【完結】Over The Gimlet   作:むにゃ枕

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5.A picture of family

 ジム二機と旧ザク一機、そしてブラッドハウンドで構成された、連邦部隊は基地廃墟に迫っていた。

 

「目標地点まで、あと5㎞です」

「アンダーグラウンドソナー準備」

 

 衝撃に備えるために、ブラッドハウンド前後部にある固定器具が、重い音を立て地面に降ろされる。ソナーを打つための、ボーリング装置のような外見の機器が地面に撃ち込まれた。

 

「探知開始」

 

 地中をソナーで生み出された音が伝わっていく。モニターには小さな点は映し出されるが、MSのような巨大な物体は現れなかった。

 

「反応ありません」

 

 ヴェルマの予想に反して、アンダーグラウンドソナーは敵の姿を捉えていない。敵が基地廃墟内で待ち伏せていることも考えられる。モニターに表示された地図を見ていたヴェルマの脳内に、とある可能性が浮かび上がった。

 

「ムースが伝えてきた、敵スナイパーが潜んでいるらしい範囲を表示しろ」

「はぁい」

 

 オペレーターが手元のスイッチを弄ると、モニター上に、赤く塗りつぶされた円が表示された。その円は、渓流を中心に広がっていたのだ。

 

「どう思う?」

「気になるわね。この渓流沿いに移動すれば、低い水温で赤外線探知をかわせる。それに、水流が振動を生み、アンダーグラウンドソナーに探知されにくい」

 

 ヴェルマの思い浮かべた可能性は、てんで的外れであるということはなさそうだった。ヴェルマは椅子から立ち上がった。

 

「ランドール、ザクの操縦を代わりな」

「ハイ」

「アン、ここは任せたよ」

 

 ヴェルマはブラッドハウンドを降りた。そして、ランドールが下げた旧ザクの手のひらに乗る。コクピット前でザクの手は静止し、ヴェルマはランドールと操縦を交代する。ザクの手に乗っているランドールを慎重に地上に降ろした。

 

 部隊は、渓流に向かって進む。旧ザクとジムの二機が渓流を先に進み、十分な距離を取った後方からブラッドハウンドと、その護衛のジムが続く。ブラッドハウンドはアンダーグラウンドソナーによって位置を露呈している。

 

 敵にしてみれば、ブラッドハウンドの支援は厄介であり、潰したい対象だろう。マウントされた期間っ銃のみが自衛火器であり、防御力も高くはない。護衛の存在は必須なのだ。

 

 渓流に辿り着き、少し進むと、そこには滝があった。少し開けた場所であり戦闘に適している。敵が渓流に居るのならば、この場所で待ち伏せるのが最適解だろう。二機は息を潜めて敵の動きを待った。

 

 ブラッドハウンドから通信が入る。何かがこちらに向けて、移動しているという。十中八九敵だろう。ジムが、バズーカを構え、ヴェルマの旧ザクは、ザクマシンガンを構えた。敵が射程に入る。ジムがバズーカを放つ。

 

 爆発が起こる。残念ながら、ザクに直撃しなかったようだ。ザクは爆発の熱風を受けたのか、機体から水蒸気が立ち上っている。

 

「やはり、来たな」

 

 ヴェルマはそう呟き、ザクマシンガンを連射する。バズーカとマシンガンによる連撃が敵のザクを襲った。敵MSは攻撃を間一髪のところで躱すが、時間の問題だろう。敵MSの足元でバズーカの爆発が起き、敵MSは尻もちをついた。

 

 ヴェルマにとってこれは、絶妙な好機だった。敵MSは立ち上がると、腰から何かを取り、それを投擲した。

 

手榴弾(グレネード)!!」

 

 クラッカーは空中で炸裂した。六つの突起がそれぞれの方向に向け爆散し、鋼鉄の雨が地面に降り注いだ。牽制用で投げられたクラッカーは、砂を巻き上げ、確かに視界を奪った。だが、それは一瞬のことだった。

 

 二機のMSは覆いかぶさった土を払いのけ、すぐさま敵に攻撃を仕掛ける。逃げようとする敵MSの背中にザクマシンガンが連射される。ジムのバズーカが、止めを刺そうと向けられるが、弾は発射しなかった。

 

砲弾装填(リロード)!」

 

 ジムがリロードをすることで、一時的に火力は半減した。それをザクは見逃さなかった。脚部に付けられた三連装ミサイルポッドから、旧ザクに向かってミサイルが放たれる。

 

「隊長!!」

「逃がさないよ」

 

