パラダイスロスト   作:緑川蓮

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 荒んだ日々を丁寧に、辿った先に花は咲くはず。

 

 

 

 

 

 

 抜剣の祖にして剣帝と呼ばれる侠客・イッサ。

 かつて知られざる英雄として、二代目の流星として名を馳せた元アークス・ウィリディス。

 何の前触れも無く始まった彼らの決戦は、早々に呆気ない形で幕を閉じた。

 

「乃公が抜いた刃に水を差すか。随分と無粋な真似をし腐る」

「粋で儲けるならそれも一興。しかし私より更に無粋な輩が、このアンダーヘヴンで今まさに幅を利かせているハズ。あれらウジ虫を鬱陶しい銀蠅に羽化させる事が、イッサ・イカルガの粋と語りますか?」

 

 ウィリディスは首筋に切っ先を添えられ、イッサは一足一刀の間合いで、仮にも流星と呼ばれる傑物に相対している。

 一触即発の状況下で、しかしイッサの視線はウィリディスに向けられていない。三下が向けられれば秒で卒倒する様な眼光を受け止めつつ、広間の襖を分け開いた女傑……ミラーズは臆面もなく問い掛ける。

 トドメはミラーズが放った一言である。

 

「これ以上、無為なバカ騒ぎを続けると言うのなら……イッサ。貴方が愛飲している、惑星・ハルコタンの銘酒。その流通を止めましょうか?」

 

 ミラーズ・ヴォッカは、大した戦闘能力を持たない。しかしアンダーヘヴンの流通や商売を一手に支配する、ある意味での最強であった。

 彼女から放たれたその言葉は、実に驚くべき事に、あの剣帝イッサに、一度抜いた剣を納めさせた。

 実に深い溜め息である。自分が自分に課した「侠としての生き様」。それを心底から愚かだと吐き捨てる様に。

 それでもイッサは「女子供は斬らない」という仁義を捨てられないまま生きてきた。

 

「勝手にしろ」

 

 

 

 

 

 

 イカルガ組の屋敷を出た直後、平手打ちの音が小気味よく響いた。

 リタとシャルフィが見ている真ん前で、ルベルはウィリディスに向かって思い切り右手を振り抜いた。

 さもありなんといった表情でウィリディスはそれを受け入れ、ルベルは目尻に涙を浮かべながら、歯を強く食いしばりつつ、彼を睨み付けている。

 

「私が言いたい事、分かっているわよね?」

「……ああ、分かっている。すまなかった」

「じゃあ、これから私が言う事も……どうしようもない八つ当たりだって、分かっているわよね?」

「ああ、分かっている。だから好きなだけ殴れ。好きなだけ怒鳴れ」

 

 ルベルは反対の手で更に平手打ちを、ウィリディスに見舞う。

 横に揺らぐウィリディスへと、ルベルは堰を切った様に駆け出す。

 それから胸倉を掴み、まるで赤子が親へ縋る様に、ウィリディスへと抱き付く。

 そして綺麗な目元から涙が溢れ出す。

 

「私が……」

 

 ルベルは掠れそうな声を、嗚咽と共に吐き出す。

 

 

 

「私が、こんなにも弱い事……それが、ずっと、ずっとずっと昔から悔しい……」

 

 

 

 どうしてウィリディスは、この男は、こんなにも軽々しく命を賭けてしまうのか。

 ルベルの涙は、それに対する憤りでもあった。

 同時にウィリディスという男を深く知ってしまった、今だからこその、悲しみと不甲斐なさでもある。

 ウィリディスは、ちゃんと私の事を知っている。

 あなたが居なくなったら、私が悲しむのよ。

 そんな事は、あのネームレスシップで散々と伝え合ってきた仲だ。

 

 それでもウィリディスは、自分の命を賭ける事でしか、この先に進めないと分かっていた。

 そして、そんなウィリディスを止めるだけの力が無い。

 どれだけ口先で「愛している」と言っても、お互いに伝わっていても、どうしようもない局面だけは、正答が変わらない。

 これだけあなたが好きで、かけがえがないのに。

 私を守る為に、死地へと踏み出すあなたを、止める術がない。

 これは……そんな、ルベル自身の、自分への怒りだ。だから八つ当たりだ。

 

 

 

「俺も……ずっと悔しい。自分の弱さが。こんな形でしか、次への道を切り開けない事が……」

「知っているわよ……」

 

 

 

 胸元で泣きじゃくるルベルの頭を撫でながら、ウィリディスは小さく呟く。

 お互いに、死んで欲しくない。

 お互いに、笑っていて欲しい。

 それでも生きる為には、生かす為には、何かを切り捨てる覚悟さえ携えて、残酷な賭けに挑まざるを得ない時がある。

 誰しも……それを受け入れる事は出来ても、割り切る事は出来るだろうか。

 

「お熱いねえ、お二人さァーん?」

 

 切なる二人の嘆きを裂いて、ヒューヒューと囃す様な口笛と、軽薄な声が差す。

 

「やー、マジの話をしようぜ。それで、この後は……どうするのよ?」

 

 無粋者はシャルフィだった。

 しかし揶揄う様な口調は一変して、普段から道化めいた態度のシャルフィは、瞳に昏い光を宿す。口元は歪んでおらず、やっと本当のアウトローらしい剣呑な面持ちを浮かべていた。

 リタもシャルフィを制止したりはせず、彼の言葉を待っていた。

 ルベルもウィリディスから離れ、赤く腫れた目元の涙を拭いながら、ウィリディスに向き直る。

 ウィリディス自身も、内心で自らに「切り替えろ」と戒める。

 

「そうだな。どうもこうも、やる事は1つしかない」

 

 イカルガ組の敷地を出る前、イッサが伝えたのは、端的な指示と情報だった。

 

 

 

『アンダーヘヴン内部に巣食う、翼派共の拠点を全て潰して来い。それが終わったら教えてやる。全てを知るアークス、先代流星……クリューの居場所を』

 

 

 

 

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