コクピット内は暖かいが、外の空気は凍てついている。外に出ると、息は白く凍り付くだろう。リンゼイは、機体を匍匐状態にし、周囲の見張りをしていた。E型に換装された頭部は、索敵能力に優れているのだ。しばらく見ているが、モニターに敵影は現れない。
警戒は大事だ。しかし、リンゼイの経験から、今夜、敵が現れる確率は低い。リンゼイは宇宙から持ってきた、チョコレートボンボンの入った箱を膝の上に置いた。その中から、一つを選ぶ。そして、チョコレートでコーティングされた先端部分の包装を解いた。
先端のチョコレート部分を舌で溶かし、ボンボンをひっくり返して中に詰まったウイスキーを舐めた。中に詰まっていたのは、グランマニエだった。コニャックに加えられたオレンジのエキスと、40%と度数の高いアルコールは、口中のチョコレートと混ざり合い絶妙なハーモニーを生み出す。
リンゼイは、幸せそうに笑いながら、チョコレートの付いた指を舐める。ザクの通信機が、ランディとゴードンの会話を拾った。
「少尉、さっきから何を調べてるんです?そんな古い地図を見て……一体屋敷で何を見たんです?」
「有った。この基地のことを言っていたのか……」
ゴードンは、地図にピンを刺す。
「敵はおそらく、ここに向かって進軍しています」
「ここは、大昔の基地?」
「現在地から北西の山中ですね。今の地図には載っていませんが。なんでこんな所に?今は廃墟でしょう?使えるものなんてないはずでは?」
「核があるかもしれない」
ゴードンの言葉に、ランディとリンゼイは思わず叫んでしまう。
「核があるんですか!?ここに!?」
「本当かどうかはわかりません。しかし、敵はそう語っていました」
ゴードンは真剣な表情でそう呟いた。
「この基地は、宇宙世紀以前にアメリカという国によって、この極東アジアのパワーバランスをとるために設置された司令部のようです。地球連邦樹立前のニホン国では、核兵器の持ち込みが禁止されていました」
「だとしたら、核は秘密裏に持ち込まれた?」
「その可能性が一番高いです。そして、そのまま忘れさられてしまった」
ランディとリンゼイは息を呑んだ。何かを言いたかったが、言うことが出来なかった。
「敵は、何処からかその情報を手にした。そして、鹵獲したザクを発射台として使い、核を打ち上げるつもりです。あたかもジオンが全てを画策したように……だから、あのザクはリペイントされていなかった」
「それを止められるのが、我々だけということです」
リンゼイは、慌てて少尉に言葉を投げた。
「無理です!今の状態で連邦の中隊とやりあうなんて……味方の救助が来てから対策を……」
「時間がありません。敵は明日には基地に到着してしまう」
「で、でも大丈夫よ!そんな数世紀前の核なんて……使えないかもしれない」
リンゼイの反論に対して、ゴードンは理路整然と答える。
「そうとは限らない。内容物や使用料、保管状態でデータはいくらでも変わる」
「でも、それじゃあ……どうすれば」
「それは、」
「オレらが先に核を手に入れるんだよ」
横から割って入ったランディが、答えを出した。
「その通りです」
ランディの答えはゴードンが出したものと同じだったようだ。リンゼイは悲鳴をあげた。二倍の敵に挑むことは、リンゼイにとって自殺行為にしか思えなかった。リンゼイは任務が終われば、念願の店が持てるのだ。二人の気持ちはわかるが、何としても、この無謀な攻撃をやめさせなければならなかった。
「私たちに下された、本当の指令は少尉を守ることです。ランディ、忘れないで」
「ああ、そうだな。基地にはオレと、リンゼイだけで行く」
「二人だけを行かせるわけには行きません!」
「駄目です」
「では、上官として命令します!」
二人の言い争いは、ヒートアップしていった。
「いい加減にしろ!命令が正しいなら、オレたちはもっと上から命令されてんだよ!!」
「そんなこと知ってますよ!准尉は言いましたよね。僕の命令で一番に犠牲になるのは自分たちだと。僕は、その犠牲を少なくするために地球に降りたんです。ここで自分の信念お曲げるつもりはない!」
ランディは、舌打ちをした。
「いくらほざいても、行かせませんよ」
