ひげを剃る。やはり社畜の俺が女子高生を拾うのはまちがっている。   作:ステ

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第6話 千葉のサイゼリヤ

 お昼休み。

 

 デスクワークということで、その気になれば溜まったタスク消費のために、休む暇もなく食べながら働くやつもいる。メリハリのメリとハリがあまりない俺も、片手間に食べる程度で満足することも多い。残業は少しでも減らしたいこともある。

 

「あっ、ゆきのんきたよ!」

 

 キャリアウーマンだの、デキる女だの、そういう代名詞があてはまる人物がやってくる。それに、部署に関係なく、『社長令嬢』として有名人であり、ちょっと出歩くだけで視線を集めてしまう。

 たぶん内心うんざりしているながらも、威風堂々を崩さないことは流石と言える。

 

「あら。今日はあなたも呼び出されたのね」

「ああ。掴み出された」

「今日はみんなタイミング合ってよかった~」

 

 締め切りに追われている材木座には、まあ、コンビニスイーツで糖分を補給してやろう。

 

「なんか高校時代に戻ったみたいだね!」

「別に昼は一緒じゃなかっただろ」

「私を毎度呼び出す、という点では合っているわよ」

 

 平社員の俺はともかく、電話1本で呼び出すことのできるガハマさんは凄いし、電話1本で来てくれるゆきのんさんはチョロい。さて、昔から体力のない雪ノ下だが、今は顔色は良さそうだ。

 

 去年の年末とか、目が腐りかけていた。

 雪ノ下は、お世辞にもコミュ力高くはない。

 

「……なにか」

「……なにも」

「ねっ、今日どこ行く?」

 

 現在午後の1時、会社の食堂はまだ恐らく混んでおり、並ぶことも億劫だ。このビルの付近にはちょっとお高そうなレストランがあるが、懐に余裕がある人の多いそこに行くとなると、『襟を正す』必要がある。

 

「サイゼでいいだろ」

「ええ。そうね」

「いつもそこじゃん。まあ、美味しいからいいけど」

 

 2人が隣り合って歩いていくと、舗装された道路を叩く音が軽快に鳴る。春風に押されるように、俺はゆっくりと追いかける。

 

「今日ねー、ヒッキーが褒めてくれたんだよー」

「そう。比企谷君も誰かの教育係をこなせるのね。それに、由比ヶ浜さんが何か大変なことをしでかしていないようで、何よりだわ」

 

 天気が良すぎて、俺は鼻の付け根を軽く抑える。

 日光に照らされた黒と桃色のパンプスが目に入った。

 

「えー、ちょっと桁まちがえちゃうくらいだって」

「それは、最大限に気を付けてほしいのだけれど」

 

 外食するとしたら、無難な選択肢はファミレスか牛丼屋になる。早い安い美味い。まあ、サイゼリヤはサイゼというカテゴリーで、千葉のサイゼは聖地にあるサイゼリヤだから、特別感がある。

 

 なんて、考えていたら、あっという間に目的についた。

 ちょっとした散歩という距離だ。

 

 たぶん大学生らしきアルバイトに案内され、何も言わずとも禁煙席に通された。といっても、最近のサイゼは全席禁煙となっているからだ。相変わらずその距離が近い由比ヶ浜と雪ノ下が、続いて俺の目の前に座った。

 

 俺の分まで氷水を持ってきてくれたようで、2人ともほんと気が効くよね。俺は席を確保することをがんばりました。

 

「ゆきのん何にする~? サラダとかシェアする?」

「チキンか、小エビ、かしら?」

 

 1つのメニューを見せ合いっこする光景も、見慣れたものだ。メニューを暗記するほどには通っている俺は期間限定や季節のメニューを見るだけでいいから、まだメニューは余っているのだが。

 

 さて、おなかぺこぺこの『ペコリーノチーズたっぷりローマの名物パスタ』は気になるが、にんにくの文字で注文することを断念した。大盛りかつ『追いペコリーノ』とか、我がMAOも満足するくらいだろう。

 

