A、「私の為に、ではない事が実に実に、それはもう、えぇ。この上なく腹立たしいですがそれはともかく、貴方が求めてくれたのだから嬉しくないとは決して言ってません」と思ってます。
どこまでも、沈んでいく。
無明の闇の中に、俺の意識は埋没していく。
何も見えない中で、上下左右がどちらなのかなんてわからない。堕ちているのか、昇っているのかさえもわからない。
「――■■■」
そう、呼ぶ声が聞こえた。靄がかってなどいない、明確に今ならその声は聞き取れる。
その姿も、見える。
「エリス」
「はい、エリスです」
虚空の中、彼女の姿は月のようにはっきりと見えた。
その銀色の髪が、月のようにきらめいていて、美しいと思った。
「……エリス。ここはどこだ、俺は死んだのか?」
「いいえ、私は貴方が死なせません」
闇の中に響く静謐なる声が、否と告げる。
貴方は死んではいけないと言っている。
「貴方は死なせません、ハル御姉様に――そしてあの子に託されましたから」
「あの子? ハル姉さんじゃないなら、それは誰の事だ」
彼女の言葉が、よくわからない。
これが夢なのか、現実なのかさえも分からない。けれど、傍らの彼女は俺の手を掴み、まるで導くように先導していく。
この闇の中で、ただ彼女が目指す視線の先に一筋、光が見えた。
その一点を目指すように彼女は俺の手を引いていく。
「さぁ、ロダン様。目をお開けくださいませ。貴方が護りたかった人が、貴方の帰りを待っています」
目を開けるも何も、今この暗闇の中で俺は目を開けているだろう。
そう言いたかったが、その光の扉を潜りぬけた瞬間に俺は現実に還った。
「――!!」
がばっと、跳ね起きた先で目に映ったのは白い天井だった。ほのかに香る薬品臭と、白以外の色を排除されたかのような部屋模様と寝心地のいいベッド。
そこから、概ねここがどこなのかを察する事は出来た。
「――おはようございます、ロダン。お体は大丈夫ですか?」
「……グランドベル卿」
ベッドの傍らには、椅子に座るグランドベル卿がいた。壁には発動体の槍を立てかけて、俺へと視線を向けている。
……それから、目が覚めるまでの出来事を思い返していく。
ファウスト、そう名乗ったあの赤毛の男に襲われて、それからグランドベル卿に助けられた。
……助けられた後、俺はどうしただろうか。何か、誰かに向かって叫んだ気がするけれど、叫んだ相手と内容が思い出せない。
「――っ!!」
「ロダンっ!!」
指先の末端から、恐ろしいほどの激痛が走った。末端だけではなく、臓器も心臓も痛みを叫んでいる。
跳ね起きそうになる体を、グランドベル卿が抑えてくれなければ俺の体は床にたたきつけられていただろう。
血混じりの胃液を吐きかけて、すんでの所で抑えきれた。あまりモノを昨日食べていなかったせいだろう。
痛みで喉が焼けそうになって、悪寒が止まらなくて。背中を支えるグランドベル卿の体温だけが今の俺を辛うじて正気に戻していた。
「く、――はぁ、はぁ……」
「落ち着きましたか、ロダン。無理もないでしょう、それだけの事を貴方はしたのですから」
ガラスのコップに注がれた水を手渡されると、ゆっくりと俺はソレを口にする。
口と喉の胃液を洗い流すように、少しずつ冷たい水を嚥下していけば痛みは引いていく。けれど、水だけではどうとも深部の痛みは引かない。
……痛む体を推してでも、今の俺にはグランドベル卿に聞きたいことがあった。
「グランドベル卿。ファウスト、と言う男が昨日いただろう。アレはどうなった」
「……申し訳ありません。貴方の奮戦があったにもかかわらず」
「待て、待ってくれグランドベル卿……俺が戦った? 発動体も無しに、いつ?」
聞けば聞くほど、話が噛み合わない。俺は発動体など持っていない。それどころか、あの時俺は戦った記憶は――。
「やはり、意識の混濁が見られますか。――昨日、貴方は私を助けるために星辰光を使ったのです。それも、覚えていませんか」
「……知らない。俺は何も知らないんだ」
グランドベル卿は、決して嘘を言う人ではない。
俺の記憶があいまいにしても、彼女が言っている事に理があるのも事実だった。俺が最後に見た光景は、グランドベル卿が首を刎ねられようとしている瞬間だった。
それが成就していないという事は、彼女の代わりにファウストと戦った人物がいたということだ。戦った人物が俺だと言うのなら、俺はどうやって戦ったのかが俺には思い出せない。
「……一つ、聞かせて頂けますかロダン。貴方の星辰光の事を」
「それを聞いて、どうしたいんだグランドベル卿。……貴方が一番よく知っているはずだろう」
歯ぎしりを、しかける。
なぜ、今になってグランドベル卿はそのような問いを投げたのか、その真意がまるで読めない。
「貴方が、自分の星を嫌っている事は分かります」
「貴方に、俺の何が分かる」
「……私の知る貴方の星と、昨日貴方が振るった星は明らかに違っていた事。それしか分かりません」