 旧ザクは、ザクマシンガンを腰に吊り下げたヒートホークと交換した。そしてヒートホークでザクに斬りかかる。その一撃は、ザクのMMPマシンガンが受け止めた。ガリガリと音を立て、両者は一瞬の間拮抗した。だが、次の瞬間にはザクが膝を付いた。旧ザクは腰に吊ったザクマシンガンを殺意を込めて構えた。

 

「死ね」

 

 ヴェルマは冷酷に呟いた。殺意に陰りは無かった。だが、次の瞬間、横合いから邪魔が入る。旧ザクの顔を新手のザクが蹴り飛ばしたのだ。崖下に転落しかけたヴェルマの旧ザクを後方にいたジムが受け止める。

 

 新手のザクが、クラッカーを投げた。雑妙な場所だった。ヴェルマを援護する必要もあって、ジムは逃げる二機のザクを追うことが出来なかった。巻き上がった砂が、晴れ上がるころには、二機のザクは、すっかり視界から消え失せていた。

 

 敵が去った後、ヴェルマは機体を降り、手足をほぐした。部下がヴェルマの怪我の心配をする。受け止められたこともあって、ヴェルマに怪我はなかった。コクピットに戻り、アンと通信を開く。ムースは敵スナイパーと睨み合っているという。今夜中には片が付く。そういう確信がヴェルマには有った。

 

 夜が、世界を包み込む。ブラッドハウンドと三機のMSにとってもそれは、例外ではなかった。野営地には、周辺を警戒する歩兵がいた。昼の戦闘で消耗した弾薬の供給に、摩耗したパーツの応急処理など、この場所でもやれることはあった。

 

 不意に夜闇を砲声が切り裂いた。それは、ムースの発砲音ではなかった。敵スナイパーにライフルの発砲音だった。

 

「ムースに無線つないでみる?」

 

 ブラッドハウンドの車内で、アンはヴェルマに提案する。

 

「いや、いい。スナイパーには集中力がなによりも重要だ。邪魔はしたくない」

「そうね。この状況じゃ、ムースを信じるしか……」

 

 モニターを操作しながら、アンはそう呟いた。そして、傍受した無線データの解析に掛かる。周辺で拾ったデータから、何か情報を得られることを期待してのものだ。アンは重大な情報をデータから発見した。

 

「ヴェルマ、これ見て!」

「なんだ。どうした?」

「連邦軍警察が動き出しているわ。命令が下りてる」

「当然だろう。私たちのやったことは、相当なことだからな」

 

 アンは不安げにヴェルマの顔を見た。

 

「どうするの?」

「問題はない。軍警察が到着するころにはすべてが終わっている」

「本当に、本当に核はあるのかしら?」

 

 ヴェルマは胸ポケットから、一枚の写真を取り出した。そこには、街ごと消え去った自宅の姿が。そして、骨すら見つからない、最愛の子供と夫の姿が有った。ヴェルマは、噛みしめるようにつぶやいた。

 

「……ある。必ず……核は必ずある」

 

 呟かれた言葉は、祈りのようでもあり、妄執のようでもあった。

 

 ヴェルマは明朝に基地を強襲することを皆に伝えた。二機のジムが、基地内に潜む二機の敵MSを排除し、ヴェルマ自身が旧ザクでジオンよりも先に核を見つけるのだ。明け方にはムースが敵の狙撃手を排除しているだろう。

 

「皆、よくぞ、ここまでついてきてくれた。もうすぐ全てが終わる。まだ重要な仕事が私には残っている。それを私は必ずやり遂げる」

「思い出せ。十か月前、コロニーが宇宙(そら)から墜ちてきた日のことを。親、兄弟、恋人、夫、妻、子供、そして故郷そのもの……奴らは生命だけではなくその人々が生きてきた証ごと地上から消した」

 

「私に残されたのは、この一枚の写真だけ。この一枚と私の記憶だけが、彼らが共に生き存在した証だ。お前たちが失った人々の無念を思え。ジオンに殺された仲間の無念を思え。その無念を晴らさなけらばいけない!!それが生き残った私たちの義務だ!!」

 

 ヴェルマは自身の胸中を皆に伝えた。皆は一様に沈痛な表情を浮かべた。誰もが程度は違えど、ヴェルマと同じように傷を負っているのだ。嘆き悲しんだ。怒り狂った。言葉すら出なかった。消えない痛みを未だに抱いているのだ。明朝には、彼らの彼女らの復讐は終わる。

 

 どんな形であれ、明日中には全てに決着がもたらされるのだ。

 

 

 

 

 

