ひげを剃る。やはり社畜の俺が女子高生を拾うのはまちがっている。 作:ステ
原作を知らない方も読んでくれているようで嬉しいのと、読んでても読んでなくても面白い作品を書こうと頑張ろうと思います。これは私事ですが、カクヨムと漫画の知識しかなかったため、単行本を購入いたしました。4月にあるアニメも楽しみにしているので、とうぶんは熱が冷めないと思います。引き続きよろしくお願いいたします。
実妹より年の離れた、女子高生の居候ができたが、俺の生活は大幅に変わるわけではない。大学時代も実家通いであり、妹の小町が甲斐甲斐しく世話を焼いてくれていたため、その時間に戻ったかのようだ。
高校時代は『働きたくないでござる』なんて言っていた俺は働きに出かけ、専業主婦見習い修行中のいろはに、お留守番と家事を任せることになる。高校時代の俺からすれば、今のいろはが理想の立場で、俺が妹以外の誰かを養うだなんて想像がつかないだろう。
まあ、いろはがいるのも期間限定のことである。
もし年末ジャンボ宝くじで一攫千金を取ったら、仕事を辞めて、仕事大好き人間見つけて結婚しよう。いや俺、結局専業主夫目指しちゃうのかよ。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
休日明けの月曜日の早朝、過ごしやすいスウェットを着たいろはと共に食卓につく。
ちゃんとした朝ごはんを食べて仕事行くなんて、いつぶりだろうか。
だが。
「へぇー、ひきがやさん、トマト嫌いなんですね」
「嫌いじゃない。苦手なだけだ」
トマト食べると、おえってなるから。
カレーに入ってるならヨシ!
「それ同じ意味じゃ……
んー、甘くて美味しいのに」
俺の皿から指で取ってくれたプチトマトを、小さく潤った唇の奥に入れる。口の中で遊びつつ、ゆっくりとかみかみしているようだ。いちいち仕草があざとい。かわいい。
もし同い年でクラスメイトだったなら、勢いで告白してフラれちゃいそうだ。フラれるまでがワンセット。青春わんだほーい。
「どうかしましたー?」
おっと、またボッチの悪い癖が出ているらしい。
もし話しても滑るだけだから、ボッチで心の中であれこれ考えて『ふひひっ』とかしちゃうとこある。隣の席の太郎ちゃんだったか花子ちゃんだったかに『キモッ』って呟かれたのは忘れていない。
「いや、あれだ、トマト好きなんだな」
「んー、まあ、たぶん?」
好き嫌いについて、いろははあまり見せない。もちろん、いろは自身が料理していることもあるが、栄養バランスうんぬんより、彩りや食感のためなのか、料理にちゃんと野菜を入れてくる。たぶん料理については、小町より雪ノ下タイプだといえる。
「あっ、ひげ」
「んー、明日剃るつもり」
半熟な目玉焼き、お茶碗のご飯、そんなベストマッチをかきこむ手を止め、自分の顎をさわるが、まだ許容範囲だと思う。『明日やろうそうしよう』で誤魔化す。
来客対応や、『なんかヤバいですね☆』の地位の上司に会うのならともかく、今日はそういう予定はない、はず。
「てか、寝癖もですよ」
「えぇー……今やるのかよ……」
いろはは完全に食べる手を止め、俺の背後に回って、手櫛をかけられる。
よしよしと撫でられているようで、俺の天然もののアホ毛が滑らかになっている気がする。
「もうちょっとしたら、お仕事行かなきゃですもん」
「あー、もうこんな時間か」
俺はもうダメ人間卒業したと思っていたけれど、また戻ってしまいそうだ。いろはったら、家計簿まで作るくらいには、すでに主婦適正が高い。これだったら進路指導の際の平塚先生も『専業主婦、ヨシ!』って認めてくれそう。
「はい。だから、そのまま食べててください」
「はいはい……」
だが、あくまでここは借宿であり、奉仕部の部室のようなもので、いろはもいつかは一人立ちしなければならないのだ。あまり俺から入れ込みすぎるのも、しこりが残る。
「なんというか。オッサンになったって感じがしてきた」
「大人って感じはしますけど、まだまだ若いと思いますよ。うんうんほんとに」
細い指で、髭の剃り残しのある頬っぺたを、ぷにぷにつつかれるのだが、手加減がありがたく、あまり不快感はない。
「いやな、二十歳になったばっかの頃は、髭がちょっとでも伸びてきたら気になって剃ってたんだ。剃り残しがないかめちゃくちゃ気にするくらい」
「へぇー、男子もそんな感じなんですねー」
再び自分の席に戻ったいろはは、手を洗うこともなく、お箸とお茶碗を持って相槌を打った。
大丈夫?お手々に比企谷菌ついてない?