……それは、初耳だった。
グランドベル卿を俺が助けた事を真実だと受け取るにしても、この説明は明らかに変だ。
俺が発動体も無しに、自分のものではない星辰光を扱ったという事だ。これは星辰奏者としての絶対原則に反している。
「あの場の貴方は明らかに異常だった。記憶には著しい混濁が見られる。……その事態の解明の為にも、貴方の星辰光について調べなければならないのです。……秘蹟庁も大聖庁も、それを所望しているようです。貴方のソレは、前例皆無のケースですから」
「グランドベル卿は聡明だ。ならば貴方は総て概ね察しているだろう。それでもなお、貴方は俺に言わせたいのか」
「はい。貴方は物書きに成りたいから騎士を辞めたと聞いています。……本当は、それだけではないでしょう。黙秘はしてもかまいません、ここで拒んで下されば私からはもうこれ以上問う事はないでしょう。……しかし、恐らくは同じ事です」
「……その秘蹟庁や大聖庁が、本格的な調査に乗り出すから、か」
秘蹟庁も、大聖庁も、絡んだ話だという。
……大ごとになるのは想像に難くない。謎の赤毛の星辰奏者にしても、アレは明らかに並み真っ当な星辰奏者ではなかった。
莫大な星辰体の感応量とあの突出した六資質、そしてそんな存在が聖教皇国に居たという事は重大な事実だ。
だがだからこそ引っかかる部分もある。まるで彼女の言い方では、俺のやらかしたという昨晩の出来事はファウストの襲撃と同列かそれ以上に重要な話のように語っているに聞こえる。
「調べるなら、あの赤毛の星辰奏者の事なんじゃないのか。俺を調べてどうする」
「――その星辰奏者を圧倒しかけるほどの実力を、貴方が示したからです。端的に言って、野良で隔絶した星辰光の持ち主であるという一点において貴方とファウストは同等です。……その意味が分からないわけではないでしょう」
「……貴方に黙秘しようと、別の人間が調べにくるというわけか。加えて俺は明確に身柄を確保できる上に重要参考人という奴だから、ということもあると」
その通りです、とグランドベル卿は真実申し訳なさそうに告げる。
俺の星の事について聞きたい、とは言っても恐らく俺の知る以上の事を言う事は出来ないだろう。けれどそれが必要な事なのだというのなら。
「……分かった。遅かれ早かれ、言わなきゃいけないんだな」
「そうなるでしょうね。ロダン、貴方もまた事態の渦中にいる人ですから」
「なら、いい。言う相手がグランドベル卿なら、気は多少楽だ」
……グランドベル卿なら、話してもいいだろう。
少なくとも、顔の知らない他人に無遠慮に土足で踏み入られるよりは万倍マシだとは思えたから。
「大まかな経緯は、グランドベル卿が知っている通りだ。俺の星や、星辰奏者になってからの経緯について、今更目新しさはないだろうが、何か参考になれば幸いだ」
―――
俺が配属されたのは、第六軍団だった。その末席を与えられた、しがない騎士。
剣なんて握ったことはまるでない、ズブの初心者もいいところだった。本来であればⅢ位などとてもとても、なれたものではなかった――はずだった。
いかに優れた星辰光があろうとも、その根幹にあるのは揺るがぬ基礎だ。あらゆる状況に揺るがぬ基礎と、基礎に証明された自信があってこそ戦士は戦士足りえる。
極論、戦士の理想とは使い手に左右されない圧倒的な星辰光に他ならないがそれこそないものねだりだ。現実はそんな都合がいいものではない。
……だからこそ修練などそれまで微塵もなかった俺は散々に苦労をした。
「――よう。歓迎しよう、アレクシス。俺は第六軍団が第Ⅰ位、ランスロット・リヒターだ。今日からお前は第六だ、いいな?」
そんな、右も左も知らなければ剣の握り方さえも知らないガキだった俺を、それなりの気の長さで見守ってくれたのは素直に礼をしている。
俺より少し年を食っている程度。若い見た目で、けれど第六の長。貴族然とした優美な振る舞いがありながら、他方で距離感を感じさせないフランクな人間でもあった。
リヒター団長――リヒターは身分や位階の違いを理由に人づきあいに優劣をつけるような人物ではなかった。それ故団員からの人望の高さは入って間もない俺にも理解ができた。
同時にリヒターは団員に対等なタメ口を求める変わり者でもあった。有体に言って、恐らくだが第六軍団は規律は若干緩かったと記憶している。
「そんなおっかなびっくりでどうするんだロダン。お前も聖騎士なんだぞ、胸を張れ胸を」
「胸を張れるような一芸がないもので、団長」
「いやいや、ないならこれから開拓すりゃいい。初めから出来る奴のほうが珍しいのさ。俺もまぁ、そうだったからな」
からからと笑い飛ばすリヒターは、誰彼構わず肩を組んで語らう事で有名でもあった。暑苦しくて、正直なれなれしくて正直嫌いだとは思わなかったが変わった人だと思った。
第六での暮らしはそれなりに楽しかった。
