ひげを剃る。やはり社畜の俺が女子高生を拾うのはまちがっている。 作:ステ
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いろはは朝には何もない風を装っていた。
だったら、俺は何も聴くことがない。
衣食住について助けるけれども、それ以上は特に手を出していない状態が続いており、もう1週間が過ぎようとしている。いろは自身が解決すべき問題で、誰かに縋って乗り越えること、それは依存にすぎない。
諦めるにしろ乗り越えるにしろ、自分で解決するべき。
その考えは。
週末まで、変わることはなかった。
「比企谷、肉だ!肉を焼け!」
「牛角じゃないんすから、野菜はないですって」
シックな雰囲気の店舗だが、騒がしい。
ビールのジョッキ片手にあれこれ命令してくる。
「隼人~、お肉よそって~」
「なんでも、でいいんだろうな」
時間制の食べ放題ということで、どんどん箸を進める平塚先生と違って、陽乃さんは赤ワインのグラス片手に、優雅な食事を楽しんでいる。そんな女王様によって、呼び出された葉山も、俺同様働かされている。
困ったような表情を浮かべているが、最近の陽乃さんの隣にはよく、こいつがいる。
構われすぎて大変な目に遭っちゃっているのだろうな。ご愁傷様。リア充爆発しろ。
「ゆきのん、すきーーー!」
「こぼれる、こぼれるから。落ち着いて」
まだカクテル2杯目じゃなかったか、たしか。
由比ヶ浜が、酒に弱いのは知っていたけれども。
「静ちゃん、いい食べっぷりだね~」
「これほど旨い肉を食べたのは久しぶりでな」
由比ヶ浜の入社のお祝いってことで、平塚先生と雪ノ下さんが奢ってくれるらしいが、こんな高級そうな焼肉店、しかも『食べ放題スペシャルコース』なんて、小町の誕生日にだって経験したことがない。
お兄ちゃんも小町も、回転寿司で満足しちゃうもの。
でも、お祝いのときでさえ、300円のお皿はためらう。
「旨い肉にはビールが美味い!
あっ、すみませーん! ビール追加で!」
ノリは居酒屋のままかよ。
どうやら空気にも酒にも酔っているらしく、歯止めが効きそうにない。小皺がありつつも相変わらず美人だと感じさせ、その辺の男よりも男らしい、おかげで婚期が遅れていた、今ではそんな平塚先生も一児の肝っ玉母さんだ。
いや、貰ってくれて、ほんと良かった。
『千葉県のYさん』のような器の広い男性なのかしら。
「ヒッキーも食べさせてあげよっか」
「食べてる。食べてるから」
高級そうなお肉だが、『牛角』で食べるくらいには、テキパキと網いっぱいに焼いている。だって焼肉奉行がいる。
しかしがつがつ食べるのは、俺と葉山と平塚先生。
おかげで、焦げる前に消費しなければならない。
「じゃ、ゆきのん、あーん」
「あーん」
雪ノ下は抵抗しても無駄なことを悟ったのか、黒髪を耳にかける仕草をしながら、差し出しされたお肉にはむはむと齧りつく。そして、少し大きめにスライスされた『カルビ』を一口では食べず、自分の箸を使いながら器用に半分くらいに噛みきった。
そして、口元を手のひらで抑えながら、咀嚼する。
そういう所作もテーブルマナーなのだろうか。
「雪乃ちゃん、かわいいよね~」
おっと、全く酔ってないのに絡んでくるお姉様がいたんだった。
人が食べているところをまじまじと見るものでもない。
「姉さん、急に何を言っているのかしら」
食べながら喋るということはなく、しっかりと呑み込んでから、雪ノ下は姉にジト目を向ける。
「雪乃ちゃんはかわいいままだってことだよ」
「……姉さんこそ、その、昔から綺麗だわ」
えー、そういう会話だったの。
はちまんったら、なんか裏があるかと思っちゃった。
『千葉の兄弟姉妹は仲がいいなー』だなんて思っていると、陽乃さんはこちらを見てニコッとした。いわゆる『含み笑い』というものであり、女子語検定3級も取得できていない俺にはよくわからないです。
ただ、まあ、いつか感じたような、『ぞくりとした感覚』はない。
比較的には、穏やかな雰囲気で話すことができている。
「ふむ。それにしても、由比ヶ浜も『雪ノ下』で働くことになるとはな」
平塚先生は再びビールをぐびぐびと喉に流し込んでいく。
心底、嬉しそうで、完全に酔っている。
「ぷはぁー! いやぁー、めでたい!」
離任式の時、あの後悔を残した表情が、どうしても忘れられないでいた。
だから、たぶん、今の俺はホッとしているのだと思う。
