シルヴァリオ・エンピレオ   作:ゆぐのーしす

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エンピレオ世界で一番苦労した人は多分リチャード君だと思います。
マリアンナとは悉くエリスに対する対応で意見が衝突しまくったのもありますし、基本自分を大事にしてくれという話をマリアンナは全く聞きません。
そしていろんな建築物が倒壊しまくったので胃痛が多分マッハだと思います


晃星大戦 上 / Sphere ■■■■

「お姉さま、私の肩を掴んでください。今は、あまり動いてはいけません」

「……ありがとう、エリスさん。……それからロダンも」

 戦いが終わり、そしてエリスがハルを背負う形になった。

 ロダンもすでに星を解いている。

 

「やれやれ、これで終わり――とはいかないらしいですが。詩人。……どうやら銀月天が貴方を御呼びらしいですので」

「……大体、ソレは感じてる。まだエリスの中に彼女がいるのを感じるからな」

 エリスの体はうっすらと、上気するように淡い銀色の輝きを纏っている。

 その持ち主は言うまでもなく、エリスの創造主たる銀月天だった。

 

『……そろそろ、騎士様に明かしてもいいころかな。うん。今まで、ずっと黙っててごめんねエリスも』

「クラウディア……貴女は、この地下空間にいたのですね。冷たくて暗い、こんな場所に」

『そうだね。いろいろ、語らないといけないことは山ほどあるから、まずは私が居る場所に案内してあげる。……そうね、そこの詩人の姉らしい人は……』

 エリスの口を借りて彼女はしゃべっているので、はたから見ればエリスが自問自答しているようにも見えなくはない。

 そんなクラウディアは少しだけ、ハルに視線を向ける。

 ハルは、少なくとも今までは一般人として暮らしてきた。そんな彼女に、聖教皇国の裏を語ってもいいのか。それをクラウディアは迷っていたらしい。

 

「……私は、聞かないフリしたほうがいいの? その、……ええと。エリスさんのお母様?」

『お母……、そんな私老けてる? 確かにエリスの保護者とは言える立場なんだろうけど』

「その保護者に、私は途中から育児放棄されましたお姉さま」

 よよと泣くジェスチャーをしながら、エリスはそう言う。

 ハルは何となく、要領を得ないながらも話にはついていけてるらしい。

 

「……頼む。クラウディア。ハル姉さんを同席させてやってくれ」

『……そうね、無関係ってわけじゃないし。今からエリスの体を借りて案内させるから、付いてきて。そう遠くはないはずだから』

 言って、エリスは足を運ぶ。

 ゆっくりと、地下空間の闇の向こう側を目指して。

 

 それからエリスの背で、ハルはロダンに語り掛ける。

 

「ねぇ、ロダン。……私は、その。ロダンの事をどう、思えばいい? いろいろ、バレたくない事とか、バレたし」

「……俺は、姉さんの事を家族として好きだよ。それは変わらない。でも今は、エリスを大事にしたい。……姉さんが想いを寄せてくれていたことは、俺にとってうれしいし、誇るべきことだと思ってる」

 想いの丈を突きつけ合って、傷つけあって。

 でも、それでもちゃんとこうして仲直りはできた。

 

「お姉さま、ロダン様。……そのことなのですが」

「何? エリスさん」

「……ただいまを以って、ロダン様との話は()()とさせてください」

「うん、わかった。――え?」

『はぁ?』

 ハルとクラウディアは、そう面喰ったように言った

 ロダンもまた、真顔になった。

 

「エリス。……その、俺に至らないところがあったのか」

「違います、そうではありませんロダン様。……私は、貴方の事をお慕いしています。――その上で私は改めて、総てが終ったあとで貴方を賭けて()()()()()()()()()のです。恨み合いも抜け駆けも無しで、正々堂々と」

「……」

 少しだけ、ロダンは思案する。

 体まで重ねた仲だった。けれど、エリスがそれを望んでいることも分かる。

 ハルとは、その点においてはどうしても決着をつけなければならないだろうから。

 

