ひげを剃る。やはり社畜の俺が女子高生を拾うのはまちがっている。 作:狩る雄
(間に合わず、遅刻しました)
私事ですが、『#いろはす水源ストーリー(コラボ小説)』の第二弾を読みましたし、『4月20日発売の俺ガイル14.5巻』も予約済みです。
桜色や紺色のスニーカーが綺麗に揃えられている。
それぞれ、小町とルミルミか。
靴箱の中に入っている、いろはの靴は結構年季を感じるものだ。だから、お買い物リストに入れておいた。そりゃあ、北海道から千葉まではるばる来たのだし、『それある!』と脳内の折本さんも言っている。玉縄のやつは、まだアプローチをかけているのだろうか。知らんけど。
「ただいま~っと」
大学時代から使ってきた、この革靴も、最近いろはが磨いてくれたようで、まだまだ現役でいられるだろう。オフィスでは履き替える俺とは違って、こういうのを履いて、外回りをする社会人の方々はご苦労様です。
さて、サプライズのために買ってきたものを、涼しい玄関に置いていく。あとは、バレないように、自然を装うだけだ。こういうことは、主に由比ヶ浜主導で、度々行われているが、いろはにとっては初めてのことだ。
ネクタイを緩めつつ、リビングに向かえば、お肉の香りが漂っている。帰宅する予想時間を伝えたとはいえ、ベストタイミングになるように、準備してくれたようだ。
「お兄ちゃん、おつかれー!」
「おつ」
「おかえりでーす!」
実妹・後輩・居候、女子3人も揃うと姦しい。
「おー、おまたせー」
「いいのいいの、お兄ちゃん手洗ってきてねー」
ここはマンションの中でも高層に位置していて、よほど羽目を外さなければお隣さんのご迷惑にならない。そのため、実家暮らしの雪ノ下姉妹や由比ヶ浜、更には葉山グループなどなど、雪ノ下が住んでいた時期からよくここを溜まり場としていたため、パーティーに使えるような家電は揃っている。
たこ焼きもチーズフォンデュも、2度ほどやったきりだ。
お互い働き始めてから、外食のほうが多い。
「いい香りですねー」
「溢れそうなんだけど」
「さすがは小町、具だくさんだな」
「まーね、お母さん直伝だし」
焼き肉、豆腐、白滝、ネギ、白菜などなどを、割り下にぶち込んでしまう。通称、潜影蛇手。
丁寧に作ろうとすると、鍋奉行という名の労働者が出てしまうのだが、こうすれば、全員同時に食べれる。それに、特売や割引といった付加価値は、なぜか美味しく感じるのは、かーちゃんの教育の賜物だろう。
さて、4人で『いただきます』をしてから、競うように、鍋に箸を伸ばした。
この美味さには、ご飯が何杯でもいけるが、そこはあれだ、女子や成人男性の悩みというやつで、憚るものだ。だから、おかずのみ大盛りのできるお店には何度もお世話になった。代わりに、10個入りの生卵なんて、すぐになくなってしまうだろう。
ゆで卵をいっぱい食べることが健康の秘訣です、というようなことを言った、バンドウさん?は、今もお元気なのでしょうか。
「ウマすぎて、ウマになりそうだ」
「八幡、サムい」
「小町もお兄ちゃんも、一番のヤツ、あんま飲まないけどね」
ルミルミやいろははまだ未成年だから、遠慮というわけではなく、俺も小町もお酒はあまり飲まない。むしろ甘党な気質があるので、その界隈ではジュースと呼ばれるような、カクテルしか飲まない。といっても、あれは家で自作よりは、そういう雰囲気の店で飲むから、美味しいのだろう。
ていうか、こういう食事に、冷たい水こそが、胃に優しいと感じ始めている。たまに、『マッ缶』と『いろはす』で、自販機の前でうんうんと迷ってしまうくらいだ。こってり系ラーメンのなりたけにも、あれほど平塚先生と通っていたのにな。
「どうだ、美味いか?」
「はい、おいしいです」
