パラダイスロスト   作:緑川蓮

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砂さんのキャラ借りてます


本編


 

 

 

 そう、常夏を感じさせるパッションと共に……――般若の面を着けているオカマが舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 砕け、ひび割れた空が……まるで「牢獄の様だ」と、いつ見ても少女は思う。

 寂れた墓地の様なビル街や割れた光子(フォトン)ガラスに、砂塵を伴う乾いた風が吹き晒す。粗末なローブを纏う少女と青年は、生命の気配が失せた瓦礫まみれの街路を行く。

 キャンプシップを補修する為の素材と、手付かずの保存食を探し漁った帰路である。残念ながら今日も成果は芳しくない。

 

 せめてナベリウスやウォパルへ行く事が出来れば、少なくとも食料の心配はせず済むのに。

 あるいはここで事切れる方が早いかしら、と少女は独り言ちた。

 路傍で転がる風化した亡骸に自身の行く末を重ねる。紙のような皮膚が、白骨を覆ってまだら状に張り付いている。剥き出しな肋骨の内側は空洞だ。

 しゃがみ込んで両手を合わせる。地球ではこうやって死者を悼むという。どこの誰とも知れない屍だが、少女に見ないフリは出来なかった。

 しかし亡者の安らかな眠りを祈ったのか、それとも少女自身の人間味が少しでも生き残り続けて居られる様に祈ったのか、どちらなのかは分からない。

 

 空を見上げる。雑音混じりのホワイトノイズと、黒い亀裂が頭上を覆っていた。色褪せた陽が、ビル街の歪なシルエットをいっそう際立たせている。

 巨大モニターの太陽は動かない。数年ほど前を境に狂い、赫々とした夕焼けを映し続けるのが常となったらしい。少なくとも少女と青年はここへ来てから、白々とした朝も、青く突き抜ける様な昼も、吸い込まれそうな程に黒い夜も見ていない。

 

「行くぞ」

「……ええ。お待たせ」

 

 不愛想な青年に呼ばれ少女は応じる。立ち上がり早足で青年の元へ行く。暮れる事の無い斜陽で2人の影が長く伸びていた。

 ここは宇宙を巡る、オラクル船団の果ての果て。管制を放棄されて久しいアークスシップの一隻であり、または『ネームレスシップ』と呼ばれている。ただし切り離された筈の、その船の存在を知っている者達からは、であるが。

 

 在りし日の喧騒は面影も無い。辛うじて息を潜めているのはかつて取り残された『元』一般市民と、アークスの目が届かない事をこれ幸いとばかりに屯するならず者、テロリスト、傭兵ばかり。

 ひとまず少女と青年の2人は最後者であった。

 故に彼らを訪ねる者があるとすれば、仕事の依頼であるか、どこぞで恨みを買った報復か――。

 

「後を尾けられている」

「大丈夫、ちゃんと気付いているわ」

 

 ――アークスから遣わされた追手か、の3択である。

 後方に気配は複数、それぞれ足並み揃えた動きでこちらを窺っているらしい。

 

「教本みたいなスニークね」

「基本に忠実ってのは悪かねえ。良くも無ェがな」

「手厳しいのね」

 

 互いに目も合わさず言ってから2人は、射線を切る為に横合いの細路地へ這入り込む。まず追手は狙撃を警戒すべしと、少女もそれなりに長い逃亡生活で学んでいた。

 間もなく入り口と行く先に数名の人影が立ち塞がる。案の定ネームレスシップらしからぬ小綺麗に仕立てられた武装類を着込んでいる。

 前方に2人と、後方は1人。それぞれがパルチザンやツインダガーを持っている。恐らく路地の外側にも何人か銃手が待ち構え、上は狙撃手が警戒し狙いを定めているだろう、と青年は踏んだ。

 路地の幅は成人男性が2人通れるか否かという程度である。パルチザンを持った相手にこの狭さは頂けない。ならば戦場を変えるのが良かろう、と青年は考えた。

 