「多分、姉さんの想いには俺は応えられない。俺はエリスが好きだ。……けどエリスがそう強く望むのなら、俺はエリスの意志を尊重してやりたいと思う」

 

 その話を受けていいモノかと。そんな話を大真面目な顔したためか、ハルは少しだけ呆れたように笑って、それからエリスの願いを承諾した。

 

「受けて立つわエリスさん」

「無論です。私も、負けるつもりはありません」

 ほんの少しだけ、剣呑な雰囲気。

 けれど、それはそれで悪くはなかった。

 これから対面することになるであろう銀月天も、少しだけ苦笑いを浮かべていた。

 

『さて、そろそろ到着よ。……水星天も、今までご苦労様。エリスと騎士様には長く待たせてごめんね』

 

 

 

 

「散れ、今が応報の刻と知れ堕天」

 その開幕は、極光斬撃によって開かれた。

 極限たる怒りと共に放たれた一撃は、大地を抉り飛ばす。

 

剣翼鍛造(サモンアームズ)――堕天剣刃翼(アスモディウス)!!!」

 ルシファーの羽の一枚が、突如として巨大化をしながら全長三十メートルを超える黄金の剣に変わり、天から鉄槌のように振り下ろされる。

 

 単純な質量兵器でありながら、同時にソレは極小規模の加速器を成していた。

 真向からその質量を機構ごとポースポロスは粉砕する――が。

 

「その程度、超えなければ後継機とは言えんだろう。次だ、英雄の後継ならば、試練を越えて見せるがいい――殺戮浄化星辰光(アシッド・アモン)

 次の瞬間には、大気が丸ごと猛毒のガスとすげ代わっていた。

 

 ただ息を吸うだけで人機の別さえなく腐蝕を齎す地獄の瘴気――だが、ソレもまた、無意味だった。

 

数式収斂(リジェネレイト)――再演算(リブート)。熱量解放・増殖!!!」

 その瞬間に、質量が熱量に変換される。

 ルシファーの生み出した猛毒さえ、太陽天の一撃は容易に焼き尽くす。滅茶苦茶の破壊されつくしながら、ルシファーの星は破産にさせられ――そしてまた、風景は切り替わる。

 

 森や地下空間の建材など、微塵も存在しない亜空に蒼き波濤が押し寄せる。

 

 押し寄せる、のみではない。次第にそれらには蒼い氷の華が咲いていく。絶対零度に肉薄せんとばかりに凍てつきながらその波濤はジュリエットとポースポロスを呑み込もうとしていく。

 

「これでロミオとジュリエットの完成よ――極零氷河・絶対零度(レーテ・レヴィアタン)

 今度の趣向はウェルギリウスのそれだった。氷晶の華を伴いながら迫る波濤に、今度はポースポロスとジュリエットは共に並び立ち、そして星を振るう。

 

 

「創生の火よ――!!」

「――舞い降りろ!!」

 氷に閉ざされる刹那に、ジュリエットはその星を瞬時に創り上げる。

 今度は、ポースポロスの剣にソレを纏わせる。

 

 雷焔の剣が、天を衝きながら立ち上る。

 振り下ろされる一撃と共に質量が解き放たれ、荷電粒子が散華する。

 

 波濤も氷華も何もかもが融解する。まさしくその有様は英雄と神星の後継と呼ぶ外になかった。

 

 

 次いで、ジュリエットの反撃が飛来する。数珠繋ぎ、ないしは葡萄のように極大火球が生じると、次の瞬間にはルシファーとウェルギリウスを焼き尽くさんとばかりに質量の焔が胎動する。

 

 だがそれを容易に通すはずもなく、ウェルギリウスの翼がその火球の核を引き裂く。

 起爆の前にそれを食い止めたのは一重に、ウェルギリウス本来の星が質量消失の兆候を見極めたからでもあった。

 

「そろそろ試運転は終わりね、私の翼を見せてあげる」

 きちきちと虫の咀嚼のようでありながら、金属の擦れ合う音を立てながらウェルギリウスの背にも新たな翼が生じる。

 今度は片翼ではなく、ルシファーと同等の六翼だった。

 