「准尉は何のために戦っているんですか?命令のため?それとも、弟のためですか?」
ランディは、ゴードンの胸倉を掴み上げた。
「お前に何が分かる!?特権階級で何不自由なく、本国で悠々自適に生きてきたお前に!!お前らザビ派が戦争なんか始めたから……あいつは……あいつは……」
「何がわかるって?そんなの分かりませんよ。僕がどんな思いで生きてきたか!悠々自適に!?死ぬまで腫物扱いされるのの、どこが悠々自適なんだ!!」
ランディの頬に、ゴードンのパンチが入った。通信機から聞こえてくる男たちの殴り合いに、リンゼイは溜息を付いた。殴り合って分かり合えるのだから、男というのは不思議な生き物だ。二人とも軍人だ。お互いほどほどのところでやめるだろう。
明日には響かないくらいで終わらせてほしい。敵に核を渡すという選択肢は、二人の中には存在しないのだから。リンゼイは腹立たしいが、それに従うしかない。腹いせに、チョコレートボンボンをリンゼイは噛み砕いた。
その日は、朝から陰鬱な雨が降っていた。使われなくなった数世紀前の電柱が、雨に濡れながら空にそびえている。鉄製のフェンスと立ち入り禁止の看板は、端の方から錆に覆われかけている。そこに掛かれた文字は、辛うじて読める程度にしか残っていなかった。
高台に三機のザクがいた。索敵能力に優れたE型の頭を持つ、リンゼイのザク。リンゼイ機のモノアイレールの上をモノアイが移動し、前方百八十度を見渡した。コクピット内のモニターが、基地内に熱源は存在しないことを告げる。
「どうだ?」
「視認範囲に敵影無し。こちらが連邦より先着で間違いないと思うわ」
ランディにそう告げると、リンゼイは状況をゴードンに報告した。
「この悪天候だと赤外線探知は当てにならないかもしれませんが、基地周辺15㎞以内に大きな熱源反応は有りません」
「急いだ甲斐がありましたね」
「どうします?三人で手分けをして……」
「連邦もこちらの存在を認識しているはずです。時間の猶予が分からない以上、作戦通りに行きます」
ゴードンの指示を、ランディとリンゼイは了承した。
「リンゼイ、あとは頼むぞ」
「ちょっと、私のことはライムって呼んでよね。敵に無線を傍受されて少尉の身元が、バレたら面倒よ」
「あまり意味があるとは思えないけどな。わかったぜライム」
ランディはそう言い残し、スラスターを吹かし高台から降りて行った。
「僕が発案したこの作戦では、軍曹に多大な負担が掛かってしまいます……それに……」
「もう、ライムでしょ。私を信じなさい。私の腕は折り紙付きなんだから。それにこの作戦だって上手くいくわよ」
「はい、ライム」
ゴードンは、リンゼイの慰めに目を細めた。小さな伸びをした後、敵への罠を仕掛ける準備を始めるために機体を動かした。連邦よりもこの場所に先に辿り着いたことは、ギムレット小隊にとって大きなアドバンテージになるだろう。
基地廃墟付近に残された鉄道のレールと、ヒートホーク。それから、川の水で濡らされたテント。これらと、地形を生かして敵を翻弄するのが、ゴードンの立てた作戦だ。リンゼイとゴードンの二機は、それぞれの準備を終え、それぞれの死地に移動した。あとは、連邦軍の到着を待つだけだった。
ヴェルマの部下は減っていた。ジム一機を狙撃で失い。数名の部下が、街に潜伏したジオン兵を追う際に死亡した。ブービートラップによってだ。それでも、この場所での連邦の優位は揺るがない。何しろジオン側の人数は三人で、三機のザクしか持っていないのだから。
二機の
「現在、基地跡地まで20㎞地点です」
ブラッドハウンド内でオペレーターが告げた。オペレーターの彼女は、童顔のせいで、あどけない少女にも見えるが、その瞳は冷静そのものだった。
「よし、始めろ」
「広範囲赤外線探知開始」
ブラッドハウンドに車載された赤外線探知機が、周囲20㎞の熱源を片っ端から捉えていく。モニターには、小さな点があちこちに浮かび上がった。それらは、敵MSではなく、鹿やイノシシといった、野生動物の影だろう。
「どう?」
「基地周辺に大きな反応はありません。ミノフスキー粒子の影響はほとんどないとはいえ、天候のせいで感度はいまいちです」
オペレーターの言葉に、アンは少し考えこんだ。