「まあ、あれだ、『髭を剃るのが面倒になる』のがオッサンなんだな」
いや、いろいろとオッサンっぽいところ昔からあったけれどね。猫背とか。
今日も朝早くから作り始めてくれた、出汁の効いた味噌汁を、喉に流し込んだ。マッ缶の甘さとはまた違った旨味があり、ほどよい味噌の香りが、実は毎朝の楽しみになっている。
「ごちそうさん」
「はい、お粗末様でした。歯みがきしてきてくださいね」
母ちゃんかよ。
いや、俺の母ちゃんは朝から味噌汁なんて作らないけど。まあ、共働き家庭だからしょうがないところはある。まだ小学生だった小町と俺に、毎朝牛乳とトーストを用意してくれるだけで感謝だった。今年の『母の日』は何をあげようかしら。
いろはには、そういう保護者は、いたのだろうか。
そう考えつつ、鏡を見ながら、髭を剃った。
「うん。やっぱり髭を剃ったほうがいいと思います」
「はいはい。いってきます」
いってらっしゃい、と送り出してくれるいろはは、今は確かに幸せそうだった。
*****
「……行っちゃった、か」
いまだ食べかけの朝ごはんを置いたまま、私は高そうなソファに寝転ぶ。
あれはもうお昼ご飯にしよっと。
「あーもう、また増えてる」
スマホに大量の通知が来ており、今からこれをちょっとでも消費しなければならない。
3日間もリプしてないものだったりある。
「あー……」
最近やってなかった自撮りをしようとしたんだけど。
この部屋を、この景色を、大事にしたい。
『俺は、綺麗なものは、綺麗なままにしておきたい派なんだ』
あの人といると、ほんと調子くるう。
こんなの初めてだ。
「まあ、カーテン閉めて、電気消したら、いいかな……」
さすがに撮らないと、心配させちゃう。
こんな私でも『かわいい』って褒めてくれる人が待っている。
*****
今日も今日とてデスクワークが続く。
大量のメールの返信をあれこれしながら、電話が来たら応対しなければならない。カテゴリーが建設業だけあって、なかなかな威圧感ある人からも連絡がくる。
メンタルが小破して、『ひぇ~』ってなったことも何度かある。
来客対応なんてしなきゃならない日には、場合によってはなぜか俺が頭を下げなきゃならない時もある。
「ね、ね、ヒッキー、これで合ってる?」
「比企谷センパイだ。それか、比企谷サンダ」
サンダー?かみなり?とあれこれ首を傾げているが、やっぱり伝わらないものってあるのだろうな。もうこのネタも古いし、俺もおっさん世代かしら。
「ヒッキーって教え方丁寧なのに、たまに変なこと言うよね」
「気にしてくれるな」
まあ、空気を読むスキルが上手いこと昇華した由比ヶ浜だからこそだろう。俺たち以外にはちゃんと敬語を使うし、周囲をあらかじめ確認した上だ。
ていうか、職場だと先輩後輩の関係だけど『おな高』じゃん、というのは由比ヶ浜談。
さて、2年勤めあげた俺ですら、『おえっ』てなるくらいの数字の羅列だ。経理業務について、責任ある仕事であるが、ミスは起こりうるものだ。
何度、俺は上司たちから叱られたことか。
まあ、合ってるんじゃねぇの。ヨシ!
「材木座、チェック頼む」
「お、おう、任された...」
隣にデスクに積み上げられたタスクよりも先に、チェックさせる。お世辞にも要領がいいとは言えないが、その分仕事が正確なのは確かだ。
「いやー、もう、私も仕事できちゃう系じゃない?」
飼い犬のように待っている由比ヶ浜は、ブルーライトカットのためにかけている眼鏡をクイクイしている。
「自分から仕事するようになったらもっとだな。まあ、予想より早く終わったんじゃないか」
「……ヒッキーが褒めてくれるの、めずらしい」
照れたように、相変わらずのお団子頭をくしくしとしている。鞭もないけど、飴もない先輩でごめんね。
「あっ、てかヒッキー、今日はちゃんと髭、剃ってきたんだ。それに寝癖もないや」
「なんかそういう気分だっただけだ」
そういう由比ヶ浜の見た目も、もうビッチとは呼べない清楚に満ち溢れている。中身はいい意味で変わってないのだけれど。
以前まで、もはやピンクくらいには茶色に染めていた髪も、就職活動以降はちょっと茶髪といったところだ。まあ、ピンクに幻視してしまうくらいには、似合っていて見慣れたものだった。
「八幡、ここは桁が合わなくないか?」
「んー、あー、そうだな。」
俺もまだ、一人前とは程遠いらしい。
お礼に材木座の仕事を少し手伝ってやることにする。
仕事が一人でできるなら、効率よくボッチでやるのだが、まだまだ詰めが甘いところがある。教育係として指導してくれた先輩には、材木座ともども耳にタコができるくらいには叱られた。材木座と俺が今も仕事を真面目に続けているのは、飴と鞭の使い分けがいい人だったからだ。
「らしいぞ、由比ヶ浜」
「は~い!」
由比ヶ浜は自分のデスクに、トテトテと戻っていく。
俺もオッサンになったと思っていたが、この部屋でドンッと座って、目を光らせている我らが首領には、まだまだ子どもに見えるのだろう。
俺たちがこうやってちょっとした雑談していても、微笑ましい表情で、自分の髭をなぞっている。
あの人こそ、髭が似合うおっさんだよな。