 星辰体を巻き込みながらその光が振るわれると、瞬間に莫大な風圧が襲いかかる。

 純粋な羽ばたきは音速を越えた大気の絶叫と共にポースポロスとジュリエットに襲い掛かる。

 

 それだけではない。躯体固有の共振周波数を孕んだ風圧の一撃は、容易に木々諸共に環境を粉砕していく。

 

 

「――まだだ!!」

 ポースポロスは躯体は尚も限界を超え続ける。

 甚大極まる風圧を、十字の一閃で断ち切り返す刀で反撃の閃光を放つ。

 

 刀に纏った紫電は、枝分かれし幾何学様に分岐しながらウェルギリウスとルシファーへ襲い掛かる。

 

 

「信じられんな、その躯体のどこにそれだけの熱量を生産する余力と余地がある。設計の瑕疵があったすればそれは歓喜すべき誤算だ」

「摺りつぶした者達の生涯を単純な数字としてしか捉えられん貴様らの限界だ。その翼はどこにも至れない」

 ルシファーの言葉への返答は、極限まで煮詰められた殺意だった。

 極輝の剣閃は盾に構えたルシファーの翼を容易く両断する。

 

 だが、その程度ではルシファーもまた止まらない。

 翼を解体して創り上げた剣を振り上げ、ポースポロスと対峙する。

 

 鍔迫り合いながら、熾烈極まる意志力の視線を交わしあう。

 だが、どこまでも両社の視線は交わりはしなかった。

 

 ルシファーはある種、純粋な稚気じみた興味すら交えながら。

 ポースポロスはただひたすらに、怒りの一色をその瞳に浮かべながら。

 

「俺の終わりを突きつけて見せろ、落暉暁光(ポースポロス)。お前もまた、暁の御子の名を冠するならば。――お前はまだ、全性能を発揮していないだろう」

「貴様の望みはソレだろう。俺はもとより、閃奏と非常に親和性が高くなるように設計されている。――つまるところ貴様の目的は俺ではなく、()()()()()()()()()()()()()()、だろう」

「少し解釈が異なるな。お前であろうが、閃奏であろうが、結局は同じことだ。お前が閃奏以上に俺の性能限界を引き出せるというのなら極論俺はどちらでもいいし、誰でもいい」

 どこまでもその名の通りに傲岸に、そう言い放つ。

 そのためにお前を創ったのだと、言い捨てる。

 

 もはや事ここに至り、言葉を交わす余地など微塵も残らず失せていた。

 ポースポロスにとって最も星を引き出せる情動は即ち怒りであり――それは閃奏も同じだ。

 故に星を振るえば振るうほどに、そのポースポロスの在り方もまた閃奏に限りなく肉薄していく。

 

 そうなれば、どうなるか――地上に、極晃の一端が舞い降りる。

 文字通りの怒りの代行者――木星天を端末として望まぬ再臨を閃奏は遂げるだろう。

 

 ポースポロスの躯体に走る黄金の輝きを放つ亀裂もまた、彼の星の在り方が刻一刻と閃奏に近づいている事の証左でもあった。

 

「さぁ今こそ救世主になってくれ、悪魔(デーモン)はここにいるのだから」

「――俺は英雄でも、救世主でもない。そして他にも当たるな、貴様らの望みは貴様らの自慰で満たしていろ」

 ポースポロスの剣戟はひたすらに苛烈を極めた。

 もはや受けるという概念が成立しないほどに、何度も何度もルシファーの剣を打ち砕く。

 そのたびに剣を創造し打ち合うが、ポースポロスの成長速度もその行動も、驚くべきことに段々とウェルギリウスと共有していたはずだった慧眼の星を覆していく。

 

 ルシファーの演算とウェルギリウスの未来視が、ポースポロスの剣を追いすがっている。

 ポースポロスの行動と理論の誤差がだんだんと開いていくことをルシファーは感じる。

 

 どこまでもその戦いぶりは荒々しくもはやそれは斬る、と言うより殴りつけると形容すべきだろう。

 徹頭徹尾理論で剣を振るうルシファーと、怒りのままにその光刃を振るうポースポロスはまるきりその在り方は逆だった。

 合理が怒りを圧せないその有様に、ルシファーはポースポロスの裡を見る。

 

