パラダイスロスト   作:緑川蓮

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 男なら、誰かの為に強くなれ。

 

 

 

 

 

 

「申し開きも御座いません。此度は……」

「前口上は要らん」

 

 恭しく口を開いたウィリディスに、鋭さと鈍い重さを乗せた言の()がのしかかる。

 4名は皆イッサが口を開く度に、寿命が削られていく思いであった。

 

「失礼致しました。こちらお詫びという訳ではございませんが。惑星・地球の銘酒です。それと、こちらも少ないですが……」

 

 ウィリディスは和紙が張られた酒瓶と、幾つかのアタッシュケースをナノトランサー経由で取り出して、丁重にイッサへ差し出す。イッサは心底から興味なさげな目でそれを見下ろしていたが、やがて間近の子分に向かってくいと顎を突き出す。横合いからすっ、と割り込んできた子分が酒瓶とアタッシュケースを受け取り、そこで改めてウィリディスは顔を上げた。

 イッサは煙管に刻み煙草を詰め込み、それを見た子分が火鉢を持って傍らへ置く。

 横合いへ無造作に差し出された煙管の先、小さな火種が載せられる。

 

「手土産のひとつも無けりゃ、生意気な面と胴を泣き別れさせてやったのによ……残念だ」

 

 それもおそらく冗談ではない。

 イッサが横合いに置いている、褐色の拵えに、桔梗色の紐飾りを誂えた刀が全て物語っている。

 

「して、用とは」

「はっ。昨今アンダーヘヴンにて幅を利かせております、かの光の翼について何か情報をお聞かせ願えればと……甚だ失礼ながら参じました」

「何か、とは?」

「近々、光の翼がアークスシップ5番艦にて大きな事をしでかすと専らの噂で。これについて思い当たる事あれば」

「つまりそれ以上は手前(てめえ)らも知らん訳だ」

 

 イッサは煙管を吹かしてから、ウィリディスを品定めするように見回す。

 蔑みと憐れみが同居した、有り体に言うなれば羽が折れ地をのたうち回る虫けらに注ぐ様な視線である。

 

「その(ざま)で流星を名乗るか」

「お言葉……痛み入ります」

「まあ、それはどうでも良い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 瞬間、ウィリディスが目を見開いた。

 彼の背筋を氷水が駆け上がり、脳髄を打ち据える。全身の毛が逆立つ。

 

 

 

舌先三寸で乃公を転がせると思い上がった訳だな!? 言ってみろ三下が!

 

 

 

 落雷さながらの怒号が、まるで烈風を伴うが如く広間に轟く。

 釈明しておくと、ウィリディス・フルフィウスの戦闘能力は六芒均衡と遜色ない。

 クリュー・ソプラソスの愛弟子にして、単独でダークファルス【明星(ステラ)】および共食いニウェウスを打倒した実力は確かなものだ。

 とりわけフォトンの制御力については、これまた常人の域を逸している。

 この広間へ入る前からウィリディスは意図して両目にフォトンを張り巡らせる事で、常より飛躍した動体視力を維持している。

 

 

 

 ──そのウィリディスさえ抜刀の瞬間を見る事は叶わなかった。

 

 

 

 まず彼の右首筋へ白刃が添えられていた。イッサが踏み込んだ際に足元の畳は爆ぜていた。音が遅れて広間を駆け巡る。強かな破裂音である。ルベル、シャルフィ、リタの3名が気付いたのは、ようやっとその段になってからだ。

 さらに釈明しておくと、若い見た目ながらもエイジスきっての武闘派であるリタとシャルフィはともかく、ルベルもアークスとしては列記とした実力者だと言っていい。何せウィリディス自身の薫陶を受け、ともにネームレスシップの死地を生き延びて来た来歴があるのだから。

 

(幾ら何でも冗談だろ、この爺さん……)

(私達が反応するどころか……!)

