしなかった。ロダンと居る時だけは、子供の頃の思い出を感じられたもの。だから私はロダンと優しい時間を取り戻すの。あの女を殺して、過去を清算して、そうすればほら――()()()()()()()でしょ?」

「……」

 ……子供の頃と一緒。

 それは、つまり。

 

「何も、戻りなんかしないよ姉さん。……復讐を捨てろとは言わないよ、けど復讐のために姉さんを連れていくことはできない」

「何言ってるのロダン。貴方に私がついていくんじゃない――()()()()()()()()()()()()()?」

 姉さんは諭すようにそう言うとパチンと指を鳴らす。

 

 その次の瞬間に、俺の体はまるで俺以外の意志で動くかのように、星辰が流し込まれた。

 闇のようにどす黒く、慟哭するような悲しさと、雨のような冷たさで。

 

 

 

 

「ロダン、様」

「姉、さん。……そう、か。そういう事かよ、ルシファー。ウェルギリウス……!!」

 今、俺は心底から悔しくて仕方がなかった。

 姉さんがしたことは単純な事で――そして悲しいまでに、覿面だった。

 

 今、俺の肉体には姉さんの星が流し込まれている――つまり、姉さんもまた第四世代人造惑星だ。

 エリスの加護ではなく、今の俺には姉さんの加護が与えられている。

 

 そしてそれは肉体の支配権を半ば掌握されるようなものでもあった。

 

「……お姉さまも、私と同じ――」

「えぇ。第四世代、だったかしら。これでわかったでしょう、エリスさん。貴女はもう戦う必要はない。その役割も、私がちゃんと責任をもって引き継いであげる。だから言ったでしょう、ロダンを頂戴って」

 絶句して、エリスは眼前の光景を茫々然として眺めていた。

 

 けれど事態はエリスの憂慮など介さない。

 姉さんは手を振るいながら、俺の剣を切っ先を決めさせる。

 

 エリスに向けるようにして。

 

「だから、エリスさん。ロダンにはこれで手を出せないよね? 私のモノだよね?」

「……こんな、事のために。堕天と魔女はお姉さまを……!!」

 手足はまるで俺の意志ではない何者かがそうするように動く。

 そしてそれを俺は拒めなかった。

 

 技術とは当然にして後発のものが優れている。

 ……第四世代人造惑星の後期型――つまりは()()()()()()()が今の姉さんだ。

 そして、そんな機能を持たせた意図は概ねこうだろう。

 

 ……第四世代の実証実験は既に終わった。最新鋭の第四世代人造惑星の創造を以って、ルシファーの試練とするのだと。

 あるいは、試作機と、実践機のどちらを詩人は選ぶのか、と。

 赤の他人と接続しろと言われても恐らく俺には不可能だ。仮にそんなことができるとするならば星辰界奏者(スフィアブリンガー)の領域の話だ。

 

 例え、俺にいかに害意もなく好意的であった人物でも。

 だが神前婚で結んだエリスを除けば確かにただ一人、俺はハル姉さんと繋がることができるし何より拒むことができない。

 最愛の身内、その一人だからだ。

 それを理解しているから、堕天と魔女は姉さんを第四世代人造惑星にした。あの子をそうしたように。

 

「エリス。……ダメだ逃げてくれ。姉さんは本気だ」

「……」

 今この瞬間でさえ、姉さんは思惟を感じる。

 冷たくて、暗い。復讐だけをただ求める――その在り方は、あの時のエリスと全く同じだ。

 

 今、エリスは俺と繋がるという専売特許を姉さんに奪われた。

 ……淑女の資格を失い、そして俺にとっての無二の存在ではなくなってしまった。そんなエリスの心中など、察するに余りがある。

 

 エリスは俺を献身的に支え続けてくれた。例えそれが創られた命と意志で在ったとしても。

 それがエリスにとっての己の存在証明なのだと、俺は気づいてやれなかった。

 