 斬られれば、その倍を斬り返してくる。

 ポースポロスの体表に走っている雷電がルシファーの翼も剣も焼き尽くす。

 

 六翼と剣の、ルシファーの七刀流はポースポロスには確かに肉薄していたし、ポースポロスの総身を間違いなく削っている。

 

 そのはずなのに、その倍以上ポースポロスは斬り返してくる。

 

 

「ルシファーその間合いを避けなさい。私が――」

「残念、先生。させると思った?」

 

 ルシファーの援護に入ろうと環境改変を試みようとするウェルギリウスを遮ったのはジュリエットだった。

 左手をかざしながら、改変されていく物質侵略そのものを灰燼に還していく。純粋に、その熱量に耐えきれない。

 

「ルシファーの勝利が、そんなに信じられない? それとも、怖かった?」

「単純な戦力の数的有利における問題よ太陽天」

「あぁ、そう。その割には()()()()()()()()ようだけど」

 太陽天は、その瞳に蒼い軌跡を描きながら、皮肉るようにそう淡々とウェルギリウスに告げる。

 

「一つ言っておくけれど貴女が天塩にかけて育てた堕天と違って、落暉はこの上なく愚かで欠陥品よ。その代わり、バカさ加減ではこの世の誰にも負けていない。バカに数字を説いても無駄なように、極まったバカの物性値を人間の合理で定量化しようとする試みは必ず破綻する」

「だから私は可能な限り勝率の高い手段を取ろうとしているだけよ。感情など、正常な判断の雑音にしかならない」

「そうね。()()()()()にしておこうかしら」

 ウェルギリウスとルシファーは分断されながら、同時にその翼でジュリエットの星を鋭角的な軌道で間一髪で回避し続ける。

 いくつもの光炎の合間を縫うように、飛翔しながら、その翼を加速器にして荷電粒子を加速させて輝線を放つ。

 同時に、猛毒の大気と溶岩の海を形成するが、それさえも容易に粉砕し太陽天は君臨する。

 

 太陽天と木星天に対しての堕天と魔女の評価は寸分たがわず正しかった事が今ここで証明されている

 

「そも、貴女はなぜ不死の夢を捨てたのかしら。私達と相対する決断をしたこと、それそのものは私は歓迎するわ。でも、それだけが腑に落ちないの」

「……」

「えぇ、教えてくれないかしら。私達にここまで加担した上で、今この場で私達をどのような顔と舌で糾弾できるというのか、その理論を教えてほしいの」

 ……ただ、純粋に興味からウェルギリウスはそう聞いている。

 裏切る決断をした理由は、さほどに興味はなかったのだろう。だからこそ、心底からジュリエットは呆れていた。

 やはりこの女は、ヒトの心など何一つとして理解していないと。

 

 

「やっぱり、貴女何もわかってなかったのね、ドクター・ウェルギリウス。……私がいつ、()()()()()()()って言った?」

「――は?」

 ウェルギリウスはその顔に困惑を浮かべた。

 言っていることが、まるで理解ができないとばかりに。

 

「貴女達と敵対する事と、私の夢をあきらめる事がなぜ等価なのだと思っているの? その時点で文脈が読めてないにもほどがある」

「論理が破綻しているわ太陽天。貴女の夢は全人類の自由意志による不老不死化、それを成せるのは神奏を除けば恐らくルシファーしかいない。なのに貴方はそれを捨てるの?」

「最速最短でやろうとするなら正しい。今すぐ人類を救って見せろと言うのなら」

「何を言いたいのか、意図の解釈が難解ね」

 要領を得ないと言った風に、ウェルギリウスは少しだけ顔を顰める。

 ウェルギリウスからしてみれば、明らかに彼女の言葉は道理も理論も通っていない。ともすれば、突発的に人格障害でも患ったと考えるのが合理的なようにさえ見えた。

 

「死が無くなることが万人にとっての幸せになると思ってきたし、それは今でも変わってはいない。けれど、それが正しいかどうかが判断できるほど人類はその価値観も知覚も成熟してなどいない」

