荒んだ日々を丁寧に、辿った先に花は咲くはず。
◆
抜剣の祖にして剣帝と呼ばれる侠客・イッサ。
かつて知られざる英雄として、二代目の流星として名を馳せた元アークス・ウィリディス。
何の前触れも無く始まった彼らの決戦は、早々に呆気ない形で幕を閉じた。
「乃公が抜いた刃に水を差すか。随分と無粋な真似をし腐る」
「粋で儲けるならそれも一興。しかし私より更に無粋な輩が、このアンダーヘヴンで今まさに幅を利かせているハズ。あれらウジ虫を鬱陶しい銀蠅に羽化させる事が、イッサ・イカルガの粋と語りますか?」
ウィリディスは首筋に切っ先を添えられ、イッサは一足一刀の間合いで、仮にも流星と呼ばれる傑物に相対している。
一触即発の状況下で、しかしイッサの視線はウィリディスに向けられていない。三下が向けられれば秒で卒倒する様な眼光を受け止めつつ、広間の襖を分け開いた女傑……ミラーズは臆面もなく問い掛ける。
トドメはミラーズが放った一言である。
「これ以上、無為なバカ騒ぎを続けると言うのなら……イッサ。貴方が愛飲している、惑星・ハルコタンの銘酒。その流通を止めましょうか?」
ミラーズ・ヴォッカは、大した戦闘能力を持たない。しかしアンダーヘヴンの流通や商売を一手に支配する、ある意味での最強であった。
彼女から放たれたその言葉は、実に驚くべき事に、あの剣帝イッサに、一度抜いた剣を納めさせた。
実に深い溜め息である。自分が自分に課した「侠としての生き様」。それを心底から愚かだと吐き捨てる様に。
それでもイッサは「女子供は斬らない」という仁義を捨てられないまま生きてきた。
「勝手にしろ」
◆
イカルガ組の屋敷を出た直後、平手打ちの音が小気味よく響いた。
リタとシャルフィが見ている真ん前で、ルベルはウィリディスに向かって思い切り右手を振り抜いた。
さもありなんといった表情でウィリディスはそれを受け入れ、ルベルは目尻に涙を浮かべながら、歯を強く食いしばりつつ、彼を睨み付けている。
「私が言いたい事、分かっているわよね?」
「……ああ、分かっている。すまなかった」
「じゃあ、これから私が言う事も……どうしようもない八つ当たりだって、分かっているわよね?」
「ああ、分かっている。だから好きなだけ殴れ。好きなだけ怒鳴れ」
ルベルは反対の手で更に平手打ちを、ウィリディスに見舞う。
横に揺らぐウィリディスへと、ルベルは堰を切った様に駆け出す。
それから胸倉を掴み、まるで赤子が親へ縋る様に、ウィリディスへと抱き付く。
そして綺麗な目元から涙が溢れ出す。
「私が……」
ルベルは掠れそうな声を、嗚咽と共に吐き出す。
「私が、こんなにも弱い事……それが、ずっと、ずっとずっと昔から悔しい……」
どうしてウィリディスは、この男は、こんなにも軽々しく命を賭けてしまうのか。
ルベルの涙は、それに対する憤りでもあった。
同時にウィリディスという男を深く知ってしまった、今だからこその、悲しみと不甲斐なさでもある。
ウィリディスは、ちゃんと私の事を知っている。
あなたが居なくなったら、私が悲しむのよ。
そんな事は、あのネームレスシップで散々と伝え合ってきた仲だ。
それでもウィリディスは、自分の命を賭ける事でしか、この先に進めないと分かっていた。
そして、そんなウィリディスを止めるだけの力が無い。
どれだけ口先で「愛している」と言っても、お互いに伝わっていても、どうしようもない局面だけは、正答が変わらない。
これだけあなたが好きで、かけがえがないのに。
私を守る為に、死地へと踏み出すあなたを、止める術がない。
これは……そんな、ルベル自身の、自分への怒りだ。だから八つ当たりだ。
「俺も……ずっと悔しい。自分の弱さが。こんな形でしか、次への道を切り開けない事が……」
「知っているわよ……」
胸元で泣きじゃくるルベルの頭を撫でながら、ウィリディスは小さく呟く。
お互いに、死んで欲しくない。
お互いに、笑っていて欲しい。
それでも生きる為には、生かす為には、何かを切り捨てる覚悟さえ携えて、残酷な賭けに挑まざるを得ない時がある。
誰しも……それを受け入れる事は出来ても、割り切る事は出来るだろうか。
「お熱いねえ、お二人さァーん?」
切なる二人の嘆きを裂いて、ヒューヒューと囃す様な口笛と、軽薄な声が差す。
「やー、マジの話をしようぜ。それで、この後は……どうするのよ?」
無粋者はシャルフィだった。
しかし揶揄う様な口調は一変して、普段から道化めいた態度のシャルフィは、瞳に昏い光を宿す。口元は歪んでおらず、やっと本当のアウトローらしい剣呑な面持ちを浮かべていた。
リタもシャルフィを制止したりはせず、彼の言葉を待っていた。
ルベルもウィリディスから離れ、赤く腫れた目元の涙を拭いながら、ウィリディスに向き直る。
ウィリディス自身も、内心で自らに「切り替えろ」と戒める。
「そうだな。どうもこうも、やる事は1つしかない」
イカルガ組の敷地を出る前、イッサが伝えたのは、端的な指示と情報だった。
『アンダーヘヴン内部に巣食う、翼派共の拠点を全て潰して来い。それが終わったら教えてやる。全てを知るアークス、先代流星……クリューの居場所を』