 少し前のことだ。リンゼイは、コクピット内で身体を丸めていた。先ほどの戦闘音は、彼女に焦りを生み出すには十分なものだった。二機を撃破したが、一機のジムスナイパーがまだ、残っているのだ。スナイパーがいる中で味方の援護に踏み出すのは、危険な行為だった。

 

 打開策が、見つからないまま時間が過ぎ、夜になってしまっている。長引けば、数で劣るこちらが不利だということも、リンゼイには分かっている。だが、打開策が無かった。時間だけが過ぎる。落ち着きを取り戻そうと、リンゼイはウィスキーボンボンをかじった。

 

「駄目ね。私はいつの間にか獲物になっている」

 

 リンゼイは小さく伸びをすると、考え付いた作戦を実行することにした。敵MSに一騎打ちを申し込むのだ。通信帯域を絞り、敵MSにのみ聞こえる電波を送った。

 

「戦場で居場所を晒すとはな……なんだ、命乞いか?」

「違うわ。あなたに一騎打ちを申し込むのよ」

「何を馬鹿なことを。話にならんな」

「お互い、時間が惜しいのは一緒でしょ?」

 

 リンゼイの言葉に、敵MSパイロットは低く笑った。

 

「発信源を探知すれば、お前の居場所は分かるんだぞ」

「その間に、私は移動しているわ」

「よくもまぁ、そんなハッタリを……まあ、いい。乗ってやるよ」

 

 クククという敵パイロットの笑い声が耳障りだった。リンゼイにとってこれは大きな賭けだ。リンゼイは自分の狙撃能力に自信があるし、経験豊富なMSパイロットだという自負もある。だが、敵の実力は未知数だ。

 

「距離は15㎞。スリーカウントで座標を送るわ」

「いいぜ。存分に殺し合おうじゃないか」

 

 スリーカウントがされ、リンゼイは自分の座標を送った。相手からも座標が送られてくる。座標が送られなかった場合、リンゼイはかなり不利になっていただろう。虚偽の座標ということも考えられるが、そんなことを考えたらきりがなかった。

 

 送られた座標へは遮蔽物が多く、現在地からは狙えない場所だ。相手がどう動くかは分からない。緊迫感がリンゼイの五体を支配した。そんな中、リンゼイは作戦を立てた。モニターには、敵が移動するだろう位置が示されている。

 

 移動中の敵を狙い撃ちに出来る高所が、リンゼイの今の位置の近くに存在していた。リンゼイは、その高台へと移動を始める。その場所からならば、敵を有利に攻撃できるはずだった。ザクは地を蹴り、静かに夜に溶け込んでいった。

 

 リンゼイの作戦は順調なはずだった。だが、全てが上手くは行かなかった。角を曲がると、モノアイが敵機体を捉えたのだ。敵の座標は虚偽のものだった。相手も、同時にこちらを視認したらしい。二つの砲声が重なった。リンゼイの身体が機体後方に打ち付けられる。

 

 敵機体のスナイパーライフルを構えた右腕を、リンゼイの弾は穿っていた。ザクも無事では済まなかった。左腕が根元から吹き飛ばされている。幸い、右手でライフルを構えることは出来た。

 

「オレはこんなところで、くたばってたまるか!!!」

 

 敵機体は、ビームサーベルを抜き、バルカンをばらまきながらリンゼイに迫った。サーベルの赤い光が夜空に軌跡を描く。リンゼイは、咄嗟にライフルの引き金を引いた。ジムが、ザクを押し倒すように倒れこんだ。

 

 ザクの右手は根本から失われ、スナイパーライフルは、真っ二つに切り裂かれていた。それでも、リンゼイのいるコクピットには損傷はなかった。それに、ザクの両脚は無事だった。ジムのコクピットには、穴が開き、その穴から夜空が見えた。

 

「急がないと」

 

 ジムを押しのけてザクが立ち上がる。両腕を失ったザクは戦闘能力もなく不格好だ。リンゼイの機体はスナイパーとしての機能に特化している。近接戦闘力よりも、機動力を重視しているのだ。ザクに取り付けられたオプションパーツの類は限りなく少なかった。

 

 脚部三連装ミサイルポッドはもとより、クラッカー、ヒートホークも装備していない。スナイパーライフルが唯一の装備と言ってもいい状態だった。スナイパーライフルと両腕を失い、今では完全に丸腰である。

 

 しかし、リンゼイがザクを放棄し、生身で移動するよりもこの丸腰のザクで移動した方が、遥かに移動速度は速い。なにしろ両脚が無事で動けるのだから。基地廃墟までの10㎞の道のりも、ザクであれば一足で移動できるものだった。満月が地上を照らす中、リンゼイを乗せたザクは静かに山中を移動していた。


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