コムサイの燃料が生み出した火の海を見ながら、二機のMSが通信をしていた。一機は
「やったな、クソジオン共を仕留めたぜ!しかし、こんな手にアッサリ引っかかるとは、つまんねー奴らだな」
ジムのパイロットは、地面に残された三機のザクと、三人の足跡を見逃したようだった。旧ザクのパイロットのアンは、迂闊な僚機に溜息をついた。
「コムサイの中は空よ。足跡から見て、ザク三体と三人、既にコムサイを放棄してる」
「あぁ!?じゃ、どうするよ?探し出してぶっ殺すか?」
「このコムサイは、偶然にこの場所に不時着しただけみたい。作戦の邪魔にはならないわ。隊長たちに合流する」
「了解っと」
二機は、本隊と合流するためにコムサイから離れていった。本隊は、この近辺の街に駐留している。そこへと二機は、機体を向かわせた。
「ヴェルマ。この街での拠点はどうする?」
「あそこだ」
アンが所属するMS機動中隊の隊長であるヴェルマはぶっきらぼうに答えた。目的地目前の都市であるこの街は、一時的な拠点としては丁度いい場所なのだ。この中隊は中隊としては規模が小さい。ヴェルマとその部下は、上層部の命令を無視して勝手に行動しているからだ。
中隊は、六機のジムと一機の旧ザク。そして、戦闘指揮車であるブラッドハウンドと少しのジープとトラックから構成されている。街の不穏分子を抑えるには、歩兵の数が足りない。四機のジムが、不穏分子への抑えとして、街へ投入されている。
アンらMSパイロットが過ごすこの屋敷には、二機のジムと一機のザクが鎮座している。この街の人間にとっては、アンたちは正義の連邦軍ではなく、突然押しかけては、街を占領した無法者だった。この屋敷に住んでいた人物たちにとってもそれは同じだったらしい。
アンと同じMSパイロットのランドールは、先ほどから、飯が来るのが遅いとしきりに文句を言っている。アンも来るのが遅いというのには同意できるが、ぶつぶつと文句を言うランドールは見ていて心地が良いものではなかった。
ランドールにとって食事というものは重要なのだろう。そのせいで、あんな体形になってしまったのかもしれない。ツインテールの少女が、昼食が載せられたカートを引きながら、部屋に入ってきた。少女は、アンたちを恐れている。
「お、お待たせしました……」
「おせーよクソガキ。いつまで待たせんだ!空腹で殺す気か!?」
「す、すみません。今すぐ並べます」
「早くしろグズ!」
ランドールの剣幕は相当のものだった。部屋に入ってきた時から怯えていた少女は、ますます身体を縮こませてしまっている。少女が、トレーに配膳を乗せランドールに渡そうとした時だった。少女は絨毯のちょっとした段差につまづいてしまう。
少女がつまづいた先には、ランドールがいた。トレーに乗っていた料理がランドールの服に降りかかる。短気なランドールは、予想通りに激高した。
「テメー何やってんだよ!バカ野郎!」
「すみません。すみません」
必死に少女は謝罪するも、ランドールの怒りは収まらなかった。ランドールは少女のツインテールの片方を掴み、少女を掴み上げた。
「すみませんじゃねーよ!グズが!」
パン、という乾いた音が部屋に響いた。少女の髪を掴んでいたランドールの手には穴が開き、血が溢れてくる。ランドールの悲鳴が、部屋中にこだました。
「ランドール、子供に乱暴するんじゃないよ……次やったら、頭を撃つ」
「ぐっ……あ……わ、悪かったよ隊長」
ヴェルマは、微かに熱を持った拳銃をホルスターにしまった。そして、少女に声を掛け慰めた。少女は、コロニー落としで死んだヴェルマの子供と、同じくらいの年頃だった。
「チクショー痛ーよ」
「あんたがヴェルマの前でバカやるからでしょ。子供は特にダメなのよ」
「だからって、何も撃たなくてもいいじゃねぇか」
アンは、ランドールの手に包帯を巻きながら愚痴を聞いた。ランドールは自分が撃たれたのにこれっぱかしも納得していなかった。
「イカれてやがる!」
「まあ、イカれもするさ。自分が任務で離れている間に、コロニー落としで最愛の子供と旦那、故郷まで同時に失ったんだから……」
「確かに、あれじゃ上の命令を無視していきなり、あんな計画を出すハズだぜ。本当にあんのかよ……核なんてよ……」