 今度、いろはを連れて来ようかしら。

 お昼ごはん、ちゃんと食べているといいんだけれど。

 

「ヒッキーは決まった?」

「ん? カルボナーラ、それにプチフォッカだな」

 

 頭の中に保存されたグランドメニューの中から、気分で選択した。料理が来るまでの待ち時間に見ても楽しいくらいにはカラフルで良デザインになっており、電子カタログについついブクマつけたくらいだ。

 

「あっ、すみませーん」

 

 ドリンクバーは入り浸る原因になり兼ねないので、休日以外は基本頼まないようになった。

 由比ヶ浜があれこれ頼む光景を、俺はぬぼーっと見つめるくらいだ。紅茶セットも手元になく、雪ノ下も手持ち無沙汰なようだ。

 

「ゆきのん、最近調子どう?」

「大丈夫よ。姉さんもちょっかいをかけてこないから」

 

 雪ノ下建設は、ある程度は同族経営や家族経営に当てはまる。

 というか、まずお姉さんのことを気にかけるあたり、雪ノ下も家族大好きちゃんだ。

 

 実質、跡取りとして扱われている雪ノ下のお姉様も超優秀だが、会食だの会議だので、忙しい時期は流石にきつそうだ。妹様に過剰に会いにいったり、俺と平塚先生をバーに連れ回したり、そういうことをするのはイライラしている時だ。もちろん普段もよく顔見せるけど。

 

「今は結構落ち着いているな。だが。年末とか年度終わりとか、覚悟しておいたほうがいい……」

「そうならないよう、去年は予定をどんどん前倒しにしたはずなのにね……」

「あはは……」

 

 年末は、雪ノ下姉妹共々、目が腐りそうだった。

 社長は完全に目が腐っていた。

 無事だったのは、雪ノ下の母上くらいだ。

 

「そういえば、ヒッキー、今日って定時に上がるの?」

 

 材木座のヘルプ信号を軽々と避けて、いそいそと帰るつもりだ。

 明日の朝だって早いのだ。

 

「ああ。そうするつもりだな」

 

 まあ、もちろん残業をしてもいいくらいには仕事はあるのだが、いろはのことを考えると、少し早めに帰りたい。子どものいる先輩方はこういう気持ちで、定時前になると三倍速になるのかしら。

 

「えー、りっちゃんたちも誘って、どっか行こうとしたのに」

「せめて、週末にしてくれないかしら」

 

 冷や汗を流すあたり、デキる女な雪ノ下さんもちょっとした残業はしてしまう。普段からお弁当を作りそうなくらいには料理上手なのだが、そこまで時間を取れなくなっているらしい。

 

 うちの父ちゃんも母ちゃんも、そりゃあ手料理が少なくなる。

 働いてみてから強く実感した。

 

「わかった! じゃあ週末ね!」

 

 おっと、由比ヶ浜さん、結構きつい注文をなさる。

 脳内でスケジュールを再構成させる雪ノ下は押し黙った。

 

 『お待たせしました』と、営業スマイルで述べた店員さんによって、注文した料理が丁寧に並べられていく。恐らくこの女子もアルバイトなのだろうが、いろはもこういう飲食業なら即戦力になりそうだ。

 

「「「いただきます」」」

 

 早速ペコペコのお腹の中に、カルボナーラを入れていく。

 この値段でこの美味さ、ヤバいですね☆

 

 サイゲのガチャにかけるお金だって浮くかもしれない。

 あれの10連目は遊ぶから、天井のお覚悟を。

 

「はい、ヒッキー」

「……おう、サンキュ」

 

 サラダを取り分けてくれたらしい由比ヶ浜が、お皿を差し出してきた。サイゼの数少ないクレームとして、『生トマトがサラダに入っている』ことなのだが、由比ヶ浜ができるだけ避けてくれたようだ。

 いや、ほんと、いいお母さんできると思う。

 

「はい、ゆきのんも」

「ありがとう」

 

 お互い、素直にお礼を述べたり、施しを受けたりできるくらいには、捻くれ度が下がったものだと、実感する。ぷるぷるの小エビを口に入れると、とろけるように甘さが広がった。