「ルベル」

「ええ」

「お前から見て右手側、ブチ抜くぞ」

「合わせるわ」

 

 言うが早いか、青年の蹴りが横合いの壁を打ち抜く。

 鈍重な音。舞い立つ砂埃。飛散する瓦礫。紛れて男女は室内へ転がり込む。

 追手達も即座に駆け込み追従する。

 3名の追手を待ち受けていたのは、少女『ルベル』が片手で構えるアサルトライフルの銃口。

 

「シフト――『クーゲルシュトルム』!」

 

 引き絞られたトリガーと共に、銃声が連鎖する。

 赤黒いフォトンを帯びた掃射。雨霰となって襲い掛かる。追手の内2人が飲み込まれていく。

 残る1人は大きく飛び退いて壁越しに隠れる。

 隠れた矢先に足元へ何かが転がった。それは陰陽模様が描かれた黒い札。

 

「ラ・フォイエ」

 

 淡い緑色を帯びた炎が爆ぜる。細路地を熱風が駆け抜ける。

 ルベルと青年は室内側の壁に張り付き爆風をやり過ごす。爆風に揺られルベルのローブが落ち、色白い端整な顔立ちとツインテールに纏めた長い銀髪、そして石榴色の紅い瞳が露わになる。

 

「まずは3人ね」

「しっかりスタンモードで撃ったんだろうな。出来るだけ生かして、後で諸々吐かせるからよ」

「貴方こそちゃんと手加減したの? それともこの場合は焼き加減かしら」

「馬鹿野郎、オレが本気でやったらこの辺り一帯はとっくにウェルダンだよ」

 

 そんなやり取りを口先で交わしながら、青年はローブの内側から鍔も飾り気も無い刀剣を抜く。ルベルはアサルトライフル『トラッキングネオン』の根元に備えられたスイッチを押して、砲身の根元から細い柄を伸ばす。するとトラッキングネオンは大鎌の様なシルエットに変形した。

 まだ細路地に何人か追手の気配がある。恐らく外側で待ち構えていたであろう銃手達だ。しかし先程の様な誘い込んでの奇襲を警戒しているのか、中々攻め入って来ない。

 

「飛び出して()()()()()()()()()突っ込むぞ」

「……分かったわ」

 

 青年の言葉にルベルは固唾を呑んだが、一呼吸おいてから頷く。

 籠城している内に増援を呼ばれてしまうと少し厄介だ。自ら仕掛ける必要がある。ルベルと青年は一度だけ視線を合わせた。そして壁に空いた穴から飛び出す。

 飛び出したルベルと青年を待ち構えていた追手の銃手達。躊躇いなく引き金を絞る。

 しかし弾丸は2人に通らない。

 

「味方相手に、随分と容赦無いものだわ!」

 

 ルベルと青年が、気絶した追手の襟首を掴み――盾にしていたからだ。

 2人はそれぞれ生身の盾ごと銃手に突進する。もつれ込んだ瞬間に煌めく一閃。刀剣の峰打ちと、柄込みによる痛打で、銃手達の意識を刈り取る。

 これで都合5名。

 

「後は隠れている狙撃手が居れば、この人達を人質にして炙り出そうかしら……て、あら……?」

「何だ、今更気付いたのか」

 

 立ち上がったルベルは違和感を覚えた。自分達が盾にした筈の追手は傷を負っていない。

 あれだけツインマシンガンで弾丸を叩き込まれたというのにだ。

 つまり銃手達も同じ様に、最初からスタンモードで撃ってきていたという事に他ならない。

 

「私達を『始末する為』じゃなくて、捕縛が目的だったっていう事……?」

「かもな」

「何よ、そんなしれっとして……最初から気付いてたっていうの?」

「殺気が無かったからな」

 