ヴェルマにとっては失ったものが多過ぎたのだろう。鹵獲されたザクで、核攻撃をするという案を思いつくくらいには、ヴェルマは狂っていた。アンもランドールもこの戦争で何かしらを失っている。ヴェルマのジオンに復讐をしたいという気持ちは痛いほど理解できた。だからこそ、原隊から離れ、独自行動を起こしたヴェルマに従っているのだ。
「情報だと、まだ基地の跡は残っているみたいよ。明日には着くわ」
アンがランドールにそう告げた瞬間。アラートがけたたましく鳴り響いた。街の住人がこの屋敷に迷い込んだという確率は低い。彼らはアンたちを恐れているのだから。可能性としては、ゲリラかジオンが潜入してきたのだろう。アンはソファから立ち上がり、MSに向かって走り出した。
時は少しばかり遡る。アンディとゴードンは、ザクで連邦の部隊がいると目される街の近くまで移動していた。森の中にマットを敷き、そこに寝そべりながらランディが、双眼鏡で街の様子を眺める。ランディが見たのは、街を警邏している一機のジムが、住人の車を踏み潰すところだった。
「あいつら、無茶苦茶やりやがって……敵はジム六機と、ザク一機、それに戦闘指揮車のブラッドハウンドが一両か……」
「二時方向を見てください。あの屋敷に敵は逗留するようです」
「ザクを狙うなら、停止している今がチャンスだが、リンゼイからは死角に入っている。無理だ」
「潜入して情報収取が先です。戦闘は避けてください」
ランディは歯噛みした。
「なら、直接爆薬を仕掛けますか?でも、どうやって潜入するんです?」
「街へのルートは警戒されているでしょう。侵入者への対策がされているはずです」
「うーん、いい案はないか?」
ゴードンは、街の周囲を双眼鏡で見回した。そしてとある抜け道を発見した。二人はザクに乗り、その場所へ移動することにした。ザクを向かい合わせるように停止させる。ゴードンが注目した場所とは、何百年も前に使われていたハイウェイだった。
自然の浸食により、ハイウェイは緑の中に飲まれている。ひび割れたアスファルトからは植物の根が飛び出し、トンネルに続く陸橋には少しばかりの橋梁部分が残るだけだった。木々の中に埋もれた支柱が、往時の陸橋の姿を偲ばせる。
トンネルは辛うじて崩落していなかった。瓦礫と内部に溜まった水によって、寂れた地下水路のようになっている。トンネルの中でするのは、薄く溜まった水を二人が靴で蹴る音のみだ。かつて、この場所を車両が行き来したと言われても、俄かには信じ難いだろう。
「まさか、ハイウェイ跡から侵入するとは……本当に上の街まで繋がっているんですか?」
「周囲の状況からして、昔、街の下にハイウェイが通っていたことは間違いありません。災害時のための非常路が、街まで通じているはずです」
しばらくいくと、そこには非常口と書かれた看板が存在していた。地上へと繋がる非常路をこの看板は示している。二人は、慎重に看板をたどり、封鎖された金属製の扉を見つけた。扉を施錠する南京錠をランディが拳銃で破壊する。
銃を構えながら、二人は扉を開いた。扉の中に敵はいなかった。そのまま階段を上ろうとするゴードンをランディは押しとどめる。足元と階段を懐中電灯で慎重に照らす。ワイヤートラップが仕掛けられている可能性があるからだ。
トラップが存在しないことを確認した二人は、階段を駆け上がった。敵の警備の目をすり抜けて、二人は屋敷に接近した。耳に付けた盗聴装置には薄っすらと敵の声が聞こえた。甲高い銃声が二人の耳に入った。二人は顔を見合わせた。
発砲音は一度きりで、こちらに近づく人影がないことから、二人の存在が露見した可能性は低そうだった。
「どうやら、我々のことがバレたわけじゃないみたいですね」
「仲間割れか?オレは、今のうちに爆薬をザクに仕掛けてきます」
「ダメです准尉。まずは敵の情報収集が先……」
「少尉に任せます」
そう言い残してランディは走り去っていった。ゴードンは、仕方なく一人で盗聴をすることにした。声が聞こえた方に、近づく。ゴードンの耳に敵の話し声が、明瞭に聞こえてくる。敵の会話から驚くべきことが聞こえてきた。
“核”がこの付近の軍事基地廃墟に、存在している可能性があるという情報だ。ゴードンの脳内で、恐るべき仮説が組み上がった。核兵器の使用は南極条約で禁止されている。そんな核兵器の使用をジオンのザクが行ったらどうなるだろうか?
