ひげを剃る。やはり社畜の俺が女子高生を拾うのはまちがっている。 作:ステ
第1話 訳あり女子高生
やはりこいつと腐れ縁なのはまちがっている。
そう思えて仕方がない。
「はちまぁん…はちえも~ん」
「誰がタヌキ型ロボットだ」
居酒屋に入ってもそのコートを脱ぐことはなく、指ぬきグローブを身に着けた手はジョッキを放そうともしない。あれは高校時代、懐かしい体育でペアを組んだのが運の尽き、こいつとの関係性は高校卒業まで続いており、現在務める会社でもよくペアを組まされる。
「男がいるなら最初からいえやァ!!」
「もう少し声抑えろ。言っても無駄だろうが」
むしろこいつの長所は、張りのある声くらいまである。それは言いすぎか。
しかし面接で受かったのも、それが大きかったと今でも思う。紛れもない中二病で、そしてコミュ症で、更には緊張にめっぽう弱くて、よくあの腹黒笑顔な面接官に立ち向かえたものだ。
「がんばってデートに誘ったのにぃ~」
「いや、4人で飯食っただけだろ」
会社の横のサイゼだったし。
緊張するから付いてきてほしいって頼んだし。
まあ、件の女子は、アニメ声優になってもおかしくない声の持ち主で、材木座いわく『中二病の匂い』がして、あどけなさが残る。だから、新入社員としてあの後輩女子はさぞちやほやされることだろう。ちなみに同行人は、高校から付き合っている性格イケメンだったらしい。リア充爆発しろ。
「はちまんはいいよなぁ~
由比ヶ浜殿、雪ノ下殿、それに妹君」
「あいつらは別にそういうんじゃねぇんだよ。
ていうか、うちの妹狙ってたのか? あん?」
それにしても、川崎の弟は、女子大生の小町と『ABC』のどこまでいったんだろう。
Aなら転生させる、Bなら轟沈させる、Cなら駆逐してやる。さあ、選べ、川崎大志ィ!
「男がいるなら最初からいえやァ!! さっさと結婚して幸せになれよ!!」
「おまえ、そういうとこはいいやつだよな……」
酔っ払いに絡まれたことはないが、ここまでめんどうなものだとは思わなかった。いや、まあ、全然酔ってないけど、酔った風を装ってうざいくらい絡んでくる、雪ノ下のお姉さんもいるんですけどね。今はもう頭が上がらない地位に登り詰めているけれど。
「……それにしても飲みすぎだろ」
酔えないのだから、酒の良さはよく分からん。
せいぜいカクテルのカルーアミルクを飲むくらいだ。
マッ缶はいいぞ~、徹夜のお供になる。メガシャキ
「はちまぁん、我らもう何歳だと思ってるんだ」
「今年の8月で、あー、24だな」
大学卒業して、もう2年も経つのか。
研修と残業に追われる日々で、気づけばもうそんな年齢だ。
「我らの同期にもすでに結婚した者もいる。我はこのまま取り残されていくんだ~!! あ、はちまん、ビール頼んでくれ」
「自分で頼めよ……」
泣き始めたと思ったら、一度けろっとして、緊張するからって丸投げしてくる。まあ、傷心状態のこいつに、女子と会話させると暴走しかねない。俺はしぶしぶ、the今時の女子大生って感じの人に、ビールとカルーアの追加を頼んでくる。
席に戻りつつ、ウェイっぽい大学生たちの声が耳に入ってきて。
ふと、京都のあの情景と、涙が思い浮かんだ。
あいつらが確か一番早かったと思う。驚いたし、確かに羨望も感じた。いや、まあ、海老名さんと戸部のやつが挙式するってんで、葉山のやつに連れ出されたせいで、貴重な有給休暇を使わされたことはまだ許していないけど。
あいつらは、あいつらの関係を守り通したのだ。
だから、羨望を抱いて、惨めに思えてくる。
「我は、ハーレム主人公に……」
その寝言は、最近流行している転生ものだろう。いまだに趣味として執筆活動は続けており、その熱意は冷めることはない。『いい大人が』と思うかもしれないが、世知辛いからこそ、理想の世界を夢見る。
もし、奉仕部の終わりが違ったものであったのなら。
そんなifを考えてしまう。
「人生やり直せるかっての」
店員さんから受け取ったビールのジョッキを勢いよく喉に流し込んだが、酔えそうになかった。その代わりに、『君は酔えない』と、蠱惑的な笑みを浮かべた雪ノ下さんの顔が頭に浮かんだ。
****
肩を大きく回す。
力尽きた材木座を家まで送るのは、まあ、腐れ縁としてサービスで奉仕してやるが、デスクワークで衰えた俺では、少々骨が折れる作業だった。だが、腐れ縁であるからこそ、どんな報酬を貰おうかと思うと、ニヤニヤが止まらない。
まあ、お互い、サイゼで奢らせるくらいの財力なのだ。
本音を言えば、PS5買わせたいくらいまである。
