椅子に座った父と、二人の兄がゴードンを見た。
――どうして、そんなに地球に降りたい?
――泥にまみれて最前線で戦うなど、レノックス家の人間がすることではない。
――バカだなぁ、ゴードンは。
――お前みたいな人間が、レノックス家から出るなんてなぁ
「違う」
――士官学校を出て昂っているのは分かる。だが、お前の考えは理想論だ。あまりにも青い。理想で地球連邦は倒せない。
――そうだ。だからダイクンは倒れ、ザビ家が我々を率いているのだ。お前はそんなことも分からない無能だったのか?
「違う」
――お前がやろうとしていることは、
――そうだとも。人は決して平等ではない。生まれ持った役割というものがある。我が一族は人の上に立つことでジオンに貢献することが出来るのだ。
「違う」
――地球に降りたら嫌でもわかるだろう。戦場の過酷さと現実というものがな。後悔するぞ。それでもいいというなら止めはしない。現実を知るがいい。
「違う!!」
ゴードンは目を覚ました。呼吸は荒く、冷汗が全身を滝のように流れた。少し眠っていた間に悪夢を見たようだった。ランディが、心配そうにモニター越しにこちらを伺った。
「大丈夫です。少し、眠ってしまっただけです。すみません」
「構いませんよ。敵には動きはありません」
「准尉は、眠くはならないのですか?」
ゴードンの質問にランディは小さく笑った。戦場に慣れていなかったころの自分をゴードンに重ねているのだろう。
「戦場にすっかり慣れてしまいましてね。こういう状況下では、かえって目が覚めてしまうのです」
「そう、ですか」
「敵は、今夜のうちは動かないでしょう。夜が明けてから攻撃が始まると思います。もう少し休んでいても問題は有りません」
ゴードンには戦場に向かう前にランディに聞いておきたいことが一つあった。ランディの弟が廃人になってしまった理由だ。
「一つ聞いてもいいですか?准尉の弟さんのことです。准尉の弟さんが巻き込まれた事故の真相を、准尉は知っているのではないですか?」
「それは、少尉には関係のないことでしょう」
「いえ、関係は有ります。あの事故は僕の父や兄が所属する宣伝省が、事故を隠蔽したのだと考えています。教えてもらえませんか。あの事故の真相を」
ゴードンの眼差しは真剣だった。ランディにとって、その“真相”は不愉快なもので、出来れば一生触れたくないものだった。ゴードンの瞳はランディの瞳をまっすぐに射抜いていた。ゴードンはあの胸糞悪い“真相”に真摯に向き合うつもりなのだろう。
「これは、オレが外人部隊にいた戦友に聞いた話です。弟はなにしろあの有様です。まともに話すことすら出来ませんので……」
ランディは、ゆっくりと悍ましい“真相”を話し始めた。
UC0079、1月サイド3がジオン公国と名乗り、地球連邦に宣戦を布告した年だ。後に一週間戦争と呼ばれることになる戦役。その最中、ランディの弟のロジャーは、パプア級輸送艦に乗り込んでいた。パプア級輸送艦には、積み荷が満載されていた。
ロジャーはその積み荷の正体を知っていた。士官が、話しているところを耳にしてしまったのだ。この積み荷の中身はガスだ。コロニーを制圧する際に使う催眠ガスである。それをこのパプアは運んでいるのだ。ロジャーにとって、催眠ガスを使うという作戦は平和的で効率的なものに思えた。
ロジャーのこの艦での役割は、積み荷の管理だった。同僚であるドロレスは、ブロンドの髪が特徴的な女だ。童顔で、少女の面影を強く残している。端末を片手に、ロジャーは積み荷の管理を行った。腕の良い艦乗りは、ムサイ級に徴用された。
なので、この艦も含めた輸送艦といったいわば、二線級の艦のクルーの腕は、お世辞にも良いものとは言えなかった。そのせいで、ロジャーたちは、資材の管理を念入りに行うことになったのだ。艦がまた揺れ、積み荷がぐらついた。この艦のクルーは酷い腕前だ。