……俺の転機になったのは、星辰光を用いた初めての実地での訓練からだった。
星辰光を用いての模擬訓練は、基本的に例えば軍団長のような監督者がいる元で行われる。
実地での星辰光の運用訓練は一歩でも間違えれば深刻な後遺症を与えかねない為でもある。
「創生せよ、天に描いた星辰を――」
発動体の剣の重さは、発動値に達した事で慣れた。基準値では体捌きはまるでふらふらと倒れかけの独楽のように滑稽だった。
相手は当時の軍団のⅤ位だったガンドルフ卿だった。剣の練達者、そうリヒターからは聞いていた。
筋骨の太い、俺よりも二回り三回りも年を経た老練の二字を滲ませるよう古強者。そういう印象だった。年を経る事でしか得られない
重そうな剣をまるで棒切れをそうするかのように軽々と担いでいる。
ようはするに俺よりも圧倒的に格上の男、剣の教官役として俺と相対している。リヒターの監督の元で、尋常に立会をしている。
鋭くて、上手い。そう感じざるを得なかった。
その一合一合に重ねた修練を感じさせてくる。
「……っ」
「どうした新米、お前の星は多少体捌きがマシになる程度か!?」
発動値に引っ張られるように、体はまるで勢いをコントロール出来ていない。
ガンドルフ卿と撃ち合う度に、剣に激震が走って腕が痺れていく。まるで出来損ないの舞台役者のように、不慣れに剣を打ち合わせていく。
本来であれば実戦じゃこんな無様を晒している時点で首はすっ飛んでいるだろう、それほどに今ガンドルフ卿はわざと手加減をしている。
ランドルフ卿の星は性質としては純粋な身体能力と肉体強度の強化だ。幾度か実演を見せてもらったことはある。
適当な銃で自分のこめかみを撃って、逆にひしゃげた弾丸を俺に差し出してきたあの実演授業は正直今でも心臓に悪いと思っている。
星辰光という異能の出鱈目さの一端でもあり、同時にまるでランドルフ卿は本気を出していない事の証明でもあった。
「さぁもう一回やってみろ、ロダン」
「なら、もう一度、行かせていただきます!」
手加減されたままでは終われない。そういう負けず嫌いさもあった。
何より――撃ち合う度に、ガンドルフ卿の業が俺には
速い足さばきは、ただ星が故に速いだけではない。俺の行動を先に読んだ上での反射で一歩先を踏み出している。
剣の重さも、体の重心の構え方さえ理解ができれば再現はさほど難しくはなく。けれどガンドルフ卿と自分とでは剣の刀身の長さや体格の違いはあり。そこをうまくすり合わせれば。
「……なんと」
「上手く、いけた……!」
見よう見まね、ガンドルフ卿の剣の再現は一瞬で成った。
理解が出来た。ガンドルフ卿の剣の理念は
ガンドルフ卿はそれならばとさらにその踏み込みを深くした。
もう一段階速い剣閃は、やはり彼がそれまで本気ではなかった事の証明でもあった。音速に届きそうなほどの踏み込みはただ肩同士がぶつかるだけでも冗談ではなく脱臼に至るだろう。
「ロダン、お前中々やるじゃないか。まさか見様見真似か?」
「どうも、俺の星はそう言うモノらしくて、ですねっ!!」
言葉を交わす余裕はなかった。一重に今この瞬間に間に合ったのはその足捌きを入念に見ていたからに他ならない。
ガンドルフ卿の攻撃は、足の使い方と体幹の強さに多くの技巧が宿っている。地面を削るほどに鋭い踏み込みから生み出される速力こそが起点になっているのだ。
まだ、自分の星を俺は明瞭に理解は仕切れていない。でも、一度意識をすればそれは明らかだった。
撃ち合う度に、明瞭に見えてくる。ガンドルフ卿の経験、剣捌き、そうした無形のモノが俺の中に流れ込む。
まるで最初から知っていたかのように、俺の経験と一切の違和なくパズルのように整合し、結合していく。
観察と模倣は、際限なくその精度を上げていく。……まるで俺が俺ではない誰かになるような気分なのに、確かにそこに在るのは俺の意志だった。
しかしやがて、たった一度刃が宙を交錯したその瞬間に、俺の剣は宙を舞って地面にたたきつけられた。無機質な音と共に、俺の敗北を告げていた。
「……さて、リヒター。これで仕舞いにするか?」
「まぁ、そうだなガンドルフ。ロダンも息が青い。むしろ、これまで剣の訓練をした経歴が無いのにお前にここまで食らいついてこれたんだ。大したもんだろ」
リヒターは言って、訓練は仕舞いだと告げる。
剣を収めろ、そう言って。けれど、俺はソレには頷けなかった。
ガンドルフ卿から覚えるべき事はおおいにあった。打ち捨てられた剣を握る腕にはまだ力は残っている。そして、人も鉄も熱い内に鍛えなければならないとよくことわざで言われる通りだろう。
……ガンドルフ卿の業を、剣を巻き上げられるその瞬間に俺は総て
「すみません、ガンドルフ卿。もう一度、あともう一度だけでいいんです。俺と手合わせ、してくれませんか」
「……とのことだが、リヒター? 俺は構わない、骨がある奴は好きだぞ」
「危うくなったら止めるが、それでいいな? ロダンも、無理はするなよ。星辰奏者になってから日が浅いのは事実だ」
