ひげを剃る。やはり社畜の俺が女子高生を拾うのはまちがっている。   作:ステ

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第3話 朝食

 昨晩は酒を飲んだにも関わらず、目覚めがいい。

 酒に強いし、材木座ほど飲んでいないが。

 

 覚醒してきた頭の中に、亜麻色の髪の少女が思い浮かんだ。思い立ったが吉日と言うが、俺はテキパキと部屋着に着替えて、こっそりと洗面所に行って、髭を剃る。

 

 『いろは』という珍しい名前から、捜索願いが出ているならすぐに分かったはずだが、まったくヒットすることはない。行く先のわからない苛立ちを感じつつ、そのまま寝落ちてしまったようだ。

 

 時計の針は8時を示しており、会社に行くのなら遅めの時間だが、大学時代を考えるとあり得ないほど早い時間だ。土曜出勤を通告させるかもしれないスマホには、今日は連絡がないことにホッとする。

 

 さて、平和な土曜日、今日はどう怠惰に過ごすか。

 

「おはようございまーす!……あれ、起きてた

 

 制服のブレザーの上に、パンダのパンさんがプリントされたエプロンを身に着けたその女子高生は、いろはで、どうしてか俺の寝室に入ってきた。あれだけ警戒心を見せていた少女が、だ。

 

「……おはよう」

「あの。おにいさんの妹さんって、こうやって毎朝起こしているのかなって思いまして……」

 

 図星ではあるんだけどな。

 でももう1人で起きれるもん!

 

「仕事の日じゃなかったら、昼まで別に起こさなくても構わん」

「あ、はい。わかりま、した」

 

 ぎゅるるると、小さな音が耳に入った。

 恥ずかしそうに、子どもっぽく笑った。

 

あはは……お腹が空いちゃったのもあります」

 

 いろはは、どうやら律儀なところがあるらしい。

 制服のままだったり、まだ何も口にしていなかったり。

 

「……朝からご苦労さん」

 

 小町のやつも自分の服だって、ちゃんと女子ならば着られたとしても気にしない。むしろ兄である俺の古着を、部屋着にするくらいにはサバサバした性格だ。

 

 まあ、自分の領域で勝手なことをすると、怒る男性もいたのかもしれない。俺も父ちゃんも、小町と母ちゃんに侵略されてばかりだったけれど。

 

「あの、いろいろ勝手に使っちゃったんですけど。本当によかったですか?」

「女子に手料理を作ってもらえるんだ。世間の男はいくらでも台所を貸すだろうな」

 

 そう答えると、嬉しそうにリビングまで降りていった。

 

「さて、かつての専業主夫志望として、お手並み拝見……」

 

 インスタント味噌汁さえ用意されていれば、ちゃんと褒めてやろうと思う。サトウのご飯を用意していれば、べた褒めするつもりだ。冷凍食品でもいいから、おかずがあれば100点満点だ。

 

 前言撤回。

 いろはすってば、もうお嫁さんになれる。

 

「い、いただきます……」

「はい、召し上がれ、です」

 

 ご飯、具の入った味噌汁、焼いたウィンナー、ほうれん草の胡麻和え、それに、形の整った卵焼き、まさしく栄養バランスも見た目もばっちりの、お手本のような朝食だ。

 

「いろは、料理できたんだな」

「えー、失礼ですね。これくらいばっちりできますよ」

 

 小町や雪ノ下レベルにすでに達しており、ようやくまともになってきた由比ヶ浜がこの領域にまで達するに、あと3年は雪ノ下式訓練が必要だろう。ところどころ既製品や冷凍食品もあるが、工夫を行っていることが見て取れる。それに、生鮮食品が少ないのは、俺の冷蔵庫の中身のせいだろう。

 

「朝から、その、大変だっただろ?」

「うーん、まあ、そうですね~」

 

 穏やかな顔をして食べているいろはに思わず、声をかけてしまい、そのお箸を動かす手を止める。

 

「でも、おにいさんのことを考えながら作ると、楽しいって思えました。こういう気持ち、久しぶりです」

 

