「よもや、ここまでとは」
そう、ベッドに横たわる女性――見た目も『中身も』人形のような妹アグネスを見て男は呟く。
彼はこの銀河で一番の権力を振りかざせる者、銀河皇帝その人であったが妹のこの病状を治せる者を呼ぶ力はなかった。そもそも、どのような人物が不憫なる妹を治せるのか知らないのだから。
アグネスは先帝に溺愛された娘であった。が、その度合いは概ね籠の中の鳥に近かった。戸を開ける音でアグネスを起こした従者を処刑することから始まり、門閥貴族から平民まで分け隔てなく幾千の者が散らされていった。
父娘の親友であったロスジェーン公父娘が肉片一つ残さず焼かれた時に全ての者は逃れることは無理だと確信し、アグネスを避けた。関わろうとした弟は虫の如く消され、アグネスの機嫌を損ねたとされた従者の骨で部屋一つ埋められる程になってもそれは止まらなかった。
彼は癖の悪い性格であったが妹のことを案じ、避けることもなければ無理に近づくこともなかった。そんな兄に少し気を許していたアグネスは、むしろこちらを少し避けていたのだ。勿論、気取られぬように。避けていることがわかれば彼の魂はとっくにヴァルハラ送りだった。
そんな妹は先帝の存命中、遂に解放されることはなく、ようやく彼に帝位が回ってきてから解放されたのだった。
が、解放された途端にアグネスは体を壊した。父の死のショック、突如としての解放と晒される奇異な視線、元の体質、或いはその全てか。アグネスの身体はそっと終わりへと向かっていった。
彼は執務の合間を縫って妹を見舞ったし、好物を極力食べさせ、本を与え、生きる気力を出させんとしたが、それも全て意味を成さず日に日に弱っていく妹を見て彼は後悔と自責、妹への感謝と父への怒り、このようなことになる帝国の体制への絶望が積もっていった。
そして、アグネスがそっと口を開いた。
「兄様」
「アグネス、アグネス!」
手を握り、声をかける。
それすらも父のいた時にはできなかった。
「兄様……」
「アグネス、何か、頼みは」
「兄様……願わくば、私は、美しき薔薇のように……ありたいと思っておりました」
弱々しき声、迫る終わり。
男は黙って聞く。
「しかし、父上は……人形のように私を扱っておりました」
「私に、棘があれば父上を止められたのでしょうか……」
そこにあったのは後悔、それだけであった。
希代の悪女等ではない、一人の悲劇の乙女。
「あれで、よかったのだ。棘があれば、より民が……」
「兄様……ありがとう、ございました……」
そっと、涙と共に手から力が抜ける。
とすり、との音と共にその腕が動かなくなる。
全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝であるはずの男は、一人でただ静かに身を震わせながら泣いた。
担当はロロナ