有難うございます、そうリヒターに返して俺はガンドルフ卿ともう一度手合わせをした。
今度は、もう見逃しはしない。完全に再現して見せる。
体に籠る熱に任せてガンドルフ卿とまた剣を交える。
推し負け等、しない。ガンドルフ卿ならばこんな時に決して体幹が揺らぐことはなく、地面を踏みしめる足も微動だにしなかったから。
余すことなく、剣の勢いを伝達させればこそ、初撃において俺はガンドルフ卿に競り負けはしなかった。
次いで剣を傾け、相手の剣を滑らせればガンドルフ卿は明確に一歩足を引いた。
「星辰光か? それにしてもいい体裁きだ」
「えぇ、貴方から教わったのですから」
足を引いたその時にほんの一瞬だけガンドルフ卿は片足が地面に浮く。その瞬間を読んで、反射して、――俺は踏み込む。
踏み込み、構えて、断つ。それがガンドルフ卿から教わった剣の基礎だったから。
両足で地面を摺り、体をばねに変えて腰を据えて薙ぐ。けれど、ガンドルフ卿の星は身体能力の強化であり、かち合わされたその瞬間に俺が押し負けるのは事実だった。
打ち負けるのは予想できていた以上驚愕に値しない。問題は、負けた後にどう行動するかだ。ガンドルフ卿の剣は純粋に早くて重い。
けれど、予想は出来る。
――経験模倣・憑依操縦能力。他者の武術や技巧を観察し、それを極めて高い精度で模倣できる能力こそが俺の星辰光なのだから。
俺が初めて学んだ剣がガンドルフ卿の剣ならばこそ、次にガンドルフ卿がどう動くのかが俺には読める。
同じ剣を使っているならば、返す剣をどう扱うかも概ね想定がつく。
もっと、相手の間合いに足をすくませることなく踏み込む。
俺の剣は、俺の体の影に隠している。
「は、あああぁぁぁぁ!!」
二本の足を踏みしめて、全身を大樹にして、全力で体の影から剣を振り抜く。
ガンドルフ卿を超えるなら、きっと今しかないから。
「……なっ」
次の瞬間にには驚愕と共に、遅れて俺の剣を受けたガンドルフ卿の剣が宙を舞っていてた。
それは、俺がつい先ほどやられたのと同じように。
ガンドルフ卿の喉元に迫るその一瞬で、俺の剣は止まった。無我夢中で、頭も体も沸騰しそうなほどに剣を振るって、今こうして喉元に剣を突き付けた。
しん、と一瞬流れる静寂と共に、ざわめきが沸く。
下位の騎士が、現役のⅤ位に肉薄する事ができた。
「勝負、あったなガンドルフ。まさか、チャンスを与えたとは言えお前が負けるとは」
「……言うほど手加減したつもりはないさリヒター。むしろ新米としちゃ大したもんです、言い訳の仕様がない」
ガンドルフ卿とリヒターはそんな会話を交わしている。
気が弛緩すれば、俺の星も解けていく。すっと、体から俺を動かし続けていた熱が抜けていく。嘘のように、緊張が解けていくとともに膝から力が抜ける。
がたん、と膝をつくと俺は立ち上がる事ができなかった。踏ん張ろうとしても、四つん這いになるのが精いっぱいではた目から見るとなんとも滑稽な姿だ。
「……無理もない。初めて星を振るって、しかもあれだけ集中力を維持し続けたんだ、無理もない。元々、お前は発動値に限って言えば俺と並ぶ評定だからな、その負担も推して知るべしという奴だ」
「すみ、ません。団長」
俺の腕を担いで、団長――リヒターは支えてくれた。
ガンドルフ卿も腕を組み顎鬚をさすりながら、よくぞ倒して見せたと剛毅に笑う。……全然、倒せてなんかいない。
仮にあのまま、ガンドルフ卿の喉元に剣を突き立てたとてその星辰光故に刃は通らなかったろう。剣の腕では、確かに一瞬だけは肉薄できてもそれでも全然勝った事にはならない。
「すみません、ガンドルフ卿。俺が無茶を言ったせいで」
「何を謙遜してる若人め。嫌味に聞こえるから素直に誇っとけ、次は負けん。機会があればまた付き合ってくれ、お前に教えたいことが山ほどある」
嫌味の無い、からりとした笑いだった。
まぐれと俺の無理が無理を言ったせいでこの人は負けたのに、何も俺を恨んでいない。
強いとか弱いとかを抜きにしてもそういう人間で在りたいと思えた、俺の初めての剣の師匠だった。
「いずれ、また。機会があれば学ばせてください。俺もまだ、教わりたいことはそれこそ山ほどあるんです」
「おう、楽しみに待っとけ。見どころ有る奴は好きだからな」
背を見せて、手を振るガンドルフ卿に俺は頭を下げる。
剣を背負いながら去っていくその背を、俺は恰好いいと思った。
「ガンドルフ、顔は厳ついがいい奴だったろ。かくいう俺も、なんだかんだで手が足りん時はアイツに助けられてる」
「えぇ、全くです」
俺の腕を背負ってくれたリヒターもそう言う。
……今にして思えば、恐らくリヒターは俺の星辰光の本質を理解していたのだろうと思う。
「端的に言って、俺から見てもお前は十分目があるぞロダン。……俺も、お前の事が気に入ったさ。この先が楽しみで仕方ない。目指せ夢のⅠ位――といいたいがそれだと俺が恰好つかないからⅢ位を目指してみてくれ」