 困惑するルベルに対して青年は抑揚の無い声で返す。

 それから乱雑に追手達の内3人を蹴って折り重ね、その上に腰を下ろした。懐の(オラクルでは珍しい)紙巻き煙草を取り出し、咥えて先端に極小のラ・フォイエで火を点ける。

 端的が過ぎて要領を得ない青年の応答に苛立ったルベルは、声を荒げながら彼に詰め寄る。

 

「あり得ないわ。もう随分前から私達は即時排除の対象に指定されているのよ。だって……」

 

 

 

「――だって君はダークファルス【明星(ステラ)】そのもの。超が付く程のお尋ね者……だもんね」

 

 

 

 ルベルは即座に声が聞こえた方へ振り向く。アサルトライフルに変形させたトラッキングネオンの銃口を差し向ける。青年は振り向かず、意識が無い追手達の上に座ったままで深く煙を吐く。

 細路地の向こうから女性が歩いてくる。追手達と似た様な装束に身を包んだ女性だ。

 ルベルに似た銀糸の髪の合間から、浅葱色の瞳が覗いている。背丈もルベルと同程度だが、歳は青年と同じ位だろうか。お世辞にも屈強ではない、朗らかな声色と柔和な表情の女性だ。

 

「初めまして、ルベルとウィリディス。資料で見たより少しやつれてるかな?」

「そこまで知ってんなら、殺す気でも無きゃあオレ達の相手にゃならねえって事も分かんだろが」

「殺気が無い相手に、君らが本気で殺しにかかる事は無いのも、ね」

 

 女性はウィンクしながら言ってみせる。青年『ウィリディス』は眉を吊り上げ、刀剣の柄を握る手に力を込めた。舌打ちをしながら女性の方へ、ローブの下から翡翠色の右目で睨み付ける。威嚇する様に、わざと刀剣を転がる追手達の側の地面へ突き立ててみせた。

 

「おちょくってんなら話は別だ。手前(てめえ)は誰だ。何が目的だ。さっさと答えな」

「私の名前はルディア。安心して、私達は()()敵じゃない。それを証明する為に、ぜひ見て欲しいものがあるんだ」

「見て欲しいもの……?」

 

 ルベルは銃口を下ろさないままで訝し気に繰り返す。女性『ルディア』が怪しい動きをしない様、努めて注意深く観察するつもりだった。

 対するルディアはナノトランサー(※注:フォトンにより空間を一部掌握し物を収納する機構)を介して、オラクルでは見慣れない「それ」を取り出す。

 ルベルとウィリディスが「それ」について知っていたのは、ある程度『地球』という惑星の文化について明るかったからである。

 

「……ラジカセか?」

「……ラジカセね」

 

 いわゆるCDラジカセ、それも地球でさえ使われなくなって久しい旧型のモノだ。オラクル船団と地球の間に交流が出来て以降、地球側の文化や物品が、骨董的な価値を伴って流入して来る事は増えた。

 しかし、なぜ今ここでおもむろに音楽機材を持ち出したのか。

 その意図が読めず警戒し続けるルベルとウィリディスを他所に、ルディアはいそいそとカセットテープを差し込み「▶再生」と書いてあるボタンを押し込む。

 

「ミュージック、スタートッ!」

『……サンバッ↓』

 

 ピーヒャラピーヒャラチャカポコチャカポコと愉快なリズムが弾け始める。

 ルベルとウィリディスは更に訝し気な表情になる。

 ウィリディスの煙草の灰が落ちる。

 ルディアは両腕と腰を思い付きの様な振り付けで楽し気に揺らしている。

 

『サンバッ↓……デ↑ジャネ-↑●ロ……』

 

 愉快なリズムにシンセサイザーのメロディまで加わっていよいよ盛り上がり始める。

 ルベルとウィリディスは訝し気な表情というか唖然としている。

 煙草の半分位が(ハイ)になっている。

 ルディアが下手くそな踊りを披露している、その階段がある奥の方の、上階から降りてくる全長2メートル弱の影があった。

 黒いタイトなボディスーツの上から、これも地球で言う定義の「和風」に当たる羽織りを広げ、まるで踊り回る蝶の様に彼は舞い降りた。その顔には、威風堂々たる般若の面。

 そう、常夏を感じさせるパッションと共に――……。

 

 

 

『サンバッ↓! デ↑ジャ●ー↑イロ!!!』

「ん2人共ォ~お久しブリィ! ねェ聞いてェ! な・ん・と! アナタ達に『特赦』が下りたわよォ~!」

 

 

 

 ……――般若の面を着けているオカマが舞い降りた。

 

もう本当にねェ! ん良かったわねぇアンタ達ィうおっ危ねッ!!!

