「おお、何とも麗しい赤子か!」
フリードリヒ皇子は一瞬驚いてしまった。あの厳格な父が、いつも顰めっ面をしていて、一度も自分に笑顔を見せたことがなかった父が、初めて笑顔を見せたのである。彼を笑顔にさせたものは、彼の腕の中にしかと抱きかかえられている赤ん坊であった。
女の子の赤ん坊。しかも自分の妹。自分にも妹は何人かはいるものの、自分とそんなに年齢が離れておらず、しかもほとんど顔を合わせたこともなかったので、フリードリヒが初めて見る「妹」の赤子は、ある意味新鮮味を感じるものであった。
「妹」は父の腕の中であぶあぶという可愛らしい声をあげながら、この世に生まれてきた喜びを味わうかのように笑顔を見せていた。
「……父上。もうそろそろ私めにも抱かせてはくれないでしょうか」
自分と同じく父上と帯同していた皇太子リヒャルトが不満そうな声をあげた。もうここ二十分近くも妹を抱いているのは父なのだ。不満の声のひとつくらいあげても不思議ではない。
「兄上の言う通りです! もうそろそろ私めにも抱かせてもらえないと。我らの妹ですぞ!」
同じく不満そうな声をあげたのは、リヒャルトとフリードリヒの弟であるクレメンツ皇子である。
「うるさい! 親たる私が長い間抱いて不満と申すのか!」
父オトフリートは二人の息子の不満に怒声を持って答えた。
「やはり貴様たちを連れてきたのは間違いだった! 今すぐここから出て行け!」
父の剣幕を受けて、二人の皇子は顔を見合わせると、仕方ない、後で出直そうといった感じで踵を返して部屋から出て行った。
赤ん坊は先ほどの怒声を聞いてしまったのか、今度は打って変わって今にも泣きそうな表情に変わっていた。
「……父上」
フリードリヒは先ほどまでの怒りの表情を見せていた父親に様子を伺うかの声で呼びかけた。
「今にも泣き出しそうです。父上はこの後も政務がおありでしょう。私があやしておきますから……」
「何!? 貴様もか……!」
父は一瞬怒りの表情を二番目の息子に向けたが、少しの間をおいて、確かにそうだなと呟き、
「……わかった。娘は貴様に任せる。……絶対に間違えて落としたりするでないぞ」
と言ってフリードリヒに妹を手渡し、踵を返して部屋から出て行った。
部屋にはフリードリヒと生まれたばかりの妹が取り残された。妹は先ほどまで抱かれていた腕が突然消えたためか、今にも泣き出しそうだ。
「ふ、ふぇ……」
「……よしよし。お兄ちゃんがついているからね。よしよし……」
フリードリヒがそう言って頭を撫でると、気に入ったのか、妹はきゃっ、きゃっ、と言って笑顔を見せるようになった。
「……確かに父上が独占したくなるのもよく分かる」
フリードリヒは自分の腕の中で笑う赤ん坊を見ながらそう言った。確かに、これだけ可愛いのだからあの父上が独占したくなる気持ちもわからないでもない。
フリードリヒは赤ん坊をそっと元にいたベビーベッドに戻し、掛け布団をゆっくりとかけた。段々と眠くなってきたのか、赤ん坊はうとうととしだすと、そのまま眠ってしまった。
「……可哀想に。生まれてくる場所さえ違っていたら」
フリードリヒはぼそりと、しかし確かにそう言った。生まれてくる場所さえ、せめてゴールデンバウム家にさえ生まれていなかったら。政争から距離をおき、健やかに過ごし、育つこともできたであろうが、皇族たるゴールデンバウム一族として生まれたからには、宮廷の魑魅魍魎どもが放っておくはずもない。
(……せめて彼女が健やかに育つよう、守ってやろう。皇族としてではない。一人の兄として)
フリードリヒは踵を返して部屋から出て行った。生まれてきた赤ん坊は、三日後に“アグネス”と名付けられた。
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