「……人類の生物としての欠陥に言及する意図が理解しかねるわ」

「そう、だったら理解しなくていいわ。……自分勝手な救済を、私は押し付けようとしていた。悲劇の無い世界は幸せに満ちていると信じた」

 初めて、ウェルギリウスは理解不能なモノを見る目で太陽天を見つめていた。

 ジュリエットは決して人格分裂などしていない。何も彼女のその狂気も、変わっていないことはその星の輝きが証明していた。

 だからウェルギリウスの中ではジュリエットは矛盾していた。

 

「……私は私の力で死を世界から排斥して見せる。何が在ろうと、それを成して見せる。けれど――それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()私はそれでいい」

「つまり、今そこに在る救済を捨てるのね。貴女の力とは何のことかしら、人間の智の限界を知っているから貴女は私達に救いを求めたでしょうに、まだ苦しみたいというのなら貴方は真性のマゾヒストかしら」

「そして私は私を継ぐ者に決断を託す。――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あるいはそも()()()()()()()()()()()()()()()()()。その是非を」

 大真面目に、太陽天はそう語る。

 人類は何時の日か死を克服する事となるのだと。

 その時、どうか自分の後を継ぐ者がその是非を判じてほしいのだと。

 

 その言葉が大真面目だからこそ――彼女の信念は何もブレてはいないからこそ、太陽の天はその輝き続けるのだ。

 その様をして、初めてウェルギリウスは苦い笑いを浮かべた。

 

「ふざけた自己弁護ね。実現可能性や不死の形態の在り方をいったん棚に上げるにしても、その未来に貴女の意志は介在しない。それを佳しとできるのかしら?」

「佳しとできるか、できないかが人と神祖を別ったモノよ。私は飽くまでも人として人を救う。そう、今決めた」

「木星天の言葉にでも絆されたかしら。経路と手段、そこに費やす時間の違いでしょう、私とルシファーのプランと何の問題があるかしら」

「あるに決まってる。今すぐここで人々が真に不死に至ったとして、()()()()()()()()()()で誰が死という概念を伝えるの。死に挑んだ過程と歴史の山積があるからこそ。その死を乗り越えようとしてきた人々の試みを、或いは病に臨んできた人々の熱量を知る者をいてこそ、不死はそこに形而上学的な重みと温かさが宿る。……認めたくはないけれど、()()()()()()()()()()()()()()その価値が完全なるものととなる――まったく、その通りよポースポロス。貴方の言葉に同意するのは、心底から嫌になるけども」

 嫌にはなる。

 だが、この地上からジュリエットの手の温かみを消し去りたくないとポースポロスは言った。

 その一念で、ポースポロスは踏みとどまった。

 

 だからこそ、ジュリエットはそこに答えなければならなかった。

 

 

 

 そして。

 

 白兵戦を挑むルシファーも、ポースポロスと剣技になんら遜色のあるものではなかった。

 ここにきて、ルシファーは初めて圧されかけていた。

 

 全身に高圧電線のようにその雷電を纏いながら、ポースポロスは剣を振るう。

 光の翼でさえ容易に熔融していく。

 

 ポースポロスはもはや文字通り、その全霊を賭していた。

 

「おおおおぉぉぉぉ!!!」

「――、まだだ!!」

 己が演算速度を一桁上げてもなお、ポースポロスの行動の予想精度の誤差はブレていく。

 

 距離を離して再度核変換による環境改変を試みても、それを平然とポースポロスは焼き尽くして踏破してくる。

 剣戟で、或いは極光剣であらゆるモノを斬り伏せてくる。

 

「やはり、お前は素晴らしい。俺の性能をどこまでも試させてくれる。俺の世界は今、輝いている。――これが、生きるという事か」

「ならば輝きに翼を焼かれて死ね。悪魔に相応しい末路は、墜落だけだ。世界も人も、貴様らの実験台ではない」

 怒りと共に放たれる一切殲滅の雷霆剣は、もはや防御という概念が成立しない。

 一度振るう度に地形が変わる。

 その有様は人の形をした災害としか呼べない。

 