「そうなれるように、努力はしたいと思います。……騎士になったときに俺を格好いいって、似合ってるって言ってくれた幼馴染のためにもそうなりたいんです」
「意気さえあれば無理な事なんて何もないさ、いいじゃないかそういうの。お前だけを贔屓にはできないが、それでも見どころは今の所誰よりもあるって保障するよ。だから訓練をしたいっていうなら可能な限りで受けて立つさ――と団員に公言はしてるんだが誰も俺に挑んでくれなくてな」
「そりゃ、団長相手じゃ誰だって恐縮するでしょう、無理もない」
いやぁ困った、とそんな風に言うリヒター。
その距離感となれなれしさが、今は好きになれる気がした。
ガンドルフ卿とリヒター、第六に居た頃の俺には二人の師匠がいた。至らぬ俺によく目をかけてくれた二人だ。
それからリヒターもガンドルフ卿も、何度も何度も、俺の訓練に暇さえあれば付き合ってくれた。無論負けるのはいつも俺の側だけど。
ロダンという男は訓練好きで、熱心な奴で、少し変わり者だ――そんな評判がつくのにそう時間はかからなかった。
一面的には、それは俺と言う人間の事実ではあった。俺の星辰光はとにかく実地を重ねることでしか磨けない。俺は当時誰よりも遅れていた事を自覚していたし、何よりハル姉さんはそんなザマの俺でも騎士姿が似合っていると言ってくれたのだ。
だから、せめて俺を騎士にしてくれた家族やハル姉さんを裏切らないために強くならなければと強く想った。例えば、ルーファス卿のように。あるいはベルグシュライン卿のように。
Ⅴ位になってガンドルフ卿を位階で追い抜いたときは、ガンドルフ卿も複雑な顔をしながらも祝ってくれた。目標にしていたガンドルフ卿と同じ位階に辿り着けた時は、俺はとても嬉しかった。
例えⅢ位じゃなくても、俺の初めての剣の師匠と同じ位階になれたことが嬉しかった。その頃になればもう、リヒターを団長と呼ばず名前で呼ぶようになっていた。
……元々、敬称はいらんと公言していたわけではあるが。
とても、輝かしい日々だったと思っている。何物にも代えがたい、今でも俺の宝だと思っている。
けれど、それより同時期に第六軍団では奇妙な噂が流れるようになっていた。
団員は至って勤勉、しかし一部の団員はその練度が悪化の一途をたどり
一般には、ソレはスポーツやそれ以外でも体を動かす行為において、何らかのトラウマや極度の緊張といった精神的な原因で体が動かせなくなる、という症状だ。
ここ一番、といった局面で腕を動かせなくなる、あるいは極端にその動きが鈍くなる、といった病に酷似した症状だという。
旧暦においてはよくスポーツを嗜む人間に発生していたという話を聞いたことがある。
……その症状が第六軍団の何名かに見られたという報告だ。
星辰光の発動に問題はなくとも、発動体を振るえなくなる。あるいはその練度が著しく落ちる。そんな症状を発症する人間が増えたという。
原因はまるきり不明で、しかも一見すると発症者に法則性が見えない。
加えて練度が落ちるというだけならその人間の怠慢も疑える線ではあるからだ。
だが他軍団にそのような傾向はなく、なぜか第六軍団だけだったのだ。
当時その事態を重く見たリヒターは、可能な限りでの資料を集めた。……俺も、いったん実地訓練は休止にしてその手伝いに駆り出されていた。
発症者の行動パターンや性別、果ては趣味嗜好まで、ありとあらゆる要素について検討が行われた結果、皮肉にもその彼らは一つの共通点があった。
――俺と星辰光を交えての実地訓練を行った事がある人物。それが唯一の共通点だった。
「……飽くまで仮説の域だ、気にするんじゃないロダン。それにほら、俺やガンドルフに何もないんだから、問題ないだろう」
そう、リヒターは言う。
共通項ならもっと洗えば他にいくつか見つかるはずだろうと。
ところが話はさらに深刻なものとなった。本当に、俺と星辰光を交えて戦った人間であるという事以外の共通項が見つからなかったのだ。……加えて、ガンドルフ卿も発症者となった。
――その時、俺は愕然とした。
俺は自分の星の全容を何も知りなどしなかったのだ。ただ、先人たちの足跡に学ぶ星なのとだけ思っていた。
だが、真実はそのように敬虔で勤勉なものなどでは断じてない――俺の剣は人の経験を、足跡を、文字通り何の比喩でもなくそのまま写し取り奪い去る剣なのだ。
……在らぬ噂――結論から言えば正しかったが――が第六軍団に蔓延するのも決して時間を要さなかった。
剣を握る手が震えるようになった、とガンドルフ卿は言った。
「ガンドルフ卿。……その」
「なんだ、お前の星が原因じゃないのかってそんな与太話をお前が信じてどうするんだ。……俺の至らなさが理由なんだよ、お前の星が原因なんじゃないさ。位階で追い抜いたからって少しばかりデカくなりやがって。思い上がりもほどほどにしとけってんだ」