「ロダン。私と一緒に来てくれるよね。私ならエリスさんよりずっと巧くロダンを導ける。ロダンをずっと理解している。だからエリスさんを――」

 腕の力が全くこもらない。

 エリスでさえ俺の肉体の支配権を奪う事はなかった。この差は単純に俺は姉さんに対して逆らえないからなのだろう。

 

「エリスさんを――」

「エリスを、姉さんはどうしたいんだ。……仮に、ルシファーもウェルギリウスも討てたとしよう。それですべてが丸く収まったとしよう。そうしたらエリスを姉さんはどうしたいんだ」

「……そ、れは」

 喋る自由まで掌握されなかったのは、助かった。

 俺にはまだ、姉さんの中に正気は残っている事は分かる。例えほんの一握であったとしても。

 今極端な形で、姉さんの情動は増幅させられている。しかしそれは作られた感情ではない、そういう感情が発生するだけの土壌が姉さんの中にはあったということだ。

 

「私、は。エリスさんと……エリスさんを、取り除きたくて」

「抽象的な言い方じゃ伝わらないこともある。つまりエリスを、殺したいと。そう言おうとしたんじゃないのか。……そう言いかけて、壊れかけた心で押しとどまったんじゃないのか。例えエリスを疎む気持ちが心のどこかにあったとしても」

 俺の剣の切っ先をどこに向けさせようとしたのかは、明らかだった。

 それでも、エリスをどうしたいのかと聞いた時、姉さんの拘束は弱まった。

 

 ……姉さんの魔女への憎悪は真実だ。エリスを疎む気持ちも真実だ。

 姉さんは今この瞬間も、自分の中で戦い続けている。

 けれど――

 

『殺しなさい、恒星天。貴女は今こそ真実の淑女になれる。創られた偽りの淑女を殺し、詩人の愛を永遠のモノとすることができるのだから』

 姉さんは薄氷の上で思い留まり続けている。ほんの少しでも外力を与えられれば、それは容易に揺らぐ。

 ましてその言葉は、魔女からのものだ。

 

 

 その瞬間に、またしても体の自由は奪われた。俺の握る剣が、体が、エリスへと向かおうとする。

 止まれと叫んでも、もはや待ってはくれない。

 

 けれど踏み出すその刹那に、掠れるような姉さんの声を聴いた。

 

「――助けて、ロダン」

 

 

 

 意図しない疾駆と共に周囲に生まれる極小天体が、エリスを襲う。

 

 周囲の建材も何もかもを呑み込みながら、鋭い剣を形作りそれらが飛翔していく。

 茫々然とした顔でその光景をエリスはただ眺める事しかできなかった。

 

 総体を削られた水星天ではこれを凌ぐことなどままならない。

 

 月の縁は奪われ、そして姉さんを止めることは叶わない。

 その身の纏っている闇の意味を誰よりも知るからこそ、エリスは痛ましく思っているはずなのだ。

 どうすればいいのか分からない。少なくとも、今の彼女一人には。 

 

 

「私にはどうすればいいのか、分からないのです。こういう時、私には何ができるのか。何をしてあげられるのか」

 そう、虚空に祈るようにエリスはつぶやいていた。

 もうエリスをこの場で味方出来る力を持つ者等いない。姉と慕った人が怪物になる事を、詩人がその眷属になることを見届ける事しかできない。

 彼女一人には答えを出すことは不可能だった。俺でさえ、どうしようもない。

 

 

「――だから、助けてください。助けてください、創造主(クラウディア)。そして、私はお姉さまも、ロダン様も助けたいのです」

 彼女の言葉は、特に何かを意識したわけではなかった。

 ただ心から、すがるような響きで、そう言っただけだった。

 

 

 

『……これがもし演技だったら大女優になれるのに、仕方ないなぁエリスは。――うん。力、貸してあげる。いままで、ずっと待たせててごめんね』

 

 

 

 俺の振りかぶった剣は、エリスに迫るその刹那に止まった。

 なぜ、等と考える必要はなかった。

 

 そこには姉さんの加護を脱し、再びエリスの加護を得て銀光を纏った俺の姿があったのだから。

 手を翳すエリスは、優しく微笑む。

 その微笑み方にエリスであり、そしてエリスの根源であったある一人の少女を見る。

 