 

「うっま!」

 

 タラコソースのスパゲッティを食べた由比ヶ浜は、胸を張って、美味しさを主張する。いや、ため息をついた雪ノ下さんも、お姉さんのことを考えると希望はあったんだよ。

 

「なにかしら、ヒゲガタニくん」

「今日は髭剃ってきたっての」

 

 そんなに俺は髭が似合わないのだろうか。

 大学時代は小町からよく指摘されていたけれど。

 

「ほんとだよね。寝癖もないし、結構早起きしたの?」

「まあな」

 

 残業までしてて、女子は準備に時間がかかって、家事までやる。それに比べたら、今の期間はいろはがいることで、俺はのびのびと生活できている気がした。専業主夫になる夢は叶わなかったが、専業主婦を養う側になるというのも、結構いいんじゃないかと思えてきた。

 

「雪ノ下は今は実家だっけか?」

「そうね。父も母も、もう歳だから」

 

 昔から、身を粉にして働いていそうな両親だ。お付きの運転手さんや、お手伝いさんにも助けられてきたようだが、さすがに夜までいてくれるというわけでもないのだろう。

 

 雪ノ下がハッとしたのは、少し暗い雰囲気になりかけていたことに気づいたからだろう。

 

「大丈夫よ、2人とも元気すぎるくらいだから。つまり、まだ時間はあるということにもなるわね」

 

 雪ノ下は、姉を実力で超える道を選んだ。

 影を追いかけていた頃はすでに遠い過去らしい。

 

 由比ヶ浜は満面の笑みで、俺も表情が少しは緩んでいる気がする。

 いろはもいつかはこの2人のように『自立』できるだろうか。

 

「ゆきのんを支えてくれる人もできたから安心だね」

「彼はそういうのとは違うわよ、由比ヶ浜さん」

 

 おや、大学時代でも浮いた話の1つもなかった雪ノ下だが、由比ヶ浜から恋バナの矛先になるくらいには、特定の男性と交友関係があるらしい。才色兼備を体現するこいつが好きになるって、どれだけ優秀でイケメンなのだろうか。

 

「えー、そうかなー」

「そうよ。都築さんから紹介されただけだから」

 

 都築、どこかで聞いた名字だ。

 高校時代のクラスメイトの名前さえ危ういけどな。

 

「だから。長い付き合いになるかもしれないのは、あくまで仕事として、よ」

「うーん、そっかー」

 

 チョロい。わかりやすい。

 相も変わらず、恋愛偏差値が低すぎる。

 

「……比企谷君、分かったかしら?」

「わかったわかった、ビジネスの一貫だろ」

 

 ちょっと低い声で軽く睨まれたが、その表情が呆れたものに変わる。

 由比ヶ浜も苦笑いだ。

 

 どうやら由比ヶ浜も知っているらしい、都築って言われても、思い出せないのだから仕方がない。もしかすると、会ったこともないかもしれないし、その名字の親戚を知っているとかかもしれない。

 

「やっぱり、ヒッキーはヒッキーだね」

「別に、大学の最初くらいだろ、会わなかったの」

「男子三日会わざれば刮目して見よ、というのだけれどね」

 

 少しは変わったっての。

 カルボナーラの残ったスープに、フォッカを浸して口に入れる。昔はドリンクバーコーナーにあるガムシロップで食べていたが、さすがにそこまでやると、女性陣が釘をさしてくる。

 

 雪ノ下も由比ヶ浜も、小町も、そしていろはも、もう少し食べればいいのにと思う。

 いや、ほんと、お昼ごはん、ちゃんと食べているといいんだけれど。

 

「……なんだよ」

「んー、ヒッキー、また誰かのこと心配してる顔だなぁって」

「シスコン」

 

 シスコンに、シスコンと言われた。

 まあ、小町のことだって、いつも気にしてきた。

 

「あっ、そういえば! 映画なんだけどね……」

 

 トレンドに詳しい由比ヶ浜の話に耳を傾ける。

 今日もカレーだし、チーズを買って帰ろうかなと思いつつ。

 

 

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