通例として帝国での葬儀は土葬であるが、今上としては妹への葬いは違う道を選択するものであった。
そのようにフリードリヒ四世に決心させたのは妹の遺言であり、鎮静剤(と称する何かによる微睡)より正気を取り戻した末期の遺言はこうである。
「兄上、どこでもない所へ私を…」と小さく口にするとまた息が穏やかにそして消え入りそうになるのであった。
フリードリヒ四世は通常通り埋葬し、遺体ないし遺品の一部を先に薨じた兄たちと揃って別の場所に小さな墓地と庭園を用意するつもりであったのだ。しかし最後の願いを聞いてしまえば、最早憂き世に妹を留め置く理由も無くなるのは不可避のものである事は言うまでもない。
金印勅書を携えたグリンメルスハウゼンが殯の如くする棺の開封すると生前の苦しみを幾らか残した表情の妹の顔が有ったという。僅かな武官を召し出して簡素な白木の棺に公主を移すと最後に顔に触れて言葉を投げかけたのである。
妹の頼みであったとはいえ死後に焼くという行為は皇帝からすると耐え難い物が有ったのは事実である。故に自身が付き合ったのは弔いのための嬪殿から公主を運び出すまでであった。
幾日もしないうちに恃みの近臣が灰の入った白磁の壺を携えて戻るとしばらく放心していたと宮廷女官の日誌に記載がある。
二日ほど皇宮の一室に籠った後三日目の朝に例の如くグリンメルスハウゼン子爵を召してアグネス皇女の薔薇園へ赴く。公務に関わる事柄を除き、積極的になにごとかを成そうという意思に欠けた皇女が、唯一自ら望み、育て愛でていた薔薇の園である。
皇帝はしばらく世話がされず枯れかけた薔薇を見ると庭の主も居らず妹と共に送るかとも思うが、小ぶりの赤薔薇を見るとどうしても未練があったのだ。棘などは気にもせずに近寄ると、いと労たしなる様で触れて座り込む帝の足元には二、三滴の雫が朝露の代わりに落ちるのであった。
後ろで遺灰を携えた子爵は垂れる赤色を思うと耳元で囁いて御意を得るのである。散骨という文化はゴールデンバウム朝でも非常に稀な事例であった。ましてゴールデンバウム王家に連なる高貴なる者の葬いの在り方としては、異例中の異例といってもよい。
ただ確かなことは、妹の望んだの葬いをフリードリヒ四世は遺漏なく完璧に執り行ったこと。そして妹の薔薇園を引き継ぐことを決めたことである。この二つである。
これが身分を問わず恐れられた【血塗れのアグネス】の人生の最終章であった。
担当は東莱