ひげを剃る。やはり社畜の俺が女子高生を拾うのはまちがっている。 作:ステ
第1話 お願いごと
『事実は小説より奇なり』とも言うが、最近流行りの異世界転生ものほど、奇妙奇天烈な体験はしたことはない。ライトノベルの主人公のように、ドキがムネムネな非日常を求めていた時期もあったが、あの頃は中二病を患っていたにすぎない。
平穏こそ至高。
ゴールデンウィーク、連休は家で過ごすに限る。
なんて、学生時代までの話だ。
この連休中、独り身代表として、不治の中二病のやつと一緒に職場に駆り出された。上司の家族サービスのために、若手は一肌脱ぐのだ。新入社員の頃からお世話になってきた身だけど、別に先輩方のためじゃないんだからね!
ちなみにガハマさんは、研修に追われる日々である。
あれはヤバい。意識高い系会話の日々、それある!
さて。
「ただいまっと」
雪ノ下が実家に戻るとかなんとかの話があって、それに、職場に近いこともあり、この高層マンションの一室を安く借りられた。自転車通学に慣れっこなので、電車通勤はしたくないでござる。
ともかく、大学卒業と共に、実家を離れて、俺の1人暮らしが始まったわけだが。
「おかえりでーす!」
元気よく高い音で、それでいて、聞き取りやすい、そんな返事が返ってくる。
リビングには、ほどよい味噌の香りが漂い、空腹を誘ってくる。肩のくらいの長さの亜麻色の髪を、後ろでお団子っぽくまとめているのだが、女子はああいうおしゃれってどこから学んでくるのだろう。
洗面所に行って、手を洗いながら、すでに緩んでいるネクタイを外す。
『帰る』というメッセージを送ったものの、俺に時間を合わせてくれて、驚くほど気が利いて器量もいい、家事もできる。それに、顔も悪くはない、むしろアイドル級だ。理由は不明だが、家出をして、北海道からこの千葉までやってきたらしい。
「座っててくださいねー」
そう言われるけれども、俺も何か手伝うことはないかと探し始める。すでに机の上には常温で冷しゃぶといったおかずが置かれていて、ご飯もつぎ終わっている。緑の入ったお味噌汁を、置いて、夕食が完成する。
「それじゃあ」
エプロンを畳み終わった、いろはが席に着いた。
「「いただきます」」
空腹で疲れた身体に、出来立ての夕食を作ってもらえる、たぶん、これが幸福なのだと思えるくらい、頬が緩む。そして、俺のそんな様子を見て、にへらと自然と笑えているいろはがいる。
どうやら、家事をする生活は充実しているようだ。
猫舌の俺には、このぬるいお味噌汁が心地いい。
「味噌汁、いつもより濃いな」
出汁もきいていて、ご飯が進む味だ。
おかわりしたくなるくらい。
「週末だし、ちょっと疲れてるかと思いまして。どうでしたか?」
やだ、いろはす、意識して調整してくれたらしい。
危うく、毎日味噌汁作ってと言って全力でフラれそうだった。
「おかわり、あるか?」
「はい、もちろんです」
いそいそと席を立とうとするいろはを手で制して、お鍋や炊飯器のもとへ向かう。鍋にあるままなので、温めることもできるが、夏は冷たいお味噌汁とご飯をかきこむくらいだから、つまりそのままでいい。
「あのー」
申し訳なさそうに、いろはが声をかけてきた。
「少し、お願い事が、ありまして」
「なんだ?」
なんでも買ってあげられるほどの余裕はないが、以前までよりは、懐は温かい。予備校で上手いことやって手に入れていたお小遣いも、妹の小町に使ってあげたことも多い、できたお兄ちゃんだ。
それに、ワガママを言えるというのは、少なからず信頼関係があるということだ。
いや、傍若無人という言葉が似合う、事あるごとに母校にちょっかいかけてきたシスコンとかいるんですけどね。まあ、あの人のワガママは、あれで、人心というものを掌握するのだから、ヘイトを集めることはない。
「バイトをさせてください」
「……バイト、ねぇ」
いろはが自立し始めていることは、まず嬉しく思う。
お茶碗とお椀をそれぞれの手に持って、席に座る。
「いやな、俺はいいんだがな」
無責任に、GOサイン出すわけにもいかないだろう。
嬉しさの反面、今の一応の保護者として、そして社会人として、どうすれば高校生段階でバイトができるのだろうと考える。俺が若い頃は、学校や親に内緒でバイトしていた知り合いもいた。今はたしか教師をやっているらしい川崎のやつが、その例だ。
「実際のとこ、どうなの。最近の高校生って、バイト」
