帝国学士会の御進講、アグネスにとって、これも日常的に行われている拷問の一環であった。悪意のない拷問――自身が微睡でもすれば、自身の何倍も生きた老学者達は、たちまち文字通り全てを奪われて死ぬかもしれない。彼女は実体験でそのことをよく理解していた。
だが、今日の進講の担当は年若く、異様な光を目にたたえた哲学者であった。
……哲学について二、三、言葉を交わすと若き哲学の徒は挑むように皇女に尋ねる。
「皇女殿下。皇帝陛下からの愛を受け、何故にそれほどまでにすべてに怯えておられるのか。貴方は皇帝陛下が愛を与えるのであれば、その与え方を正すのも愛、殿下は父君に愛をお示しにならぬのか」
アグネスは何を言われたのかわからなかった。まず恐れたのは彼の言葉の中身ではなく、近衛が踏み込んできて、この男を打ち据えることであった。
「……え? わ、私は皇帝陛下の娘だから……。私は、そのような事は出来ません」
答えにならぬ答えを賜った哲学徒は哀れむように“進講”する。
「殿下は思い違いをしておられる。皇女という肩書は殿下の思うほど軽い物に在らず、皇帝陛下の愛情は幾たびもの流血で衰えたようにも見える。
ならば殿下が陛下の愛情の示し方を変える努力は、本来何人も歪められぬはずなのです」
言葉を切り、哲学徒はアグネスの目を覗き込んだ。
「殿下、殿下の望まぬ流血を止めぬ責任は、己自身にあるのではないのですか?」
ようやく、この男が自分を責めているのだと理解した彼女は混乱した。父に逆らうなどと考えたこともなく、“道徳的にも”許されるわけもない! にもかかわらず、目の前の男は、何故、そのようなことを言うのか。
「……そ、そんな……。わ、私は、そんな事を言われても……」
一方的にアグネスを非難し、失望の色を浮かべて彼女に対して慇懃な一礼をし、去っていった異様な哲学者は、二度とアグネスの下に訪れることはなかった。
彼は国家転覆を目論む民主共和主義者の一人として逮捕され、社会秩序維持局による取り調べ――実際は拷問であろう――の末に罪を自白し、思想犯罪者として死んだと伝えられた。
それが父のいつもの【愛】なのか、それとも本当にあの異様な言葉が“民主主義”とやらいう危険思想からくる産物であったのか――それは皇女にはわからぬことである。
わからぬことではあったが、異様な哲学者の言葉は自分の罪悪感の根源をついていたようにも感じ、忘れることができぬことであった。
担当は兵部省の小役人