はらりと頬へ落ちる、柔らかそうか髪を、細くしなやかな指先でそっと掬って耳にかけて、いろははこちらを見やる。ふにゃりと脱力した頬、満足感たっぷりな表情、そんないろはは、CMやコラボ商品に出たら大人気になりそう。
「バイト、どうだった?」
「なんか、大変でした」
くしゃっと笑みをこぼし、少し疲労を感じさせる表情。
「それだけ、ちゃんとやったってことだ」
「なんですか、褒めても何も出ないですよ」
視線を少し逸らして、食事を再開する。出会った頃は、小食すぎると感じさせるほどだったが、今のいろははどんどん箸を進めている。
まあ、食べながら、『タバコの種類多すぎ』だの、『レジ袋いるかどうか聞かなきゃいけない』だの、そういうことを漏らしているが、辞めたいという言葉が出てこないあたり、いろはの真摯さが窺える。ほら、いっぱいがんばっているからこそ、疲れや愚痴は溜まるものだろう。
ていうか、バイトの先輩であるルミルミも同調して、珍しく口数が多いし、小町も過去のバイト経験を語る。年代は別々だが、いわゆる社会人同士の飲み会っぽくて、たぶんこれが大人の女子会というやつなのだろう。大人になっても、女子はもっと恋バナをするものだと思っていたが、そういうのは旅行先でやるものなのかもしれない。
「お兄ちゃんお兄ちゃん、そろそろ」
「ああ、このタイミングなのね」
耳にこそこそと話しかけてきたが、こういうのはいつも由比ヶ浜や小町に従うだけだ。ほら、俺とか、空気を悪くすることに定評があるし、手癖とか間とか性格とかも悪いって自覚しているし。
いそいそと席を立ち、玄関に置いてきたものをとってくる。
「えっと、もしかして……?」
どうやら、小町が1ヶ月遅れになったこととか、伝えていたらしく、いろはは驚きで、きょろきょろしている。誕生日を知ったのはいろはと連絡先交換した時で、小町と計画したのだって数日前だ。
「えっ、あの」
「誕生日おめでとさん」
「おめでとー!!」
「おめでとう」
このために、仕事終わり、予約したショートケーキを取りに急いだ。といっても、この3人娘も、ケーキ作りはお茶の子さいさいなので、少々、値が張るお店だ。
さらに、プレゼントとして、薄黄色と白色の混じったスニーカーだ。黄色と白の組み合わせって、小町的にポイント高いらしいし、いろはっぽいし。
「それに、ここに来て1ヶ月くらいじゃん?」
「バイト祝いも兼ねてる」
いろはの現状、バイト先への交渉、ルミルミもいつの間にか立派な先輩らしい。俺からすれば、今まで最年少の知り合いだったため、大学デビューを果たした女子大生といっても、まだまだ過保護になってしまうけれど。
「私、これでも結構鋭いんですが、なんか、自然でした」
いまだ驚いたままの、いろはは、飴玉が入るくらいに口が開いたままだ。
我ながら、ここ数日はバレないようにすることに苦労した。ほら、サプライズを知ってしまったときとか、めっちゃ気まずいし。ソースは、教育実習の際に、色紙製作をちらっと見てしまった俺。
「最近、新しいことがいっぱいのせいですね」
「……ああ、そうかもな」
「さっ、ケーキ食べよ!」
「お皿、出してくるね」
にへらと笑う顔、困ったような顔、その中間のようで何か含みを感じる笑顔、その表情がなんだか気になったとはいえ、いろはの嬉し涙や、小町やルミルミの祝福ムードというべき雰囲気にのまれる。
喉元まで出かかった言葉は、なんだ。
誕生日を祝われること自体は、嬉しそうだが。
「きゃー、美味しそうー!」
「うん、綺麗」
「こういうの、別腹ですよねっ!」
コーティングされて、ツヤが出ているイチゴ、たしかナパージュって言うんだったか、高級なケーキはそれで見た目が良くなる。そんな風情のないことを考えつつ、俺は、上品さを感じさせるケーキを口に含んだ。
まあ、甘さと美味しさで唸っている女子たちに、少し軽くなったお財布も満足だろう。そんなことを考えつつ、難しい顔を見せないように、自然のままでいるように心がけた。