「君は――、あぁ。クラウディアか。君が、エリスを、俺を、繋ぎなおしてくれたのか」

『……久しぶり、騎士様。……エリスを放り出して他の女に取られて、何か弁明とかはないわけ? 私、これでもエリスの保護者なんだけど』

「……どうして今になって目覚めたかは、分からない。けどありがとう。弁明は……今はしてる暇はない。後から、いくらでもする」

 ……俺は姉さんと繋がっていた。それは間違いなく。

 ハルの加護を押し退けるには、エリス一人の縁では足りなかった。

 だからこそ、エリスの中にいる()()()()()()()がここで天秤を覆した。

 

 エリスだけではなくとその根源になった一人の少女の存在は、俺の中で姉さんとの天秤を覆すに足るだけの総和だったからだ。

 

「……クラウディア。気持ちはわかりますが、しかしロダン様にとってもお姉さまは大切な人です。私にとって貴女がそうであるように」

『分かってる。分かってるけどさすがに節操が無さ過ぎるでしょ騎士様。……ほら、頑張って。エリスが頑張ったんだから、次は騎士様の番よ』

 そんな声が、聞こえてくる。

 エリスの背後に、姿は見えずとも彼女がいる。

 だからこうして今、やっとエリスは繋がりを取り戻せた。

 

 

「どうして、ロダン。……私を、拒絶したの? 私といるのが、そんなに嫌だったの? 私はロダンの事、好きよ。でもロダンはそうではないの?」

「姉さんが好きだと言ってくれている俺は、多分昔の頃の俺だ。白状するよ、俺は多分あの時は姉さんに認められたくて、やってることの大半は姉さんが動機だった。……ごめんな、姉さん」

 ……剣を再び握る。

 そしてエリスの加護を纏う。

 

 俺の周囲を覆うように闇黒天体が生じるが、それさえもエリスとのつながりを取り戻した今では霧のように霧散する。

 

「過去を過去と割り切って、未来を見据える――言葉にすれば響きはいい。普遍的に、ヒトは未来を輝かしいモノの象徴と捉えてしまう悪癖がある。なぜなら人は多くの場合言葉の意味本質ではなく、その響きを愛してしまうからだ。……俺は姉さんが立ち上がるのを待つと言っていたのに、ごめんな。一人だけ姉さんに隠して」

 姉さんのために騎士になろうと誓った。

 姉さんの刻は、マシューさんとナオさんが亡くなった時から進んでいなかった。それが俺の責任ではないとしても、それでも姉さんの傍に居ると約束したのは俺だったから。

 

「……水星天。削られ続けた体に酷なのは重々承知してるが、お前に助けを請うのはこれで最後だ。俺を助けてくれ」

「――なるほど、大体()()()()()()は理解しました」

 ただ、水星天はそう言うだけだった。

 言いたいことは恐らく伝わっている、そう信じたい。

 

『……騎士様、貴方が姉と慕う人を救うのならもうこれが最後の機会。だから焦らないで』

「ロダン様。何が在ろうと、私は貴方の傍に居ます。だから恐れずに進んでください。……お姉さまを取り戻して、ください」

 二人の声が、その背に聞こえてくる。

 身にまとう銀光の残照を残しながら、姉さんへと俺はひた走った。

 

 握る剣に迷いはない。

 

「ロダン、……来ないで。貴方を殺したくなんか――」

「姉さんが来ないでと言うときは、大概無理をするからそう言うんだ。本当は来てほしいんだろう」

 眼前には幾多もの闇の空孔が広がるが、白銀光の剣閃を以って断ち切る。

 エリスの星は今でも健在だ。それどころか、以前にも増してその加護を感じる。決して錯覚ではないだろう。

 

 次の瞬間には、眼前にまたしても暗黒天体が形作られる。

 今度はただ一つ――けれど、その規模の桁が外れている。姉さんでさえ呑み込みかねないほどにその規模は肥大化している。

 これでは、単純にこちらは星の規模が足りない

 