「うわっ、ゾンビ……」
思わず声を漏らした、そんな感じだった。
その声の持ち主を探すまでもなく、電灯に照らされている亜麻色の髪が視界に入る。
「あ、えっとごめんなさい……」
「いや、べつに……」
まずはキョロキョロとして、周囲に誰もいないことを確認する。このご時世、女の子に話しかけるだけで、おまわりさんのご迷惑をおかけしてしまいかねない。いくら女子高生が待ち伏せのごとく、電灯の下にうずくまっていたとしても、悪者扱いされるのは大人の男性だ。
「えっと。気にしないでください」
女子高生は俺にそう伝えただけで、うずくまった体勢から変化することはない。
俺は、この空気を誤魔化すがごとく、腕時計代わりのスマホを見れば、22時を表示している。塾帰りという線もあるが、それにしてはこの時間に女子高生が1人というのは不用心すぎる。
なるほど、家出か。
幼い頃の小町を慌てて捜したのも、もう思い出だ。
「ちょちょちょっと、なに通りすぎようとしてるんですか」
「いや、あれがあれなんで……」
どう考えても厄介事だ。
最悪おまわりさんこっちです、になる。
「おにいさん……たすけてくれませんか?」
「……袖を掴むな」
うるうるとした瞳と甘えるような声、そんな小悪魔にあやうく告白してフラれて、刑務所にぶちこまれる覚悟をするところだった。
「ぶー、いけず~」
「なんとでも言え。それに、貧乏な社畜にたかってもいいことないだろ」
少し強めに言葉を発すると、女子高生は肩をビクッとさせて縮こまった。俺は平均身長とはいえ、女子高生の彼女からすれば見上げているため、怖がらせてしまったかもしれない。
「おにいさん、もしかして頭いいかんじですか?」
「こうこう……これでもいっぱしの社畜だからな」
思わず言いかけたが、高校の話題は出すことを避けた方がいいか。
「まあ、あれだ。警察に送り届けるまではしてやる。知り合いに一応女性はいるから安心しろ」
夜って、交番開いているのだろうか。
まあ、川崎のやつなら何の予定もないだろう。
「お、女の人はちょっと……」
どうやら、そう簡単な事情ではないらしい。
ますます厄介事だ。
「じゃあ……」
戸塚……は、今は別の県にいるんだったな。
すごく会いたい。
「中二病で絶賛彼女募集中のオタク、それと、男勝りすぎて妖怪イキオクレ、どっちがいい?」
指で1, 2と、選択肢を示す。
葉山とか他のやつの、家も連絡先すらも知らない。
「悪いが、俺にはもう候補がいない。ボッチだからな」
「おにいさん、おもしろいですね」
クスっと微笑んだ女子高生は、なんとも『らしくて』。
どうしてか、あの2人の笑顔を思い出してしまって。
この読み合いにおいて、相手にリードを許してしまう。
「わたし、おにいさんがいいです。優しいですから」
その素の表情を、普段から見せていれば、好感が持てるのに。
素敵な何かをちゃんと持っている。
「別に、自覚はないんだがなぁ」
持つ者が持たざる者に慈悲の心をもってこれを与える。
食糧難で苦しむ人に対して食べ物の栽培方法を教える。
途上国にはODAを、モテない男子には女子との会話を。
人はそれを。
「いいか、これはボランティアだ」
お金を渡して、一期一会の関係にはできる。だが、果たしてそれは彼女のためになるだろうか。いや、再び、手当たり次第に、なあなあで闇雲に人と関わり、もがいてあがいて、そして傷つく。
今から俺がすることは、何度か彼女たちにいやな思いをさせ、そして彼女たちが感謝してくれた、最低な解決方法なのではないか。中途半端に関わり、表面上は上手くいったように思えて、しこりを残す。お互いに同意して家出娘を保護していたら誘拐事件として処理されていた、というのはよく聞く話である。
人が関わる以上、傷つけないことはない、そう先生は言っていた。確かにそうだ。
「泊めるだけだ。別になにもしないから、お前も何もしなくていい。ていうか、その、なにもしないでください」
「いや、ほんと小心者ですね。私が言うのもなんですが、自己保身といいますか」
クスッと微笑んだ。
ゆっくりと立ち上がり、お尻部分をぱんぱんとはたく。その短めのスカートは、俺の母校である総武高並みだが、それを着こなしている姿は、年相応だ。
「ちょっとの間、どうぞよろしくでーす」
この心底ほっとしたような表情、これがまだ自暴自棄になっていない証拠だろう。
だから、厚生、いや、変われるはずだ。
「...おう」
この女子高生の言う、ちょっとというのが、どれくらいの期間になるのか。たぶん、こいつ自身が分かっていないのだろう。