「銀月天が、土星天が、火星天が何をしたという。貴様らの誤りはただ一つ――現実と折り合いがつけられなかったことだ」

()()()()が、現実に排斥されながら現実に配慮しなければならないというのなら、なぜ折り合いをつける必要がある。俺は憂いている、今この世界は薄氷の上に乗せられた鉄球のようなものだ。政治であれ、侵略であれ、個人であれ、出来る者がその可能性を求めることができるはずなのに、それができないのだから」

「多くの者は折り合いをつけ、苦しみながら生きている。制約に乏しい欲望の追求はやがて他者との衝突を生む。その刻に対話を選ぶか排斥を選ぶか――対話を選ぶ者がいたからこそ、排斥を選んだ結果を歴史から知っているからこそ、人は己の可能性に制限を課す意味を知った」

「目指せる先があるのになぜ目指さない。苦しみながら縛りを遵守する在り方が尊く見えるのだとでも? 結局のところ、排斥の結果とやらの多くはその人間や人間の属する共同体、或いは物質的な資源の脆弱さに由来する。その脆弱さを排するのが、俺達の拓く地平だ」

 聞こえはいい。

 人間があるがままに在れるように。それは字面にすれば響きは素晴らしい。

 己の描く新世界はそうしたモノなのだと、ルシファーは言う。 

 

 例えば、それは輝ける者があるがままに在れる灼烈の地平のように。

 例えば、それは全ての者があるがままに在れる神域の地平のように。

 

 だが。

 

「――貴様の人間の定義とは、()()()()だろう」

 振り降ろされる天霆、それを凌ぐために四翼を構えるがそれさえ融解していく。

 尚も矢のような踏み込みで刹那にルシファーへ肉薄すると、再びルシファーはその六翼を構築し鍛え直し、打ち合う。

 

「まだだ、落暉。貴様の性能限界を魅せてみろ――俺の進化の糧と成れ!!!」

「――見誤ったわね、堕天。そこまでよ」

 その怜悧な声と共に、次の瞬間にはルシファーと木星天を取り囲むように円環状に炎が渦巻いていた。

 その意図を理解するからこそこれをルシファーは読めなかった。

 木星天諸共に、ジュリエットはルシファーを葬ろうとしていることに。

 

「正気か太陽天。……木星天も諸共死ぬぞ」

「堕天、貴様はやはり思い違いをしているな」

 瞬間、ポースポロスの右腕がルシファーの首を掴んだ。

 万力のように、握りつぶさんとばかりの膂力を込めて。

 

「俺も、ジュリエットも、総て承知の上だ。なぜ俺達が相打ちを覚悟していないと思った? 命を捨てる覚悟などとうの昔にしている」

「読めん、奴だ。勝利のためにここまでやるというのか」

「――やれ、ジュリエット」 

 そう言った瞬間に、光帯は加速する。

 もはや義体による回避も間に合わない。

 

「ルシファー――!!!」

「……、ウェル、ギリウス」

 その刹那に、太陽天の攻勢から逃れてウェルギリウスは叫ぶ。

 加勢しようとしているのだろう。巻き込まれると知りながら、光帯へと手を伸ばす。

 

 死の訪れるその刹那に――導き出された敗北という結論を否定するために、ルシファーは再起する。

 

()()()()()()淑女――あぁ、そうだ。俺達は終わらない、まだだっ!!!」

 その瞬間に、ルシファーの背には闇色――反物質で出来た翼が生じた。

 瞬間に生じた闇黒の星辰は、光帯の爆縮をは水を掛けられたかのようにその輝きを失っていく。

 

 同時に、ポースポロスの胸を蹴り飛ばし距離を離す。

 

「ルシファー!!!」

「心配するな、ウェルギリウス。俺はお前の最高傑作だ、その性能を信じろ」

 ルシファーはウェルギリウスへと言う。

 その背に在る黒天の翼――それはエリスの得た闇と同等のモノだった。

 反物質と化した発動体による星辰行使はしかし、ルシファーにも相応の代償を齎していた。

 