「――お届けのモノはこちらですね、詩人」

 その背後から、さらに巨大な岩塊が水星天の声と共に飛翔する。

 

 水星天は戦いがこの時に至るまで、自らの躯体を悟られないように地下空間の建材にしみこませて、或いは食い込ませていた。

 

 その結実が、今ここに成る。

 その岩塊は全て水星天が集めてきたモノだ。

 

 

 姉さんの星は入口と出口があるトンネルのようなものだ。

 ――そして、入口にも当然()()()()の限界がある。単純に岩塊がその黒体へと投げつけられると岩塊諸共にその星は霧散する。

 

『――詩人、貴方は淑女を選んだのね。恒星天も可哀想に、あれだけ貴方を愛していたはずなのに』

「人の心も、機械の部品だと思っているような奴が、姉さんと俺を語るな」

 姉さんでさえ、もう止まる事が出来ないのだろう。

 明らかに姉さんの体は星辰体の感応に耐えきれていない。例えその魔星としての基盤が貴種に連なるものであろうと、ここから先は恐らくもう耐えられないはずだ。

 

()()()()と行きましょうか、詩人。淑女。……貴方達へのプレゼントをずっと考えてきたけれど、これならきっと気に入ってくれるんじゃないかしら』

「――!!」

 姉さんを、魔女は実験動物だとしか思っていない。

 その精神性に、俺は今でさえ反吐が出そうだ。

 

 

()()()()()()()()()()――()()()()()()()()()()

 より一層、姉さんがその身にまとう闇の色は濃くなった。

 総てを否定し塗りつぶすかのような蒼黒の波紋、命を否定し星辰体を消滅させる負の輝き。――そう、即ち。

 

「お前は、姉さんを強制的に()()()()()()()()()としているのか――!!」

 ふざけている。

 ……星辰滅奏者(スフィアレイザー)の事は、俺も深くは知らない。だがこんな形で己の極晃を利用されるなど、少なくとも姉さんも冥王も望んでいないはずだ。

 

「ロダン――、ダメ!!! やめて、もう来ないで……!!」

 

 喉が摺りつぶされる。全身の力が虚脱していく。

 こんなところで、負けられない。まだだと仮に叫んでも、もはや結果が変わらない。

 

 本来であれば即死だった。だがエリスの星を帯びている事、エリスの星とその設計がそもそも月天女に連なる者であることが、辛うじて俺の破滅を退けていた。

 自分の体の重ささえ、支えることができなくなるその刹那に思惟が脳裏に走る。

 

『……できれば肩入れはしてやりたいところは山々だけどよ、それは認められるわけねえだろ嬢さん。後そこのお前、さっさと決着つけてやれ。……お前の()()()、なんだろ。この嬢さん』

「――」

 声の主は分からない。けれど、なんとなくその正体は分かった気がする。

 その声が途絶えるころにはふつりと、姉さんの纏っていた滅奏は消失していたからだ。

 

 ……滅奏が姉さんを――より正しくは魔女を()()()()()()()()()()()のだ。

 滅奏の綻びと共に、また力を取り戻す。

 

 

 剣を構え、姉さんの目を正面から見据える。

 何も、心は乱れていない。

 

 姉さんは呆然としながら、俺を見ている。

 それから少し、困ったように笑う。

 

「姉さん。少し痛むと思う、我慢してくれ」

「――うん、ロダンなら、いいよ」

 構える剣に、もういない誰かの手が添えられる錯覚を感じる。

 胡乱で、剣呑な、赤き剣客。

 

『神聖詩人、よく聞け。こういう時はこうするんだ』

「知ってるよ、ユダにやってたっていうやつだろう」

 剣が、姉さんの胸に突き立てられる。

 痛いのは、一瞬だけと誓っていた。姉さんを傷つけたくなんかなかったから。

 

 

「――水星天、今だ!!!」

「はい詩人。仰せのままに」

 直後に、俺の剣先は()()()()と変形していく。

 まるで飴のように――水銀のように

 