そう思っているうちに、再び艦が大きく揺れる。その衝撃で積み荷を固定していた紐が解け、コンテナが宙に舞った。このままでは、支障があるのは誰の目にも明らかだった。ロジャーは、コンテナを再び固定するために、工具を取りにコンテナ室から離れた。
ロジャーが工具を取って、コンテナ室に戻ると、ドロレスが宙に浮かんでいた。ロジャーの頬に彼女が吐いたであろう血が付いた。ロジャーは、ドロレスを救助するために彼女に近づいた。彼女はもう手遅れだった。
ドロレスは、白目を剥いていた。口、眼窩、耳穴、鼻腔からおびただしい鮮血が溢れている。ロジャーが異常を感知したころには、もう遅かった。ロジャーの口からもドロレスと同じように、鮮血が零れた。二人は、そのままボロ雑巾のように宙に漂った。
「そのガスは……」
「GGガスという隠蔽性の高い、神経毒です。コロニーにこれが、注入されました」
ゴードンは歯をギリギリと噛んだ。聞いていて胸糞が悪かった。
「そんな大量殺戮が隠されていたんなんて。今まで何億人の犠牲が隠されてきたんだ!」
「汚れ役を担わされた彼らは、薄々は勘付いていたでしょう。しかし、彼らはそれを口外することを許されなかった」
ランディは、淡々とその後の話をした。ルウム戦役が終わり、病院に駆け付けたランディが見た変わり果てたロジャーの姿。ランディはそれが、当初空気漏れによるものだと告げられた。しかし、ダイクン派だった戦友がランディに同乗して真相を伝えたのだ。
「その戦友は、戦死しました。上層部に消されたのでしょう。そして、オレにも上から監視役が送られてきました」
「准尉の弟さんは……」
「弟はオレに対しての人質です。オレが変なことをすれば弟の命が危うい」
ランディは、深く息を吐き、ゴードンに向かい合った。
「少尉。オレとリンゼイをこの任務に選んだ理由は、この“真相”を聞くためだったんですか?」
「いえ、違います。あなたたちを指名したのは、戦場で捕虜を取った数が飛びぬけて多かったからです。戦場の闇に呑まれていないあなたたちと、僕は一緒に戦いたかった。僕は、准尉と軍曹と戦えて光栄でした」
「少尉……オレに万が一の時が有ったら弟を頼みますね」
「約束は出来ません。必ず、必ず皆で生きて帰りましょう」
東の空が、白みはじめる。二機のザクは、朝日を眩しそうに見上げた。
「ハァッ。ハァ」
ゴードンはMMPマシンガンで敵を牽制しながら、ひたすら逃げ回っていた。孤立したのではない。これは作戦だ。大火力を持つ連邦軍に対して、正面から戦ったのでは、たった二機で数に劣るこちらの敗北は自明だ。
では、どうすればいいか。正面から戦わなければいいのだ。一機のザクが囮になり、もう一機が背後から襲い掛かる。ゴードンが導きだした勝利の方程式が、これだった。ゴードンよりもランディの方が、MSの操縦の腕では勝っている。そのため、ランディが後方から奇襲する役を務めるのだ。
この作戦の代償として、ゴードンは、時間を稼ぐために必死に逃げ続けなければならなかった。目標地点に敵を追い込むことは、半ば成功しかけている。数分耐えれば、こちらの作戦勝ちになるはずだった。
ジムがマシンガンをばら撒く。それを避けるためにゴードンは盾にしていた壁から飛び出す。だが、それは敵の罠だった。待ち構えていたもう一機のジムが撃ったバズーカは、ザクのバックパックを潰した。移動速度が目に見えて落ちる。
ジムにとっては、これは好機だ。ザクは、マシンガンを連射しバズーカ持ちのジムを遠ざけようとする。必死になるあまりに、後方はがら空きだった。ジムは、スラスターを点火し、ザクに肉薄する。モノアイが上空のジムを捉えた。
ザクからSマインが放たれた。対人用地雷とはいえ、それは空中のジムの視界を奪うには十分すぎるものだった。その隙に、ザクはジムから距離を取ろうと後退する素振りを見せた。ジムのバズーカ弾がザクをかすめる。
直撃こそしなかったものの、その爆発の余波は、ザクをよろめかせるには十分だった。ジムはバズーカを捨て。ザクの頭部を掴んだ。ミシリ、という音を立てて、ザクの頭部に亀裂が走った。そして、モノアイが壊される。