……そう、力なくガンドルフ卿は笑った。この時、きっとガンドルフ卿も、リヒターも、総ての真実を悟っていたのだろう。悟った上で、俺に何も告げなかったのだろうと思う。
『ロダンは、物覚えが良すぎる。ねぇ、ロダン。僕が八年かけて修めた剣はなんだったんだろうね』
決定打になったのは、一人の団員の言葉だった。
それらが蔓延していく中で、最後に俺と実地訓練をしてくれた彼はそう言った。数日の後、彼は第六軍団を去った。
その言葉に、俺は総てを悟った。その言葉は悟るにはあまりにも十分すぎた。
相手が何年も時間をかけて費やしてきた修練を、俺はものの数日で模倣した――簒奪した――できてしまった。
俺の星が、相手を追い込んだのだと、俺は理解できてしまった。彼の努力を俺の星はただ強くなりたいという願いのままに蹂躙したのだから。
俺の最終位階はⅢ。リヒターが目標にしろといった位階に辿り着いた頃には、何もかもが遅かった。
誰もが剣を振れなくなる中で、俺だけが至って醒めて剣を握ることが出来ている事実に、俺は心底から恐怖した。
ハル姉さんに会うたびに、ハル姉さんは俺を気遣ってくれた。その優しさに、俺の心は辛うじて救われていた。
けれども、やがてリヒターとガンドルフ卿以外には俺に声をかけてくれる人間も、手合わせをしてくれる人間もいなくなった。そこに居ても、まるでいないように扱うのが習わしだとでも言うかのような有様だった。
まるで旧暦の伝奇ものの透明人間のようだった。
騎士団合同での訓練でも、俺の悪名は広がっていた。教官殺しはまだいい方だ、自分の師匠の剣をも折った人間だと揶揄された。それが俺にはたまらなく耐えられなかった。
その当時は第六の中ではまだ発症していなかったリヒターと、俺が出る事となった。
第一からはベルグシュライン卿とルーファス卿。
第二からはグランドベル卿が出向いていた。……グランドベル卿は教皇スメラギ崩御以前の位階は第二軍団のⅣだ。
リヒターが相手を務めるのは、ベルグシュライン卿。
……そして、俺の相手はグランドベル卿だった。
「――よろしくお願いします。ロダン」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、グランドベル卿」
剣を握って。無味乾燥な目で、グランドベル卿を見据える。
どうせ、何も変わりはしない。……星もできれば使いたくはない。当時のグランドベル卿を相手にしたときの御前試合のような剣呑さも、俺には何も響かなかった。
……観客の騎士たちは、皆一様にグランドベル卿の勝利を疑っていない。
むしろ、疫病神か何かのような扱いの俺が負ける事を願っているかのような目だった。酷い話もあったものだと自嘲する。
悪玉と善玉という見事なまでの勧善懲悪の構図で、しかも相手は聖女だ。まさしくおあつらえむきだとさえ言ってもいいだろう。
「星を、使ってもいいんですね。
「えぇ。貴方の事は存じています。――存分に学んでください」
静謐に、グランドベル卿はそう告げる。喧嘩を売るでもなく、侮蔑するでもなければ忌むでもない。今の彼女は、ただ武人として俺を見据えている。
ほんの少しだけ、それが嬉しかった。
「創生せよ、天に描いた星辰を――我らは煌めく流れ星」
輝昇する星は、俺の心など察しない。
ただあるがままに、その在り方を晒すのみだ。
「我は絡め取る者、狡猾なる詩人。ただ腹の音の求めるがままに智を欲し食らう蛇。世界樹の根にその牙は遠く届かず、その身は世界を覆うに足らぬ。おお、遥かなりし隻眼たる最高神よ、我に神なる箴言を授け給え」
俺の中に在るのは、概ね第六軍団の半数以上の人間の剣。
俺が身勝手に奪って、無自覚に陥れ続けた、塵屑の星だ。
「汲めど尽きぬ智の泉こそ天上の美酒なれば、我は一滴余さず飲み下そう。いずれ至る脱皮と新生に想いを馳せ、悶えとぐろを巻きながら、只人たる吟遊詩人はただ焦がれるのだから。ならば今はただただ存分に綴ろう――
だから、きっとここで審神聖女に裁かれるというのならまたそれも運命と解釈としていいのかもしれないと思えた。
何かを学ぼう、そう思う気持ちはとうに失せた。ただ自分の星が他人の歩んだ理を奪う事しかできないのだから。
それでも、この目の前の彼女は武人として俺と向き合ってくれているというのなら、せめて全力で戦う事が礼儀なのだと心得ようと思った。
「超新星――
ならば聖女よお前のその業も、寸分たがわず俺は模倣して見せよう。
特化型の宿命。元々、それしか俺には武器はないのだから。
AVERAGE: B
発動値DRIVE: A
集束性:C
拡散性:E
操縦性:AA
付属性:B
維持性:C
干渉性:D
同時に、グランドベル卿も弾丸のように槍を放つ。
矢と見間違うほどに鋭い一閃、リヒターの剣に迫り得るだろう。けれど恐れるほどの事はない、相手の動きを先読みするのが得意な第六の団員がいた。