 その瞬間に、紫紺を纏う神鉄は水星天の星に侵略されていく。

 

 ……俺の全ての策はこのためだけに合った。俺の剣に水星天の躯体を紛れ込ませ、その剣を姉さんの神鉄に接触させて水星天の星で侵略させる事で無力化させる。

 彼女の合金形成能力は、神鉄でさえもその例外ではない。

 

 星が解れ、恒星天の神鉄はついにその原型を失い水星天に屈した。

 

 姉さんの髪の色は元の綺麗な黒に戻り、黒い天衣も霧散し、俺の腕の中に納まった。少しだけ、姉さんの胸は血がにじんでいる。

 けれど目立つ傷が遺されなかったのは、一重に水星天の星が故だろう。

 

 黒い羽が舞いながら、姉さんのその瞳には正気が戻っていく。

 

「……ロダンは、やっぱり。私を助けてくれた」

「あぁ、助けに来たよ姉さん。……本当に、姉さんは俺の初恋だった。そして今でも、俺は姉さんは大切だ」

 姉さんはもう、魔星ではなくなった。

 思い返せば、初めてここまで姉さんと密着したと思う。

 

 それから少しだけ遅れて、エリスは駆けていく。

 少しだけ顔が不服そうだ。

 

「エリス……さん。ごめんなさい。本当は、私は貴女を心のどこかで疎んでいた。心のどこかで、ロダンは私を好いているのが当然だと思っていた。……嫉妬、していたの」

「いいえ、お姉さま。……私もまた、貴女に嫉妬していたのです。ロダン様の過去は貴女だけが持っていたのですから」

 姉さんは涙を流しながらそう、エリスに謝る。

 

「私、エリスさんに酷い事をたくさん言ったの。……一言一句、覚えているもの」

「それでも、お姉さまは今まで私を愛してくださいました。ロダン様の事を私が語る時、お姉さまは我が事のように、嬉しそうにしていました。家にいていいと、言ってくれたことを決して忘れません。お姉さまから頂いた心を、私は忘れません。……だからまた、私の友人となってくださいますか」

 もう、姉さんの目には狂想の色はなかった。

 俺の知る姉さんが還ってきたのだと、実感する。

 

「……もちろんよ、エリスさん。もう一度ロダンと一緒にあの家で、暮らしましょう。……今度は本当に、心の裡を明かしあえる友達として、恋敵として」

「えぇ、是非。全てが終った時、お姉さまに挑ませてください。今度はちゃんと、認めてもらえるように」




月の残照、恩讐担えよ夜想幽天。顕現するは恒星天
AVERAGE: A
発動値DRIVE: AA
集束性:D
拡散性:AAA
操縦性:A
付属性:C
維持性:E
干渉性:AA
空間歪曲・操作能力。
入口と出口という始点と終点を設けて空間を歪め、物質や現象を取り込みそれを自在に取り出す。
物理的実体を持つモノから、或いは火や雷といった現象に至るまで、あらゆるものを呑み込みそれを吐き出す。
取り込む体積の限界はあるものの、おおよそ物理的な力を生ずるような単純な星辰光であれば一方的に封殺できる。
星辰光をも取り込み、それをそのまま叩き返すという意味においては星殺しを体現しているともいえる星である。
空間を歪めることによる物質の取り出しや、空間歪曲自体をぶつけて暗黒天体のように人自体を呑み込んでしまうなど、その応用力も非常に多岐にわたる。
彼女の星は彼女自身の知覚が三次元に留まるが故にその星もまた三次元への空間干渉に留まる。理論上になるが、さらなる高次元を彼女が知覚できるようになった時次元数の頚城を超越して星を振るう事が出来るようになるだろう。
空間を捻じ曲げる事そのものは本質ではない、より正しく言い換えるとするならば彼女のソレは異次元間を接続し、或いは操縦する能力である。

また、彼女は全く意図しない形で強制的に滅奏と接続させられかけた。……本来であればその彼女自身の気質や属性もあり、滅奏に適正を示す。

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