ゴードンが見ているコクピットのモニターが、真っ暗になった。サブモニターには、こちらにビームサーベルを抜いて、肉薄するジムの姿が映っていた。ゴードンには、ビームサーベルを回避する方法が見つからなかった。
ザクは、腰を地面についていてすぐには起き上がれない。ゴードンは、操縦桿を握りしめ目を瞑った。だが、ゴードンに死神は微笑まなかった。目を開くと、そこには、ヒートホークとバズーカを持ったザクの姿が有った。
二機のジムは、地面に横たわり完全に沈黙している。この炎の激しさではパイロットは助かりはしないだろう。
「少尉、ケガは有りませんか?」
「ええ。助かりましたよ」
通信から聞こえてきたランディの声に、ゴードンは安堵の笑みを浮かべた。
「少尉!?」
ランディの怒声が、通信機から聞こえた。機体が大破しかけ、ランディが二機のジムを倒したことで安心していたゴードンは、
ランディは、スラスターを全開にし、ゴードン機の上に被さった。旧ザクのヒートホークが、ランディ機のバックパックを斬り割く。だが、浅かった。致命傷には届かない傷だった。旧ザクはそのまま、ランディ機に押し倒された。
ザクにタックルを受けた衝撃で、旧ザクは後ろ向きに地面を滑っていった。ランディは、大破したゴードン機を庇うために、旧ザクに追い打ちをかけようとする。だが、先ほどのバックパックの破損により、十分な出力が出なかった。
コクピットに響くアラートがやかましかった。ランディ機には、スラスターを使った機敏な動きは、不可能だった。それを旧ザクは察したのだろう。スラスターを開放し、ヒートホークを構えながら、ランディ機に迫った。
「クソっ!」
背後からの急襲をランディ機が避けることは不可能だった。それでも、旧ザクのヒートホークはランディ機に届かなかった。頭の吹っ飛んだゴードン機が、スラスターを全開にし、体当たりを仕掛けたのだ。ゴードン機が、旧ザクにのしかかり抱き着いた。
ゴードン機には既に武装は無かった。そんな状態で何をしようというのか。ランディの頭にある可能性が浮かんだ。
「准尉、離れてください!」
「少尉!まさか!」
ゴードンは、ザクを自爆させ、旧ザクを仕留めようというのだ。無茶で無謀な案だ。手足を抑えられた旧ザクもその可能性に気が付いたのだろう。必死にゴードン機を振り払おうとしている。ランディは、コクピットから脱出し、地面に落ちようとしているゴードンをザクの手のひらで受け止めた。
旧ザクは、ゴードン機の手足をヒートホークで斬り落とし、そのまま足蹴にした。ゴードン機は、旧ザクからほんの少し離れた場所で爆発した。ゴードンは、ザクの手の平で生身の少尉を咄嗟に庇った。旧ザクは、燃え盛る火炎に機体を炙られたが、依然として健在だった。
立ち上がる旧ザクをモノアイで捉えたランディは、気絶しているゴードンを地面にやさしく横たえた。それから、傍らに落ちているヒートホークを拾い上げ、旧ザクに対峙した。旧ザクは全身から煙を立ち昇らせながら、こちらに向かってくる。
接触回線が、相手のパイロットの声を拾った。女だった。中年の域に差し掛かろうという女パイロットが、旧ザクには乗っているのだ。狂気に包まれた咆哮と共に、ランディ機にヒートホークを振り下ろした。
ランディ機と、女の旧ザク。二機のザクのヒートホークが、音を立て衝突する。火花と熱が飛び散った。旧ザクは、スラスターを開放しランディ機を押し倒しに掛かる。ランディもそれに対抗しようとするが、先ほどのバックパックの破損がそれを許さなかった。
旧ザクに押され、ランディ機は壁に激突した。壁は、巨大な質量を受け止めることが出来ずに、崩れ去った。押し倒されたランディ機は旧ザクを押しのけて立ち上がった。だが、立ち上がった瞬間に旧ザクの痛烈な蹴りが、機体をぐらつかせた。
片膝を付いた格好で、ランディ機は地面に倒れた。立ち上がるよりも目の前に振り上げられた旧ザクのヒートホークが、機体を焼き切る方が早い。ランディの額を冷汗が伝った。