 

 そして青筋を浮かべてブチ切れるウィリディスの目にも留まらぬ刺突がオカマの頬を掠める。

 ルベルは目が点になっているし、ルディアは踊っている内になんだか楽しくなってきていた。

 

 

 

 

 

 

 かくしてアークスが『特殊作戦遂行部隊』総隊長ルディアと、オラクル船団と地球を股にかけるカリスマファッションデザイナーことアーテルは、頭にタンコブをこさえて正座させられていた。

 目の前で仁王立ちするウィリディスは、素で般若の様な表情になっている。口の端から闘気とか諸々含まれていそうな白い煙が噴出し、刀剣の峰で自らの肩を軽く叩き2人を威圧する。

 ちなみにルベルはさっき起き上がってきたルディアの部下達を介抱しているようだった。

 

「ほーん。確かにアーテル連れて来れば嘘とかブラフじゃねえって証明すんの手っ取り早いわな。だがアーテルは()()()()()()()()()だし、1人でこのクソ治安悪ィ場所へ寄越す訳にも行かねえ。そんなワケで護衛と正式なメッセンジャーを兼ねて、わざわざ特殊作戦遂行部隊の総・隊・長・殿がおいでなすったっつー事ね。合ってるな?」

「ヒャイ……」

「うんうん、話が早くて助かるわァ!」

「おいオカマ手前(てめえ)はちったぁ悪びれろやスットコドッコイ! あといい加減テープ止めろ!」

『サンバッ↑!』

「うるせえ!」

 

 大袈裟に何度も頷き親指を立てるアーテルの、頭頂部に小気味良い平手打ちが炸裂する。横合いからすっかり縮こまったルディアの「ヒエッ……」と蚊の鳴く様な悲鳴が漏れる。そしてルディアは子ヤギの様に震えながら『■停止』と書かれたボタンに手を伸ばす。

 ウィリディスは特大の大きなため息をつき眉間をもむ。ついでに煙草を再び取り出す。ルベルがじっとりと非難の視線を浴びせかけるが、この際知った事ではない。吸わずにやっていられるか。

 

「そもそも……まあ先に仕掛けたのはオレ()だが……なぜアンタらも武器構えて囲んで来た?」

「それはゴメンね。でも()()()()()()()()()()()んだし、ちょっとは人となりと……そして、どのくらい遣えるのか知っておきたくて」

「手前勝手の好奇心で部下を危機に晒したのかよ。とんだ総隊長様だ」

「そう言わないでよ。どの道、頭が固い人達へのプレゼンは必要だったんだからさ。私達に負ける様な人達を特別扱いするのは、ちょっと無理があるみたいだしね」

 

 それまで情けない程に縮こまっていたルディアが、しゃんと背筋を伸ばし居住まいを正す。

 ウィリディスが深く煙を吸いながら剣呑な眼差しを向けるが、微塵も臆す様子がない。

 

「それに追手を今まで1人も殺さず追い返してきた人達が言うセリフじゃないよねー?」

 

 口元には半笑いすら浮かべている。されど浅葱色の瞳は凪いだ水面を思わせるほど澄んでいた。まるで「ルベルに人を殺させたくないんだよね?」と、見通しているかのように。

 ルディアが道化を演じるのは終わりらしい。ウィリディスは溜め息交じりに紫煙を吐く。

 