カン、と金属同士の擦れる音が響く。剣を斜めに構えて一閃を受け流せば、今度はこちらの番だ。返す刀で胴に放つ。
けれどそれもグランドベル卿はこともなげに石突の方を短く持って短剣のように構えて受ける。
汗等滲ませてすらいない。挑戦者を待ち受けるかのように、門のように彼女は佇んでいる。
けれど、これだけではない。
「――ガンドルフ卿、貴方の業を使わせていただきます」
剣を水平に構え、腰を落とし、踏み込む。
足が宙を離れる時間を最小限にしながら、全力で踏み込む。剣を体の影に隠してグランドベル卿に肉薄する。けれど。
「……いい踏み込みですね。ガンドルフ卿がそこにいるかのようです」
驚くほどに冷静に、彼女は俺の剣を見定めていた。
何処から迫るかを、直前まで見据えた上でそれを槍で打ち払う。重い、そう感じた。
彼女は発動値ではないにもかかわらず、俺の剣をまともに受け止めている。その所業がいかに頭が狂っているのか、誰の目にも明らかだ。
発動値に至るということはシンプルに身体能力の強化でもある。だが彼女は真正面から、その刃を受け止めている。
基準値で受け止めるなど、よほど優れていない限りは、筋繊維が悲鳴を上げていてもおかしくない。
普通じゃない、実は気がふれているんじゃないのかとさえも思う。それどころか、彼女の槍の重みは俺の剣を逆に圧していた。
……星で読み取れる限りでは、特殊な技巧など彼女は何も凝らしていない。鍛えた力と一念だけで、基準値を発動値にぶつけているのだ。当たり前に、そんなものなど学べない。
馬鹿正直にかち合わせるなどどうかしている。そんな真に迫るやせ我慢は業や理などとは到底呼べやしない。
「そろそろ、こちらから行かせていただきましょう」
「――」
彼女の槍の速度はまた、一段階上がった。
目で追う事は出来ても、受けた瞬間の衝撃が二の太刀を振るう隙を与えない。正真正銘、彼女は基準値で俺に肉薄している。筋線維の何本かはイカれていてもおかしくないだろうはずなのに。
一息の瞬間に四方を奔る槍の突き――その一つが俺の肩口の鎧にキズを刻んだ。
息をつく暇も与えないと、彼女の槍は横薙ぎに振り払われる。剣で受けたその瞬間に俺はまともに吹き飛ばされる――が。
有り得ない光景を目にした。
俺は吹き飛ばされたはずで、なのになぜ彼女に並走しているのか。
走力も瞬発力も馬鹿げている、構えられる槍の一閃にやはり俺は対応ができなかった。……俺を倒すのに星など使う必要もないということなのか――はたまた、意地でも星を使いたくない理由があるのかは知らないがそれでも彼女が卓越した戦士であることは疑いようが無かった。
「く、そがっ!!」
宙で身を翻しながら槍を受け流し、その反動を利用しながら俺は反転してグランドベル卿へと剣を奔らせる。
咄嗟の対応はリヒターとの訓練で鍛えられた。とにもかくにもリヒターは体の柔らかさで縦横に剣を躍らせ受け流しながら機を見計らう、そういう手合いだったから。
ほぼ同時に地面に着地すると同時に、直感する。彼女を討つのなら、彼女に間髪をつかせてはならない。
受けるも攻めるも、走るも言うまでもなく彼女は圧倒的な巧者だ。怒涛の攻撃で隙をこじ開け、開いた隙に一撃を叩きこむ。
言葉にすれば簡単で、しかし基礎にして最も難しい事であるとリヒターからは学んだ。
故に今用いるべきはリヒターの柔の剣だ。
突いて、斬って、あるいは剣をしならせながら、グランドベル卿と何合も切り結び合う。
打ち合って、払い合って、その度にグランドベル卿の業を俺は知る。
そしてグランドベル卿は、俺を直視し続けている。どこまでも真剣に真摯に、何か痛ましいモノを見る様な目で。
「ロダン、貴方は悲しんでいるのですか。……後悔を、しているのですか?」
「……そうだな、とことんクソだ。俺みたいなのが、ガンドルフ卿のⅤ位を継いでいることが」
彼女の業は、模倣そのものは容易だった。
捻りがあるかと言えばむしろ逆だ。たゆまぬ基礎を重ねて重ねて、重ねてきた末の揺らがぬ剛の槍。
打ち合い続けても揺らがない体幹はガンドルフ卿のそれとよく似ていて――でも、だからこそ俺は彼女の槍が真似できない。
彼女の槍を真に無敵たらしめているのは、彼女の心なのだから。
その心を、俺は決して模倣が出来ない。
彼女の経験を通して、彼女の心を俺は叩きつけられている。
過去に何があったのかなど知り得はしない。その苛烈さの根源など到底予想の仕様がない。
でも、彼女は揺らがない。巌のように、自分の中に不動なる何かを抱えている。
「学んで、学び続けてしまったのですね。貴方は」
「自覚なんてなかったよ。ついぞありはしなかった、強くなることがいい事なんだと、無条件に思っていたさ。……それで許されるとは思ってない」
「私から、何かを学べましたか?」
彼女は何処までも静謐に真剣に真摯に、俺に語り掛ける。こうして切り結び合いながらも、刃ではなく言葉をかわそうとしている。