 その星の扱いを最もよく知るのはエリスで在り、故にルシファーは己自身の中で光と闇が相互に食らいあう結果となっていた。

 だが、同時にエリスの原理がルシファーの超出力によって再現されるという事の意味が、今ポースポロスの眼前にありありと映っていた。

 

 ルシファーが天に翳す、闇黒の星。

 黒に黒を重ねた無明の闇は、一切合切の星辰を食らわんとばかりに輝きを貪食する。

 

 太陽天の焔でさえかき消したソレは、最大規模となって現出する。

 

「終わりだ、落暉。そして閃奏共々に礼を言おう」

 振り下ろされる腕と共に、暗黒天体のように闇の奔流がポースポロスに襲い掛かる。

 

 触れれば瞬で機能停止に足るその闇黒を前にしてさえ、ポースポロスは敢然と飛翔する。

 

「――力を貸せ、閃奏。俺の最期をお前に委ねる」

 同時に閃奏の眷属たる彼は雄々しく尚も輝く。

 ここにきて、彼の器は完全に限界を超えた。

 ひび割れはがれるその肌の奥からは眩い殲滅の絶滅光が覗いてた。

 閃奏の眷属として、彼は今この瞬間完全に覚醒していた。

 

「まだだ、この程度では落暉を倒すには足りん!!!」

 同時に、ルシファーもその意志力を覚醒させる。

 閃奏の剣が撃ち抜く輝きに、その闇は出力を増す。

 

 光か闇か、その色を競うように。

 

 だが、悲しむべきか。その優劣は単純な差となってポースポロスの劣勢という形で訪れた。

 押し返されていく絶滅の極光剣。

 

 対消滅と対生成を繰り返しながら、食らい合いを続ける闇と光。

 

 その刹那に。ポースポロスは目を閉じる。

 今この場において、圧倒的に劣勢なのは自分だ。

 

 閃奏の眷属となってもなお、致命の末路を突きつけられない結果だ。

 どこまでも魔女の盤面を逸脱してなどいない――だが。

 

 

 

「――来るがいい、産火の焔よ。()()()宿()()は――宿()()()()()は、此処にいる!!!」

 天霆に、()()()()が重なる。

 それは、雄々しき赤。()()()()の無限の熱量。

 

 隻眼に雷と焔二つの輝きがポースポロスに宿る。

 

「……、っまさか。木星天、お前は閃奏と、天奏の――()()()()()()()()になったとでも言うのか!!!」

 自殺行為だ。

 光と光の掛け合わせは文字通り、眷属さえ容易に焼き尽くすだろう。

 閃奏と天奏が、特異点の彼方から今ポースポロスに応えたのだ。眼前の邪悪を焼き尽くすがために。

 

 そして、ルシファーに応える特異点など、当たり前に存在しない。

 

 ルシファーは初めて、驚愕を浮かべた。

 極限の集束性と、天元突破の出力。攻撃性において絶対を誇るその二要素の掛け合わせは当たり前に絶対無敵であり、それを実現可能な者などいるはずがないと思っていたのだから。

 

 無限の闇はその一閃に貫かれる。

 

「蒼穹焦がす天元の焔よ、闇穿つ断罪の天霆よ――最後の奇跡を今ここに!!!」

 時間にして、二秒もないその刹那。

 

 打ち砕かれた闇と共に、今度こそルシファーの想定は完全に上回られた。

 茫々然とするその瞳がポースポロスを捕らえる。

 

「ガァ……ッ!!」

「終わりだ。永劫、奈落の果てで苦悶しろ」

 

 その鋼の剣が、今度こそルシファーを絶った。体から噴き出る鮮血に己が敗北をルシファーは悟る。

 

 その様に、ウェルギリウスは初めて叫んだ。

 我を忘れるように、初めて彼女は理論より先に感情が先行した。

 

 

「――死なないで、ルシファー!! 貴方は、貴方こそは暁の子、私の最高傑作なのだから!!!」

 その手をウェルギリウスはルシファーへ、初めて力の限り伸ばした。

 

 墜落していくルシファーもまた、その手を虚空に伸ばす。

 