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 不老不死という権能を持つハズのリタとシャルフィは同様に戦慄する。蘇れば良いという次元の話ではない。その証左として、今なお4人の誰もが身じろぎひとつ出来ない。

 おそらく千の隙を与えられたとて、自身らは刃ひとつ、この老兵へ振りかざすことが出来ない。

 そう思わせる決定的な敗北を、たった一刀で、今この瞬間に植え付けられたからだ。

 

どうなんだ、言い訳してみろ、おい

 

 先程より低く重く、されど変わらぬ鋭さを秘めた怒声が追撃する。

 剣帝と呼ばれるに至った侠客の、錆利休色の眼光が寄せられ、ウィリディスの顔を覗き込む。

 ルベルが横目に見た、彼の表情は口を真一文字に結んだままで切羽詰まっている。右頬に浮かぶ白緑色の紋様の上から、ひとすじの脂汗が滲んで顎先から滴り落ちる。

 しかし、その後を、ルベルは見逃さなかった。

 彼が師から受け継いだ翡翠色の右目が、イッサを捉える瞬間を。

 

「この期に及んで、言い訳も御座いません」

 

 言うや否や、ウィリディスの左手が白刃を掴んだ。

 掴んだ手から血が滲んでゆく。

 

「手先ごと手前の素っ首を斬り落とされたいか」

「ご随意に。されど()()()とて分からないワケじゃあ無いでしょう」

 

 イッサの低く唸る様な威圧に、ウィリディスは正面から切り返す。

 

「イッサの親分がそこまで見抜く事を、流星の弟子が分からないハズも無い……そうでしょう」

若造が乃公に生意気な口を利きよるか!

 

 イッサが柄に力を込める。

 ウィリディスの首を裂いて鮮血が流れ出す。

 歯を食いしばり、手の激痛さえ無視して白刃を抑え込む。

 

「俺とルベルは強硬派の連中に命を握られている。光の翼を打ち倒した立役者となれば、強硬派の連中を多少は黙らせる事が出来る」

「それが、乃公と何の関係がある」

「俺は自らが通すべき仁義を、通す為に来た」

 

 イッサが元より近い眉根を更に寄せて(しか)める。

 

「何の仁義だ」

──愛する女を護るという仁義だ

 

 だん、と割れた床を踏みつける音が響いた。ウィリディスが膝立ちになったのだ。

 水平まで持ち上げた視線にて、自身の臆病を掻き殺しながら、ウィリディスはイッサと顔を突き合わせる。ここまでで首が刎ねられなかった事を、僥倖と受け止めながら。

 イッサはふんと鼻を鳴らすが、柄に込められた力を緩ませる気配は微塵も無い。

 

「とんだ笑い種だな。護ると宣いながら、当の【明星(ステラ)】を乃公の間合いへ連れ込むとは」

「アンタは女子供を殺さない。それもアンタの仁義だからだ」

 

 圧倒的な力だけで人々を屈服させる事など出来はしない。

 かつて虚空機関の長であるルーサーがそれを証明した様に、ヒトの心とは語られるより複雑かつ非合理で、思っているより単純かつ感性が従う通りに流動している。

 イッサ・イカルガは自身で徒党を組み上げてきたつもりなど毛頭ない。

 イカルガ組という任侠集団が生まれたのは、ひとえにイッサという男が、己の仁義を貫き通してきたからに他ならない。

 己の仁義とは──即ち(おとこ)が自ら定めた生き様である。イッサはそれを何よりも重んじる。

 

「口先だけでアンタを言い包められるものかよ。ここへ来た以上は、俺の仁義をぶつけ合う覚悟も出来ている。時間が迫っている。このリスクさえ背負わず、ニコラウス・フェルテン=ハウザーの後ろ袖を掴めるワケも無い」

ここで手前の首が飛ばされる事も覚悟の上か?

 

 重く、昏く、侠客の言刃(ことば)が圧し掛かる。錆利休色の瞳が見据えている。

 血塗れた首元へ息を吸い込み、空気は一度(はら)を巡ってから、またウィリディスの口から深く長く吐き出される。鳶色の左目と、翡翠色の右目にて、剣帝の眼光を真っ向から返す。

 

「俺の命だって軽々と賭けてやるつもりは無ェよ」

 

 翡翠色の右目……その周辺の肌に浮かび上がる血管が、ひときわ強い緑色の輝きを帯びる。静かに浅葱色の火花が爆ぜ始めた。

 ウィリディスの体内を急速に駆け巡るフォトンが、何より雄弁に物語っている。

 

 イッサの初手はウィリディスの首を落とさない、そう読んでいた。

 イッサは必ず背負う仁義を見極めにかかる、そう読んでいた。

 それも「舌先三寸で剣帝を弄ぶ愚行」だとイッサは読み切っているだろう。ウィリディス自身もまた自覚していた。

 しかしイッサはウィリディスの誘いに敢えて乗った。首を落とさず、いま彼自身が背負っている仁義へと問い掛けた。

 