「……いいや、何も学べやしなかった。俺の失敗は今にして思えば、最初から明らかだったんだ」
「そう、ですか」
短く、反芻するようにグランドベル卿は言う。
「グランドベル卿、今振るってる剣は俺の剣か?」
「……」
「そういうことだ。俺は、真実借り物以外の何も持ち合わせちゃいない。リヒターやガンドルフ卿、クラウス、カーチスから奪い続けてきた。そうさ俺は、俺が編み出した者なんて何一つ、持ってないんだよ!!」
それは、自分に向けた怒りだった。
俺なんかよりずっと騎士になりたくて、剣を磨き続けてきた人がいた。尊敬すべき剣の師匠がいた。
そんな人々から剣を奪っておきながら、今こうして我が物のように振るい続ける俺自身を俺は心底から絶望して、嫌っている。
「相手が強いから、強くなりたいから学びたい、そう思っただけさ。ただ強いから学びたい。――俺は、そこに人の心を学ばなかったし学べなかった。だからこんな体たらくなんだ。業を学んでも、業を使う心がそこには無かったんだ」
自嘲する。自嘲しても俺の心が死んでも尚剣は冴えるばかりだった。
心を学ばず、心が死んでいく。当然の応報だった。
「……それでも、貴方は剣を握るべきです。握る、べきなのです。ロダン」
彼女は、そう静やかに言い放つ。
次の瞬間には、彼女は俺の剣ごと押し切って膝をつかせた。――俺の喉元に、槍を突き付けて。
あっけなく、聖女に狡猾なる詩人は敗北したのだった。
皮肉な事に、それはガンドルフ卿と初めて手合わせをしたときと似ていた。
観客の騎士たちは、静まり返ってからおお、と喝采する。悪名の立つ俺が負けた事が、それほどに喜ばしかったのだろう。
返す言葉は無かった。剣を奪い続けてきた俺に相応しい幕引きだったろう。
グランドベル卿は槍を引き、俺に手を差し伸べる。
俺は力なく、その手を取った。
……剣を握るべきだと言ったグランドベル卿の真意は、今もまだ俺には分からない。
話は、それで終わりだ。グランドベル卿の業ではなく、星でもなく、俺はその心に負けたのだ。
合同訓練からほどなくして――リヒターもまた同様の症状を発症した。……皮肉だが、聞き及ぶかぎりではリヒターが最後の発症者だった。
これで、俺が星辰光を交えた人間の全員が発症者となった。原因が、証明された瞬間だった。
ガンドルフ卿もリヒターも、恐らくは俺よりずっと練達者であったからこそ発症が遅れていたのだろうとそう今は推察している。
同時に、リヒターは最も俺と打ち合い続けてきた人間でもあった。
「……済まないな、ロダン。でも、もう少しだけ目をかけてやりたかったし贔屓だってしてやりたかった。黙っていて悪かった、確証はなかったが予想は出来てたんだ。……それでも、黙っていたのは俺がきっとお前を贔屓してたからなんだろうな。……団長失格だ、本当にすまなかった」
「そんな事、ない……! リヒターは俺を庇ってくれたんだろうが……! ガンドルフ卿も、自分の星が原因だなんて思い上がりだと言ってくれていた! 悪いのは、全部全部、俺だろうが……!!」
思えば、リヒターは発症の原因が俺ではないかと噂が立つ頃には、ほぼいつも俺の訓練に付き合っていた。
逆に言い換えれば、リヒターとガンドルフ卿は
それが、リヒターの心なのだと、俺は今更になって気が付いたのだから。
その強さだけに目を奪われて、訓練を望んだ愚かさの代償を俺はこうして払う事になったのだ。
剣を学んでも、心を学ぼうとしなかった――その結果がこれだった。
ほどなくして、俺はあの「少女」と出会い騎士を辞める事を選んだ。それが、アレクシス・ロダンと言う男の騎士物語だった。
AVERAGE: B
発動値DRIVE: A
集束性:C
拡散性:E
操縦性:AA
付属性:B
維持性:C
干渉性:D
経験模倣・憑依操縦能力。
相対する相手の実践経験を追体験しながら同時に自分の技術に取り入れ模倣し、同時に経験を簒奪する能力。
古来、人は書であれ剣であれ、先人の模倣から道を歩むものである。その究極系ともいうべき星の異能である。
ただし、殺戮の技巧をトレースする事以外の能力は何もなく、火や風といった特別特異な現象を発現させる系統の星ではない。
加えてこの星の持ち主はある意味において、誰よりも初心者でなければ使いこなせないと言える。自分の型というものを持たない、剣すらろくにそれまで握ったことのないロダンだったからこそ、素直に経験を取り入れそれを自分のものとする事が出来たのだと言える。
逆に熟練者であればあるほどに、自分の技術と他者の技術が競合し肉体に対する経験の不整合を生じさせる結果となるだけである。
欠点を挙げるとするならば、精神論やそもそもからして遥か追いつけない高みにいる技術は模倣する事は出来ない点であろう。
……加えてこの星で学べる事は強さのみである。他者の剣をその人間以上の完成度に仕上げてしまうと同時に、その研鑽を無意味であると突き付けられるに等しい星光でもある。