「うちの学校は、まあ、保護者の許可さえあれば……」
社会的に言えば、俺は保護者でもなんでもない。
身分証明らしきものは、学生証の他に、保険証やマイナンバーカードがあればマシといったところか。ていうか、北海道の現役高校生を、働かせてくれるのは、よほどの千葉のお人好しだろう。
「……どうしましょう」
八方塞がりなことはわかっていて、俺を頼っているらしい。
残念ながら、雪ノ下建設で、高校生のバイトを募集しているとは聞いたことはない。年始年末なら、郵便局とか、高校生バイト募集しているのかしら。もしくは、高校生の新聞配達って今でもやる子いるのだろうか。
「一応聞いておくが、どういう系がいいんだ?」
「えーと、接客、とかしてみたいかなって」
料理もできて、掃除もできて、要領がよくて、ボッチとも会話できる。様々な職場に引く手あまたな人材であり、うちの部署で預かりたいくらいだ。どちらにせよ、未成年であり、現役高校生という身分は、今の社会では制度上、自立することが難しい。
いくら、本人が背伸びして、大人になろうとしていたとしてもだ。
「まあ、知り合いがいるバイト先はいる。近くのコンビニでな」
「えっと、私的には、結構アリだと思うんですけど」
俺個人としては、結構きついイメージがある。
「俺も、大学のとき、バイトの候補としては考えた」
まず第一に、常に接客業であることがボッチにはきつい。また、年中無休である以上、どんどんシフトを入れられて、気づけば深夜から朝にかけて、働くこととなる。そのどちらも、いろはは対象外であるけれども。
「なんとなく、忙しそうだろ、コンビニ」
「まあ、なんとなく」
仕事の種類が最近ますます増えているだろうことは、見ているだけでも想像がつく。そして、同僚として、気の進まないシフトを組まされることもあるだろう。今のいろはの、心に余裕があると決して言えない状態で、果たして誰も彼もと、上手くやっていけるかどうか。
「同僚とか、人付き合いも結構ありそうでな」
「そこは大丈夫ですよ。ちゃんと、扱いやす……頼りになる先輩を、しっかり見つけてきますって」
雪ノ下が呆れるような考え方だが、俺好みの答えだ。
少しずつ、人とのコミュニケーションを練習していけばいいと思っていたのだが。俺なんか、受動的な人間厚生を奉仕部でやっていたけれど、いろはは『変わろう』という気概があるらしい。もっと、今や過去の自分を認めてあげればいいのに。
「ん-、まあ、お仕事内容とか、調べてみます」
「ああ。ゆっくりお考え」
再び、お茶碗を手に持って、ご飯を口にかきこんで、ぬるい味噌汁でお米をほぐす。高校時代とか、固くなりやすい冷や飯に飽きた頃には、インスタントの味噌汁でこうしていたものだ。職員室の平塚先生にお湯をもらいにいけばいいし。
「……ゆっくり、か」
何かを考えごとしているいろはも、お箸を握って。
ハッとして、こっちを見てくる。
「あっ! もしかして今、私のこと心配してくれてるんですか。頼れる人が他にいないだけで ぶっちゃけ重い自覚もあるんで もっといい人見つけてください。ので、ムリですごめんなさい」
「えっ、いや、なんだって?」
難聴系主人公になった覚えはないが、ほとんど聞き取れなかったため、しどろもどろな返事をしてしまった。とりあえず、頭を下げていることから、何かを謝罪していることはわかる。
「あっ、気にしないでください、はい」
「そうか。……そうか?」
ごくごくと、キンキンの麦茶を飲んでいる。
あれだけ喋り続けていたから、酸欠にもなったのだろうか。
「あ、そうだ! バイト先のお知り合いさん、どういった関係なんですか? 女子ですか?」
ニコニコと、顔の前で手のひらを重ね合わせた。
なんだか、意識高い系質問だ。
「女子ではあるな」
「ふむふむ。それで?」
さて、どう説明したものか。
「ボランティアで会った年下の知り合い。今、たしか大学生だったはず」
鍵アカで、バイトを始めるのだと近況報告していたので、ファボリツ同時猫を送っておいた。雪ノ下が衝動のままに描いたイラストだ。お互い、SNSとは無縁の生活だったが、数少ない繋がりを持続することには役立っている。
「そうですか。けっこう、楽しみになってきました」
幸せそうに、いろはは食事を再開する。
その食事量も、最近は増えてきた。
「ああ。連絡とっておく」
俺も、食事を再開した。
こうして、少しずつ変化しながら、いろはという女子高生との奇妙な同居生活は続いている。