鹵獲されたままリペイントされていないザクを、誰が連邦軍の所属だと見抜けるだろうか。核兵器を使用したという冤罪をジオンに着せることが、あの旧ザクには出来るのだ。ランディが、ザクに破壊工作を仕掛けに行ったことは結果として正しかった。
ランディがこのままザクを破壊してくれれば。ゴードンの祈りは、突然の警報で遮られた。ゴードンはすぐに、ランディに通信を送った。
「ザクは!?」
「今から破壊します」
「急いで破壊してください!」
センサーによって捕捉されたランディに、残された時間は少なかった。爆弾を仕掛けようと、ザクに近づいた時には、背後に鋼鉄の巨体が存在していた。ジムの外部スピーカーから怒声が浴びせられる。ランディは、全力でジムから逃げ出した。
「どこから入った!待て!」
ジムの外部スピーカーから聞こえる拡張された怒声。狭い路地に逃げ込めば、ジムには手出しが出来ない。そういう計算がランディには有った。だが、その計算は狂った。ランディの行く先は壁に囲まれた行き止まりだったのだ。
ジムが、腰を下ろしランディの退路を塞いだ。それから、巨大な手のひらが、ランディを鷲掴みにしようと迫ってくる。ランディは、そのままジムの手のひらに鷲掴みにされ、宙に吊り上げられた。
「隊長、侵入者を捕らえました」
「目的を吐かせるまで殺すなよ」
ジムの手のひらがランディの身体を、ゆっくりと圧迫する。ランディの腕がジムに捕まれ、引き伸ばされる。ランディは情報を守るために、持っている爆弾を起動させることを考えた。
「准尉。衝撃に備えてください!!」
ランディはゴードンから言われた通りに、目を瞑り衝撃に備えた。轟音と衝撃がジムを襲った。ランディが目を開けるとジムのコクピットには、大穴が開いていた。ランディを捕らえていた右腕は根本から折れている。リンゼイの狙撃は、今度もランディを死から救い上げたようだった。
「伏せろ!向かいの山にスナイパーだ!!」
「第二射が来るぞ!何とかしろ!!」
一機のジムが装備していたスモークグレネードが、上空に打ち上げられる。強力な煙幕には、リンゼイの視界を遮るには効果的だった。ゴードンが、ジムの手のひらから解放されたランディを助けに入る。
「敵が来ます、急いで撤退しましょう!」
「ザクは、ザクはいいんですか?」
「……ええ」
この状況でのザクの破壊は困難だった。ランディとゴードンは悔しさを抱きながら、潜入路を引き返した。トンネルには、二人の足音が反響していた。
「少尉、敵の目的は分かりましたか?」
ランディの問いに、ゴードンは返事をしない。
「少尉?」
「後で、話します」
ゴードンの浮かべる表情に、ランディはそれ以上の質問をしなかった。トンネルへの非常口に、ワイヤートラップを仕掛けてはいるが、それも嫌がらせ程度だ。敵がすぐ後ろまで追ってきていないという、確実な保証は存在しない。
二人の行く手に、光が見えた。トンネルの出口が見えたのだ。出口を抜ければザクがそこにはあるはずだった。ランディが想定した最悪のケースは敵がザクを特定し待ち伏せしていることだった。しかし、幸いなことに、トンネルの出口には敵は待ち伏せていなかった。あるのは二機のザクだけだった。
二人は、ザクに乗り込んでリンゼイと合流するために移動を開始した。リンゼイも無事に逃げられたようで、二人に通信が入る。ゴードンの指示によって、合流地点はトンネルから離れた谷あいの森ということになった。
この場所は、山ばかりだ。これが平地だったら、ランディたちは簡単に見つかってしまっていただろう。ザクのモスグリーン塗装も、この場所ではかなり有利に働く。ギムレット小隊に希望があるとしたら、それくらいだろう。