「いい飲みっぷりっすね」
俺も真似して、ビールを勢いよく喉に流しこむ。
会社付き合いで飲む時より、ずっと美味しく感じた。
「やー、でも1年遅れちゃいましたけどね」
お世辞にも勉強ができるとは言えなかった由比ヶ浜だ。受かるために、雪ノ下姉妹のねっちょり指導をがんばった。『努力あるのみ』な姉妹なおかげもあるとはいえ、よく耐え抜いたと思う。
「1年や2年、気にすることはないさ。
ほら、私、若手で結婚できたから」
年齢の話は、まあ、置いておくとして。
口は禍の元だ。
実際に直撃したことはないが、久しぶりに『衝撃のファーストブリット』を受けそうだ。それにしても、ああいうノリを今の生徒ともやっているのだろうか、だがしかし、ますますネタが通じなくなってそう。男子なら『スクライド』は必修科目だと思っていた時期もありました。
「結婚、結婚かぁ……」
由比ヶ浜から漏れた声は、少し、重い呟きだった。
うちの小町ちゃんもそういうの気にするお年頃なのかしら。
キミには、まだまだまだまだ早い。
「大丈夫大丈夫、ガハマちゃんも引く手あまたでしょ、ねっ、隼人」
「ああ、高校の時もそうだったよ」
意地悪な質問を受けた葉山は、苦笑いをしながら、事実を答える。俺からすれば陽乃さんの発言、どれもこれもが考えて答えちゃうものなのだが、さすが幼馴染というべきか、差し障りのない返答だ。
「でも。昔から意識してきたのは、1人だけどね」
「隼人のくせに、いいパンチうってくるじゃん」
ほんの一瞬、俯いたその表情が、やっぱり姉妹なのだと感じさせる。
「葉山も男前になったんじゃないか? なあ、陽乃?」
「ぜーんぜん、まだまだ子どもっぽい」
少し赤らめたその頬は、ちょっと飲みすぎたのだろうか、それとも。
「そういえば、比企谷君、最近帰り、早いんだって?」
陽乃さんにしては、やんわりとした変化球だ。
それ、結構きついフォークボールなんですけど。
いやー、千葉ロッテマリーンズは最近成績伸びてきてるし、今年はもしかしたら優勝いけちゃったりね。なんて、あれこれ考えている時間はなく、おそらく『恋人できたの?』みたいな質問だろう。女子語検定で習ったやつだ。
さて。
「別に、元々早かったですけど」
しまった、打ち損じた。
「へぇ~」
余裕を取り戻したらしく、蠱惑魔な笑みに変わる。
助けて、葉山えもん。
なお、肩を諫めただけだった。
「今週、5日間、真面目に取り組んでいたようね。定時にあがるために」
「そうそう。ヒッキー、4時とかめっちゃがんばってるの」
たぶん、由比ヶ浜から雪ノ下へ、雪ノ下から陽乃さんへ伝わったのだろう。
ずいぶん恐ろしい伝言ゲームをされたものだ。最終回答が恐ろしい。
「さきさきはないとして、ひょっとしてるみるみ?」
「めぐりもありえるかもね」
「戸塚君、という可能性も少なからずあるわ」
「まさか。姫菜じゃあるまいし」
やだっ、俺の交友関係狭すぎ。
高校時代の同級生、10人も覚えていないのバレちゃう。
「てか、ガハマちゃんは違うんだ」
「あはは、ないですねー」
ガハマさん、『(こんな男と付き合うとか)ないです』って、ことでしょうか。
「それなら。比企谷の妹さんは、どうだ?」
「「「「あー」」」」
うまいこと言ってやったという表情の平塚先生に、4人共、納得したようだ。
小町は今頃、誰と夜を過ごしているのだろうか。
友達の家にお泊まりに行くから、お兄ちゃんとお父さんは心配です。
「まあ、一緒に買い物行くとかよくするんで」
「「シスコン」」
嘘は言っていない。
ていうか、雪ノ下姉妹もシスコンだろう。
「まあ、そんな感じで。
てか、そろそろラストオーダーです」
いろはも、いつかはこんな風に、誰かと笑い合えるだろうか。
「おお、もうそんな時間か。悔いのないよう、注文しなければな」
平塚先生は、メニューを広げた。
目を輝かせている姿は、あの頃から変わっていない。
「ゆきのん、デザートなににする? シェアする?」
「なにか、さっぱりしたものがいいわね」
サイゼと同じように、2人でメニューを見始める。
「飲み足りないから、まだ付き合ってよね」
「ああ、わかったよ」
葉山が身に着けた腕時計の針は、9の文字を指していた。
「君たちと一緒に酒を飲めて、私は幸せだ」
「……そっすね」
隣の平塚先生から、俺にだけ向けられた小声だった。
残りのビールを飲みきり、俺も、もう1杯だけ注文することにした。