「ルシファー、貴方こそ。幼い私が夢見た神の塔!!! 私の科学の象徴――私の、()()()!!!」

 

 あらゆる策を踏破し、ポースポロスは完全に自分の上を往った。

 敗北だった。

 

 それを受け容れるしかないと、真実ルシファーはそう思った。だが、ウェルギリウスの伸ばす手を目にして、そんな思考は一瞬で払拭された。

 

「……あぁ、そうだ。ウェルギリウス。俺達は――ただ、征かねばならん」

 この一撃は、いい授業料にはなっただろう。

 だが、一撃を食らっただけだ。今ここで死ぬという、たったそれだけのことだ。

 

 この孤独な女を、新たなる地平に連れていくと誓った。

 この孤独な女の実験台になろうと誓った。

 

 では、それは何のために?

 

 己は力の果てを、ウェルギリウスは智の果てを求めた。

 それは孤独の道だ。誰からも理解されず、誰とも感性を共有できない。故に、この女の孤独を理解できるのは、己しかいないのだと理解していたから。

 

 自分の拓く世界において、彼女に苦しみは訪れない。

 神天地でも、高天原でもなく――ウェルギリウスの提唱する至高天でもなく。

 

 己が開くその地平――熾高天を拓かんがために。

 

 

「天逆せよ、我が守護星――鋼の熾高天を拓かんがために」

 

 

 

 

「天逆せよ、我が守護星――鋼の熾高天(たかみ)を拓かんがために」

 その言霊が、朽ちた翼に熱を与える。

 損傷に損傷を重ねた躯体に、再び熱が灯る。

 

「氷の戒めも、嘆きの河も、至高の天には訪れぬ。神聖なりし賢者の導きが地獄の旅路を照らす。地獄の夜は明け、煉獄に明星は昇り、天国の階段を臨むのだ」

 傷だらけの躯体、その傷口には幾筋も光が走りながら、瞬く間にその損傷を埋めていく。

 そして第四世代人造惑星の真価にして進化がついに顕現する。

 

「幾星霜の旅路の果て、我等は共に天をその手に抱く。地に堕ちたる明星、輝ける暁の御子。汝の翼にはや枷などありはしない、その名が担うは傲慢なればこそ我らは高天原(てん)を糾すのだ」

 ルシファーとウェルギリウスは、その鼓動と言霊を重ねながら星を織り成す。

 至高の星を、熾高天を。

 綾織る様に、聖教皇国の蒼穹に極彩色の紋様が走る。

 

「なれば汝、星巡る賢者よ。星の輝き、原初の焔をその目に焼き付け導とするがいい。汝の地平は火焔の神塔(バベル)の果てに在る。天よ、我等が塔を砕いてみせろ、我等が翼を焼いてみせろ。かつて我等を裁いた如く」

 やがて、聖教皇国全土を侵略していくように、不朽たる黄金の輝きが無尽に広がっていく。

 重なる星の鼓動は、ついに一つの答えを出す。

 

「愛しき我が暁の子。その飛翔こそ永遠なり、その翼に墜落も堕天も訪れない」

「十天の彼方に至るを以って、我等の旅路は終わるのだ。――焼き付けろ、熾高天はここに成る」

 十二の翼が光の軌跡を描きながら、編まれる。

 神々しさと禍々しさが同居する、渾然一体たる翼が新西暦の青き空を羽ばたいた。

 神話にそれは謳われる。かつて地に繋がれしかくもおぞましき暁の子は熾天の長であり、堕天を迎える以前その翼は一二枚あったとも。

 

 

 

 堕天を覆し、ルシファーは天昇する。熾天を統べたる十二の羽を携えて――星を統べる者は創星する。

 

 星辰暁奏者(スフィアルーラー)として君臨した。

 

「超新星――熾高天の新生、十天の彼方に(Falling Sphere)響け楽園創造の福音よ(Ruler)

 

 




熾高天の新生、十天の彼方に響け楽園創造の福音よ
AVERAGE: AAA
発動値DRIVE: EX
集束性:B
拡散性:AAA
操縦性:EX
付属性:A
維持性:A
干渉性:AA
その福音は、誰がために。
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