「食えねえ女だ」

「褒めてくれて嬉しいな。閑話休題(それは置いといて)、本題に入ろうか」

「みなまで言うな。さっきから『特赦』だの『肩を並べる』だのうんたらかんたら、察しはついている。今更『ルベルがダークファルスでも大目に見るから、今までの事ぜーんぶチャラにして、アークスへ戻ってこい』ってんだろ?」

 

 ウィリディスはローブを下ろして立ち上がる。ボサボサに伸びた黒髪と鳶色の左目は、東洋風の青年といった容貌である。

 だからこそルディアを見下ろす緑色の右目が、いっそう冷たく無機質に映えた。

 

 

 

「――フザけた事()かすなよ。終の女神(シバ)との戦いが終わってから、ルベルを追いやったのは手前(てめえ)らアークスだろうが」

 

 

 

 ソラを征く航宙船団オラクルの大義は、ダーカーという化け物を討滅する事である。ダーカー達を統べる王こそがダークファルスであり、それらを生み出した根源は【深遠なる闇】という存在だった。

 しかし【深遠なる闇】と、その依代たる【終の女神】シバは、アークスきっての英雄である守護輝士(ガーディアン)によって討ち果たされた。

 アークスとダーカーの長きに渡る戦いは、決着を見せた……かに思われたが。

 

「元々はルベルも、ダークファルスや【深遠なる闇】に対する切り札の1つとして敢えて子飼いにされていた。かつて単身で彼女が宿すダークファルス【明星(ステラ)】を打ち倒した、ウィリディス、君を監視役として」

「黙れ」

 

 ルディアは上司への報告を読み上げる時の様に、平坦な声と無表情で言葉を紡ぐ。

 ウィリディスの声には、静かで重々しい響きと威圧が含まれていた。

 

「しかし最終決戦が終わった後、どこからか強硬派がルベルに関する事を聞きつけた。君はルベルが処刑される前に、彼女を連れてアークスから抜ける道を選んだ」

「黙れ」

 

 ウィリディスの指先から煙草が落ちる。続いてそれを乱暴に踏みにじる。

 ルディアは彼の様子を意に介さず語り続ける。

 

「そこからの逃走劇は見事なものだったらしいね。でも脱出に使ったキャンプシップは一部損壊、辛うじてネームレスシップに不時着した。そして追手をあしらいながら今に至るってところかな。合ってる?」

「言って分からねェなら――……」

 

 ゆっくりとウィリディスが鞘に手をのばす瞬間、アーテルが焦り何かを叫ぶより、起き上がっていた追手達がルディアの方へ駆け付けるよりも早く。

 

 

 

「『()()()()()』」

 

 

 

 ルディアは短く、ただその単語を発しただけである。

 

「……っ、あァ……!?」

 

 ウィリディスの思考にノイズが掛かる。まるで三半規管を弄ばれた様な、吐き気を催す感覚と共に、迸る憤怒に靄が纏わり付いてゆく。

 弾かれ揺れて震える弦が、不意にピタリと動きを止めたように、感情さえ均一化する。脳内情報の処理がひどく緩慢になり、ただルディアの右目の下に浮かび上がる紋様が、怪しげな光を放っている様子だけが印象に残る。

 

「さっきも言ったけれど、私達はもう敵じゃない」

「敵じゃ……ない……」

「だからまずは落ち着いて話をしよう。私達の話を聞いてほしいな」

「話……を……」

 

 朦朧とする意識は水中に似ている。優しくも目まぐるしく巡る水流に、前後も左右も分からないまま囚われている。言われるがままの言葉を反芻する事しか出来ない中、ウィリディスはついに膝をつく。

 それから跪いたままで、ふらつきながら自分の額に手を当てる。

 

 

 

 

――だったら、まずはこの鬱陶しい手品を止めろや

 

 

 