 これくらいの卵焼きの甘さが、俺の舌には合うものだ。

 

「……あざといし、狙いすぎだ」

 

 あやうく、『毎日お味噌汁を作って』と言いかけた。

 家出が飽きるまではそうしてくれるだろうが。

 

「あざとくないですし、別にさっきのは狙ってなかった、です

 

 そう言い残して、再び黙々と食べ進める。

 美味しそうに、穏やかに、いい食べっぷりだ。

 

 衣食住の、食と住が確保されたので、あとは『衣』か。小町の服を貸そうとしていたんだが、どうにもそこは遠慮するらしい。もちろん、女子大生ということもあるので、サイズの問題もあるだろう。

 

 というか、最大の問題は下着、なのだろうか。

 確かに俺はたとえ同姓だとしても、他人のものは嫌だな。

 

「ごちそうさん」

「はい、お粗末様でした」

 

 先に席を立ったいろはは、テキパキと食器をキッチンへ持っていく。『これは私の仕事だ』と言わんばかりで、家主の俺は彼女のサポートに入るしかない。鼻歌を歌いそうなくらいに、家事を楽しそうにやっているのだが、少し手荒れのある指が目に入る。

 

「あっ、そういえば、なんですかあの缶コーヒーの量」

「缶コーヒーじゃなくて、マッ缶な。俺の燃料みたいなものだ」

 

 冷蔵庫を開けると、整理整頓された様子に思わず、感嘆の声が出る。

 マッ缶も綺麗に整列しており、ちょっとしたお小言を貰ったけれども、その数は多いままだ。

 

 食後のMAXコーヒーが、さらなる幸福感をくれる。

 

「今日、服を買いにいく。いろはのやつな」

「えっ」

 

 お皿洗いを終わらせ、丁寧にエプロンを畳んでいるいろはに、昼の予定を伝える。

 

「あれだ、お小遣いってやつだな」

「で、でも……」

 

 どうやら、遠慮がちらしい。

 どれくらいの期間いるか分からないが、必要投資だろう。

 

「じゃあ、あれだ。少し早めか、遅めの誕生日プレゼントってことで」

……ほんのちょっとだけ、遅いですね

 

 とても驚いた様子を見せて、そして俯いた。

 

 小町を考えると、女子はこういう話には飛びついてくると思ったのだが。いや、小町は小町で、いろははいろは、か。

 

「ここまで良くしてもらっちゃったら。

 どうやって恩返ししたらいいのか分かんないよ」

 

 もはや癖になっているらしい敬語もそこにはなく、制服の袖で目元を抑える。『分からない』と言って初めて涙を見せた雪ノ下の姿がどうしても重なってしまう。もしかすると、今もあの時も『恩の押し売り』で、偽善に酔っているのかもしれない。

 

「わたし、なにやってるんだろ、みんなにめいわくかけて」

 

 うまくやることが、社会に適応することが、いろははできていると思っているようだが、嫌なことから逃げ続けているだけだ。たった1日の安心感を得たところで、立場も精神も不安定で、この安寧が明日も続くとは限らない。

 

「わたし、さいてい」

 

 相手のことを『完全に理解して安心していたい』、そんな独善的で傲慢な思いを、俺もいまだに抱いている。

 だから、『本物』を求めてあがいている、そんないろはを放っておけないと思った。

 

「この時間が全てじゃない。でも、今しか出来ない事、ここにしかないものもある。いろは、今なんだ」

「……じゃあ、どうすればいいんですか?」

 

 確かに、解答例は与えることはできる。

 それくらいの大人には、今はもうなっている。

 

「正解は与えられない。自分で。考えてもがき苦しみ、足掻いて悩め」

「……きびしい、ですね」

 

 どれくらいの時間がかかるか。

 そもそも俺に『ただ側にいるだけ』以外できるのか。

 

「だから、俺が、みんなが、手伝ってやる」

 

 いろはを1人残して、リビングを出る。

 そして、数少ない連絡先、その1つをタップした。

 

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