「もっと、探知の範囲を絞れば感度は上がりますが……やはり、アンダーグラウンドソナーを使った方が確実では……」」
「いや、ソナーはもう少し基地跡に近づいてからがいい。こちらの位置を露見させるにはまだ早い。そうでしょヴェルマ?」
「ああ、手筈通りに行くよ。まずは潜んでいる敵をあぶりだす。ムース。あんたの働き次第だ。敵スナイパーを仕留めろ」
ヴェルマからの通信を、ムースは煙草を呑みながら聞いていた。敵のスナイパーはいい腕だ。自身もスナイパーを務めるムースにはそれが、よく分かっていた。本来であれば、ムースはジムナイトストーカーという実験機に乗るはずだった。
ジムナイトシーカーという夜襲用の実験機の噂を、ムースは小耳に挟んだことがある。ムースが、原隊で見たジムナイトストーカーは、夜間用の隠蔽と索敵能力に特化した支援機だった。この分だと噂で聞くだけのジムナイトシーカーも存在しているのだろう。
ジムナイトストーカーに乗れなかったことが、残念ではないと言えば嘘になる。しかし、ムースにとっては今の相棒であるジムスナイパーも気に入っている機体なのだ。陸専用ジムを狙撃用に改修したこの機体と、ムースの相性はいい。使い慣れたこの実弾狙撃銃の癖も、ムースは完璧に把握している。
「クク、久々だぜ、この獲物を追い込む感覚。思い出すなァ。故郷での狩りをよぅ」
副隊長であり、狙撃兵狩りを任されたムースは口元を歪める。
「お前ら、しくじるなよ」
「ハイ」
三機のジムは、降りしきる雨の中を移動していく。敵スナイパーはもちろん、敵の罠や襲撃も警戒しながらの進軍だった。三機は歩を進め、基地跡地へと続く谷間に差し掛かった。
「この左右の斜面、スナイパーが潜むにはもってこいだな。おい、あまり前に出るな!」
「ビビらなくても大丈夫ですよ、副隊長」
その言葉が、終わるやいなや砲声が聞こえた。四発だ。ムースたちの頭上を弾丸が抜けていく。
「この発射音、間違いなく奴だ!」
「我々を狙ったのではないようですが!?」
「本隊の被害状況を確認しろ!急げ!」
すぐに通信は繋がった。通信に出たのはブラッドハウンドのオペレーターだ。
「副隊長、こちらにも被害はありませんよ」
オペレーターの応答に、ムースの脳内に疑問が広がった。我々でも本隊が狙われたわけでもない。では、敵が狙ったのは何なのだ。しかし、答えは見つからない。それに時間的猶予もない。敵狙撃手にみすみす逃亡を許してしまっては意味がないのだ。
発砲音と弾道から、敵は自分の場所を自ら露見させたのだ。こんな好機はそうは訪れないだろう。ムースの脳内は、冷静に敵の居場所を突き止めていた。
「座標E39からS28に絞って、赤外線探知で、熱源を洗え。敵の銃は今の発砲で熱を持っているはずだ」
「了解」
ブラッドハウンドの、モニターに熱源が映し出される。
「熱源反応、ありました」
「データをこっちに送れ!」
転送されてきた、データを見てムースは口元を歪めた。狙撃手にとって近づかれることは命取りだ。ほかならぬムースはそれを身をもって経験している。スラスターを吹かし、敵狙撃手が、潜んでいるであろうエリアに一気に近づいた。
目標地点は丘の上だった。急斜面の上に敵は潜んでいるのだ。ムースのジムスナイパーのセンサーが敵であろう熱源を探知した。
「オレが援護する。右と左から掛かれ。挟み込むぞ」
「準備OKです!」
「カウント開始!」
スリーカウントと共に、二機のジムはスラスターを全開にし斜面を駆け上がった。シールドを構えながら、マシンガンを連射しての突撃だ。彼らがしたのは、限りなく定石に乗っ取った行動だった。この場での最適解だったはずなのだ。
「よし!」
「やったか!?」
「いや、なんだアリャ!?」
二機の様子がおかしかった。二発の砲声が轟く。斜面の下で援護しているムースの目の前で、二機はコクピットを貫かれ、沈黙した。ムースは、スラスターでその場から退避した。
二機が、最後に残した映像データには、ひとまとめにされたレールと、ザクのヒートホークが刺さっていた。これで、赤外線探知機を騙したのだろう。ムースはマッチを擦り、煙草に火をつけた。
「面白くなってきやがった」
ムースは笑みを浮かべた。その笑みは、元の悪相も合わさって子供が泣き出しそうな、獰猛なものだった。