 ばちん、と火花が弾けたような音が鳴る。

 ルディアが目を見開いた。ウィリディスが立ち上がる。ゆらりとした覚束ない動作は、彼自身の荒い呼吸と相まってまるで幽鬼の様に映る。

 同調が無理矢理はじかれた。ルディアは瞬時に悟る。しかしどうやって。表情を崩さないながら困惑を隠しきれない彼女へ、ウィリディスが言い捨てる。

 

「何だ、オレん中のフォトンを勝手に弄くり回したのか。よく分からねェが手前(てめえ)手前(てめえ)ん中を整えさせて貰ったわ」

「フォトンの制御力だけで、同調を上書きした……?」

「まあ、お陰で頭は多少冷えたがな」

「はは……そういう事もあるんだねー……」

 

 唖然とするルディアに対して、ウィリディスは不愉快そうに憮然としたまま頭を掻く。まだ若干の不快感が残っているらしく、眉間のシワが深く寄っていた。

 

「ただオレの答えは変わんねェよ。帰んな。今更、信用出来るワケねェだろ」

「ちょっと待って頂戴、家主チャン」

 

 今度こそルディアと追手達の意識を刈り取るべく改めて進み出たウィリディスの前に、アーテルが横合いから割って入る。般若の面から表情は伺えないが、既に先程までの剽軽な声色では無い。

 

「その呼び方は久し振りだな」

「何もかも水に流せってワケじゃないのよ。でもアナタ、このコ(ルベル)を連れたままいつまで逃亡生活を続けるつもりかしらァ?」

 

 ウィリディスは憮然とした態度を貫く。だがアーテルの問いに、言葉を詰まらせた。

 治外法権のネームレスシップで傭兵稼業とくれば、いつ誰から命を狙われるかも知れない。傭兵稼業とていつも仕事がある訳じゃなし、今日みたいに打ち捨てられた保存食を漁らねばならない事もある、明日をも知れぬ生活だ。ましてや常に追手の危険に晒されている。

 ウィリディスはそれも自分だけなら受け入れていただろう。しかしルベルはどうするのか。

 だがアークスに戻ったとて、ひっくり返った手の平がまた返されない保証はあるのか。

 

「特赦の条件は?」

 

 ウィリディスが、重々しく口を開く。

 

「私達A.J.I.S(治安維持部隊)の指揮下に入る事。特別に許可された状況を除いてルベルのダークファルス【明星(ステラ)】にまつわる能力を使用しない事。2人とも普段の生活は別の名前を使い、ウィリディスとルベルだって悟られない様に最大限の注意を払う事。後は……」

「前までアークスに居た時と同じ様に、家主チャンがルベルと【明星(ステラ)】を見張って、いざという時には家主チャンが()()するコト……他にも結構あったハズだけれど、まずこの辺りかしらねェ」

 

 指折り数えながら言うアーテルに、ウィリディスはあからさまな溜め息をつく。

 それを見てルディアが口を開く。

 

「いちおう補足するね。今回は強硬派が手の平を返したってワケじゃないんだ。アーテルが、君達がオラクルへ帰ってこれる様にって……A.J.I.S(ウチ)の司令だとか、ずっと必死で色んな所に掛け合っていたんだよ」

「司令って……サイラスのおっさんか、懐かしいな」

「今、アークスはちょっとした問題を抱えているのよォ。強硬派は家主チャンとルベルをどうにかしたいのと同じ位に、その問題を解決したいワケ。サイラス司令を始めとした人達の力を借りて、そのジレンマを突いた……大体はそんな感じよォ、今回の特赦に漕ぎ着けたのはねェ」

 

 つまり強硬派の手前、ウィリディスとルベルを泳がせるよりも手元に置いて監視し、なおかつ、その問題とやらを解決する為の人足にするつもり……という建前らしい。

 結局はアークスを抜ける前と何も変わらないじゃねェか、とウィリディスは歯噛みする。強硬派が差し当たっての問題に満足すれば、またルベルへ詰め寄ってくるのは目に見えている。

 

「ルベル」

 

 ウィリディスは、敢えて今まで口を挟まず居た彼女に言う。

 