 つまりウィリディスがここまで示したのは、彼がイッサに対して通すべき仁義である。

 けれどここからは違うと、立ち上る陽炎が如く緑色のフォトンが雄弁に物語っている。

 ルベルを護る為なら命を賭ける覚悟すら有る。

 けれどルベルを護る為に、ここで死ぬ訳にはいかない。

 

発動……『イグナイトアーツ』……

 

 しつこい様だがもうひとたび釈明しておこう。

 確かにウィリディスは、イッサの初太刀を目で追うに能わなかった。剣の祖たる抜刀術に関しては、ウィリディスも、恐らくニウェウスやクリューでさえも彼には及ばない。

 さりとてウィリディス・フルフィウスは、ダークファルス【明星(ステラ)】を単独で下した男だ。

 創世器を持たず、自前の戦闘技能とフォトン制御力によって第一線を張り続け、今や六芒均衡に匹敵するとまで称される男だ。

 

「乃公に刃を向けるか」

「このままアンタが白刃を下ろさねェなら、そうなるぜ」

「手前ごときのなまくらで、乃公の素っ首に届くとでも?」

「賭けてみようか。イチかバチかの大博打。伸るか反るかは親分が決めてくんな」

 

 左右にて連なる、イカルガ組の幹部どもは柄頭へ手を添えたまま動かない。

 ルベルもリタもシャルフィも膝立ちのまま動かない。

 動くべきではないと本能が告げていたのだ。

 (おとこ)が二匹。実力差以上に、彼らの間へ──。

 

「アンタに通すべき仁義は通した。ここからは女への仁義を貫く手番だ」

 

 ──割り入る事は、(おとこ)の覚悟が許さない。

 文字通り散るフォトンの火花がそれを雄弁に物語っていた。

 リタは気圧されている。シャルフィは武辺者同士のそれを理解しているからこそ、ウィリディスの首を天命に預け、行く末を見物する。

 ルベルは唇を強く噛んでいた。それは場の圧力に縫い留められて動けなかったからでは、断じて無い。それでも動けなかったのは──……。

 

 不意に、イッサの口許が緩む。

 柄に込めた握力は決して緩めない。半ば伏せた目蓋から覗く眼光は、依然ウィリディスを捉えたままである。それでも錆茶色の瞳は、生と死の境にて覚悟を問い掛ける。

 

「愛した女の為に命を懸ける覚悟は在れど、それが二束三文の木端では無いと言い張るか」

「悪ィな親分。もう、これは軽々と競られるモンじゃ無えって知ったんだよ」

 

 視線が交錯する。殺気の焔が場を静かに焦がす。凍える緊張の糸が切れる瞬間は迫っていた。

 今に爆ぜる。どの一瞬後か。分からない。されど目前に漂っていた。

 流星と侠客が牙を剥く瞬間は──。

 

 

 

お止しなさい、みっともない。どうしてこう(おとこ)という生き物は血気盛んなのか

 

 

 

 ぴしゃりと冷水を差す、襖が開かれる音。

 即座にあらゆる視線がそちらへ注がれた。呆れ混じりの溜め息を吐く老婆が立っている。

 黒いドレスを纏った老婆は場に物怖じする事もなく、ずいと確かな、しかし気品を伴った足取りで広間へ進み出る。

 黒いフェイスベール越しに覗く凛とした面持ちが、やはり只者ではない事を物語っていた。

 イッサは忌々しげな舌打ちを鳴らす。

 

「ミラーズ……」

 

 それもそのハズである。

 アンダーヘヴンには4つの派閥が存在する。ひとつは言わずもがな、イッサを親分として中核に据えるイカルガ組だ。

 ミラーズことミラーズ・ヴォッカは、それらアンダーヘヴンに君臨する派閥の一角『彼岸蝶』を取り仕切る顔役である。

 

「どうせイカルガのじじいと、二代目の流星がやり合えばどうあれどちらも只では済まない。此処で悪戯にやり合うのは……」

 

 たん、と黒いタイツで覆われたしなやかな足が畳の間を鳴らす。

 ミラーズはイッサやウィリディスの様な戦闘能力を持たない。それでも無法者ひしめくアンダーヘブンの頂点がひとつとして君臨する女傑は、無遠慮に言いつけた。

 

「……光の翼と『アーク』に付け入る隙を与えるような物でしょう。私の損得勘定に合いません」

 

 

 

 

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