旧ザクは、ヒートホークを振り被ったまま、動きを停止した。女の慌てた声が、接触回線越しに伝わった。
「なんだッ!オーバーヒート!!」
ランディ機のヒートホークが、旧ザクの肩に突き刺さった。ヒートホークはバターのように旧ザクの装甲を溶かし、左腕を斬り落とす。旧ザクは、地面に倒れ伏した。動く様子はない。ランディはすぐに、ゴードンの元に戻るために、旧ザクに背中を向けた。
ゆらりと、幽鬼のように旧ザクは立ちあがった。ランディが刺したヒートホークを残された右手に持っていた。ランディが、背後からの致命的な一撃を避けるには時間が足りなかった。だが、本来、致命的になるはずの一撃は、背中を斬り割きコクピットに少しの損傷を与えるだけで終わった。
リンゼイのザクが旧ザクに体当たりをしたからだ。最後の悪あがきを邪魔された旧ザクは、今度は完全に沈黙した。そして、コクピットから女が現れた。連邦の女士官だった。髪は血に染まり。瞳は憎悪で血走っている。
「ジオン……ジオン!!」
女は拳銃をザクに向けて連射した。白煙と発砲音はやがて尽き、女は地面に倒れた。モノアイに映った女はもう息をしていなかった。
「ランディ、無事??」
「おいおい……コードネームはどうしたんだ」
「そんなこといいでしょ。無事で、無事でよかった。もう、心配したんだから」
リンゼイは、ザクのコクピットから降りて、行動不能になっているランディ機のコクピットを開いた。先ほどの一撃はコクピットをかすめたようで、ランディの腕は血まみれだった。
「応急処置をするわ。我慢してて」
「痛ぇ。イテっ。もっと優しく出来ないのか?」
「怪我人は喋らないで」
ランディの手当てをするリンゼイの瞳が、何かの影を捉えた。リンゼイが、スナイパーライフルのスコープで覗き込むと、それはゴードンだった。
「少尉、無事だったんですね」
「曹長こそよく無事で。准尉は大丈夫なんですか?」
「ああ、ちょっと動けねぇが大丈夫だ」
ランディは弱弱しくゴードンに手を振った。
「二人で、核を探してきてくれないか?オレは動けないんだ」
「ランディを置いて行けと?」
「そうだリンゼイ。優先順位ってものが有る」
「でも!」
「オレは大丈夫だからさ」
ランディの懇願にリンゼイは折れた。
「分かったわ。出来るだけ早く戻るから」
「准尉、すぐに戻りますから」
リンゼイとゴードンは、仕方なくランディを置いて、核を探すことになった。戦場の余燼が燻る中を二人は歩いた。入手した地図と位置を照らしながら、見落としがないか慎重に探していく。とある建物の中に二人は入った。
部屋の隅の目に着きにくい場所に、地下への鉄扉が有った。所々さびているそれを開くと、そこには地下へと繋がる階段があった。電気設備は破損しているようで動かない。二つの懐中電灯の明かり。それだけが、階段を照らす光源だった。
金属製の分厚い扉には色褪せたハザードマークが残っていた。ゴードンは、扉の鍵に爆弾を仕掛けた。仕掛けられた爆弾が爆ぜ、重い扉が開く。懐中電灯の光で照らされた扉の先には何もなかった。核はおろか、爆弾の欠片も残ってはいない。
「何も、ない……」
「なんだったんだ。この戦いは何だったんだ。僕たちは何のために!死んでいった連邦兵士は何のために!」
ゴードンが地面に拳を叩きつける音が、地下室に反響した。
「少尉、戻りましょう。准尉が心配です……」
「ええ……」
二人は重い足取りで地上に向かって階段を上った。鉄扉の向こうから差し込んだ光が、二人には眩しく感じられた。地上に出ると、周囲を囲んだ連邦兵が銃を二人に突き付けた。
「動くな。武器を捨てろ。我々は、地球連邦軍軍警察だ」
「連邦軍!」
「抵抗は無意味だ。大人しく降伏しろ」
リンゼイは、ゴードンの袖に素早く偽の将校身分証を差し込んだ。
後世では一年戦争と呼ばれるこの戦争は、ジオンの敗北という結果で終戦を迎えた。
一週間戦争と称される宇宙での緒戦で、ジオン公国は勝利を得る。その勝利の後に行われた、コロニー落としは地球に惨禍と悲劇、そして憎悪をもたらした。悲劇は、それでは収まらなかった。地球へ降下したジオン公国軍は、地球のあちらこちらで戦禍をまき散らした。
地球連邦軍もただ蹂躙されるだけではなかった。一大反抗作戦であるオデッサ作戦だ。この作戦の成功により、ジオン公国は地球上での優位を失った。連邦軍は、ジオン公国の宇宙要塞であるソロモンを陥落させ、サイド3ジオン本国の防衛の要であるア・バオア・クーを攻略した。
ア・バオア・クーを失ったジオンは、月面都市グラナダにて地球連邦と講和を果たし、この人々に癒えない傷を残した惨たらしい戦争は終わりを迎えたのだ。
バイコーヌの街を一台のバスが走っていた。バイコーヌ宇宙港からジオン本国へ送られる捕虜が、そのバスには乗っていた。
「機材の都合で、貴様らにはこの街に滞在してもらう。街から出ようものなら脱走班として銃殺する。くれぐれも変な気を起こすなよ」
「バカ言うな。とっととこんな所からはおさらばしてえよ。逃げるわけないだろう」
「私語は慎め」
「うるせー」
一人の男の弁に、何人かの捕虜が同意した。捕虜収容所での生活は息苦しいものではあったから、その気持ちはゴードンにもわかった。スペースコロニーとは違い、地球では虫や砂やらにも悩まされてきたのだ。
ゴードンは、少しの荷物を持つ。それから、時間を潰す場所を探すために周囲を見回した。街外れに古い様式のバーが有るのをゴードンは目ざとく見つけた。砂で曇った硝子の向こうには、酒瓶が並んでいた。
ゴードンが、扉を開くと、カラン、カラン、とドアベルが鳴った。古めかしいバーカウンターに中年のバーテンダーが一人立っていた。ゴードンはカウンターに座る。バーテンダーが、シェイカーを机に置き、ゴードンに視線を向けた。
「いかがいたしますか?」
「ギムレットを」
バーテンダーは、ゴードンが膝の上に乗せた本に目を止めた。
「
「いえ、遅すぎたくらいなんです」
バーテンダーと、ゴードンは顔を見合わせ笑った。
「おいおい、勝手に人を殺してんじゃねぇよ」
「准尉。無事だったんですね……」
「ああ。オレはタフだからな」
「ちょっと、私もいるんだけど」
ゴードンとリンゼイもゴードンと同じ便で宇宙に帰るようだ。収容所で会うことは無かった三人は、偶然、この場所で再開したのだ。
「その本、少尉も読んだんですね」
「ええ。収容所の図書館で見つけましてね」
「どうでした?」
「哀しい友情の話でしたよ……」
ゴードンが持っていた本の表題は「The Long Goodbye」だった。今は無きウィルが好きな作家だったレイモンド・チャンドラーが書いたものだ。
「ウィルを思い出しちまう」
「そうね……」
「マスター、ギムレットを三つ頼めるかな?」
四つのカクテルグラスがテーブルの上に並べられた。
「ウィルと、この戦争で散った死者へ」
三人は、祈りを込めてギムレットを飲み干した。