「お前は……どうしたい。断ってコイツらをさっさと蹴散らすか、アークスに戻るか」

 

 彼女に判断を委ねるのは卑怯と分かっているものの、彼はそうせざるを得なかった。

 アークスを出る時は、彼女の命を守る為だった。それしか選択肢が無かったのだ。しかし今回はいわば「いずれ裏切られるか、明日をも知れぬ生活を続けるか選べ」という2択である。

 こればかりは、ウィリディスにルベルをどうするか決める権利は無い。

 ルベルも「ウィリディスがしたい様にして良いわ」という言葉を、彼の表情を見て飲み込む。

 その言葉は余計、ウィリディスを追い詰める事になると悟ったからだ。

 しばし何も言わずに考え込む。沈黙の時が流れ、皆が一様にルベルを見つめている。

 

「私は」

 

 そして逡巡が終わる。落としていた視線を上げ、彼女はルディアに告げた。

 

「アークスに戻るわ。誰の思惑とか関係ないもの。やるべき事があるのなら、そこに行く」

 

 かつて同じ意志で、ウィリディスがルベル(ステラ)を黒い鉄格子から連れ出した時の様に。

 ガーネットを思わせる瞳が、ルディアの姿を捉えていた。ルディアは腕を組んだまま瞑目して、満足げに一度だけ頷く。

 

「その答えが聞けて良かった。私達も出来る限りルベルを守るから、力を貸してね」

「大事な時に一緒に居られなくて、本当にゴメンねェ。これからは近くでサポートしてあげられるわァ」

「あら。それはウィリディスが『アーテルは置いていく』って言ったんじゃないかしら?」

「……コイツの身体で、ロクなメンテナンスも出来ねェ逃亡生活は無理だろうが」

 

 ルベルに意地悪げな視線を差し向けられたウィリディスは、バツが悪そうに後頭部を掻きながらルベルの前に歩み寄る。それからほんの少しの間だけ、ルベルを見下ろしながら言葉を探していた様子だが、やがてぶっきらぼうに彼女へ問う。

 

「本当に良いんだな?」

「どちらも悪路なら、私は私に出来る事を選ぶわ。それにね」

 

 ルベルは答えながらウィリディスの横を通り過ぎ、振り返って悪戯っぽく口の端を吊り上げる。

 

()()()()()()()()()、貴方が私を殺してくれるなら、何も怖くないわ」

「馬鹿野郎が」

 

 彼はそう吐き捨てながらローブで頭を覆う。

 まずは私物を回収する為に、自分達の拠点へ向かわねばならない。特赦についても細かい部分を確認する必要があった。ルベルとウィリディスに、アーテルとルディア、そして追手達……もとい特殊作戦遂行部隊の面々は、奇妙な空気感の中で連れ立って歩き出す。

 

「……お前を殺したくねェから、わざわざ抜け出したんだろうが、馬鹿野郎が……」

 

 ただウィリディスは誰にも聞かれない様、本当に小さな声でそう呟いて、後から歩き出した。

 

「ところで先に聞いておきてェんだが、オレらを呼び戻さなきゃなんねえような案件(ヤマ)って何だよ。何ファルスだ、それとも何の闇だ、あるいは何の女神だ」

 

 今度は声を張り上げて、ウィリディスはルディアに尋ねる。ルディアは首だけ半端に振り返って「あれ、まだ言ってなかったっけ?」みたいなすっとぼけた表情をする。

 ウィリディスは「まだ言ってねえよ」的な感じで露骨に顔をしかめる。

 他の部隊員達も「まだ言ってないなあ……」な様子で敢えて黙っている。

 

 

 

「んっとね……強いて言うなら()()()()

 

 

 

 ダーカーでもダークファルスでも【深遠なる闇】でもなく、ましてや別宇宙に放逐された人造全知存在(アカシックレコード)や、突如として現れたブラックホールでも、人柱として捧げられた女神でもなく。

 さらりとルディアは言ってのけた。

 

 

 

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